僕とハーマイオニーはアリスに吹き飛ばされて、次の扉へと進まされた。
トロールなんて教科書でしか見てないけど、あんなとんでもないヤツだなんて。
しかもそれを1人でどうにかするなんて無茶だ。
だから僕らはすぐに戻ろうとした。じゃあ何が出来るんだと言われたら何も言い返せないけど……放って置ける訳が無かった。
だけど……扉を開けて見えた光景に、彼女の言葉以上に実感を叩きつけられた。
アリスは自分の3倍どころか4倍もありそうな大きな化け物相手に、果敢に立ち向かって行った。
ハーマイオニーですら使えない様な呪文を放ち爆炎が舞っていたのを見て、僕らはスゴスゴと引き下がって先へ進んだ。
本当に、あそこに交ざって何が出来るっていうんだ。きっと足手纏いになるだけだ。
だったら彼女の意思を汲んで進む事が、僕に出来る事なんだ。
そうして進んだ次の部屋はスネイプの試練だった。謎の瓶が並んでいる。
ハーマイオニー曰く論理パズルとか言うもので、なんだか彼女的には素晴らしい物だったようだ。
よく分からない。
僕はもう完全にお任せして、ハーマイオニーの出した答えを信じて薬を飲んだ。
そして先に進めるのは1人だったから、彼女には戻ってもらう事にした。
とは言えすぐに戻ってもアリスがまだ戦ってるだろう。飛び込んで邪魔をしたり足を引っ張ってしまったら……と、彼女は少し待ってから戻ると酷く悔しそうに言っていた。
黒い炎の中を進みながら、僕は改めてこのダンブルドアが用意したであろう試練について考えていた。
薬草学が得意なネビル、箒が得意な僕、チェスが得意なロン、唯一戦えるアリス、頭の良いハーマイオニー。
これでもかと言う程にピッタリだ。僕だけじゃなく、皆への試練だったんだ。
一体何処まで先を見て用意したのか……計り知れない。
そして最後に僕がヴォルデモートと対峙する。
いよいよだ……扉へ辿り着き、やけに重く感じるそれを開いて部屋へと踏み込んだ。
*
あの『みぞの鏡』の前にクィレルが居た。今更驚きはしない。
僕が部屋に入ると、彼はこちらを向いた。
「ポッター、君とはここで会えるかもしれないと思っていたよ」
いつもの臆病な様子とは全く違う。落ち着き払った、冷たい声だ。
これが彼の本性……今までは演技だったのか。
「僕はあなたが居るだろうと思ってました」
「ほう……分かっていたのか。しかもここまでのくだらない守りを突破してくるとは。教師らしく得点をくれてやった方が良いか?」
「要らないよ。それに僕1人じゃない、皆が居るから来れたんだ」
勇気を振り絞って、クィレルと対面する。
脚が震えている気がする。嫌な汗が流れてる気がする。声が掠れている気がする。
だからなんだ。僕は皆と同じ……勇気のグリフィンドール生だ!
「ふん……しかし思ったより早かったな。私はトロールについては特別な才能があってね……アレは私が調教して、更に服従の呪文で強制的に死ぬまで戦う様にしてあったんだが」
彼はつまらなさそうに、そして意外そうに言った。
そうか、ハロウィンの時にトロールを侵入させる事が出来たのも才能とやらで……
けど服従の呪文って何だ? 死ぬまで戦うって……あんな化け物が?
