内容とオチを考えたらこれが思いついたんだ。
「ふぅー……この時期の機密性のある捜査は辛いねぇ……」
とあるマンションの一室。
これと言って特徴の無いように見える男は、最低限の暖房だけで寒さを凌いでいた。厚着はしているものの鼻が冷たくなってしまっている。
「頼むから早めに尻尾出してくれよ~」
男は昼食のクリームパンを口に含みながら、一般人では買うことのできない
「
【〇月✕日】
本日より日本政府の依頼によって
この仕事に就いて既に20年以上。彼女も作らず贅沢もせずオシャレな服も買わず、日本のために様々な企業や要人の捜査をするエージェント(資料上では公務員)になって大分経ったが、「異世界の魔法が本当にあるのか直接目で確かめ記録してほしい」などと思わず聞き返してしまう内容の仕事を頼まれたのは初めてだった。
曰く、先日日本の有名企業とコラボしたYouT〇berが使うとされている魔法が本物であるなら、その有用性は凄まじく、しかし同時に危険でもあるため政府組織の管理下に置きたい。しかし、直接尋ねてもはぐらかされ否定してくるのは火を見るより明らかである。そのため動かぬ証拠を見つけてきて欲しい――とそんな内容だ。
はっきり言うが依頼人こそ『日本政府』となっているものの、実際は一部の大物政治家さんが「本当ならコイツ使えるじゃん♪」とさも日本の総意のように語っているのだろう。下手すれば総理大臣すら知らない可能性もある。人の上に立つことに慣れ過ぎちまった政治家ってのは怖いもんだ。大義名分があれば個人の人生よりもその他大勢の幸福(当然のように自分もそこに入っている)を優先する人間になっちまう。
とはいえ、何をどう言おうと俺は国家のために働く犬。依頼(命令)内容に不備がなく、現時点で政治的に許された範疇にも違反してない以上はどんなに気が進まなくても仕事を全うするのみ。これまでもそうだったように。
一先ず捜査対象の情報が書かれた資料とYouT〇beに上げられた配信動画を1日で確認しなければいけなくなったので、用意してもらった部屋で映像を見ることにする。好物のクリームパンとコーヒーを手に動画を再生させた。
正直、魔法云々に関しては半信半疑なのだ。依頼してきた方も然もありなんといった様子だったし。これでどう控えめに見てもCGだってデキのものが映ってたら資料を相手の顔面に叩き付ける自信がある。異世界とやらをこのベテランエージェントの目で見てやろう。
尚、涙が溢れてティッシュを大量消費するのは数分後のことだった。
【〇月✕日】
まじヤッベぇわ異世界の魔法。
資料と動画に目を通した翌日、頭にインプットした情報から大まかな捜査計画を立て、書類を作成して指定の部署に渡す。これで必要な住居や機材の申請は終わった。後は全面的な許可を待ち、その間に細かい計画を立てていく。
油断はできない。
何せ捜査対象は「記憶消去」なんてジョーカーがある。さらに異世界で鍛え上げた実戦経験と本物の魔法を行使するんだ。万一バレでもしたら勝機は無い。オレの記憶は消されそれまでの捜査が無駄になり、下手したら記憶を消されすぎて別人に生まれ変わってしまう危険もある。
まぁ、その場合は俺の異常が政府に伝わるので捜査対象は自分のクビを締めることになるのだが、それと自分の記憶が弄られることを許容するかは別問題だ。マジ怖えよ。あのオッサン一度決めたら一切容赦なくキメに掛かるタイプだぞ。躊躇いなく必殺の一撃を放てる奴ほど恐ろしいものはない。
緊張してたらクリームパンを喉に詰まらせそうになった。慌ててコーヒーで飲み込む。少しでも計画が上手くいくようもう一度見直そう。僅かでも安心を得なきゃ眠れねえよ。
【〇月✕日】
申請が通った。9割以上要望通りだ。不可だった1割は通れば儲けもの程度に考えてたので計画に支障はない。
早速機材を受け取り、これからしばらく滞在することになるマンションの手続きをし、近くのコンビニやパン屋でクリームパンと缶コーヒーを買い漁る。別に目的地域に着いてからでも良いのだが、可能な限り自分の姿を人目に晒さないようにしなければならない。印象に残ると後々苦労することは若い頃に経験済みだ。
