ハリー・ポッターと予言の少女   作:桜寝子

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主人公視点からダンブルドア視点、そしてハリー視点へ。


第32話 急転直下 1

 そして翌日。決闘クラブの効果は覿面だった。

 生徒達が一気に大人しくなり、私の周りをウロウロしていた人達も居なくなった。

 視線は未だに凄い感じるけど……

 

 戦うという事がどういう事なのか、自分がどれだけ戦えるのか、多少なりとも理解出来たんだろう。

 そして私がそれなりに戦えると知って、その上を行く犯人をどうにかしようなんて無理だと思ってくれたようだ。

 

 ただし半面、犯人が相当な実力者だという事が広まって事件への恐怖が若干戻ってきてしまった。

 襲われたらどうしようもない、という事もハッキリ分かってしまったんだ。これは盲点だった……

 

 だけど私達がさっさと解決すれば、これ以上怯えさせる事も無い。

 とにかく早く動こう。色々事情があったとは言え、私達の動きは遅過ぎる。

 

 私が襲われてから1ヶ月も経ってないけど、逆に言えばそれだけ時間があっても結局殆ど何も出来ていない。

 

 別に誰が悪いとかじゃないし、頭が悪いとかでもない。

 こうなってしまうのも当然だった。

 

 その理由は単純。私の知る未来を伝えてしまったからだ。

 普通なら事件が起きたらその場で考えて動く。だけど知り得ない事を知ったからこそ、考えるべき事が増えて行動が遅くなった。

 未来を伝えただけで思考と行動に影響が出てしまう、というデメリットを痛感した。

 

 お爺様の頭脳なら……と期待しなかった訳じゃない。

 だけど実際は、お爺様でさえも……だった。

 

 他の事件だったらまだ良かったのかもしれない。たっぷり考えていられたかもしれない。

 でも今回はバジリスクというあんまりにもな脅威が居る。

 行動が遅れる事はそのまま危険が増すだけだ。

 

 下手な策で動いちゃ悪化させかねない? だからって考えてばかりじゃ好転してはくれない。

 そもそもが土壇場で最善なんて探すもんじゃなかったんだろう。

 そんな事をしている内に間に合わなかった、じゃどうしようもない。それこそ最悪だ。

 

 私達はリスクを恐れて動けなくなっているだけだった。

 リスクがあったとしても動かなきゃいけなかったんだ。

 

 だからもう一度、お爺様達と作戦を練ろう。危険であろうとも、さっさと解決出来る作戦を。

 

 

 

 

 

 

 そんな決意と共に1日が過ぎていき、放課後。

 私はお爺様に呼び出され校長室に向かっていた。

 

 きっと私と同じ様に考えたんだろう。

 生徒達が大人しくなった今こそ、今度こそ、解決に動いて終わらせるんだと。

 

 だからってじゃあ、具体的な考えがあるのかと言うと無いんだけど……

 これは単純に私の頭が悪い所為だな……

 どうすっかなぁ――ん?

 

「……ジニー?」

 

 校長室へ歩いていると、前方にジニーを見つけた。

 なんでこんな所に1人で……まさか。

 どうする……もしリドルだったら……あ、やべ。

 

「こ、こんにちは、ジニー」

 

 普通に足音でバレて振り向かれた。だってしょうがないじゃん、居ると思わなかったんだから!

 ていうか思いっきり日記抱えてる!? どうかリドルじゃありませんようにっ……

 

「ア、アリス……!?」

 

「う、うん。アリスだよ。えっと……あー……元気? ……じゃなさそうだね……うー……」

 

 駄目だ、テンパって訳分からん事になってる。落ち着け。

 

「その、こんな状況で1人で歩くのは危ないよ」

 

「……あなただって1人だわ」

 

「私は……その、ほら。お爺様に呼ばれて……」

 

「校長先生に……?」

 

「そう。それで……ジニーはどうしてこんな所に?」

 

 とりあえず近づいて会話をしてみるけど……全然判断が付かない。

 そもそも普段の彼女をあんまり知らないし……

 

 まぁいい、警戒するに越した事は無い。

 いつでも杖を抜ける様にしておこう。

 

「……あたしは……っ……あたしも、校長室に……行くつもり」

 

 私が訊ねるとジニーは悲痛な表情でポツリポツリと答えた。

 校長室に? どうして……日記がおかしいとでも気づいたのか?