「――っ、アリス……」
思わず僕は扉を振り返り、今も戦ってるかもしれないアリスを心配した。
どうか無事でいて……
「なるほど、そういう事か。まぁいい……それで、態々ここまで何をしに来たんだ? まさか君が石を守ろうとでも?」
トロールをどう突破したのか、彼も気付いたようだ。
だけどまるでどうでもいい事の様に流し、僕がここに来た事を嘲け笑った。
「そうだ。そしてあなたの背後に居る、ヴォルデモートと対峙する為に。ヤツに石を渡す事は出来ない!」
「ふっ……はははっ。まさかご主人様の事まで……中々に賢しい子供だったようだな。そうだ、その通りさ」
僕はクィレルを睨みつけてそう言った。
何が出来るのか、戦えるのかも分からないけど……立ち向かわなきゃ。
すると彼はクルリと後ろを向いた。
そしてターバンを解き……恐ろしい物を見せつけた。
彼の後頭部には、もう1つの顔があったのだ。
生気のない白い顔に、ギラギラと血走った目、鼻は削げ落ちて蛇の様に裂け目になっている。
こんな恐ろしい顔は見た事が無かった。まるでマグルのホラー映画だ。
背後に居るってそういう意味で言ったんじゃなかったんだけど……文字通り後ろに居たのか。
そんなどうでもいい事を言いたくなってしまった。多分アリスならそういう冗談を言う。こんな時でも。
「何を勝手な事を……いつまで無駄話をしている。俺様が指示した事を忘れたか。早く石を見つけろ」
「も、申し訳ありません! しかし……どうしても分からないのです! きっとこの鏡に隠されているのに、どうやって取り出せばいいのか!」
ヴォルデモートは顔と同じく恐ろしい声でクィレルを叱りつけた。
きっと今までも脅されたりしてたんだろう、彼は酷く慌てて震えた。今だけは、演技だったであろう以前の彼の様に見えた。
どうやら鏡の中に石が隠されているらしいけれど、どうすればいいのかずっと頭を悩ませていたようだ。
そうか……きっとアレだけで石の守りは充分なんだ。だから守りと称して僕らへの試練を用意出来たんだ。
「コイツを使え……ハリー・ポッターを」
「わかりました……ポッター、ここへ来い。来るんだ!」
僕を使ってどうしようって言うんだ。
だけど、先に石を見つけてしまえば奪われなくて済むかもしれない。
そう思って素直に鏡の前へ歩いた。
これは『みぞの鏡』……見る人の望みを映し出す。
石を見つけたいと望めば、どうやって手に入れるのかが映るのだろうか。
いや、それならクィレルが見つけられない筈が無い。本当に、一体どうやって……
「何が見えるか言え!」
急かす声を背に、僕は鏡を見て考えていた。
すると鏡に映った僕が動いた。
ポケットから血の様に赤い石を取り出したのだ。
そしてウインクをして、また石をポケットに入れた。
途端、僕はポケットに重さを感じた。
どんな理屈なのかサッパリ分からないけど……僕は賢者の石を手に入れてしまった!
「僕が……僕がダンブルドアと握手してるのが見える。グリフィンドールが寮杯を獲得したんだ」
考えたって仕方ない。手に入れてしまったなら、これを絶対に渡さなければいいんだ。
悟られちゃいけない。嘘を言ってどうにか誤魔化すんだ。
思い切って逃げ出せばなんとか――
「コイツは嘘を言っている……俺様が直に話そう……」
僕は思わず、ビクリと体を震わせた。
何故ヴォルデモートは嘘だと分かったんだ。
クィレルは言われた通り、また後ろを向いた。
代わりにヴォルデモートが恐ろしい目を向けてくる。
「命を粗末にするな……両親と同じ目に遭いたいか……? ポケットの中にある石を寄越せ……」
ゾッとした。嘘を見抜いてるどころじゃない。
まるで心を覗いてるかの様だ。あっけなくバレてしまった。
「お前を守ろうとした母親の死を無駄にしたくなければ……早く石を渡すんだ」
「やるもんか!!」
バレたならもう逃げるしかない。
僕は叫んで扉へ走った。
戦おうにもどうすればいいのか分からない。碌に呪文も知らないんだ。
でも逃げるだけなら出来る筈だ。
「捕まえろ!」
ヴォルデモートも叫び、クィレルが追って来て手首を掴まれた。
駄目だ……特別脚が速い訳でも無い僕じゃ、大人の脚には敵わない。
僕は逃げる事も出来ないのか?
「――っ、あぁぁあああっ!?」
悔しく思う間も無く、物凄い痛みが額の傷を貫いた。
なんだこれは!? 頭が割れそうだ!
堪らず力の限り暴れると、クィレルがあっさり手を離した。
すると痛みが引いていく。アイツが何かしたのか?
