途中からハリー視点へ。
ハグリッドの小屋から城へ戻る道の途中。私とシリウスはコッソリ隠れてハリー達を待っていた。
「本当に大丈夫なんだろうな?」
そんな中で最終確認とばかりに彼が呟く。
至極単純な計画だからこそ逆に不安になるのかもしれない。
「成功するかどうかは誰かさんに掛かってるんじゃない? 鼠が必死に逃げ出したくなるような登場お願いね」
「はっ……任せろ。我慢出来ずに食い殺してしまうかもしれないがな」
今、奴は籠から出されてロンのポケットに居る。
散々精神的に追い詰められた状態で、遂にシリウスを前にしたならパニックを起こすのは間違い無い。
まぁ正直な所、ここに関しては不安になる必要も無いだろう。
問題はむしろその後だ。シリウスはあくまで逃げ出すきっかけに過ぎない。
「クルックシャンクス。鼠が逃げ出したらすかさず捕まえて暴れ柳へ向かってね。食べちゃ駄目だよ?」
私はしゃがみ込んでクルックシャンクスの頭を撫でた。ふんす、と鼻息で答えられた。可愛い。
そう、実際は彼こそが最も重要な役割を担うと言っても過言ではないのだ。
原作では逆の順番……先にクルックシャンクスが行き、逃げ出した鼠をロンが捕まえ、そのまま揃ってシリウスに無理矢理運ばれて行く。
でもそれはロンに大きな怪我をさせかねないのでナシだ。
つまりロンより先に鼠を捕えつつ、捕り返されない様に屋敷まで誘導をしなければならない。
難しい立ち回りになるだろうけど、ニーズルの血を受け継ぐ彼ならやってみせるだろう。
それなら私は、と言うと……特に何もしない。出来る事が無い。しょぼん。
精々、ルーピン先生とスネイプに状況を伝えるくらいか。
居なくても良いとか言わないで。予定外の事に備える為でもあるから……情けない訳じゃないから……
せめてもの仕事として目くらまし術で隠れつつ実況をしてやろう。
「来たぞ」
「よーし、じゃあお願いね。私は後から合流するから」
シリウスの硬い声で意識を戻す。さぁいよいよだ……後は頼んだぞ。
*
さてさて、遂に始まりました。鼠捕り大作戦。
ようやく実行出来て私の胃も安らぐ事でしょう。
まずは変身したシリウスがハリー達の前へ飛び出した。
途端に驚き身構える皆。熊かってくらいデカイ真っ黒な犬が現れたらそりゃビビる。
映画だと普通だったんだけどね……原作通りだと凄い迫力だ。
そしてロンが懐を押さえて慌てふためいて……あ、鼠が落ちてった。
そこへすかさずクルックシャンクスが滑り込む。
流石猫。流れる様な素晴らしい動きで鼠を咥えて走り出した。
「クルックシャンクス!? どうして!?」
「待て! 遂に本性現したなコイツ!」
更に驚くハーマイオニーと、怒りを隠さないロン。
2人に続いてハリーも駆け出していく。うむ、良い誘導だ。
犬が先導し、鼠を咥えた猫が駆けていく。
流石にクルックシャンクスに呪文を放つという発想にはならないのか、後ろから3人が大人しく暴れ柳へ向かって走り続ける。
そして私もコッソリ後を追う。
元から近かったのもあって、木にはすぐ到着した。
「ごふっ」
皆が近づいた事で暴れ出した枝に、ハリーが早速吹っ飛ばされた。可哀想に……
飛んでったハリーを気遣い、ハーマイオニーとロンは後退して助け起こす。
さぁどうしよう、と困惑が伝わって来る。
そんな中、颯爽と枝を避けて犬と猫は木の根元へ。
そして2匹はあからさまに皆を振り返りながら、根本のコブの様な所へポンと揃って前脚を置いた。お手してる可愛い。
途端に枝はしょんぼりしおしおに大人しくなる。
こうするんだぞ、と誘導してるのが丸分かりだけど……まぁ良いだろう。
結果的に屋敷に皆が着いてくれればそれで良いのだ。
皆がまたしても驚いている間に、犬猫鼠は木の洞へ潜り込んでいった。
そしてすぐに木は暴れ出す。意外と短時間なんだな……
「あのコブが弱点なんだ! アレを触れば大人しくなる!」
「なんでクルックシャンクスが知ってるのよ……」
「いやコブを触れるくらい近づけたら、もう大人しくさせなくても良いんじゃ……あ、待って僕も行く――ごっふぅ!?」
「「ハリー!?」」
ともかく、それを見ていた皆はすぐに動き出した。
そしてまたハリーが吹っ飛んだ。可哀想に……
触れる距離に行けた後に枝を大人しくさせても意味が無い、それは確かにそうかもしれない。
なら遠くから、とかは考えないのかい? 君達は呪文を放ってみるとかしてみないのかね?
