恐怖の大王が来るだろうとノストラダムスは予言した。第二次世界大戦の中盤、空から隕石が降ってきた事で史実とは微妙に違うも結局は敗北する日本。
だが、その日本で人知れず消えてしまった者達がいた。彼等は時を越え約1000年の時を経て文永の日本に転移してしまう。
その日本は大陸からやってくる恐怖の大王と戦おうとしていた。彼等ーー日本軍は鎌倉幕府と手を結び恐怖の大王ーーモンゴル帝国と戦うのである。
注意
日本軍に関してはなろうでの『戦国日本軍』が元になっています。
太子ちゃん、デレツンデレツンデレツンツン
1941年(昭和16年)12月8日から始まった大東亜戦争は既に末期とも言える昭和20年になっていた。前年の1944年、大本営はフィリピンを死守すべく捷一号作戦を発動したが、逆にレイテ沖海戦で連合艦隊が壊滅する大敗を喫し、これにより日本海軍は海上作戦能力を事実上喪失した。
その結果を受け、大本営ーー陸軍は本格的に本土防衛計画に迫られることになった。連合国軍の本土上陸侵攻を遅延させ、その間に本土の作戦準備態勢を確立するための『帝國陸海軍作戦計画大網』を1945年1月20日に定め、陸上防衛戦への準備が進められていくことになる。この作戦計画は、「前縁地帯」つまり千島列島、小笠原諸島、南西諸島の沖縄本島以南、台湾などの地域を「外郭」とし、連合国軍が侵攻してきた場合、出来る限り抗戦して敵の出血を図りつつ、長駆侵攻してくる敵を日本本土深くまで誘い込んだ上で撃退するという海軍の漸減迎撃戦略が採用されたのだ。
そして1945年4月8日に大本営は、連合軍上陸の際には各方面軍が独立して最期まで戦闘にあたることと、『決号作戦準備要綱』を示達し、一連の防衛計画を正式な作戦名「決号作戦」とした。
なお、この時に戦艦『大和』を旗艦とする第二艦隊は沖縄への特攻作戦である菊水作戦を敢行、『大和』以下軽巡『矢矧』駆逐艦『浜風』等の艦艇が坊の岬沖にて撃沈されていた。
その後、創設された第一総軍は連合軍の本土上陸に備えての迎撃準備に着手する中で静岡県榛原郡菅山村にある相良油田に着目した。
この相良油田は世界的にも珍しい油田であり、なんと精製せずに自動車が動くほどの油田だった。年間でも僅か千キロリットルにも満たない産出であるがほぼ精製せずに使えるのは使えるのである。
万が一、此処を上陸した敵に奪われては元も子もない。そこで第12方面軍と第13方面軍から兵員を割いて相良油田守備隊を編成する事にした。
だがしかし、世界は終末を迎えそうになっていた。事の始まりは時は少し遡った1943年4月18日、一人の海軍提督がソロモン諸島のブーゲンヴィル島上空で遭難死を遂げた。同日、ソ連のイルクーツク、ハバロフスクに隕石が落ちたのである。
戦後等の調査で飛来した隕石はハバロフスクのは直径30m程、イルクーツクのは直径20m程であった。しかも両都市の中心部に落ち、クレーターは戦後の調査で200mはあったという程である。両都市の死傷者は万を越え、更には地震の誘発が連続して起きる程であった。
その地震の誘発は当時、日本が植民地として運営していた満州でも被害が起きていた。だが、被害と同時に恩恵を受けたのである。
『黒竜江省にて原油が噴き出し、油田を発見』
地震の誘発により黒竜江省の地下に押し込められていた石油ーー史実の大慶油田ーーが噴き出したのである。この奇跡に日本は歓喜し、南方輸送だったのが急遽満州輸送に切り替えられたのである。
この切り替えられた輸送によりマリアナやレイテでも日本海軍の艦艇は腹を満たした状態で戦う事は可能となっていたが戦局は史実とほぼ変わる事はなかった。
しかしながら、この隕石の飛来は戦後にも続き、世界は少しずつ変わるのだが今は誰も知らなかった。
そして話を戻す。油田基地守備隊を編成するのは良かった。しかしながらこの守備隊の装備はかなりの御粗末であった。所謂根こそぎ動員であり、2月28日に下令された第一次兵備の部隊であったのだ。
