日常の裏でジワジワと動きはあるものの、穏やかな日々が続いた。
ハリーの守護霊はもう完璧、きっと本物の吸魂鬼を前にしても大丈夫だろう。
という所まで来たので課外授業は今度こそ終了となった。
ペティグリューは案の定、未だにロンの下に居る。
すぐ近くのハーマイオニーに勘付かれはしたけど、その彼女が動かないもんだから逃げもしない。
多分、精神的にはかなり追い詰められている筈だ。衰弱具合が今まで以上に酷いとロンが言っていた。
それでも動けない、逃げられないのが奴の性格なのだ。
まぁ……弱り過ぎてロンが籠に閉じ込めているからというのもあるだろうけども。
結果的にハーマイオニーが言外に忠告した通りになっている訳だ。勿論、彼にそんな事が気付ける筈も無いのだけど。
そして学校生活はと言うと。
今日はクィディッチ最終戦、対ハッフルパフ。
が……残念、試合はカット。長くなるからね。
悪く思うなセドリック。来年は出番があるから……
結果だけ言うと、私達は勝利を掴み取った。
初戦で負けはしたものの、得点としてはトップ。つまり優勝だ。
去年に続いての優勝杯だろうと喜びが薄れる訳も無く。最高の青春の思い出となった。
将来、こんな思い出を平和に語り合える様に。だからこそ私達は動くんだ。
なんて。物凄い賑わいの優勝パーティーの中でこっそり意気込んだりした。
そしてそして、試合が終わったという事はテスト目前という事なのだ。
これもこれで重要なので私は頭がパンクしそうである。
まだ3年生の範囲だから満点かそれに近い点数は取れるだろう。
元より学んでいたし、今年はそりゃもう必死に勉強したからね。
だけどそれで安心なんかしていたらハーマイオニーに追い越されてしまう。
テスト本番までのこの期間、最後の最後まで追い込み勉強と呪文練習に集中しなければ。
そうしてあっという間に試験を迎えた。
初日から……いや、1つ目の変身術から誰も彼も疲れが見える。
ぺーバーテストは難解だし、最後にティーポッドを陸亀に変えるという実技試験もあった。
「うーん……やっぱりアレは陸亀じゃなくて海亀だったんじゃ……」
「そんな些細な事を気にしてるのは君とアリスくらいだよ」
「私してないんだけど」
ハーマイオニーはなにやらヤキモキしていて、ロンはそんな彼女を見て溜息を吐いた。
些細とは言えないくらい大きな違いだと思うけど……なんで彼女は自分で分からないのか。
私は勿論、何処からどう見ても御立派な陸亀に変身させたので追加点が貰えるだろう。
「そりゃ羨ましい事で。僕の亀は尻尾がポットの注ぎ口だったよ……最悪さ」
どうもロンは失敗したらしい。
まぁぶっちゃけ難しい実技だから仕方ないっちゃ仕方ない。
「亀って口から湯気を出してて良かったかな」
「僕なんか甲羅がポットの模様そのままだったんだ。減点されるかなぁ……」
ハリーもネビルも隣で項垂れている。
減点はされるだろうけど、そもそも完璧な変身を基準にはしてないと思うよ。
いくら試験でもそれは基準がちょっぴり高過ぎる。
誰もが当たり前の様に教科書をお供にした昼食を終え、次は呪文学。
実技は元気の出る呪文だった。私は特に何の問題も無かったけど、ロンは緊張したハリーから強めに掛けられてしまい、1時間隔離されたらしい。
遠くから薄っすら聞こえ続けていた笑い声は彼だったようだ。
更に次の日の魔法生物飼育学……は、まぁどうにでもなった。
バックビークの処刑が無いからハグリッドもちゃんと試験を用意してくれたけど、それでも簡単な物だ。
むしろここでヒッポグリフとかを引っ張って来なかった事を褒めたい。
問題は苦手な魔法薬学と天文学。
必死に調合している私の横を通ったスネイプが鼻で笑った気がするけど気の所為だろう。うん。多分。
なんにせよ、無駄に楽しそうにニヤニヤと真横に立って眺められていたハリーよりはマシだ。
で、天文学は何が問題なのかというと……授業同様、試験も真夜中なのだ。
