緑谷仗助の奇妙な物語〜ダイヤモンドは砕けない〜 作:akivas
「~♪」
閑静な住宅街。建ち並ぶ家の一軒から小気味良い鼻歌が流れている。刻むリズムは数十年前に流行ったレトロなブルースの一節。その少年は鏡を眺めながら『自慢のヘアースタイル』を丁寧に漆塗りの櫛で整え続ける。180㎝を超える筋骨逞しい身体。彫りの深い日本人離れした整った顔立ちは、優しい翠の瞳と僅かに残ったそばかすが幼さを強調するが、100人中100人が男前と称する程に整っている。
だが、何より彼を彼たらしめるのは、その精悍な見た目でも、ハート形を象った前衛的なデザインの改造学ランでもない。
その『自慢のヘアースタイル』だ。
時代錯誤甚だしいとも思えるその立派なリーゼントヘアー。深緑気味の髪をビシッとクールに且つクレイジーに仕上げていく。決してこれを貶してはいけない。サザエさん、などと言ってはいけない。なぜならこれは彼のトレードマークであり、誇りの象徴なのだから。
緑谷仗助。16歳。静岡県出身、在住。現在は公立高校に通う一年生。
母親は緑谷引子。年齢を感じさせない若々しさと元気さが近所でも評判の『肝っ玉母さん』。仗助がリーゼントヘアーをばっちりキメ始めた頃にはストレスで太ったこともあったが、今は身も心も平穏を取り戻している。
父親はいない。正確には不明。母親曰く、燃え上がるような禁断の愛だったらしいが、仗助にとっては犬も食わない話。今でも定期的に『養育費と生活費』を振り込んでくるあたり、生きてもいるし、自分達を見捨ててもいないのだろうが、仗助はあまり関わりたくは無かった。
数年前に祖父が逝去してからは母子二人暮らし。だが寂しい雰囲気は全く無い。自称『不良』の仗助も多少の"やんちゃ"はするが、自分と他人を貶めるような悪事は決して働かないし、何より引子にとっては仗助が元気にしてくれるだけで十分なのだ。
「仗助ーーっ!遅れるわよーーっ!」
「ん?………ぅげっ!?もうそんな時間かよ!」
母親の言葉に我に返った仗助は壁にかかった時計を見て血相を変える。態々遅刻して大目玉を喰らうのは好ましくない。不良気味と言えど一般常識的なルールは守る良識を仗助は一応は持ち合わせている。ドタドタと廊下を慌ただしく走りながら、小遣いを貯めて買ったピカピカの"BALLY"のローファーを履いて仗助は慌てて玄関の扉を開いた。
「ちょっと仗助!朝ごはんは!?」
「時間無いって!じゃっ!いってきまーす!!」
「まったく・・・気を付けて行ってきなさいよー!」
あいよ!と元気に手を挙げて走り去っていく息子の背中を引子はやれやれ、と肩を竦ませながら見送る。その背中を毎朝見る度、逞しくなったと穏やかな気持ちになると同時に、11年前の事を引子は思い出す。
11年前の冬、仗助が4歳の頃の話だが、彼は原因不明の高熱で50日間も苦しんだ。ヒーロー好きだった彼が無個性という非情な事実に心を深く傷つけられただけでなく、命すらも苦しめられた辛い時期。
そしてそれは、同時に、劇的な変化をもたらした運命の時期でもある。
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「あっれ~?君!あれだよねぇ、雄英の!」
場所は住宅街の通路に移る。通勤通学でそれなりの人々が行き交う中、リュックを背負った麗かな印象の女子高生は、派手なシャツとボンタンを着た派手な金髪の不良風の男に堂々と絡まれていた。
彼女は麗日お茶子。日本有数の名門校『雄英高校』ヒーロー科に通う一年生。一見するとショートボブが可愛い女の子だが、彼女も将来有望なヒーローの卵だ。
先日放送された雄英高校体育祭は近代オリンピックに代わる国民的祭典の一つ。全国民が注目する一大イベントであり、そこで活躍する生徒は一躍有名人となる。
彼女、麗日お茶子もまた、決勝戦で手に汗握る激闘を繰り広げた事と、その愛らしい容姿が故に、密かにファンを増やしていた。
ファンと言っても善意の者ばかりではない。今まさに悪意のファンに絡まれている彼女は、こういった事態が初めてという事もあり、対応が出来ずにオロオロと困るばかりだった。
「い、いや・・ごめんなさい。学校が・・」
「はぁ~?学校なんて一日休んでも変わらないっしょ?いいから俺と遊ぼうぜ!!」
ジリッジリッと曲がり角の壁面にお茶子を追い詰める男。見るからに素行の悪そうな風貌の彼を、態々引き留める強い正義感を持った者など滅多にいないだろう。事実、困りきったお茶子を助けてくれる人はこの場にいない。お茶子自身も、この場を切り抜ける手立てがない。個性を駆使してこの男を制圧するなど以ての外。出来る筈も無い。
「なぁ!いいじゃんよ!!」
「っ・・こ、困ります!どいてください!」
金髪男が乱暴にお茶子の手を掴む。流石に抵抗してその手を振り張ったお茶子だったが、それがトリガーだった。
「あ?・・ちっ・・調子のってんなよ?」
ニヤニヤと卑しい笑いは鳴りを潜め、金髪男は剣呑な表情に一変する。お茶子に恥をかかされたと自分勝手に決めつけた彼は舌打ち交じりに彼女に詰め寄ろうと足を踏み出す。まさにその時。
トンッ・・!
