その後は真面目にファイアボルト購入の計画を立て、お爺様に報告した上で許可を得た。
近い内に空いた時間をどうにか使って、ルーピン先生と魔法で変身させられたシリウスがダイアゴン横丁まで行くそうだ。
正直それで大丈夫なのかと不安はある……というか結局どうやってあの銀行からお金を取り出すのか、さっぱり謎だ。
でもお爺様が賛同したのならきっと問題は無いだろう。そういう事にしよう、うん。
それはそれとして話は終わり。
翌日から私は心機一転。シリアスな心に一旦の区切りをつけた。
昨日の話とは少し違うけど、今年度になってなんとなく感じていたもの。
自分が他とは違う……未だ物語の外の存在と思っているんじゃないか……みたいな、上手く言葉に出来ないモヤモヤ。
それも根っこは罪悪感の所為だったんだろう。合理的に見て考えている事への。
そこに『不死鳥の動物もどき』という普通じゃない存在になった事で、変な方向に捻じれてしまった。自分が異常であり異物なのだと。
根本が同じだからこそ、それも纏めてスッキリ出来た気がする。
気にし過ぎなければ、それで良い。ただそれだけ。
まさしく開き直ってしまえば良いのだ。
尊敬すべき大人にそう言われた、というのは精神的にも大きい。全く子供だ、私は。
とは言え。言葉にするのは簡単でも現実的には簡単じゃないんだけどね。
少しずつ変わっていければ良いさ。
潰れない様に。毎日を楽しく生きる為に。
でもって、そんな私を悩ませたハリーはすっかり沈み込んでしまっている。
箒が砕け散った事だけじゃなく、吸魂鬼による影響だ。
その事については直接言われていないし、ハリー自身は隠したいだろうけど……私は知識として知っている。
これも知らないフリだ。うん、気にし過ぎるな私。
勿論周囲の皆と一緒に私も元気付けようと色々声を掛けている。
どうかもうしばらく耐えてくれ、ハリー。私が用意する訳じゃないけど、最高のプレゼントがあるからさ……
そんな数日が過ぎた、とある日の放課後。
私はルーピン先生に呼ばれて教室に向かった。
内容はファイアボルトの件ではなく、守護霊の呪文に関して。
どうやら原作より早く、ハリーが先生に懇願したようだ。
なので既に守護霊を扱っている私も一緒に指導してほしいと頼まれた。
元々そのつもりだったし、私としては断る理由は無い。
予想より早い時期なのもむしろ喜ばしい。それだけ時間を掛けられる訳だしね。
「あれ? アリス?」
「やっほ」
教室に入ってきた私を見て、ハリーがきょとんとしていた。
てっきり話が伝わってると思ってたけど、まだ説明はされてないらしい。
「やぁ、来てくれたんだね――ハリー、守護霊の呪文はアリスにも手伝ってもらう事にした。なんせ彼女は既に完璧に扱えているからね」
「あ、そういえば……そっか」
と、部屋の奥から現れた先生がその説明をしてくれた。
それを聞いてハリーも納得したようだ。
どうやら汽車の時も試合の時も、吸魂鬼のショックが大き過ぎて私の守護霊は朧気にしか覚えてなかったらしい。
「吸魂鬼の事や呪文については昨日説明したよ。今日からは実践という事で、ボガート相手に練習していく」
時期は早まったけど方法は原作通り。
ボガートは姿だけでなく能力もある程度再現する。実際に対面して練習出来るのは大きいだろう。
「分かった。ハリー、覚悟は出来てる?」
「うん。ボガートでも危ないし、呪文も物凄く難しいって聞いてる。でもこれ以上あいつらに苦しめられるのは御免だよ」
ただし当然ながら危険にもなる。
そこも含め一応確認をしてみれば、ハリーは至極真面目な表情で答えた。
うん、やる気は充分みたいだ。というか原作以上のやる気かも。
「ただ、私も頻繁に時間が取れる訳じゃない。練習が出来る日は限られるからね」
そこへ先生が苦笑いしながら付け足した。
それはそうだろう。本来の仕事に加え、先生は満月の前後はそれどころじゃない。
だからこそ私に声を掛けたんだろうね。
「さて。ハリー、難易度は昨日説明した通りだが……この呪文は唱えるだけじゃ駄目なんだ。幸せな思い出を渾身の力で思い浮かべる。幸福をそのまま力にするんだ。そうすれば力は盾となり、使いこなせば守護霊の姿になる」
そのまま先生は呪文について詳しく語った。