 

「何か悩んでるの? 話聞こうか?」

 

「あなたなんかには分からないわ!」

 

「わっ」

 

 怒られた。なんで……

 

「……っ、ごめんなさい。違うの……あたしじゃない……そんなつもりじゃ……」

 

「ほ、本当にどうしたの? 大丈夫?」

 

 怒ったかと思うと今度は酷く怯えた様になった。

 どうしたって言うんだ……明らかに様子が変だ。

 

「あたしっ……あたしおかしいの! 考えたくもない事がどんどん頭に湧いてくる! 意識が無い時があって、だけどあたしは何かをしてるの!」

 

「ジ、ジニー?」

 

「あなたを襲ったのもきっとあたしよ! だってその時の事は夢みたいに覚えてるもの! 知らない呪文を沢山使って、沢山攻撃して、最後に切り裂いた! ものすごい血が流れて……なのにあたしはっ!」

 

 困惑する私を置いて、ジニーは頭を抱えて叫び出した。

 学校に復帰した私を見て青褪めてたけど、やっぱり朧気でも覚えてたんだ……

 でもどうしてその時だけ……駄目だ、あの日の記憶が無いから情報が足りない。

 戦った時はどんな状態だったんだろう。

 

「あんなのあたしじゃない! 殺そうとして喜ぶなんて違う! それにあんなに強いあなたと戦うなんて出来る訳無い! でもあたしが……っ、あたしが!」

 

「お、落ち着いて……大丈夫、大丈夫だから……」

 

 もうただの叫びじゃなく悲鳴の様にも聞こえる。

 相当に混乱してるな……でも無理も無い。だってまだ11歳の子供だ。まともでいられる訳が無い。

 そもそも分霊箱は近くの人の精神を滅茶苦茶にする。きっと何が何だか分からず怖くて堪らないだろう。

 

 でも……それを私は押し付けたんだ。

 たった11歳の女の子に……事件を未然に防ぐ事をせず、より良い解決手段を考えるまで耐えろと。

 私はなんてことをしていたんだ……こんなに苦しめて……なんて馬鹿だったんだ。

 今更になって申し訳無いと思ったって……

 

「何か心当たりとか無いの? もしかしたら闇の魔術の掛かった物が……」

 

「日記よ! この日記!」

 

 重く圧し掛かる負い目を感じながら、私はひとまず知らない振りで訊ねてみた。

 すると持っていた日記を突き出してくる。

 

「……それはジニーの日記?」

 

「ち、違うわ! 色々書いたけど、あたしのじゃない……気づいたら荷物にあったの。何も書いてないから使おうと思って……そしたら返事が返ってきたの! それで、彼はなんでも話を聞いてくれて……あたし、秘密の友達が出来たって思って……でも最近おかしいのよ! あんまり返事を返してくれなくて、なんだかイライラしてるみたいで……」

 

「……とにかく、その日記が怪しいんだね?」

 

 うん……この言動と、日記が原因だろうと素直に言う辺り、今は彼女自身っぽいな。

 いくらリドルでもこんな情緒不安定な演技は出来ないだろう。

 

「きっとそうよ! でもあたしがやったって知れたら、退学になっちゃうわ! やっとホグワーツに入学出来たのに退学なんてっ! そんなの……だからあたし誰にも言えなくて! でもこれ以上はあたしっ……だから校長先生に相談しようと……なのにどうしてあなたが来るの!? あなたが居たらあたしっ……」

 

 会話を続けてみても彼女の混乱は全く収まりそうになかった。

 自分でも何を言ってるか分からなくなってそうだ。

 

 退学……なるほど、ジニーはそれを恐れてたのか。

 そりゃそうだ。この子はずっと……幼い頃から、1人また1人とホグワーツに行く兄達を見送ってきた。

 賑やかで優しい家族が1年の殆どを学校で過ごし、自分は残る。そして卒業すれば仕事で遠くへ行ってしまう。

 残され続けた寂しさは両親だけじゃ埋められなかった筈だ。自分もホグワーツに行きたいと、何年も何年も渇望した筈だ。

 

 入学が近くなればなる程、最後の1人として残った去年程、より一層気持ちは逸っただろう。

 そうしてようやく待ち望んだ学校生活が始まっていきなりこれだ。

 正常な判断さえ出来ない程に憔悴してもおかしくない。

 

 