そう思って目を向けると、彼もまた苦痛に悲鳴を上げて自分の手を見ていた。
その手は焼け爛れた様になっている。
本当になんなんだ……? 訳が分からない。
「捕まえろっ、捕まえろ!!」
ヴォルデモートがまた叫んだ。まるで追い立てられる様にクィレルは必死に僕へ飛び掛かってきた。
大人と非力な子供じゃ、直接揉み合って敵う筈が無い。
簡単に引き倒されて馬乗りに押さえられ、両手を首へ掛けられた。
「ぎゃぁあああっ!? 駄目です、ご主人様っ! ヤツを押さえていられません! 手が……私の手がっ!?」
しかしまたしても、僕らは同時に痛みに呻いた。
むしろクィレルの方が酷かった。すぐに手を離して、いつまでも藻掻き苦しんでいる。
「愚か者め! それなら殺せっ、始末してしまえ!」
言われて彼は、焼け爛れて皮の剥がれた手で杖を抜いた。
それが向けられる前に、僕は手を伸ばして彼の顔を掴んだ。
「ああアアァッ!!」
何がなんだか分からないけど、彼は僕に触れるだけで焼け爛れて苦しむんだ。
だったら、こっちから触ってやる事で何もさせない様にすればいい。
僕も物凄く痛いけど、どうせ戦う程の事も出来ない。逃げる事さえ出来ない。
今の僕に出来るのは……ただこれだけだ。
僕らはお互いに悲鳴を上げ続けた。ヴォルデモートも何かを叫んでいた。
クィレルは必死に逃げようとして、僕は必死にしがみ付いた。
額の痛みがどんどん酷くなって、目が眩んで何も見えなかった。
もう自分が何をしているのか、クィレルとヴォルデモートがどうなってるのかさえ分からない。
ただ絶叫してしがみ付いて……そしてプツリと意識が消えた。
*
目を覚ますとダンブルドアが居た。
何がどうなったのか、混乱して慌てる僕に説明をしてくれた。
どうやらここは医務室で、事態は解決したようだ。
おまけにもう3日も経っていた。ベッドの周りは見舞いのお菓子が山になってる程だった。
皆も無事だと聞いて安心した。ただしアリスは治療中だとか……3日経ってもまだ?
医務室には居ない様だけど……大丈夫だと言っていたから後で聞こう。
「じゃあ、石はどうなったんですか? クィレルとヴォルデモートは……」
「石はもう、わしが壊してしまったよ。クィレルは死に、ヴォルデモートは逃げた」
焦って一遍に聞いた事を後悔した。
纏めて言われても余計混乱するだけだった。
「壊した……? でも、それじゃ……」
「ニコラスの事かね? 大丈夫じゃよ……きちんと整理された心を持つ者にとっては、死とは次の大いなる冒険の始まりに過ぎないのじゃ。1日の終わりに眠りに就く様な物じゃな」
……よく分からない。でもきっと、本人が良いと言ったんだろう。
大人になったら、今の言葉の意味を理解出来るんだろうか……
でも、今の僕でもとりあえず石の事は理解出来た。
「では次じゃな……ヴォルデモートは逃げてしまった。また誰か乗り移る体を探しておるじゃろう。本当に生きているとは言えぬ状態じゃ、殺す事も出来ん」
やっぱり、アリスが言ってた通り倒せないんだ。
だからまた戻って来る……きっと僕の前へ。
「ユニコーンの血をたっぷり飲んで呪われたクィレルを捨てて逃げおった。ヤツは自分の家来だろうと、死なせてしまっても何も思わん。敵と同じ様に情け容赦無く扱うからの」
そして付け足す様に、クィレルの末路を語った。
でも、彼を殺してしまったのは僕なんじゃないだろうか。
そう思ってしまったのをダンブルドアは鋭く察して、優し気に口を開いた。
「自分を責める必要は無い。全てを負う必要の無い事もあるのじゃよ……賢者の石を壊したわしを殺人者と思うかね?」
確かに、石を壊す事はフラメルを殺す事と同じだ。でもダンブルドアが彼を殺したと言うのは、なんだか違う気がする。
その言葉のお陰で、負わなきゃならない物が少し軽くなった気がした。軽くなって良いんだろうか。
いつかちゃんと向き合う事が出来るまで……ごめんなさい。今はまだ……
「――先生、もし教えて頂けるなら、知りたい事があるんですけど……何故あんな試練を?」
「ほう……?」
気を取り直して、他に気になっていた事を訊ねた。
するとダンブルドアは意外そうに、少し驚いて目を細めた。
「アリスが言ってました。これは先生が用意した試練だって。ヴォルデモートの宿敵であろう僕を、出来るだけ安全な内から対峙させて立ち向かう事が出来る様に……って」
「……全く、聡い子じゃ」
聞いた事をそのまま伝えると、いつかのマクゴナガル先生の様に微笑んだ。
アリスが愛されてる事が分かる……少し羨ましい。
「そうじゃ、ハリー。その通りじゃよ……恨むかね?」
だけどすぐに、申し訳無さそうな表情で肯定した。
つまり、本意じゃないんだ。やっぱりあるんだ……僕が狙われる理由が。
それも教えてくれるだろうか。
「いえ……でも、どうしてヴォルデモートは僕を……?」
「すまぬ……それは答えてやれんのじゃ。今はまだ……時が来れば分かるじゃろう」
ダンブルドアは余計に顔を歪ませて答えた。
なんだろう……彼をここまで悩ませる理由って。僕とヴォルデモートには、一体どんな……
「じゃあ、どうしてクィレルは僕に触れなかったんでしょう?」
答えられないなら、と別の質問をした。
これも気になる。何故触れるだけであんなに苦しんでいたんだろうか。
「ふむ……これは少し複雑での。君の母上は、君を守る為に死んだ……ヴォルデモートに理解出来ない事があるとすれば、それは愛じゃ」
少し悩んで、ダンブルドアは口を開いた。これは教えてくれるようだ。
ママは僕を守ろうとして死んだとヴォルデモートも言っていた。それがなんだって言うんだ?