まず目指すべきは盾として使える様になる事。
最低限そこまで出来れば吸魂鬼の対処は可能だ。複数は厳しいだろうけど。
説明を終えた先生が私に目配せをしたので、察した私は杖を抜いた。
「ハリー見てて。エクスペクト・パトローナム」
そしてふわりと杖を振るい呪文を唱える。
白銀の光が守護霊……不死鳥の姿となって辺りを飛び回る。
「凄い……」
我ながら美しく存在感のある守護霊だと思う。
ハリーが呆けた様に目で追うのも仕方ないだろう。うん。
「守護霊の姿は人によって様々だけど、力に影響する事は無いからね。仮にちっちゃい虫の守護霊とかだったとしても気にしないように」
「気にするよ。なんか嫌だし」
ただしこんな素晴らしい姿だろうと小さな虫だろうと効力は同じだ。
そこは術者の実力次第でしかない。
練習前に気を楽にしてやろうと冗談を言ってみたけど、多少は効果があったらしい。
ハリーは素直に笑ってくれた。
「さ。まずはパッと思い付いた幸せな事を考えながら唱えてみて」
お陰で緊張はしていないみたいだし、とりあえずやってみろと促す。
「エクスペクト・パトローナム――っ、何か出た!」
言われて唱えたハリーの杖先から、か細い白銀の煙の様な物が現れ……溶ける様に消えていった。
うむ……うむ? これはどれくらい出来たと判断すれば良いんだろうか。
良くも悪くも、私は初めてで有体の守護霊を出したからなぁ……本来そこへ至る過程が分からない。
あれ、私って教えるのに全く向いてないのでは?
「よく出来た。よーし、それじゃ繰り返してもう少し大きな力にしていこうか――」
幸いにもそこは先生がちゃんとやってくれるようで助かる。
何回も何回も繰り返し唱えさせ、都度どんな思い出を描いたのか等々アドバイスもしている。
あれ、私が居る意味……?
なんにせよ、そんな先生のお陰か少しずつ白銀の煙っぽい何かは大きくなっていった。
「うん、じゃあ次はいよいよ実践してみようか。心配は要らない、私もアリスもついてる」
「はい」
少しずつでも進歩しているのは確実。
呪文の効果は現れている、と言う事でいつぞやの箪笥が用意された。
まだ早い気はするけど……本番に強いハリーならその方が良いだろう。
私と先生が控えていれば万が一も起こさせない。精神的な摩耗は避けられないけど、酷い状態にはならない筈だ。
そうして箪笥が開け放たれ、吸魂鬼の姿をとったボガートがゆらりと出て来た。
「エ、エクスペクト・パトローナム! エクスペクト……パトローナム……」
現れた瞬間から硬直してしまったハリーは、必死に顔を上げて叫んだ。
しかしやはりまだまだ力が足りていない。ボガートは怯む様子も無く近づき、ハリーの声がか細くなると同時に煙も消えていった。
そこで私が追い払い箪笥へ押し戻す事で状況をリセット。
勿論私にだって奴の影響はあるけど、ボガートだから問題は無い。
能力の劣る変身相手に圧されていては本物になんて太刀打ち出来やしないのだ。
「大丈夫かい?」
「っ……すみません。大丈夫です」
片や先生はハリーの様子を確認し、何処からか蛙チョコレートを取り出して食べさせている。
気絶までいかずとも、やはり辛いだろう。
「ますます酷くなるんだ……母さんの声がどんどん強くなる……それにヴォルデモートも……」
ハリーの心の奥底。赤ん坊の時の絶望の記憶。
それこそ吸魂鬼にとって垂涎の物。だからこそその記憶を無理矢理に呼び起こされてしまう。
しかも対面すればする程、よりハッキリとしていくようだ。
「辛いなら無理に続けなくても――」
「続けるよ! やらなきゃならないんだ!」
それがどれだけ辛く苦しいのかなんて私には分からない。
念の為に確認してみたけど、挫けるどころか奮い立っている。
恐怖に正面から向き合って立ち向かう、その勇気。
これ以上無くグリフィンドールだ。
「分かった。じゃあ私が思うコツみたいなのを教えるね」
「そんなのあるの?」
それだけの覚悟を見せられたらこっちも黙ってはいられない。
あんまり力になれてる気がしないし、思った事をどんどん伝えていこう。
コツと言えるのかは分からないけど、アドバイスにはなるだろう。
「自分を深く知る事。何が自分にとっての幸福なのか……その中で一際大きな物を見つけて」
