「さむい」
ハロウィンが終わったと言う事はつまり、11月に入ったと言う事。
前から寒かったけど、日に日に一段と寒くなっていく。
辛うじて雪が積もる程ではないにしろ、足元は霜だらけ。
普通に寒い。私は暑いのも寒いのも苦手なんだ。
「魔女なんだから火くらい起こしなさいよ……」
震える私を見て、ハーマイオニーが呆れながら火を出してくれた。まさか君にそれを言われるとは。
と言ってもそこらに火を放った訳じゃない。そんなのは流石に怒られる。
彼女はジャムの空き瓶に火を入れたのだ。これで持ち歩ける暖かい火になった。
……なんでそんな空き瓶を持ってたんだ?
ともかくこれで暖が取れる、といつもの4人で瓶を囲んで座った。
……なんで寒いのにわざわざ外に出てるんだろう。よく分からないままくっ付いて行くのは止めよう。
「これ、私達何してんの?」
「……さあ?」
素直にハーマイオニーに訊ねてみても、揃って首を傾げるだけだった。
「別に君らまで来なくたって良かったんだぜ」
「僕らはちょっと外の空気を、ね」
なんだ、そんな事だったのか。てっきり宿題が終わったから動いたのかと思ったよ。
「そんなに息の詰まる宿題じゃないでしょ」
「君らにとってはね」
ハーマイオニーのバッサリした言葉に、ロンは不貞腐れた様に返した。
おいおい、1年生のこんな時期の宿題でヒーヒー言ってたら大変だぞ。
「僕なんてクィディッチの練習で時間が取れないんだ。流石に疲れるよ」
片やハリーはそう言って、『クィディッチ今昔』を取り出した。
最近はあれを読み込んでクィディッチに関して勉強しているらしい。勿論実技もガッツリと練習していて、実際かなり大変そうに見える。
と、謎の団欒をしているとスネイプがやって来るのが見えた。
脚を怪我しているからか、引き摺って歩いている。
なんでさっさと治さないんだろうか……ケルベロスに負わされた怪我って呪文や薬が効きづらいとか?
「ポッター、そこに持っているのは何かね?」
なんて考えていると、目聡く本を見つけて声を掛けてきた。
よく見てる事で……小言を言う口実を常に探してるんだろうな。
「図書館の本は校外に持ち出してはならん。寄越しなさい。グリフィンドール5点減点」
そんな校則あったっけ?
というか校外って……外は外だけど学校内でしょ。中庭だよ、ここ。
「生意気な目をするな、ダンブルドア。グリフィンドールもう3点減点」
「なんで!?」
ちょっとジト目で見てただけじゃん! この意味不明な減点、もう何回目だよ。
本当に意地悪で理不尽な奴だ。ばーかばーか!
驚く私を無視して、スネイプは本を片手にヒョコヒョコと歩き去っていった。
蹴りたい背中を見送りながら憤慨していると、ハーマイオニーに肩をポンポン慰められた。
「くそー……絶対、脚が痛くて八つ当たりしてるだけじゃん」
「本当に、あの脚どうしたんだろう」
私の洩らした文句にハリーが反応した。ハロウィン明けから脚を引き摺ってるのだから、数日も経てばもうとっくに皆が知っている。
だけど何故なのかは誰も知らない。トロールにやられたんじゃないかと専ら噂だ。
「知るもんか。でも、物凄く痛いといいよな」
「うん」
ロンの悔しそうなセリフに、私は賛同しておいた。
実際物凄く痛いんだと思うよ。眉間の皺が常に3割増しだもの。ざまぁみろ。
*
その日の夜。私達は談話室で宿題を続けていた。
私とハーマイオニーは期限に余裕のある物を、ハリーとロンは期限がギリギリの物を、だ。
「あ、あーっ……やらかした。もー……」
そんな中、私が漏らした声に3人が顔を向けてくる。
「最悪……ずっと前の所で間違えてた。書き直しだ……」
羊皮紙にひたすらズラズラと書き連ねていく中で、だいぶ上の方で間違えていたと気付いたのだ。
「うわ、僕だったら羊皮紙を投げて寝るね」
「私だって投げるよ」
同情したロンの言う通り、私はペッと羊皮紙を放って椅子にもたれ掛かった。
お尻がズリズリと落ちていくけど止める気にもならない。
「こら」
投げ出された羊皮紙を目で追って、ハーマイオニーが軽く叱る。
君だって同じ事をしたら投げたくなるよ。多分。
「やる気消えたー」
期限に余裕のある宿題で良かった。これが彼らの様にギリギリの物だったら本当に最悪だったろう。
「大体なんで今時羊皮紙に羽ペン? 書きにくいよ。間違えてたらコレだし……いやまぁ、コレは紙と鉛筆でも同じか」
だから間違えた時に面倒なんだ……と文句を言ったけど、今回は多分どっちにしろ手間が大き過ぎた。
