ハリー・ポッターと予言の少女   作:桜寝子

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終始ハリー視点。


第33話 急転直下 2

 一体どれだけの距離だったのか。曲がりくねったヌルヌルの配管をひたすら滑り落ち、僕達はやっと地面に投げ出された。

 暗い石のトンネルだ……ここはどこだろう。学校のずっと下だと思うけど……

 

「学校の地下にこんな空間があるなんて……」

 

 ぼんやりと薄い明かりがあるだけで、殆ど真っ暗な中をキョロキョロと見回す。

 多分、湖の何キロも下だ。ここまでして隠すって、一体どんな……

 

「とりあえず、ここはまだ秘密の部屋じゃなさそうだ」

 

 いや、そんな事を考えてる場合じゃない。とにかくこの通路を進もう。

 僕は2人を促して立ち上がり、恐る恐る1歩前に出た。

 

「明かりを付けて大丈夫かな……バジリスクが居たら……」

 

「どうせ蛇は視覚以外で見つけてくるわ。気付けずに襲われて終わるくらいなら、明るい方がまだ警戒しやすい分マシよ」

 

「……そうだね。アイツの声が聞こえたらすぐに教える」

 

 丁度僕が悩んでいた事をロンが呟き、ハーマイオニーが率先して杖先に光を灯した。

 確かに、考えてみれば彼女の言う通りだ。暗い中じゃ警戒すら出来ない。

 いきなり目を見ちゃわない事だけを祈ろう。

 

 とにかく、バジリスクも犯人も無策じゃどうしようもない。少しでも考えろ……

 スネイプに感謝はしたくないけど、昨日たっぷり体に叩き込まれた呪文が多少は使える。

 バジリスクに通用するかはともかく、犯人には立ち向かえるかもしれない。

 戦うにしても3人なら、アリスとジニーを連れて逃げるだけならきっと……多分、なんとか。ギリギリ……

 

 

 

 そのままゆっくりとだけど、幸いにもバジリスクと遭遇する事は無く進む事が出来た。

 ただし目の前には……壁。

 

「行き止まり――いや違う、扉だ」

 

 おかしい、ここまで1本道だったのに……

 そう思ったけどすぐに扉だと分かった。

 

 壁には2匹の蛇が絡み合った彫刻がされていて、蛇の目にはエメラルドが嵌め込んである。

 ここでまた蛇語を使って開けるんだろう。

 

「ここが秘密の部屋って事ね……ハリー、お願い」

 

 ハーマイオニーもそう考えたようで、僕を見て促した。

 言われた通りに僕は1歩踏み出す。

 

『開け』

 

 今度はスムーズに言えた。

 絡み合っていた蛇が分かれ、壁が2つに裂け、滑る様に消えていった。

 

 よし……行くぞ。

 僕達は頭から足のつま先まで震えながら、それでも勇気を振り絞って開いた扉を潜った。

 

 

 

 部屋は細長かった。怪しい緑がかった幽かな明かりが広がり、暗くて分かりづらいけど天井はかなり高い。

 そしてさっきの壁と同じ彫刻がされた柱がいくつも立ち並び、奥には大きな大きな石像が見える。

 

 何処だ……アリスとジニーは……犯人は何処だ。

 僕達は何も声を出せず、ひたすらに警戒しながらゆっくりと奥へ進んでいく。

 

 だけど結局、石像の下に着くまで何も見当たらなかった。

 見上げてみて、改めて巨大だと感じる。

 

 石像は年老いた猿の様な顔に、細長い顎髭を蓄えている。

 その髭が長いローブの裾まで延び、その下で足が床を踏み締めている。

 これは……サラザール・スリザリン……なのか?

 

 

「驚いたな……まさか生徒がここに来るなんて……」

 

 声がして、僕達は一斉に跳び上がる様に構えた。

 気づいたら石像の足の間に1人、男が立っていた。

 誰だ……? 見た事無い生徒だ……いやそんな事はどうでもいい。

 

「このっ……よくも!!」

 

 僕達は今度は一斉に呪文を放った。

 誰かとか考えるまでも無い。コイツが犯人だ!

