白い駅員さん   作:あぱつ

7 / 8
禍を転じて、

 チャイムが鳴って少し、校長室のドアが派手に開いた。入ってきたのは褐色肌のスタイルの良い女性。眼鏡を掛けた理知的な雰囲気の人だった。その女性が、私を見るなり目を輝かせて近付いてきた。そして私の両手をガッシリと掴んでぶんぶんと上下に振る。私は思わず目を白黒させて驚くことしかできなかった。そんな私を他所に、女性は興奮した様子で私に言う。

 

「貴様が四災について知りたいというやつだな!」

「は、はい。そうです」

「ワタシはレホール。担当する教科は歴史で、主にパルデアの歴史を日々紐解いている。早速四災について話そう。クラベル校長、借りていくぞ」

「お客様なんですから、丁重に扱ってくださいね」

「承知している」

「あっ、く、クラベルさん、終わったら戻ってきます、ので!」

「ええ。お待ちしています」

 

 私はクラベルさんにそう告げて、レホールさんに連れられて校長室を出ることになった。そして着いたのはアカデミー内の資料室。レホールさんは慣れた様子で資料室の奥へと進んでいく。そしてある本棚の前で止まったかと思うと、古びた本を一冊手に取って、私に見せてきた。その本はボロボロで、修繕はされている者の、今にも崩れてしまいそうな本だった。私は思わず息を呑む。

 

「これに、四災についての詳細が……?」

「ああ、古代文字で書かれた本でな。解読に苦労したが、なんとか読み解いた」

「す、すごい……!」

 

 私はレホールさんの解読能力に素直に感心した。そんな私を見て、レホールさんは少し誇らしげに笑う。そして本を開いたまま私に渡してきた。私は慌てて受け取ると、その本をゆっくりと開いた。古代文字にはあまり明るくないため、レホールさんに教えてもらいながら読む。

 

「かつての東の国から器、剣、木簡、勾玉の4つの宝が伝わっており、異国の宝が好きなとある王は、その国の商人から大金をはたいて買い取った。しかしその宝の正体は、元々使われていた器物に人間の強い負の感情が宿り、周囲の自然を取り込みながら変化・誕生した、付喪神、怨霊のようなポケモンであったのだ。王が宝を手に入れた夜、王の欲望に当てられたことでこいつらは災いとして王の前に姿を現した」

「この絵を見る限り、その王の城を破壊、当てられた欲望のままに厄災を振り撒きながら好き勝手暴れ回っていた……」

「あぁ。その後高名なポケモン使いによって鎮められてパルデア各地の4か所の祠に封印された」

「パルデア地方に封じられているんですね」

「祠の周囲にある聖なる杭も確認済みだ。概ねこの文献に書かれている杭と同じものだ」

「ということはこの文献はかなり信憑性の高いものということになりますね。筆者については記述されていませんね、例のポケモン使いが書いたのでしょうか?」

「詳しいことは分かっていないな。だが、このポケモン使いの血筋は今も絶えずに残っている」

「それは、少しロマンを感じてしまいますね。四災について、マルハマ先生から最低限聞くよう言われていたものがあるのでそれを聞かせていただいても?」

「あぁ。構わない」

 

 私はレホールさんから四災の伝承について聞き、タブレットに記録する。これだけの収穫があればマルハマ先生に伝えれば、文句も言われないだろう。私はレホールさんにお礼を言って、再び校長室の方へと戻った。しかし、校長室に戻るとクラベルさんの他にもう一人、見知らぬ男性がいた。ポケットいっぱいに本を詰めた白衣、よれよれの服、身だしなみには無頓着なのだろうか。六角形の眼鏡が特徴的な人だった。この人もきっと先生、なのだろう。私はクラベルさんに声をかける。

 

「お待たせしました、クラベルさん。そちらの方は……」

「生物を担当しているジニア先生です」

「どおも、ジニアです。えっと、あなたが例の問題児プテラを抱えた方ですね? クラベル校長、早速グラウンドの方に行きましょうか」

「ええ、そうですね。メルアさん、グラウンドに案内します」

「はっ、はいっ!」

 

 私はクラベルさんとジニアさんの後を付いていき、グラウンドへとやって来た。綺麗に整備された花壇や遊具、水ポケモンが喜ぶような小さめの水場など、広々としたグラウンドには様々な施設があった。そしてトラックの中にはバトル用のコートが2つあった。だがその広いグラウンドはがらんとしている。先ほどクラベルさんが言っていた通り、人払いをしてくれたようだ。

 