「本当にね。ボールペンじゃなくても、鉛筆と消しゴムだったらどれだけ楽か」
「何より紙よ。なんでもかんでも羊皮紙って……正直革の無駄よ」
私の愚痴にハリーとハーマイオニーは深く頷いている。
これはもう、マグルの生活を知っている人は誰もが同意する所だ。100%。
一応インクを消す呪文はあるけど、地味に難しくて余計な所まで消えるのだ。
とは言え、革の消費に関しては魔法でどうにかしてると思いたい。
なんせ本や雑誌、日々の新聞さえ羊皮紙なのだから。
魔法的な物じゃなくただの革ならいくらでも増やせそうだしさ。
ちなみに羊皮紙とは言うけど、別に羊に限った物じゃない。そして革ではあるけど、意外にもペラペラで薄い物だ。それでも紙の方がよっぽどマシだけど。
「君らは何を言ってるんだ?」
そんなマグルの感覚で物を言う私達に、ロンは首を傾げた。
どっぷり魔法界で育った人はこれだ。まるでおかしいと感じていない。
と言う訳で、一応ロンでも分かる様に説明をしてあげた。
「へー……マグルってよく分かんない変な物を使ってるけど、そういう便利なのもあるんだな」
「いくらでもあるよ。むしろ、なんで魔法界の技術が進歩しないのか不思議だよ」
若干聞き流されてる感はあったけど、ある程度は理解してくれたらしい。
全く、彼に限らず魔法界はマグルを理解しようとする意識が低すぎる。
「なんだって魔法でどうにかなってしまうのだから、仕方ないのかもしれないわ」
ぶつくさ言う私に、ハーマイオニーが分かった様に答えた。
それだよなー……何をするにしても魔法が便利過ぎるんだ。
火も水も出せて、物は直り傷は治り、病気も対処出来る。無から食料は出せないらしいけど、元があれば話は別。
家を建てる事さえあっという間と聞く。
ましてや空間まで広げてしまうのだから、技術という価値観なんて合う訳が無い。
それでもマグル生まれや半純血が大半なのに変わらないのはおかしいけどね。マグルの物は使いたくないって意識があるんだっけ?
でも汽車や箒は使うし、服はセンスが違うだけで大体同じ、勿論下着だって同じだ。トイレも後から導入してる。
例外が沢山あるのが不思議だ。基準が分からない。
とにかく魔法族は過去を重視し、大きな変化を嫌う節がある。
大昔の物が未だに現役というのが当たり前で、紀元前からどうたらなんてのも少なくない。
この城だって1000年は経ってるし、死の秘宝なんていつの物なのやら。
それに対して今生み出される物が遺物以上かと言うと大半がそうでもない。
どれだけ変わらないのかが分かるというものだ。
うん、これ以上は今語っても仕方ないな。止めよう。
「こうやってさ。マグルを下に見て馬鹿にする魔法族が居る様に、マグル生まれも魔法族を馬鹿にするんだよね」
「そうなの?」
私の呟きにハリーは驚いて聞いてきた。
そうなのだ。当たり前だけど、魔法界の技術の低さなんかをマグル生まれは馬鹿にする……人が居る。
「そりゃそうでしょ。紙とペンに限らず、いくらでもマグルの優れた物があるのに使わないんだもん」
「例えば?」
答えてあげると、今度はロンが不満そうに口を挟む。
うーん……今の時代ってどんな分かりやすい技術があったっけ。未来の技術を知ってるから下手な事を言えない。
未来のネットワークとパソコンとスマホを見たら、魔法族は頭が沸騰して死ぬかもしれない。
「車。テレビ。あと電話」
これくらいなら今の時代でも優れた技術として上げても良いだろう。
ハリーとハーマイオニーがまたしても深く頷いた。
「僕んち、車はあるよ。パパが気に入ってるんだ」
そういえばそうだった。ていうかそれだけ身近にあるのになんで気にしないんだよ。
「テレビはともかく、電話は欲しいわ。わざわざ梟に手紙を届けさせるより、会話出来る方が絶対良いもの」
「荷物は飛ばせないけどね。梟って過酷だ」
ハーマイオニーの言葉に私は笑いながら乗った。
ロンは全くピンと来ていない。自分だけ分からない事が余計不満らしく不貞腐れている。
はいはい説明してあげるから。ちょうど似た様な機能の道具があるしね。
「まぁ、両面鏡みたいな物だよ。遠くの人とも会話が出来るんだ」
「へー、そりゃ便利。僕だって両面鏡なんて見た事も無いよ」
あ……待ってやらかしたかも。
両面鏡ってかなり重要アイテムだった……よね? その存在をハリーに教えてしまったぞ。ヤバイかな。
あのやるせない泣けるシーンが……ていうかシリウスが……あ、マジでヤバイかも。神秘部の戦いが消え……なくはないか? 多分大丈夫?