 

「おっと、とんだご挨拶だな」

 

 だけど彼はいとも簡単に防いで見せた。

 クソ、正面からじゃ勝ち目が無い……

 

「悪い事は言わないから、大人しくしてなよ。お友達を死なせたくは無いだろう?」

 

 攻撃された事なんて全く意に介さず、彼はおもむろに杖を振った。

 そして石像の足の陰から女の子が2人、彼の近くに投げ出された。

 

「なっ……アリス、ジニー!?」

 

 思わず駆け出そうとして、杖を突き付けられて止まった。

 人質って事か……だけど生きてるって分かっただけでもマシだ。

 

「ふっ……冷静になった所で、色々聞かせてもらおうじゃないか。君達はどうやってここまで入ってきた?」

 

 動けなくなった僕達を見て薄く笑い、彼はそう言った。

 自分以外が……継承者とやらじゃない他人が部屋に来た事が随分と気になってるらしい。

 

 今は彼に合わせて会話するしか無さそうだ。

 正面突破は無理だし、人質を取られちゃ選択肢は無い。

 

「……蛇語を話せるのがお前だけだと思うな」

 

 せめてもの抵抗で、僕は彼を睨み付けて強めに返した。

 そこでようやく気付いた。彼の輪郭がぼんやりとしている事に。

 ゴースト……? じゃない、なんだ?

 

 しかも更によく見てみれば、あの杖はジニーの物だ。

 つまり自分の杖さえ持っていなかったって事。彼は一体……?

 

「なんだと……? チッ、なるほどね……」

 

 すると彼は素直に驚いた。本当に自分だけが特別だと思っていたんだろう。

 まぁ僕もなんで蛇語を話せるのか分からないんだけど。

 

「だがそれは部屋の開け方だ。入口はどうやって見つけた? あれは僕でさえ何年も掛けて探し出したんだ、君達に見つけられるとは思えない」

 

「私達はトイレの個室に居たのよ。ちょっといけない事をしてて……誰か来たから必死に気配を殺してたわ」

 

 続く質問にハーマイオニーが答えた。

 いや、その言い方の方がちょっといけない気がするよ?

 

「……君達3人で? 一体何をしてたんだ……しかも女子トイレだぞ。変態め」

 

「違う! なんか知らないけど絶対違う!」

 

 物凄い微妙な顔で蔑まれた。

 思わず叫んでしまったけど、こんなやり取りしてる場合じゃなかった。

 クソ……こっちの気を抜かせる作戦か? 卑劣な奴め……

 

 

「次はこっちの番よ。あなたは誰? ゴーストなの?」

 

「別に質問を許した訳じゃないんだが……まぁいい。僕はトム・リドル……の記憶だ。ジニー・ウィーズリーに憑依して操っていたのさ」

 

 僕がよく分からない事を考えている間に、ハーマイオニーが杖を突き出しながら1歩前に出た。

 記憶……? ジニーを操っていただって?

 

「50年前の記憶を封じ込めた日記……それを彼女は何でも話せる秘密のお友達だと思い込んで、心を曝け出した。それは僕に魂を捧げる様なものだ。だから僕は力を得た。そして代わりに僕の魂を少し注いであげる事で支配したのさ」

 

 日記……話す……つまり、ジニーの書き込んだ事に返事を返していたって事か。

 それで彼女に上手く取り入って……だけど魂を捧げるって、まさか……

 

「もう察したかもしれないが、ジニーは死にかけさ。僕に魂を注ぎ過ぎた」

 

「お前!!」

 

「駄目だロン!」

 

 彼がそう言った瞬間、ロンが弾ける様に飛び出す――のをギリギリで押さえた。

 

 怒る気持ちは分かる。ロンが動かなかったらきっと僕が動いてた。

 僕だって彼女とは夏休みの間一緒に生活してたんだ。何も思わない筈が無い。

 だけど人質に取られてるなら下手に手は出せない。

 

 それに彼にはまだ聞きたい事がある。

 ジニーに関しては分かったけど、アリスを襲って連れ去った理由はなんだ?

 

 

「アリスには何をした。どうして何度も彼女を襲うんだ!?」

 

「ふむ……実を言うと2回とも偶然だ。まるで彼女の方から来てくれたのかと思うくらい最高に運の良い偶然だったけどね。そして何をしたかと言うと……まぁ拷問だな」

 

 ロンを押さえたまま、僕は精一杯睨み付けながら叫んだ。

 すると彼はなんとも無さそうに、軽く答えた。

 

「見なよこの無様な姿を……中々骨のある奴だと思っていたが、やっぱり子供だな。のた打ち回って小便を垂らして気を失った……まぁ磔の呪文を何度も受ければ仕方の無い事かもしれないが。あの絶叫を君達にも聞かせてやりたかったよ」

 

 しかもあろう事か、転がったアリスを冷たい目で見下ろして足蹴にした。

 

