ハリー・ポッターと予言の少女   作:桜寝子

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第48話 吸魂鬼

 案の定と言うか、私達はルーピン先生が眠るコンパートメントに入る事になった。

 ジニーは別行動……全く、こういう所から距離を詰めなきゃ駄目でしょうが。

 

 ルーピン先生については、新しい闇の魔術に対する防衛術の教授だろうという予想をするだけで終わった。

 寝ている所を観察するのもあまり良くはないだろう。

 しかしどうしてここに居るのかな。教授だったらとっくに学校で準備をしてなきゃ不味いと思うんだけど……

 

 まぁでも、この後あるであろう吸魂鬼の襲撃を考えたら居てくれるのは嬉しい。

 私だって守護霊を扱えるとは言え、アレと対面した事は無いんだから。

 

 勿論この襲撃の可能性はお爺様達にも伝えてある。

 私が乗り合わせる事にした理由の1つだし、更にお爺様達も万が一に備えておくと言っていた。 

 もしかしたらルーピン先生も原作からズレて、その辺りの指示で乗ってるのかもしれない……かな?

 

 

 ともかく。話は変わって、席に座ったハリーが真面目な表情で切り出したのはやはりシリウスの事だった。

 

「シリウス・ブラックが脱獄したのはあなたを狙うためですって? あぁ……本当に、本当に気を付けなきゃよハリー」

 

「いつもトラブルの方から飛び込んでくるけど……今回ばかりは下手な事出来ないぜ」

 

 ハーマイオニーとロンは深刻に受け止めたようだ。

 大量殺人を犯した狂った死食い人で、マグル社会でさえ指名手配されて追われている。そんな情報だけは広まってるから当たり前の反応だろう。

 

 私としては下手に話を広げられないので黙っていた。

 というか、寝てるとは言えルーピン先生の前で彼を犯罪者として糾弾する様な事は言いたくなかった。

 なんなら皆には本当にそれが真実なのかと疑問を投げ掛けるくらいはしたかった。

 

 だけどそれも出来ない。そこに居るペティグリューに警戒させてしまっては台無しだ。

 

「ねぇ、ハリーのトランク。何の音?」

 

 だから話を逸らす様にトランクを指差した。

 事実微かな笛の音が漏れ聞こえている。

 

 言われて彼はトランクの中から、ガラス製のコマみたいな物を引っ張り出した。

 ピーピーうるさい音の正体はコイツだ。

 

「それ、スニーコスコープ?」

 

 興味深そうにハーマイオニーが覗き込む。

 マグルで言う所の防犯装置……どうしてこんな形なんだろうか。

 

「うん。ハリーの誕生日プレゼントに買っておいたんだ。渡せてよかった……けど、しょっちゅう反応してるから壊れてるかも」

 

 答えたのは苦い顔をしたロン。

 ハリーへの誕生日プレゼントは昨日の買い出しの後に揃って渡している。

 ロンはエジプトで先んじて買っていたそうだけど、その間頻繁に反応していたそうだ。

 多分傍に居る鼠のおっさんの所為だろう。

 

「とりあえずトランクに戻して。先生が起きちゃうよ」

 

 まぁそれはそれとして、普通にうるさいからさっさと戻してもらおう。

 どうやって止めるんだコレ。

 

 ハリーは言われた通り、靴下に包んでトランクの奥底に押し込んで閉めた。

 うん、耳を澄ませても聞こえない。

 

「ホグズミードでそれを確認してもらえるかも。魔法の道具とか色々売ってる店があるって、フレッドとジョージが教えてくれた」

 

「あー、あるね」

 

 不良品をプレゼントしたかもしれない、というのが気になってるんだろう。

 ロンは申し訳なさそうにそう言った。

 

 あの店の事かな。ダービシュ・アンド・バングズ……私も度々覗いてた。

 

「良いよな、アリスは。いくらでもホグズミードで遊べるんだから」

 

