汽車を降りたら次は馬車に乗って学校へ向かう事になる。
私とハリーとロンにとっては初体験だ。
多分100台くらいはあるだろう馬車はどれも勝手に動いている。
魔法……ではない。セストラルが引いてる筈だけど、私には見えない。
彼らは死を見た上で受け入れた者にしか見えないそうだ。
生まれ変わる前はカウントされないのかな……いや、どっちにしろ直接死を見た事は無いか。中々厳しい条件だ。
残念ながらその移動は快適とは言い難かった。
酷い天気なのもあるけど、所々に警戒中の吸魂鬼が見える所為だ。
ハリーは目を閉じてジッとしていたし、ロンもハーマイオニーも不安そうにしていた。
ようやく馬車が止まると、生徒達はゾロゾロと降りて歩き始める。
「ポッター、吸魂鬼を見てぶっ倒れたんだって?」
そしてまたしても小生意気な声が掛けられた。
城への石段を遮る様に私達の前に立ったマルフォイはもう凄く嬉しそう。
表情がランランと輝いてるくらいだ。そんなに絡みたいんだね……
「失せろ、マルフォイ」
言われたハリーじゃなくロンが先にキレた。
歯を食いしばって、今にも喧嘩を始めそう。
友達想いなのは良いけど、そんなに熱くなったらマルフォイを喜ばせるばかりだよ。
「どうしたんだい?」
そんな険悪な空気を感じ取ったのか、後ろからルーピン先生が近づいて来た。
叱るでもなく、刺激しない様に落ち着かせる様に、穏やかな声だ。
「いいえ、何も。えーと……先生?」
マルフォイはジロジロと嫌な目で先生を眺めた。
寝ているのをチラッと見ただけのさっきとは違う。その声や継ぎ接ぎだらけのローブ、ボロボロの鞄に草臥れた様な容姿から、どんな人なのかを判断したんだろう。
返した言葉には皮肉が込められ、明らかに馬鹿にした様な物だった。
それでも一応は先生だから、と今度も早々に去ろうとする。
なんかムカつくから教えといてやろう。
「マルフォイ」
「――チッ、なんだ」
踵を返したマルフォイの背中をチョンチョンと突いて呼び止めると、やたら嫌そうな顔で振り向かれた。
「どう考えたかは知らないけど、甘く見ない方が良いと思うよ。この人、戦争経験者だから。しかも最前線の」
「……そうかい。知ったこっちゃないね」
私がそう伝えると一瞬驚いたものの、すぐに取り繕ってサッサカ歩いて行った。
親が死食い人なら、戦争最前線で戦っていたという事がどういう事なのかは多少なりとも理解出来る筈だ。
「人を見た目で判断しちゃ駄目なんだからねー!」
追加で背中に声を投げ掛けてから皆の方に視線を戻すと、先生が気まずそうに顔を逸らしていた。
うん、見た目で判断しちゃ駄目なんですよ、先生。
「先生ってそんな経歴の人だったんですか?」
「あぁ……だけどその話はまた今度にしよう」
興味を持ったらしいハーマイオニーの質問をサラリと受け流して、先生は一足先に石段を登っていった。
あー……あんまり勝手に言っていい話じゃなかったかもしれない。ごめんなさい。
そのまま私達は進んで大広間へと到着。
天井は外と同じく、どんよりとした雲で埋まって暗い。雨が降らないだけマシではあるけど……
どうせ魔法で変えてるんだから、せめて気持ちいい天気にしてくれたら良いのに。
「ポッター、グレンジャー、少しよろしいですか?」
中に入った所でお母さんが声を掛けてきた。
途端にハリーはビクリと硬直して不安な表情に変わった。
何もやってない筈なのに怒られるとでも思ったんだろうか……
「そんなに心配そうな顔をしなくても大丈夫ですよ。ちょっと話があるだけです。アリス、ウィーズリー、あなた達は先に行きなさい」
という訳で、2人を見送って私達は席の方へ向かう事にした。
ハリーは吸魂鬼の被害について、ハーマイオニーは逆転時計についての話だろう。
詳しくは後で聞かせてもらおう。