 もう僕は血が沸騰して頭がどうにかなりそうだった。

 ただ飛び出して殴りたくなるのを必死に歯を食いしばって耐えた。

 

 遣る瀬無くて視線を下げると、足蹴にされたアリスの顔が見えた。

 彼女はぐったりとしていて生気が無い。あの時の様に怪我をしている様にも見えないのに、まるで……もう……

 

 拷問がどんなものだったのかは分からないけど、磔の呪文とかいう名前からしてろくでもない物だろう。

 怒りが収まるどころか、マグマの様に熱く噴き上がって来る。嚙み締めた歯が砕けそうだ。

 

「なんで……なんでそんな事を……」

 

 ハーマイオニーが心底悍ましい物を見る様に、慄きながら呟いた。

 本当に、コイツは一体どこまで腐ってるんだ……

 

 

「少し長くなるが教えてやろう。さっき言った通り、ジニーは僕に心を曝け出し魂を捧げた……」

 

 そんな僕らの反応に気でも良くしたのか、彼は薄ら笑いを浮かべて語り始めた。

 

「11歳の小娘の他愛無い話を聞き続けるのはうんざりしたよ。憧れ、不満、嫉妬……これでもかと言うくらいに聞かされた。特にアリス・ダンブルドアへの嫉妬は凄くてね……だからあの日、意識を残したまま操って襲ったのさ。暗い感情を増幅させ、憎い相手を攻撃する事で喜びに変えた。大きな感情、つまり心がより僕に注がれる様にね」

 

 楽しそうにニヤニヤと笑いながら浮かれた声で語る。

 黙って聞いてやるつもりも無いのに、何も言えない。言葉が出て来ない。

 

「だけど、下手な事をした所為で警戒されて動けなくなってしまった。全く、最高の餌が目の前に来てくれたからって考え無しだったよ。本当は君だって襲いたかったのに」

 

 そして肩を竦めて残念そうに、ハーマイオニーを見て言った。

 アリスだけじゃなく彼女まで狙っていたのか……

 

「しかもジニーが一丁前に僕を警戒して拒絶し始めてね……生意気な奴だ。だけどアリス・ダンブルドアが彼女を優しく慰めて助けようとしたものだから、心が揺らいで隙が生まれた。そのお陰でもう一度支配出来た」

 

 今度は嬉しそうに笑った。

 そうか……だからさっき、最高の偶然だったなんて言ったのか。

 クソッ……クソッ! ただ助けようとしただけのアリスを……っ!

 

「さっきまで拷問していたのも、襲った時と同様に力を得る為さ。だからこうして僕は僕として動ける様になった。代わりにジニーが死にかけてるけどね。殺さずに拷問で済ませたのはダンブルドアへの人質になるかと思ったからだが……そこへ君達が来た、という訳さ」

 

 頭に血が上り過ぎて、半分くらい理解出来なかった。

 だけどコイツが腐り切った最悪のクソ野郎だって事だけは理解出来た。

 

 落ち着け……冷静になれ。まともにやったって勝ち目なんて無い。

 どうする……どうすれば2人を助けられる?

 とにかく少しでも時間を稼ごう。考えるだけの時間を……

 

 僕はハーマイオニーと一瞬だけ目配せをした。

 情けないけど、考えるなら彼女の方が適任だ。僕は彼との会話を延ばそう。

 

 

「お前は一体、結局何がしたいんだ……? そうまでしてマグル生まれを排除したいのか?」

 

 多分彼女は僕の考えを理解してくれただろう。ジリジリと動き、入れ替わる様に僕が前に出た。

 ロンも多分、冷静になってくれたかもしれない。怒りに震える手で杖を握り締めながら、それでも睨み付けるだけでジッと耐えている。

 

「あぁ……だがそれは後回しだ。今優先したいのは別の事さ」

 

 リドルは素直に答えてくれた。

 ただし不思議な物を見る様な目を僕に向けている。何だ……?

 

「ハリー、君の事だよ。まさか君の方からやって来るとは思わなかったが……丁度良い。君はどうやってヴォルデモート卿に勝ったんだ?」

 

「急に何を……」

 

 彼はそのまま質問を返してきた。ヴォルデモートが何だって言うんだ?

 確か、さっき50年前の記憶って言ってた。それならヴォルデモートが暴れるよりも前の時代だ。

 

 ジニーに聞いたんだろうけど、本来なら知らなかった存在の話をどうしてそんなに気にする?

