ハリー・ポッターと予言の少女   作:桜寝子

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第56話 嵐の試合

「気の毒じゃが、皆は今夜ここに泊まる事になる。教師全員で城を隈無く捜索せねばならん」

 

 シリウスがグリフィンドール寮に侵入しようとした。

 という事で生徒は全員、大広間に集められた。

 

 残念ながら『太った婦人』は怯えて何処かに行ってしまったそうだ。

 とは言え忠告しておいた通り、切り刻んだりはしていない。ただ恫喝しただけだと思う。

 それでも怖いもんは怖いだろうけども、原作より遥かにマシだ。

 

「皆の安全の為じゃ。監督生は入口の見張りに、首席の2人にはここの指揮を任せよう。何か不審な事があれば、ゴーストを伝令に使い直ちに知らせるように」

 

 さて……事情を知るのはお爺様とお母さん、スネイプ、ルーピン先生だけ。

 他の教師や生徒達の手前、キッチリ警戒と捜索をしなければならない。

 無駄に夜遅くまで動き回るであろうお爺様達には悪いけど、私は寝させてもらおう。

 

「ぐっすりおやすみ」

 

 その寝る為の寝袋をお爺様が魔法で全員分を出した。上品な紫色をした、ふかふかの寝袋だ。

 ややあって皆はそれを各々手に持ち、友達同士で好きな所に集まっていく。

 私はハリー達と一緒になって壁際の方へ向かった。

 

 寝袋だとは言え、男女で一緒にという事に誰も何も思わないらしい。

 まぁ私も別に気にはならないけども。

 

 そして皆はそのまま大人しく眠る……訳が無い、

 ただでさえやんちゃなホグワーツ生だ。教師への信頼もある。

 非常事態だからこそ、非日常だからこそ、子供は元気なのだ。

 いくら指名手配中の犯罪者が侵入したからって、怖がって大人しくしたりはしない。

 

「さぁさぁ、お喋りは止めたまえ! 消灯まであと10分! 寝袋に入るんだ!」

 

 ザワザワとそこら中で好き勝手に話している生徒達。

 対し監督生と首席は真面目に言われた仕事に取り掛かった。

 特に張り切りまくったパーシーはよく目立つ。

 

「ねぇ、ブラックはまだこの城の中に居ると思う?」

 

「先生達はそう思ってるみたいだな」

 

 頑張るパーシーには悪いけど、私達も同じく普通に話していた。

 誰に聞くでもなくハーマイオニーが言うとロンが答えた。

 

 うん、居るというかむしろずっと居たよ。

 今だって豪華な部屋でのんびり寛いでるよ。きっと。

 

「来たのが今夜でラッキーだったわね。パーティーで寮には誰も居なかったんですもの」

 

「逃亡中で時間の感覚が無くなったんだろ。じゃなきゃこの大広間を襲撃してたぜ」

 

 シリウスとしては誰も居ないからこそ動けたんだろうけどね。原作は知らんけど。

 さっきのも合わせて、流石の彼女でもそんな事は想像も出来ないだろう。

 

 2人の会話に交ざらないハリーは深刻な顔をしてる。

 自分を狙ってると聞いている以上、当たり前の反応だ。

 

 黙って寝ろという指示を完全に無視してる生徒達も似た様な話をしている。

 一体どうやって……姿現しだ……変装してた……飛んできた。そんな声が沢山聞こえてくる。

 

「まったく。私以外に『ホグワーツの歴史』を読もうと思った事がある人は居ないの?」

 

「居ないだろ」

 

 それらを聞いてハーマイオニーは溜息を吐いた。ロンはそんな彼女を鼻で笑った。

 でも去年の秘密の部屋事件で生徒達は挙ってあの本を借りた筈……まともに読んでないって事か。まぁ私も読んでないけど。

 

「この城はありとあらゆる呪文が掛けられてるのよ。ここでは姿現しは出来ないわ。それに、周囲は空も含めて吸魂鬼が見張ってる。秘密の抜け道だってフィルチが全部知ってる筈よ」