これこそが、守護霊の呪文が高難易度とされる所以……だと思う。
自分の事ってのはなんだかんだあまり分からないものだ。
それを明確に思い描けと言われても、中々上手くはいかないだろう。
でもこれは最初の先生の説明と同じだ。言葉を変えただけ。
重要なのはこっち。
「そして必要なのは、あくまで幸福な感情だって事。必ずしも思い出である必要は無いよ。その方がハッキリしやすいってだけで、完全な想像でも大丈夫」
実際にあった記憶をもとにした方が明確に思い描けるのは当然。
だけど想像さえ出来るならそれで構わない。私だって想像だしね。
「分かった……とにかくやってみるよ」
黙って聞いていたハリーは深く頷いて、また繰り返し呪文を唱えて練習を始めた。
これだけですぐに変わるとは思わない。でも意味はある、筈だ。
そうして再度ボガートを解放し対面させた所……
やはり追い払うまでは出来なかった。
「ふむ。さっきよりは良くなったね」
「でもまだまだだね……フェリックス・フェリシスとか飲んだら成功するかな?」
しかし確実に良くはなっている。
先生もこの結果に微笑んでいるくらいだけど、私は厳しくいくぞ。
飴と鞭ってやつだ、多分。ビシバシやってくれよう。
それでも思い付くだけの案は出していくけど……これは自分で言いながら無理だと分かり切ってる。
「どうだろうね。精神的な面が重要な呪文だから、効果が無いとまでは言えないだろうけど……なんにせよ思い付いたからって試せる薬じゃない」
「まぁそうだよねぇ……」
フェリックス・フェリシスは能力を高める薬ではない。
だけど自信に溢れる程に精神面を高めてくれると言っても過言ではない。
が、そもそも用意なんて出来る訳も無い。なんせあれは半年も掛けて作る上に長期保存が出来ないのだ。
本当にただ思い付いた事を言っただけでしかない。
とは言え、精神的に何か影響を与える物は効果がありそうだ。
他に何かあっただろうか……あっ、あれだ。
「そうだ。ハリー、今度はこの状態で挑戦してみよう――フォーカス」
簡単且つ効果がありそうな物があった。
返事は聞かず、私はハリーに向かって杖を振った。
「……なんか、頭が凄くスッキリした。なにこれ?」
「そのまんま、頭と心をスッキリさせて思考をハッキリさせる呪文だよ。精神集中に最適」
何事かと驚いたハリーだけど、すぐに自分の状態を理解して別の意味で再度驚いている。
フォーカス。精神集中力を高める、ゲームのバフ魔法みたいなやつだ。
魔法そのものを高める物があればそれも試してみたい所だけど、そんなもんは知らない。
なんにせよこれでも充分に効果はありそうだ。既に表情が違うもの。
「凄いよ、なんかやれる気がする」
「ある程度効果を出せる様になるまではこれを使っていこうか」
うん、これだけ前向きになれたならきっと……もう少しくらいは進歩出来る。
ただしこれを前提にしては意味が無い。取っ掛かりが掴めたら素の状態に戻すべきだろう。
その後はひたすらボガート相手に実践を繰り返していった。
どうやらフォーカスは予想以上に効果的だったようで、みるみる成長して見せた。
ちょっぴり怯ませるくらいまでいったけど……
「っ……はぁ……はぁ……」
それだけに疲労はかなりのもの。精神的にも辛いなんてもんじゃないだろう。
すっかり息が上がってしまい、顔色も悪い。
「これ以上は危険だ。今日はここまでにしよう」
流石に先生も止めに入った。
実際、このまま続けたところで意味は無い。ただただ余計に苦しくなるだけだ。
ハリーのやる気が物凄いからここまで引っ張ってしまったけど、もっと早く止めるべきだったかもしれない。
「そうだね……ハリー、大丈夫?」
「クソ……なんで出来ないんだ……」
ボガートが箪笥へ戻されると、ハリーは座り込んで荒く息を吐き俯いた。
「そんなすぐに出来る様にはならないさ。焦る事は無い」
「そうそう。焦ってちゃ余計に成功しないよ」
先生は優しく肩を叩き、私は近くのテーブルからお茶を用意し押し付けた。
実際すぐに出来る訳も無いんだ。私は中身が大人だったから出来ただけだし。
何度も言う様に、魔法の実力だけじゃなく精神的な所が大きい呪文だからね。
ちゃんと休んで心を落ち着ける。それが一番大事だ。
