緑谷仗助の奇妙な物語〜ダイヤモンドは砕けない〜 作:akivas
「うん。ホットミルクは少し冷めたくらいが美味しいね。」
今日も艶やかな自慢の毛並みを撫でながら、小さな机の上で緩やかな湯気を立てるマグカップ片手に誰にでも無く呟く。
机上に置かれた2枚の履歴書に目を向け、氏名欄書かれた『緑谷仗助』『虹村億泰』の文字と、個性蘭に乱雑に書かれた『無個性』の文字につぶらな瞳を細めた。
そして机の引き出しを開き、小さな掌からしても小さ過ぎる"何か"を取り出す。それは歯車のような形をしたバッジ。鈍く銀色に光るそれを撫でた後に、それをしっかり握り締めた。
「頼んだよ、相澤先生。」
そして最も信頼する部下であり、同僚の名をも口にする。
握り締めたバッジ。その表面には『SPW』の文字が刻まれていた。
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時刻は午前9時過ぎ。
一限目が始まる前に、担任に応接室に来るように言付けられた仗助は一人で廊下を歩いている。昨日の金髪男との揉め事が明るみになったのか、それとも他の事か。思い当たる節が色々あるだけに寧ろ変な緊張も無かった。
「お?おぉ〜い!仗助ぇ。」
渡り廊下を歩き切った先で掛けられた声に振り返る。左右を短く刈り込んだ特徴的な髪形に大きな顔のバッテン傷と鋭い三白眼。一見すると近寄るのも憚られる容姿とは対照的な人懐っこい笑顔を浮かべながら、両手をボンタンのポケットに突っ込んだ虹村億泰がそこにいた。
「あぁ?どうしたよ億泰。お前も呼び出しかぁ?」
「“お前も”ってこたぁ・・・お前もかぁ?」
何やったんだよ、と肩を叩いてくる億泰の手を軽く振り払い、二人は肩を並べて廊下を進む。
「知らね。つぅかよぉ。どうしたんだよ億泰。何だか随分と上機嫌じゃぁねぇか。」
「ん?っへへ・・分かる?分かっちゃうかぁ?」
含みのある笑みを浮かべながら、自身のダブル仕様改造学ランの内ポケットに手を突っ込む億泰を、気味悪そうに眺める仗助。しかし、次の瞬間、億泰が内ポケットから取り出して見せた『それ』に驚愕し息を呑む。
「お、おい億泰。まさかお前・・そりゃぁ・・。」
「ふっふっふ!おうよ!レッチリの限定生産アルバムだぁ!6,000円だぜぇ?」
すげぇじゃあねぇか!と両拳を握り締める仗助と、自慢げに高らかにCDアルバムを天高く掲げる億泰。授業中の時間で、本来は静寂が広がっている筈の廊下に二人の少年の声が響く。
「マジかよ・・いや、それよりもだ・・ケチなお前が6,000円なんてよく出したなぁ。俺ぁそっちのほうが驚きだぜ。」
「ん?おぉ。割り勘したんだ。たまたま店にいた奴でよぉ。グッドタイミングだったぜぇ。耳郎ってんだ。」
うんうん、と頷く億泰を他所に、訝し気に首を傾げる仗助。
「んん?ジロー?ややっこしい奴じゃぁないだろうな、そいつ。」
「大丈夫だって!信用できるいい奴だ!」
楽観的に笑う親友の様子に、どうだか、と再び仗助は首を捻る。そんなこんなで、ワチャワチャと会話を繰り広げていると応接室の前に辿り着いた。閉じられた扉の向こうでは、きっと目くじらを立てた生活指導教諭がソファにふんぞり返っているのだろう。
生徒指導室でなくて何故に応接室?と二人して一瞬考えもしたが、仗助にとっては些細な事だったし、億泰に至っては考えすぎて頭痛が始まったので思考を中断。
そして、扉を勢いよく開いた。
ガラッ!!
「失礼しまっす・・・うっ!?」
「まぁーっす・・ぅおっ!」
仗助に続いて億泰が適当な挨拶で入室する。
そこで二人は身体を押しつぶすような激しいプレッシャーに仰け反った。一瞬身構えた二人であったが、ソファに腰掛けてこちらを見る『二人の男』を見て呆気に取られる。
一人はボサボサに伸びた髪の向こうから充血した目を覗かせる細身の無精髭の男。やる気がないのか気怠そうにソファに深く背を凭れさせている。
もう一人は明らかに画風が違う彫りの深い顔面。煌めくような金髪を逆立たせて筋骨逞しい肉体に、明るいブラウンのストライプスーツを着込んだ大男。全身から圧倒的な威圧感を滲ませるその男を知らない等という人間はこの国にはいないだろう。
その男は、ニッと力強い笑みを浮かべて胸を張りながら立ち上がる。そして叫ぶのだ人々に安心を与えるあの台詞をっ!