そうして彼らが戻って来たのは、組み分けが終わってお爺様が挨拶をしようというタイミングだった。
思ったより時間掛かったな……私と同じくロンも気になって聞いてみたそうにしているけど、今は話せない。
「入学おめでとう! 早速じゃが、皆にいくつかお知らせがある。深刻な話じゃから、皆がご馳走でボーッとなる前に片付けてしまおう」
壇上に上がったお爺様は真面目な表情で切り出した。
「もう皆も知っておるじゃろうが……アズカバンの吸魂鬼を受け入れ、学校の周囲を固める事になった。ハッキリ言っておこう……今年は誰も、許可無しに学校を離れてはならんぞ。彼らは悪戯や変装に引っ掛かってはくれぬ。透明マントでさえ無駄じゃ」
事の重大さから生徒がザワザワと騒ぐ……なんて事は無かった。
あまりにもお爺様が真剣に語るもんだから、誰も何も言えないのだ。
最後に付け足す様に伝えられた透明マントという言葉を聞いて、ハリーとロンは顔を見合わせていた。
「言い訳やお願いも聞いては貰えん。良いか、彼らが皆に危害を加える様な口実を与えてはならん。決していざこざを起こさぬよう気を付けるのじゃ」
お爺様がこれだけ言う程に、本当に冗談抜きで危険な存在だ。
流石のホグワーツ生でも今年ばかりは大人しくせざるを得ないだろう。
「では、深刻な話は終わりじゃ」
そこまで話して、お爺様はフワリと笑って1つ手を叩いた。
「新任の先生を2人、お迎えする事になった。まずルーピン先生……『闇の魔術に対する防衛術』を引き受けてくださった」
流れで紹介されたルーピン先生が立ち上がり、パラパラとあまり気の無い拍手が起きた。
まぁ……失礼を承知で言葉を選ばずに言うなら『みすぼらしい』恰好だからね。
だけど知識や実力はかなりの物。生徒達は早々にそれを理解する事になるだろう。
「そして『魔法生物飼育学』を担当していたケトルバーン先生は前年度をもって退職なさった。手足が1本でも残ってる内に余生を楽しみたいとの事じゃ。その後任として――」
ケトルバーン先生についてはあまり知らない。知らないけどどういう人なのかはこの言葉だけで分かるな……うん。
その後任とどっちがマシなのやら。
「皆もご存じ、ルビウス・ハグリッドが森番に加えて教鞭をとってくださる事になった」
さっきと違ってちゃんと拍手が響いた。特にグリフィンドールからは喝采だ。
やっぱり人柄は好かれてるんだよなぁ……人柄は。
本人はそんな歓迎の拍手で泣きそうになっている。
「そうだったのね」
「とんだサプライズだな」
「あんな噛みつく本を教科書に指定するなんてハグリッドくらいだ」
知っていた私はともかく、皆は顔を見合わせて笑顔になった。
若干信頼がズレてる気がするけど。
それでも私達は最後の最後まで拍手を続けた。あぁ……ハグリッド泣いちゃった……
「さぁ、今度こそは話は終わった――宴じゃ!」
拍手が鳴り止み、賑わった流れのままお爺様が宣言。
そうして一斉にテーブルにご馳走が現れた。
後はもう騒がしいまでの食事の時間となる。
うん……新学期だなぁ……
まだ3年目だと言うのに、なんだか無性にしみじみとしてしまった。
よし、今年も頑張ろう!
「そういえば2人の話はなんだったんだ?」
そんな楽しい食事が進む中、ロンが改めて訊ねた。
「僕は吸魂鬼についてだったよ。別にどうって事無い」
聞かれてハリーは、まるで強がるみたいにキッパリと言い切った。
「私は今年の選択授業についてね。全部受けるつもりだったけど、改めて先生と話したの――いくつかは止めておこうって」
「え」
そしてハーマイオニーの答えで私は思わず声を漏らし硬直した。
原作と変わって改めて話すと以前言っていたから、全く予想しなかった訳じゃない。
でもなんだかんだ彼女ならそのままやるのかなって……
マジかぁ……逆転時計無し……? え、マジ?