夜更かしを克服した今となっては別に大丈夫なのだけど、試験直前の復習に使える時間がゴッソリ消えてしまうのが問題だ。
なんせ3日目には魔法史という、知識のみの試験がある。一番厄介な試験だとさえ言えるのに……
そんな魔法史はやっぱり最も息が詰まった。私含め誰もが2教科分くらいの疲労だったろう。何故かハーマイオニーは平気そうだったけど。
が、彼女でさえ平静では居られなかった試験――闇の魔術に対する防衛術。
なんだか危険な生物に対する防衛術になってる気がするけども、これは最後にボガートが用意されていた。
「マ、マクゴナガル先生に……全科目落第だって言われて……私、動転して逃げてしまったわ……」
試験後のハーマイオニーが可哀想なくらいに絶望していたので、とりあえずの慰めとして背中をポンポンしといた。
ボガートの対処が出来ない人は珍しくも無いそうだけど、特に害の無い変身で逃げる人は珍しいかもしれない。
え、私はどうやって対処したかって? 内緒だ。
「まぁ、やっぱりそういう変身になるよな」
「こればかりは自信があるよ。ボガートは散々相手したからね」
流石に今は笑い飛ばせないものの、ロンは案の定と言わんばかりに小声で呟いた。多分後々で揶揄いのネタにされるだろう。
そしてハリーは凄く晴れやか。リディクラスと守護霊のどっちで対処したんだろう……まぁとりあえず、この様子なら他の生物の対処も完璧に近かったようだ。
んで。飛んで最後の試験、占い学。
魔法史とは逆に実技のみで、1人ずつ水晶玉を覗いて占う事になる。
なんとも曖昧な試験で、一体何をどう測るんだか……
それっぽい事を適当に言っておけば良いのではなかろうか。
「どうだった?」
「あほくさ。何にも見えなかったからでっち上げたよ……じゃ、先に談話室に行ってるから」
一足先に部屋に入っていたロンが梯子を下りて戻って来ると、ハリーが立ち上がって迎えた。
なるほど、ロンも私と同じ様な事を考えたらしい。そうして疲れた表情で歩いて行った。
「アリス・ダンブルドア、どうぞ」
「ふー……サクッと終わらせてこようかな」
ロンの次は私だ。上からか細い声で呼ばれた。
なんとなく深呼吸をして重い腰を上げ、梯子へ足を掛けて……おい。
「いや離れてよ。スカート覗く気?」
「……ごめん。いや別にそんなつもりは全然無かったんだよ本当に嘘じゃない」
梯子の近くから離れず見送ろうとするハリーを睨み付けた。
この野郎……なんだその怪し過ぎる早口は。目を見て言え、顔逸らすな。
とりあえずハリーがしっかり梯子から離れたのを確認してから、ちょっぴり急いで上った。
全く、この梯子は撤去して新しく階段にしようよ。先生も上り下りが大変でしょ。
ひーこら上った部屋はいつもより一層暑く暗かった。
夏の兆しも過ぎたというのに、暖炉の火が燃え盛り香の匂いが充満している。
奥にはいつも通り昆虫みたいな先生が鎮座。
あぁもう、一瞬で部屋を出たくなった。
机と椅子がごった返している中を歩いて近づくと、先生は相変わらず変に芝居掛かった態度で口を開いた。
「こんにちは、いい子ね……」
はい。いい子です。
いい子なのでいい成績をお願いします。
「さぁ、この玉をジッと見て……ゆっくりで良いのよ。中に何が見えるか教えてくださいまし……」
先生は机にある水晶玉を撫でつつそう言って私を促した。
早速か。よし、何でも良いから何か出てこい。
という訳で私は椅子に座り、水晶玉を覗き込んだ。
不思議な事に水晶玉は白い靄が渦巻いてる様に見える……が、それは普通だ。魔法界の水晶玉はそういう物だ。
うーん……これはやっぱり適当な事を言うしかないな。
「えっと……なんか、モヤモヤ。炎が渦巻いてる様な……ない様な……」
とりあえず靄を炎に言い換えてそのまま言ってみた。
見ようによってはそう見えなくもないし。
