常に主人公が一緒に居る訳では無いので度々彼の視点に変わります。でないと物語として描写出来ない部分が出てきますので。
アリス・ダンブルドアは不思議な子だ。
彼女と初めて会ったのは、9と3/4番線のホーム。柱を抜けてポカンと突っ立ってた僕に追突してきた。
慌てて謝ってきたけど、悪いのはそんな所で呆けていた僕だ。
でもちゃんと謝る事は出来なかった。
僕が手を擦り剥いたのに気付いて、これまた慌てて杖を取り出して治してくれた。おまけにずっとボロボロだった眼鏡もだ。
それに驚いて、今度は感謝も言えなかった。
これでお相子だ、と眩しい笑顔を見せたのが印象的だった。
正直、僕は女の子とまともに会話もした事が無い。なのに明らかに整った女の子の笑顔だ。
そんなの、恥ずかしくてとても見ていられなかった。縺れ合った事すらも恥ずかしかった。
同年代の子と比べても僕は小柄だ。だけど彼女は更に小柄で……一緒に居たロンの妹さんと同じくらいだった。
だけど、どうやらとっくに魔法を使いこなしているみたいで、知識も相当にある。素直に凄いなって思った。
一緒に汽車に乗って、自己紹介した時に僕の名前で騒がなかった。どころか傷を見ようともしなかった。
それがまた印象的だった。ロンだって、誰だって見たがるのに。
唐突にゲロゲロ吐いたのはびっくりしたけど、あの時間は殆どが楽しかった。
汽車を降りた時他の生徒が、ゲロみたいなのが窓に飛んできた、なんて言ってるのが聞こえた時なんておかしかった。聞こえないフリをして、耳まで真っ赤にしていた。
殆ど……そう、マルフォイの奴が来た時は楽しくなかったけど、あの時は彼女がロンを叱っていた。
年下みたいなのに、ずっと年上の人の様に言い聞かせて……それもやっぱり印象的だ。
印象的、なんてばっかり言ってるけど本当にそうだったんだ。
組み分けの時もだ。名前で驚いたけど、それはともかく帽子が長く悩んでいた。僕の時も長かったらしいけど……スリザリンと悩んでいたから。
そう、彼女の時も帽子はスリザリンと悩んでいたんじゃないかな。だって叫ぶ時、スリ……って言い掛けてたもの。スリフィンドールって噛んだのかな。帽子は噛まないか。
学校生活が始まったら、自然とロンとアリスと行動する事が多くなった。時々ハーマイオニーも居た。
やたら注目されてしまっている僕だけど、隣にアリスが居ると楽だった。彼女もやっぱり注目されていたから。
授業は彼女にとっては復習にもならないみたいで、教えてくれる事が多かった。勿論他の生徒にも同じ様に教えていた。
でも彼女は彼女で、先行して学んでるからこそ厳しく見られているんだと言っていた。スネイプなんて酷かったし。僕にもだけど。
そのスネイプとも親交があるってのは信じられない。それどころか揶揄うくらいの距離感だったなんて……是非とも見てみたい。
ともかく厳しく見られる事を自覚して、それでも自然に行動しているのが本当に凄いと思った。
上級生やハグリッドにも可愛がられてるみたいで、ああいうのを人好きのする子って言うのかな。誰とでも仲良くしてるのを見る。
あ、ハグリッドって言えば……あのロックケーキは何だったんだろう。ポケットに詰め込んで帰ったら増えてたんだ。魔法の世界のお菓子って増えるんだね。最悪だった。
いやそんな事はどうでもいいんだ。彼女は立派だって事だ。
今日も……さっきもそうだった。
僕はネビルを笑うマルフォイが許せなくて、居ても立っても居られなくて箒に乗った。
所謂才能があったのは良かったけど、結局先生の言い付けを無視して寮に迷惑を掛けたんだ。そんな事に気付く事も無く、ただただ喜んでた。
それを思い知らされて、凄く恥ずかしかった。
ハーマイオニーが怒ってたのはそういう事なんだ、って。言われてようやく気付いた。
あの後ロンと色々話して、お互いに反省した。確かにハーマイオニーはお節介でガミガミうるさいけど……でも間違ってなかった。