「全部受けるとなると時間割が被っちゃって、それをなんとかする方法が凄く大変みたいで……」
「そりゃ大変だろうよ。全部受けるって時点でね」
「うん、身体的にも精神的にも辛い物になるだろうって真剣に言われちゃって。念入りに確認されてちょっと怖じ気付いちゃったわ。私、甘く考えてたんだなって」
ロンの揶揄いを軽く受け流して、彼女はしょんぼりと言った。
やっぱりお母さんの考え方が変わってたんだな。
背中を押すでもなく、逆に止めるでもなく。真剣に向き合って考えさせたんだ。
それは良いけど、時計が無いのは割と困る。
原作は逆行する事を前提に話が進んでたんだぞ……
あー……なんか早速胃が痛くなってきた気がする。
「そんな事より、アリスが汽車で使った魔法の方が私は気になってて……どうしたの?」
「……なんでもない」
思わず胃を押さえる様にすると、心配そうに声を掛けられた。
ぶっちゃけ時計無しでも無理な事は無いけど、ちゃんと考えて動かなきゃ駄目だ。
やり直しはきかない……いや、それが普通なんだ。逆行出来る方がおかしい。
そうさ、別に問題は無いんだ……イタタ……
*
「なんか皆一気に変わったよねー」
翌朝、支度を済ませながら部屋の皆とおしゃべり。
憎たらしい事に3年生は誰も彼も目に見えて変わってしまったのだ。
この同部屋のパーバティとラベンダーだって大人っぽくなった。
すっごい置いて行かれた感……
特にパーバティは別格だ。流石、誰か曰く「学年一の美人姉妹」の1人……既に上級生に並ぶ程の色気がある。
これ誰が言ったんだっけ。まぁいいや、原作ではそうだったとしても今は私が学年一……うん、虚しいから止めよう。
「そりゃもう3年生だもの」
「そうそう、そういうお年頃よ」
そんな2人は当然の様に返した。隣ではハーマイオニーも頷いてる。
私も3年生の筈なんですけどね……
「ちょっとずつ大人になってくんだよ。誰かさん以外は」
そしてラベンダーは私を見てニヤリとした。
こんにゃろー……
「じゃあ大人になってきたラベンダーには大人な下着をあげよう」
「いらなーい」
冗談めかして私が荷物を漁るフリをすると彼女はケラケラと笑った。
私にはわざわざクリスマスに送ってきた癖に……
「はー……私もなんかイメチェンしよっかな。髪とか切ってみたり」
それはともかくとして。そんな皆の中で私だけ変化無しはつまらない。
大胆な変化じゃなくとも、何かしらほしいもんだ。
「それは駄目よ。せっかく綺麗な髪なんだから」
私が髪をバサバサと弄んでいるとハーマイオニーが何故か止めてきた。
駄目と言われても……私の髪ですけど。ていうか魔法で戻せるし気軽なもんだよ。
まぁ綺麗と素直に褒めてもらえたのは嬉しいから、このままで良いか。
「じゃあパッドでも入れるか……」
他に思いついたのは胸を盛る事。
私は自他共に認める美少女……の筈だけど、周りが成長してきた今ではシンプルに色気が足りない。
「笑っていい話?」
「そうしてほしい話」
ちっこい胸を揉んで言ってみると、ラベンダーに微妙な表情で確認を取られた。
冗談として受け取ってもらわないと悲しいよ。大して真面目な話じゃないんだから。
でもイメチェンしたいってのは真面目な話だ。
アクセサリーとかは好みじゃないし、あとはもう服装を弄るくらいしか……
「あ、そうだ。スカート短くしよう」
うん、そうしよう。年頃の女の子っぽい上に手軽だ。上級生はいくらかそういう風にしてるし。
という事で、言うが早いか私は立ち上がってスカートを折り込んでいく。
「いやいやいや、それは短過ぎ。見えちゃうわよ」
「ていうかちょっと見えてるよ」
でもってやり過ぎて怒られた。
流石にパンツを見せびらかす趣味は無い。戻そう。
「……これくらいかな?」
「あ、良い良い。流石にそんな動くと見えるけど、とりあえず良いよ。上級生っぽい」