分からん、もういいや。
「両面鏡……そういうのもあるのね。今度調べてみるわ」
やめて。
*
「あ……しまった。僕ちょっとスネイプの所に行ってくるよ。本を返してもらわなきゃ」
その後、書き直しになった宿題にのんびり取り掛かった頃。
ハリーはそう言って席を立った。試合を明日に控えてるから、クィディッチの本を読んでいたいんだろう。
と言う訳でいってらっしゃいと3人で見送り、無事を祈った。
え? ついて行ってあげるなんてしないよ。用も無いのに顔を見せるな、グリフィンドール1点減点……とか言われそうだもの。
しばらくしてハリーが戻って来た。あぁ……手ぶらだ。やっぱり本は返してもらえなかったか。
「聞いてよ。職員室でスネイプが脚の手当をしてたんだ。それでフィルチに文句を言ってたんだけど……あの犬にやられたみたい」
戻って来るなり、興奮した様に語った。
本の事はもう忘れたらしい。
「トロールじゃなかったんだ。うげー……あの怪物相手によく脚の怪我だけで済んだな。食われちまえば良かったのに」
「コラ」
ロンがしかめっ面で良くない事を呟いたので、杖で頭をスコーンと叩いてやった。どうだ、私の杖は堅かろう。
抗議の目を向けてきたけど、軽く睨んでやるとその目を逸らした。
「なんであの廊下に行ったんだろう。ハロウィン明けから怪我してたって事は、多分あの騒ぎの時に行ったんだよね」
「仕掛け扉の先にある何かを盗ろうとしたんじゃない?」
どうやらハリーは単純に疑問に思っているようだ。それに対しロンは冗談を飛ばす。
なんだろう……スネイプへの悪感情がだいぶマシになってる。まぁこれは私の所為なんだろうけど……
「それだ! きっと本当に凄い物で、スネイプはそれを狙ってる。もしかしたらあの騒ぎもその為に起こしたのかも……」
「じゃあ、箒賭ける?」
本気なのかは分からないが、ハリーはその冗談に乗った。
それが一体どれくらい真面目に考えた物なのかを確認してみたくて、私はハリーに訊ねてみた。
「え、いや……うーん、そこまでは……」
するとやはりそこまで本気で言っていた訳では無かったらしい。及び腰でモゴモゴした。
ハリーでさえこの態度か……嫌ってはいても疑う程ではないんだな。
これもうどうなっちゃうんだろう。
「もう。そんな筈無いわ。確かに意地悪だけど、ダンブルドアが守ってる物を盗ろうとする様な人じゃないわよ」
ハーマイオニーは原作通りスネイプを庇った。
何処をどう見てそう思ったのかは知らないけど、やはり彼女は頭が良い。悪い面だけを見て判断しない子だ。
「そういえばアリスが言ってたな、スネイプはダンブルドアが一番信頼してる奴だって。信じられないけど」
「そうなの? じゃあ尚更違うじゃない。気に食わないからって憶測で言って良い事じゃないわ」
それを聞いてロンは思い出した様に言った。私がいつだか、ハリーとロンに言い聞かせた事だ。
そうか、ハーマイオニーはそんな情報知らなかったんだったな。
お陰で疑い様が無いとキッパリ判断したようだ。
「ちぇっ……お説教する人が増えたな」
「改めれば言わないわよ」
「はいはい」
どうやら以前までのやり取りはお説教ではなくただのお節介、鬱陶しい小言にしか聞こえてなかったらしい。
こうして見ると、やっぱり彼のハーマイオニーに対する意識も大きく変わったな。
まぁいいか。仲良くやっていけるなら、それ以上の事は無い。
何がどうなろうと、揃って楽しく生活出来れば良い。
最近はなんだか、そう思う様になったんだ。
*
翌日。クィディッチの試合となった。
ハリーは緊張か不安か、朝食もまともに食べられない状態だった。これは私達には解決してあげられない。
だからとりあえず適当に皿から取った物を詰め込んでやった。
ちょっぴり怒っていたけど、私達がふざけて笑っているのを見て多少和らいだらしい。
うんうん、ちょっぴりでも元気が出たならそれで良し。
その後はハリーと別れ、競技場へ。
私達は他にネビル、シェーマス、ディーンと並んで座った。
男子連中は応援の為に旗を作っていたらしい。けど……これはなんなんだろう。
「ポッターを大統領に……? 何?」
「さあ?」
私とハーマイオニーは揃って首を傾げた。
さっぱり分からん。よくよく私達の首は一緒に動くものだ。
聞けばこれは、スキャバーズが齧ってボロボロにしたシーツを使ったんだとか。
……ペティグリューは何やってんの? シーツ齧る趣味があるの?