 

 周りにも聞こえる様に、ハーマイオニーは少し声を上げて説明した。

 胸を張って若干のドヤ顔。可愛い。

 

「まるで侵入する側みたいだね。下調べはバッチリだ」

 

「もう。冗談言ってる場合じゃないわよ」

 

 何も言わないでいるのもアレなのでとりあえず揶揄ってみた。怒られた。

 

「そんなのはシリウスだって知り尽くしてるよ。だから私達には思いもよらない手段を使ったんだろうね。考えるだけ無駄だよ」

 

 なんにせよそれはかつて生徒だったシリウスだって分かってる。

 なんなら抜け道に関してはフィルチ以上だ。

 

 ここで話していてもどうしようもないし、いい加減監督生と首席が可哀想になってきたので話を切り上げてあげよう。

 

「お喋りは止め! 消灯するぞ!」

 

 ほらほら、パーシーが怒鳴り散らしてる。

 彼の声を背に、私はハリー達を促して寝袋に潜り込んだ。

 

 そうして少しずつ声は消えていき、大広間は暗闇に包まれた。 

 数分も経てば皆は眠りに就こうとし、微かな囁き声や風の音だけとなった。

 

「こういう時にオナラとかしたら面白いよね」

 

「止めなさい」

 

 しかし非日常の気分はしっかりと私にもあったようだ。

 今更になって大勢で眠る中でのお約束を思い出して呟くと、隣のハーマイオニーに軽く叩かれ注意された。

 冗談だよ。したと思われるのは流石に恥ずかしいからフリでも出来ない。

 

 

 

 

「――セブルス、ご苦労じゃった。まぁ、ブラックがのんびり残って居る筈も無いのう」

 

 どうやら環境が違う所為か寝付きが悪かったらしい。

 お爺様達の会話でぼんやりと目が覚めた。

 

「奴がどうやって侵入したのか……思い当たる事は?」

 

「色々とあるが、どれもこれもありえん話じゃ」

 

 随分と演技に力を入れてるな。

 こんな深夜に誰が聞いてるかも分からないのに、わざわざそれっぽい会話をするとは。

 

 いや、隣のハーマイオニーは起きてるね。寝たフリが下手だなぁ……

 

「……やはり内部の者の手引きがあったのでは?」

 

「わしはそうは考えておらん。さぁ、わしは吸魂鬼に捜索終了と伝えて来るとしよう」

 

 はーい、手引きしたのは私でーす。

 しかし吸魂鬼とどうやって会話するんだろう。

 なんにせよ眠いのに気が散るから、はよ行って……

 

「一体なんの事だろう……」

 

「さぁ……」

 

 お爺様達の足音が遠ざかると、ロンとハリーの囁きが聞こえた。

 君達も起きてるんかい。

 

 まぁいいや、おやすみ……

 

 

 

 

 

 

 それから数日、学校内はシリウスの話題が尽きなかった。

 誰も彼も好き放題に思いつくまま憶測を語るもんだから、尾鰭が付きまくって話の内容はもうぐちゃぐちゃだ。

 何かに変身してるんだ、なんて言ってる人も居て少しギクッとした。偶然だけど良い勘してるよ君。誰だか知らんけど。

 

 幸いと言っていいのか『太った婦人』は早々に復帰してくれた。

 いや、1日だけあの『カドガン卿』に替わってしまったけれど……皆から不満が噴出した事で、怯えつつも渋々戻ってくれた形だ。

 だってあの人、誰彼構わずに決闘を申し込むし、とことん複雑な合言葉にするし、しかもそれを1日の中で2回も変えたんだから。

 

 他、特に気にする様な事と言えば……仕方ない事だけどハリーが窮屈な思いをしている事か。

 シリウスがホグワーツ内まで来たとなれば、ハリーを警護しない訳にはいかない。

 大半の大人達は彼の狙いがハリーだと思い込んでいるのだから。

 