 会話を引き延ばすなんて思惑は関係無く、僕はボケっと考えてしまった。

 

「僕の未来こそ、ヴォルデモート卿だからさ」

 

「……なんだって?」

 

 そんな僕を見て彼は醜悪に笑い、驚くべき事を言い放った。

 そして杖を振るい、空中に文字を描いていく。

 

『TOM MARVOLO RIDDLE』

 

 トム・マールヴォロ・リドル。

 あれが彼の本名か?

 

 訝し気に見つめる僕らの前で、彼はもう一度杖を振るった。

 すると空中の文字が動き始め入れ替わり、別の言葉に変わっていく。

 そうして現れたのは――

 

『I AM LORD VOLDEMORT』

 

 私はヴォルデモート卿だ。

 見て理解した瞬間、全身がゾワリと粟立つ。

 

「こういう事だ。母の血筋にサラザール・スリザリンの血が流れているこの僕に、汚らわしいマグルの父親の姓なんて要らない」

 

 彼はヴォルデモート本人、学生時代の記憶だった。

 名前のアナグラム……『I AM』を入れるのはなんかズルい気がするけど、つまりはそういう事だったんだ。

 あの邪悪さも納得だし、僕を気にするのも納得だ。

 

 でもスリザリンの血を引いて、純血がどうたらこうたら言ってる継承者を名乗って、それで本人が純血じゃないなんて。

 なんだかズレてるような……

 

「魔女というだけで母を捨てた汚らわしい俗なマグルの名前を、それこそ捨ててやったんだ。僕は自分の名前を自分で付けた。いつか必ず、魔法界の誰もが口にする事を恐れる名前を」

 

 いや、だからこそなのか。彼の父親がどんなだったかなんて知らないけど、心底嫌ってるのは分かった。

 高潔な血と汚らわしい血……肯定と否定をしたくて、血に拘りまくって滅茶苦茶になってるんだ。

 歪んでる……どこまでも……

 

 

「話を戻そう。もう一度聞くぞ……一体どうやって、赤子の君が僕を倒したって言うんだ?」

 

「倒せた理由なんて僕だって分からない。だけど、生き残れた理由は分かる。母が、僕を庇って死んだからだ」

 

 有無を言わせない様な威圧感を込めて、彼は再度質問を繰り返した。

 そんなの僕自身にも分かりゃしない。だから素直に答えた。

 

 ダンブルドアが言った通りなら、ママが命を懸けて僕を守ったからこそ彼は手が出せなくなった。

 それがどうして彼を倒す事に繋がったのかは分からないけど……クィレルの時を考えれば、多分同じ様に……

 

「なるほど……結局君には特別な力なんて無いのか。実は何かあるのかと思っていたんだが」

 

 僕の答えを聞いて、彼はかなり落胆した……様に見えた。

 

「何しろ僕達には似た所が多い。混血で、孤児で、マグルに育てられた。そして蛇語を話し、見た目も何処か似ている――しかしただ幸運なだけだったとはね。肩透かしだな……」

 

 続けてなんだか色々と並べ立ててきた。

 似てる……か? 自分で言うのも悔しいけど、僕はこんなイケメンじゃないぞ……

 

 

「ふぅ……ならいい。もう、君に用は無い。ここで君達を始末して、本来の目的に戻るとしよう」

 

 そして大きな溜息を吐き、恐ろしく冷たい声に変わった。

 声だけじゃなく、彼の纏う雰囲気までもが一気に。

 

 それに釣られて、僕達はまたしても一斉に構えた。

 僕達には人質にする価値も無いって事か。むしろそれはアリスだけで充分なんだろう。

 

「その後はダンブルドアをやり過ごして身を隠し、完璧な肉体を手に入れ、今度こそ世界で最も偉大な魔法使いとして君臨してやろう!」

 

「なれやしない! 世界一偉大なのはダンブルドアだ! お前もそれが分かってるから、人質を使ってまで逃げようとしてるんだろう!」

 

 随分な笑顔で声高に叫ぶ彼へ、僕は精一杯の否定を叫び返した。

 

「……黙れっ!」

 

 途端に彼は激怒した。思った以上に彼はプライドが高いらしい。

 もっと精神的に揺さぶれば、僕達にだって勝ち目がほんの少しでも生まれるかもしれない。

 

「僕達は逃げない! 友達を助ける為なら、敵いっこない相手にだって立ち向かって見せる! お前は僕達子供以下だ!」

 

「黙れぇっ! それはただ無謀なだけの馬鹿だ! 立ち向かった所であっけなく死ぬだけだ!」

 

 続けた煽りに我慢ならなかったのか、彼は遂に杖を振るった。

 

 そうさ、僕達は無謀な馬鹿だ。そんなのは分かり切ってる。

 だけどそんな馬鹿だって、何か出来る筈だ!