「でも絵はちゃんとしてるね」
「俺が描いたんだよ、いいだろ?」
謎の言葉はともかく、その下に描かれたライオンは中々に良い出来だ。
ディーンは絵が上手いらしい。
「せっかくだから私達もなんかしようかな……よし、光らせよう」
面白そうだし待ってる間は暇なので、私はハーマイオニーと一緒に魔法で手を加える事にした。
お陰でライオンが七色に光り輝く事になった。うむ、良し。
「すげー! これでどこからでも見えるぜ!」
男子連中は喜んだ。
正直凄い馬鹿っぽい旗になったけど、騒ぐならこんなもんで良いのだ。
「――――グリフィンドール、先取点!」
試合が始まり、やたらグリフィンドール贔屓な実況を聞きながら大歓声が響いた。
うん、やっぱり見てるのは楽しいな。
「ちょいと詰めてくれや」
「ぐえっ……潰れるぅ……」
するとハグリッドがやってきて、私達の隣に座った。
ぎゅむっ、と詰まって苦しい。一番小さい私が一番潰されている。
「すまんな。俺も小屋から見てたんだが、やっぱり観客の中で見たいんだ。どうだ、スニッチはまだ現れんか、え?」
「まだだよ。今の所ハリーは暇みたい」
「それでええ。巻き込まれん様にしとるんだろう」
いや、ちょ……何普通に会話始めてんの。隣で私が潰れてるんだけど……?
更に隣のハーマイオニーに心配されつつ、残念ながらそのまま観戦が続いた。
「――――さぁ物凄い勢いでゴールに……ちょっと待って、あれはスニッチか!?」
ピュシーと言うらしいスリザリンのチェイサーが怒涛の進撃、あわやゴールかと思いきや……彼女は左耳を掠めた金色の閃光に気を取られてクアッフルを落とした。
遂に現れた。一気に観客席がザワザワと喚き立つ。
そしてハリーは速かった。素早く追い掛け、スリザリンのシーカーとの接戦も束の間、次第に追い越していった。どんどんとスニッチとの距離が縮まっていく。
早くも試合の決着が見えた――かと思いきや、スリザリンのキャプテンが横から体当たりを食らわせた。ハリーは弾き飛ばされ、辛うじて箒にしがみついて耐えた。
当然グリフィンドール席からは怒りの大ブーイング。勿論私も潰れたまま叫んだ。
「なんだテメー、コラー! 反則だぞ箒降りろ、ボケー!」
「「「口悪っ!?」」」
左右からツッコミが来た。仕方無いだろう、あんなの怒らない方が無理がある。
妨害するのは当然だけど、横から体当たりだなんて……ハリーじゃなければ落ちてるかもしれない。
マダム・フーチが彼に――マーカス・フリントとやらに厳重注意を与えた。
一応こっちはフリーシュートで点は貰えたけど、それで収まる観客じゃない。いつまでもブーイングが続いた。
「退場させろ、審判! レッドカードだ!」
サッカー好きのディーンが叫んでいる。
残念、クィディッチに退場は無いんだ。
「フレッド、ジョージ、どっちでもいいからブラッジャーをアイツの頭に叩き込め! 小さい脳みそカチ割ってやれ!」
「「「だから口が悪い!?」」」
それでも退場させるならノックアウトするしかない。私は目の前を飛んで行ったウィーズリーのどっちかに叫んだ。
またしても左右からツッコミが来たけど、気にしない。興奮で最早潰れている事も気にしていなかった。
そしてしばらく経つと、遂にハリーの箒が荒ぶり始めた。
来た……万が一の為に私はモゾモゾと杖を抜いた。
既に本来の物語の流れから色々変わってしまっている……なら安心は出来ない。ネビルの時よりハッキリと集中して構えておく。
