白い駅員さん   作:あぱつ

2 / 8
バトル

 翌日、ギアステーションの前まで来たはいいものの、いざ『バトルをする』という考えでいると、途端に足がすくんで動けないでいる。そんな挙動不審だった私に駅員さんが近付いてくる。

 

「お客様、何かお困り事でしょうか?」

「えっ、あ、いえ、その……」

 

 思わず後退ってしまったところを、スピアーがいつもの様に針の腹で背中を押した。そうだ。ここで退いちゃだめなんだ。約束、だから。

 

「さっ、サブウェイマスターの、く、くく、クダリさんに、会いに、きまし……た……」

 

 絞り出した声は小さく震えていた。でも駅員さんはその声を拾ってくれたようで、少々お待ちください。と言って、無線を繋げてどこかに連絡をした。それからすぐ、白い人影がパキパキと両腕を振ってやや大股で近付いてきた。クダリさんだ。

 

「こ、こんに――」

「来てくれたんだ。約束守ってくれて、ありがとう」

「いえっ、そのっ、あの……約束は、守るもの……なので……?」

 

 しどろもどろになりながら、なんとかクダリさんに返事をする。クダリさんはそんな私を見て嬉しそうにニコニコと笑い、そして電車を指差した。緑色のラインが特徴的な電車だ。

 

「あれは?」

「シングルトレイン。本当はぼく、普段はダブルバトルの担当をしてる。ノーマルもスーパーも、どっちも担当してる。でも、今日は君のためにシングルと取り換えてもらった」

「いいんですか? そういうの」

「たまには違う戦法を試すのも悪くない。シングルに来るお客様からしか得られないことだってある」

 

 そう語るクダリさんは本当に楽しそうで、少しだけ私にもそれが移って心臓がそわそわと撫でられたように落ち着かなくなる。そのままシングルトレインのホームまで案内されて、私は初めて『点検中』の文字を見た。

 

「点検中……?」

「本来バトルサブウェイに乗車する場合、ポケモンは3匹で参加することがルール。でも君はスピアーしか持っていない。だからここ、シングルトレイン。ダブルトレインの車両はダブルバトル用に作られているから、こっちでやる」

「点検中なのにですか!?」

「点検しているのは前のバトルで少し傷んだところとかあるから。君とのバトルでまた問題なく運行できるかどうかの確認も兼ねてる。ほら乗って」

「は、はい」

 

 クダリさんに促されるまま、私はシングルトレインの乗車口から車内に足を踏み入れる。いたって普通の車内に思えたが、ここは正真正銘バトルフィールドだ。彼が私の真正面に立って、そしてモンスターボールを構える。

 

「お互い出すのは1体だけ。先に戦闘不能になった方の負け」

「わ、分かりました」

「準備はいい?」

 

 クダリさんの問いかけにコクリと頷く。それと同時にモンスターボールが投げられ、光と共に現れたのは魚のような、けれどしっかりと体の前半分を持ち上げて地面に立っているポケモン。確か、シビルドン。

 

「お、大きい……」

「シビルドン見るの初めて?」

「は、初めてです。シビシラスは電気石の洞穴で何度か見たことが……、最終進化、ですよね」

「そう。さあ君も、ポケモンを出して」

 

 クダリさんの言葉に私は慌ててボールを投げる。もちろん私の相棒のスピアー。……初めてだ。誰かに流される形でなく、強制でなく、自分の意思でバトルをするのは。

 

「君もスピアーもやる気満々。ぼくも油断はできない」

 

 クダリさんは帽子のつばをきゅっと引いて、それから私たちに強い眼差しを向けた。

 

「改めて……ぼく、クダリ。サブウェイマスターをしてる。勝利するのが何より大好き。さあ、始めよう。出発進行!」

「スピアー、今日はあなた任せにしないよ」

『スピッ』

 

 スピアーはコクリと頷いて、シビルドンを威嚇するように羽を激しく鳴らした。それが合図かのように、私は指示を出す。

 

「スピアー、おいかぜ!」

 

 スピアーが羽を動かすと、フィールド中においかぜが吹く。シビルドンはそれに驚いたのか少しよろめいた。

 

「ただでさえ速いのにさらに速く……。本当に君、初心者?」

「昨日も言った通り、私は、あまりバトルはしたことないです。自分から、こうしてスピアーに指示をするのも……初めて、かもしれないです。でも、だからこそ、初陣だからこそ! 私はスピアーに勝たせてあげたい! 私の力でもあなたに勝利をあげられるんだよって証明したい! スピアー、続けてどくづき!」

「そんな単調な攻撃じゃ当たらない。でんじは」

 

 シビルドンが体をブルリと震わせると、電気がスピアーへと襲い、痺れたように体を固めた。その隙にシビルドンの尾がスピアーを薙ぐように振られる。

 

「シビルドン、いえき」

『シビビ』

「スピアー避けて!」

 

 シビルドンの吐いたいえきをスピアーは身を翻して避ける。そのままダブルニードルの指示を出せば、シビルドンはそれをほうでんで相殺する。

 こちらの思考の隙を突くように、クダリさんは次から次へとシビルドンへ指示を飛ばしている。バトルに慣れているというのももちろんあるが、私とスピアーの間にあるちぐはぐな実力差を、クダリさんは的確に見抜いているのだ。今までスピアーに全てを任せていたツケが回ってきている。

 

「シビルドン、ほうでん」

「スピアー、避け――ッ」

 