荷物をまとめながら、久々の緊張感のある仕事に笑みを浮かべた。
【〇月✕日】
ついに目的のマンションに辿り付いた。管理人へ適当に挨拶を済ませて目的の部屋へ入る。
捜査対象の住むマンションから数百メートル離れているが、そのマンションのベランダを現在いる部屋の窓から障害物無く監視することが可能だった。こういった監視から始める捜査は自分が居座る監視場所の選定が難しいのだ。今回は運が良かった。昔一度だけホームレスになりきって公園の隅で寝泊まりした時は地獄だった。
機材のセッティングを済ませ、捜査対象のいる一室を覗く。カーテンは開けっぱなしになっており、YouT〇beの編集で使うのだろうパソコンや真新しい家電もハッキリ見える。現在は留守のようだ。その内帰ってくるだろう。機材を操作すればマンションの1階にあるポストなどが設置されている場所に見ている場所が切り替わった。さらにズーム機能も付いているので少しズームアウトさせてマンション全体の様子を見るでも良いし、ズームインさせて口元が見えるほど拡大すれば特技の読唇術で何を喋ってるかも筒抜けだ。サーモグラフィ機能まで完備している。さすが目玉が飛び出るほど特注品の機材。その余りの値段に手が震えてた頃が懐かしい。
まずは、さらなる情報収集だ。
資料で分かる情報には限度がある。朝の何時頃に起きて夜の何時頃に寝るのか、いつ頃買い物に出掛けるのか、現在同居人である甥と暮らしているようだが
毎回そうだが捜査対象が特段悪人と言える人物では無い時は、悪いことをしてしまっている思いはある。何せ俺の報告次第でソイツの人生が良くも悪くも狂うのだ。特に今回の捜査対象など、本当であれば17年もの期間を地獄のような異世界で過ごした後に帰って来れた人物。今の好きなゲームをしながら過ごす日々の何て平和なことだろう。……証拠が揃えば、その日々は間違いなく崩れ去る。単純に首輪を付けられるだけでは済まないのは分かりきっている。許してくれとは言わん。だが、俺も仕事なんでな。安心安全のお気楽老後生活のためにお金をたんまり貯める必要があるんだ。
俺の幸せの糧になってくれ。
助けて
【〇月✕日】
俺も何だかんだで年なのかもな。朝起きたら体の節々が痛い。まるで無理矢理関節や筋肉を動かした時のような痛さだ。健康維持のためのサプリを飲んで今日の監視作業に移る。
昨日に続いて捜査対象に特段動き無し。
日中は基本的に甥と共にリビングでゆっくりしているか、SE〇Aのゲームをしている模様。他に分かったことと言えば起床時間と就寝時間ぐらいか。例の魔法を使ってる様子は現在無し。監視2日目だしこれは仕方ない。
望遠鏡を覗きながら好物であるあんパンを牛乳で流し込む。
【〇月✕日】
気分が優れない。理由も不明だ。もしや保っていたと思い込んでいた健康に異変か? 人間ドッグの予定日を早めてもらう方が良さそうだ。
本日はようやく捜査対象と甥が一緒に出掛けた。ズーム機能を使い読唇術で話す内容を読み解いた感じ、近場のスーパーへ買い物に行くらしい。急いで支度を済ませ、近くにあるスーパーへ行く際に必ず通ることになる道が見える場所へと向かう。買い物の際の行き帰りのルートを知るのは重要だ。ただし、絶対にバレてはいけないため捜査対象がどんな興味深い話をしていようと感づかれる距離に近づいてはいけない。とにかく移動ルートの確認が重要事項だ。
目的地に着き、俺はたまたまその場で軽食を取っています的な雰囲気を出しながらあんパンを食べる。素の視力には自信がある。あからさまに道具を使わなくてもこの距離なら監視可能だ。地味すぎるかもしれないが、功を焦って1度に何個も情報を得ようとして痛い目を見るのは経験が浅い奴か、本気で時間の余裕が無い場合だけでいい。余裕があるなら1つずつ確実に、だ。こうやって得られた情報がファイリングされ、次に生かされるんだからな。
だが……気のせいか?