とんでもない挙動を繰り返し、今にも落ちてしまいそうだ。流石に観客も気付いて騒ぎだした。
横で皆が口々に、不安のままに憶測を喋っている。
「――っ、貸して!」
ハグリッドの『強力な闇の魔術以外は箒に悪さなんて出来ない』という言葉を聞いて、ハーマイオニーが動いた。
無理矢理に手を伸ばして、彼から双眼鏡を引っ手繰り、観客席の方を見回す。ちょ……余計潰れる……
「嘘……スネイプ先生だわ。何か、箒に呪いを掛けてる。どうして……」
そして見つけたらしい。愕然とした呟きが聞こえた。
「私、なんとかして邪魔をしてくるわ!」
言うが早いか、彼女は双眼鏡を残して走り去っていった。
ふぅー……1人分空いた事で、私はようやく解放された。あー苦しかった。
「スネイプがなんだって? 全く、1人でどっか行っちまった」
彼女の背中を見送り、ロンは双眼鏡を拾って覗き込んだ。
さて、じゃあ私は改めて集中しておこうかな。スネイプは犯人じゃないのだから、もしもがあったら大変だもの。
「本当だ! スネイプの野郎、何かブツブツ唱えて……あれ? いや、待って……クィレルもだ!」
は?
え、ちょ、待って。君がここでクィレルを見つけちゃうの!?
え、どうしよう、どうなるの? あれ……あれぇ?
私は混乱してアッサリ集中が掻き消えた。
「あ、ハーマイオニー……うわ、クィレルを薙ぎ倒していったぞ。あーあ、落ちてった」
ロンの呟きを聞いた瞬間、私はハリーを確認した。
箒の制御は戻り、彼は安心して一息ついたのだ。
良し、ナイスだハーマイオニー。ざまぁみろクィレル。何処から何処に落ちたんだか知らないけど。
「あ! ハーマイオニーの奴、スネイプのマントに火を付けやがった! おったまげー……イカレちゃったぜ、あいつ」
実況ありがとう。君なんか落ち着いてるね……誰?
「見ろ! ハリーが動いたぞ!」
ともかく解決したなら、今見るべきはハリーだ。
そして誰が叫んだか、どうやらスニッチを追い始めたようだ。箒が治まってからすぐにだなんて、まさかあんな状況で探してたの……?
実は彼の箒が荒ぶって時間を無駄にしている間、一方的に点を取られていた。万が一を考えて、チームメイトは試合どころじゃなかったのだ。
だからなのか、挽回しようと今まで以上にとんでもない速度で飛び出していった。
よくもまぁあんな動きが出来るもんだ。そのまま何時ぞやの様に地面スレスレで箒を翻し、ふわりと着地した。
そして口と胸を抑えて苦しそうにしている。
おえっ……と何かを吐き出すと、それを高く掲げた。ゲロのスニッチだ。
「スニッチを取ったぞ!!」
そして晴々とした笑顔で叫んだ。
観客はそのあまりに早い展開に付いていけず、数秒の静寂の後……競技場が揺れる程の大歓声が響いた。
試合は170対60でグリフィンドールの勝ち。
アレは取ってない、飲み込んだんだ、と反則でハリーを落としかけたフリントが抗議していた。どの面下げて言ってるんだろうか、彼は。
なんにせよ試合は終了だ。喜びながらも、私は内心で頭を抱えていた。
どうしよう、これ……
*
試合の後、私達4人は揃ってハグリッドの小屋に居た。
今も続いているであろう、楽し気な騒ぎを背に急いで集まったのだ。
「ハリー、箒に呪いを掛けていたのはスネイプだったのよ」
扉を閉めるなり、ハーマイオニーは酷く慌ててそう言った。