 教師だけならまだしも、モリーさんに言われたのかパーシーまでピッタリくっ付いてるのが一番キツイだろう。

 誰が言ったか、ふんぞり返った番犬。ハリーのストレスが心配になる。

 

 放課後のクィディッチ練習さえ安全ではないと問題になってしまったけど……

 そこはお母さんがどうにかこうにかしてくれて、マダム・フーチが付き添うだけで済んだ。

 お陰で練習はあまり変わらず取り組めた。

 

 

 そしてとある日。

 

「遅れてすみません、ウッドに捕まって――」

 

「10分遅刻だ、ポッター。グリフィンドール10点減点……座りたまえ」

 

 闇の魔術に対する防衛術の授業はスネイプが代理として来ていた。

 理由は勿論、ルーピン先生の事情によるもの。

 もう新学期が始まって数ヶ月……今回は偶々、私達の授業だっただけだ。

 

 ともかく、不幸にも今日に限って遅刻してしまったハリーは早速減点を食らった。

 

「ルーピン先生は?」

 

「座れと言った筈だが」

 

「どうなさったんですか?」

 

 無駄に頑ななハリーは言う事を聞きそうにない。

 一瞬でスネイプの不機嫌顔が深まった。

 

「……体調不良だ。命に別状など無い。これ以上吾輩に『座れ』と言わせれば50点減点とする」

 

 簡単な説明を渋々し、口調を強めに警告し、そうしてようやくハリーは席に着いた。

 

「さて。ポッターが邪魔をする前に話そうとしていた事だが……今日の授業は人狼である」

 

 ギロリと生徒を見回してスネイプは話を再開。授業内容は案の定だ。

 むー……あれだけやり取りして、協力体制まで築いて、それでもこうなるのか。なんでよ。

 

「先生、まだ人狼の予定じゃありません。今日の授業はヒンキーパンクで――」

 

「グレンジャー、君は教師ではない。そして今回は吾輩の授業だ。394ページを開きたまえ」

 

 元々予定していた内容を無視するスネイプへ、ハーマイオニーが堪らず口を開いた。

 けどまぁ、そんな言葉を聞いてくれる訳も無く。

 皆はブツブツと文句を言いながら、嫌そうにゆっくりと教科書を開いた。

 

「何か文句がお有りか?」

 

「いや……なんでそんな不機嫌なのかなーって……」

 

 私だけ教科書を開かず不思議そうに見ていたのを気付かれ睨まれる。

 この際だから聞いてみようか。

 

「厄介事を任され尻拭いまでさせられ、不愉快と思わん者が居るとでも? 無駄口を叩く暇があるならさっさと教科書を開きたまえ。グリフィンドール更に5点減点」

 

 どうやら藪蛇だったようだ。無駄に減点されてしまった。

 でも理由は分かった。脱狼薬という難しい調合を続けさせられ、授業の代理まで任されてイライラが爆発してるらしい。

 だからってわざわざ……全く。シリウス相手よりはマシとは言え、やっぱり根深いんだな。

 

 とりあえず、これ以上刺激したって減点されるだけだろう。

 私も大人しく教科書を開こう。

 

「人狼と真の狼をどう見分けるか、分かる者は?」

 

 そうして投げ掛けられた質問には誰も答えようとしない。身動ぎさえしない。

 いや違う。隣に座るハーマイオニーだけがいつも通りピンと伸びた挙手をした。

 うん、あからさまに不機嫌なスネイプを前にその精神は凄いと思う。真似出来ない。

 

「……3年生にもなって人狼を見分けられない生徒にお目に掛かろうとはな」

 

「先せ――むぐっ」

 

 しかしスネイプが見ないフリをするのもいつも通りだ。

 嘲る彼へ反抗する様に、ハーマイオニーが勝手に答えようとする――が、私はギリギリで彼女の口を押さえた。

 そうまでして答えたい気が知れないけども、とにかく今は止めてほしい。火に油を注ぐ様なもんだからね。

 

 しかし本当に性格が悪い男だ。人狼ってこの3年生の教科書の最後の方の項目だよ?