好物のはずのあんパンを美味しいと感じない。材料を変えたかあのパン屋? ステルス値上げ?
【〇月✕日】
何かおかしい。いや、何もおかしいところなど無いはずだが……とにかくおかしい。まるで体と記憶で齟齬があるような……?
あんパンも喉を通らないし、牛乳も最低限喉を潤すためにしか飲まなくなった。やはり味か? 最近の円安問題はそこまで食品に影響を与えていたのか?
捜査対象を望遠鏡越しに監視する。
どうやらパソコンを甥と一緒に弄ってる模様。例の動画の編集作業か? しかし、記憶の精霊とやらの魔法によるスクリーンは確認できず。
今日は動きがないので何駅も先にある美味しいと有名のパン屋であんパンを、品揃えが良いデパートでお高めの牛乳を、それぞれ買いに行くことにした。大丈夫だ。美味しいものをたくさん買って、たくさん食べれば気分も改善するはず。
賞味期限の近いあんパンと牛乳を平らげて買い物へと出掛ける。
【〇月✕日】
頭が回らない。今朝、鏡を見れば随分覇気の無い顔をした俺が映っていた。隈も目立ってきてる。
何だ一体? 俺の身に何が起こってる?
大量購入したことで変なものを見るような目を店員にされながら買ったあんパンの山がテーブルの上に山積みになっているが、嬉しさよりも憎々しさが増している。子供の頃からあんパンが好きだったはずだ。同級生から「やーい! オマエの体から小豆の匂いする~!」やら「おい、アンパンマ〇!」とか言われても――ん? 本当にそんなこと言われたっけ? 何か別の言葉だったような……。記憶違いか? 子供の頃の記憶は大人になると薄れてる部分を事実とは違う妄想で補うこともあるって聞くし、それかもしれない。
本日も捜査対象を監視する。
望遠鏡を覗く前に目薬を差す。ここ最近目がショボショボする時間が多くなった。本格的に年齢による問題があるのかもしれん。
現在は甥と談笑しているようだが……甥を見て話してるわけではない? 例の精霊による幻聴によるものか? サーモグラフィ機能を使うが捜査対象と甥の他に
もう食べたくもないあんパンを囓る。味や素材は間違いなく高級なのに一向に美味しいと感じない。好物を食べているのに全く心が満たされないことがこんなにも苦しいとは思ってもみなかった。だが、ここまで来たらもう引き下がれない。意を決して2口目のあんパンを――
【〇月✕日】
あんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンクリームパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんぽんたんあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパンあんパン
――ガンッ!!
捜査対象の監視を始めてからしばらく経った昼下がり、堅い壁に頭を打ち付け額から血を流し出した男は瞳孔の開いた目で現状を再確認する。
「絶対変だろぉおおおおおおお……!! 何だこのあんパン地獄は。1日1個食べれば十分なんだよ。朝昼晩、3食全部あんパン食べるとかいくら好きだからって限度があるわ。何で弁当や冷凍食品が1つも見あたらねぇのさ。身に覚えが無いにも関わらねぇってのに、第三者の悪意を感じんぞ! あんパンとか絶対、好きな食べものじゃねえだろ! 二度と見たくないぞ。冷静に考えたらおかしいだろが。何で俺はこうも頑なまでに捜査対象に近寄らねえんだよ。地道な情報収集を一歩ずつったって限度があるだろう。毎日似たようなことの繰り返しを、繰り返しあんパン食いながらするってどういうルーチンワークだこら」
男は現在の状況が異常であることに気付けたことを幸運に思いつつ、急いで“上”へこのことを知らせなければならないと思った。
「と、とにかく連絡を――」
「されると困るんだよなー」
ここにはいないはずの第三者の声。
それに気付き後ろを振り向こうとしたが、相手の方が早かった。