「命を懸けてでも守る……それ程までに深く愛を注いだ事が、愛された者を守る力になるのじゃ。そして君のそれはヤツから守る為の物……故にヤツと魂を分け合ったクィレルには触れる事も出来なかったのじゃな」
……つまり、ママが命を懸けて何か魔法を掛けたって事?
ヴォルデモートから僕を守る為に……だから僕は生き残ったんだ。だからダンブルドアは対峙させたんだ。
守られていて手が出せないと知っていたから……安全だったから。
そういう事だったのか。
ごめん、アリス。愛されてる君を羨ましいなんて思ったのを訂正するよ。
僕は愛されてた……死んでも愛してくれてるんだ。
それも物凄く。誰よりも強く深く……
なんだか心がポカポカと暖かい。凄く、嬉しい。
両親なんて知らなかったのに……僕は……
気付けば勝手に涙が流れていた。なんで……どうして僕は泣いてるんだ。
恥ずかしくて慌ててシーツで涙を拭った。
僕がまた口を開ける様になるまで、ダンブルドアは優しく微笑んで見つめていた。
「先生、もう1ついいですか? 僕はどうやって石を鏡から取り出したんでしょうか?」
もう、聞きたい事は聞けたかな……大丈夫かな。
じゃあ最後にもう1つ。どうして鏡を見ただけの僕が石を手に入れたのか、どうしてクィレルは無理だったのか、それも知りたい。
一体どんな魔法で隠してたんだろう。
「おぉ、それはの……ただ見つけたい者だけが取り出せるからじゃ。よいか、使いたい者では無いぞ。使いたい者には使う姿しか映らぬ。わしの脳みそは、時々自分でも驚く様な事を考えつくものよ……」
するとダンブルドアはニコリと笑った。悪戯が成功して笑う子供の様だった。
なんて単純で、なんて厳重な守りなんだろう。それは確かに、使う為に探していたクィレルには絶対に取り出せない。
僕は素直に感心した。
僕らへの試練といい、確実な守りといい、何処までも見通して用意してたんだ。
あ、どうして僕以外にもピッタリな試練を置いたのかって聞きそびれた。
でもいいか……どうせこの人の事だから、僕と一緒に立ち向かってくれる親友達の事だって分かってたんだろう。
話は終わった、と僕は力を抜いて横になった。
まだ少し頭が痛い……長く話して、考えて、もう疲れてしまった。
「お、百味ビーンズじゃ。わしは若い時に不幸にもゲロ味に当たってのう……それ以来あまり好まん様になってしもうたのじゃが……これなら大丈夫だと思わんか?」
ちょ、それ僕のお見舞いのお菓子……
なんで勝手に漁ってるんだ、なんて言う間も無く……言える筈も無く、ダンブルドアは百味ビーンズを開けて1つ取り出した。
……ゲロ味って汽車でアリスが吐いたやつだ。流石、義理とは言え親子だな……
そういえばあれ以来、彼女も百味ビーンズを食べてる所を見てないや。うん、それだけは絶対食べたくないな……
「なんと! 耳くそじゃ!」
口に放り込んだ瞬間、顔を歪めて咽返った。
ありがとう、変な味を減らしてくれて……本当に。
*
私が目を覚ました頃には、もうとっくに全てが終わっていた。