 学んでないんだから答えられる生徒の方が少ないっての。

 

 

 その後は授業と呼べる程の事もせず、ただ教科書を写すだけとなった。嫌がらせを兼ねたやる気の無い授業だ。

 黙々とペンを動かす私達の周りをうろつき、過去の授業内容を見返し、文句を言う。

 授業の進行が遅いだの内容が不充分だの……ルーピン先生を扱き下ろすばかり。せっかく防衛術の代理になったのにやる事がこれかい。

 

「実に下手な説明だ……河童はむしろ蒙古によく見られる……吾輩なら3点もやれん」

 

 モンゴルちゃうわ、日本やろ。

 闇の魔術には精通していても、魔法生物は不得手なのかもしれないな。バーカバーカ。

 

 声に出せない文句を内心で言いつつ教科書の写しを続けている内に授業終了の鐘が鳴った。

 あー……息の詰まる時間だったなぁ……

 

「各自レポートを書いて提出。人狼の見分け方と殺し方についてだ。羊皮紙2巻、月曜の朝までに」

 

 しかしこれで終わらないのがスネイプクオリティ。

 無駄に密度のある宿題を投げてきた。

 理不尽ではあるけれど、誰も文句が言えずそそくさと教室を出ていく。

 

 

「こないだスネイプが渡してた薬で倒れたんじゃないのか?」

 

「それだ。遂にやりやがったな」

 

 廊下を歩きながらハリーとロンがなにやら言ってる。

 一応、私の影響で原作よりはマシな評価になってた筈なんだけど……素で落としていくスネイプよ。

 

「無い無い。その薬なら私も知ってるから大丈夫だよ」

 

 ちょっとくらいは擁護しといてやろう。

 感謝しろよ……いやしなくていいや。されたら気持ち悪い。

 

「そうなの? どんな薬?」

 

「他人の持病に首を突っ込むのは失礼だよ」

 

 好奇心旺盛な彼らとしては気になるのも仕方ない。

 けど薬の詳細は流石に言える訳が無い。

 なので覗き込んできたハーマイオニーの鼻をプニッと指で押してやった。

 

「う……そうね。でも本当に、早くルーピン先生が元気になってほしいわ」

 

 実際、興味本位で聞いて良い事ではないからね。

 素直に引いた彼女は心配そうに教室を振り返った。

 振り返っても嫌味な不機嫌男しか居ないぞ。

 

 まぁそれはそれとして。ぶっちゃけ私も心配だ。

 満月の夜は脱狼薬で無害な狼になれる……けど薬の副作用で満月前後に酷く体調を崩す。

 それがどれくらい辛いのかなんて想像も出来ない。

 シリウスと過ごす事で少しでも救われていて欲しいもんだ。

 

 

 

 

 

 

 そうして遂にクィディッチの試合を目前に控えた……が、これも運命なのか。天候は悪くなる一方だ。

 強烈な雨風、響く雷鳴。なんかもう嵐だ。

 

 だけど予想通り、試合相手はスリザリンのまま。

 マルフォイが怪我をしていないから、ハッフルパフに交代する言い訳が立てられない。

 天気が悪いからって嘘で逃げる事が出来なかったのはざまぁみろだ。

 

 でもってこっちはイカレた……いや、張り切り過ぎたオリバーのお陰で、最近の酷い天気の中でもキツイ練習をしまくってる。

 私達の方が環境に慣れてる分、確実に有利だ。

 そしてファイアボルト入手に負けは必須じゃない、勝たせてもらおう。

 

 後は一番の問題、吸魂鬼の乱入。

 あれは大量の生徒達の感情が競技場に集まった事で誘われてくる……筈。

 その上で、あんな数の吸魂鬼がハリー以外を襲わないなんて保証は無い。

 

 だからお爺様とお母さんが守護霊を展開させる事で競技場を護る。教師としても避けたい事態だしね。

 試合中の魔法は何であれ誰であれ禁止だけど……学校行事だし良いだろう。

 

 

 という訳で。そんなこんなで試合当日。

 より一層酷くなった嵐の中、私達は準備を終えて入場した。

 

