「今日からここが、君の家じゃ」
こじんまりとした家の前。
背が高く長い髭を蓄えたお爺さんが、ドアを開けながら振り返りそう言った。
「ゲボロロロロ……うぉえぇっ」
片や俺は蹲って嘔吐中。付き添い姿あらわしってこんななんだな……気持ち悪過ぎる。
ごめん、会話出来る状態じゃないよ。
「……すまんの。この移動は君にはまだ早かったようじゃ」
早かろうがこうするしかなかったんでしょ……
「色々と教えていかねばならん事がある。子供1人では生活もままならんじゃろう。君の世話は屋敷しもべ妖精が――いや、ひとまず休むとするかの。話は後じゃ」
彼は話を途切れさせ、蹲る俺の様子を確認しつつ……杖を一振りして吐瀉物を消した。便利だなぁ。
しかし世話か……出来れば人に来て欲しいんだけどな。忙しい彼はともかく、他にどれだけの人が動けるんだって話だけども。
「おいで、アリス」
「うっぷ……はい」
俺が自力で立ち上がると、彼は開きっ放しのドアに戻った。
そして優しそうな目をこちらに向け、これまた優しそうな声で俺を呼ぶ。
どうせなら抱えてくれたら楽なのに。
アリス――俺の今世の名。そして今日からは、アリス・ダンブルドアとして生きる。
俺は呼ばれるがまま、アルバス・ダンブルドアの元へフラフラと歩き出した。
*
ただいつもの生活をしていた筈だった。
眠りに就いて……気付いたら赤ん坊になっていた。
後から知った事だけど、孤児院の前で捨てられていたらしい。
夢じゃないと理解するまでにどれだけの時間を掛けたか。
何にせよ第2の人生ってやつが始まった。
俺が目覚めたのは……1980年のイギリス。
おかしい。俺が生きていたのは2024年の日本だ。
更におかしいのは男から女に変わっている事。
いやまぁ、赤ん坊になってる以上はもう誤差みたいなものだけど。
困った事に俺は頭が良くない。
英語なんて分からないし、世界史だってまともに覚えていない。未来の知識を利用なんて出来る筈も無かった。
つまり本当の赤子同然に育つしかなかった訳だ。
流石に四則演算くらいは出来るし、言語の問題さえ克服した今は逆に神童扱い……いや言い過ぎか。
まぁ30歳だった奴が今は7歳だから、同年代で比較すれば優秀な子供になれたのは事実だ。
そう、夢じゃないと受け入れて早7年。
ちょっと頭の良い、なんだか子供らしくない女の子として成長中だ。
プラチナブロンドと言うには白過ぎる程のサラッサラな髪を腰まで伸ばし、薄い青色の目をした少女。
自分で言うのもなんだけど、かなり整っている方だろう。
むしろ整っているお陰で、一応は女の子らしくなろうと思えたとも言える。
見た目以外も思ったよりは問題が無かったのも救いだ。
ここはイギリス、英語圏。日本語の様に言葉は複雑じゃない。
俺とか僕とか私とかあたしとか、如何にもな男女の口調とか無いじゃん。
いやまぁ、日本語訳でお届けするけど。雰囲気だよ雰囲気。
とにかく立ち振る舞いに気を付ければ大丈夫だ。あんまり出来てないけど。
どうしたって中身は大人の男なんだよ。
て、そんな話はいいんだ。
とある日、俺を引き取りたいという人が来た。
孤児院を去る子は多少居たし、遂に俺もお別れかな……とか思いながら、とりあえずお話からと対面に臨んだ。
そうして現れたのが、アルバス・ダンブルドア。
その瞬間、全てを察した。
ここはただの過去じゃなかった。あのハリーポッターの世界だったんだ。
お陰で自分なりに考えた曖昧な将来設計が消えた。なんてこった。
彼の話を半分程聞き流しながら、色々な考えが頭を巡った。
自分はどういう立ち位置のキャラクターになるのか?
何故ダンブルドアが引き取りに来たのか?
何故11歳じゃなく7歳の今なのか?
そもそも今は物語のいつだ?
俺だってそれなりに知ってはいるし、好きな作品だ。
原作もそこそこ読み込んだし、映画も見た。ゲームも色々やった。
けど記憶はかなり薄れて細かい所は覚えてない。
そもそも俺、魔法なんて使ってた?
確かにやたら運が良いとか、都合の良い事が起こってたけど。
それらしい現象を見てないんだよねぇ……
いや、そんな事よりも、だ。
あの物語は後々かなり厳しい展開になるってのが問題だ。果たして生き残れるのか?