具体的には4日も経っていた。
昨日ハリーが目を覚まし、続いてようやく私が目を覚ました訳だ。
随分と寝坊したけど……むしろ生きてる事を喜ぶべきかもしれない。
私はあまりにも酷い状態で、医務室ではなく聖マンゴ魔法疾患傷害病院に運ばれたらしい。
充分に治療を終えて医務室へ送られたのが昨日、そして朝になって目を覚ましたって流れのようだ。
その辺りの事はマダム・ポンフリーに聞かされた。
いや、1日も経ってないのに何このお菓子の山……
お見舞いにしても、何処からこんなに沢山……ありがたいけど。
それからはとりあえず簡単に容体を確認され、ポンフリーは何故か便座を持って一旦医務室を出た。絶対あの双子だ。
少し経つと、ハリー達が揃って駆け込んで来た。まだ朝早いってのに、連絡まで早い事で……
ただし一瞬でポンフリーに止められていた。
なんだかギャーギャー言っていたけれど、結局5分だけとお見舞いの許しが出たようだ。
「あぁ、アリス! 良かった……良かったわ!」
体を起こして皆を迎えると、ハーマイオニーが泣きじゃくりながら抱き着いてきた。
ちょ、痛い。まだ完治はしてないっぽいんだ、痛い痛い。
「いたい……」
「あ、ごめんなさい!」
私の洩らした声で、彼女はパッと弾ける様に離れた。
あーあ、そんなグチャグチャに泣いちゃって……心配掛けてごめんね……
「もう……ズタボロの雑巾みたいに血まみれのあなたが転がってるのを見た時、私がどれ程……! ダンブルドアが来てくれなかったらどうなってたか……」
「君、本当に冗談抜きでヤバかったんだぜ。あんな……よく生きてたもんだよ」
「僕なんて夢に出て来て魘されたよ……」
「そんなに……?」
ズタボロの雑巾て……いやまぁ、確かに雑巾みたいに絞られた気がするけど。
彼女に続き、ロンとネビルまで険しい顔でそう言った。
そうか、お爺様が助けてくれたんだな。まぁそんな気がしたから、それに甘えて無茶をした面が無いとも言えないけど。
「ダンブルドアとマクゴナガルの慌てっぷりったら、凄かったよ。スネイプまでなんだか……いつもと違った気がする」
「そりゃ……後が怖いなぁ……」
心配を掛けた事は勿論反省してるけど、なんかもう今から恐ろしい。スネイプまでって、本当かよ……誰だよそれ。
あー……何を言われてしまうんだろう。説教で済むかな……
「私、あれ程自分が無力だと嘆いた事は無かったわ。戻っても戦えないからって、大人しく待ってたの……それから様子を見に覗いたら……」
一息置いて、ハーマイオニーが酷く悔しそうに口を開いた。
予想通り引き返したなら戦って正解だった。その所為で酷い物を見せてしまったようだけど……
「ごめんなさい……私も戦えれば、あなたはこんな風に死に掛ける事は無かったかもしれないのに……」
「僕もだよ。石は守れたし、ヴォルデモートも何処かへ行った……だけど、僕がやった事なんて石を見つけて逃げただけなんだ。それもすぐ捕まったし、戦うどころじゃなかった……無力だって思い知ったよ」
君達、自分が子供だって忘れてない?