 避けてと指示を出そうとしたが、痺れて動けないのかスピアーはでんきで体を貫かれる。そのままシビルドンの尾に突き飛ばされ、地面に転がった。

 

「スピアー!!」

「だめだよ」

「ッ、でも」

「スピアーはまだ諦めていないから。途中でトレーナーが諦めたら、ポケモンのやる気は削がれてしまう可能性がある。君がスピアーを信じてあげなきゃ」

 

 クダリさんの言葉にハッとする。そうだ、私がスピアーを信じないと。スピアーはこれくらいで倒れるような子じゃない。それに応えるようにスピアーは体を奮わせ、シビルドンを見据える。私ばかりが焦ってはスピアーだって混乱する。まずは私が落ち着いて、そしてもっと視野を広く持たなければ。私はスピアーに、そして自分自身にも言い聞かせるように強く言う。

 

「スピアー、ドリルライナー!」

『スピ、スピッ!!』

 

 スピアーが羽を激しく鳴らし、シビルドンへと突進する。まひ状態を吹っ切るかのように、今まで以上のスピードで。シビルドンがほうでんを放とうとするも、スピアーの勢いの方が勝る。そしてそのままドリルライナーはシビシラスの体を穿つ。シビルドンは目を回してその場に倒れた。

 

「かっ……た……?」

「負けちゃった。普段やらない1対1のバトルだったけど手加減なんてしてなかった。勝つつもりで、本気で戦った」

 

 クダリさんがシビルドンをボールに戻し、ボール越しに労ってから私の方へとツカツカと歩み寄ってくる。私もスピアーをボールに戻し、それから歩み寄ってくるクダリさんに戸惑って足をもつれさせてしまう。

 

「本当にすごかった! ぼくの見立ては間違ってなかった! やっぱり君にはバトルの才能がある!」

「あっあの、えっと、あの、」

「ぼく、君とのバトルがすごく楽しかった! だからまたやろう。いつかはぼくの大好きなダブルも!」

 

 クダリさんはそう言って、私の手をぎゅっと握ってきた。そしてそのままぶんぶんと上下に振り回すように握手をする。私はそれにされるがままだ。でも結構嫌じゃない、かも、しれない……。

 

「だ、ダブルバトルは、どんな風に楽しいんですか……?」

「! 興味ある? あのね、ダブルバトルはね、2匹のポケモンがそれぞれの技を繰り広げてすっごいんだ。コンビネーションに合わせ技。シングル以上に視野を広く持たないといけないし、指示をする数だって純粋に2倍。だからトレーナーとポケモンの息の合った連携が大事」

 

 興奮したようにやや早口で話すクダリさんに、私は思わずたじたじになってしまう。でもそれだけダブルバトルが楽しいのだろうということはよく分かった。クダリさんの目はキラキラしていて、本当にダブルバトルが、ポケモンバトルが好きなんだということが伝わってくる。

 

「ぁ、あの」

「何?」

「もっとポケモンを捕まえて、もっとポケモンバトルが強くなったら、ダブルバトルのお相手……を、お願いします」

「もちろん。バトルサブウェイは7両編成。7人に勝ち抜いて、そしてぼくのところまで来て」

 

 クダリさんはそう言って、私の手を離してから握手をしていた手を両手で包むように握り直した。そしてそのままぎゅっと力を込められる。私はそれにびっくりしてしまって思わず手を引っ込めようとしてしまうと、クダリさんはまたパッと放した。

 

「また手握っちゃった。ごめんね」

「いえ、大丈夫です。また、びっくりしただけ、なので」

 

 クダリさんは私の返答に少しだけ目を丸くして、それからすぐにまた嬉しそうに笑った。

 

「点検終了。車内異常なし」

 

 無線でそう報告するクダリさん。そしてそのまま私へ向き直り、また私の目を見る。

 

「バトルのことでいっぱいで君の名前、聞いてなかった」

「そ、そういえば名乗ってなかった……ですね? メルアです」

「メルア。覚えた。またのご乗車をお待ちしております」

 

 そう言って敬礼をするクダリさんに、私も慌てて頭を下げると、頭上からクスクスと笑う声が聞こえる。それからゆっくりと顔を上げると、彼はまた笑っていた。

 

「君は本当に面白いね」

「そっ……そうですか?」

「うん。また会えるの、楽しみにしてる」

 

 ニコ。と笑ってクダリさんは電車から降りるよう言った。バトルとしての点検は終わったが、そうではない技術的な点検はこれかららしい。

 私は慌てて電車から降りて、それからもう一度クダリさんに向かって頭を下げる。クダリさんは手をヒラヒラと振って見送ってくれて、つられるように手を振り返した。

 

「とりあえず、ポケモンセンター行こう」

 

 ギアステーションを後にして、ポケモンセンターへと足を運ぶ。スピアーは傷ついているが、きちんと回復してもらえば大丈夫だろう。

 それから、ポケモンを捕まえに少しイッシュを歩こう。ああその前にモンスターボールを買わないと。ゲットなんてやったことないと言ってもいいくらいだから、結構買わないと。普段スピアーにしかお金を使っていないからそれ以外にも使うとなると結構な出費になりそうだ。

 

「ああ、でもなんだろう。なんだか……すごくドキドキして落ち着かない」

 

 いつもよりずっと速く鳴る心臓を上から抑えながら私はポケモンセンターへの歩みを早めた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定