エンジェル・フォールン   作:暁天花

7 / 19
第三章 想いの証明
第六話 伝えられぬ言葉


 初夏に特有の晴れ渡った夕焼けの中。今日の戦闘を終えたミユキの耳には、ユウキの冷徹な声が届く。

 

『残存〈天使〉の消失を確認。よって、本日の戦闘任務は終了とする。……以降の迎撃戦闘に関しては、夜間哨戒班に引き継ぐ』

 

 もう聞き慣れたその言葉を聞きながら。ミユキは、〈D-TOS〉を戦闘状態から巡航状態へと変更していた。〈魔導銃(レーヴァテイン)〉から幻の熱が消失し、〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉の刃が(あお)の燐光を失って黒い刃へと戻っていく。

 

 身体にかけていた一時強化(ブースト)が終了し、そのまま視覚と各種神経系の強化も解除されて、世界の進みが通常の状態にまで引き戻される。

 半透明の翼が更に色味を薄め、飛行魔導が巡航状態へと移行する。

 一連の戦闘システムを終了させてから、ミユキははぁ、と詰めていた息を吐き出した。

 

 

 

 ユウキと同じ部隊(この部隊)の配属になってから、一ヶ月近くが過ぎた。

 特設(S)技術(T)試験部隊(T)の任務内容は、基本的には前線の要請に応じた機動防御だ。日々侵攻を繰り返す〈天使〉に対し、人類はどうしても数で劣る。そのため、対〈天使〉戦闘の専門兵科である魔導士部隊は、基本的に防衛線の後方に拘置(こうち)され、必要な時に必要な数を投入するという戦術――いわゆる、機動防御の体型を採っているのだ。

 

 そして。特設(S)技術(T)試験部隊(T)の置かれている北部戦線は、特に〈天使〉の攻勢が激しい戦線にあたる。そのため、この一ヶ月間、ミユキたちは一度要請に応じたら最後、今日のように日没までを戦い抜く羽目になってしまっているのだ。

 

 ……そんな、激戦続きのはずなのに。ミユキは、未だにユウキと打ち解けないでいた。

 普通なら、とっくに互いを心から信頼し合えるような関係が構築されているような状況なのにも関わらず、だ。

 

『……夜間哨戒班への引き継ぎが完了した。では、私たちも戻ろう』

『りょーかい』

「あ……、うん」

 

 事務的な口調で、けれども少し砕けた声音で言われるのに、ミユキは曖昧な返事を返す。

 戦闘ではいつもスムーズに連携できているのに、こういう普段の会話がどうしてもできない。

 表面上でだけでも取り繕わないといけないのに、ユウキに対する恐怖と不安が隠しきれないでいる。

 それきり言葉は途切れて、二人はお互い無言のままで駐屯地への帰路につく。ラプラスも無理に会話を作ろうとはしないから、二人が話さない限りは無言だ。

 

『……怪我はないか?』

 

 ふと、ユウキが訊ねてくるのに、ミユキはどうにか笑顔を取り繕う。

 

「おれは大丈夫だよ。……ユウキは?」

『私もなんらの負傷はない。……ラプラス、お前は』

『かすり傷程度だな。まぁ、こんぐらいなら明日には治る』

 

 ラプラスの装甲は自己修復装甲といって、多少の傷ならば勝手に修復するような素材でできている。彼いわく、普通の銃弾ぐらいまでならば自己修復でどうにかなるらしい。

 それきりまた会話が途切れて――完全に沈黙が支配する前に、二人の目に駐屯地が見えてきた。

 この苦しい時間がもうすぐ終わることに安堵しながら、ミユキは今日の夕食の献立を考える。

 

 当初は戦闘食糧(レーション)の支給でしかなかったところを、ミユキが無理を言って食品と調味料の支給にしてもらったのだ。

 料理のことを考えている時間は気が紛れるし、なによりちゃんとした食事を摂ったほうが心身の健康にいい。

 その間ラプラスが暇そうにしているが……まぁ、仕方ないだろう。

 

 この一ヶ月で見慣れた兵舎の前へと降り立ち、扉を開けて中に踏み入る。

 そのままキッチンへと行くミユキの背中に、通信機をとって階段の方へと向かうユウキの声が届く。

 

「私は先に報告書の作成にあたる。……今日の夕食も期待しているぞ、ミユキ」

「……ああ」

 

 口の端をわずかに吊り上げて、ユウキは上階へと消えていく。

 それを見送って。ミユキの胸中には、暗い気持ちがほのかに渦巻いていた。

 

