緑谷仗助の奇妙な物語〜ダイヤモンドは砕けない〜 作:akivas
試合開始から4分が経過。残り時間は1分。砕かれた建物と削り取られた地面。試合前は綺麗な街の様相を保っていたグラウンドβには激しい乱戦の傷跡が生々しく増えていく。
「デトロイトォオ!!スマアアアッ・・・ガオンッ!・・っとぉ!!」
激しい爆音を立てて崩壊するビルの中から飛び出したオールマイトは、その巨大な拳を大きく振り上げて必殺の一撃を仗助に放とうとする。
その瞬間に、あの『削り取る音』が響いた。強制的に億泰に引き寄せられる事を身構えるオールマイトだったが、今度は結果としてその逆だった。
億泰がオールマイトに肉薄したのだ。
『オラアァァァアア!!』
『ドララララララァ!!』
ドガガガガガガガガガッッ!!
クレイジー・Dとザ・ハンドの拳打がオールマイトに降りかかる。どれだけ吹き飛ばされても、制圧されようとも、この二人の少年は決して折れない。
砕けない。
絶対的に無敵なナンバーワンヒーローを前にしても屈することはない。
全てはシンプルな、とてもシンプルな目的のため。オールマイトに一撃を見舞うという、それだけのために。
「ぬぉぉぉおおおお!」
しかし、オールマイトも譲る訳にはいかない。大人として先人として教師として、手を抜く事も勝ちを譲る事もしたくは無かった。二つの
ガガガガガガガガガッッ!!
脚を止めての単純な拳のラッシュは音すら置き去りにする勢いで加速する。より強く、より速く、瞬間的に成長するクレイジー・Dとザ・ハンド。拳がぶつかる度に二つの
『残り10秒。9、8、7、・・・』
システムのカウントダウンも三人の耳には最早入らない。治す力も、削り取る力も関係ない。シンプルな熱い思いのぶつかり合いに今、全力をかけている。オールマイトの身体から『煙』が立ち昇り始めた。
「テェェキサァァス!!!スマアアアッシュ!!!!」
『ドオオオォォラァァッ!!!』
『ウラアァァァァッ!!!』
瞬間的に爆音と衝撃波がグラウンドβを駆け抜ける。その余りの勢いに戦闘を撮影していたカメラ群は吹き飛びシグナルを消滅させた。流石の勢いに、仗助と億泰は、風の前の塵のように大きく後方へと吹き飛ばされる。
瓦礫と砂埃に包まれてその様相を180度変えてしまったグラウンドβに暫く静寂が走った。ガラッ、ゴロッと砕けたコンクリート片を振り払いながら瓦礫の山から砂埃まみれの二人の少年が姿を現す。
「・・げほっげほっ。なぁ億泰ぅ・・生きてるかぁ。」
「あぁ・・死んだっぽいぃ。」
「そいつぁ・・・ヘビーだぜぇ。」
ぐったりと、瓦礫の山を背に座り込む二人の少年は軽口を交わせる程には元気だったが、戦う体力も気力も最早無かった。
拳一発でミサイル並みの大破壊を躊躇なく巻き起こした恐るべき存在。彼がいるであろう前方を眺める。砂埃が晴れ始めた。きっとあの白い歯を見せて大きな拳を高く掲げているに違いない。最強として、平和の象徴として君臨するその男、オールマイトが。
「は?」
「へぁ?」
しかし、そこに“オールマイト”の姿は無かった、立っているのは棒のように細い腕を高らかに掲げて口からドロドロと赤黒く濁った血を垂れ流すガリガリの男一人。
平和の象徴とは似ても似つかない者。だが、ブカブカの衣服は大国アメリカを印象付けるような鮮やかなコスチュームで、その髪型や弱々しい見た目と反して身から漏れる威圧感は、まさしく“オールマイト”だった。
「じょ、仗助ぇ。」
「ヘビーだぜぇ・・・グレートによぉ。」
二人の不良少年は目を丸くしてその男を唖然として眺めていた。
「しっかしよぉ、仗助ぇ。お前のクレイジー・Dってのはよぉ。便利なんだか不便なんだか。自分を治すことは出来ねぇってんだろ?」
模擬戦終了後、医務室にて治療を受けていた二人は校内放送で応接室に呼び出された。クレイジー・Dの能力で億泰には今は目立った負傷は無くピンピンしているが、対照的に仗助は両拳に大きな包帯を巻き、頬と右瞼には痛々しい青あざが目立っている。
「それを言うならお前のザ・ハンドもだろうよぉ億泰。使い方間違ったらとんでも無ぇぜ。」
「そりゃぁ確かに。・・・なぁ仗助ぇ。」
「何だよさっきから。人の名前連呼すんじゃぁねぇよ。」
「俺達よぉ・・・ヤベぇの・・・見ちまったかなぁ。」
億泰は懸念していた。そして仗助も。戦闘直後に佇んでいた細身の男、弱々しく見えこそすれ、あれは間違いなくオールマイトだった。絶対的平和の象徴、その本当の姿、恐らくは人に知られてはいけない秘密。それを見てしまった事に二人は不安に近い感情を抱いていた。
「あぁ・・・ちとヘビーかもなぁ。」
ガラッ!!