無力だ無力だ、って……当たり前じゃないか。多少なりとも鍛えられた私が普通じゃないだけだ。その私だってこの様だし。
そんなに自分を責めたって仕方ないのに……
本当に、お馬鹿で優しい友達だ。
ロンとネビルまで口を噤んでいる。全く……もう。
「ふぅ……じゃあ、皆で強くなろっか! 私だって、あんな大口叩いてこれだもん……反省しまくりだよ」
沈んだ空気の中、私を溜息を吐いて笑顔で声を張った。イテテ……
私の怪我は酷かった。でもそれだけだ。皆無事に解決出来た、それでいいじゃないか。
無力な子供で居たくないなら、強くなろう。私も強くなりたい。
どうせこの先、いくらでも戦う事になる。皆で強くなって、皆で……
「……全く、アリスには敵わないな」
「じゃあ夏休みは、一層勉強しなきゃ! 呪文を試す事も出来ればいいんだけど……」
ポカンとしていたハリー達は、それ以上沈み込む事は無かった。
私の笑顔に釣られた様に、ぎこちなくても笑ってくれた。
「あ! 夏休みって言えば、今日はもう学年末のパーティーだよ!」
「え、嘘。もう?」
ハーマイオニーの言葉で、ロンが思い出した様に叫んだ。
マジか。もう学校終わり? これからパーティー? 4日って大きいんだな……
「寮の得点はギリギリ、グリフィンドールが1位だよ。深夜に5人も抜け出してたのがバレてるのに減点されてないんだ!」
不思議そうに、でも嬉しそうにネビルが言った。
はえー……なんで1位なんだ。マジか。
大きな減点は回避してたけど、正直寮の得点そのものは気にしてなかったからなぁ……どうせ優勝させられるだろうって思ってたし……
「僕が最後のクィディッチの試合に出れなかったのに、なんとかなって良かったよ」
「これでスリザリンの7年連続優勝が無くなったって、もう大騒ぎさ。スネイプもとんでもなく不機嫌だ」
ハリーとロンも嬉しそうだ。
ていうか何故ちょくちょくスネイプの様子を伝えるんだ。よく把握してるな、君。
「でも……アリスはパーティーに出れるの?」
「……さあ?」
しかしハーマイオニーだけは不安そうだ。
うーん……それは私には分からないな。マダム・ポンフリーはとことん厳しい事で有名だ。
相当酷かったらしい私なんて、ベッドから降ろしてくれないかもしれない。
「僕は昨日丸1日もたっぷり寝て、ようやく寮に戻れたんだ。もしかしたら……」
じゃあ私は皆が学校から帰るまで寝かされてそうだ。
残念だ。どうにかならないかな……
「ほらほら! いつまで話してるんですか! もう5分なんてとっくに過ぎてますよ!」
そこへポンフリーが戻ってきた。騒ぐなって言う割に大声なんだよな……
でも厳しいとは言え、5分経った時点で問答無用で追い出さない辺りが彼女の優しさなのかも。
「あー……えっと、私って今日のパーティーは……」
とりあえず聞いてみるか。
絶対許してくれないだろうな、と不安そうに見上げた。
「……ダンブルドア校長が、行かせてやってほしいと仰っていました。全く、まだ治ってないというのにパーティーなんて無茶を……」
しかしなんと、お爺様が説得してくれたらしい。
物凄く納得がいってないと溜息と一緒に顔に出てる。
それを聞いた皆も嬉しそうだ。ていうかパーティーってそんなに危険な物だっけ?
「いいですか? これからパーティーが始まるまで、しっかり詳しく調べます! ほら、あなた達は戻りなさい!」
ただしそれには、彼女がどうにか納得出来るだけの状態じゃないと駄目なようだ。
ハリー達に出て行けと急かし、私はたっぷりじっくり検査をされた。
聖マンゴで3日も治療されてたなら、かなり回復してると思うんだけど……そんな事は彼女には関係無いらしい。
それはもう、殆ど裸にひん剥かれて全身を細かく調べられた。
何故ここに来てまたこんな辱めを……
*
しつこい程の検査の結果、なんとかパーティーに行っても良いと渋々許可された。
しかしまぁ……殆ど裸にされて気付いたけど、綺麗に治るものだな。
いや、元がどれくらいヤバイ状態だったのか分からないけども。
魔法の凄さを改めて思い知った。
着ていた制服はハーマイオニーの言っていた通り、まさしくズタボロの雑巾だった。
なので予備の制服を取りに行ってもらい、着替え終える頃には既に時間はギリギリ。
歩き出すと途端にふらついた。やっぱり完治なんてまだまだみたいだ。
これはもしかして、普通に寝てなきゃいけないのでは……と思い直したくらいだ。
どうしてポンフリーは許可してくれたんだろう。いくらお爺様が説得したからって……やっぱり優しい人なのかも。
極力ゆっくり歩いて、私が大広間に辿り着いた頃にはもう全生徒が集まっていた。
扉を開けて入った瞬間、物凄い視線を浴びた。一瞬だけシンと静まり、すぐに騒めきが広がる。
そうだ、何故かあの夜の事は知られてるんだった。お爺様曰く『秘密』は皆が知ってる……だったか?