膝上何センチかは分からないけど、そこそこ短くそれでいて不安にはならない程度の長さ。
なんとなくクルリと回って見せるとパーバティからお墨付きを頂いた。
見えちゃ駄目なんだけど……本当に良い感じなのか? もうちょっと戻そう。
「私も真似しよーっと」
どうやらこれはラベンダーも気に入った様で、早速自分のスカートを折り込み始めた。
その隣でパーバティも同様にいそいそとスカートを弄っている。
君達まで短くしたら私の印象が薄れちゃうじゃないか。
まぁ私だけミニスカってのもそれはそれで恥ずかしいから良いけどさ。
「え、え? じゃあ私も……」
そんな私達を見てハーマイオニーが若干慌てた。
おぉ……君まで真似するのか。これが女子の流行……ミニスカハーマイオニーとは良い物が見れた。
「ついでにちょっと着崩したり……」
せっかくだからシャツの方も弄ってみよう。
弄るというか、裾を出したりボタンを開けたりという程度だけども。
「すっごいイメージ変わるよ。良い感じ」
今度はラベンダーからお墨付きが。
私が思った以上にイメチェンになったみたいだ。
ちょっと鏡で見てみるか。
「おー……めっちゃギャル」
姿見に映る私はまさにギャル……歳的にはコギャル?
だらしなく見えるのになんだかお洒落に見えなくもない。
この時代なら日本に沢山居るだろう。
ただ……服装はその通りだけど着てる私が如何せん子供なので背伸びしてる感が凄い。
いや、日本の感覚だからそう思うだけだろう。多分。
「ぎゃる……? てのはよく分からないけど……まぁイメチェンにはなったわね」
ハーマイオニーから見ても悪くはなさそうだ。
「でもアリスだとこの短さは危ういよね」
満足してる所にラベンダーが真面目な表情で私のスカートを摘んで言った。
危ういってなんだ、そんなに私は無防備か……いや無防備なんだろうな。
でも流石に男子の前くらいはちゃんと意識出来てる……筈。
「短パン穿けば?」
「それは邪道だよ」
パーバティの助言はキッパリ拒否させてもらった。
スカートの下はパンツ、これで良い。これが良い。
チラッとめくれて見えたのが短パンだったらつまんないでしょうが。
いや見せる気は無いけど。なんだろうな、この元男の感覚が混ざった変な価値観は。
「意味が分からないわ」
ハーマイオニーは本気で困惑していた。
多分男なら分かると思うよ。
「アリスが良いなら良いけど……とりあえず気を付けなさいねー」
「分かってるって。よし、じゃあ朝食に行こっか」
のんびりしてたお陰でもう時間だ。
さぁさぁ、今日から本格的に新学期……気分を入れ替えて行きましょうかね。
大広間に着くと、丁度ハリーとロンがマルフォイ達とやり合う所だった。
どうやらマルフォイの気絶する物真似でスリザリンは大盛り上がりらしい。
ハリーはギリギリ気を失う寸前で済んでたのに……くだらない事をする奴だ。
自分だけが叫び声を聞いて倒れた事を気にしてるハリーからすれば相当ムカついてるだろう。
「ほらポッター! 吸魂鬼が来るわよ! うぅぅぅぅ~~」
なんなら馬鹿にするのはマルフォイだけじゃない。
パグ犬の様な顔をした女子――パンジー・パーキンソンは甲高い声で唸った。
あぁ、凄くムカつく。考えてみれば原作から変わって、1年目も2年目もこういう事は無かった。しょうもない喧嘩だけだった。
私は大人のつもりではあるけど、友達をとことん馬鹿にされ笑い物にされ黙っている程良い子じゃない。
「なにそれ。犬の真似? 顔だけにしといたら?」
「なっ……」
引き留めるハーマイオニーを無視して、私はズンズンと近づいて言った。
ハリーとロンが吹き出し、パンジーは顔を真っ赤にして怒りを向けてきた。
「ぶっ飛ばすわよアンタ! ちょっと可愛いからって調子に乗って!」
「ちょっとじゃないし」