「そう!!!わーーたーーしーーが!!来っ・・・「オーールマイトぉぉぉおっ!?」」・・・・あ、うん。」
それよりも疾く、二人の少年の雄叫びが部屋中を突き抜けた。
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「うん。改めて、私が来たってことでね。うん。」
約10分後、やっと落ち着きを取り戻した仗助・億泰コンビはプロヒーロー二人の対面のソファに腰を下ろした。落ち着いたとはいえ、突然の国民的ヒーローの登場に、未だに目を爛々と輝かせる思春期男子二人を前に、イレイザーヘッドは僅かに頭痛を感じ始めた。
「っす!俺!緑谷仗助って言います!」
「お、俺は虹村億泰でっす!」
「分かってる。いちいち叫ぶな。俺は相澤、こっちはご存知オールマイトだ。」
バシッと立ち上がってビシッと頭を下げる二人をイレイザーヘッドが手を掲げて制止する。
そこで仗助がジッとイレイザーヘッドの顔を凝視している事に気が付いた。探るように、しかし邪な感情は無い真っすぐなその瞳で。
「ん?どうしたよ仗助ぇ。」
その様子に気付いた傍らの億泰は不思議そうに首を傾げる。
「あんた・・もしかして・・・抹消ヒーロー『イレイザーヘッド』っすか?」
「えぇ!?イレイザーヘッドぉお!?・・・って誰だ?」
「バッ!知らねぇのかよ。目で見た奴の個性を消せるっつぅアングラ系のプロヒーローだよ!」
「流石ヒーローマニアだなぁお前。へぇ、なんだか良く分かんねぇけどカッコいいなぁ。」
また雑談を開始し始めた二人を前にイレイザーヘッドは再度の制止と共に大きく溜息を吐く。
「確かに。俺はイレイザーヘッド、プロヒーローだ。で、お喋りはそこまでにしてくれ。時間が勿体無い。合理的に行こう。」
そして視線をオールマイトヘ。それに連られて仗助・億泰コンビの視線もオールマイトヘ。元気な高校生の遣り取りを呑気に眺めていた件の人物は突然の振りに『え?』等と情けない声と共に我に帰る。
「え?あ、うん。そうだね相澤君。君達!要は雄英に来ないか!?って話だ!」
「「・・・・・はぁ・・あ?」」
事実だけを述べるオールマイトに、綺麗に揃った動きで大きく首を傾げる仗助・億泰と、項を垂れて今日一番の溜息を吐くイレイザーヘッド。
「雑過ぎますよ。ったく。要は生徒交流プログラムってやつだ。他校への期限付き転学とでも考えておけ。詳細は省くが、約一年間、雄英高校ヒーロー科で学んで心身共に成長してもらおうって話だ。」
「ほぇ〜。なるほど。」
多分理解していないだろう返事をする億泰、特に何の反応も見せない仗助。イレイザーヘッドにもオールマイトにも意外な反応だった。国内トップクラスの雄英高校ヒーロー科を志望する学生は星の数ほどいる。仮に一年間と言えど、その超人気の名門校で学べる機会など、飛びつく者が殆どだろう。
「一つだけ、いいっすか。」
「何だ?」
「どぉして俺と億泰が?優秀とは程遠い不良の俺達っすよ?」
「・・・・お前ら、無個性で個性届けを出してるよな?」
イレイザーヘッドの問いに、仗助も億泰も表情を引き締める。そう、彼等は無個性。個性届けを確定させる4歳時点では少なくともそうだった。
「え?そうなの?じゃあ何で彼等を受け入れるんだい?」
その雰囲気を気にも止めないオールマイトの発言にはイレイザーヘッドは最早溜息すら出ない。
「はぁ・・・事前資料くらい読んでおいてくださいよ・・まぁ一々説明するのも面倒だ。お前ら、『出して』みろ。」
「・・何の事っすか。」
イレイザーヘッドの睨みにも動じ無い仗助と億泰。剣呑な空気にオロオロと視線を交互に這わせるオールマイト。膠着状態を続けて非合理な時間を過ごすも酌だと、イレイザーヘッドは少々『荒っぽい手段』にでる。事前プロファイル資料に記載されていた特記事項。生徒になる少年の心を傷付ける事になるかもしれないが、致し方無しと割り切る。
「見た目だけじゃなくて中身もアレみたいだな。大人ナメんなよ?クソガキ。ハンバーグみてぇな髪しやがって。」
「ちょ!え!?あわわわわわ!!」
「あ、相澤君!流石にそれは酷・・え?」
ユラリと立ち上がる仗助。俯いていてその表情は見えなかいが、億泰には分かっていた。
「・・あんた、今なんつった?」
「お、おい仗助!落ち着けって!」
緑谷仗助が"プッツン"してしまっていることに。
「この髪型が鉄腕アトムみたいだと!?あぁあん!?」
ドギュンッ!!!
仗助から飛び出す『何か』。明確なビジョンを持ったそれは筋骨逞しい亜人の闘士。優しさと強さを兼ね備え、迸る威圧感には命の力強さとダイヤモンドの様な意思の強固さが滲み出ている。
「待て待て待て!仗助ぇ!落ち着けぇ!!」
ズギュウウン!!
億泰から飛び出す『何か』。明確なビジョンを持ったそれは鉄仮面を貼り付けたような異形の戦士。削ぎ落とし、奪い取るような冷たさと、何者にも動じない揺るぎない精神力を体現するような存在感が迸る。
殴りかかろうとする仗助を億泰が。
飛びかかろうとする闘士を戦士が。
各々が各々を羽交い締めして制止している。
「・・・・これが理由ですよ。オールマイト。」
「ク、クレイジーだね・・。」
傍らから見れば暴れる友人を制止する高校生の戯れ。だがその実は恐ろしく奇妙だ。
苦笑いを浮かべるオールマイトを他所に、イレイザーヘッドは表情の厳しさを強めて仗助と億泰を睨む。
だが、戦士と闘士は消えること無く、明確にその場に存在し続けていた。
次回より舞台は雄英高校へ!。