曲がり角から突然飛び出してきた大きな黒い影。肩と肩がぶつかる音と、小さな衝撃。金髪男が一瞬態勢を崩した。
「って・・おい!」
そして、間髪入れずに衝撃の元へと怒鳴りつける。怒鳴られたその者はピタッと動きを止めてゆっくりと振り返った。そこで金髪男も、お茶子も思わず動きを止める。学生離れしたガタイに、派手に改造された学ラン、そして何よりその『頭』。古き良き時代のヤンキーの姿がそこにあったのだ。
その男、緑谷仗助はゆっくりと金髪男に歩み寄ると、その目の前で動きを止めた。
「な・・なんだてめぇ。やんのかよ。」
その威圧感に気圧されてしまった金髪男。じっと見下ろす仗助。盛大な喧嘩が始まる前の
緊張感に通行人たちは足を止め、お茶子も思わず息を呑む。長々と感じる静寂の後、最初に動いたのは仗助だった。拳を振り上げるのではなく、大きく上体を倒して。
「っす。すんませんした。」
謝罪をしたのだった。怒鳴り返すでも殴り掛かるでもなく、丁寧にお辞儀をして。一瞬訳が分からず周囲は唖然とするが、次に動いたのは金髪男だった。一瞬ビビってしまった事を隠すようにケッと笑い飛ばし、仗助を格下と決めつけた彼は両ポケットに手を入れながらふんぞり返って思い切り見下す。
「ふ、ふん!気ぃつけろガキ!変な頭しやがって。」
そして、愚かにも口走ってしまった。絶対的な禁句を。穏やかな様子で頭を下げていた仗助の表情が一瞬氷のように冷たく固まったのをお茶子は見た。
「・・・・おい。」
「あ?」
「今・・なんつった・・?」
仗助の胸倉を金髪男が掴んだ。大柄な仗助を見上げるような形になった彼は強気な口調で恫喝する。
「あぁ?んだと?」
「だぁれの!!頭が!!サザエさんみたいだとコラァア!!」
「ぶべらっ!!」
一瞬だった。蛙が潰れたような声と共に金髪男が天高く吹き飛んだ。ボロボロと折れ落ちる歯と、ピュッと飛ぶ花血が汚い花火のように朝の住宅街の空中に咲く。ズシンッと鈍い音を立てて地面に落下した金髪男の顔は今まで以上に不細工に潰されている。
「てんめぇ!呑気こいて寝てんじゃぁねぇぞコラッ!!」
「ちょ、ちょっと待った!それ以上はアカンよ!」
尚も怒り止まぬ様子でズンズンと地面を踏みしめて金髪男に迫る仗助。鬼気迫る様子の彼を引き留めたのは、動けずにいたお茶子だった。
「あぁ!?」
「ひっ!」
「ん?・・あ!!あぁ!!」
ギロッと睨み返す昭和ヤンキーの迫力に思わず身震いして一瞬で涙目になったお茶子。その様子にふと我に返った仗助は、地面に倒れる無残な犠牲者1と、フルフルと震えるショートボブの女の子を交互に見比べた後に自身が引き起こした事態に頭を抱え始めた。
「え・・ええっと。」
「まぁたやっちまった!!し、死んでねぇよなぁ!おいアンタ!大丈夫か!」
たった今、自分が殴り抜いた男の身体を抱きかかえ、乱暴に揺する仗助。目まぐるしく転々と変わる状況にお茶子は理解が追い付かずに唖然と立ち尽くすばかり。
‐ドギュゥゥゥウン!‐
「・・え?」
お茶子の声。ふわりと吹き抜ける優しい風と力強い命の音がした。彼の逞しい背中から、半透明の『腕』のような物が飛び出し、一瞬で彼の中に戻った。お茶子の視線の先、仗助の腕の中では、ボコボコに顔面を破壊された筈の金髪男が『無傷』で気を失っていた。
「・・・あっ!!やっべ!遅刻!!」
そして、次の瞬間には腕時計を見て血相を変える仗助。抱きかかえていた金髪男を乱暴に投げ捨てて、彼は唖然とするお茶子にも聴衆にも脇目を振らずに駆け出した。
これは物語。
嘗てヒーローを夢見た少年が描く奇妙な物語。