謝らなきゃいけないなって。多分、僕らは成長出来た。アリスのお陰だ。
「11時半だ、そろそろ行こう」
そんな風にずっと、ベッドに横になって考え事をしていた所にロンの声が掛かった。
あれだけ言ってくれたアリスには悪いけど、やっぱりマルフォイから逃げるなんて嫌だったんだ。
これもロンと話して決めた。これで物凄く怒られて減点されたら寮の皆に謝らなきゃいけない。それでも僕達は行くんだ。
勿論見つからない様にするけど、もし万が一の場合は自分の責任だと受け入れよう。
幸い、深夜徘徊で退学なんて事にはまずならないみたいだし……
「しまった、ボーっとしてないで何か呪文でも練習しておけば良かった」
色々と考えちゃって、気付けばこんな時間だ。どうしよう、本当に素手で喧嘩する羽目になるかも。
「構うもんか。アリスも言ってただろ、殴って蹴ってぶん投げろ」
「そういう喧嘩なら尚更負けちゃうよ……」
「……まぁ、そういう気概で、って事だよ」
アリスだったらきっとそういう喧嘩も出来ちゃうんだろうな。小さいけど。
ふざけてパンチやキックをしていたのを見た感じ、ダドリーよりよっぽど鋭かったから。
ただスカートで足を高く上げるのは止めた方が良いと思う。ちょっとだけ見えちゃってた。ああいう所は無防備なんだよね、アリスは。目のやり場に困る。
いやそうじゃない、そんな事を思い出してる場合じゃない。早く忘れてあげなきゃ……ていうか早く行かなきゃ。
「呆れた。まさかとは思って念の為に来てみたけど……本当に行くなんて」
談話室に降りて、ソロソロと肖像画の穴に向かっていると声が掛けられた。
「ハーマイオニー!?」
「また君か! ベッドに戻れよ……じゃない、あー、えっと……」
誰も居ないと思ったのに、凄くびっくりした。ていうか何で知ってるんだ。
ロンは思わずいつも通りに返そうとして言い淀んだ。さっき話した事を思い出したんだろう。
「……ねぇ、決闘ってそんな散歩より気軽な物なの?」
彼女は僕らを見て、パチクリと目を瞬かせるとパジャマを摘まんでそう言った。
てっきりまた、怒ったアヒルの様にガーガー言い出すと思ったのに。全然違った。
「何言ってるんだ君は……あ」
「確かに、なんで僕らパジャマで行くんだろう。うっかりしてた」
僕らは一瞬首を傾げたけど、すぐに彼女の言いたい事を理解した。
同じ部屋のシェーマスとディーンを誤魔化す為に着替えたままだったんだ。なんてこった、パジャマで決闘なんてふざけてる。
「呆れた……全くもう」
「何回呆れるんだよ。仕方ない、時間も無いしこのまま行こう」
なにやら盛大に溜息を吐かれた。
それに対してロンはいつもより控えめに言い返し、僕を見て促した。
「ちょっと待ってよ! 本当に行くのね?」
「ああ、行くよ。これでとんでもなく怒られたって、減点されて皆に謝る事になったって、マルフォイから逃げて堪るか」
「僕らちゃんと話し合ったんだ。見つかった時は自分の責任を負うんだって決めた。分かった上で規則を破るんだ」
慌ててハーマイオニーが引き留めてくる。そうだよね、なんで知ってるかは分からないけど、その為にきっと待ってたんだ。
だけど僕らは覚悟して行くんだ。悪いけど行かせてもらう。
「……そう」
すると僕らの言葉を聞いた彼女は、いつもとは違って大人しく考え込む様に黙った。どうしたんだろう。
「そうだ、あの、えーと……ほら。君も言ってただろ。その……ごめん、僕らが悪かった。君は鬱陶しいけど、でも正しい」
「アリスのお陰で気付けたんだ。君には謝らなくちゃって。間違ってなんかいないのに、僕らは君の言葉を聞こうともしなかった。本当にごめん」
彼女の様子でロンも調子が狂ったのか、モゴモゴしながら今までの事を謝った。一言多い気がするけど。
それに倣って僕も謝る。もっとちゃんとした時に謝るつもりだったけど、仕方ない。
「でも、それでもだ。もし万が一があったら、思いっきり怒ってくれていい。じゃあ……僕達は行くよ」