ていうかそもそもイモビラスで枝は止まる。気付け、思い出せハーマイオニー。君なら出来る筈だ。
「「「ぁぁぁあああああーーー!!!???」」」
なんて事を考えている間に、3人は1本の枝に揃って必死にしがみついてぶん回されていた。
どうしてそんな面白い事になるのだろうか。謎だ。よくもまぁ、手を離さずにいられるもんだ。
「――ぁぁぁ! そうだ思い出したイモビラス!!」
と、ここでハーマイオニーが叫んだ。
どうやら私と一緒に呪文を練習しまくった去年を思い出してくれたらしい。
でもそれは最悪のタイミングだと思うよ……
「「「嘘でしょぉぉぉおおお!!!???」」」
案の定、3人は枝から射出された。
物凄い速度で振り回されているのを急に呪文で止めるもんだから当然の結果である。
しかし運が良いのかなんなのか。ピッタリ木の洞へ向かって一直線、スポーンと飛び込んでいった。ストライク……いやホールインワン?
なんにせよ奇跡だ。とりあえず怪我が無い事を祈っておこう。
ていうかハーマイオニー今……杖抜いた?
あんな振り回されてる中で片手を離して維持したの?
それともまさかもしかして杖無しで呪文を……?
どっちだとしても火事場の馬鹿力ってやつか。
とりあえず頭の良いお馬鹿という評価はまだまだ変わりそうにない。可愛いやつめ。
なんとも大騒ぎだったけど結果オーライ。あのまま叫びの屋敷まで誘導されるだろう。
よし、じゃあ私も向かうとしますか。
という訳で、守護霊で報告を飛ばしてから私も変身して空へと飛び立った。
いやー全くヒヤヒヤさせられ……いやなんか普通に楽しんで眺めてたな私。
思いっきり危険で恐ろしい場面だった筈なんだけど……
いつの間にか私もすっかり魔法界の価値観に染まってるな。まぁいいか。
誰かさん達も今を楽しめとか言ってたし。楽しんでいこう。
なんて事をつらつらと考えながら羽ばたいていく。
そういえばあの屋敷って塞がれてて外からじゃ入れないけど……どうしよう。着いてから考えるか。
というかこの速度じゃ私の方がずっと先に着いちゃうな。タイミング図った方が良いかな。
って、ホグズミードこっちじゃねぇや。何処やねんここ。一旦城戻りまーす……
*
狭くて暗い地下の道を、僕達は揃って身を屈めて歩いて行く。
あの犬とクルックシャンクスはもう見えない。けど1本道だからこのまま進むだけだ。
「クソ……いつまで歩くんだよもう!」
「地図にあったホグズミードへの抜け道だから、もうしばらくだと思うよ」
気が急いても狭くて走れない所為で、ロンはかなり焦っている。
大事なペットの事だ、そんな吐き捨てる様に叫ぶのを咎める事は出来ない。
だから僕は極力冷静にロンへ返した。
地図で知ってはいるけど……果たして村の何処に繋がっているんだろうか。
「クルックシャンクス……どうしてホグズミードに……?」
「あの猫もだ! 最初に言った通りじゃないか! ずっとスキャバーズを狙ってたんだ!」
ハーマイオニーは思ったより落ち着いている。
自分のペットがやった事だというのに……彼女らしくない。
クルックシャンクスの名前を聞いて、イライラをぶつける様にロンがまた叫んだ。
「落ち着いて。食べるつもりならこんなあからさまに誘導したりしないわ」
「じゃあなんだって言うんだ。犬と猫が呼ぶとか訳分かんないよ!」
僕も訳分かんないよ。でも訳分かんないのが魔法界だしなぁ……
「あの犬は見た事あるんだ。なんなんだろう……」
「それ、いつの話?」
分からないと言えばあの犬だ。
思い返しながら呟くとハーマイオニーが食い気味に反応した。
「夏休みに家を飛び出した時に……それから、クィディッチで嵐の試合の時もチラッと見えた。ロンの言うグリムってアイツの事だよ」
「……嘘だろ。グリムに誘い出されてるの僕ら? このまま死んじゃうんじゃ……」
あの時は気を取られてバスに轢き殺される所だった。試合の時も死にかけた。
死の前兆なんて言われるのも納得してしまいそうなくらいだ。あの占いも……未だに胸の奥で引っ掛かったままだ。
僕が答えると、少しでも早く行こうと動いていたロンの足が緩んだ。
グリムだとは信じないけど、何か良くない事は起こりそうだ。警戒はしておいた方が良いだろうな。
「だからそれは――はぁ、もういいわ。とにかくこのまま進めば全部分かるでしょ」
そんなロンにいつも通り呆れそうになったハーマイオニーは、言葉を切って僕らの背中を押した。