 見ていられない……とにかく落ち着かせよう。

 そしてこのままお爺様の所に連れて行こう。

 それでリドルが表に出てきたとしても、流石にお爺様達が居ればどうにでもなる筈だ。

 

「大丈夫……私はジニーを責めたりしないよ。大丈夫。落ち着いて……」

 

 ずっと苦し気だった彼女を、私は優しく抱き締めた。

 そして背中を撫で、ゆっくり語り掛ける。

 

「どうして……そんな筈無いじゃない……殺そうとしたのよ……」

 

「それはジニーじゃない。そうでしょ?」

 

 効果はあった様で、落ち着いてくれた彼女は今度は涙声でポツリポツリと呟く。

 私がジニーを責める? むしろ許してほしいのはこっちの方だ。

 それこそ事情からして言える筈も無い事だけど。

 

「一緒にお爺様の所に行こう。全部話して、スッキリしよ。ね?」

 

「うぅ……アリス……」

 

 抱き締めるジニーはもう、縋り付く様に額を押し付けてくる。

 あまり交流出来てなかった私相手でさえこれか。本当に限界だったんだ。

 辛かったよね……ごめんね……もう大丈夫だから。どうにか解決してみせるから。

 

 だから――

 

 

「――ステューピファイ」

 

 

「え」

 

 恐ろしく冷たい声が聞こえた。

 今の今まで泣きそうになっていた筈なのに。

 

 そして赤い閃光が廊下を照らした。

 

「……くくっ、はははははっ」

 

 プツリと意識が途切れる間際、そんな笑い声と共に、邪悪な笑顔が視界を埋めた。

 

 

 

「今回は良いタイミングで来てくれたものだな……僕を拒絶し始めていた彼女の心が、君のお陰で揺らぎ付け入る隙が生まれたよ」

 

「せめてもの礼に、秘密の部屋に招待してあげよう。そして2人の犠牲を糧に僕は力を得る……その後は――」

 

 

 

 

 

 

 わし達は無駄に時間を掛け過ぎておる。

 我ながら情けない……こうも頭を悩ませる事になろうとは。

 

 全く、こうして実感してみるまで何処か甘く考えておった。

 未来を知るという事の重大さを。

 

 知り得なかった筈の情報を活用せんとすれば……選択肢という無数に広がる枝の先まで事細かに想像していれば、時間ばかりが過ぎていくのも当然じゃ。

 

 バジリスクという危険が牙を剥き目を光らせ待っておると言うのに。

 少なくともこの事件は時間を掛けてはならん、という事さえも頭から抜け落ちてしまった。

 それ程に複雑且つ膨大な思考を繰り返した。

 

 最善を求めるのは難しい。しかしより良い解決策ならある筈。

 そう思って模索したが……これ以上時間を掛けてはいられん。

 事件が起きてから1ヶ月も経たぬが、逆に言えばそれだけの時間何もせぬままじゃ。

 

 リスクを覚悟で、多少強引な手段を取る必要があるじゃろう。

 幸いにもまだ事件は1度のみ。なんとしても2度目が起こる前に終わらせねば。

 

 

「……遅い。何処をほっつき歩いておるのだ、あの馬鹿者は。城の端から端へ歩く訳でもあるまいに」

 

「まだ数分じゃよ。なにより、友人との語らいもあるじゃろうて」

 

 待ち草臥れた様にセブルスが呟いた。お主もさっき来たばかりじゃろう……

 ミネルバも来ておらんし、もしかしたら2人で歩いておるかもしれんの。

 なんにせよもう少しもすれば――

 

「アリスがっ……アリスが攫われました! ジニー・ウィーズリーも! 大至急――」

 

 唐突に白銀の猫が現れ、まるで悲鳴の様に叫んだ。

 ミネルバの守護霊じゃ……

 

 それを聞いた瞬間、わしとセブルスは駆け出した。

 場所を叫ぶ声を背後に校長室を出て、無言で走る。

 

 そうして攫われた現場であろう廊下へ。校長室から大して離れておらん、こんな目と鼻の先で……なんと言う不覚っ!