僕らの謝罪も、ハーマイオニーはずっと黙って聞いていた。
僕らをじっと見つめて、何かを考えてる。本当にどうしちゃったんだろう。
なんだか居た堪れなくなって、今度は僕がロンを急かして穴に向かう。
お互い顔を見合わせて、首を傾げながら廊下に出た。
「待って!」
すると後ろからハーマイオニーが追い掛けて来た。
流石にもう鬱陶しそうな顔をしたロンが何かを言う前に、彼女が口を開いた。
「私こそごめんなさい! いつもいつも頭ごなしに怒鳴ってばかりで……その……」
信じられない事に、次は彼女が謝り始めた。ロン曰く悪夢の様なヤツ、そんな彼女が、僕達に謝った。
なんてこった、僕も驚いているけどロンの驚きは半端じゃなかった。顎が外れたんじゃないかとばかりにあんぐりと大口を開けている。
「あなた達とアリスの話、全部聞いていたの。それで私も分かった。いくら正しいと思っても、それを押し付けようと叫んだって……聞いて貰える筈が無かったのね」
どうやら彼女は、僕らが廊下で合流した所から階段で別れる所まで、こっそりしっかり聞いていたらしい。
そういえばアリスが来た時、後ろの方に居た気がする。
「でも、決してあなた達と喧嘩したくて怒ってるつもりじゃなかったの。それだけは分かって。これからは私も、言い方を考えてみるから。あの子みたいに、大人らしく出来るかは分からないけど……」
いくらロンでも、これには何も返せなかった。僕も何も言えなかった。
でもそうか。ハーマイオニーだって、そりゃ僕らを嫌って怒ってる訳じゃないよね。いつも正しかったんだから。
むしろ僕らを想って言ってくれていた。それを聞こうとしなかった。
そこをお互いに反省したんだ。彼女は言い方という面で。
これもまたアリスのお陰なのか。僕らは皆彼女に変えられてしまった。
「それだけよ。じゃあ、とにかく見つからない事を祈るわ。おやすみなさい」
そして更に信じられない事に、ハーマイオニーは僕らを止めるどころか見送って寮に戻って行った。
僕らはただ、顔を見合わせて口を開けっ放しにするしか出来なかった。なんてこった。
しかし数歩歩いた彼女は、早足で戻って来ると肖像画を指差して叫んだ。
「……ちょっと! どうしてくれるの!?」
何事かと指の先を覗き込んでみると、なんと太った婦人が居なくなっている。
これで僕らは、ハーマイオニーは戻りたくても締め出されてしまったのだ。ああもう、なんてこった。これだから動く肖像画は。
「知らないよ……やっぱり君は君だな」
「こればっかりはお手上げだ。待ってたら戻ってくるんじゃない?」
しおらしかった態度は消え、いつも通りのハーマイオニーに戻った気がする。
ロンは溜息を吐き、僕は首を振った。
「嘘でしょ、こんなとこで突っ立ってる間にフィルチが来たら同じじゃない! もういいわ、一緒に行く」
「嘘でしょ……君が来て何になるんだよ。規則破りは良いのかよ」
気の所為だった。あろうことか、彼女は僕らに付いて来るつもりらしい。まぁ、そりゃあ真っ暗な廊下で1人待つのも嫌だろうさ。
それに対しロンは不満気に返した。僕らはお互いに歩み寄れたけど、それでもこの2人は噛み合わないらしい。険悪さは無いから良いのかな。
「見つからなければ規則破りじゃないわ。私だって変わるの、いつまでも頭の固いうるさい女の子じゃいられないもの」
「変化が急過ぎやしないかい」
これは誰だろう。ハーマイオニーは何処に行っちゃったんだ。
絶対アリスに感化されて、無理矢理に開き直ってるだけだ。本心までは違うだろう。どうも彼女はアリスを目標にしてる節があるみたいだ。
僕は隣で2人の会話を聞いて、ただ呆れるしか出来なかった。というか既に揃って歩き始めてしまってるのだから無意味な会話だ。
「シー……、待って、何アレ?」
と、僕は廊下の隅っこに何かを見つけた。
ミセス・ノリスじゃない、もっと大きな……