 同意する私を見て彼は不貞腐れた様に呟いた。

 まぁ……なんも言えん。大半の生徒からすれば3年生からやっと行ける村だもんね。 

 

「僕、ハニーデュークスの店に行ってみたいんだ」

 

「最高だったわ」

 

「……そうか、君も去年行ってたんだったな。羨ましいこったよ」

 

 それでも切り替えて期待に顔を綻ばせたものの、今度はハーマイオニーの言葉でまたしても不貞腐れた。

 うん、彼女は去年そりゃあもう楽しんでたからね。今年1年分は楽しんだんじゃなかろうか。

 

「今年は皆で行ける訳だし、素敵な探検になるわよ!」

 

 そんなロンを慰める様に彼女はご機嫌に言った。

 皆とわいわい楽しめる事を信じて疑ってない……けど、悲しい事に――

 

「……僕は行けないけどね」

 

「どういうこと?」

 

 ハリーの酷く沈んだ声で真顔に変わった。

 

「許可証にサインを貰えなかったんだ」

 

 サインを貰う為に必死だったけど、結局おばさんを膨らませちゃって、そのまま家を飛び出して来た。

 こればかりは仕方ない。未来を知っていようと、彼の家庭の事情に首を突っ込む事は出来ないんだ。

 

「そんな……そりゃないぜ。マクゴナガル先生か誰かが許可してくれたり……」

 

「無理かなぁ……そういう規則には厳しいから」

 

 まるで自分の事の様に悲し気な表情でロンが言う。

 でもお母さんはそんな例外な許可はしない……筈だ。

 

「じゃあ、フレッドとジョージに聞けばいい。城から抜け出す道をいくらでも知ってるから――」

 

「ブラックの事があるわ。許可されてるならともかく、こっそり抜け出すなんて駄目よ」

 

 否定されてすぐに別の案を出すも、それもまたハーマイオニーに咎められた。

 

「うん、それがあるからどうせ城から出るなんて無理だったと思うよ」

 

 なんならそれはハリー自身も考えてたんだろう。

 シリウスに狙われているなら、警戒の為にホグワーツから出すなんてしない……と。

 

「でも……そう、僕らが一緒ならブラックだって――」

 

「馬鹿な事言わないで。あんなとんでもない人が私達程度に尻込みすると思うの?」

 

「そりゃあ、うん。そうだよな……」

 

 それでもロンはめげずに再三口を開くが、現実的じゃないと悟ってしょんぼりと息を吐いた。

 友達想いな彼の事だ、本気でどうにか解決出来ればと必死なんだろう。

 

 どれも決して良い案とは言えないけど、その気持ちだけは素晴らしいと思う。

 私は……どうだろう。仕方ない事としてキッパリ割り切ってるような……友人として、本当にそれで良いの?

 見ないフリをしたばかりのモヤモヤがすぐさま湧き上がってきて、私はまた何も言えず黙っている事しか出来なかった。

 

「あっ、ソイツを出すな!」

 

 そしてロンの大声でハッと意識を戻した。

 どうやらハーマイオニーが沈んだ空気を変えようとクルックシャンクスを籠から出したらしい。

 

 だけど出た勢いのままロンの方に飛び掛かり膝に着地、胸ポケットに居るであろう鼠を狙おうと――

 

「やめろ、どけよ!」

 

「はいはい落ち着いて」

 

 咄嗟に払い除けようと腕を振るうロンより先に、私はクルックシャンクスをひょいと抱いて離れた。

 おーよしよし……あ、こら暴れるな。

 

「クルックシャンクス、お願い。今は我慢して、ね?」

 

 抱きかかえた大きなふわふわに顔を埋めつつ、優しく語り掛ける。

 まだ少し唸ってるけど、腕から抜け出そうとはしないから大丈夫……かな?