支給された兵士の小銃も九九式短小銃や三八式歩兵銃ではなく、軍の倉庫で埃を被って眠っていた小銃ーー日露戦争で使用された三十年式歩兵銃、幕末で活躍したスナイドル銃やエンフィールド銃、ドライゼ銃やシャスポー銃であった。だが武器があるだけでマシではある。何せその後に編成される第三次兵備には単発式の簡易小銃が支給されるのだからこの部隊は比較的良かったのだ。
更に海軍もこの油田守備隊に陸戦隊の独立混成の部隊を編成して守備に当たらせる事にしたのだ。海軍もガソリンが無ければ航空機は使用出来ないのは承知なので守備には納得していた。
以下が7月7日までに相良油田に集まった部隊である。
相良油田守備隊
第334独立混成旅団(相良油田守備隊)
歩兵部隊
第334独立歩兵混成大隊(基幹五個中隊)
・第1中隊(30年式歩兵銃)
・第2中隊(鹵獲モ式小銃)
・第3中隊(ドライゼ銃及びスナイドル銃)
・第4中隊(シャスポー銃及びエンフィールド銃)
・第5中隊(ミニエー銃及び種子島)
・対戦車中隊(94式37ミリ速射砲×4)
・混成大隊砲中隊(92式歩兵砲×2 97式曲射歩兵砲×2)
戦車部隊
第334独立戦車混成大隊(基幹四個中隊)
・大隊本部(4式中戦車×2 95式軽戦車×2)
・第1中隊(3式中戦車×13 95式軽戦車×1)
・第2中隊(97式中戦車×13 95式軽戦車×1)
・第3中隊(89式中戦車甲型×11 95式軽戦車1)
・第4中隊(97式及び94式軽装甲車、92式重装甲車×28両)
野砲部隊
第334独立混成砲兵大隊(基幹四個中隊)
・第1中隊(38式野砲)×4
・第2中隊(38式野砲)×4
・第3中隊(四斤山砲)×8
・第4中隊(四斤山砲)×8
重砲
第334独立混成野戦重砲大隊(基幹二個中隊)
・第1中隊(38式12サンチ榴弾砲)×2
・第2中隊(38式15サンチ榴弾砲)×2
高射砲
第334独立混成高射砲大隊(基幹三個中隊)
・第1中隊(88式野戦高射砲)×4
・第2中隊(14年式10サンチ野戦高射砲)×4
・第3中隊(11年式7.5サンチ野戦高射砲)×4
海軍
海軍陸戦隊
第334独立混成警備大隊(基幹四個中隊)
・第1警備中隊(イ式小銃)
・第2警備中隊(35年式海軍銃)
・第3警備中隊(22年式村田連発銃)
・第4警備中隊(13年式小銃)
第334独立混成戦車隊(基幹二個中隊)
・第1中隊(短12サンチ自走砲)×4
・第2中隊(92式重装甲車)×11
第334独立防空隊(乙編成)
・第1中隊(96式25ミリ三連装機銃)
・第2中隊(同上)
他
自動車多数
ブルーノZB26軽機関銃多数
馬式機関銃多数
主力軽機関銃
11年式軽機関銃等々
主力重機
三年式機関銃
九二式重機関銃
他主力・予備砲
11年式曲射歩兵砲
97式曲射歩兵砲
11年式平射歩兵砲
92式歩兵砲
他主力小銃
村田小銃(各種)
種子島
スペンサー銃
ミニエー銃
なお、この守備隊にも倉庫で埃を被って眠っていた兵器類も運びまれ徹底抗戦が出来るようにされており弾薬はどの部隊に比べても非常に豊富であった。そのため口が悪い奴等からは「相良油田守備隊は早死にする」と言われていた。
まぁ重要拠点だからこそ攻められる確率は高かったからである。
「うーん、まぁガダルカナルに比べたらマシか……」
そう言うのは相良油田に派遣された海軍陸戦隊隊長の葛城和将少佐は守備陣地を視察しながらそう呟く。
「取り敢えずは弾薬の更なる補充と備蓄をしないとな……陸さんにも掛け合ってみるか」
この頃、相良油田には長野石炭油会社の社員らも常駐して採掘をしていたが戦闘に巻き込まれる危険があったので陸軍の工兵隊等が代わりに採掘する事になっていた。また、食糧確保のために前年から山を切り開いて田畑を開墾したりしており食糧の備蓄はかなりの余裕があったのである。
「隊長!!」
「ん? どうした学生?」
走ってくる学生こと栗田少尉に視線を向ける。学生というのはあだ名であり栗田少尉は学徒出陣で召集された学生だったからだ。
「防空隊からの報告でB-29等の敵機が此方に向かって来てるとの事です!!」