 

「「「プロテゴ!」」」

 

 放たれた魔法を3人で盾を張り防ぐ。

 強烈な爆発が起こるも、なんとか凌いだ。

 

 爆炎の陰でロンとハーマイオニーが左右に散って柱の陰に隠れた。

 固まって動いたって駄目だ。昨日教わった……とにかく敵の注意を逸らすんだ。隙を作るんだ。

 

 ダンブルドアへの人質としてアリスを残したいのなら、逆に言えば僕達に対しては使えない。

 だからまずはジニーだ。どうにか彼女を救い出して、それから―― 

 

 そこで僕達は全員、動きを止めた。

 リドルでさえもが何事かと止まった。

 

「歌……?」

 

 どこからともなく、歌声が聞こえてきたからだ。

 妖しく、背筋がゾクゾクするような……この世の物とも思えない旋律。

 だけど胸の奥から勇気と力が湧いてくる様な、心を震わせる歌だった。

 

 そして空中に、その歌声の主が現れた。

 何も無かったのに炎が燃え上がり、大きな深紅の鳥が飛び出してきた。

 孔雀の様に長い金色の尾羽を輝かせ、同じく眩い金色の爪に古ぼけた帽子を掴んでいた。

 

 鳥は不思議な旋律を響かせながら僕の方へ飛び、帽子を足元に落とした。

 そして僕の肩の上にズシリと止まり、ようやく歌も止まった。

 

「不死鳥……ダンブルドアのペットか」

 

 正面に立つ僕と鳥を見て、リドルがボソリと言った。

 これが不死鳥……初めて見た。なんて綺麗なんだ……

 

「そしてそれは……ただの組み分け帽子だ」

 

 次に彼は視線を落とし、僕の足元に落ちた帽子を見て笑った。

 

「ダンブルドアが味方に送ってきたのはそんな物か? 歌い鳥に古帽子じゃないか! さぞかし心強いだろうな!」

 

 心底面白いと言わんばかりに、思いっきり馬鹿にする様に笑い続ける。

 確かに、これで何がどうなるかなんてサッパリ分からないけど……でも彼の言う通りに心強かった。

 具体的な言葉に出来なくとも、何故かそう感じた。

 

「君がペットと共に戦おうと言うのなら、こっちも出させてもらおう。毒蛇の王、バジリスクを!」

 

 やっと笑い終わったのか、彼は背後の石像を見上げて叫び、蛇語を続けた。

 すると大きな石像の天辺……口が動き始めた。何かがその口の中で蠢いているのが分かる。

 

 そこまで理解して、僕はすぐに目を閉じた。

 そうだった……マズイぞ……バジリスクの対策もしなきゃいけないんだった。

 

 そう思った瞬間、肩から不死鳥が飛び去った。

 流石に巨大な蛇の王相手じゃ、鳥が逃げるのも仕方ない……なんて事を考えてしまったけど、それは全くの間違いだった。

 

 すぐさま鳥と蛇の激しい叫び声が響いたからだ。

 逃げるどころか、率先して戦いに行ったんだ。なんて心強い……でもバジリスクの目を見たら……

 

 そんな考えさえ、一瞬でひっくり返された。

 

「馬鹿なっ!? 何故バジリスクの目を見ても死なない!? ……っ、そうか! 不死鳥だからかっ!」

 

 心強いなんてもんじゃない。

 不死鳥は名前の通り、あの目でも即死しないんだ。全く無効化してしまうんだ。

 なんてこった……とんでもない味方が増えたもんだ。

 

 見えないけど、リドルが不死鳥へいくつも呪文を放っているのが分かる。

 どうする……この隙に動くか? でも……

 

 そうして僕が悩んでいる間にも戦況は動き、バジリスクの一際大きな叫びが響いた。

 

「目をっ!? おのれ……クソ鳥がぁ!!」

 

 どうやらバジリスクの目を潰したらしい。僕達が出るまでも無く殆ど勝ってしまっている。

 不死鳥ってそんなに強いの……?

 

 ともかく、あの目の脅威が無くなったなら僕達だって動こう!