中途半端な実力じゃ無理なのでは……だってダンブルドアに引き取られる立場って、絶対巻き込まれるじゃん。
せっかく第2の人生と受け入れて楽しみ始めてる所だっていうのに、死にたくは無いぞ。
でも、まぁ……悲嘆に明け暮れていたって仕方ない。
危険溢れる世界だとしても、同時に魅力にも溢れる世界だ。
なら楽しんだ方がマシと言うもの。やってやろうじゃないか。
なんて事を考えている内に話は終わり、俺の答えを聞かれた。勿論OKだ。
大丈夫、きっとなんとかなる。なんとかなれ。
じゃあな皆。俺は魔法の国のアリスだったらしいわ。
ちょっと寂しいけど、一足先に孤児院を卒業するぞ。
*
というのが数日前の事。
そして今日、迎えに来たダンブルドアに連れられて……早々に姿くらましで消えた。
着いたのがここ。ホグズミード、今行くよ。なんてね。
さて、姿現しの猛烈な気持ち悪さから回復した後、諸々の説明を受けた。
俺は1人暮らしではなく、時折屋敷しもべ妖精が来て世話をしてくれるそうだ。
ただし主は俺じゃない。あくまで仕事の1つとして、らしい。
ダンブルドア、マクゴナガルが時々様子を見に来ると言っていた。多分スネイプも。
そうして勉強をしていくそうだ。人が来てくれるのは嬉しいけど、何その英才教育。怖いわ。
おまけに何故か杖を貰った。何これ。
杖って入学の時に買うんじゃないの?
と思ったけど、所謂練習用としての出力が弱いものなんだとか。
そういう物もあるんだな。
そもそもなんで買うタイミングが皆して入学直前なのか。
マグル生まれは別として、魔法界の常識外れな子供達が魔法を使わずにいられる訳が無い。
幼児期に魔法を行使していたキャラが居た筈だし。
なら安全の為にも教えない訳が無い。
いや、危険と思う価値観がまず違うのかもしれないけど。
なんにせよ入学に合わせてちゃんとした杖を買うってだけだろう。多分。
杖って精神的な所を見て選ばれるらしいじゃん。ある程度成長してなきゃ判断もつかないだろう。多分。
そうなると学校で初めて学ぶって感じの子供が多いのは疑問だけども……
いや俺の考察なんてどうでもいい。
憶えてない知らないだけで、そういう設定や描写があったのかもしれないし。
なんにせよ話を聞いて分かった。俺は明らかに重要な立ち位置のキャラクターだ。
態々ダンブルドアが引き取り、英才教育を施すってんだから疑い様が無い。
まぁ諸々の会話はカットだけどね。
だって1から全て説明してくれてるから長いんだよ。
だからまぁ……この際、入学までスキップしよう。
語る事が多過ぎちゃ話が進まないだろ。
考える事も多過ぎるしさ。
という訳で、次は……4年後だ。
*
「闇の帝王を打ち倒す者……それに連なる白き少女が生まれる。かの者は未来を知り、共に歩み、戦いを勝利に導くであろう」
わしがその予言を聞いたのは、ハリーの予言を聞いた数ヶ月後の事だった。
あまり具体性の無い曖昧な予言……しかし疑う必要は無かった。アレは紛れも無く本物の予言じゃろう。
それならば、なんとしてもその少女とやらを見つけ出さねばならない。
しかしそう決意してから何年も経った。
もしや他国に生まれているのではとも考えたが、それでは探し様が無い。
ハリーに連なり、共に歩む……少なくともこの国で同年代であろうと探し続けた。
そうして遂に見つけたのじゃ。
白髪というか銀髪というか、そんな髪をした少女。
僅か7歳でありながら、異常に大人びていて、ひたすらに優秀。
分け隔てなく人と接し、友人も多く、子供らしからぬ言動。
そして魔法に気付いているのかいないのか、不審に思われない程度に極自然と行使しておる。
わしと対面しても、魔法について話しても、驚きを見せずに深く考え込んでおった。
その利発な目を覗いてみて、自分がしようとした事に驚き踏み止まった。
わしは何をしようとしたんじゃ。こんな幼い子の心を疑い読もうとするなど……
あぁ、白状しよう……似てなどいない筈なのに、まるであやつの様だと感じてしまったのじゃ。
もし彼女が闇に向かったら、きっと強大な敵に変わるじゃろう。そんな直感があった。
ならば……非道であろうとも、わしの元で育て上げよう。