先生、と付ける事を忘れている辺り、本当に敵だと判断してしまったようだ。
「おいおい、君は最初にスネイプを庇ってただろ。ていうか違うよ、クィレルだ」
「クィレル先生……? 待って、どういう事?」
すかさずロンが訂正する。意味が分からなかったのか、ハーマイオニーは眉間に皺を寄せて困惑した。
「君が走ってった後、僕も見たんだ。そしたら確かにスネイプはブツブツなんか唱えてた……でもクィレルもそうだったんだ」
彼女の困惑を解消するべく、ロンは1からしっかり説明を始めた。
「ハーマイオニー、君、スネイプの所に行く時にクィレルにぶつかっただろ? それでアイツは観客席を転げ落ちたんだ。で、そしたらハリーの箒は落ち着いた。そうだろ、アリス」
「あー、うん。確かにそうだった」
「で、ハーマイオニーはそのすぐ後にスネイプを燃やして……ハリーが動いた。そんな感じの流れだったよ。なぁ、そうだろアリス」
「あー、うん」
しかもちゃんと私にも確認を入れてくる。ハーマイオニーに理路整然と説明するロンって……
私は私で困惑しながら答えた。一足飛びどころか幅跳びして真犯人分かっちゃったよ……
ちなみに小屋の主の筈のハグリッドは、さっきから「バカな……」と独り言しか言っていない。私も言いたい。
「嘘……じゃあ私、勘違いで……なんてこと!」
ロンの説明で理解出来たハーマイオニーは、まるで絶望したかの様に叫んだ。
「別にいいだろ、スネイプを燃やした事くらい」
「良くないわよ! そりゃあ、先生を燃やすなんて大変な事だけど……そうじゃないの! スネイプ先生は逆に反対呪文で守ってたんだわ……下手したら私はハリーを殺しかけてたのよ!」
あ、先生が戻ってきた。
まぁ確かにそうだ。偶然クィレルの邪魔も出来たから良いものの、スムーズにやれてしまっていたらどうなっていた事か……
理解したからこそ、かなり自分を責めてしまっているようだ。
「えっと……話がよく分からないんだけど……つまり、何?」
「スネイプは君を守ってて、クィレルは悪い奴だ」
ずっと黙って聞いていたハリーはまだ混乱しているようで、再度ロンが分かりやすく纏めて答えた。
……君はいつからそんなに優秀になったんだ?
「なんか気色悪い事が聞こえたけど……それならスネイプの怪我は一体……? ていうかなんで僕がクィレルに狙われなきゃならないんだ」
流石にハリーもこれで理解したのか、認めたくなさそうな表情で疑問を呟いた。
「狙われる理由は分からないけど……スネイプ先生の怪我もきっと同じで、守ったのよ! あの仕掛け扉の先にクィレルは行きたかった、でもスネイプ先生が守りに行って、それでケルベロスに噛まれちゃったんだわ!」
「飼い犬に噛まれるなんて、スネイプもドジだな」
ハーマイオニーが遂に真実であろう事を叫んだ。
ロンはスネイプを笑ったけど、多分これは彼女の為だ。酷く自分を責めてしまっている彼女の気を紛らわそうと冗談を言ったんだろう。
「お前さん達、なんでフラッフィーを知っとるんだ。ありゃスネイプの飼い犬じゃねぇ、俺が飼っとる」
バカな……と繰り返していたハグリッドが口を挟んで来た。
「え、そうなの? ていうかあんな怪物を飼ってるの……?」
「おうとも。去年パブで会ったギリシャ人から買ったんだ。んでダンブルドアに貸したんだ、守る為に」
ハリーが驚いて訊ねると、ハグリッドは何故か自信たっぷりに返した。おーい、口を滑らすなよ?