「詰め込み過ぎたって仕方ない。数日開けてまた挑戦しようか」
「……はい。ありがとうございました」
ハリーは溜息を1つ吐いて気持ちを切り替えたのか、お礼を言って少しだけ笑顔を見せた。
良かった……ここ数日の悲痛な表情は消えた。
箒はともかく、最も苦しかった吸魂鬼への対策を学んでいるという状況。
それだけで彼の心は救われ始めている。
このまま少しずつでも習得が進めば、きっと絶望を克服して見せるだろう。
【フェリックス・フェリシス】
飲んだ者に一定期間幸運を与え、その間あらゆる試みが成功するというチート薬。
溶けた金の様な色で、表面で雫がご機嫌に飛び跳ねる。しかもその雫は決して零れる事は無い。
作るのは非常に難しく、飲めるようになるまでに6ヶ月もの醸造期間を要する。失敗すると悲惨な結果となる。
飲む量が多い程に長く効果が続く。小さな瓶で約12時間だが、時間経過で効果は少しずつ薄れていく。
しかし適量を越えるとめまい、無謀さ、危険な自信過剰を引き起こす為、控えめに摂取した方が良い。というか大量摂取は猛毒になる。
効果が切れると自信が薄れ、逆に不運になりやすい期間がしばらく続く。
目的達成の為の手段がどれだけ不自然でも、もっともらしい状況へ導き、あらゆる選択が正しく明白に感じ取れる……だとかなんとか。
結果に至るにはどんな行動を取れば良いのか、ほんの些細な無限の選択肢を正しく選ぶ直感を与えるのではないかと言われている。
ともかくとんでもない薬ではあるが、飲んだ者の能力を高める薬ではない。
地力が無ければ戦闘やスポーツで優位に立つ事など出来ないだろう。
ただし、自信に溢れる事で押し込められていた実力が発揮出来る様になる、という場合はある。
長期保存は出来ず、ある程度時間が経つと悪臭を放つ不運の薬に変わってしまう。
醸造に少し手を加える事でも同じく不運の薬に変わる。
恐らく見た目はあまり変わらないのか、スネイプは不運の小瓶をわざと警備の緩い所に保管している。やはり性格が……
チート過ぎるのでクィディッチを始め、あらゆる競技で禁止薬物に指定されている。
ハリーが初めて飲んだ時は、本来の目的に向かうまでの道中でロンとラベンダーの仲を引き裂きジニーとディーンの関係に致命傷を入れた。
君の幸運って……
映画版の最終決戦時、スラグホーンが何かを飲んでいる描写がある。
それがフェリックス・フェリシスだったのではないかという説が有力。
ぶっちゃけ不幸の反動を考えると、戦いより先に効果時間が終わってしまった場合は流れ弾とかで死にそうである。随分と危険な賭け。
まぁともかく、それは十中八九そうだろうなという話で終わってしまうのだが、もう1つ興味深い説がある。
それは彼がやった「最高の調合をした者に薬を与える」という授業について。
これは過去にも行われているそうで、もしかしたらハリーが知らずに真似たスネイプも受け取ったかもしれない?
そして同じく優秀なリドルも与えられた可能性がある。こっちが本題。
そうして手に入れた薬で幸運となったリドル相手だったからこそ、分霊箱について話してしまったのではないか?
自分が与えた薬で上手く転がされ、致命的な情報を伝えてしまった事を殊更に恥じたのではないか?
だからあそこまで頑なだったのではないか……という説らしい。
そんな失態をしておいて同じ授業を繰り返すか? という疑問も湧くのでちょっと微妙な所ではあるが……
もしそうだったなら同じ方法でハリーが聞き出したという事にもなるので、ある意味纏まってはいる気がする。
【フォーカス「Focus」】
心をクリアにし、意図を明確にする呪文。
精神集中力を高めるのに使える。
そこらのゲームに普通にありそうなバフ魔法。
勿論登場したのは一部のゲームでのみ。
【マジカス・エクストレモス「Magicus Extremos」】
炎のゴブレットのゲーム版に登場したバフ魔法。
対象の呪文の力を一時的に増大させる。
ただし仕様上、少なくとも3人で唱えなければならない。
とりあえずゲーム専用と割り切り、この作中では存在しない呪文としておきます。
こんなもんがあったら命懸けの戦闘には必須レベルだもの。
しかも3人で唱えるとかも扱いに困るし。