 ……また、言えなかった。聞けなかった。

 

 この一ヶ月間、ミユキはずっと考えているのだ。

 なぜ、自分がこの部隊に選ばれたのかを。なぜ、ユウキは右眼の傷を遺したままなのかと。

 けれど。どんなに考えても、前向きな理由なんてものは見つからない。ミユキを恨んでいるから。苦しめたいから。そんな理由しか見つからない。

 

 しかし。ミユキの知るユウキは、そんな非効率的で非生産的な行為をするような少女でもないのだ。

 恨みを果たすのならば、ミユキの行いを暴露するだけでいい。それを言いふらすだけで、苦しめることができる。

 

 それに。なにより。彼女は、ミユキに恨み言の一言すらも言ってこないのだ。それがどうしようもなく怖くて、わからなかった。

 

精神接続(クロッシング)、まだ切れてねぇぞ」

 

 ラプラスに言われて、ミユキははっとする。

 

「あぁ、ごめん」

 

 〈D-TOS〉の精神接続(クロッシング)を解除し、通信機を外したところで、気づいた。

 

「……え?」

 

 精神接続(クロッシング)はその言葉の通り、使用者の精神を直に接続することによってノータイムで言葉を共有する。つまるところ、読心(どくしん)や〈天使〉の精神侵入と同じような性質を持つものだ。

 

 ……そして。今の今まで、精神接続(クロッシング)が繋がっていたということは。

 しまったと視線を振り向けるのに、ラプラスはいつもと変わらぬ黒いモノリスとディスプレイで答える。

 

「……これは、オレの中のデータベースから引用したアドバイスだがな。どんなに怖くても、聞きたいことがあるんなら聞けるうちにさっさと聞いとくべきだぜ」

 

 ……やっぱり、心の内を聞かれてしまっていた。

 押し黙るミユキに、ラプラスは優しさ半分、厳しさ半分の音声で言葉を続ける。

 

「言いたいこともそうだがな。オレたちが今いるのは戦場だ。どんなに一緒に居たいと願っても。どんなに死にたくないと望んでも。いなくなるときはいなくなる。呆気なく、理不尽にな」

「……」

「……そういった事例が、データベースには山ほどある」

 

 分かってはいるのだ。

 聞ける間に、まだ二人とも生きている間に話さなくちゃならないことは。

 でも。もし、聞いてしまったら、今の関係が崩れる気がして。その可能性が怖くてたまらない。

 俯くミユキに、ラプラスは発破をかけるように言う。

 

「まぁ、なんだ。言いたいことがあるんなら、勇気出してとっとと言ってこい。明日、お前らのどっちかがいなくなる可能性もゼロじゃねぇんだからな」

 

 

 

 その言葉は、ミユキの心に深く、深く突き刺さっていた。

 

 

  †

 

 

 報告書の作成中、ドアをノックする音がして、ユウキは意識を現実へと引き戻す。

 キーボードを叩く手を止め、視線を扉へと向ける。

 

「入れ」

 

 と言った先、入ってきたのはやはりミユキだった。

 彼の紅玉(ルビー)の双眸には、複雑なあかいろが湛えられていて。ユウキは疑問を胸に目を細める。

 

「……どうした? 体調でも悪いのか?」

 

 訊ねるユウキの声に、ミユキはなんらの反応を見せない。

 しばらくの沈黙の後、ミユキは意を決したように口を開いた。

 

「……どうして、なんだ?」 

「……?」

 

 一瞬、なんのことか分からなかった。 

 感情を抑えた声音で、ミユキは更に言い募る。

 

「どうしておれを……、おれだけを、この部隊に選んだんだ?」

「それは、」

 

 言いかけて。ユウキはその言葉に恥ずかしさを覚えて立ち止まっていた。

 

 ……言えるわけが、ない。

 

 お前と会いたかったからだなんてことは。

 適合する既存の人たちには全員に拒否されてしまって、新兵の中で適合していたのが、ミユキとレツィーナとアレンの三人だけで。けれど、せっかく生き残った彼らを再び危険度の高いここに呼び込みたくなくて。

 

 だけど、やっぱりミユキにだけは会いたくて。他の戦場で死ぬぐらいなら、一緒に戦いたいと思って。

 ……そんな自分が抑えられなかっただなんてことは、彼には言えるわけがなくて。

 

 顔が火照るのを感じつつも、ユウキは右頬をかきながら努めて冷静を装って答える。

 

「お前なら、必ず引き受けてくれると思ったからだ」

 