「偵察かな? まぁいい、全員を防空壕に避難させろ」
「既にやっています」
「よし、なら俺達も避難しよう」
避難途中には空襲警報も鳴り響き、葛城達は空襲警報が鳴る中で防空壕に避難した。しかし、一向に爆音が鳴り響いて来ない。
「……どういう事だ?」
「飛行経路を変えたんでしょうか?」
「さぁな」
警報が鳴ってから三十分、一向に敵機は来ないので誤報だと判断した。しかし、事態は急変する。
「何? 無線が故障だと?」
「いえ、無線は正常に動いているんですが繋がらないんです。話を聞いたら陸さんも同様の事になっているらしいです」
「うーん、敵の妨害か?」
「それは何とも……」
「……嫌な予感がするな……」
「隊長!!」
「どうした?」
「付近に偵察に出した者からの報告なんですが……」
「何だ?」
「……昔の農民や農家があるばかりで他には何もないとの事です」
「……はい?」
陸戦隊司令部は一旦時が止まるのであった。それはさておき、飢餓作戦等で主要な港が使用出来なくなった日本は史実通り8月15日に無条件降伏をする。
しかし、戦後の混乱期で具体的な事は分からないが相良油田守備隊の事が記入されている。
『相良油田守備隊は7月某日に跡形も無く無くなっていた』のだ。最初は空襲で犠牲になったと思われた。その日付には相良油田付近に敵機が飛来したのは確認されている。しかし、空襲でも生き残りはいるだろうし建物自体が無くなるはずはないのだ。
戦後、あらゆる者達が相良油田付近を調査した、GHQもそうだ。だが、守備隊に関する手懸かりは何一つ見つかっていないのだ。
しかもだ。上記に敵機が飛来したとあるが、その敵機は変則的な動きをしていたとその敵機を見た住人はそう証言する。一部の者はUFOが守備隊を消滅させたのではと言うが真相は定かではない。
この事は海軍の『畝傍』亡失に続く日本軍の謎になっている。
「……つまり、ここは昭和の日本ではなく鎌倉時代……しかも元寇2年前の日本で駿河国だと?」
「付近の住人の話ではそうですね」
(何なんだこれは? 嘘だと言ってくれよ……)
栗田少尉の報告に葛城は溜め息を吐いた。
「司令、我々はどうなるんですか?」
「……ここ一週間過ごしたが帰れると思うかね?」
「……まず無理だと思いますな」
守備隊司令官である島津少将の問いに戦車隊隊長の近藤大尉はそう告げた。
「ではどうなるんですか?」
「我々には三つの選択肢がある。一つ、帰れるまでこの地にいる。二つ、全員自決して靖国に行く。三つ……日本の天下を取る」
「……天下の理由は何ですか?」
「あの昭和の日本にさせないためだ」
「……なら我々は此処にの元にいた方が良いですな。少なくともあの時代の日本にさせないようにしたいですなぁ……」
「それに2年後には蒙古襲来ですしね」
「しかし、鎌倉武士はそう簡単には屈しないかと……手を組んだ方が良いかもしれません」
「……かもしれんな。なら幕府と接触をしなければならんな。手始めに駿河国の守護と地頭だな」
『はいッ!!』
島津少将の言葉に全員はそうニヤリと笑った。なお、陸軍側でも話し合いをして海軍と同調する事にしたのだ。
「我々は海軍の提案に賛成する」
そして彼等は往く。
「我々は最早ただの日本軍ではない!! 諸君らには家族、友、妻がいた。その人達をあの歴史に歩ませないためにも、此処で我々が立ち上がらねばならないのだ!!」
『ウオォォォォォーーーッ!!』
「我々は八百万の神々に選ばれたのだ!! あの歴史を繰り返すわけにはいかないのだ!! 諸君、我々は未来の日本のために戦わなければならないのだ!!」
『ウオォォォォォーーーッ!!』
「では往こう。全ては諸君らの働きにかかっている!! 海軍の言葉を借りるならまさにこの言葉だ。『皇国の興廃此の一戦に在り、各員一層奮励努力せよ』である!!」
そして彼等は幕府を目指す。最初の目標駿河国の国府だったが、直ぐに陥落した。
「直ぐに駿河国を統一する」
「まぁ一先ずは向こうと交渉するにはそうするしかありませんからな」