 憔悴したかの様に項垂れるミネルバがわし達に気づいて顔を上げた。

 

「……あぁ……アルバス……アリスが……なんて事でしょう、私が少し目を離した隙に……ジニー・ウィーズリーの行動は気に掛けていたのに……私が他の生徒と話したほんの少しの時間で見失って……」

 

「落ち着くのじゃ。君が落ち着かんでどうする……攫われたとはどういう事じゃ」

 

 縋る様に駆け寄り、酷く狼狽し泣きそうな顔でポツリポツリと語る。

 自分を責めてしまうのは仕方ないかもしれぬが、今は冷静に動かねばならん。

 遠巻きに見ておる数人の生徒達に聞かれるのもマズイ。

 わしが詳しく訊ねると、彼女は血の気の失せた顔を壁へ向けた。

 

 そこには以前の様に文字が書き殴られていた。

 

『アリス・ダンブルドア。ジニー・ウィーズリー。彼女達の白骨は永遠に秘密の部屋に横たわるであろう』

 

 わしは自分でも気づかぬ内に拳を握りしめていた。

 セブルスも壁を睨み付け拳を震わせていた。

 

 トムはジニー・ウィーズリーに憑依する形の筈。それを始末しようとは……用済みという事じゃろうか。

 アリスが何故攫われたのかは分からぬ……偶然出会ってしまったのか、それとも……

 

 いずれにせよ許さぬ。

 なによりトムは知らぬ。わしらが全てを知っておるという事を。

 恐らく攫われたのはついさっきじゃろう。今すぐ動けば間に合う筈じゃ。

 

 想定外も良い所じゃが、これで決戦と往こうかの。

 念の為に生徒は寮に戻すべきじゃな。

 

 

「生徒は全員、其々の寮に戻りなさい。絶対に外へ出てはならん。教師は大至急、職員室へ集まるのじゃ……生徒が2人、秘密の部屋へ攫われた」

 

 考えるが早いか、わしは魔法で城中に声を届けた。

 これで万が一バジリスクが校内に現れても生徒は守れるじゃろう。

 

 そして教員に軽く事情を話し、各寮の守りを任せよう。詳しく話している時間は無い。

 わしとセブルス、ミネルバの3人でこの事件を終わらせる。

 

 

 

 

「良いか、事態の解決にはわしが動く。秘密の部屋の所在は判明しておるでの……セブルスとミネルバと共に全て解決しよう」

 

 集まった教員へ説明を済ませると、皆はショックを受け恐れつつも頷いた。

 ただし1人だけは青褪めた顔のまま固まっておるが。

 

「何故……何故こんな事に……」

 

「おや、貴殿は事件を調べていたのではなかったのですかな? 秘密の部屋の所在や犯人、怪物について見当が付いているなどと仰っていたではありませんか」

 

 そのギルデロイへと、セブルスが嫌味の様に辛辣な声を掛けた。

 出鱈目ばかり言う彼を軽蔑しておるようじゃ。

 

 まぁ実際見当違いな事しか言っておらんかったからの……

 他の教員には警備の為にバジリスクの存在を伝えたが、彼には情報を渡さなかった。

 うっかり生徒に漏らして混乱を引き起こすのが目に見えとったからじゃ。

 

 彼の言動がただの虚栄心からなのか、少しでも生徒を安心させようとしたからなのかは分からんがの。

 

「い、いや……私は……」

 

「遂に答え合わせと言う訳だ……是非ともその素晴らしい実力をお見せして頂きたいものですな」

 

「セブルス、今はそんな事をしておる場合ではない」

 

 狼狽えるギルデロイを尚も睨み付けるセブルスを急かす。

 一刻を争うと言うのに……

 

「私は……っ私も、参戦させて頂きましょう」

 

 そうしてわしとセブルスが歩き出すと、驚いた事に彼は血の気の引いた顔のまま1歩踏み出してきた。

 

「なんだと?」

 

「本気で言っておるのかね?」

 

「も、勿論ですとも。校長先生ともあろう方ならば、私の力添えなど必要無いかもしれませんが……」

 

 思わず足を止め振り返った。

 どういう事じゃ……彼に戦う様な実力は無い。ましてや分かり切った危険に自ら首を突っ込むとは。

 

 彼の怯えた目を見つめてみれば、様々な感情と思惑が見えた。

 なるほどのう……

 

「……良かろう。決して邪魔だけはせぬ事じゃ」

 

 わしはそれだけ言ってまた歩き出す。

 彼の思惑は1つ足りとも実現はせん。大層な妄想じゃ。

 

 じゃが……ほんの欠片だけでも、教師として生徒を想う心があったとはの。

 