 私を私でいさせてくれたお前なら。五年前のあの時、私を助けてくれたお前なら。

 今回も私の力になってくれるのではないかと、そう思ったのだ。

 ミユキの表情は、俯いていて見えない。

 

「……あの時、なんでお前はおれのことを誰にも言わなかったんだ?」

 

 その言葉に、ユウキは首を傾げる。

 

「言えば、お前が罰を受けてしまうだろう」

 

 私を救ってくれた恩人に、そんなものを受けてほしくはない。

 私が右眼を潰されたのは私のせいであって、彼の行いはどこまでも正しいものだった。感謝すべきものに対して、それを周囲に言いふらすなど恩を仇で返すことに他ならない。

 

「だから、お前はおれがやったってことをずっと黙ってたのか?」

「ああ。そうだ」

 

 なにを言っているんだろう、とユウキは思う。

 お前が、自我を失いかけている私を救ってくれたんじゃないか。なのに。なぜ、お前はそんなにも苦しそうな声をするんだ。

 それきり言葉は途切れて、二人の間にはやけに重たい沈黙がたちこめる。

 

 雰囲気に戸惑いつつも彼の言葉を待っていると、突然、ミユキは顔を上げてきた。

 見返す彼の表情に、ユウキは更に戸惑いの感情が湧き上がる。

 ……なぜ、お前はそんなに悲愴な覚悟を纏っているんだ。

 

「おれは、どうしたらお前に償うことができるんだ?」

「……償う? なにを?」

 

 全くの予想外の言葉に、さしものユウキも戸惑いの声を上げる。

 

「おれが、取り返しのつかないことをしたのは分かってるんだ。お前の右眼から光を奪って、順風満帆だったお前の人生を傷つけて、めちゃくちゃにして」

 

 呆気にとられるユウキに、ミユキは秘めていた感情を痛切に吐き出していく。

 

「だから、おれが許されることなんかないんだって。こうやって許しを乞うようなおれには、そんなことを望む価値もないんだって! ……だけど。まだ、お前になんの償いもできてないのが怖くて……!」

 

 そんなミユキの吐露を、ユウキは終始戸惑いの感情で聞いていた。

 だって、彼はユウキの命の恩人で。私を私でいさせてくれた、大切な人で。この右眼も、ミユキが私に与えてくれた存在することの証明でしかなくて。

 

 だから。ユウキが感謝こそすれ、恨んだり憎んだりするような理由は何一つ存在していなくて。

 彼がなぜ、そんなに苦しんでいるのか。ユウキには何一つ分からなかった。

 

 困惑するユウキを、彼は危険な決意を灯した瞳で見つめ返してくる。

 自己犠牲と自己否定の心が作り出す、静かな激情のあかいろが。

 

「……ごめん。こんなこと言っても、お前を困らせるだけだな」

 

 彼がはっとしたのも束の間、ミユキはいつもの笑顔で言ってくる。……とても、嫌な感覚だった。

 

「ユウキ。おれの残りの命を、お前が使ってくれ。どんな使い方でもいい。お前が望むなら、おれはそうする。……だから。おれを、見捨てないでくれ」

 

 そう言うミユキの瞳には、様々な感情が滲み出ていた。

 自分がここに存在するという証明がなくなることへの恐怖と、自分の存在意義を求める光。そして。それと同じぐらいの“生きなければならない”という強迫観念じみた決意。

 

 家族も何もかもを失ったミユキが唯一、この世界に存在価値を見出しているのがそれらなのだと、ユウキは察してしまった。

 そして。その言葉で、ユウキは確信する。

 彼から、重要な記憶が抜け落ちていることに。

 

「す、少し待て。お前は、色々と勘違いして――」

 

 早く、その誤解を解かなければ。

 弁明をしようと慌てて席を立った、その時だった。

 突然、眼下のパソコンから特殊な着信音がして、ユウキは渋々視線を落とす。

 

 届いていたのは、司令部からの直々の司令書だ。それを開いて――驚きに目を見開いた。

 ちっと舌打ちをして、ユウキはミユキに告げる。

 

「下でラプラスと待機していてくれ。……〈智天使(ケルビム)〉の侵攻が確認された」

 

 

  †

 

 

 状況の確認や資料の準備など、作戦説明に必要なことが終わったのは午後十時を回った頃だった。

 一階にある食堂の一角で。ユウキは、ミユキとラプラスにそれぞれ紙と電子の資料を渡して作戦説明を始める。

 

