時は早いもので、気付けば12月。
もうすっかりホグワーツは深い雪に覆われ、湖はカチカチに凍り付いていた。
それが半ばも過ぎる頃になると、生徒達はクリスマス休暇が待ち遠しい様にソワソワし始めた。
私は近くのホグズミードに住んでいるから、一旦帰るのは全く苦ではない。
とは言え帰った所で独りじゃ何をする事も無いし、学校に居た方が絶対に楽しい。つまり帰る気は無い。
さて……本来ならクィディッチの試合の後から、休暇明けまでフラメルについて調べている筈だった。
それがさっぱり消えてしまい、今や私達はなんと極普通の学校生活を送っている。
なんせハグリッド伝手に、私達がクィレルの事に気付いたとお爺様に知られてしまったのだ。
そしてお爺様が直々に「わしが居るから大丈夫じゃ」と言ってしまえば、もう私達には何も出来る事が無かった。
気付いた上であえて泳がせているのだと皆が理解したからだ。
狙われた理由が分からないハリーも、その言葉のお陰で不安はだいぶ解消されているらしい。
しかし石を巡る戦いは、お爺様が用意したハリーへの試練。
だからいずれにせよ守りに行く事になる……と思う。多分、早く辿り着き過ぎたから一旦止めに来たのかもしれない。
言葉通りに受け止めるなら、逆に言えばお爺様が居なかったら大丈夫じゃないと伝えているのだ。
きっと時期を見て何かしらの理由を作って居なくなり、クィレルとハリーを誘導するのだろう。
と、言う訳で。あれからは特に大きな出来事も無く……変わった事さえも特に無い。
普通に楽しく賑やかに過ごしただけだ。
そんな生活も、休暇に入れば一気に静まり返った。
残っている人が少ないのもそうだけど、ハーマイオニー含めパーバティとラベンダーも帰ってしまったので部屋に1人なのだ。なんだか寂しい。
でも談話室に降りれば人は居るし、ハリーとウィーズリー家とワイワイ過ごせたから良しとしよう。
そうそう、ロンのチェスの腕前も見せてもらった。私はチェスなんて全く知らないから、勝負にならなかったけどね。
というか駒に怒られまくった……なんやねんアイツら。
さておき、クリスマス当日。寒い朝にモゾモゾと起きて、びっくり仰天。
なんとプレゼントの山が出来ていた。
お爺様とマクゴナガル先生からは毎年の事。勿論スネイプは絶対にくれない。
いつもの3人も当然として、他の仲の良い友人からも届いていた。
しかし何故か大して関わった事の無い人からも色々届いた。なんなら話した事の無い他寮の人までもだ。
いやー、自分が人気者なんだと再確認したね。なんか変なプレゼントがいくつかあったけど……
後はあからさまに私を利用してお爺様との繋がりを得ようとしてる人が多かった。多分親に言われての事かもしれない。
ともかく、そんな大量のプレゼントの仕分けに時間が掛かった所為で、せっかくのクリスマスが昼まで消えた。
ハリーとロンでも呼んで手伝わせようと思ったけど、ここは女子寮。彼らは上がってこれない。
他に残ってる女子生徒を呼び付けるのも気が引けたから、結局1人で黙々とやっていたのだ。
せめて彼女が居てくれれば……ヘルプミーハーマイオニー。もう終わったけど。
しかし仕分けが終わったなら、後は最高のクリスマスとなった。
素晴らしいご馳走に、生徒と教員が集まってのパーティー。ただただ皆で騒ぎ笑い続けた。
実は魔法界に来てからは、あまりクリスマスを楽しんでいたとは言えなかった。
だってお爺様もマクゴナガル先生も、こうやって残った生徒と過ごしていたのだから。
勿論、合間合間には来てくれていたけど、やっぱりちょっとだけ寂しかった。
だからかな……ふと、孤児院を思い出した。
あの頃もこうやってひたすら大騒ぎして楽しんでいたっけ。
今頃は皆どうしてるのかな……相変わらず楽しいクリスマスを過ごせているだろうか。
普段小食の私も、今日ばかりはお腹がポンポンに膨れるまで食べた。
パーティーが終わって、寂しさと眠気に襲われてベッドに潜り……そして幸せを噛み締めて眠りに就いた。
*
僕は寮を抜け出し、深夜の廊下に出た。眠くて仕方なかった筈なのに、ふと贈られた透明マントを思い出してしまったんだ。
着てみたら眠気が吹き飛ぶ程の興奮が体中に湧き上がってきた。その足でついつい、寮を出てしまった。
アリスにあれ程言われたというのに……でも大丈夫だ。
これを着ていれば、何処へ行こうとまず見つからない。
それに、誰かは知らないけど「上手に使いなさい」と書いてあった。これこそ上手な使い方なんじゃないだろうか。
そうしてフラフラと歩き回り、思い立って閲覧禁止の棚に行った。
アリスやハーマイオニーだって知らない知識を得たら、きっと僕も……
そう思って勇みよく乗り込んで、すぐに後悔した。
眺めてみれば気味の悪い本ばかり。それでも目に留まった本を開いてみたら、本が物凄い叫び声を上げたんだ。
あんまりにもびっくりして、跳び上がってランプをひっくり返した。心臓が止まるかと思った。
しかもフィルチが聞きつけてきて、慌てて逃げた先で何故かまたフィルチ。
更に最悪な事にスネイプまで居た。
途端に、不安と焦りと恐怖が込み上がった。
何が見つかりっこ無い、だ。姿が見えないだけなのに! 僕はなんて馬鹿なんだ!