「まぁ。あなたには厳しく過酷な運命が待ち受けているのかもしれませんわ」
でしょうね。知ってます。
むしろ私が生まれる前にそれを予言したのは誰でしたっけ。
「まるで炎に身を焼かれる様な、そんな辛く苦しい未来が……あぁ……その炎の中に自分の姿が見えませんこと?」
「いや、見えないんですけど……」
言われて思わず苦笑が漏れかけた。
どうにかギリギリで抑えて冷静に返せた自分を褒めたい。
試験でも不吉な占いにしたいのか……今日くらいは勘弁してほしいもんだ。
「本当に? 焼かれながら地面でのた打ち回っている姿が見えないかしら」
しつこいな、そんなに私を焼き殺したいのかアンタ。
もういい。意地を張って減点されるくらいなら、先生の望む様な占いを並べてやるさ。
変な所で意外と誤魔化せるらしい私の演技を見せてやろう。
「……ぁ、嘘……まさか……先生! なんだかそれっぽい物が見えます!」
「おぉぉ……何て事……」
それっぽく言ったら先生は口を覆って嘆いた。
何て事じゃねぇのよ。アンタが言ってた事やろがい。
まぁでもこれでイケそうだから良しとしよう。
*
まぁ試験はそんな感じだったという事で一旦終わり。
今は3人揃って談話室でまったりしつつ、ハリーを待っている所だ。
疲労はクルックシャンクスを膝に抱いてナデナデする事で癒している。飼い主のハーマイオニーは不満そうだけど。
しかし私の試験の手応えはともかくとして。果たして例の予言がされるのかどうか。
さっきの占い学の試験でハリーを前に予言されると思うんだけど……
いや、予言に関わらず今日この後に動く予定ではある。
それは既に話し合って決めているから、私が上手く皆を誘導すればそれで良い。
予言はされるという前提で考えるとして。
むしろ問題は、それをハリーが私達へ伝えてしまうかもしれない事。
原作でも伝えようとはしてたし……バックビークの処刑の話が届いて有耶無耶になってたけど。
ともかく、伝えるなら私だけじゃなくハーマイオニーとロンも一緒に知ってしまうだろう。
正直それは困るのだ。
ペティグリューを連れ去り皆を誘導するには、まず外へ出なければならない。
彼女達まで予言を聞いたら外に出てくれない可能性がある。
言った通り、原作では処刑があったから切羽詰まって外へ出ているだけだ。
そもそもハリーもロンも反省した後だし、動きたがらないかもしれない。
これはもう、その場で考えて上手く動くしかないだろう。
まぁ……色々と察してくれちゃってるハーマイオニーが居るから、なんとかなりそうな気もしないでもないんだけど……
そこまで彼女に甘えるのもなんだかなぁ……
なんて、そんな事を考えていた時だった。
「――皆、ちょっといい?」
息を切らしたハリーが駆け寄ってきた。
これはもしかして……?
「今トレローニー先生が変な――うわっ!?」
もしやという予想は、先生の名前が出た瞬間に確信。
なのでそれ以上を言わせない為に、こっそりとハリーの足元へ呪文を放ち転ばせた……が。
なんという事か。ここに来てこの野郎はまたしてもラッキースケベを引き起こしやがった。
勢いよく転んだ先はソファ……に座った私。
彼の足元へ意識を向けていた所為で避ける暇も無い。そして……
「うっ!? ゲホッ、ちょっ、何して……!?」
「痛っ!? ご、ごめっ……ごめん! いや本当に違うんだ! なんか躓いて……本当にごめん! ていうか痛っ」
転んで咄嗟に出された手……は、しっかり私を避けてくれた。
だけど無理に手を逸らした所為か、彼の顔面は慎ましくもしっかり存在する私の胸へ。
そして何故か硬めの音がした。
普通に結構な衝撃で痛かったし、眼鏡も当たって余計にダメージを受けた。
だけどなんでお前が痛がってるんだコラ。クッションが無いとでも言いたいのかコラ。擦ってるその鼻は折れたか。むしろ折ってやろうか。
ていうか転ばせた私が言える事じゃないのは百も承知だけどさ……なんでこうなるの?