 

 うん、よし。じゃあハーマイオニーに預けて……その前に深呼吸。切り替えて少しでもモヤモヤを晴らそう。

 すーはーすーはー……猫は吸うもの……むはー……

 

 

「おやおや誰かと思えば。ポッティーのイカレポンチとウィーゼルのコソコソ君じゃあないか」

 

 と、そこでいきなり扉が開いて小生意気な声が掛けられた。

 誰かと思えば、なんてこっちのセリフだ。全く、猫吸いの邪魔をするなマルフォイ。

 

 きっとわざわざ汽車の中を探して歩いたんだろう。早々にちょっかいを出したいが為に。

 なんとなく可愛気を感じなくもないけど……だからって険悪な空気はお断りだ。

 

「君の父親がこの夏やっと小金を手にしたって聞い――」

 

「やっほーマルフォイ。元気だね」

 

 なので1歩進み出て立ち塞がる様にしつつ言葉を遮ってやった。

 ついでに挨拶。クルックシャンクスの手を持ってフリフリ。

 どうだ可愛かろう。撫でさせてはやらんけどな。

 

「――お前はなんかもう本当になんなんだ」

 

 遮られた事に怒るでもなく、思いっきり呆れられた。

 凄い馬鹿にされてる気がするけど、それでも出鼻を挫く事は出来た。

 まぁ、これなら喧嘩にもならないだろう。

 

「ていうかソイツは誰だ?」

 

「新しい先生だよ」

 

 勢いを削がれた彼は眠るルーピン先生を見て顎をしゃくった。

 そりゃ気になるわな、生徒の移動の為の汽車に大人が乗ってるなんて。

 私が答えてあげると彼は目を細めた。

 

「ふぅん――おい、行くぞ」

 

 そしてつまらなさそうにクラッブとゴイルを連れて早々に立ち去った。

 マルフォイを見て臨戦態勢に入っていたハリーとロンはポカンと眺めている。

 

「なんだアイツ」

 

「先生の前でちょっかいは出せなかったんでしょ」

 

 困惑した様に呟くロンに、私は笑って言った。

 根っこは気の弱いマルフォイだ、眠ってるとは言え先生の前じゃ大人しくするしかないんだろう。

 

「なんにせよ、お陰でのんびり行けそうだ」

 

 理由はともかく余計な揉め事が無くて安堵したらしいハリーは席に深く座り直した。

 本当に、このままのんびり行ければ良いんだけど……

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか外は激しい雨になっていた。

 空もとっくに暗くなって、汽車の中は点々とランプが灯っている。

 走行の揺れに合わせて強風が吹きつけ唸る中でも、ルーピン先生は相変わらずぐっすりだ。

 

「もう着く頃かな?」

 

 そして汽車の速度が落ち始め、ロンは窓の外を覗き込む。

 

「え……まだの筈よ」

 

「じゃあなんで止まるんだ?」

 

「さぁ……?」

 

 それを見てハーマイオニーは時計を指し示した。到着にしては少し早い。

 明確な答えを出せる訳も無く、皆は揃って首を捻る。

 

 その間にも汽車はどんどん速度を落とす。

 走行音が小さくなり、代わりに雨と風の音が大きくなっていく。

 

「皆不思議がってるよ」

 

 扉に一番近かったハリーがコンパートメントから顔を覗かせて言った。

 何処も同じ様に顔を出して辺りを見回しているようだ。

 

 私はそんな中、1人集中していた。

 やっぱり避けられはしないか……だけど万が一は起こさせない。

 ヤツを前にして守護霊をちゃんと扱えるのかは分からないし、少しずつ緊張と恐怖が湧いてくる。

 それでもやるしかない。

 

 

 遂に汽車がガクンと止まった。

 そして一斉にランプが消え、辺りは真っ暗闇に染まった。

 来る……落ち着け、冷静な心を保つんだ。

 

「一体何が起きたんだ?」

 

「痛っ、ロン踏まないで!」

 

「故障かな」

 

 ロンが立ち上がって扉の前に居るハリーに近づく。

 ついでにハーマイオニーの足を踏んでいった。

 

「ねぇ、何がどうなったか分かる? アイタッ、ごめんね」

 