やっぱり彼女だけやたら落ち着いてる……
「僕らが戻ってこないってアリスが心配してるかも……」
「そう……そうね。アリス……」
「僕はスキャバーズが心配だよ……」
黙るのも不安になって、何でも良いから話をしたかった。
きっとアリスや先生達を心配させてるだろう。シリウス・ブラックの事もあるし、僕が戻ってこないとなれば大騒ぎだ。申し訳なくて胃が痛い。
駄目だな、不安を紛らわせるどころじゃない。
もう黙って進んだ方がマシかもしれない。
そうしてしばらく進むと上り坂になり、そこを越えると急に場が開けた。
「部屋……家の中?」
「なんだよここ……絶対ヤバイよ」
どうやら地下から家へ入ってきたというのは分かった。
だけどロンの言う通り、明らかに様子がおかしい。
部屋はとにかく雑然としていて埃っぽい。
壁紙は剥がれ床は染みだらけ、家具という家具が滅茶苦茶に破壊されている。
そして窓は全て板が打ち付けてある。異常としか言えない。
「叫びの屋敷だわ……ホグズミードにある、ゴーストも近寄らない幽霊屋敷よ」
「……ゴーストも近寄らないならもう幽霊屋敷じゃあないんじゃないかな」
辺りを観察していたハーマイオニーが答えをくれた。
とりあえず、異常過ぎる場所の所為か冗談を言いたくなった。
なんにせよ怖がって止まっていても仕方ない。そう言い合いながら部屋を進んで行くと薄暗いホールへ出た。
思ったより大きな屋敷なのかもしれない。ホールらしく階段がある……今にも崩れそうだけど。
変わらず酷い荒れ様だ。僕らは息をするのも忘れて、恐る恐る辺りを見回していく。
と、そこで猫の鳴き声が上から聞こえた。
揃ってビクリと硬直したのは仕方ないだろう。多分アリスだったら悲鳴を上げてる。
「クルックシャンクス?」
「呼んでる……って事なのかな。行こう」
遅い、早く来い。そう言ってるのかもしれない。
しかしあの階段は3人で上って大丈夫なんだろうか……とにかく行くしかないか。
ゆっくりゆっくりと階段を上り2階へ来ると、1つだけドアの開いた部屋があった。
誘われているのは間違い無くあの部屋だ。他は……開ける気にはならないな。
これまた恐る恐る近づいて、こっそりこっそり覗き込むと……猫がポツンと部屋の真ん中でお座りしていた。
「クルックシャンクス! あなた一体何を――」
「待って! 犬は何処……?」
「それにスキャバーズもだ! コイツめ、何処にやった! もう食べたんじゃないだろうな!?」
駆け出そうとするハーマイオニーを押さえる。
クルックシャンクスだけが居るのはおかしい。あんな大きな犬、何処に消えたんだ。他の部屋か?
咥えていた筈の鼠も居ない。食べただなんて思いたくはないけど……
「ここだ」
僕らがそう言いながら部屋の中を確認すると同時、暗闇から静かな声がした。
ビクリと反応してそちらへ向き直ると、1人の男が近づいて来る。
「ほら、鼠も無事だ。渡す事は出来ないがな」
その男が掲げた籠……いや小さな檻にはスキャバーズが入っていた。
これでもかという程に暴れているけど、鳴き声どころか物音もしない。魔法で音を消してるんだろう。
それよりこの男には見覚えがある。信じられないけど……でも間違いない。
「まさか……シリウス・ブラック? 手配書と全然……」
僕の中にある印象とは全く合致しないくらい、目の前の男は小奇麗で整った身なりをしている。顔も素晴らしくハンサムだ。
逃亡中とは思えない……あれ程の規模で1年近く追われていて、どうして逆に健康体になるんだ。
「こんなにイケメンだったの――ゴホンッ、あなた動物もどきだったのね!」
隣でハーマイオニーが素直に驚いて呟き、慌てて取り繕う様に声を荒げた。
なるほど、あの犬は変身していた姿だったのか……だから逃げ続けられたんだ。
それはそれとしてハーマイオニーは緊張感が無いな。女の子はとんでもないイケメンを前にするとこうなってしまうのか……? いやそんな馬鹿な……
「ハリーと僕らを殺すつもりか!? スキャバーズを返せ!」
「ロン駄目!」
駆け出そうとするロンを押さえるハーマイオニー、2人の大声で僕はようやく目の前の現実を受け入れた。
そうだ、何をボケっとしてるんだ。コイツは僕の両親の仇だ……僕を殺そうと脱獄してきた極悪人だ。
わざわざこんな所に誘い出して、遂にやってやろうって訳だ。ふざけるな、逆にやってやる!