 フィールドに歩いて出た瞬間、揃って強風に煽られよろめいた。

 耳を劈く雷鳴が何度も響く。大雨で近くさえまともに見えやしない。

 観客の声援さえ搔き消される程だ。

 

 こんな中でスニッチを探すハリーはもう大変なんてもんじゃないな……

 でもそれはシーカーに限らない。思い通りにクアッフルを投げるなんて不可能だ。

 流石のスリザリンチームだって、いつもの謎に余裕ぶったニヤケ顔をしていない――ように見える。多分。

 

 そうして試合開始と同時に一斉に急上昇。

 誰も彼も風に煽られ、最も軽い私はいきなり落ちかけた。勘弁してくれ……

 

 しかしそんなのは文字通り序の口。

 始まって5分もしない内に芯までびしょ濡れになり凍えていた。

 少しでも離れればチームメイトさえ殆ど見えない、というか敵味方の判別さえ難しい。

 襲ってくるブラッジャーに気付くのも遅れてしまい、何度も危ない場面があった。

 

 だけど予想通り、悪天候に慣れた私達に比べてスリザリンチームの動きは格段に悪い。

 チェイサー3人で固まり、どうにか上手く攻め込めた時は確実に点が取れていた。

 

 しばらく経ってタイムアウトで気合を入れ直し再開。

 一息挟んでも変わらず、試合は完全に私達の物になっている。

 

 悪天候への慣れだけじゃない。彼らは全員がニンバス2001……あの箒の強みは最高速度だ。プロでもない学生が、この状況でどうやってそれを活かすというのか。

 おまけに去年の対策も活きる。箒の性能に驕っている彼らが強みを失ったなら、もう敵ではない。……言い過ぎか?

 

 まぁなんにせよ。そのまま優位に立ち続け100点ものリードを得た。

 この結果が答えだろう。

 

 そしてもう何度目かも分からない大きな雷が鳴り響いた後、視界の端に急上昇していくハリーが見えた。

 今の雷でスニッチが見えたのかもしれない。実況の声さえまともに聞こえないから状況が分からない。

 いや、確実にスニッチを追ってる。もう1人、急上昇していくのが微かに見える……マルフォイか。

 

 これは位置が悪い。マルフォイの方が少し上に居る。

 アイツの事だ、スニッチを探すよりもハリーの動きに注視していたんだろう。

 動き出したハリーを見て察しただけ……それで偶々、マルフォイの方が近かった。

 

 それでも悪天候に慣れたハリーなら、きっと追い抜ける。

 そう信じて私はすぐに視線を戻した。

 

 その瞬間。空気が変わった。

 まるで音が消えた様だ。ゾワリ、と凍えた体でも悪寒を感じる。

 一層凍えてしまう様な冷気が競技場を包み、嫌な気配が動き回っている。

 

 遂に吸魂鬼が集まって来たようだ。

 でもお爺様とお母さんが備えている。誰も襲われる事は無い。

 事実、守護霊の青白い光が周辺を飛んでいるのが見える。

 

 しかし、ふと、今更になって1つの可能性に気付いた。

 

「ハリー、戻って!」

 

 聞こえる筈も無いけれど、叫ばずにはいられなかった。

 

 だって……あくまで守護霊は競技場を護ってるんだ。

 このまま急上昇していけば守護霊の効果範囲から出てしまう!

 

 私はチェイサーとしての動きを放棄して、ハリーを追い掛けた。

 追い付ける訳が無いと分かっていても全力で飛んだ。

 

「試合は負けでいい! ハリー! 戻って!」

 

 上空が効果範囲外になる事に、どうして私は試合前に気付けなかったんだ。

 そもそも。競技場を護っているから安心だと……無駄に怖がらせてはならないと。襲撃の可能性さえチームへ忠告していなかった。

 本当に馬鹿で情けないっ……

 

「エクスペクト・パトローナム!」

 