「あーっ! ムカつく! なんなのアンタ!? なんかちっこい癖に色気づいじゃってるしさぁ!」
「おっと」
ギャーギャー騒いだ挙句、私の短くなったスカートに気付いて捲ろうとまでしてきた。
ふふん、そんなの簡単に躱せるぞ。私は何故かスカートの被害が多くて慣れ始めてるからな。
「やめとけ、ソイツをまともに相手すると疲れるぞ」
そして不思議な事にマルフォイが冷静になって止める立場に変わっていた。私の評価って……
「はぁ……いちいち反応するだけ無駄だって言ったのに。こんなくだらない事してたら自分まで同じになるわよ」
遅れてハーマイオニーも盛大に溜息を吐きながら参戦してきた。
それをこの場で言っちゃったら結局同じだってばよ。
「アンタもアンタでムカつくのよ。いきなり入ってきて良い子ちゃん振ってんじゃないわよ。ちょーっと可愛いからって調子に――」
「か、可愛いなんてそんな……」
ほれ見ろパンジーが余計に怒って……罵倒のバリエーション少ないな君。
ていうかそこじゃないから。それ私がさっきやったから。ハーマイオニーもなんかズレてる気がするな……
「褒めてねーわ! グリフィンドールって本当に馬鹿ね!」
遂に彼女は地団駄を踏み始めた。うん、グリフィンドールは真面目に馬鹿だとは思うよ。
しかし怒ってるのに面白い子だな……本気で怒ってるのか、いまいち分からん。
「こっちもスカート短くしちゃって……そんなに男に媚びたいなら手伝ってやるわよ!」
「きゃぁあっ!?」
「「おぉ……」」
そしてパンジーは信じられない行動に出た。なんとハーマイオニーのスカートを捲り上げたのだ。
さっき私に躱されたからって……なんて事を。
私でさえそんな事出来ないぞ。そこに痺れる憧れる訳は無いけど……うん、可愛いパンツだ。
数人の男子達も静かに歓声を上げた。むしろ隣からも聞こえた。
ハリーとロンはもう喧嘩の事を忘れたかもしれない。
「なっ……あ……」
こんな恥ずかしい経験は初めてだったんだろう。
ハーマイオニーは全く反応出来ていなかったし、捲られた後も真っ赤な顔で硬直している。
なんて初々しい。友達を辱められた怒りが無い訳じゃないけど、それ以上に何と言うか……
「ナイス」
「なんでアンタが喜んでんのよ!?」
とりあえずパンジーの肩を叩いてウインク、ついでにサムズアップしておいた。
「あーもう、本当になんなの!?」
「だから言っただろう。まともに相手をするなって」
どうやら彼女は本気で怒りたいのに調子を崩されて訳が分からなくなってるらしい。
スリザリンの貴族らしく優位に立って馬鹿にするばかりで、やり返される経験が無いからだろう。
そしてマルフォイは完全に傍観者の立ち位置に収まり、パンジーを宥め始めた。
君は君でどうした。そんなに私とやり合うのが嫌か。
「ていうか、それを言いに私は来たのよ! まともに相手なんか……って、なんで逆転してるわけ!?」
ハーマイオニーが復活した。未だに顔は真っ赤だけど……
自分が来た本来の目的を思い出し、そのセリフを取られた事に憤慨している。
「皆初日から元気だねぇ……」
私はなんだかしみじみとしてしまった。
あのハーマイオニーでさえ一緒になってギャーギャー騒ぐなんて。
最初こそ腹を立てて乗り込んだけど、結局はこんなふわふわしたやり取りだ。
険悪な空気はすっかり消えている。
うん……青春だ。こんなもんならいくらでもやっていいかもね。
「大概アリスの所為じゃないか?」
違うと思う。
「……なんかもう僕もどうでも良くなってきた」
揶揄われていたハリーもこんな事を言ってるし、ロンもすっかり落ち着いてるし、もう充分だろう。
「んじゃあグダグダになった所でお開きだね。ばいばーい」
「覚えてなさいよ、このツルペタドチビ!」
ぷんぷんしているハーマイオニーの腕を引いて、私はハリーとロンを連れてその場を離れていく。