「殺す訳が無いだろう」
「殺さない? アズカバンで骨抜きになったのか!? 僕は戦うぞ!」
なんて事無い様に返すブラックの言葉の意味が分からない。いや分かる必要なんて無い。
僕は自分を奮い立てる様に叫びながら睨み付けた。
「ハリーも待って!」
「何を待てって言うんだ!」
「なんなんだよ君は! この状況で何を言ってるんだ!?」
するとハーマイオニーが僕まで止めようと声を荒げる。
こっちもこっちで何を言ってるのか意味が分からない。ロンも僕と同じ様に叫び返した。
さっきからハーマイオニーはおかしいぞ。
「コイツは……僕の父さんと母さんを殺したんだ! 仇を討ってやる!」
「――っ」
制止を振り切り、僕は思いっきり踏み出した。
ブラックはピクリと反応しつつ、だけど動こうとはしない。
何がしたいのかは分からないけど、このままぶん殴ってやる!
呪文なんて知るか。杖なんて要らない。この手で直接!
そう渾身の力で振り切った拳は、ブラックの整った顔面に突き刺さった。
なんなら勢いを付け過ぎて2人揃って倒れ込む程だった。
「ぐっ……あぁ……そうだな、私が殺したも同然だ」
「何を言って――うわっ!?」
すぐに起き上がろうともせず、やり返そうともせず。ブラックはただ呟いた。
同然も何も、お前が……そう言おうとした瞬間、クルックシャンクスが僕へ飛び掛かって来た。
流石に避け切れず、ギリギリで手を引っ掻かれた。明確な攻撃……やっぱりそうなんだな……
「クルックシャンクス止めて!」
「ソイツはブラックとグルなんだ!!」
ハーマイオニーの悲鳴を押さえつけるくらいにロンが叫ぶ。
クルックシャンクスはブラックと組んでる……もう疑う余地は無い。つまり敵だ。
「退けっ!」
「もう止めてってば! 皆落ち着いて!」
まだ辛うじて、腕を振るうだけで済んだ。あっさり避けられたけど……
でもこれ以上敵として邪魔をするなら、こっちも攻撃せざるを得ない。
出来るのか……? この子に杖を向けられるのか……?
悲痛な叫びを繰り返すハーマイオニーの目の前で……そんな事……
いや、やらなきゃ……せめて意識を奪うくらいは……
「全く、大騒ぎだな」
そんな決断を下そうと杖を握り締めると同時、今度はルーピン先生が現れた。
どうしてこんな所に……僕らを追い掛けてきたのか?
「先生!?」
「先生、ブラックが!」
「あぁ、分かってる。君達は一旦冷静になろうか」
ハーマイオニーは酷く驚き、ロンは杖を構えながら先生の隣に並んだ。
なんにせよ最高の援軍だ。先生と一緒なら――
「シリウス、もう少し上手くやってくれ。こんなに騒ぐ事もないだろう」
「無理を言うな……ハリーの怒りは受け止めなければならない」
そんな希望は一瞬で打ち砕かれた。
ルーピン先生はあろうことか、親し気にブラックへ近づいて言った。
嘘だ……まさかそんな……
「先生もグルだったのか!? 僕は信じてたのに!」
堪らず僕は杖を向けて叫んだ。
理解が出来ない。先生は父さんと親友だったと言っていた。それがどうして仇のブラックと……
それすらも嘘だったのか?
「待つんだハリー。まずはちゃんと話を――」
「うるさい! 何を話すって言うんだ! このっ――」
もういい! それならもう先生も敵だ!
僕は滅茶苦茶な感情のまま、杖を振り上げた。
何の呪文を、なんて考えもしない。ただ、何もかもぶっ壊してやるという怒りを放つ様に――
「すとーっぷ!」
瞬間。爆音と共に屋敷の壁が弾けた。
次いでアリスが叫びながら飛び込んで……そして床に転がって止まった。
もう色々重なり過ぎて、意味が分から無さ過ぎて、僕の思考と動きも止まった。
「アリス!? 次から次になんだよもう! なんで壁を突き破って出て来るんだ!? 2階だぞここ!?」
ロンも僕と同じ様に混乱して叫んでいる。
本当に何がなんだか……
「はぁ……先生の所為で余計に拗れてるじゃん」
「すまない……でも多分、君が出て来て更に拗れたと思うよ」
「ていうか普通に合流出来ないのか、君は」
アリスは転がって汚れた服を叩きながら立ち上がり溜息を吐いた。
それに対し先生とブラックが軽く答える。
待て……どうしてこの状況でアリスが2人と親し気に……
「――嘘だろ。アリスまで……?」
絶望した様にロンが呟く。
そういう事だよね……そうか……君も……
「僕らを裏切ったのか!?」
信じたくはない。だけど他でもないあのブラックの隣に立つのなら、僕は君をっ……
「……本当だ。余計拗れた」
「とにかくハリーもロンも落ち着いて話を聞いて! アリス、早くなんとかしてちょうだい!」
「あ、はい」
僕の気持ちなんて知りもせず、アリスはいつも通り呑気な反応だ。
そしてもう何度目か分からないハーマイオニーの叫び。ん?