「今から二時間前に、北北東約一五〇キロメートル地点にて大型の〈天使〉――〈智天使(ケルビム)〉が発見された」

 

 〈智天使(ケルビム)〉。現在確認されている五種類の〈天使〉のうち、上から二番目の位置に該当する〈天使〉の総称だ。

 基本的には武力での攻撃に特化している種類で、去年十二月にあった〈智天使(ケルビム)〉の襲来では、魔導士を含む約一三万人もの将兵が犠牲となった。

 

「コードネームは〈オファニエル(月天使)〉。先遣偵察隊が最後に残した情報によると、全高は約一〇〇メートル。予想される攻撃方法は資料に記載の通りだ」

「最後に残した……か」

 

 ラプラスが意味深に言葉を漏らす。

 恐らく、この先遣偵察隊は既に壊滅しているのだろう。でなければ、“最後に残した”などという言い回しはしないはずだ。

 彼女の説明を聞き終えて、ミユキは手渡された資料に目を通していく。〈オファニエル〉の予測攻撃方法の欄に目を移したところで、ミユキはぴくりと眉を上げた。

 

「……この、“超強力な光線”って、いつもの光線となにが違うんだ?」

「読んで文字の如くだ。光線の威力と射程が〈主天使(ドミニオン)〉の数倍はあると想定されている」

 

 ユウキに続いて、ラプラスが補足情報を付け加えてくる。

 

「過去の〈智天使(ケルビム)〉襲来の記録の中には、最大で三キロメートルにもなる長射程かつ広範囲の光線が記録されている。さすがに今回のはこれ程じゃあねぇだろうが……。なんにせよ、気をつけねぇと即死だ」

「〈智天使(ケルビム)〉の大型光線は、基本的に魔導盾(シールド)による防御は不可能だ。事前の動作を見切り、即座に射線上から退避する能力が求められる」

「まぁ、〈D-TOS〉の魔導が使える魔導士ならこれ自体はそこまで難しいもんじゃない。大事なのは、冷静に戦場を俯瞰して戦うことだ」

 

 魔導士は〈D-TOS〉による身体及び各種神経系の強化によって、敵の攻撃を回避すること自体は容易である。

 だが。魔導の使用者が冷静さを失えば、魔導の出力は低下し、更には停止の危険性すらも発生しうるのだ。そして。敵前での魔導の停止は、それこそ死に直結する。

 二人が予測攻撃方法の欄を読み終えたのを確認して、ユウキは説明を続ける。

 

「また、今回の作戦は三段階に分かれて構成されている。まず第一段階だが、これは防衛線の前方に配置された警戒部隊が敵の捕捉及び足止めを行うものだ。私たちが行うのは第二段階、魔導士部隊による〈智天使(オファニエル)〉の撃滅にあたる」

 

 現在も〈オファニエル〉の行動観測は行われてはいるものの、〈天使〉には異次元転移という、いわば量子テレポートのようなものが備わっているのだ。目標の観測ができなくなることを(あらかじ)め想定して、予測到達戦域には特設の警戒部隊が張り巡らされている。

 そして。

 

「第三段階は、核か」

 

 彼にしては珍しい苦い口調で、ラプラスは呟く。

 

「十二月に襲来した〈智天使(ケルビム)〉の攻撃によって、現在の北部戦線には対抗しうる魔導士部隊がほとんど存在しない。他戦線からの引き抜きもできない以上、万が一私たちが撃破されたり、異次元転移による逃走が行われた場合、撃滅する手段はそれしかなくなる」

 

 一応、〈天使〉は現在の人類が保有する最強の炎――核兵器によって、撃滅自体は可能である。

 しかし。核兵器はその絶大な火力故に、使用地に大きな傷跡を残す。これは、人類生存圏を広げるために戦う軍にとっては看過しがたい影響なのだ。

 人間が使用できる土地を奪還するために戦っているのに、使えない土地を創り出してしまっていては本末転倒でしかない。

 

「〈オファニエル〉の到達予想時刻は、今から約七時間後の午前五時二五分だ。それまでは各員、〈D-TOS〉の精神接続(クロッシング)を行って待機とする」

 

 そう宣言すると、ユウキはミユキに視線を向ける。

 

「ミユキ。お前は上階で仮眠をとっていろ。……今回の作戦は、今までの戦闘とは比べものにならない程の過酷なものとなる。これを完遂させるには、突破力のあるお前が肝要だ。万全を期したい」

「……わかった。お前が言うなら、そうする」

 