「何を?」
「そりゃあ、石――ゴッホンッ! もうこれ以上聞かんでくれ、重大な秘密なんだ」
案の定、身を乗り出したハリーの質問に答えかけた。
ていうか石って言っちゃったよ。全く誤魔化せて無いよ、ハグリッド……
「でもクィレルが……」
「待て待て、それは俺がダンブルドアに伝えておく。お前さん達は生徒だ、余計な事に首を突っ込んでどうする。え?」
尚も食い下がるハリーに、今度は大人らしいセリフを言った。言うのがちょっと遅いんだよ。
「いいか、あの犬の事も、犬が守ってる物の事も忘れるんだ。あれはダンブルドアとニコラス・フラメルの――」
念押しで更に言葉を続けたけど、お陰で更に口を滑らす事になった。もうダメだ。
「――――っ! もういい! もう帰ってくれ!!」
自分で自分に腹を立て、苦悶の表情で声にならない叫びを上げた。
その勢いのまま、これ以上うっかりしない内に追い出す事にしたようだ。
私達はその物凄い剣幕に押され、スゴスゴと引き下がった。
*
「石……石って言ってた。宝石かな?」
帰り道。ハリーはまだまだ興味は尽きない様で、守られている石とやらについて考えだした。
「まさか。あんな怪物を置いてまで守ってるんだぜ。宝石よりもっと凄い物だよ」
「でも、じゃあ何なのかしら……ダンブルドアとニコラス・フラメルの、って言ってたわ。その名前、聞いた事がある様な無い様な……ちょっと調べてみるわ」
「僕もどっかで見た気がするんだよね……」
ロンとハーマイオニーも推測を始め悩みだした。
歩きながら彼女を皆で慰めたお陰で、自分を責めまくるのは終わったようだ。良かった。
しかし石と分かってしまったけど、やる事は結局物語通りになりそうだ。
ここからしばらく、確かクリスマス休暇明けまで調べるのが続く筈だ。
うん……頃合いを見て、お爺様のカードを見える所に置いておくのもいいかな。
ハリーが見た気がするのも当然。蛙チョコレートに付いて来るカードで見ているのだから。
「うーん……アリスは?」
「えっ」
と、ロンに聞かれて思考が止まった。
そうだよ、まず聞かれるに決まってるじゃん。何を呑気にしてたんだ私は。
「そうよ、アリスのお爺様なんだし、何か知らない?」
「え……あ、え?」
なんて答えようか焦り、言葉が出てこなかった。
ここで正解を言ってしまったら、更に物語が吹き飛ばされる事になる。どう答えるべきだ……?
「……これ、知ってるぞ」
「知ってるのね? アリス、教えて! お願い!」
「ん……あー、その……えーっと……」
しかし、これでも毎日一緒に居る仲だ。簡単に見抜かれてしまった。
「お願いだよアリス! 教えてくれ!」
「ダ……うー、あー……」
ハリーも必死になって聞いてくる。
ダメ、と言い掛けて詰まった。それならそれで理由を言わなければならない。でもそんなの無い。
もうただひたすらに目を逸らし続けるしか出来なかった。
「アリスが赤ちゃんになっちゃったわ」
「言えないって事? もしかして、最初から全部知ってて秘密にしてたとか……」
合ってるけど違う。私は本当に何も知らされてない。
もう目を逸らすどころか後ろを向いて顔を隠した。これ一旦逃げるか?
それはそれで後が面倒だけど、まずゆっくり考えたい。
「うーん、駄目ね。仕方ない、強硬手段よ」
「え」
後ろから意を決した声が聞こえ、私は硬直した。待って何を――
「リクタスセンプラ!」
「ちょっ……あはははははっ!?」
嘘でしょ!? 呪文使ってまで……あ、ヤバイ。これは無理だ。
全身を柔らかく擽られる感覚がして、私は転げ回って笑うしか出来なくなった。無理無理無理、私は敏感なんだ!
「何したの?」
「ひたすら擽られて、笑い続ける呪文よ」
「……凄い地味なのに絶対食らいたくないよ」
唐突な私の醜態にハリーは退き、ロンは自分の体を掻き抱いた。
片や私は、擽ったいやら、息が苦しいやら、恥ずかしいやら、地面が冷たい上にびちゃびちゃになるやら。大変な事になっている。
「ひーっ、ひーっ……あーはははははっ! もっ、無理っ、あはっ、あははっ、あっーー!」
転がり回る事さえも限界になり、最早ただビクビクと痙攣しながら笑い続けた。
涙を流し、鼻水を垂らし、涎を溢して、ビックンビックンと跳ねる。何か新しい扉が開きそうだ。そっちには行きたくない。
「なんか、凄くいけない」
「これは……確かに良くないわね。早く言ってくれないかしら」
「だってさ」
お前ら呑気か!? 私のこんな痴態を見ておいて!
「分かった! 言う、言うから終わってぇええっ!」
もういい、もう言う! 後がどうとか展開がどうとかどうでもいい! 今すぐ終わってくれぇ!!
「良かった。フィニート・インカンターテム」
私の心の底からの叫びを聞いて、ハーマイオニーはようやく呪文を終わらせてくれた。
まさかこんな手で来るとは……そうまでして知りたいか。
「はーっ……はーっ…………はーっ……漏れるかと思った……」
危うく人生最大の汚点を生み出す所だった。
濡れてるのは地面を転がったからだよね……?