「ちょっと待て。さっきからその子はどうして分かった風に……」
「まさか計画を伝えてたのかい?」
ブラックと先生が何故か困惑してる。なんだ? なんか……あれ?
「え、いや違っ……あれはハーマイオニーがやたら鋭くて色々バレちゃっただけで……」
「何をやらかしたんだ君は」
慌てるアリスと呆れた様なブラック。
なんか風向き変わったな……?
どういう事なんだ。ハーマイオニーは何を知ってる?
「ハーマイオニー?」
「まさか君までっ……嘘だと言ってくれ!」
「待っ……違うわよ! え、私もそっち側!?」
疑問と困惑を伝える様に僕が呼ぶと、ロンが今度こそ限界を迎えた様に悲痛な顔で叫んだ。
片やハーマイオニーはただ慌てるだけで、完全に緊張感なんて消えている。
なんだかロンだけ違う方向を向いてる様な気がしてきたぞ。なんだこの……なんだ?
「ほらハーマイオニー早く説明してあげて」
「私の役目じゃないでしょ!?」
そして何故かアリスはハーマイオニーに説明をぶん投げた。
一体何がなんだか……さっきまでの混乱とは全然違う混乱が……一層深い混乱が……頭痛くなってきた。
もう完全に僕の脳みそのキャパシティを超えた。煙が出そうだ。
「だって私より簡単に纏めてくれそうだし……」
「あーもう! 事情までは知らないから補足してよね!」
でもってぶん投げられたのを素直に受け取ったハーマイオニー。
おかしい。おかしいけど何がおかしいんだか分からなくなってる。今は何がどうなってるんだっけ?
「本当に説明するのか」
「面白い子だ」
「そこ! ややこしくなるから一旦黙ってて!」
先生とブラックにハーマイオニーが突っ込んだ。
もう一旦考えるのは止めよう。
「ゴホンッ。じゃあまずは――」
「あ、先に鼠の件を済まそうよ」
「話を聞け!」
「ごめん」
わざわざ咳払いをして話始めるハーマイオニーをアリスが遮る。
そして頭を強めに引っ叩かれた。いい音したな……ていうかハーマイオニーが暴力って珍しい……
って、そうだ鼠! 鼠の件ってなんだ!?
ていうか鼠ってなんだ!? あぁスキャバーズか。
「いやしかしその方が話が早いか。すまないが説明するのはちょっと待っていてくれ」
「どうして私が説明するのが当然の事になってるのかしら」
ブラックは横に転がっていた小さな檻を拾い上げた。完全に存在を忘れてたよ。
ブラックと普通に会話してるハーマイオニーはもう分からない。
なんだろう……僕は何か凄い思い違いをしてるんじゃないだろうか。
「スキャバーズに何するんだ!? 止めろ!」
そしてロンは多分1人取り残されてる感じだ。
彼のペットを想う気持ちを蔑ろにする訳じゃないけど……もうそんな雰囲気じゃなくなってる。
いやむしろ一番正常なのはロンなんじゃ……
「ごめんロン、ちょっと大人しくしてて」
そんなロンは無情にもアリスの呪文によって縄で縛られ口を封じられた。可哀想に……
「さっさと正体を暴くとするか。リーマス」
「よし、せーので行くぞ」
それでいてブラックと先生は完全に流して見なかった事にしていた。
相変わらずよく分からない事を言いながら檻を宙に浮かべ、揃って杖を構えている。
中の鼠は未だに暴れ続けているけど……正体って?
そしてふと、なんだかんだ自分がいつの間にか冷静になっている事に気付いた。
このまま真面目に考える事が出来れば良いけど。
「あれ? なんでシリウス杖持ってるの?」
あぁ駄目だな。アリスの所為で全然真面目に戻れない。
なんでこのタイミングで口を挟むんだ。マイペースか。
「あー……箒を買うついでにな」
「指名手配中に何してんの……」
指名手配犯が買い物してたの……? もう本当に意味が分からない。
ていうか箒ってまさか……いや違うよね……逃走中の移動用とかそういう……
あぁもう待て待て、なんで僕は両親の仇を目の前にしてこんな呑気に……なんでだ、何がどうしてこうなった?