なんにせよこれは恥ずかしい。ちょ、あんまり見るな。
クソ、早く席に……ハリー達の所に行きたいのに、急ごうとすると痛い。
あ、そういえば大広間が赤と金のグリフィンドールカラーだ。
奥の垂れ幕も全部グリフィンドール。本当に1位なんだな……
そんな風に意識を逸らしてゆっくり歩き、注目され続けながらやっと席に着いた。
「……大丈夫?」
「なんとか……」
私が痛そうに歩いていたからか、堪らず心配そうにハーマイオニーが寄り添って来た。
そのタイミングでお爺様が登壇し、咳払いを1つ。
あ、はい。すみません、私が着席するまで待っててくれたのね……挨拶どうぞ。
「さて……また1年が過ぎた」
お爺様が口を開くと、あれだけ騒がしかったのに一瞬で静まり返った。
「一同、ご馳走に被り付く前に、老いぼれの戯言をお聞き願おう。君達の頭も以前に比べて少し何かが詰まっていれば良いのじゃが……夏休みで綺麗サッパリ空っぽになるじゃろう」
辛辣……どんな挨拶だ。
「ではここで寮対抗杯の表彰じゃ。4位、ハッフルパフ352点。3位、レイブンクロー426点。2位、スリザリン472点。1位、グリフィンドール475点」
大きな減点を回避したお陰で、僅差でスリザリンに勝った。めっちゃギリギリ。
もう大広間中が嵐の様な歓声だった。スリザリン以外は。
流れが変わったとはいえ結局は優勝、しかも理不尽な逆転も無く普通に勝ったんだ。素直に喜ぶべきことだね。
「よし、よし。グリフィンドール、よくやった。しかしつい最近の出来事も勘定に入れなくてはなるまいて」
え?
その言葉でまたしても一瞬で静まり返った。
え、何を? もうグリフィンドールが1位なんだけど……
まさかとは思うけど、原作とは逆にグリフィンドールが逆転される側?
そんな変化は要らない! 点とか寮杯とかどうでもいいとか嘘! やっぱり負けるのは嫌です!
「信じられん事に、深夜に寮を抜け出し、あまつさえ立ち入り禁止の場所へ忍び込んだ者が5人も居る」
当事者の私達の絶望と言ったらもう、揃って顔を青くして震え始めていた。
ガンッ、と私は頭をテーブルに叩きつけてそのまま突っ伏した。
ごめんなさい……減点だ……本当にごめんなさい。
「よってグリフィンドールから、1人50点。250点の減点じゃ」
あんまりだ……お爺様の鬼畜……
さっき以上の騒めきが広がった。スリザリンからはとんでもない歓声だ。
優勝していた筈なのに一転、どん底の最下位。地獄があるならきっとここだ。
「しかし悪い事は悪いと減点をしたが……同時に得点もくれてやらねばなるまい。皆もご存じの通り、あの夜は『秘密』の戦いがあったのじゃ」
またまた静まり返った。忙しいな。
そして私はガバリと顔を上げた。そういう事か……お爺様も人が悪い。
青くなっていた私達は揃って期待を込めてお爺様を見つめた。
「まず最初はネビル・ロングボトム。素晴らしい薬草学の知識で、仲間を危機から救った」
名前を呼ばれて彼は一気に顔を赤くして、狼狽え始めたと思いきや泣きそうになっている。
彼は今まで1度も点を稼いだ事が無かったのだ。減点ばかりだったのに、ここに来て名指しの得点なのだから仕方ない。
生徒達もお爺様が何をしたいのか理解したようだ。
歓声がまたまた、またしても響いた。
「次はロナルド・ウィーズリー。滅多に見る事の出来ない、最高のチェス・ゲームを見せてくれた」
彼もやはり顔を真っ赤にした。
だけどとても嬉しそうに笑っている。
歓声は止まない。
パーシーが弟自慢を叫んでいるのが聞こえる。
「ハーマイオニー・グレンジャー。火に囲まれながら、冷静な論理を用いて対処して見せた」
彼女は恥ずかしいのか、腕に顔を埋めた。
もうグリフィンドールのテーブルは狂気乱舞だ。
「さて、次は……アリス・ダンブルドア。わしとしては厳しく見てやりたい所じゃが……これは流石に評価せねばなるまい。仲間を逃がし、たった1人で特別凶悪なトロールを打ち倒した」
一言多いよ、素直に褒めて!