「やぁネビル。誰も分からないよ……とりあえず座って」

 

 扉が開いてネビルが入って来た。同時に転んだらしい。

 それを助け起こしハリーは席に促した。

 そしてクルックシャンクスが大きく鳴き、ネビルの悲鳴が上がった。

 どうやら尻に敷こうとしてやられたようだ。

 

「私、運転手の所に行って聞いてくるわ――「きゃあ!」」

 

 次はハーマイオニーが外へ出ようとして、丁度扉を開けた誰かとぶつかった。

 お互いに悲鳴を上げてもつれたけど、転ぶまではいかなかったようだ。

 

「ジニー? もう、なんで皆ここに来るのよ……入って」

 

 それはそう。なんでわざわざ暗い中を歩いてここに集まって来るんだか。

 ハーマイオニーが困った様に言いながらジニーを中へ入れた。

 

「ちょっ、ここは僕が居るからっ」

 

「あっ……」

 

 でもって席に座ろうとしたものの、どうやらハリーの上に座ってしまったらしい。

 慌てた彼の声と、恥ずかしそうなジニーの声がする。

 さっきは距離を詰めればなんて思ったけど、なにもそんな物理的に……ていうかラブコメすんな。

 

「アイタッ」

 

 そして何処かでネビルが転んだ。

 君は座ったんじゃなかったのか……?

 

「君達、なんで明かりを付けないのさ。ほら」

 

 その皆のドタバタにいい加減呆れた私はそう言ってルーモスを唱えた。

 面白い空気に流されない様に集中してたのに、もう。

 

「静かに」

 

 そこで突然しわがれた声が響いた。

 ルーピン先生がやっと起きたらしい。寝起きでも状況は把握してるみたいだ。

 

「それは止めた方が良い。非常事態に杖灯りを使うと、他の事に杖を使えないからね」

 

「……なるほど」

 

 そして杖を掲げる私の手を押さえた。

 言われてみれば確かにそうだ。

 

 照らしてる間はそれしか出来ないし、他の呪文を使えば光は消える。それは結局、咄嗟の攻撃や防御を暗闇の中でする事になる。

 だから杖は構えるだけで明かりは他で代用する、と。流石の戦争経験者だな……実戦的だ。

 戦う為の鍛錬はともかく、そういう戦うより前の立ち回りは教わってない。早速勉強になった。

 

 納得だし理解は出来たから言われた通りに杖灯りは消した。

 けど……あの……その左手に乗ってる明かり代わりの火はなんですか……?

 杖無し無言で使ってるから何の呪文かさえ分からん。

 

「皆、動かないで」

 

 先生は鋭い眼を扉に向けて、さっきと同じく静かな声を響かせた。

 皆は大人しく言われた通りにピタリと止まる。息まで止めてるんじゃないかというくらいだ。

 明らかな実力者の雰囲気に押されたんだろう。

 

 

 そうして彼が扉の方へ掌の炎を掲げる様に突き出すと同時に……黒く暗い、大きな影が現れた。

 周囲が薄く凍りだす。もう誰も、動きたくても動けなかった。声さえ出せない。

 

 天井まで届きそうな真っ黒な影は、これまた黒いローブやフードで隠れている。

 チラチラと覗く肌はボロボロで灰色にヌメっていて、まるで腐敗した死体の様だ。

 

 そうしてソレはガラガラと音を立てて、ゆっくりと長く息を吸い込む。

 周囲から、空気以外の何かを吸い込む様に。

 より強烈な冷気が襲ってきた。やはり誰も悲鳴さえ上げられない。

 

 呼吸も覚束ないまま、寒気と恐怖が体の奥底に潜り込んでいく。

 そうして、何処か下へ下へと引き摺り込まれる様な感覚に落ちていく。

 

 隣でハリーが倒れ込み、床で痙攣している。

 助けたいのに身体が動かない。

 

 

 これが吸魂鬼。こんなのに立ち向かうなんて……

 唯一の対抗手段である守護霊は幸福な感情が必要だ。

 これを前にしてそんな感情を保つ? そもそもそれを吸われていく様な感覚だと言うのに……

 無理……いや駄目だ、冷静になれ。立ち向かうしかないんだ!