ジャラァン!という音が聞こえ、一瞬で男の体が
何とか目を後ろに向けて見たものは、
「
「おはよう。政府のエージェントさん」
電気の付いてない暗い部屋にいるせいか、YouT〇beの動画で確認した時に見たような顔ではない、暗い……狂気を感じさせる笑みを浮かべたおじさんの姿だった。
男の頭の回転は早い。この状況とそれまでの違和感を繋ぎ合わせて答えを導き出した。
「バレていたっていうのか、最初から……!」
「ああ。オマエが俺たちを監視しようとした瞬間にはバレてたよ? 普段から何かあった時のために、異変が起これば精霊経由で通知される仕組みだからな。雑談配信は見なかったのか? 精霊っていうのはそこら中にいるんだ……たかだか数百メートルなんてあってないのと同じさ」
男は歯噛みし、おじさんは初日からのことを語る。
精霊ネットワークで政府の存在が自分を監視しようとしていると報告が入ってすぐ甥と対策を相談したこと。
今と同じように拘束魔法で動きを封じ、死に物狂いで抵抗する男の記憶を一旦消し、特殊な魔法の使い方で男の記憶を一部改竄したり、見ているものを正しく認識できなくするように弄ったことなどを。
「初めての使い方だからこっちも試行錯誤してさ、最初は記憶を全部消そうかと思ったけどそれだと政府にバレるってたかふみが言うから別の方法を試したんだ。怪しいところなんて何もないって報告を
「――っ!」
「いや、だけどさすがだわ。記憶の精霊がどういう風にするべきなのか慣れてないってこと考えても、自力で違和感に気付けるなんて。さすがエージェント。記憶の改竄ってやっぱ難しいな」
「だけど、記憶の精霊と何度も交渉してどうするべきかの見当は付いたんだ」
「安心して。痛くも痒くもないから」
「ただ」
「一生俺を監視しても何も出ず、違和感も感じないだけだからさ……」
「………………ふっ」
男は、長年政府のエージェントとして働き続けた政府の犬は、もうどうにもならないことを悟って失笑した。
「どうせ今の記憶は消えるんだろ? なら教えてくれ。元がどうだったか知らないが――何であんパン?」
「え? たかふみが張り込みする人がいたら、その人はあんパンを食べるのがルールだって……」
「そんなルールあってたまるか」
「ちなみに、オマエの本来の好物はこの数日で俺らの胃袋の中だ。しばらくクリームパンと缶コーヒーは良いかな」
「最後に……1つだけお願いがある」
「何?」
男は絞り出すように言う。
「もう俺自身のことはいい。自分がピエロだと気付くこともなく同じことを繰り返す人形にすればいいさ。ただ――本来の好物だけは元に戻してお願い……!!」
割と切実な願いだった。
もうあんパンとか2度と見たくないもん。
「いいよ」
「ああ、ありが――」
男は最後まで言い切ることもできず記憶を消された。
【〇月✕日】
捜査対象の監視から大分経ったが、未だ魔法の類いは見られず。
様々な方法で対象に近づいての監視や、魔法を使う可能性が高い状況を作り出してもみたが確認できず。交友関係もほぼ無いようで、宅配業者を除いてマンションの部屋に出入りする外部の人間は0。
詳細は報告書にまとめるがここまで何もないと暇で仕方ない。
すっかり住み慣れてしまったマンションの一室でくつろぎながら、好物のクリームパンを食べ、牛乳を飲み干す。
はて? 別の飲み物をいつも飲んでたような……?
気のせいか。クリームパン超美味しい♪
エージェントの男の記憶を最終調整する時はおじさん冷静でしたが、初日に精霊経由で知らされた時は動揺しすぎて軽くパニックになってましたとさ。たかふみくん超がんばって落着かせた。
田淵先生と同じで地味に登場が期待されていたので「政府の何か」なエージェントさんを登場させてみました。
現実のエージェントさんがどんな風に仕事するかなんて分かる訳ないのでほぼ妄想ですが、普段と違う形式で執筆してみた。
次回は本編に戻ります。
おじさん(魔炎竜)vs久々に登場のツンデレエルフさんをお送りします。