なお、急報を聞き付けた北条時宗の鎌倉幕府は直ちに御家人を動員し3000騎と郎党等4000人が鎌倉に集まり裾野辺りで合戦、結果として幕府軍は壊滅し日本軍は和議の使者を出す。この和議により幕府は日本軍の存在を認め、駿河国を日本軍に譲渡する事になる。
また、各地の港の使用権を認めるのである。そして司令官の島津は時宗と蒙古襲来の話をする。
「ではやはり蒙古は日ノ本に来る……と?」
「はい。二回も襲来し九州……特に対馬と壱岐は壊滅的被害を被る事になります」
「ムムム……」
「その為……この2年間で九州の防備を固めねばなりません。六波羅の事はお任せします」
「……兄上の事か……分かった。六波羅は任せてもらいたい」
鎌倉幕府ーー北条時宗も覚悟を決める。斯くして日本軍と幕府は対等な同盟を結び、国難への対処に取り掛かるのである。
「自分が海軍……水軍総司令官を?」
「葛城君しか居まいよ。それに合流してきた『天草』や『四阪』等の艦長は艦長としての職務もあるからね」
「……分かりました。ですが陸戦隊は引き続き自分が指揮します」
そして九州の肥前国松浦郡の佐世保に赴き、史実より1000年は早い佐世保鎮守府の創設をする事になり九州の水軍を呼び寄せる。
「わらわは肥後国御家人天草大夫大蔵太子だッ。貴様か、水軍の総大将とやらは?」
「まぁな」
「ハハハ、へなちょこのようだがな」
「き、貴様。隊長にーー」
「まぁまぁ。取り敢えずは訓練もしないとな」
「フン。本当に蒙古が来るのかは知らんが……」
そして現れた日本海軍の海防艦『天草』に度胆を抜かす太子であった。
「なっ……なっ……人夫等がおらずに漕いでいるだと!?」
「面白いだろ?」
「す、凄い……これ、くれないか!?」
「いや、動かせないだろ」
集められた水軍の精鋭達を訓練しながらも日本軍は九州ーー対馬、壱岐、博多の防備を行うのである。そして文永11年(1274年)10月3日、モンゴル人の都元帥・クドゥン(忽敦)を総司令官として、漢人の左副元帥・劉復亨と高麗人の右副元帥・洪茶丘を副将とする蒙古・漢軍( 15,000~25,000人)の主力軍と都督使・金方慶らが率いる高麗軍5,300~8,000、水夫を含む総計27,000~40,000人を乗せた726~900艘の軍船が、女真人の軍勢の到着を待って朝鮮半島の合浦を出航し5日には対馬の小茂田浜に襲来、対馬守護代の宗資国は陸戦隊の言葉を振り切り、肥前の御家人等300騎と下人等の郎党700人と共に佐須浦に出陣するが、元軍の猛攻により資国等は討死してしまい佐須浦は焼かれてしまう。
「ホラ、ホラ、コワクナイヨコワクナイヨ」
崖に追い詰められた二人の幼子は男の子がボロボロの太刀を高麗兵に突き、女の子ーー妹を守ろうとする。
「コワクナイヨコワクナイヨ……ホラ、オトウトオカアモイルヨ」
高麗兵は頚だけになってしまった両親を見せ、男の子は襲い掛かろうとするが高麗兵に捕らわれてしまいーー一発の音が響き渡り、一瞬の間を置いて男の子を捕らえた高麗兵は頭から血を流しながら倒れた。
驚く高麗兵達を他所に崖から登ってきたのは葛城と鎌倉の御家人である朽井迅三郎光影であった。
「童、よく守ったッ」
「ッ」
「今度は此方の番だ!!」
迅三郎は童に笑みを浮かべ、葛城は持っていたス式自動拳銃(S1-100)の引き金を引いて9x19mmルガー弾を高麗兵に叩きつける。
高麗兵達は倭人(日本軍)が使用する兵器に恐怖し逃げ腰になる。そこへ崖を登ってきた陸戦隊と九州の御家人達が現れる。
「我こそは肥後国の御家人、竹崎季長ッ!! いざ合戦仕る!!」
「同じく肥後国の御家人、天草大夫大蔵太子!! ヨイヤー!!」
「御家人達を射撃援護しろ!!」
突撃する御家人達に陸戦隊は十一年式軽機関銃等で援護射撃をして高麗兵達を掃討する。
「さて、此処からが反撃開始だ」
和将はニヤリと笑いつつ迫り来る高麗兵に引き金を引くのである。
彼等は何を成すかはまだの事である。
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