感情が遥か後ろで置いてけぼりにされてる。ちょっと拾いに行かせてほしい。
「あなたが何してるのよ! 一体何回話の腰を折るつもり? いい加減にして」
「ふぁい……ごめんなひゃい」
ハーマイオニーがアリスの頬を思いっきり引っ張って睨んだ。
普段怒る時より5割増しくらいに低い声だ。キレてるなぁ……そしてよく伸びるなぁ、アリスの頬っぺた。
「……もういいか? じゃあやるぞ」
ブラックもなんとなく疲れた様な声に聞こえる。
アリスと組んでたのは確実だろうけど……なんだろうなぁ……多分アリスに振り回されてるんじゃないかなって気がしてきたよ。
この人本当に仇なのかな……なんかそんな感じじゃないというか。
冷静になった今思い返すと、さっきまでの言葉もおかしい。
僕を殺す訳が無いとか、怒りは受け止めなきゃならないとか……殴られる時も何故か抵抗しなかった。
いや、まだ分からない。まだ判断するには早い。
そうしてブラックが1度杖を振ると、途端に鼠の叫び声が響いた。
音を消していた魔法を解いたらしい。
2度目を振ると今度は檻が消えた。だけど鼠は宙に浮いたままだ。
空中で藻掻き苦しむ様に暴れ、凄まじい叫びを続けている。
最後に、3度目。先生とブラックが同時に杖を振り、なにやら呪文を唱えると閃光が迸った。
途端に鼠は早送りの様に姿を変えていった。頭が、手足が、人の形へと。
そうして現れたのは……小柄な男。皮膚は薄汚れ、頭のてっぺんは剥げ上がり、まるで太った人が急激に萎びた様な体。
なんてことだ。スキャバーズも動物もどきだったんだ。いつ入れ替わって……いやまさか、ずっと……?
「やぁピーター」
「しばらく振りだな?」
そして先生とブラックはやけに朗らかに声を掛けた。
ピーターだって? その名前は……確か……
「リーマス……シ、シリウス……」
ピーターと呼ばれた男は浅く早い息を繰り返し、恐怖に怯え震えている。
だけど、鼠の雰囲気を感じる小さな目が一瞬、鋭く周囲を見回したのが分かった。
「こういう事だ。コイツはペットの鼠なんかじゃない。12年もの間隠れ潜んでいた、かつて友人だった……真の裏切者だ」
ブラックは僕らを見回しながら静かに、それでいて途轍もない感情を押し込めた声で語った。
ピーター……ペティグリュー。ブラックに殺された筈の……あぁ、そういう事か。
何があったのかはまだ分からないけど、ブラックは両親の仇じゃない。本当の仇は……この男なんだ。
いやに冷静に受け止められたのが不思議だ。
むしろショックはロンの方が大きいみたいだ。横目で確認してみれば、縛られているロンは表情が消えて……あれ、白目剥いてない?
あ、縄が消えた……アリスが魔法を解いたらしい。それでも反応は無い。
まぁ正直同情する。散々可愛がってきたペットが……時には一緒にベッドに潜っていたペットがこんな……薄汚い剥げたおっさんだったなんて。ショックで気を失っても驚きはしない。
「――っ!」
先生とブラックがジリジリと睨みながら近づくと、ペティグリューは素早く駆け出した。アリスが空けた壁の穴へ。
コイツ……! この期に及んで逃げようってのか!
「はい残念」
が、しかしアリスの放った呪文であっさりと転がされた。
そのままもう1度杖を振り、縄でガッチリと縛り上げ……そしてついでの様に踏み付けて押さえる。
「逃げ出すのにこんなピッタリな穴があれば、そりゃあこっちに来るよねぇ?」
どうやら完璧に予想していたらしい。一瞬だったもんね。
まさか最初から全部計算していてあんな登場を……いやそれは無いな。アリスだし。
そんなアリスは蔑む様な酷く冷たい目で奴を見下ろし、ニヤリと笑いながらグリグリ踏み付けている。なんだろう、なんかゾクゾクする。
「ぁ、ぁあ……助けて……私じゃないんだ、シリウスが……」
「この状況でまだそんな事言えるの?」
奴は言い逃れにもならない言葉をブツブツを呟く。
まだ詳細が分からなくとも、これが嘘だという事は分かる。真っ先に逃げようとした時点で信じるに値しない。
アリスも冷たい目を向けたまま呆れた様に溜息を吐く。
一層強く踏み付けたんだろう。奴の呻き声が漏れた。
「あ、脚を退けるんだ、何故かいつも私を踏み付けるお嬢さん……今日は可愛らしいピンク色のパン――」
「ふんっ!!」
「ぐべ」
恥ずかしがらせて逃げようとでもしたんだろうか。
要らん事を口走ったペティグリューは沈黙した。顔を思いっきり踏み付けられて。
いや要らん事ではないな……そうか、今日のアリスはピンク色……
ていうかコイツ、なんて羨ま……いや、うん。踏まれた事じゃなくて覗き放題なのが……じゃなくて!
