昔から、見た目で少し損をするタイプだった。平均的な女性寄りやや高めの身長、つり目の三白眼、そして極めつけの仏頂面。初対面でまず怯えられるかがいつものこと。顔の作りに文句を言うのは違うし、言うつもりもないが、仏頂面の原因は私にある。
……けれど、私とてこんな可愛げのない表情をしていたいわけじゃない。ただ、人前だと表情筋が上手く仕事しないだけだ。人見知りで、緊張しやすいから、だから変になる。
そんな私が上手く笑えるのは、私が幼い頃からずっと一緒にいるスピアーの前でだけ。スピアーは、私が幼い頃にトキワの森で迷子になってしまった時に、たまたま出会ったポケモンだ。威嚇するように大きく羽音を鳴らしていたスピアーに最初は怯えてしまったが、私が泣いているとスピアーはすぐに羽音を静めて、町まで送ってくれた。それから私はそのスピアーに懐いて、森へ足繁く通うようになった。スピアーはそんな私に呆れながらも、いつも一緒にいてくれた。それからそのスピアーをゲットするまではそれほど時間はかからなかった。
スピアーとの毎日は楽しい。一緒にいて、お話をして、それだけでいいのに、よくポケモンバトルを申し込まれる。……私は、ポケモンバトルが苦手だ。人前で何かをする。それだけで体が委縮して動けなくなる。でもなぜだか昔からポケモンバトルを申し込まれることが多い。
「トレーナーだろ?」
そんなことを言われたって、苦手なものは苦手だ。許されるのなら極力、やりたくない。だから大抵はすぐに断って逃げてしまうが、どうしても逃げられない時がある。そういう時は、スピアーにお願いしてバトルをしてもらう。完全スピアー任せのバトル。でも私はそれでほとんど負けたことがない。どうやら私のスピアーは通常のスピアーよりも手足の筋肉が約6倍程度発達しているらしい。そんなスピアーの出す技はどれも速く、それでいて力強い。故に負け知らず。でも私のせいでスピアーはその体を活かしきれていない。一度それが申し訳なくて謝ったのだが、その時スピアーは痛くない強さで私の頭を針の腹で小突いた。
『気にするな』
そんなことを言われたような気がして、それ以来バトル関連でスピアーに謝るようなことはしていない。スピアーはいつも私を守ってくれる。私にとっては兄のような存在だ。それでいて唯一の、かけがえのない相棒だ。けれどそんなスピアーにも頼れない場所ももちろんあるわけで……。主に公共交通機関だ。スピアーというポケモンは1メートル弱ある。肩や膝に乗るくらいの小さなポケモンや足元で控えていられるようなポケモン。はたまた補助ポケモンとは違い、バスや電車の中などの公共交通機関ではボールに入ってもらうことが最低限トレーナーが守るべきマナーだ。
……だから、こういう場合は、私が頑張らないといけないのだ。
「なあいいじゃねえの、別に減るもんじゃねえからよ~」
酒の臭いをプンプンと漂わせたおじさんが数分前からしつこく私に絡んできている。夜遅く、終電に近い時間の電車の中。不運なことに現在いる車両には私とこのおじさん以外に人がいない。人がいないとはいえ電車の中だし、下手に暴れて騒ぎにしたくないからと無視を決め込んでいたのだが……。
「ひっ」
「おっ、可愛い反応するじゃねえか」
お尻を撫でられ、思わず小さく悲鳴を上げる。どうしよう、怖い。でもスピアーはボールの中だ。いくら私自身の自衛のためとはいえ電車の中でボールから出して守ってもらうなんてことできない。警察が来るようなことになったらきっと悪者になってしまうのは私のスピアーだ。そんなのは絶対にだめだ。だから、私が、私がやめてくださいって、言わなくちゃ。
「ぁ、や、やめ、」
声が震えてまともに言葉も話せない。怖い、誰か、助けて。その時だった。突然お尻にあった気持ち悪い手の感触が消えて、それと同時におじさんの痛がる声が聞こえた。恐る恐る顔を上げると、そこにはおじさんの手をぐいっと上に持ち上げ、おじさんを見下ろすように睨みつけている男性の姿があった。
「あのね、痴漢って最低な行為。いくらお客様といえど、それは許されない行為なの。分かる?」
「いでででっ、駅員がこんなことしていいのか!?」
「なら
「ひっ、お、おれは、バトルは……」
「なら大人しく警察行こうね。もうすぐ電車止まるから」
依然おじさんの腕を上に持ち上げたまま男性は言った。おじさんは顔を青くして、観念したように大人しくなった。
「君、もし時間があるのなら君も次の駅で降りてくれる? 調書とか、色々書かないといけないから」
「だ、大丈夫、です」
「うん、ごめんね。手短に終わらせるから」
白い帽子と白いコートに身を包んだ真っ白な男性はニコッと笑って言った。なんで私なんかを助けてくれたのだろうと思ったけど、この人、駅員さんだ。助かったという安堵と、この人の目力が強いことに意識が向いて気付くのに遅くなってしまった。駅員さんならそりゃ助けてくれるよね。
電車が止まり、駅員さんに連れられて駅員室まで行く。さっき駅員さんが言っていた通り、調書とか、色々書くことがあるらしい。