大慌てで離れてくれたのは良いけど、お陰で引っ叩く事が出来なかった。ちくしょう。
クルックシャンクスは一瞬で逃げてるし……
「……スカートの被害が少なくなったと思ったら、今度は胸なの?」
隣のハーマイオニーがなんとも言えない表情でボソリ。
聞かれても知らんし、私に変身して揉んでたのは誰だコラ。
むしろ私が聞きたいくらいだ。なんで私はこういう被害が多いんだよ。
「なんでハリーばっかり……」
そしてロンもなにやら呟いていた。
そこに嫉妬してんじゃないよ馬鹿。
「とりあえず1発殴るね?」
「はい」
スッと立ち上がり拳を構えて見せると、ハリーは大人しく姿勢を正した。
素直でよろしい。んじゃ顔……は良くないから、腹にしてやろう。おりゃ。
「ごふっ」
あ、割と綺麗に入った。
まぁいいや、それはともかく予言の話をこのまま終わらせよう。
「言い訳は聞きません。ラングロック」
「ん!? んーっ!」
という訳で、舌を固定し喋れない様にしてやった。
シレンシオより嫌がらせ染みた呪文だ。誰かさんが発明したやつ。
これで予言の話は出来ないだろう。
このまま有耶無耶にしつつ、外へ誘って計画を進めよう。
「まぁハリーのセクハラは置いといて――試験も無事終わった事だし、ハグリッドの所にでも行こうか」
なんにせよ外へ鼠ごと皆を出さなければどうしようもない。
ハグリッドには悪いけど、その為にも利用させてもらうね。
「そりゃ良い……いや良くないよ。吸魂鬼だらけだし、シリウス・ブラックが……」
「大丈夫だよ。吸魂鬼なら私とハリーが居れば追い払えるし、シ……リウス・ブラックだって日没前に堂々と出て来ないって」
「んー!」
賛同しかけたロンが珍しく引き留める側に回った。
こないだ反省したのもあってやっぱり慎重だ。
ここに来て私が逆に気楽な事を言うのもおかしく見えるだろうけど、無理矢理行くしかない。
ハリーはなにやら呻いているが一旦無視だ。
「それに、スキャバーズをハグリッドに診て貰っても良いんじゃない? 最近余計に酷くなってるんでしょ?」
「うーん……変な生物が好きなハグリッドが鼠に詳しいとは思えないけど……まぁお願いするだけしてみようかな」
駄目押しに、心底心配そうな表情と声を頑張って作りロンを覗き込む。
お陰で控えめになった彼の背中を押す事は出来たようだ。
「なるほどね。私は賛成よ、行きましょ」
片やハーマイオニーはすんなり受け入れ立ち上がった。
わざわざ鼠を連れて行けと言ったからか、私に思惑があって誘導しているのを察したんだろう。なるほどとか言ってるし。
結局助けてもらってる……嬉しいけど複雑だ。
「あ、ちょっと待てよ。スキャバーズを連れて来るから」
日が沈む前に戻れば大丈夫、と納得したらしい。ロンは急いで部屋へ向かった。
普段なら反対するであろうハーマイオニーさえ動き出したのを見たからかもしれないけど。
「んー!?」
「うるさいなもう」
そしてハリーはまだ呻いていた。
何を言いたいのかはさっぱり分からないけど、もうしばらくそのままで居てくれ。ほら行くぞ。
*
談話室を出る時に、こっそりとクルックシャンクスにはとある指示をしておいた。
勿論、計画通りに動き始めた事もシリウス達に守護霊で伝えた。
さぁ後はこのまま上手く事を運ぶだけだ。
「全く、来ちゃなんねぇって言っただろうが」
小屋に着いたものの、当然ながらハグリッドは訪ねてきた私達を見て渋い顔をした。
来ちゃ駄目なんて私は言われてないし。知らん知らん。
「試験も終わったし、シリウス……ブラックの事もあるし、息抜きくらいさせてよ。ね?」
「だからそのブラックが……はぁ、まぁいい。ちっとだけだぞ? 暗くなる前に城に戻るんだ、良いな?」
「はーい」
ちょっと甘えた様に言ってみれば、溜息混じりに中へ迎えてくれた。
原作だと夕食も済ませた夜だったけど、今はまだ多少明るい。だからこそ追い返すまではしなかったんだろう。
「ねぇハグリッド、鼠には詳しい? スキャバーズが酷く弱ってて……最近はよく暴れるんだ。ご飯も食べないし……」
そうして小屋の中で各々落ち着く所に腰掛けると、ロンがポケットから鼠を取り出して見せた。
「いんや……すまんがサッパリだな。怪我をしてるならともかく、病気だとかは俺にゃ分かんねぇ」
「そっか……」
縋る想いで頼ったんだと分かったんだろう。ハグリッドは本当に申し訳無さそうに答えた。
片や予想してた通りの反応だからか、ロンの落胆はあまり大きくはなかった。
「ほれ。ケーキでも食って元気出せ、ペットにつられてお前さんまで弱っちゃならねえ」
「あぁ……うん……ありがとう」
せめて何かしてあげたいと思ったんだろう。ハグリッドは気を遣ってケーキとやらをロンへ押し付ける。
が、彼の言うケーキがまともな筈も無く。いつぞやの岩の様に固いロックケーキである。
若干引き攣った笑顔で受け取るロンが可哀想だ。