「良いのですか? あの程度の男に出来る事など……」

 

「構わぬ。問答しておる時間も無い」

 

 セブルスは訝し気に冷たい目を向け、すぐにわしの後に続いた。

 小声で確認されるが、のんびりしている場合ではない。

 余計な事をして邪魔になるようなら……その時は黙らせておけば良いじゃろう。

 

「とにかく急ぎましょう。早く2人を救い出さなければ……」

 

 待ち切れないとばかりにミネルバが速足で歩く。

 それに合わせ、わし達は揃って走り出した。

 

 待っておれ……すぐに助け出そう。

 そして覚悟せよ、トム……

 

 

 

 

 

 

「一体いつまでこんな狭い中で鍋を眺めるんだ?」

 

 日課になった女子トイレでの作業中、ロンが文句を言い始めた。

 個室に3人が入ってる時点で狭いってのに、鍋まであるんだ。言いたい気持ちも分かる。

 

 まぁ、作業って言ってもやってるのはハーマイオニーで、僕らはちょっと手伝うだけで殆ど眺めてるだけだ。

 それが余計に、なんか空しいんだ。女子トイレに籠ってるだけって……

 

「もうしばらくよ。そんなにお待たせしないと思うわ」

 

 その作業に夢中なハーマイオニーが気楽に答えた。

 彼女の様子からして順調なんだろう。

 

「そりゃ良かった。いい加減ここに忍び込むのに慣れてきて嫌だったんだ」

 

「本当にね。ていうか連日ここに居るのに、1人も入ってこないんだから凄いよ」

 

 それに対し僕らは心底安堵した様に息を吐いた。

 人目を気にしながら女子トイレに入る気持ちなんて、彼女には分からないだろう。

 もし誰かが来たら僕らの学校生活は終わりだ。ある意味、スネイプに盗みがバレるよりも怖い。

 

「だから言ったでしょう? このトイレを使う人なんてまず居ないって」

 

「代わりにマートルの癇癪を毎日お見舞いされるけどね」

 

 そりゃ居ないだろうなってのはよく分かった。

 マートルの癇癪は本当に大変だ。何を言ってるのか全く分からない叫びを上げて水を撒き散らすんだから。

 

 そうロンが草臥れた様に呟いた瞬間、ドアを開ける音が響いた。

 

「――っ!?」

 

 僕たちは揃って小さく跳び上がった。

 そんな事言ってたら人が来たじゃないか!?

 

「嘘だろ――」

 

「黙って!」

 

 絶望したロンを遮って、ハーマイオニーが鍋に蓋をしながら小声で叫んだ。

 とにかく息を殺して潜むしかない。

 

 何をやってるんだ僕は……女子トイレでこんな……ただの変態だ。

 ていうか今来た誰かが個室に入ったらどうするんだ。耳を塞いでおいた方が良いかな……?

 

 

『開け』

 

 え、男? なんだ変態か。

 女子じゃなかったなら良い……訳無いじゃないか。

 そんな奴とっ捕まえて……僕らも同類だと思われそうだ。止めよう。

 

 その声が聞こえた後、何か重い物が動く様な音がした。なんだろう。

 

 

「何……? 個室には入ってないし……外にも出てないわ」

 

 もう一度その音がした後もそのまま少し待ち、ハーマイオニーが訝し気にドアへ耳を寄せた。

 いやそんな事より男の声がした事の方を気にするべきだと思うんだけど……

 

「音がする前に、男が『開け』って言ってたけど……何をしてたんだろう」

 

「男? ていうかそんな事誰も言ってないよ。シューシュー音がしてただけだ」

 

 だからそれを指摘した。

 でも2人揃って首を傾げるだけだった。

 ロンが言うにはシューシューって音が……え、それって。

 

「……蛇語」

 

 僕にだけ聞こえた声……それしかない。

 

「じゃあ開けって……まさか秘密の部屋?」

 

「きっとそうよ! だってマートルは以前部屋が開かれた時の犠牲者……彼女はここで亡くなったんだわ」

 

 僕が答えに辿り着くと、ハーマイオニーが弾けた様に同意した。

 

「待ってよ、じゃあ今扉を開けたらバジリスクが居たり……」

 

「いや、アイツの声はしないよ」

 

 不安そうにロンが身を竦ませる。

 大丈夫だ、さっきの一言以外はもう何も聞こえてない。

 