この状況で僕は一体何を考えてるんだ。馬鹿か。
「堕ちたのは分かり切っていたが、変態にまでなっていたとはな」
「……最っ低」
裏切者がどうとか以上に変態として蔑む様にブラックが吐き捨てた。
横でハーマイオニーも心底軽蔑した表情でスカートを押さえている。
そうか、きっと色んなスカートを覗きまくってたんだろうな……鼠だもんな……
「動物もどきって凄いな……どうやって習得するんだろう」
そしてロンが復活した。パンツで?
いや現実逃避なのかもしれない。そういう事にしておこう
「そんな理由で習得したら尊敬しつつ絶交するわ」
「いやその……今のは違くて……」
でもってハーマイオニーは表情を変えないままロンを睨んだ。
多分混乱し過ぎてつい口に出たんだろうな……分かるよロン。だって僕も一瞬思ったもの。
「あー……とりあえず大人しくなってくれた所で、本題に入ろうか」
先生の言葉で僕達は揃ってハッと意識を戻した。
すっかり真面目な空気が抜けてしまっていた。風通し良いからね……そこの穴のお陰で。
えーっと……何の話だったっけ?
「じゃあハーマイオニー。お願い」
「…………はぁぁ。はいはい」
1人黙々と厳重にペティグリューを拘束していたアリスが戻って来た。
そうだ、ハーマイオニーが諸々の説明をしてくれるんだっけ。なんで?
そんな彼女は物凄く大きな溜息を吐き、嫌そうに口を開いた。
シリウスの杖はここだけの設定であり、原作でどうしたのかは不明です。
アズカバンに収監されても杖は魔法省で保管される、というのを何処かで見た覚えがあるのですが……改めて調べても確認が出来ませんでした。
魔法省に忍び込んで回収するというのも現実的ではないので、素直に新しく手に入れたという事にします。
金庫や箒と同様、変装なり変身なりどうにかして買ったという事で。
【変身術の解除】
以前にも度々触れてはいるが、変身を解除する呪文はいくつかある。
対応した反対呪文か何かで解除するのは恐らく基本だろう。
レパリファージという解除呪文も存在する。これは部分的な変身や、失敗した変身を戻すようだ。
そして大概の変身をレベリオで暴く事が出来るのは確実。
しかしアニメ―ガスを解除させるには別の呪文になるとされている。それがなんの呪文なのかは不明。
狼人間の変身を強制的に解除する呪文も存在し、活用している人物も居る。
これは異形戻しの術と呼ばれているが、恐らく相当に難しい部類だろう。でなければ狼人間はもっと救われている。
アニメ―ガス解除も可能かもしれないが、色々な描写から推察するとやはりまた違う呪文の可能性が高い。
特定の反対呪文→レパリファージ→レベリオ→アニメ―ガスの解除も可能な何か→異形戻しの術。
他にも有るのだろうが、こんな感じで高難度になる程に対応出来る幅が増えていくのかもしれない。
解除する際、元の姿を知っている必要があるのかどうか。
色々説はあるが、恐らくその必要は無い。
例えば、ペティグリューを鼠から戻す時、正体は分かっていても長い年月を経た人の姿は知らずに戻している。
例えば、イタチにされたマルフォイをマクゴナガルが解除した時、彼女は誰が変身させられているのか知らないままにマルフォイの姿を戻した。
何より元の姿の詳細を完璧に覚えている場合の方が少ないだろう。複雑な対象なら尚の事。
そして実力が無ければそもそも解除出来ない、というのは前提として……解除される側の抵抗は不可能と見て良い。グリンデルバルドさえ解除されたし。
閃光を避けるなりで対処するしか無いのかも。
【ピーター・ペティグリュー】
ワームテールだったりスキャバーズだったり、物語上で重要な立ち位置に居る人。
スリザリンかグリフィンドールかで長々と悩まれたハットストール。
ジェームズ、シリウス、ルーピンと早々に仲良くなったが、その裏は彼らの人気や才能に憧れての物だった。
とは言え憧れつつも、彼らに並ぶ為に努力はしていたと思われる。でなければジェームズ達も友人として身近に置き世話を焼き続ける事はしないだろう。
ルーピンの事情を知っても見捨てる事はせず(彼らと離れる事になるから)、ジェームズとシリウスの手を借りてどうにか動物もどきを習得してみせた。
彼のグリフィンドールらしさは何処なのかという話題は尽きないが、彼らの様な者への憧れ……つまりそうなりたいという思いが強かったから組み分けられたというのが有力。
その辺りも含め、ネビルと彼を被せている様な印象がある。実際原作ハリーもそんな感じの事を考えてたり。
マクゴナガルは「愚かで間抜けな少年」と評し、他の者から見ても平均以下の能力と言われている。
が、上記の通り手を借りつつも動物もどきを習得したり、12人を纏めて爆殺する様な魔法を使ったり死の呪文を使ったりと、どう見ても平均以上である。
弱気でいつもジェームズ達に付いて回っていたという印象が相当に強いのだろう。
なんなら騎士団を裏切り情報を流す様になっても誰も疑いもしなかった。
ダンブルドアでさえ、誰かが裏切っている事には勘付いても彼だとは考えていなかった。開心術はどうした……?