 決意の炎を紅玉(ルビー)の双眸に灯して、ミユキは言い置く。それだけ言うと、ミユキは資料を持って二階へと消えていった。

 

 

 

 それから、いくらか経った頃。

 通信機を耳に精神接続(クロッシング)を終えたユウキは、椅子に座って目を瞑っていた。

 

 即座に応答して行動しなければいけないという役柄上、ユウキまでもが仮眠を摂るわけにはいかない。とはいえ、今日……というか昨日は一日中戦闘をしていたのだ。流石に全く休息を摂らないでいると、戦闘中に倒れかれない。そういうわけで、こうして目だけでも瞑っていたというわけだ。 

 先程飲んだカフェイン錠剤が効き始めているのを感じていた、その時だった。

 

「……アレスシルト大尉。あんたはこの作戦、どう思う?」

 

 ラプラスが通信機越しに訊ねて来るのに、ユウキは左目だけを開けて彼の黒いモノリスへと向ける。

 

「どう思う、とは?」

「確かに、現在の北部戦線には熟練魔導士部隊は不足している。各方面軍司令部の思惑もあって、他戦線からの引き抜きができないのも納得できる。……だが。いくらなんでも()()()()()()()()()()()()()というのは、さすがに奇妙だ」

 

 そう。

 

 彼の言う通り、今回の〈オファニエル〉迎撃作戦の第二段階には、ユウキたち特設(S)技術(T)試験部隊(T)にのみ戦闘の指示が下っているのだ。

 STT以外の部隊が対峙するのは〈オファニエル〉が引き連れる小型の〈天使〉であって、直接対峙することは全くといっていいほど想定されていない。

 

 迎撃するにしても、最終段階でようやく核を使用するというのも妙な話だ。

 北北東約一五〇キロメートル地点にて発見された〈オファニエル〉は、現在もなお観測が続けられている。

 ならば。今、核を撃つのが最善手なはずだ。

 

 いくら土地に傷跡を残すといっても、現在のライン連邦の国力と軍事力では一〇〇キロメートル先の奪還など、何十年後になるのかも分からない。

 

 そして。何十年もの間を不毛の地にするほど、核兵器は汚染をばら撒くような兵器ではない。十分な射程のある大陸間弾道ミサイル(ICBM)もあるのだから、終末誘導を観測部隊に任せさえすれば、先制攻撃は実行できるはずなのだ。

 これらのことから導き出されるのは、一つ。

 

「……恐らくだが。司令部は、今回の襲来を私たちという対〈天使〉()()の実験に利用するつもりなのだろう」

 

 冷徹に吐き捨てたユウキの言葉に、ラプラスは怪訝な音声を脳に送ってくる。

 

「これぐらいの〈天使〉は撃破できないと、この先も使い物にならないと?」

「さぁな」

 

 と、ユウキは呟いて。再び、左目を閉じる。

 

「……だが。私たちが生き残るには、目の前に課された使命を全うする他ない」

 

 

  †

 

 

 自室に戻ったミユキは、耳に通信機を付けてそのままベッドに仰向けに倒れ込んでいた。

 〈D-TOS〉との精神接続(クロッシング)を完了し、ミユキは言われたままに瞳を閉じる。そのまま眠りに落ちようと画策して――

 

 ……眠れる、わけがなかった。

 

 月明かりに照らされるベッドの中。脳裏に蘇ってくるのは、五年前のあの日。故郷の街が〈天使〉の襲撃にあった時の記憶だ。

 

 あの時、ミユキは街の人を誰も助けられなかった。父さんも母さんも助けられなかった。

 妹のキルシェが光と化していくのをただ見つめて、〈天使〉から逃げ惑うことしかできなかった。

 無力だったから。力がなかったから。

 だけど。今は違う。今のミユキには、力がある。

 誰かを救えるだけの力がある。〈天使〉を屠るための力がある。

 

 今度こそ、大切な人を守りたいとミユキは強く想う。

 それが、ミユキがまだこの世界に生きている意味で、唯一の贖罪(しょくざい)だから。

 たとえ、この命に替えてもユウキを守る。

 そう、強く誓った。

 

 

  †

 

 

 午前五時五分。特設(S)技術(T)試験部隊(T)の固定電話には、一つの通知が届く。

 

「……了解した。これより、所定地域へと急行する」

 

 そう言って電話を切って。ユウキは険しい面持ちでラプラスに告げる。

 

「ミユキを起こしてくれ。……〈オファニエル〉が、第三戦線の警戒部隊と交戦状態に入った」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。