 

「シリウス・ブラックをマントに匿っている者は居ない。去れ」

 

 先生は杖を構えてそう声を張った。

 本当に凄い……全く怯んでない。私だって……!

 

「エクス――」

 

「エクスペクト・パトローナム!」

 

 依然として去ろうとしないヤツに先生が杖を向ける。

 そして先生が呪文を唱えるよりも先に、私が唱えた。

 白銀に光る不死鳥が飛び立ち、弾かれた様に吸魂鬼が離れていく。

 

 最初から来ると分かっていて構えていたのに、唱えるまでこれだけ時間が掛かった。

 情けない。悔しい。むしろどうして先んじて守護霊を出しておかなかったのか……馬鹿。

 

「君は――」

 

 酷く驚いた様に先生が見てくる。

 どうやら私についての詳細はお爺様達から伝わってないみたいだ。

 

「「「ハリー!」」」

 

 恐怖から解放された事で、皆は一斉に動き出した。

 助け起こされたハリーはかろうじて意識がある。良かった……

 

「大丈夫かい?」

 

 心配そうに恐々とロンが訊ねる。

 

「あぁ……何が起こったの? アイツは何処に……誰が叫んだの?」

 

「誰も叫んでなんかないよ」

 

 冷や汗を流し頭を押さえるハリーの質問で、本当に大丈夫なのかとロンは余計に心配そうにしている。

 そう、誰1人として叫ぶどころか声も出せなかったんだ。

 

「でも僕、叫び声を聞いたんだ……」

 

 自分しか声を聞いていないと知って、ハリーは不安そうだ。

 なんなら自分だけが倒れた事も不安の1つだろうし、恥ずかしさも見え隠れしている。

 

 そこへバキッという音が響いて、皆はビクリと驚いた。

 ルーピン先生が大きな板チョコを割ったものだ。何そのでっかいチョコ。

 

「さぁ。食べるといい、気分が良くなる」

 

 先生は割ったチョコを配っていく。

 一番大きな欠片はハリーに渡された。

 

「アレは何だったんですか?」

 

「吸魂鬼だ。アズカバンの看守の1人さ」

 

 チョコを受け取りながらハリーは先生に訊ねた。

 あの看守達が学校の周囲に大量に配備される事になる。今年も気の休まらない日々になるだろう。

 

「私は運転手と話してくるよ」

 

「あ、私も!」

 

「アリス? ちょっと――」

 

 一通りチョコが行き渡ると、先生は歩き出した。

 とりあえず私も同行しようかな。

 後ろからハーマイオニーの引き留める声が聞こえたけど、手を振って私は先生を追った。

 

 あんまり大勢に心配されてもハリーだって嫌だろう。

 先生とも話しておきたかったし。

 

「良いのかい? というか付いて来る必要は――」

 

「必要は無いかもしれないけど、一応他の吸魂鬼も追い払った方が良いかなって」

 

 追いつくと先生は不思議そうにした。

 ひとまず返事を返しつつ、私はもう一度守護霊を出した。

 さっきみたいに馬鹿正直に待ち構えるなんてしない。今度は汽車の外……辺りをぐるりと飛ばして守る様に。これでもう近づいてこないだろう。

 

「……君がダンブルドア校長の養子だっていう、アリスだね」

 

「はい」

 

 それを見て先生は真面目な表情で私に向き直った。

 やっぱりあんまり情報を伝えられてないのか。精々が見た目くらいかな。

 

「数年前から噂にはなってたけど、まさか校長先生に養子が居るだなんて思いもしなかった」

 

 私が入学して3年目になる。とっくに存在は広まってるから知ってはいたらしい。

 

「それもこんなに優秀だなんて。流石としか言えないね」

 

「えへへ……」

 

 そして柔らかく微笑み、改めて歩き出した。

 この一連の流れで私がどれくらいの実力なのかは多少分かってくれたみたいだ。

 

「新入生なのに守護霊を扱えるなんてとんでもない事だよ」

 

 そんなに褒めてもらうとむず痒い……ん?