勢いよく扉が開いた。それこそスライドレールから脱輪するような勢いで。見ればいつもの鮮やかなブラウンのスーツを着込んだ筋骨隆々のオールマイトが微笑んでいる。そう、いつものオールマイトが。
「私が普通に来た!!」
「「・・・っす。」」
「ヘイヘイ!ガイズ!堅い!堅すぎるぞぉ!」
立ち上がって律義に深く頭を垂れる二人の不良。木彫りのローテーブルを挟んだ対面ソファに腰をかけるオールマイトはHAHAHA!と豪快に笑い飛ばす。
「先の模擬戦!大変良かったぞ!私もすこーしばかり本気を出してしまった。そして・・・」
二人に賞賛の拍手を送った後にオールマイトはバッ!!と立ち上がり、それこそ目にも止まらぬ速さで、自分の膝小僧に顔が着くほどに大きく頭を下げた。
「試すような事をして申し訳なかった。悪意は無かったが、結果として君達のプライドを傷着けた事は事実だ。すまなかった!」
「あ、いや、うーん。まあ過ぎた事っていうか。俺ぁもう気にしてませんよ。なぁ仗助。」
「えぇ。頭上げてくださいオールマイト。確かにムカッ腹は立ちましたけど。その詫びで十分っすよ。」
「そ、それよりよぉ、オールマイト。」
深々と謝罪するオールマイトをあっさりと後腐れなく許した後、億泰は歯切れ悪く発言に困りながら頭を掻く。それが意図することをオールマイトはすぐに理解し、頭を上げると同時に、
BON!!
その身が煙に包まれた。そして、煙の向こうから例の細身の男が姿を現す。
「虹村少年、緑谷少年、君達が気になっているのは、私の姿の事だね?」
弱々しい姿の口から発せられる声は間違いなくオールマイトのもの。億泰も仗助も、ゴクリと唾を飲み込んでブンブンと何度も頭を上下に振って肯定する。
「少々複雑でね。・・・少し長くなるが、話そう。」
オールマイトの独白は二人にとっては衝撃的なものだった。詳細は伏せられたが、恐るべき巨悪との戦いが秘密裏に行われていた事。その戦いで、生命維持に必要な身体器官の多くを損傷、若しくは失っている事。それを隠し続けて何年もの間『平和の象徴』としての責務を全うし続けた事。
そして、最早、自分に『限界』が近い事。
「私の個性は少々特殊でね。所謂『使命』を帯びている。平和の象徴であり続けるという使命をね。」
そして、立ち上がったオールマイトは二人に対して再び大きく頭を下げる。それは先ほどの謝罪とは違ったものだった。
「一方的な願いであることは承知だが、このことは口外不要でお願いしたい。もし、平和の象徴が弱っている等と世間に知れれば、それこそヴィラン隆盛を促す切っ掛けになってしまう。頼む!!」
「・・・・オールマイト。俺ぁ、あんたのファンでした。ずっとずっと。それこそあんたの動画はバカみたいに見たし、グッズも山程持ってる。限定生産のオールマイトパジャマは、マジで俺の宝物ですよぉ今でも。・・・ガキの頃とは言え憧れていた存在が、そんな事になってるなんて、俺ぁショックですよ。」
シンとした静寂が広がる室内に、やけに仗助の声が通る。冷たくも思えるその発言に、頭を垂れ続けるオールマイトの顔は強張った。嘗ての憧れの存在の本来の弱々しい姿に落胆するのは当然か、と自嘲と自責の念と共に、その細く小さな拳に力が籠る。
「ショックですよぉ。俺ぁ一度ファン辞めちまった自分が恥ずかしいっす。オールマイト。あんたは、俺が思ってた以上にグレートでした!」
「うぉぉぉおおん!!凄ぇ!凄すぎて涙が止まんねぇよぉ!」
ガバッと立ち上がる仗助は、包帯を巻いた砕けた拳を握りしめる。億泰は滝のような涙と鼻水を流しながらゆっくり立ち上がる。
「み、緑谷少年・・・虹村少年。」
「顔ぉ上げてくださいオールマイト!寧ろ頭下げんのはこっちです!!今まで俺たちを・・この国を守ってくれてありがとうございました!!今度は、今度は俺達があんたを守りますよ!!!」
「うぐっ、ぐずっ・・あでぃがどう!ございばじだっ!!」