「ネビルだ。こっちもこっちで嘘でしょ……なんで廊下で寝てるんだよ」
僕の声を聞いて、ロンが恐る恐る近づいて確認するとまさかのネビルだった。
本当に、なんでこんな所で……どうしちゃったんだよ。遂にイカレちゃったのかな。
僕らが近づくと、ネビルはビクリと反応して目を覚ました。
「ああ、良かった、見つけてくれて! ベッドに行こうとしたら新しい合言葉を忘れちゃったんだ。もう何時間もここに――」
「小さい声で話せよ。合言葉は『豚の鼻』だけど、今は役に立ちゃしないよ。太った婦人はどっかへ行っちまった」
そして興奮した様に話し出す。今が何時なのか分かってないみたいだ。
なんにせよここでもう一度寝てた方が良い。どうせ戻れないから。
「悪いけどネビル、僕達はこれから行く所があるんだ。また後でね」
「そんな、置いてかないで! ここに1人で居るのは嫌だよ」
とにかく今はネビルに構ってる場合じゃない。そう考えて先を急ごうとすると、彼は立ち上がって縋り付いてきた。
「ぐっすり眠ってた癖に何を言ってるのよ」
ハーマイオニーがバッサリと切り捨てた。本当にそうだ。
廊下で眠れるなら待つくらいなんて事無いだろうに。
「あーもう、仕方ないな。行こう。本当に時間が無いんだから」
どうしたものかと考えていると、物凄い顔で悩んだロンが答えを出した。
全く、マルフォイも驚くだろうな。決闘に呼んだらパジャマ姿の4人が来るんだから。
*
どうにかこうにか、見つかる事無く僕らはトロフィー室に辿り着いた。
しかしマルフォイもクラッブもまだ来ていない。早く来い、不意打ちでもしようってのか?
僕は警戒して杖を抜き、ドアから目を離さない様にしながら壁を伝って歩いた。
「マルフォイの奴、怖気づいたんだ」
本当にそうだろうか。僕はなんだか凄く嫌な予感がした。
そうだ……アリスが言ってたじゃないか。決闘なんて名ばかりの物になるだろうに、なんで態々持ちかけて来たんだ? それもこんな真夜中に――
その時、隣の部屋で物音がして全員が跳び上がった。そして声が聞こえた……マルフォイじゃない誰かの。
「良い子だ、しっかり嗅ぐんだぞ。隅の方に潜んでるかもしれないからな」
フィルチだ。ミセス・ノリスに話しかけている。犬じゃないんだから……とか言ってる場合じゃない。
僕は心臓が凍る思いで、滅茶苦茶に手招きをして3人を呼んで反対のドアに急いだ。
多分間一髪、フィルチが入って来るのと同時に出る事が出来た。
僕らは石の様に強張りながら、鎧が沢山飾ってある廊下を進んだ。
後ろからフィルチが近づいて来るのが分かる。まだバレてはいない筈……このまま音を立てずに行ければきっと。
しかしそんな淡い期待はネビルによって掻き消された。
恐怖に耐え切れなかったのか、彼は突然悲鳴を上げ、闇雲に走り出したのだ。
しかも躓いてロンの腰に抱き着き、揃って鎧にぶつかって倒れ込んだ。
静まり返った城中に響きそうな、凄まじい音がした。
なんてこったとか言ってる場合じゃない。とんでもない事をしてくれた。
「逃げろ!」
もう潜める意味も無い。僕は叫んで、全力で廊下を疾走した。
フィルチが追い掛けて来てるかは分からないけど、皆が走ってるのは分かる。
全速力でドアを通り、次から次へと廊下を駆け抜けた。
今何処なのか、何処に向かっているのか、先頭の僕にも全然分からない。
ただただ、とにかく走って走って走って――
気付いた時には、トロフィー室からだいぶ離れた呪文学の教室の近くだった。
「多分、撒いたと……思うよ」
途中で抜け道みたいな所も通ってきたから、きっとフィルチも付いて来れていないだろう。そう信じたい。
僕は壁に寄りかかって、額の汗を拭いながら言った。もう息が切れて苦しい。
ネビルは体を2つ折りにして咳き込んでいる。
「グリフィンドール塔に戻らなくちゃ。出来るだけ早く」
僕らよりはだいぶマシそうなロンが促した。そうだ、撒いたからって解決はしない。今度はここから戻らなくちゃならないんだ。