 今なんつった?

 

「…………3年生なんですけど」

 

「えっ……イタタッ、ごめん」

 

 ムカついたので脇腹を抓ってあげた。

 誰が新入生だ! ていうか驚くな!

 知ってたんじゃないのかよ……ていうかお爺様達め、私が何年生なのかすら伝えてないのか。全く。

 

「まぁ、それはともかく……君はもう少し警戒心を持った方が良い。初対面の大人の男に対して距離が近過ぎる」

 

 誤魔化す様に笑いながら先生は1歩先へ離れ、そしてまた真面目な表情でそう言った。

 あ、なんか今壁を作られたぞ。男がどうとかじゃないな……自分に近づき過ぎるなっていう拒絶だ。

 その理由はきっとアレだろう。

 

 せっかくだし色々と話してみよう。

 まだ汽車の中は真っ暗で、生徒達も各々コンパートメントの中で大人しくしてる。

 念の為に防音呪文を使っておけば内緒話にはうってつけだ。

 

 という訳でこっそり無言で呪文を唱え、私達の周囲に音が届かない様にした。

 

「男は皆、狼だから?」

 

「……そうとも。君みたいな子が無防備に近付いちゃ駄目だ」

 

 まず冗談の様に笑って言うと、先生はピクリと反応した。

 これはちょっと意地悪だったかもしれない、ごめんなさい。

 

 それはともかく、初対面で距離が近過ぎたのは事実だね。

 先生がどういう人なのか知っているから、ついつい信頼してしまってる。

 それを無防備と思われたんだろう。

 

「でも先生は優しい狼……でしょ?」

 

「――知っていたのかい? いや、聞かされていたのか」

 

 あからさまに狼という言葉を繰り返せば察せるのも当然だ。

 先生は目を見開いて驚いた。お爺様が教えたとでも思ったんだろう。

 

「しかしそれなら尚更だ。私にあまり近づいたり、信頼をしてはいけない」

 

 狼人間と知っていて近づく人は……きっと殆ど居ないんだろうな。

 どちらにせよ、自分から壁を作って他人とあまり関わらない様にしてしまうのが狼人間の特徴の1つかもしれない。

 

 線を引いて踏み込ませない。それは仕方の無い事だ、それだけ大きく重い物なんだから。

 でも私はそこへ踏み込もう。

 

「大丈夫ですよ。そんな壁を作らないでください……私なら大丈夫です。いつかの誰か達みたいに」

 

「っ……まさか君は……いや、それよりも何故……」

 

 動物もどきである私は、シリウス達の様に変身した先生を恐れなくて良い。

 それを言外に伝えると先生はまたまた驚愕した。

 

 私が動物もどきである事よりも、友人達が動物もどきとして寄り添ってくれていたと知られている事。

 そっちの方が驚いただろう。あれは彼にとって最大の秘密だからね。

 

「私の変身は秘密です。誰にも言わないで……」

 

 ちょっと芝居掛かった様に、シーっと人差し指を口元へ。

 本当に秘密だからね。登録されてない事なんて簡単に想像が付くだろう。

 

「何故それを私に?」

 

「勝手にあなたの事を知っているから、私も最大の秘密の1つを明かすんです。それなら信頼してもらえるかなって」

 

「何が何だか分からない……結局どうしたいんだい?」

 

 次から次に色々と語られて先生は混乱しているらしい。

 警戒では無く、純粋に困惑している感じだ。

 そろそろもう1歩踏み込もうかな。

 

「真実を探しましょう。あの日あの夜、裏切ったのは誰なのか。シリウス・ブラックが追っているのは誰なのか」

 

「……馬鹿な、そんな事が」

 