背を向けて手をヒラヒラと振ってやると、後ろからパンジーの悔しそうな声が届いた。
少ない語彙から絞り出した純粋な罵倒が、地味に一番刺さった。
「ミネルバ……アリスが不良になってしもうた……あんな恰好で……」
「年頃の女の子ですから。あまり気にしない方がよろしいですよ。あれ以上崩すようなら叱りますが」
歩き始めた所で、丁度大広間に入って来たらしいお爺様達のそんな会話が聞こえた。
あぶねー……ギリギリお母さんが許してくれる範囲だった……
【セストラル】
骨に黒い皮が張り付いた様な体、爬虫類の様な顔、蝙蝠の様な翼を持つ馬。
ついでに鋭い牙や並外れた嗅覚も備えているし、力持ちでもある。
色々な所で飼われているが、結構珍しい生物という扱い。
死を目にした上で理解し受け入れた者にしか彼らの姿は見えない。
そんな条件や見た目も不気味だが、血の匂いに誘われるので余計に気味悪がられているらしい。
しかし非常に賢く忠実で能力も高い為、飼い慣らされたセストラルはとても有用。
飛ぶ事も出来るので特に馬車等の移動に使われる。
その飛行速度はとんでもなく速く、時速240キロというファイアボルトに乗っていたハリーでさえ「こんなに速く飛ぶ事は今まで無かった」と評する程。
もっとも、ただでさえ乗り辛いので見えない者が乗るとなると恐怖でしかないだろう。
セストラルに乗って移動する際は、彼ら自身が目的地を知らずとも問題は無いそうだ。
乗り手が向かいたい場所を理解しそこへ正確に飛んでくれるとか。梟が手紙を届けるのと同じと言われている。
ちなみにセストラルの尾の毛は、あのニワトコの杖の芯材に使われている。
それだけ強力という事でもあるが、扱うには「死と向き合う」という条件がある。
つまり、誰よりも死を恐れ遠ざけていたヴォルデモートは、根本的にニワトコの杖を扱う素質が無かったのである。
まぁそれが直接勝利に繋がった訳ではないようだが。
【逆転時計】
タイムターナー。小さな砂時計の様な道具で、ペンダントの様に身に付ける事が出来る。
砂時計を回した分だけ過去に遡るが、1度に5時間までと制限されている。
それ以上は所謂タイムパラドクスによって取り返しの付かない破滅的な異常を引き起こす可能性があるらしい。別に1時間でもあり得そうだけど……
使うには魔法省の特別な許可が必要で、ハーマイオニーは成績を認められ授業の為と言う事で許可されていた。
時計は全て魔法省が管理している。しかし神秘部の戦いで棚が倒れた際に時計が回り、全ての在庫が倒れては元に戻るという無限ループになってしまい使用不可になった。
その後アンブリッジのやらかしで全て完全に破壊された。
子世代を描いた呪いの子は逆転時計が物語の軸になっている。
時間の制限を取っ払った真の逆転時計が新しく作られ、とんでもない事件へ発展した。
当たり前と言えば当たり前だが、どれだけ逆行しようと使用者の肉体の時間だけは進んでいく筈である。
そう考えると、もしハーマイオニーが1年間逆行を繰り返していた場合、彼女の肉体年齢はどうなっていたのか。
合計時間分だけ肉体の時間が進む=それだけ早く成人する事になる。つまり未成年の匂いが早期に解除される事になり、物語は大きく変わるかもしれない。
そんな捻くれた事を考えずとも、そもそも逆行が可能なら物語をぶっ壊す事なんていくらでも出来てしまうだろう。
そういった事情からか、原作者も色々と思う所が多いらしい。
だからこそ作中で逆転時計は全て破壊する流れになったとかなんとか。
アズカバンのストーリーでは、元から改変される前提の歴史だった。
しかし呪いの子では時間軸が分かれた。
時間に関する物語では必ず語られるパラドクスや理論をここに書くのは難しいので割愛。
ちなみに上記に上げた説から、主人公に時計を使わせ続けて早期に匂いを解除させる案があったがボツにした。