 それを聞いてハーマイオニーが恐る恐る扉を開けて外を確認し、1歩飛び出した。

 彼女に続いて僕らも個室から出たけど、辺りは何も変わってない。 

 

「誰も……何も居ない。部屋がここにあるって? 何も見当たらないよ」

 

「部屋はもう閉じたんだわ。音は2回してたもの……こっちから聞こえてたけど」

 

 状況的に仕方ないけど、女子トイレでキョロキョロしてる男友達を見るのはなんか辛いな……

 そしてハーマイオニーは1人、出入り口と手洗い場がある方へ歩いて行った。

 

「壁かな? 全然分かんない」

 

 とりあえず僕も色々と見てみるけど、さっぱり分からない。

 それでもここに何かあるのは確かだ。そのまま3人で、目を皿にして辺りをじっくり観察していく。

 

「あった! きっとこれだ! 蛇口の所に小さな蛇が彫ってある」

 

 そうして数分程経った頃、ロンが大声を上げた。

 言われた通りに手洗い場を確認してみると、確かに蛇口の1つ……そのすぐ脇に小さな蛇が彫られている。

 こんな所に何かを彫るなんて明らかにおかしい。しかも蛇だ、間違い無いだろう。

 

「これに向かって蛇語を言ったら開くのね……」

 

 そういう事だ。とりあえずさっき聞こえた声の様に言ってみようかな。

 

「やってみよう……開け」

 

「普通の言葉だよ」

 

 駄目だった。蛇語って意識して言おうとすると難しいな……今までだって無意識に聞いて話してたんだから。

 僕は彫られた蛇を本物だとどうにか思い込んで、話しかけるつもりでもう一度口を開いた。

 

『開け』

 

 すると今度は成功し、手洗い場が動き始めて大きな穴……多分配管が現れた。 

 

「おったまげー……凄い仕掛けだな。なんで女子トイレなんだよ」

 

「馬鹿、ホグワーツの歴史からすればトイレが作られたのは最近よ」

 

 口をあんぐり開けたロンにハーマイオニーが呆れながら言った。

 ごめん、僕もロンと同じ事を思ったよ……そうだよね、トイレは後から作られてる筈だ。

 

「偶然部屋の入口が女子トイレになっちゃったんだ……」

 

「そんな馬鹿な……この手洗い場を置いた奴はイカレてるだろ」

 

 本当にね。配管なんてそれこそ城中に張り巡らされてるんだ、秘密の部屋に気づかないなんて……

 

「きっと50年前の事件より以前にも継承者が居たんだわ。トイレの設置の時にどうにか誤魔化して隠したから、今まで伝説のままだったのよ。もしくは元から水場で、トイレとして改築しちゃったか……」

 

「都合が良過ぎるって……」

 

「知らないわよ! 想像で言うしか出来ないじゃない!」

 

 ブツブツと呟く彼女に今度はロンが呆れた。

 なんにしろ今はそんな事情なんてどうでもいい。

 

「とにかく、部屋を開いちゃったけど……どうしよう」

 

「そんなのダンブルドア校長に――」

 

 秘密の部屋だろう場所を突き止めた。それがどれ程重大な事か。

 ハーマイオニーが当然の様に言おうとして、止まった。

 

 そのダンブルドアの声が学校中に響いたからだ。

 

 

「生徒は全員、其々の寮に戻りなさい。絶対に外へ出てはならん。教師は大至急、職員室へ集まるのじゃ……生徒が2人、秘密の部屋へ攫われた」

 

 

「嘘だろ……」

 

「じゃあさっき、犯人は……」

 

 それを聞いて僕らは顔を見合わせた。

 それはつまり、たった今開いたこの先に攫われた生徒達が居るって事だ。

 きっと犯人も予想外だろう。部屋の入口の前で僕らが気配を殺して潜んでいたなんて……

 

「後を追おう! 急げば助け出せるかも――」

 

「どうやって? 相手はアリス以上の実力で、バジリスクだって何処から来るかも分からないのよ?」

 

「それは……」

 

 それなら、と僕は穴に飛び込もうとしてハーマイオニーに止められた。

 そうだ……犯人もバジリスクも、どうするかなんて考えてもいない。無策で行って良い筈が無い。

 僕は結局何も出来ないのか……?