「あの、最初に聞いておきたいの、ですが……」

「なんでしょう?」

「グラウンドの設備を、壊してしまった場合の弁償とかは……」

「あぁ、それならご安心を。日頃から生徒たちの激しいポケモンバトルで、設備はよく壊れますので。弁償について心配することはないですよ」

「そうですよお。それに、かなり頑丈にできていますので、そう簡単には壊れませんしねえ」

「そ、そうですか……」

 

 私はひとまず安心しつつ、クラベルさんとジニアさんを見る。私はその視線を受けてカバンの中から一つのモンスターボールを手に持った。そしてそれを、空高く投げた。

 

「おいで、プテラ!」

 

 私の投げたボールから、プテラが飛び出してきた。その姿を見たジニアさんは目を輝かせる。

 

「いいですねえ! とても逞しく、牙も爪も鋭いですが手入れが行き届いていますねえ!」

 

 そんなお褒めの言葉を頂いたが、私はそれに返すことなくプテラを見ていた。何故ならプテラは空中でホバリングするように大きな両翼を羽ばたかせ、吼えた。

 

『グルルァア゛!!』

 

 プテラの声は甲高い声であることが多いが、私のプテラはお腹に響くような低い声だ。プテラの咆哮はこの場にいる私たち3人を圧倒する。私はプテラのその咆哮に負けじと声を出す。

 

「プテラ! 私の声を聞いて! あなたがそうして外を嫌がる理由を、私以外の人がいたときに暴れてしまう理由が知りたいの! お願い、私の話を聞いて!」

『グルルル……ガアア!!』

「メルアさん危ない!」

「ヤドラン、ハイドロポンプ!」

 

 いきなり私たちの頭上を通るように低空飛行をしたプテラに、ジニアさんがヤドランを繰り出して、攻撃をする。私はクラベルさんに腕を引かれて、攻撃の射程範囲から抜け出す。そしてプテラはヤドランの攻撃を食らうも、勢いが死ぬことはなく、ぼうふうを繰り出してヤドランを攻撃した。大きな両翼から繰り出されるぼうふうは立っていられないほどの強風で、私は思わず目を瞑ってしまう。いつもならここでプテラをモンスターボールに戻すところだけど今日は違う。私はプテラを理解しないといけない。プテラがどうして暴れてしまうのか。どうして外に出ると我を忘れてしまうのか、人を拒絶してしまうのか。私はそれを知りたい。

 私は強い風に逆らうようにしてプテラに近付いていく。

 

「プテラ、私を、私だけを見て!!」

 

 私はプテラの目の前でそう叫んだ。するとプテラは私に視線を向ける。そして、その鋭い牙を剥きだしにして吼えた。その咆哮は誰に向けられたものなのか、プテラは何を見ているのだろう。私は思わず尻込みする。それでも私はプテラから目を逸らさない。

 

「プテラ、大丈夫だよ。ゆっくり、ゆっくりでいいの。私の話を聞いて?」

『……ガァア゛』

 

 低い声が響くけれど、先ほどよりも落ち着いている気がする。私はプテラにそっと左手を伸ばす。プテラは私の手を受け入れ、すり、と頭を私の手に寄せた。

 

「うん、大丈夫だよ。ねえプテラ、あなたはどうして外に出ると我を忘れてしまうの?」

『……グゥ』

「何か、理由があるんだよね」

 

 プテラを撫でながらよく聞こえるよう、ゆっくりと、プテラに語り掛ける。プテラはただ私の左手に擦り寄って、外では聞けないような穏やかに喉を鳴らすだけの小さな鳴き声を出していた。私はプテラを撫でながらクラベルさんとジニアさんの方を見る。2人は、ただ静かに私たちの様子を見ていた。

 

「プテラは、撫でられるのが好きだね。家で手入れをしている時も、こうやって首の辺りを撫でてあげると気持ち良さそうに喉を鳴らすよね」

『グルル……』

 

 プテラは私の言葉に反応して喉を鳴らす。もっと喜んでもらおうと、そしてもっとリラックスしてもらおうと空いていた右手でも触れようと、プテラの首元に手を伸ばした。しかし私の右手を見たプテラは牙を剥いて、威嚇をしてきた。私は思わず出しかけた右手を引っ込めると、その牙は収められた。

 

「もし、かして……手袋が嫌?」

 

 私がそう問いかけると、プテラは再び左手"だけ"に頭を擦り付けてきた。私はプテラの首元を撫でながら考える。そういえばプテラは家のものにも極力触らない。ポケモンフーズだって、添加物が一切入っていないものしか食べない。

 