「お前さん達も食え。たっぷりあるぞ」
なんて他人事の様に眺めていると、ケーキの様な何かはこちらにも向けられた。
マジかよ。なんでそんなにあるんだよ。食えないんだよ硬過ぎて。
「……うん。嬉しいよ」
「他のは……いえ、何でもないわ」
「……わー2年振りで懐かしいなー」
とりあえず断るのも悪いので、私達は揃って微妙な顔をしながら岩の様な何かを受け取った。
誰も隠せていないこの表情に気付いてくれないのは何故なのか。
そのまましばらくお茶をしつつお喋りを続けた。
勿論、誰1人として岩を食べる事は無い。カップの隣でひたすらに存在感を放ち続けている。
外はもう暗くなり始めたし、そろそろ頃合いか……
さて、じゃあ動くとしますか。
「あ、しまった! 私お母さんに呼ばれてたんだった……ごめん皆、先に戻るね!」
という訳で。適当な理由をでっち上げ、私は慌てて席を立った。
「え、あっ……ちょっと!」
「戻るなら僕らも――」
「いいからいいから。もうちょっとゆっくりしてなよ!」
当然、一緒に戻ろうとするのは分かってる。
ハーマイオニーは同じく立ち上がり、ロンもそれに続こうとした。
だけどそれは困るので、やんわりと彼女の肩を押さえて止める。
それだけで素直に座り直した辺り、また察してくれたんだろう。
彼女が改めて座ったお陰で、ロンもハリーも立ち上がる事は無かった。
よし、じゃあ行ってきまー……
「待ってアリス!」
「もう、なんなの?」
と思ったら、次はそんなハリーが呼び止めてきた。
なんだよもう、急いでるんだけど。
「人のポケットにケーキを入れて帰んないで?」
「……」
チッ。バレたか。
立つと同時にコッソリ忍ばせたんだけど……座った状態じゃ上手くポケットに入り切らなかったか。ちくしょう。
「ところで。一昨年ポケットに入れたケーキが増えてたのって、もしかして……」
あぁクソ。それもバレたか。
思いっきり顔を逸らしていても、じっとりと睨まれているのが分かる。
うーん……これはもう言い訳出来ないか。仕方ない。
「ばいばい!」
「あっ」
こういう時は逃げるに限る。じゃあの。
「……うーむ、口に合わんかったのか?」
小屋を飛び出す私の背に、ボソリとハグリッドの呟きが届いた。
そんなもん合う口なんてあって堪るか。
【元気が出る呪文】
応援の呪文とも。対象者に高揚感を与えるが、過剰に掛けられると良くない発作になる。具体的にどんな感じなのかは不明。
ロンは試験の時にハリーから強く掛けられてしまい、1時間別室で安静にしなければならなくなった。
となるとフィニート等で終わらせる事が出来ないという事になる。なんせその場には先生が居るので。
魔法が続くのではなく、それによる発作が続いてるだけなのだろう。
とは言え、他にも精神に作用する呪文はいくつもある。
呪文の効果を打ち消すフィニートではなく、平静にさせる様な呪文を使えば解決出来る筈。
それでも隔離を選んだのは……試験故に失敗はなんら珍しくなく、毎回対応するのが面倒だったのかもしれない。
実際は原作者がそんな細かい事まで考えて無いというだけだろうけど。
【ラングロック「Langlock」】
対象の舌を口蓋に貼り付かせ、喋れなくする呪文。ポルターガイストにも効果があるらしい。
シレンシオで良いのではと思うが、あちらは声(つまり音そのもの)を封じるのに対し、こちらは舌が固定される所為で喋れない、という地味に大きな違いはある。
なので呻き声とかなら出せる筈。
しかしよく考えてみれば舌が貼り付き固定されるのはかなりの不快感だろう。
スネイプが発明しただけはある、気がする。
そんな呪文ではあるが、後々の派生作品で何故か他の生徒が使っている描写が出てきた。
まぁそんなのは彼の作った呪文にはよく見られる事なので、気にするだけ無駄かもしれない。嬉々として使って真似されていったのだろう。多分。
【ハグリッドのロックケーキ】
ロックケーキもしくはロックバンズというのはイギリスの伝統的な焼き菓子として実在する。紅茶のお供としてありふれたお菓子。
ゴツゴツした見た目で、外はザクザク中はしっとり。クッキーとスコーンの中間と言われる。
無造作に生地を焼くから見た目がゴツゴツしてるだけで、決して岩の様に硬い訳では無い。
どうやら彼の好物らしく、割と頻繁に作るそうだ。
しかし調理法がおかしいのか普通の人間にとっては食べられた物ではなく、歯が砕けかねない硬さ。
ハリー曰く「奥歯から不吉な音がした」
昔から作っているようで、過去にマダム・フーチはこのケーキを見てブラッジャーの代わりになると言ったそうな。
ハリー達を始め、ケンタウロスや他の教師等々、振舞われた人は多いが1人として直接評価を伝えた事は無い。
彼の人柄が良いからこそ、傷付けない様に誰もが気を遣っているらしい。
ただし本人はその不評に薄っすら気付き始めているとかなんとか。