「マルフォイに……ハメられたのよ……はぁ、ハリー、あなたも、もう分かってるんでしょう?」
ハーマイオニーは苦しそうに胸を抑えて、喘ぎながら言った。
アイツは初めから来る気なんか無かったんだ。僕らを呼んでフィルチを呼んで……だから真夜中だったんだ。
分かってる、分かってるけど認めたくなかった。あれほど覚悟を決めて来たというのに、こんな事になるなんて。
「とにかく行こう。今度こそ見つからない様に――」
考えるのは後だ。まずは寮に戻らないと。
そう言って歩き出した僕らの前に、今度こそ最悪な奴が現れた。
「おんやぁー? 真夜中にフラフラしてるのかい? 1年生ちゃーん。悪い子、悪い子、捕まるぞぉー」
ピーブズだ。僕らを見つけると笑い出した。
「黙れ、ピーブズ。お願いだから」
「フィルチに言おう。言わなくちゃ。君達の為になる事だものねー?」
聞く耳持たない。意地悪く光る目を向けてニヤニヤと笑い続ける。
そして――
「生徒がベッドから抜け出した!! こっちに居るぞー!!」
これでもかという大声で叫んだ。
僕らはもう脇目も振らず、ピーブズの下をすり抜け命からがら逃げ出した。
しかしそのまま廊下の突き当りでドアにぶち当たる。
なんと鍵が掛かっているのだ。
「もうダメだ!」
「おしまいだ!」
皆でドアを押したけどどうにもならない。
声を聞きつけて、フィルチが走って来る音が聞こえる。
「ちょっとどいて!」
ハーマイオニーはそう言うと、僕の杖を引っ手繰って――鍵を杖で軽く叩いて呪文を唱えた。
「アロホモラ!」
鍵の開く音がすると、僕らは一斉に雪崩れ込んでドアを閉めた。
そうだ、杖があるんだから魔法を使えば良かったじゃないか。いや、碌に呪文なんて使えやしなかった。
やっぱり彼女も優秀なんだ。そんな呪文、僕は知らない。
「どっちに行った、早く言えピーブズ!」
ドアの外でフィルチとピーブズが言い合う声がする。
何度か問答をした後、フィルチの怒り狂った悪態が遠ざかって行った。
これでひとまず安心か。
「よし、もう大丈夫だ。ネビル、離してくれ……よ」
ドアの外に耳を澄ませている間、ずっと袖を引っ張っていたネビルに文句を言おうと振り返った。
そしてそれを見た。
あんまりだ。今日はもう、嫌と言う程色々あったってのに。
ここに来てこんな……もう悪夢だ。いや、悪夢の方がマシかもしれない。
ここは部屋じゃなくて廊下だった。
ダンブルドアが言っていた、立ち入り禁止の4階の廊下だ。
今、その理由に納得した。
床から天井まで犬で埋まっている。1匹の犬だ。だけど頭は3つ。目は6つ。
牙を剥き出しにして、ヌメヌメの涎を垂らし、雷の様な唸り声を上げ、その血走った6つの目全部が僕らを見つめている。
こんなデカいの、どうやって入れたんだよ……
もう声も出ないまま、僕はドアの取っ手をまさぐった。
フィルチか死か――フィルチの方がマシだ。
「「「「あああぁぁぁーーーっ!!??」」」」
誰が最初に叫んだか。釣られる様にして全員がようやく悲鳴を上げて飛び出した。
何故か律儀にドアを閉め、それから飛ぶ様に走った。
フィルチはもう別の場所を探しに行ってるようだけど、もうそんな事はどうでもいい。
流石に悲鳴を聞きつけて来るだろうけど、それだってどうでもいい。
とにかく少しでもあの怪物から早く遠くに逃げたい。
またしても一心不乱にただただ走り続けて、やっと7階の太った婦人の肖像画まで辿り着いた。
見つからずに戻って来れたのは奇跡だ。むしろあの怪物に食い殺されなかった事が奇跡だ。
「まぁ、一体何処に行っていたの?」
婦人が戻っていて良かった。僕らの滅茶苦茶な様子を見て驚いてるけど、そんなの答えてる余裕も無い。
「何でもないよ……『豚の鼻』」
息も絶え絶えに合言葉を言うと入口が開いた。
フラフラになった僕らは、やっとの思いで談話室に入って椅子にへたり込んだ。