「つまり、あなたは……この現代のものすべてが肌に合わない。そういうこと、なんだね」

『グゥウ』

 

 プテラはまた小さく喉を鳴らす。私はその鳴き声に、思わずプテラを抱きしめた。

 

「そっか、そうだったんだね。ごめんね、気付かなくて。……ううん、気付く努力をしなくて」

 

 私がもっと、プテラのことを知る努力をしていれば。もっと早くに気付けていたかもしれない。私は後悔の念が押し寄せてきた。そんな私の顔を分厚い舌がべろりと舐めた。その行動に驚いてプテラを見ると、プテラは目を細めていた。

 

「プテラ……?」

「あなたのプテラは、あなたを責めたいわけではないと思いますよ」

「クラベルさん……」

「この子は相当優れた個体なのでしょう。それ故に、人工的な化合物や薬品に対して敏感に反応してしまう。ただ、それだけです。プテラはあなたを責めていないし、あなたもあなた自身を責める必要だってどこにもない。あなたはただ、この子の気持ちを汲み取ってあげればいいのです」

「でも、私は……」

「そうですよお。原因が分かったのなら次はそれを解決するための努力をすればいいんです。努力の形はひとつじゃないですよお」

 

 クラベルさんとジニアさんの言葉が、私の胸にじんわりと広がっていく。私はプテラから手を離して、カバンの中からゴスの実を取り出した。そしてそれをプテラに見せると、プテラは大きく口を開けて、その実を噛み砕いた。そしてプテラは、私の目を見て小さく喉を鳴らしたのだった。

 私はプテラの頭を撫でつつクラベルさんとジニアさんの方を見た。2人は穏やかな顔で私たちを見ていた。

 

「クラベルさんもジニアさんも、本当にありがとうございました。今日会ったばかりの私の悩みに付き合っていただいて、感謝しています」

「いえ、私たちは教師ですから。悩む人に教え導くのが仕事。たとえそれが我が校の生徒でなくとも、です」

「クラベル校長の言う通りですよお。それにこんなに素晴らしいプテラを見せていただいてこちらこそありがとうございます~」

 

 ジニアさんはそう言うと、プテラに近付いていく。いつもならここで癇癪のようなものを起こし、ぼうふうを引き起こすのだが、今は何もしなかった。ジニアさんはプテラの首元を撫でる。

 

「ふふ、可愛らしいですね~」

『ギャゥ』

「すごい……。これなら、みんなと一緒にバトル、できるかな」

『グルル』

「プテラもバトルしたかった?」

『ギャウ!』

「そっか。じゃあ、これからたくさんバトルしようね」

『グゥ』

「それではそろそろ私はお暇させていただきます。飛行機の時間も迫っていますし。改めて今日はありがとうございました」

 

 私はそう言って、頭を下げる。クラベルさんもジニアさんも、気をつけて帰るようにと言ってくれた。

 パルデアからイッシュへの帰りの飛行機の中、私はプテラのいるボールを手の中で転がす。

 

「こんなに実りある日になるとは思わなかったな。……マルハマ先生にお礼、言っておかないと」

 

 ほんの少し不服だけど、マルハマ先生が今日の機会を設けてくれなかったらプテラのことに気付くのがさらに遅くなってしまうところだった。

 

「これからはあなたも一緒だよ」

 

 私はそう言って、ボールを撫でた。




 イッシュに戻って来て家に帰る道すがら、マルハマ先生に再び連絡する。

《やあメルア。さっきはデータありがとう。かなり詳しいことが書いてあって助かったよ》
「いえ、こちらもプテラのことが解決したので」
《プテラのことが解決したのかい?》
「はい、無事に」
《それは喜ばしいことだね! まさか本当になんとかなるとは……流石というべきかな》

 マルハマ先生が嬉しそうに言った。その後もプテラについて報告していると、先生は「そういえば、」と話を続けた。

「今回のお願い。四災について調べてくれたらいいものをあげると言ったが、君から報告を受けてすぐに郵送したよ。明日か明後日くらいには着くと思うから」
「あ、ありがとうございます。……あの、いい加減そのいいものがなんなのかを教えてくださいませんか?」
《直接答えを言うのも面白くないから、そうだなあ……君と、君のスピアーとの絆を試すもの、かな?》
「……絆を試す?」

 マルハマ先生の言っている意味がよく分からず、私は首を傾げる。そんな私に先生は「とにかく楽しみにしているといい」とだけ言って通話を切った。一体あの先生は何を送ったのだろうか……。私は少し不安になりながらも家路についたのだった。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定