 私の真剣な言葉で、先生は思わず歩きを止めた。

 真実を探すという事は、今ある情報は疑わしいという事。

 彼が無実なら裏切ったのは、追っているのは、一体誰なのか。

 

 それは先生からすれば予想が出来てしまう事だ。

 信じられない、だけどそれなら……と表情が揺れ動いている。 

 

「詳しくはまた……お爺様達と話しましょう」

 

 今はこれ以上深くは話せないだろう。時間が足りない。

 そう考えて私は微笑んで踵を返した。

 

 もう運転席はすぐそこだし、そっちの話には私が交ざる意味は無い。

 戻った方が良いだろう。

 

「――これは波乱な1年になりそうだ」

 

 溜息を吐きながらのそんなセリフを背に、私はコンパートメントの方へ歩き出した。

 

 

 なんとなく流れで色々明かしちゃったけど、後悔は無い。

 思わず動いて話した……という事は私はこうしたかったんだ。

 ルーピン先生とも情報を共有して動く。それで良い。

 

 ていうかなんか、私すっごいミステリアスなヒロイン的ムーブじゃないこれ?

 悪くないかもしれないな……今年はこれで行くか。すぐに飽きそうだけど。

 

 そんなよく分からない事を考えながら、私は扉を開けて――

 

「あれっ!? あ、ごめんなさい!」

 

 部屋を間違えた。

 

 待って私が居たコンパートメントって何処……?

 え、迷った……? 嘘でしょ……直線で?

 ちょっ……無い無い、それは無い。流石に恥ずかしい。

 

 車両の何番目の扉だっけ? ていうかさっき歩いて、いくつ車両を跨いだっけ……?

 やばい、話しながらだったから全然覚えてない……

 

「ねぇー! 私の部屋何処ー!?」

 

 結局、皆の所に戻れたのは車内が明るくなったどころか走り出した後だった。

 もう到着だよ……





【かくれん防止器】
スニーコスコープ。ガラス製のコマの様な形をした探知機の一種。
近くの不審な人物や行動を探知し、回転しながら点灯しつつ笛の様な音を出す。
ロンがハリーにプレゼントしたのはポケット・スニーコスコープで、携帯かくれん防止器になる。

ロン曰く、家の中でも反応しまくっていたから壊れているかもしれない。
実際はペティグリューが居たから反応していた……が、実は双子の悪戯もしっかり探知していたので、もう何に反応していたのか訳分からん状態だった。
ちなみにビルはこれの反応をスルーした結果カブトムシを食わされたとか。

便利に感じるが、隠れている時には不用意に置くべきではない。
不審な人物が近づいた時に反応すると、音等で逆に場所を明かしてしまう事になる。
キッチリ防音の呪文を周囲に掛けなければならないだろう。

マグルの防犯装置はイモビラスで止める事が出来るが、こちらは不可能。
というか止める方法は謎。不審な物が離れない限りはうるさい音が続くのかもしれない。



【マフリアート「Muffliato」】
術者の周辺に正体不明の雑音を聞かせ、盗み聞きを防ぐ。防音と言っていいのかは分からないが、とりあえずそういう目的に使われる。
スネイプが作ったにもかかわらず番外作品で普通に授業内容にあった。もう気にしない事にしよう。
単純に音を消すのではなくわざわざ雑音を聞かせる辺り、やはり性格が悪い。

ちなみに障壁を張って防御且つ音を消す呪文もある。
なんならカーベ・イニミカムなら姿も音も匂いも消す事が出来る。
まぁそれらよりよっぽど使いやすい難易度なのかもしれないが。



【第一次魔法戦争】
1970~1981年に起きた、苛烈極まる戦争。
世界中を巡り一層深く闇の魔術にどっぷり浸かり、ヴォルデモート卿として台頭したリドルが巻き起こした。
魔法界が追放や差別の対象にしてきた存在につけ込み味方とし、思想に同調する者や信奉者を死食い人とし、魔法界を支配し最終的にはマグルをも支配しようとした。