定められた道を踏み外さぬ様に。
もう2度と、あの様な過ちを繰り返さぬ為に。
今度こそ、確実な勝利の為に。
教育者でありながら、愛を謳いながら、子供を戦いの駒として育てるなど。
自分の愚かさに反吐が出る。しかしそれでも、なんとしても……
*
少女――アリスはたった1日で、驚く程魔法界に順応した。
まるで最初から知っていたかの様に。
未来を知るというのはそういう事なんじゃろうか。それも追々調べなければなるまい。
「アルバス! 一体何を考えているのですか!? いきなり幼い少女を引き取るなんて!」
いくら屋敷しもべ妖精に家事を任せると言っても、幼子には酷な環境じゃ。
孤児院で育ち、唐突に魔法界に連れ出され、混乱しない筈が無い。
それで歪んでしまっては元も子も無いじゃろう。
だからこそ、わしは特に信頼の置ける者――ミネルバとセブルスを呼び、事情を簡単に説明しようとした。
あの子が寂しく思わぬ様に、歪まぬ様に、大人が傍に居てやらねばならないと考えて。
まぁ、説明する前に捲し立てられているのじゃが。
「ええ、勿論今更元の場所に置いて来いなんて言いませんとも! でもまさかとは思いますが、私にも世話を頼むつもりではないでしょうね? 決して嫌とは言いませんが、物事には順序という物があります!」
「同感ですな。吾輩は決して嫌とお伝えしておきますがね。子守りまで押し付けられては堪ったものではない」
「あの子には愛を注いでやらねば……それはわしだけでは難しい。頼む、協力してはくれんか?」
この言い方は卑怯かもしれん。
あの子は愛されていなかった訳では無い。むしろ良く好かれていた方じゃろう。
しかし歪まぬ為にも愛は必要じゃ。
子を真っ当に育てるには、わしでは力不足。
なんにせよ協力してもらわねばなるまい。アリスにはこの2人も教育に関わると言ってしまっておるしの。
「苦労はともかく、あまりにも急な事が問題だと言っているんです。ですが、まぁ、それなら早い方が良いでしょう……私はその子の元に向かいます。いきなり放置されて心細いでしょうから」
ミネルバはそう言って足早に部屋を出て行った。
言った通り、あのままホグズミードに向かうのじゃろう。
確かに、いきなり放置してしまっているのは事実じゃ。こういう判断が遅いからこそ、わしには難しい。
何を言いつつも、ああして動いてくれるのが彼女じゃ。情けなくも相当に甘えてしまったのぅ……すまぬ。
「……予言の子、ですか」
彼女が出て行った扉を見つめ、セブルスが呟いた。
彼にだけは予言を伝えてある。流石にわしが子を引き取ったなら理解するじゃろうな。
「そうじゃ。あの子はハリーと共に歩み、あやつを打ち倒す鍵となる」
「その為に兵士として育て上げ、戦いに送る……と」
「いくらでも責めるが良い。将来あの子に恨まれようとも、わしは……」
「今更綺麗事は言いますまい。なんであれ吾輩はリリーの子を護るだけ……その役に立つのなら結構」
表情を変えず、淡々と答えが返って来る。
子を育てる事でこやつも変わるやも……とほんの少しだけ考えておったが、全く。
まぁ、わしが言えた事では無い。
「しかし何故、姓まで。ダンブルドアの名がどれ程の影響力を持つか……下手に目立たせるのも良くないのでは? まさか彼女を目立たせ、敵に狙わせるなどと……」
「そこまでは考えておらんよ。いずれにせよ力を付けて貰わねばならんがの」
あの子もやはり、失ってはならぬ存在。わしの名を与え庇護下にあると知らしめる方が安全じゃろう。あの子にはハリーの様な護りも無いのじゃから。
どの口が言うのかと思われるかも知れんが、いつか危険に巻き込まれるのなら出来る限り安全にしてやりたい。
名前だけで多少の安全と警戒が得られるなら安い物じゃろう。
「頼むぞセブルス。育てろとは言わん、学びを与えてやってくれ。あの子はハリー同様、いつか復活するヴォルデモートとの闘いに臨まなければならないのじゃからな」
「……吾輩は子供相手だろうと手加減はしませぬ。極稀にでも見てやりましょう。彼女の方から願い下げてくれたら助かりますがね」
奴は必ず復活を遂げる。でなければあんな予言がされる筈が無い。