深々と頭を下げ続ける二人の不良少年の姿に、オールマイトは目頭が熱くなるのを感じた。
「で、落ち着いたかい?虹村少年。」
「う、ぐずっ。ずびばぜぇん。」
「何もそんな泣く事ぁねぇだろうよ。」
数分後、大量のティッシュを消費して涙と鼻水を拭い続ける億泰を慰めるオールマイトと仗助の姿があった。
「というかよぉ、仗助ぇ、お前のクレイジー・Dでオールマイトを治せねぇのかよ。」
「あぁ〜、俺のクレイジー・Dは治す事は出来ても復元はできねぇ。なんつぅか・・・・一度塞がった傷とか治った怪我は直せねぇんだ。全適した内臓も傷もよぉ。一度塞がっちまったら治せねぇ。・・・すんません。」
「いや、大丈夫だ緑谷少年。その気遣いだけで有難いよ。」
確かに、仗助のクレイジー・Dは傷を癒せる優しい力。それを以てすれば全快とは行かなくともオールマイトはある程度は救われるかもしれない。故に仗助は頭を捻って思考を巡らせる。
オールマイトは、だが断った。仗助のその思いだけ今は受け取って。
「・・・ところで君達、来週から職場体験だが・・。」
「え?そうなんすか?」
「朝の説明で言ってただろうよぉ億泰。ですけどオールマイト、当然俺達に指名なんか無いっすよ。寧ろどうすんのかこっちが聞きたいくらいっす。」
仗助の指摘は尤もである。そもそも本日から半ば無理矢理に体験留学させられている上に、1年A組の生徒達に会う事も無く今に至るドタバタ劇。今後のカリキュラムやスケジュールなど仗助と億泰が知る筈も無い。
「まぁ焦ることは無い。私に一つ"当て"がある・・・。き、君たちのような、き、きき、気合の入った生意気な少年達は歓迎される筈だ。せ、精々、扱かれてきたまえ。」
何やら突然顔を青くして震え出すオールマイトの様子に、仗助と億泰は首を傾げるのだった。
「なぁ仗助ぇ、『当て』ってプロヒーローかな?」
「そりゃそうだろ。けどよぉ・・・あのオールマイトがあそこまでブルッちまうなんて変だよな。」
「お、おぉ・・・そうだよなぁ。なぁ仗助、誰だと思う?」
「全く見当がつかねぇ。ま、出たとこ勝負って奴だな。」
おっかねぇなぁ・・と億泰の呟きが廊下に響く。オールマイトとの面談を終えた二人は、すっかり下校時刻が過ぎていたこともあり、直帰を許された。
すれ違う在校生たちは、古き良きヤンキー不良風の二人に怪訝な視線を向け続けていたが、二人は最早、意にも介さない。暫く歩いた先、下駄箱でまるで二人を待っていたかのように仁王立ちする影が一つあった、好戦的なその瞳は真っすぐ二人を見ている。
正確には緑谷仗助のみを。
「あぁ〜・・・・久しぶりっすねぇ。」
「・・・ちっ。」
仗助の声掛けに、その人物は舌打ち一つ残して、足早に下駄箱から外へと出ていく。
「んん?知り合いかぁ?」
「・・あぁ。かなり昔の、だけどな。」
小さくなっていくその背中は昔と変わらない。爆豪勝己の姿を、仗助は神妙な面持ちで見ていた。
その日の夜・・・・・。
「あっれ・・どこ行ったかなぁ。」
自宅の自室にてクローゼットの中を引っ掻き回す仗助の姿があった。お気に入りのシャツもコートも、ベッドに投げ捨てて、クローゼットの更に奥へ、奥へと進んでいく。
「あ・・・あった!!」
そして彼は目当ての物を見つけると、クローゼットから脱出して、その件の物を床に置いた。
それは古びた段ボール箱。相当な年数触れられておらず、クローゼットの主と貸していたそれを仗助はゆっくり開く。
そこに詰められていたのは、オールマイトグッズの数々、そして、覚え立ての字で『ひーろーのーと』と銘打たれた古びた落書き帳。
嘗てヒーローに憧れていた少年の夢の残骸達だった。
「・・・・夢・・か。」
そこから仗助は、オールマイトフィギュアを取り出して机上に飾り、ふと何の気無しに窓を開いた。
窓の外はすっかり夜。天気は快晴。雲一つない夜空には眩い星が輝いている。
泥を見ていた少年は、この日、星を見た。
〈=To Be Continued…