合わせて不死鳥の騎士団が結成され、戦争は主にこの2つが争う形となっていた。
魔法省は一応騎士団側ではあるものの、協力体制があった訳ではなさそうだ。

作中でもあまり詳しく語られないが、一体どれだけ酷い戦いだったのかというと……

クラウチSrの私情混じりとは言え、闇祓いに「死食い人には警告無しで許されざる呪文を放って良い」という許可が出た。
裁判無しに吸魂鬼に引き渡す事もあり、無実でも監禁される人々が居た。
と聞くと味方側なのに酷いもんだと思ってしまうが、敵側はそれ以上にとにかく酷かった。

そこら中で残虐行為が蔓延り、少しでも反発しようものなら敵と見なされ弄び殺される。マグルやマグル生まれは最初から標的。
一族の大量処刑をされた家も少なくないし、言葉にするのも胸糞悪い様な行為もあった。
名前を呼ばれる事での逆探知がどうとか言う話以前に、単純に話題に出す事さえあまりにも恐ろしいと誰もが思った。

とは言え戦争開始当初からこんなにも苛烈だった訳ではなく、特に激しい頃の事だろうけれど。
他にも、明日死ぬかもしれないという恐怖で誰もがやりたい事を優先した……とか。
アーサーとモリーの結婚もそういった理由で急いだらしい。彼らより後(激化している頃)なのでジェームズとリリーも同じだったのかもしれない。イギリス魔法界全体で駆け落ちが多かったそうだ。


そして戦争中でもホグワーツは通常通り運営されており、ジェームズ達世代が入学したのは1971年。
死食い人を多く出し、思想に同調する者が多いスリザリンの風当りは最悪。その上で闇の魔術に酷く傾倒していた誰かさんは冗談抜きでヤバかったのである。
まぁ彼に限った話でもないが、犯罪者予備軍とか言うレベルじゃない。

そうして順当に死食い人になっていたスネイプが予言を盗み聞きして伝えた事で、ポッター家襲撃へと繋がる。
この時、秘密の守り手をシリウスではなくペティグリューが担った理由はいくつかある。

その1つが、シリウスはルーピンをスパイと疑っていたという物。当時ルーピンは頻繁に敵の狼人間達の下に潜入していたから、だとか。
しかしルーピンもまたシリウスをスパイと疑っていた。こちらは詳細不明だが、ブラック家の繋がり等だろうか。
騎士団の誰かが裏切っている、というのはダンブルドアも察していたそうなので、それらしい状況だったようだ。

親友同士でさえも疑い合う程に戦争が激化していたのだろう。誰もが冷静では居られず、誰が敵なのかも分からない。
なにせ騎士団は戦力差20対1と言われる程の圧倒的な苦戦の中でも最前線で戦い続けており、その犠牲者はとてつもない数となっていた。
騎士団以外、魔法省の関係者や一般人、マグルの犠牲も含めると最早想像も出来ない。

言ってしまえば、負けを悟る者も居ただろう。
そうして我が身可愛さに裏切っていたのが、よりにもよって秘密を託したペティグリューだった。
何故そんな中で彼だけは大丈夫と信じてしまったのかは謎であるが、決してシリウスの独断ではない。あくまで発案。
秘密を託す以上当たり前だが、ジェームズ(恐らくリリーも)との作戦だった。

自分で伝えた予言の所為でリリーが殺されると察したスネイプがダンブルドアに懇願したものの、結局はその裏切りによって死亡した。
が、同時に愛の護りがハリーに与えられた事でヴォルデモートは敗れ戦争の終結となる。
地獄の様な時代故に、それを終わらせたハリーはまさしく英雄であった。

その後も死食い人の暴走で大変な事にはなっていたが、これが第一次魔法戦争の簡単なお話である。
騎士団の解散もされたが、ダンブルドアとスネイプだけはヴォルデモートの復活を見据えていた。

そして1996年、神秘部の戦いを経て第二次魔法戦争が始まる。
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