「さっきのお客様は別の部屋に通して、別の駅員に対応させているから、君はここで書いてくれる?」
「はい」
「うん、じゃあこれ。分かる範囲でいいから埋めてね」
「あ、あの、」
「ん? 何か質問?」
「そっ、その、書いている、間、私のポケモンを、ボールから出していてもいい、ですか」
「大きすぎるポケモンなら無理だよ」
「だっ、大丈夫、だと、思います。私より小さい、ので」
「なら、いいよ」
「あっありがとう、ございます」
駅員さんに許可を取り、私はペンを握る前にボールを手に取ってスピアーを外に出した。スピアーは私を見ると、すぐに顔を私の頬にすり、とすり寄せてきた。それからすぐに白い駅員さんの方を見て羽を激しく鳴らした。おそらく、私の異常を感知してのことだろう。
「待ってスピアー、大丈夫だから。……すこしだけ、怖いことがあって、それをこの人が助けてくれたの」
スピアーは私の言葉を理解したようで、羽音を静めて私の後ろに控える。それだけですごく安心できて、息がしやすくなった。書類を書いている間も、時折触覚が私の頭を撫でてくれて、それがとても心強かった。
・
・
・
「書き終わりました。これで大丈夫でしょうか」
書き終わった書類を駅員さんに渡すと、駅員さんはジッとこちらを……いや、スピアーを見ていた。
「えっと、あの、何か?」
「君のスピアー、すごく強いでしょ」
「えっ、えっと」
「通常のむしポケモンではあまり見ない手足の発達具合。一瞬ぼくへ向けた警戒の目と羽音も、普通じゃない」
どこかキラキラした目でスピアーを見つめる駅員さん。こういう時、いつもバトルを申し込まれてしまう。先に私はバトルができないって言わないと、助けてくれた駅員さんをがっかりさせるようなことをしては今日の夜小さな罪悪感で眠れなくなってしまうかもしれない。
「あの、私、ポケモンバトルは苦手、で……」
「苦手?」
「はい。一対一だとしても、体が委縮してしまって、上手く動けなくて……」
「そっかあ。うん、分かった」
駅員さんの言葉にほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間。私の両手がぎゅっとひとまとめにされる。混乱する頭を上げると、駅員さんの顔が数十センチというところまで迫っていた。
「!? なっ、なな、なんっ、」
「でも君、ポケモンバトルの才能があると思う。だからぼくは君と、君のスピアーとバトルがしたい」
「い、いえっ、でも私っ、手持ち……スピアーしか、いないですし……。ポケモンバトルをするならもっとたくさんのポケモンを仲間にして、もっと考えて、それから……」
「大丈夫。ポケモンバトルはそんなに身構えるものじゃないよ」
私の両手を握ったまま、彼は立ち上がった。つられて私も立ち上がる。……改めて見るとこの人、大きいな。それなりに高いはずの私より頭ひとつ分以上高い。
「明日、何か用事ある?」
「い、え、特に、は」
「なら明日、ギアステーションに来て」
「ギアステーション、ですか?」
「うん。来た時は駅員に『サブウェイマスターのクダリに会いに来た』って言って」
「クダリ、さん?」
「うん。ぼくの名前。絶対だよ、約束」
そう言って駅員さん、もといクダリさんはジッと目を合わせた。その目に射貫かれた私は思考が止まってしまう。バトルは苦手だ。体が上手く動かなくなるから。
……でも、今この瞬間、それだけの理由でこの人の誘いを断るのは、なんだか不誠実のような気がしてならない。この人は駅員だから客である私を助けてくれた。業務の延長線上。けれど助けてくれたことは確かに嬉しかった。だから、それを、その恩を返すために目の前の人の誘いに乗るのは、きっと悪いことじゃない。
私は小さく頷いて、クダリさんの誘いに頷いた。
「がん、ばって……みます、ので、明日、またギアステーション、来ます」
「うん! 楽しみにしてる!」
嬉しそうに笑った後、クダリさんは手をパッと放した。それからその両手をぱぱぱっと泳がせる。
「手、握っちゃった。ごめんね、これもセクハラになるね。ごめんね」
「……いえ、大丈夫です。今のは気持ちの悪いものじゃなかったので」
クダリさんはよかった、と言ってからまたごめんねと謝る。
それから私はクダリさんに見送られながら、駅を出て夜道をスピアーと一緒に帰る。
「……スピアー、私、バトルできるのかな」
『スピ』
「ねえスピアー、
『スピッ、スピスピ』
「そう……だよね。あんまり、よくないよね。そもそもバトルサブウェイは電車内でバトルするみたいだし……あの子にはちょっと狭いよね」
首を振るスピアーを見て、苦笑いする。
『君はポケモンバトルの才能があると思う』
クダリさんの真っ直ぐな目と真っ直ぐな言葉。私は今までそんな、バトルの才能があるなんて言われたことがなかった。だから、クダリさんの言葉が本当に嬉しかった。何かに、誰かに認められたような気がして、どうしようもなく心が弾んでしまう。
「でも……」
やっぱり怖いものは怖いな。