息を殺してどうにかやり過ごして、いつかの様に必死になって逃げた。
そうして気付いた時には、昔に使われていた教室の様な部屋に居た。
そこにはなんとも気になる物があった。
天井まで届く様な大きさの見事な鏡だ。金の装飾がされた枠にはなんだか分からない文字が掘ってある。
その鏡を覗き込んだ僕は……深夜徘徊だとか罰則だとか、そんな事はもうどうでも良くなっていた。
だって鏡には――ママとパパが居たんだ。
記憶に無くても分かった。それに、他にも色んな人が見えた。きっと僕の家族なんだ。
どれくらいそこに居たのか、僕にも分からない。
ただ、時間が経って……見つかってはいけないという事だけは思い出した。
なんとか鏡から目を離して、急いで寮の部屋に戻った。
次の日。僕はロンとアリスを連れて、鏡を探して深夜の城を歩いていた。勿論透明マントに3人で隠れてだ。
昼間に探せば良かったんだろうけど、同じ深夜じゃないといけないと何故か思った。
それに、なんだか昼間の事は全然覚えていない。早く鏡を見たくて見たくて、他には何も考えていなかった。
でも、あんなに言っていたアリスは怒らずに付いて来てくれた。そもそも深夜徘徊は出来ないって言ってたのに。
なのに眠い目を擦ってフラフラと歩いている。どうしてだろう……やっぱりアリスも気になるのかな。
そうして時間は掛かったけど、なんとか昨日の部屋を見つけて鏡を覗き込んだ。
だけど2人には僕の家族が見えていなかった。
「僕、主席だ! それに最優秀寮杯とクィディッチ優勝カップを持ってる。僕はキャプテンだ!」
「なんだって?」
どうやら見える物が人によって違うらしい。ロンには未来の自分が見えてる……?
この鏡は未来を見せる……違う、僕の家族は皆死んじゃってる。
「アリスは? アリスは何が――」
それなら、と思って聞いてみた。彼女には一体何が見えてるのか……その答えを聞く事は出来なかった。
だって彼女は、彼女の反応は、とても口を挟める様な物じゃなかったから。
愛おしいかの様に、手を伸ばして優しく鏡に触れる。そんな彼女を、僕はロンと一緒にただ見つめるだけだった。
「……そっか。そうだったんだ」
アリスは、最初は酷く驚いた様に。それから段々と、優しい微笑みに変わっていった。
その笑顔が……ずっとずっと年上の様に見えた。こんなに小さいのに。
「これが私の望み……あぁ……そうなんだ。私はもう……」
何が見えて、何を考えたのか。彼女はそう呟いた。
望み……? そうか、この鏡は……
「……ハリー、ロン。今日はもう帰ろう」
どれくらい見続けたのか。アリスは未だなんとも言えない笑顔で振り返って、そう言った。
帰る? 帰るだって? 冗談じゃない、僕は家族に会いに来たんだ。帰れる訳が無い。
「アリス、僕は――」
「ダメ。今はこれ以上、鏡を見ちゃダメだよ」
僕は帰らない。そう言おうとしたら、アリスに遮られた。
静かなのにハッキリとした声だった。
「なんでだよ! 僕は家族にっ――」
「この鏡が何なのか教えてあげる」
それでも言い返して鏡の前に行こうとすると、言い切る前にアリスに肩を掴まれた。
何なのか? そんなのどうでもいい。そもそもなんでアリスは知ってるんだ。知ってるから付いてきてくれたのか?