 

 

「アラ、あなた達まだ居たの……て何それ? 人の住処に勝手に穴を開けないで頂戴」

 

 僕が悔しく思って言い淀んでいると、マートルが戻ってきた。

 そしてポッカリ開いた穴を見て軽く怒り始める。

 君の住処だろうけど、君だけの場所でもないよ……いやそんな事は良い。

 

「元から開いてたんだ。手洗い場に隠れてただけ」

 

「その……あなたが亡くなった時もこうだったと思うわ」

 

 とりあえず癇癪を起されても面倒だから、僕らは慌てて説明した。

 

「ふぅん……そう。覚えてるのは黄色い目玉が見えた事だけだわ」

 

 だけど彼女は珍しく癇癪を起こす事は無く、ケタケタ笑いながら近づいてくる。

 

「なんかご機嫌?」

 

「ええそりゃもう! だって外は大騒ぎよ!」

 

 僕が訊ねると、彼女は踊る様に飛んで本当に機嫌良く答えた。

 大騒ぎの何が楽しいんだ。

 

「生徒が2人も攫われたのにご機嫌なのかよ」

 

 まさに僕が思った事をロンが怒りながら言った。

 本当に、不謹慎にも程がある。ゴーストはやっぱり何処か変になっちゃうんだろうか。

 

 そして更に返ってきた答えで、僕らは絶句した。

 

「だってその1人がアリス・ダンブルドアだって言うんだもの。あの憎らしい人気者の美少女ちゃん、お隣さんになってくれたら仲良く出来るかしら! 楽しみだわ!」

 

 今なんて言った……?

 

「もう1人のジニー・ウィーズリーとか言うのは知らないけど――」

 

「なんだって!? マートルどういう事だ!? ジニーも攫われたのか!?」

 

 続く言葉でロンが真っ先に理解し声を荒げる。

 掴み掛る程の勢いだったけど、ゴーストには触れないからすり抜けてしまった。

 

「何を笑ってるんだ、この! クソったれ!!」

 

 触れない以上どうしようも無く、ロンはマートルに怒鳴るしかなかった。

 でもこんなの怒って当然だ。

 僕とハーマイオニーも彼女を睨み付けた。

 

「なによ……せっかく気分良く戻ってきたのに……」

 

 僕らに怒りを向けられて、彼女はいつもの癇癪を起こし始めた。

 恨み言の様な何かを叫びながらトイレの水を噴き上げ、そこへ飛び込む。

 

 一気に静かになった場で、水の滴る音だけが残った。

 誰も何も言わなかった。どうするべきなのか、もう相談する必要も無かった。

 

「……行こう」

 

 一言だけ言って僕は穴に向かった。

 勿論隣にはロンとハーマイオニーが並ぶ。

 

 無言のまま頷き合い、一斉に穴へ飛んだ。

 

 

 何が出来るかなんて知った事か。

 危険だなんて分かり切ってる。実力が無いなんて分かり切ってる。

 それでも行くんだ。

 

 あの2人が攫われて、ついさっきここに来た。

 そして目の前に秘密の部屋に繋がる道がある。

 今度こそ殺されてしまったら……っ! ここで行かなきゃ絶対に後悔する!

 

 本当はダンブルドアに知らせに行って、後は大人しくしているべきなんだろう。

 分かってる。分かってるさ。

 だけど……だけどっ!

 

 

 長い長い配管を滑り落ちながら、僕はずっと言い訳を心の中で叫んでいた。

 どうであれ行くと決めたなら行くしかないんだ。

 待ってて、アリス……ジニー。




予定から展開を大きく変えて書き直しました。
タイトル通り急転直下。ただし更新頻度はゆっくり。

急な書き直しからの更新なので、大きく修正が入る可能性はあります。多分。
誤字脱字も多いかもしれません。



分かりづらいので初回の事件発生からここまでの時間経過を纏めると……
襲撃→翌日ハリー達が話を聞く→翌日主人公が目覚める→翌日医務室裸事件→数日後クィディッチ→数日後薬学巨乳事件→翌日決闘クラブ→翌日ここ

数日を1週間程度と見てもらえば良いかと。
短期間で濃厚過ぎる学校生活ですが、時間が進み過ぎるとダンブルドア達が情けない事になるので……


ちなみに主人公とダンブルドアの視点で同じ様な内容を書いているのは、2人の思考が似ているという描写です。
ちょっとクドイかもしれませんが……
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