 僕は目を開けて状況を確認して、左右に別れた2人と目配せをする。

 

「クソックソッ、クソッ!! もういいっ! 終わらせてやる!!」

 

 もうリドルも滅茶苦茶だった。

 さっきまでの余裕ぶった態度なんて一切が消えて、ただ喚き散らしている。

 これだけ冷静さを欠いてるなら、僕達3人でならきっと――

 

 

「いや、終わりじゃよ。トム」

 

 あぁ……これ、僕達はもう出る幕は無いや。

 

 

 そんな声がしたかと思うと、バジリスクは光の鎖で雁字搦めに縛られ柱に繋がれた。

 戦っていた不死鳥はそれを見て離れていく。

 

「良い仕事をしたのう、フォークス。全く賢い奴め……まさか先んじて戦っておるとは」

 

 ゆっくりと、それでいて威厳溢れる校長が背後の暗闇の中から現れた。

 

 どうやらダンブルドアの指示じゃなく、あの不死鳥自身の判断で来たらしい。

 不死鳥ってそんなに頭良いの……?

 

「いやはや、慌てずにフォークスと共に行けばもっと早かったんじゃな……忘れておったとは我ながら情けない」

 

 ダンブルドアは肩へ止まった不死鳥を見て、笑いながらそう言った。

 

「君達の様に勇気の溢れる生徒を持って、わしは誇りに思うぞ。よう立ち向かった、天晴じゃ」

 

「ですが同時に無謀でもあります。私は何度も言いましたね? 自分達だけで解決するな、大人を頼れ、と」

 

 むず痒くなる様な言葉を贈られたかと思うと、今度はマクゴナガル先生が現れ、グサリと心に刺さる言葉をくれた。

 先生はそのままおもむろに杖を振るい、そこらに転がる小石が見る見る大きくなり……2メートル程の石像が5体、バジリスクに向かった。

 

 光の鎖で縛られたバジリスクは更に石像にガッシリと掴み抑え込まれ、全く動けなくなった。

 なんとか藻掻いているものの、こちらを向いた頭は見るも無残。目を潰され血を流し、ただ叫ぶばかりだ。

 

「そこの3人には、愚か過ぎて最早掛ける言葉も無い……が、それは貴様も同じ事だったな。若きヴォルデモート卿よ」

 

 今度はなんとリドルの背後にスネイプが現れた。何処からどうやって……

 そしてリドルが杖を振るうよりも早く、赤い閃光を放ち杖を弾き飛ばす。

 

 そのまま彼はアリスとジニーに触れ……何か黒い霧の様な物に包まれ暗闇へと搔き消えた。

 

「さて……この状況でどうするかね?」

 

 かと思えば、気づいたらダンブルドア達に並んでスネイプが立っていた。

 アリスとジニーも足元に居る。なんかもう、形勢逆転とかいう話じゃない。

 

「フフハハハハハッ、さぁ観念したまえ継承者! 勝ち目はありませんぞ!」

 

 ん? え?

 なんかロックハートが出てきたぞ。なんで居るんだコイツ……

 出てきたなら何かしろよ……いややっぱり何もしないでくれ。

 

 

「何故……一体どうしてこんな……ふざけるな……ふざけるなぁっ!!」

 

 リドルはもう絶望したかの様に、ヨロヨロと後退って叫んだ。

 いやまぁ……叫びたくもなるか。バジリスクの目を潰され、拘束され、自分は杖も奪われた。一瞬で全部終わったもの。

 

 左右に別れていたロンとハーマイオニーも状況を見て戻ってきた。

 その表情はなんというか……呆けた様に気が抜けてしまっていた。多分僕も同じ様な顔をしているだろう。

 

「だがまだだっ! ジニー・ウィーズリーはまだ僕と繋がっている! 彼女を死なせたくなければ――」

 

「分かっておるよ。この日記が君の本体じゃろう?」

 

「――!?」

 

 抗おうとするリドルの言葉を遮り、ダンブルドアはジニーの懐から日記を取り出した。

 それを見て彼はもう絶望どころじゃなく、言葉を失った。

 

 あれが本体……つまり、あの日記を破くとかすれば倒せる?