まぁ娘贔屓だと思われない様に釘を刺したのかもしれないけど。
私も顔が真っ赤だろう。いや、他の皆とはちょっと違う意味で、だ。
さっきからまるで見ていたかの様に話してるけど、まさか最初の部屋での私の痴態までも見られていたのだろうか。そうだったら最悪だ。
後こんな場で身内に褒められるのは普通に恥ずかしいし……
「最後に、ハリー・ポッター。類稀なる観察力と箒の腕で道を開き、『宝』を敵の手から守り通した」
彼もロン同様、嬉しそうで晴々とした笑顔だ。
育った環境が違っても、彼らは其々の理由で承認欲求が強めだ。自分を見てもらって、それを評価される事が本当に嬉しいのだろう。
もうグリフィンドール生はテーブルなんて関係無しに大騒ぎだ。
誰1人として、1位に返り咲く事を疑っていない。
「困難に恐れず立ち向かった彼らの、その精神力と勇気を称える。1人60点、与えよう」
これで元よりも50点追加だ。どっちにしろ優勝だけど、盛り上がりという面ではこれ以上無い程の物になった。
まるで爆発したかの様に歓声が増えた。
落として上げるなんて、後で文句言ってやろう。
逆に上げて落とされたスリザリンは泣いていい。いじめか。
お爺様はどうしてこんな事をしたのか……分からないけど、やっぱり何かしらの考えがあるんだろうな。
まぁ少なくとも私達は皆、充分過ぎるくらいの自信を得られたのは間違いない。
多くの人が認めてくれる……評価してくれるというのは、本当に大きな事なのだから。
その後はもう、パーティーとかいうレベルじゃ無い程の大騒ぎ。
なんだこれ……楽しいけどとんでもないな。
そりゃマダム・ポンフリーが無茶と言う訳だ。
でも……本当に楽しかった。幸せだった。
やっぱりこの世界は――最高だ。
【賢者の石】
長い長い錬金術の歴史の中で伝説とされる赤い石。
あらゆる金属を純金に変え、不老不死を齎す命の水を生み出す。
唯一存在が確認されたのはニコラス・フラメルの作り出した物のみ。
ダンブルドアがフラメルと錬金術の共同研究を……という所から賢者の石に辿り着いた所為で勘違いしがちだが、ダンブルドアは賢者の石の作成には関わっていない。
そもそも2人の年齢を考えれば有り得ない話である。
不老不死と言ってるが、実は微妙に違う。
あくまで寿命を延ばすだけであり、死ぬ事もあるし老化もする……らしい。
寿命を延ばした分だけ老化し続けたら、延ばした意味も無くなりそうだが……
とは言え割と何でもありな魔法界故、老化の対策はやり様があるのだろう。
これの作成がどれ程難しいのかは不明だが、石の入手に失敗したヴォルデモートが誰かに憑依して作ろうともしなかったくらいには難しいのだろう。
ちなみに彼が石を狙ったのはあくまで肉体の再生を目的にしたものであり、不死は関係無いそうだ。
理由は単純で、石に依存した命を嫌ったから。
恐らく学生時代、分霊箱という選択肢を選ぶよりも前に調べて、結果要らないと判断したのだろう。
だから昔は狙う事も無かった……とか。
しかし彼のやろうとした肉体の再生に、具体的に石をどう使うのかは不明。
石で寿命以外に肉体にも作用出来るなら、老化だってどうにでも出来るだろう。やっぱり実質不老かもしれない。
【インペリオ「Imperio」】
服従の呪文。許されざる呪いの1つ。
対象を完全な支配下に置き、どんな事も思うがままに操る事が出来る。
例え本人だったら絶対に出来ない様な事であろうとも。
呪文の支配下にあるかどうかを判断するのはとても難しい。
しかし明らかにおかしな言動をしていたり、以前とは矛盾した行動を取っていた場合はその限りでは無い。
この事から、第一次魔法戦争の後に行われた死喰い人達の裁判では「服従の呪文で操られていた」という嘘で逃れた者が多く居た。
恐らく他の犯罪でもそういった者が居ただろう。
この呪文を掛けられると素晴らしい幸福感に満たされる。
特別強い意思があれば抵抗する事が可能であり、作中でも数人が抵抗してみせた。