誰も声も出さず、ひたすらに荒い呼吸を繰り返し咳き込んだ。
それがどれくらい続いたか、皆が落ち着いた頃になって、寝ぼけた様な声が聞こえた。
「んぁ……あー、皆おかえり」
「アリス?」
どうやらソファに寝てたらしい。ポテポテとこっちに歩いて来る。
て、ちょ……なんて恰好してるんだ。パジャマが薄過ぎるだろう。ネグリジェ……って言うんだっけ、目のやり場に困る。
僕だけじゃなく、ロンもネビルも目を逸らしてる。何か見えちゃいけない物が透けて見えてしまいそうだ。
「なんて恰好で出て来てるのよ、もう! それにしても、あなた早く寝ちゃうし起きないのに、なんで……」
僕らが目を逸らしている間に、ハーマイオニーがシーツを被せて隠した。多分待ってる間アレに包まって寝てたんだろう。
隠されて良かったんだか良くなかったんだか……いや何を考えてるんだ。
「ふぁああ……まぁ、気になってたしね。ほら、そこに水あるよ」
「用意が良いわね……」
欠伸をしながらアリスが答えた。本当に眠そうだ。そういう所は見たまんま子供なんだな。
答えるついでに、彼女は傍にあるテーブルを指差した。水差しとコップが並んでいる。
ハーマイオニーの言う通り、随分と用意が良い。だってまるで僕らが走って来ると分かってたみたいだ。
しかも人数分ある。僕とロンだけじゃない、飛び込みで参加した2人の分までだ。あと濡れてる1つはアリスが飲んだんだろう。
一体何処まで先読みして用意したのか……本当に不思議だ。
「で、どうだった? マルフォイは来た?」
僕らが次々に水を飲んでいくのを眺めながら、アリスはクスクスと笑ってそう訊ねた。
ちなみに倒れ込んだままのネビルには、最後に残った水差しを直接口に突っ込んであげた。彼は未だに喋る事も出来ないままだ。
「分かってたんだね、アリスは。言ってくれたら良いのに」
「ふふっ……よく考えてみなよ。ハリーが行かなかったとして、マルフォイはそれを誰に言うのさ。僕は真夜中に出歩いてましたって触れ回るとでも? まぁこれも良い経験……かな?」
軽く文句を返したら、至極当然の事を更に返された。
そりゃそうだ、なんで気付かなかったんだろう。真夜中ってだけで、マルフォイは誰にも言える筈が無かったんだ。
「とんでもない経験したよ。マルフォイなんてどうでもいい、最悪の悪夢だ。今日は絶対魘されて眠れないよ」
「あんな怪物を学校の中に閉じ込めておくなんて……一体何を考えてるんだろう」
くたびれたロンが呟き、僕も続いてあの犬について話した。
なんで学校の廊下にあんなのが居るのか。いくら魔法の学校がまともじゃないにしても限度があると思う。
「怪物ねぇ……」
「君、知らないの? 犬だよ、でっかい犬。頭が3つもあるんだ。4階の廊下」
それを聞いたアリスは顎に手を当て、ちょこんと首を傾げた。
そんな彼女にロンが訊ねる。ダンブルドアの家族で教師達とも親交のある彼女なら知ってるかもと考えたんだろう。
知ってるなら是非とも聞いてみたい。
「お爺様が何を考えて何をしてるかなんて、教えてくれる筈無いでしょ。私はあくまで生徒の1人だもの」
しかしアリスは頷いてくれなかった。どうやら彼女は1人の生徒としてキッチリ線を引かれてるらしい。
そういえばそうだよね、だからこそ厳しく見られるとか言ってたんだし。
「そう――ねぇ、あの犬、何処に立ってたか見た?」
「床の上じゃない?」
ハーマイオニーもまた、当てが外れた様にちょっぴり落胆を見せ、今度は僕らに向き直って聞いてきた。
何処に立ってたかって? あの3つの頭を前にしてそんなの見てる訳無いじゃないか、床の上以外何処があるって言うんだ。
「違う、仕掛け扉の上に立ってたのよ。何かを守ってるのね」
よくあの状況で足元を観察出来たものだ。普通に感心する。
けど、だからって何かを守ってるとは思わないけど……