「漏らす前に降参してくれて助かったわ。漏らしてない……わよね?」
「疑うな! 漏らしてないよ! 漏らしてたとしても言う訳無いでしょ!?」
同性だからって遠慮が無さ過ぎる。
せめて女子寮でやってほしかった。そこの男共、女の子が悶え苦しむ姿に興奮してないだろうな?
こんな事で友人の性癖を歪ませたくは無いぞ。
「さて、もう落ち着いたでしょ。教えてちょうだい、アリスが知ってる事」
それから寮まで移動を挟み、汚れた服や髪を綺麗にして一息。
談話室に改めて集まってお話が始まった。
「はぁ……分かった。石って言うのは、賢者の石の事だね」
「何、それ?」
観念して私が答えを言うと、ハリーとロンは素直に首を傾げた。
ハーマイオニーは必死に記憶を漁っているようだけど、それを知ってるならフラメルについても覚えているだろう。
「遥か古代から続く錬金術の中で、伝説とされる物質。あらゆる金属を黄金に変え、不老不死を齎す『命の水』をも生み出す石。記録の限りでは、それを作り出せたのはニコラス・フラメルだけ」
そんな彼らへ、私は本に書いてある事をそのまま伝えた。ついでに、例のお爺様のカードを置いて見せた。
こんな所に答えが……と、3人は揃ってポカンと口を開けて呆けている。
「ちなみにニコラス・フラメルは既に600歳を越える程も生きてるんだとか」
おまけの情報も付け足した。それ程の長い時を生きると人はどうなるんだろうか。
叶わない願いだろうけど、話してみたいものだ。
「……おったまげー。そんなの誰だって欲しいよ。そりゃ狙われるって」
「狙われているからこそ、フラメルはダンブルドアに預けたんだわ」
「グリンゴッツよりも安全なホグワーツで、最高の魔法使いに守ってもらう……しかもとんでもない番犬付きで。本当に、絶対に敵に渡せないんだ」
口々に3人が呟く。さて……早くも隠された物を知り、犯人を知り、これで彼らはどう動く?
でももう予想も出来そうにないから、考えるのは止めようかな。その場その場で良い感じにやっていくしかない。
なるようになった結果がこれか。
大体が私の所為な気がするけど。全く、難しいもんだ。
【ラカーナム・インフラマーレイ「Lacarnum Inflamari」】
呪文名は映画から。スネイプのローブを燃やし、原作では悪魔の罠にも使用。
リンドウ色の火と描写されている物は全てこれだと思われるので、瓶に入れて持ち運ぶ火も恐らく同じ呪文。
しかし暖炉に火を付けるのはインセンディオ。戦闘でもインセンディオ。
この呪文の存在意義とは。
なんなら原作者が「長い呪文だから悪魔の罠等の戦いには実用的じゃない」なんて言ったとかなんとか。
【インクを消す呪文】
勝手に創作。無い訳が無いと思う。
お金の計算さえも魔法でするらしいので、インクを消すくらいは当たり前に魔法でやっているだろう。
なんならスコージファイで消えるかもしれない。それこそ纏めて消えそうだけれど。
【リクタスセンプラ「Rictusempra」】
映画では相手を吹き飛ばす呪文に変わっているが、原作ではひたすら笑わせる呪文。
地味ながらまともに呪文を唱える事が出来なくなりそうな嫌な呪文。中々に効果的らしい。
是非スネイプに……
【フィニート・インカンターテム「Finite Incantatem」】
効果が続いている魔法を終わらせる呪文。フィニートと省略して使われる事もある。
他人の魔法を強制的に終わらせるには相応の実力が必要で、場合によっては複数人で同時に唱えたりする。
【便利過ぎる魔法】
見た通り。生活で困る事はほぼ無いと言っていい。
空間さえ広げ、物理法則を無視した家も僅かな時間で建ててしまう。
ガンプの元素変容の法則の5つの例外、という物があり、食料は無から生み出す事が出来ないらしい。
ただし少しでも元になる物があれば「肥大化の呪文」「双子の呪文」等で増やせてしまう。
無機物を変身術で食料に変えた場合、栄養摂取になるのか……謎。
ともかく、貧乏で大家族なウィーズリー家でもたっぷりな食事が得られるのは、モリーがそうして増やしているからと思われる。