いつか来る戦いに向け、先手を打ち続けなければ。
わしの念押しに、セブルスは眉根を寄せて答える。嫌々でも助かるというものじゃ。
戦力として育てる……確かにそれもある。しかしそれ以上に思うのじゃ。
力があれば生き残れる。予言だからと一方的に巻き込まれたあの子の未来の為にも、強く育ってほしい。
あまりにも勝手な考えじゃ。ハリーを利用し、あの子までも。
それでもわしは、開き直ってでも往かねばならん。
許してくれとは言わぬ。恨んでくれて構わぬ。
それでもわしは……あの子を愛そう。
*
アリスを引き取って早くも1年が過ぎた。
あっという間に魔法界に順応して見せた彼女じゃが……予想外と言うべきか、魔法には随分と手古摺っておるようじゃな。
幼いのに様々な情報を叩きこまれていればスムーズとも行かんじゃろうが……
とは言え、歳を考えれば充分に優秀じゃろう。
ヴォルデモートを打ち倒す鍵になる子だからと、奴同様に特別魔法の才能に溢れる子だと勝手に期待してしまっていたようじゃ。反省せねばなるまい。
というか……そこら中に好奇心が向いて、魔法の修練を後回しにしがちだとミネルバが言っておった。
この間は勉強をサボって、村の子供たちに紛れて箒に乗って飛び回っていたとか。
かなり大人びた子だと思っておったが、どうやらこっちに来てから子供らしくなったようじゃの。
なんにせよ好奇心が強いのは悪い事では無い。
闇の魔術に興味を向けた時は少し焦ったがの。
しかしそれがどういう物なのかを教えてやれば、そこで止まってくれた。素直な子じゃ。
そもそも、闇の魔術を知らねば戦うも何も無い。
いずれは学ぶ事になるじゃろう。実践するのではなく、知識として。
今はまだ早い、というだけじゃ。
「お爺様、質問。杖の振りとか呪文とか、省略してるのはどういう理屈? 適当に振るだけで同じ呪文使うし、省略と無言呪文はどう違うの?」
「おお、アリスは中々に鋭いの。よく見ておる。それは――」
彼女はわしを何と呼ぶのか悩んでおったが、いつの間にかお爺様と呼ばれる様になった。
むず痒いが悪くない気分じゃ。
そしてやはり歳不相応な程に周りを見て考える事が出来ておる。
これでまだ8歳なのじゃから、優秀なのは間違いないじゃろう。
確かに、慣れた呪文や熟練者ならばどんな振り方でも呪文を放てる。
レベリオ、フィニート、と省略して使われる呪文も確かにある。
そもそもが杖も呪文も無く魔法を行使する事が始まりじゃ。
子供が魔法を発現させるのがそれじゃしな。
さて、では勉強といこうかの。
わしもなんだかんだ、彼女を育てる事を楽しんでいると自覚してきた。
思惑など関係無く、ただ健やかに育ってほしいものじゃ。
【練習用の杖】
独自解釈。魔法使いの杖は現状、入学の際に買う物とされている。
つまり11歳で杖に精神性を見られ選ばれるという形。
この年齢なら杖が選べる程度に心が成長しているだろう、という感じなのかもしれない。
しかし魔法そのものは年齢に関係無く発現するし、人によっては普通に使えてしまう。
親が子供に魔法の躾をするという設定は明かされてはいるものの、杖については触れられていない。
いずれにせよ杖無しでは何が起こるか分からない危険性がある……と思うので、ここでは練習用の杖が存在するという設定に。
主人公に早々から魔法を学ばせる為の設定とも言う。
ちなみにフレッドとジョージは7歳時点で杖を使っていた描写があるが、親や兄達の杖を勝手に拝借したのかは不明。
魔法使いにとって杖は相当に大切なので、放置して目を離す事があるとは考え難い。が、あの双子だしなぁ……
あの双子だからこそ杖を放置なんてしないかもしれないが。
杖の振りについても独自解釈。
一応どんな呪文も発音と杖の振り方で正確な行使をするそうだが……
映画やゲームでは、ハッキリ言ってその通りにしている場面はあまり存在しない。
各々が好きな様に振ってるだけなのは単純に演出の都合と思われる。
魔法1つ1つをこの振り方で、と設定して動かすのは無理があるだろう。
後は振り方で人物の個性や感情の昂ぶりを表したり、という面もあるかもしれない。
まさしく戦闘とか。