 相変わらず、どこまでお見通しなんだろう……

 

「これを破壊するにしても、手段の限られた今はちょいと危険じゃからの……まずはバジリスクじゃな。トムは大人しくしておれ」

 

 ダンブルドアはそう言って杖を振り、リドルを泡か何かに包み捕らえた。

 これでもう、アイツは抵抗も出来ない……って事か。

 

「ハリー。その帽子を良く見なさい」

 

 バジリスクを倒しに行くのかと思いきや、今度は僕を見て促した。

 帽子……そういえばあったな。怒涛の展開過ぎて忘れてた。

 

 言われた通りに帽子をよくよく見てみれば、中に何かがあった。

 ルビーか何か、赤い宝石が嵌った銀色の……何だろう。

 

 ダンブルドアが言ってるのはこれの事だ。

 そう思ってその銀色を掴んで取り出す。

 予想以上に大きく重い……これは……

 

「グリフィンドールの剣。真のグリフィンドール生にしか引き抜けぬ、創始者の遺産じゃ」

 

 素晴らしい程に綺麗な、眩い銀の剣だった。

 そうか……さっきはこれで戦えと、不死鳥が運んできたのか。

 どうやって……? 剣なんかまともに使える訳無いじゃないか。

 

 しげしげと剣を見つめると、名前が刻まれているのが分かった。

 ゴドリック・グリフィンドール。創始者の遺産。真のグリフィンドール生にしか……

 そうか……そうか。

 

「さぁ、ハリー。勇気を示した君こそ、あの毒蛇の王を討つのじゃ」

 

「僕が……」

 

 剣を持って呆ける僕を、ダンブルドアは更に促す。

 僕がこの剣で、あのバジリスクを……

 

「千年もの長きに渡り秘密の部屋に囚われ続けた哀れな王を、終わらせてやるのじゃ。スリザリンとグリフィンドール……因果な物よ」

 

 手負いで拘束された蛇をこの手で殺す。それに何も思わない訳じゃない。

 躊躇う僕の背をダンブルドアは優しく押した。

 

 終わらせてあげる……そうだよね。バジリスクは千年間、マグル生まれを殺す為だけに部屋に閉じ込められていた。

 千年。長過ぎて理解さえ出来ない時間を……ただひたすら。

 

 覚悟を決めて歩いていくと、バジリスクの声が聞こえた。

 きっと僕にしか聞こえていないであろう声。

 

 命乞いをするでもなく、ただ恨み言を叫んでいる。

 見逃せば間違い無く、手当たり次第に命を奪うだろう。

 可哀想に感じる必要は無い。コイツは始末しなきゃいけない怪物だ。

 

 だけど……それでも。

 何も言わずに殺すなんて、僕には出来ない。

 もし戦う中で殺したなら、必死な中だったら、声が聞こえなければ、きっとこんな風に感じる事も無かっただろう。

 これがエゴってやつなのかな。

 

『ごめんね……おやすみ』

 

 そう伝えて、僕は目の前の頭へと、剣を突き出した。

 

 だって剣なんて使える気がしないから……斬るなんて難しそうだったから。

 そんな僕でも確実に貫けるだろうって……

 

 それは逆に苦しめるだけだったかもしれない。

 バジリスクは悲鳴を上げ、一際激しく暴れ始めた。

 

 堪らず僕は剣から手を放した。

 

「チッ……離れろポッター。情けを掛けるからこうなるのだ」

 

 そこへスネイプが近づいてくる。

 物凄く不満そうだ……仕方無いじゃないか……

 

「戦いとは非情な物。甘い考えでいては身を滅ぼすだけだと学びたまえ――セクタム・センプラ」

 

 確かに、拘束されていなければ暴れた時に僕はやられてただろう。

 そのままスネイプは杖を振るい……バジリスクの首が両断され、ゆっくりと地面に落ちていった。

 凄い……たった一振りで……これなら最初から……

 

 あぁ……そうか。多分、これもダンブルドアの試練だったんだ。

 人間じゃなく蛇相手だろうとも、命を奪うという事がどういう事か理解させる為の……

 

 クィレルを殺してしまったかもしれないと悩んでいた僕に、ちゃんと理解させる為に。

 厳しいなぁ……でも、分かったよ。受け入れて、背負うしかないんだ。それが命なんだ。

 

 

「バジリスクの牙……非常に興味深い物であるが、今はまず事件を終わらせねばなるまい」

 

 沈み込む僕を無視したスネイプはそう言って、落ちたバジリスクの頭から牙を折り取った。

 え、牙で何を……?

