「ちょ、俺が救世主!?」~転生商人のおかしな快進撃~   作:月城 友麻

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177. 猫の魅力

「い、いや、あ、あれはですな! そう! せ、せっせ、正当防衛でして……」

 

 レヴィアは蒼白(そうはく)になって、言葉を(もつ)れさせながら弁解する。その姿は、かつて世界の理を司っていた気高きドラゴンとは思えないほどに狼狽えていた。

 

「まぁ、いいよ。別にキミらを収監したって楽しくないしねっ!」

 

 シアンの声には、超越者の気紛(きまぐ)れな慈悲が滲んでいた。

 

「そ、そそそ、そうですな。楽しくは……ない、ないですよ!」

 

 レヴィアは冷や汗を流しながら、ぎこちない笑みを浮かべる。

 

「で……、蜘蛛なんですが……」

 

 俺は急いで話題を転換する。シアンの気が変わる前に、興味の矛先を変えなければ。

 

「そ、そうです。く、蜘蛛が……」

 

 レヴィアも慌てて同調した。

 

「ハイハイ、パパッとやっちゃいましょ!」

 

 シアンは楽しそうに腕を振り上げる。無邪気な声が、重苦しい空気を軽々と切り裂く。

 

「ちょ、ちょっと待って! あなた……なの?」

 

 話を聞いていたドロシーが突如として立ち上がり、俺を(つか)まえた。そのブラウンの瞳には、驚愕が満ちている。(やわ)らかな指先が、今や毛皮に覆われた俺の体を確かめるように流れていく。

 

 本来の姿に戻ってから明かすつもりだったが、運命は思いがけない展開を選んだ。

 

 にゃぁ……。

 

 俺は渋々(しぶしぶ)と頷く。この情けない姿を愛する人に晒すことの恥ずかしさに横を向いた。

 

「あなた……。こんな姿になって……。可愛い……」

 

 ドロシーは俺を慈しむように抱きしめ、頬ずりをしてくる。その仕草には、なぜかいつも以上の愛情を感じてしまう。温かな吐息が耳元をくすぐり、心が震える。

 

 うにゃぁ……。

 

 温もりに包まれて、俺の心は複雑な感情の渦に巻き込まれる。愛おしさとやや腑に落ちない思いが、光と影のように交錯した。

 

「あっ! 僕の猫ちゃん! ダメ!」

 

 シアンは突如として声を上げ、俺の胴体をガシッと(つか)んだ。その碧眼(へきがん)には不機嫌な色が宿り、まるで宇宙の嵐のように荒々しく渦巻いている。幼い見た目とは裏腹に、その腕の力はまるで重機のようにものすごい力を発していた。

 

「な、何を……。これはうちの主人です!」

 

 ドロシーもまた、宇宙最強の存在に臆することなく全力で俺を抱きしめ、(にら)み返す。その瞳には憤怒(ふんぬ)の炎が灯り、二人の間で火花が散った――――。

 

「僕が連れてきたの!」

 

 シアンの声が鋭く響き、空気が震える。

 

「うちの人は渡しません!」

 

 ドロシーの声には()るぎない決意が込められていた。

 

「ふぅん……。懲役一万年の共犯……懲役千年にしてやろうか?」

 

 碧眼を鋭く光らせ、視線で殺さんとばかりにドロシーに迫るシアン。その(まなじり)には、世界の運命すら左右する力が宿っていた。

 

「何よ、脅すの? ひとの旦那を奪うならあなたも犯罪者よ?」

 

 一歩も引かないドロシー。その(りん)とした姿は、まるで聖女(せいじょ)のように輝いていた。

 

 (にら)み合う二人の間に、危険な緊張が漂う――――。

 

(ま、マズい……)

 

 宇宙最強の少女の機嫌一つで、世界の運命が変わりかねない。そもそも俺は、女性に奪い合われるような男ではない。単に猫の姿が彼女たちの本能を刺激しているだけなのだ。

 

 くぅ、かくなる上は……。

 

 俺は奪い合いの手の中で、深呼吸を始める。海王星から戻ってきたようにすれば、本来の自分の体に戻れるに違いない。

 

 すぅぅぅ……、はぁぁ……。

 すぅぅぅ……、はぁぁ……。

 

 呼吸を重ねるたび、意識が澄み渡っていく。

 

 直後、意識が深淵(しんえん)へと落ちていき――――天井が見えた。木目の鮮やかな天井に、解放の光を見る。

 

 おぉ!

 

 ベッドで毛布に包まれた本来の身体に、意識が還ったのだ。温かな毛布の感触が、人間の体に戻ったことを実感させる。(よみがえ)る指先の感覚に、ほんのりとした安堵が胸を満たしていく。

 

 直後、猫の身体は虚像(きょぞう)のように崩壊(ほうかい)し、ブロックノイズとなって消えていく。青く輝く光の微粒子が、まるで夜空の星屑のように舞い散った。

 

「あっ!」「あちゃー……」

 

 二人は茫然(ぼうぜん)と、その光景を見つめていた。空気が凍りつくような静寂が、部屋を支配する。

 

「そ、そんなことより蜘蛛退治に行きましょう!」

 

 俺は冷や汗を流しながら、話題を転換する。首筋を伝う汗の冷たさが、緊張を際立たせる。

 

「せっかく可愛かったのにぃ!」

 

 シアンは口を尖らせ、青く輝く微粒子が徐々に消えていく様を残念そうに目で追った。その表情には、玩具を失った子供のような(うれ)いが浮かんでいる。

 

「ね、猫ちゃん……」

 

 なぜかドロシーまで残念そうだ。その声には深い愛惜(あいせき)の響きを感じる。せっかく元に戻ったのに……。

 

「しょうがない、蜘蛛と遊ぶわ!」

 

 シアンは不機嫌な瞳で俺を一瞥すると、宇宙を統べる者の威厳(いげん)を漲らせ、神速(しんそく)の動きで腕を振り上げた。激しい衝撃音と共に、空間に亀裂が走る――――。

 

「へ?」「きゃぁ!」「ひぃぃぃ」

 

 俺たちは切り裂かれた空間の向こうに広がる漆黒の深淵(しんえん)へと、まるで奈落に落ちるように吸い込まれていった。

 

 風を切る音が耳を(つんざ)き、体が宙を舞う感覚に戸惑いが押し寄せる。意識が遠のく中、最後に見えたのは、シアンの不敵(ふてき)な笑みだった。

 

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