「んー……まぁ確かに、ケルベロスは3つの頭が交代で眠るお陰で常に見張りが出来るから……何かを守る番犬としてはこれ以上無い程に適任だね」
「やっぱり知ってるんじゃない」
「これはただの知識」
アリスの説明を聞いて、ハーマイオニーが不満そうに言った。
しかしそれはただの知識らしい。そんな事なんで知ってるんだろう。ケルベロスだって名前さえ知らなかったよ。
でもそれなら確かに、何かを守ってる可能性はあるのかな。
「はぁ……まぁいいわ。とにかくもう休みましょ。寝る前に汗かいちゃったじゃない……」
ハーマイオニーはそれ以上の追及はせず、パジャマをパタパタさせた。
賛成だ、さっさと汗を拭いてベッドに飛び込みたい。
「じゃ、お差し支えなければ、私は行かせてもらうわ。あなた達も汗を流して寝なさい。行きましょうアリス」
「ん? あれ……うん」
どうやら彼女はシャワーを浴びてから寝るらしい。失礼だけどそういう所は女の子なんだなと思ってしまった。
そしていつも通りツンとした感じだけど、それでも棘の無い言い方だ。
それに違和感を覚えたのか、アリスが首を傾げた。
「お差し支えなんかある訳ないよ。全く、まるで僕達が引っ張ってったみたいじゃないか。君が自分で付いてきたんだろ」
「それもそうね……ごめんなさい。なんにせよ見つからなかったのは幸いね。今度こそおやすみなさい」
「うん? あれぇ?」
ロンの返しもやっぱり棘は無くて、普通の軽口の様だ。
しかもまたしてもハーマイオニーは素直に謝った。
おやすみと言いながら歩いて行く彼女の背と、僕らを交互に見て、アリスはひたすらに首を傾げて困惑していた。
君のお陰で変わったんだけどな……本人だけは何も分かってないみたいだ。
そうして揃って部屋に戻り、汗を拭い、ベッドに入って考える。
彼女達の言っていた事が、僕は引っかかったんだ。
犬が何かを守ってる? グリンゴッツに行く時、ハグリッドは何て言ってた?
何かを仕舞っておくには、グリンゴッツが世界一安全な場所……多分ホグワーツ以外では……
そうか。713番金庫から持ち出したあの汚い小さな包み――それが今、ホグワーツに。つまり、あの犬の下に。
一体なんなんだろう……あの包みは。そこまでして守る理由は……
お説教をされて成長した彼らですが、やはりまだ子供なので「分かったつもり」でしかありません。
ハーマイオニーは隣に同性の主人公が居る事で影響を強く受けています。
ハリーはあんな事を考えていますし、周りからの評価も良い主人公。
ただし中身のお陰というだけであり、数年も経って周りが成長すれば相対的にポンコツになる予感がします。
むしろ誤魔化せてるだけで既にポンコツ。
【アロホモラ「Alohomora」】
開錠呪文。コロポータスの反対呪文。
鍵の掛かった物を開ける事が出来る、泥棒の友。
最早鍵の存在意義を考えたくなる呪文だが、対アロホモラ呪文という物があり防ぐ事が出来る。
しかしそれに更に対抗した上位の開錠呪文であるアベルトが存在する。
更に更にそれでさえ開く事の出来ない対策もある。
呪文以外にも、何でも開ける事が出来るシリウスのナイフというチートアイテムが存在する。
しかしそのナイフでさえも通用しない物もあり……
という中々なイタチごっこになっている。
ちなみにアロホモラが発明される以前はポータベルトという呪文で錠前を引き千切っていた。
更にそれ以前では、オープンセサミという呪文で扉そのものを引き裂いて突破していたとか。
何とも言えない馬鹿さを感じる。
【コロポータス「Colloportus」】
施錠呪文。何故か閉まる時にグチャグチャと嫌な音がする。
単純に鍵を閉めるのではなく、接着する様にしていると思われる。
語源としても、コロはギリシャ語で接着するという意味らしい。ポータスはラテン語で扉。
これ以外の施錠呪文は不明。
実力次第でとんでもなく頑丈になるのかもしれないし、これの後に様々な対策呪文を重ねるのかもしれない。