【緋色】七夕珍道中   作:椋風花

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騒々しい朝はいつもあの人が

_________

 

 

 

 

 

 

 跳ね起きたままの勢いで着替えを終えた珠紀は、枕元でいまだ眠っている目覚まし時計を手に取った。

 

「……むう、ちょっと早かったか」

 

 おーちゃんも起こしてしまったけれど、この時間では美鶴もまだ眠っているに違いない。かといって着替えてしまうほどすっきり目覚めてしまったし、ここでじっとしているのももったいない。

 

 考えた結果、珠紀はおーちゃんを連れて神社の境内を散歩することにした。

 今日は人型になりたい気分だったのか、大きな尻尾をぶんぶんと振り回しながらおーちゃんは階段を駆けていく。

 

 階段を上りきったところで珠紀は振り返った。これくらいの高さだとせいぜい近くの山や畑しか見えなかったけれど、その上に広がる空の広さは胸に心地いい。

 

『珠紀ぃ~?』

 

 呼びかけに顔を落とすと、いつの間にか足元に来ていたおーちゃんが下から顔を覗き込んでいた。頭の上にある二つの耳がピコピコと動いている。

 

「なに? おーちゃん」

『珠紀、ずーーっと空見てるよ』

 

 なにかいるのかと背伸びをして空を仰ぐおーちゃん。そのあまりにかわいらしい仕草に珠紀は頬を緩めてしまう。

 

「あのね、今日は七夕なんだよ」

『たなばた?』

「そう。織姫様と彦星様が年に一回会える日で、今日はお願い事を書くとそのお願い事が叶うんだよ」

『お願い事が叶うの? なんでも?』

 

 小首を傾げて問いかけるおーちゃんに珠紀は優しく頷いた。

 

「うん、一生懸命願えばね」

 

 ぱあっとおーちゃんの顔が輝く。

 

『じゃあ、僕も書く! それで珠紀の守護者になるの!!』

 

 言うが早いか、おーちゃんはおみくじのほうに走り出した。脱兎のような、というのがぴったりな走り方に珠紀は面食らい、

 

「おーちゃんどうしたの!?」

『書くの!』

「どこに!?」

 

 あわてて追いかけてきた珠紀を振り返り、おーちゃんはきょとんとした顔で言う。

 

『おみくじに書くんでしょ?』

 

 

 

 

――

 

 

 

「あの、ですから今はちょっと――」

 

 散歩を終えて家に戻ると、美鶴が誰かと電話をしているところだった。それに気づいた珠紀は、音を潜めて後ろ手に戸を閉める。

 

「そのようなことを言われましても」

 

 相手の声は聞こえないので通話相手が誰かまではさすがにわからないけれど、親しい間柄の人らしく美鶴の声が柔らかい。しかし何やら困っている様子だ。

 

「ですから珠紀様は今、出掛けられておりまして――」

 

(私?)

 

 自分の名前が出てきて俄然相手が気になった。こんな早朝から電話をかけてくるような相手に心当たりがないからだ。

 

「美鶴ちゃん?」

 

 美鶴に小さく声をかけると、小さな背中がぴくんと動いた。ようやく珠紀が帰ってきたことに気づいたらしい。

 

「私に電話? 代わるよ」

「あ、いえ……」

 美鶴は断ろうとしたが、電話相手も珠紀が傍にいることを知って代わるよう要求したらしく、おずおずと電話を珠紀に差し出した。

 

「はい、代わりました」

 

 美鶴の様子に首をひねりながらも電話を耳につけたが――

 

「珠紀様! 鴉取様からです!」

 

 と叫ぶように告げた美鶴の声。

 

 その人物を思い出したためか、身を守ろうとする本能が働いたのか、はたまた玉依姫の勘が為せた技だったのか。珠紀は反射的に受話器を片手で持ち、耳どころか体から思いっきり遠ざけた。放り投げなかったのはほんの少し残っていた理性のおかげだ。

 そうして腕を伸ばしきったところで、

 

 

「珠紀ー! 俺様を除け者にするとはどういう了見だあーーー!」

 

 

 受話器から真弘の声が大音量で鳴り響いた。こんなに体から話しても声はしっかりと聞こえていて、耳につけていたらどうなっていたのだろう。受話器は限界間近なのかビリビリと音割れさせている。

 

「ま、真弘先輩! 声が大きいです!」

 

 遠くにある受話器に声を張り上げる。

 

「誰のせいだ、誰の!」

「え、私ですか!」

「あったりまえだろうが! お前、今日という今日は許さねえからな!」

「先輩、とりあえず落ち着いてください!」

「これが落ち着いていられるかあ!」

 

 朝っぱらから怒り狂う真弘の声を聞きながら、なんとかなだめに入る珠紀。怒鳴り声の合間に混ざる単語を拾うに、七夕の話を聞かされていなかったことへの怒りらしい。

 仲間外れにされることを嫌う真弘がそんな扱いを受けたら激昂するのは無理もないが――

 

(……あれ? 誰か先輩に連絡しとくって言わなかったっけ……。)

 

「おい珠紀、聞いてるのか!!」

 

 原因を思い出すことすら許されていなかった。

 

「はい、ごめんなさい!」

「いいか、よく聞けよ! 卒業したとはいえ俺様は先輩で――」

 

 小さな疑問はよぎったものの、真弘の怒りを鎮めるために珠紀はひたすら謝り続けた。

 

 ――数分後。いや十数分後。

 

「――ったく、次からは気をつけろよ?」

「はい、心得ておきます」

 

 真弘の声で耳がジンジンと痛んでいる。

 

「ところで先輩は誰に聞いたんですか?」

 

 怒りが収まってきたところで珠紀は手早く話題をすり替えた。

 

「おう、祐一からだよ。予定してた時間より早めにつけそうだーってな。そんで知った。」

 

 相変わらず真弘は話を逸らされても気がつかない。前の話を引きずらないところがこの人のいいところだ。

 

「そうですか、ありがとうございます。それじゃ十時になったら真弘先輩もうちに来てください」

「おお、わかった。――じゃあな」

 

 ようやく切れた電話と、待ちわびたツーツー音。息をついてフックの上に乗せる。

 珠紀はこの電話のせいで、幾分冷めた朝食を食べるはめになってしまった。

 

 ――静かな朝はいつも唐突に壊される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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