 空に黒い影が集まっていくのが見え、私は必死に飛びながら杖を抜いた。

 私以上の速さで守護霊の不死鳥が飛んでいく。

 ある程度進んだ所で、青白い波動が広がり10匹を超えるだろう上空の吸魂鬼達を退ける。

 

 だけど……ハリーは意識を失って落下していた。既にニンバスも手には無い。

 下でお爺様達の守護霊が更に追い立てていくのを確認しつつ、私は落ちるハリーへ急いだ。

 

「届けっ……アレスト・モメンタム!」

 

 なんとか呪文が届き、落下は緩やかになった。

 落ちていくハリーの腕を掴み、風に煽られる中で必死に制御し地面を目指す。

 

 メンバーや教師達はとっくに異常を察して集まって来ていた。

 むしろいつの間にかマルフォイがスニッチを捕っていて、試合は終了していた。

 

 すぐにハリーを預け、私は引き留める声を無視して空へ戻った。

 せめて……せめてニンバスを。

 これも運命と言うのなら、きっと暴れ柳に破壊されているだろう。

 運命じゃなく私が背負うべきミスなら。尚更、破片くらいは拾うべきだろう。

 

 

 

 

 

 

 医務室に運ばれしばらく経って、ハリーは目を覚ました。

 チームメンバーだけじゃなくハーマイオニーとロンも一緒になって安堵の息を吐く。

 ややあって状況の説明が終わると、ハリーは生気の無い顔で俯いた。

 

「僕達……負けたの?」

 

 心苦しいけど、負けは負けだ。でもそれはハリーの所為じゃない。

 誰も責める気なんて無い。それが正しく伝わってくれるかは……分からないけど。

 

「落ち込むなよ、ハリー。これまで1度だってスニッチを逃した事は無かったんだ」

 

「たった1度の失敗くらい、あって当然さ」

 

 双子がハリーの肩を叩いて笑った。

 実際、彼自身はこれまで無敗。出場した全ての試合でスニッチを捕ってみせた。

 だからこそ初めての敗北というのが重く圧し掛かっているんだろうけど……

 でも、この慰めが理解出来ない程に呆然としてはいない。充分に乗り越えられる筈だ。

 

「それに、これでおしまいって訳じゃないわ」

 

「大きくリードしてた分、点差は少ない。まだまだ優勝の可能性は充分にあるよ」

 

 同じ様にアンジェリーナも笑い、それに私も続いた。

 第1試合で負けたからって優勝を逃すとは限らない。最終的には各チームの得点で決まるんだ。

 幸いにも、先んじて100点ものリードを取れていたから点差は50……この程度ならいくらでも挽回出来る筈だ。

 

 むしろ私達が後もう少し頑張っていれば、スニッチを捕られても試合には勝ててた。そこは純粋に悔しく思う。

 これがチェイサーの辛い所。スニッチの150点分以上リードしなければ負けになり得る。全くクソルールだ。

 まぁそんな愚痴は置いておこう。

 

「うん……」

 

 仕方の無いアクシデントで負けた。明らかに実力で負けた訳では無い。

 それだけでも精神的にはマシ……だと思いたい。

 

 俯いたままではあるけど、ハリーは一応返事を返してくれた。

 多少は気を持ち直してくれたか……

 

 でも……ニンバスの事を伝えなきゃならない。気が重い。

 とは言え伝えない訳にもいかないし、自分から聞いてくるだろう。なら早い方が良い。

 

 そう思って私は回収したニンバス――の破片が収まったバッグを取ろうとベッドから離れた。

 それと同時に医務室のドアが開く。

 

 やばい、マダム・ポンフリーに全員追い出されるかも……と若干焦りながら振り返り、私は驚いた。

 

「マルフォイ!? 何しに来たんだ!」

 

「黙っていろウィーズリー」

 

 何故マルフォイが……他には誰も居ない。彼1人で来たらしい。

 泥や水を軽く落としただけのユニフォーム姿だ。

 

 皆も驚いて警戒してはいるけど、ロン程に攻撃的じゃない。

 マルフォイはそんな私達をチラリと見つつ、ベッドに座るハリーへズンズンと歩いて来る。

 