そんな立ち位置に居たからこそ、シリウス達は彼を秘密の守人にしてしまった。
立派な友情を感じつつも、彼なら裏切らない、言われた通りにする、と無意識に下に見ていたのだろう。
そうして裏切りがシリウスに悟られ追い詰められた時、爆発に乗じて小指を切り落とし変身して逃げ延びた。
大穴が空き瓦礫が散乱し、12人がグチャグチャのバラバラになっている中で辛うじて指1本だけは判別出来た……という事で誤魔化された。
そこまでしても、自分が秘密を明かした事がヴォルデモートの敗北に繋がった、と他の死食い人からさえも逃げ出した。
世間的に死亡扱いで、死食い人にも接触出来ない。そんな中で魔法界の情報を得ながら生きていく為に潜り込んだのがウィーズリー家だった。
幸いにも彼らは呑気であり、鼠としては異常な程に長命でもおかしいとは思わなかった。
3巻でまたしても追い詰められ逃げ出した彼はアルバニアの森へ行き、他の生物から情報を集めてヴォルデモートの下へなんとか戻った。
その後立ち寄った宿屋で会ったバーサ・ジョーキンスという魔法省の魔女からたっぷり情報収集。
バーサは殺されてしまうが、手を下したのはヴォルデモートである。
その時にナギニを分霊箱とした訳だが、ペティグリューは殺害に否定的だったそうだ(実はバーサが同級生だったという情報も?)
復活前の弱ったヴォルデモートがどうやって……と思うが、その時はユニコーンの血とナギニの毒等から作った薬で仮の肉体を手に入れていたからである。
ペティグリューが抱えていた小さな姿がそれであり、勿論調合したのも彼。方法はヴォルデモートが教えたのだろう。
その後はハリーの血を使った儀式の為に動く訳だが、これにも彼は否定的だったそうだ。
ハリー以外の誰かを使おうと説得までしていたようだが聞き入れられなかった。
ヴォルデモートはその時点で既に、ペティグリューが後悔していて機会さえあればすぐにでも逃げ出すだろうと見抜いていた。
儀式の際も、セドリックを殺すのは命令されたから。ハリーの血を取る時も若干躊躇いを見せている。
終盤は死食い人としてスネイプの補佐に派遣されたが、扱いの酷さに不満はあれど配置変えを頼むのが怖いという理由で従っていた。
最終的にマルフォイ邸の地下室でハリー達との小競り合いを経て死亡した。
この時もやはり躊躇いを見せ、それを主君への反逆と見なした銀の腕に絞殺された。
後にそれを聞いた組分け帽子は、その躊躇いこそが彼の勇気の証だと捉えた。
ハリー自身も色々思う所はあれど死に方には同情したようだ。彼もまた、ペティグリューが人生の選択に後悔していたと見抜いたのである。
彼はとにかく臆病で、何よりも自分を優先する性格である。
ジェームズ達と居たのも騎士団に入ったのも、そうして戦況から逆らう意味が無いと考えて裏切ったのも、全て自分の為。
より強い者の傍に居れば安全だという考えだろう。
それでも友情は確かにあったというのが中々に深い所。
なんだかんだリリーでさえ「ワーミー」と愛称で呼ぶくらいには仲が良かったのだが……友情はあってもやはり自分より優先する物では無かったのだ。
描写からすると、精神的に弱い所為で追い詰められ暴走してしまい後になって後悔するタイプだろう。
しかし後悔や罪悪感を抱いても、それを認める勇気が無い。そんな帽子の言う勇気を欠片だけでも示した時にはもう遅く、それが理由で死亡した。
原作と映画で若干描写が異なり、映画では臆病さが減り陰険且つ残忍な面が増している。
4巻の草稿ではムーディに成りすますのは彼になっていたそうなので、やはり隠れているだけで実力はあったのだろう。
以下、余談。
ポッター家襲撃の際、残されたヴォルデモートの杖を回収して隠したのは彼である。
ジェームズ、シリウス、リーマス、ピーター、とマローダーズの中で彼の名前だけがSで終わらないのは裏切りを示唆しているとかいないとか……
臆病故に強者の陰に隠れるという事、ジェームズ達が彼を若干下に見ていたという事、それらは原作者の言葉である。