「これは『みぞの鏡』だよ。その人の心の一番奥底にある『望み』を見せるんだ。枠に書いてあるでしょ」
僕の抵抗なんてお構いなしに、アリスは説明を始めた。
やっぱり、この鏡は望みを見せてくれるんだ。でも書いてあるって……意味の分からない文字が並んでるだけじゃないか。
すつうを みぞの のろここ のたなあ くなはで おか のたなあ はしたわ
いや、違う……逆に書かれてるだけだ。なんて単純な。
まぁそれは分かったけど、だからってなんでダメなんだ。意味が分からない。
望みを見せてくれるなんて良い物じゃないか。
「この鏡は真実を映してはくれない。だからこそ、人は虜になってしまう。何も分からなくなって狂ってしまう。きっと今まで何百人と鏡に心を奪われてきたんだろうね」
そう思っていたけど、真正面から僕の目を見つめてアリスが語った。それでようやく理解した。
鏡は見たくも無い真実を隠して、見たい物だけを映す。そんなの虜にならない訳が無い。
だって、僕は今日どうなってた? 昼間の事なんて全然覚えてない。
とっくに夢中だった。昨日1度見ただけなのに、もう鏡の事しか考えられてなかった。他の事はどうでもよくなってて、ただ鏡を……
理解してしまえば、冷たい嫌な汗が流れた。このまま鏡に夢中になり続けていたら……僕はどうなっていたんだ。
そうだよ、思い出した。ロンは珍しく心配して、ハーマイオニーみたいな事ばかり言っていた。
それに、きっとアリスは知ってたから僕が良くない状態だと分かったんだ。だから眠いのを我慢してでも付いてきてくれた。
何をやってるんだ、僕は……
「帰ろう。夢は、ベッドに潜って見ようよ」
「……うん」
アリスの優しい声で促され、背を押された。
僕はもう、すっかり抵抗する気にはならなかった。
まだちょっと名残惜しいけど、でも、まやかしの家族よりも……傍に居てくれる友人達を見ていたい。
そう思ったんだ。
*
私は決意した。なんて今更なんだと自分で呆れてしまうけど、とにかく私は決意したんだ。
この世界を……この現実を生きていく事を。
みぞの鏡を見て、私はようやく自分の心を見つめる事が出来た。
あの鏡も、きっと悪い物じゃないんだろうな。心を見つめ直す事で、成長の糧になる……本当はそんな鏡なのかもしれない。
私が見たのは――私。
ハリーとロンとハーマイオニーと、他にも沢山の人が一緒に並んで笑っている私。
お爺様もマクゴナガル先生も、スネイプだって居た。
そして見続ける内に、鏡の中の私達は成長していった。子供の今から、ずっと先の大人まで。
それでも皆が笑っていた。
これが私の望み。皆と一緒に笑って生きていく事。
それにやっと気付けたんだ。
私はずっと勘違いをしていた。思い込んでいた。
今居るここが、決められた流れを辿る物語の世界なんだと。
今居る人は皆、決められた設定から成る物語の登場人物なんだと。
そんな訳が無かった。確かに物語の世界ではあるけれど……それでもここは間違い無く現実なんだ。
起こり得るだろう流れはあっても、全てが決められた通りに動く筈が無い。
どんな小さな事でも、いくらでも変わっていく。
そして彼らは生きている人間で、ただのキャラクターじゃない。
私だって物語に紛れ込んだ異物なんかじゃなく、ここに生きている人間なんだ。
なのに私だけ上から目線で、見下ろして勝手に判断して分かった気になって……何様だったんだろう。
きっと心の奥では分かってた。だから鏡は映したんだ。
皆と同じ目線で生きていく私を。
見ないフリをしていただけで、本当はずっとそう望んでいたんだ。
大切な人達と生きていく……ただそれだけの事を。
私という変化の所為で、悪い方向に変わってしまう可能性はある。
余計な事をしてしまうかもしれない。
だけど、同時に良い方向に変える事だって出来る。
だから私は決意した。
原作知識をこれでもかと利用してやる。
そうしてこの現実を、私が望むままに生きてやるんだ――と。
なるようになれ。
そんなおまじないは、もう要らない。
【透明マント】
死の秘宝の1つで、御伽噺の中ではこれによって死から姿を隠した。
完璧に姿を隠す事が出来るが、勿論見えないだけで触れる事は可能。
長い年月を経ても効果が切れずいつまでも使える。
ポッター家に受け継がれハリーの父が所持していたが、ダンブルドアが借り受けている間に亡くなった。
一説では、ダンブルドアに貸していた為に死から隠れる事が出来なかった、と言われている。
デミガイズというサルっぽい魔法生物が透明になる能力を持っており、その毛皮から作られる透明マントも存在する。
ただしこちらはその内効果を失ってしまう。
ちなみにデミガイズは未来予知の能力も持っており、捕獲が非常に困難だとか。
【みぞの鏡】
見た者の願い、心から望む光景を映し出す鏡。
人によってはそれに心を囚われ、廃人にまで至るらしい。
ハリーは恐らく、家族とも言えないダーズリー家で過ごし、両親が魔法使いと知り、自分の本当の家族を知りたいと思っていたのだろう。
自分を愛してくれる家族の姿を願い、その光景に心を奪われた。
ロンは優秀な兄達を見て育ち、一番下の弟としてお下がりばかり使わされ、劣等感に苛まれている。
彼より下のジニーは女の子であり、彼女への家族の対応は全く違う物だっただろう。
立派になって見返したい。そうして映った姿がまさしく兄達の様な姿なのだから、劣等感を抱きつつも憧れているのかもしれない。
恐らくは開心術の様な物で心を反映していると思うが、ハリーの様に知らない家族の姿を映し出せる理由は不明。
赤子の時の朧げな記憶を読み取られ、不明な部分は妄想か何かで補われたのかもしれない。
恐ろしくもあるが、今回の様に良い方向へ働く事もあるのでは、と解釈した。