「運が無かったなポッター。理由がどうであれ僕の……僕達の勝ちだ」

 

 そしてわざわざ勝利宣言をしてくれた。

 いつもの腹立つニヤケ顔じゃなく真面目な表情ではあるけれど、この状況でそんな事を改めて言われて黙ってはいられない。

 きっとこの場の誰もが同じ様に感じただろう。

 

「だけど!」

 

 しかし誰かが口を開くよりも先に、遮る様にマルフォイは声を張った。

 

「勝手に吸魂鬼に襲われて、勝手に落ちて、それで勝ったからなんだって言うんだ」

 

 そして今度は絞り出す様にそう続けた。

 喜ぶでもなく拳を握り、むしろ逆に悔しそうに歪めた表情で。

 

「僕は……こんな勝利、認めないからな」

 

 言うだけ言って踵を返し、ボソリと言って歩き出す。

 来た時と同じ様に、ズンズンと不機嫌な足で、サッサと医務室を出ていく。

 私達は何も言えなかった。予想外にも程があって、理解が追い付かなかった。

 

 

「「「誰だアレ」」」

 

 たっぷり20秒くらい経って。

 ゆっくり顔を見合わせてパチクリし、ドアを眺めて、ほぼ全員の声が揃った。

 

 今のは本当にマルフォイだったのか?

 なんだあのツンデレ……いやツンデレとは違うか。とにかくどうしたんだアイツは。

 あんなフェア精神を持ってたのか? しかもハリー相手に?

 信じられない……

 

「……マルフォイに慰められるなんて思わなかったな」

 

 ある意味ショックが大きかったらしい。

 意気消沈していたハリーだけど、私達の言葉以上に効果はあったみたいだ。調子が戻ったのか、俯いていた顔を上げて苦笑いしている。

 うん、まぁ……あれだ。青春だな……?

 

「ふぅ……確かに、初めて負けたからって落ち込んでたって仕方ないよね――ねぇ、誰か僕のニンバスを捕まえてくれた?」

 

 そのまま完全に吹っ切ろうとしたのか、空元気の様に笑って話を切り替えたハリーだけど……

 

「あー……」

 

「えっと……」

 

 その質問には全員しどろもどろになった。

 せっかくハリーが気を取り直したってのに、ここでまた沈めなきゃならないとか……

 しかもそれは私の役割だ。気が重いなんてもんじゃない。

 

「……どうしたの?」

 

「その……あなたが落ちた時、ニンバスは吹き飛んだのよ。それで……あの暴れ柳に……」

 

 しかし私達のそんな反応を見て、流石に何かしら察してしまったんだろう。

 聞きたくないけど聞かなければならない。そんな感じで恐る恐る訊ねるハリーに、ハーマイオニーが気まずそうにポツポツと説明し始めた。

 後は私が引き継ごう。

 

「ごめんね……ハリー」

 

 と言っても、回収した物を見せるだけで伝わる。

 私は何故か謝罪しながらバッグをベッドに置いた。

 どうしようもなく謝らなければならないと思ったのだ。

 

 そしてバッグを開いて中を見せた。

 折れた柄も小枝も、見つけられる分は全て回収した。

 

 そのニンバスの亡骸を前に、ハリーは声を失くした。




ルール上、クィディッチの試合中は魔法は使用禁止です。
流石に命に係わる様な場面は別としても、とにかく選手も観客も試合に影響する魔法は禁止なのです。
しかし原作からして、ハーマイオニーがタイムアウトの際に防水呪文を掛けたりしています。
十中八九、細かいルールの設定が後から考えられたのでしょうけれど。

もしくは学校行事だから妨害でなければ良い、とか?
ウッドはハーマイオニーに礼を言っていたし。
でもそれはそれで、チームメンバーの誰も防水呪文を使わなかった理由が謎に……

あまり気にしない方が良さそうです。


ちなみに寝袋のオナラは映画撮影中の有名な悪戯ですね。
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