 

「さぁ、トム。お主も終わらせてやろう……もう眠りなさい」

 

「ふざけるなっ、ヤメロォ!!」

 

 一連を眺めていたダンブルドアはリドルに向き直り、なんだか悲しそうな目をして言った。

 片やリドルは暴れまわっている。ただし彼を包む泡みたいなのは微動だにしない。

 

「ふむ……こっちは寝たフリを続ける馬鹿にやらせるとしようか」

 

 戻ったスネイプが呆れた様に呟いた。

 え、寝たフリって……まさか。

 

「……バレてた」

 

「とっくに分かっておりますとも」

 

 案の定、アリスが苦笑いをして体を起こした。

 マクゴナガル先生も溜息を吐いて……あ、そうか。倒れたアリスを見ても全く取り乱してなかったのはそういう……

 

 全くアリスは……いつから起きてたんだ。

 多分、彼女の事だから途中から寝たフリをしてリドルの隙を伺ってたんだろう。

 そこを先生達があっという間に制圧しちゃったから、起きるタイミングが無かったのかもしれない。

 

 それに、体を起こしたっていってもかなり辛そうだ。

 立ち上がるまでは出来てないし、表情も厳しい。

 

「まぁいいや……やらせて。私とジニーに……」

 

 そんな彼女はあっさりと牙と日記を受け取った。

 そのままズリズリと這って、ジニーの傍に寄る。

 

「ジニー……これで終わるよ。今までよく耐えたね……すぐに助けられなくてごめんね……」

 

 彼女の手を取って、牙を持つ手に重ねる。

 散々操られたジニーと、散々甚振られたアリス。その2人の手が日記へ振り翳され――

 

「待てっ! ヤメッ――」

 

 貫いた。

 

 途端にインクが激流の様に吹き出し、リドル自身にも穴が穿たれた。

 恐ろしい、耳を劈く様な悲鳴が長々と響いた。

 身を捩り、悶え、苦しんでのたうち回る。

 

 そうして……彼は消えた。

 霧の様に、後には何も残らなかった。

 

 

 事件はこれで全て終わった。

 覚悟だけはしたものの……結局何をする事も出来ずに。

 あっけなく、あっという間に。




ハリー達による戦闘回にはなりませんでした。最早ただの説明回。
ヤバイ人達が大急ぎで駆け付けちゃったので仕方ない。

でも秘密の部屋編……というか2年生編はまだ続きます。
なんせまだ12月に入ってないですからね。
のんびりもたもた事件を解決させず、2年生編を分けてしまう。という展開にする為にこの書き直しになりました。



それにしても、フォークスはダンブルドアが指示したから現れたのかどうなのか……実際の所はどうなんでしょうか。

原作では、ダンブルドアへの真の信頼を示す事でフォークスが呼び寄せられた……と言っていましたが、それ以上の具体的な事は語られていません。
彼の指示だとかそういう話は一切ありません。勿論、帽子を持ってきた理由も謎です。
そういう描写や設定を見逃していたらすみません。

多分……フォークスが忠誠を誓うダンブルドア、を深く信頼する奴が危ないっぽいから助けてやろう。みたいな感じだったのでしょう。
それはそれで何処からどうやって状況を理解したのかと気になる所ですが。

帽子に関しては……本当にサッパリ分かりません。
状況を見て、コイツ剣抜けそうやん、持ってったろ。みたいな感じだったのか……?

こういう状況があったらこうしてくれ、とかダンブルドアが言いつけていたという可能性もありますね。
まぁ、言ってしまえばご都合なんでしょう。

ともかくここではフォークスの判断で助けに来た、という形にしました。
なんせダンブルドアが家族として愛する主人公が居ますからね。そりゃ助けに来る。
……もっと早く来い? むしろ最初の襲撃で来い?
それはそう。まさにご都合。


ちなみに不死鳥の歌声の力を深堀りすると……
心正しき者には勇気を与え、悪しき者の心には恐怖を与える。
と言う事らしいです。
リドルが一気に冷静じゃなくなった理由に、それも少し影響している……というつもりです。
原作でも、少なくともハリーは昂っていますからね。



追記
やらかしました!
スネイプの登場シーン、何故彼は姿現しを使ってるんでしょうか。
ホグワーツ内は使用不可ですし、だからこそ大急ぎでも多少時間が掛かったという設定なのに。やっちゃいましたね。

なのでとりあえず、彼とヴォルデモートくらいしか使えないとか言われてる「箒無しで空を飛ぶ魔法」で滅茶苦茶頑張って子供2人を連れて素早く移動した、に変更します。
頑張れスネイプ。君なら出来る。

見た目は映画版の逃走シーンを参照に、黒い霧(闇?)を纏う形で。
幽かな明かりしかない暗闇の中を動いた、且つリドルは冷静な状態じゃなかったから気づけなかった。
という事にしましょう。

ちなみに修正案の1つで、秘密の部屋があんまりにも地下深くてホグワーツの外になってた……があります。
流石に無理がありそうだし、後に響きそうなので止めました。
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