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古今東西さまざまな風習があるものの、七夕は笹を使うのが一般的だ。笹と竹の違いははっきりと説明できないけれど、慎司が担いでいるその太い幹は竹であると断言できる。
「皆さんどうしたんですか? なんか空気が硬いですけど……」
みんなの視線が突き刺さり慎司は戸惑う。
――これがもし拓磨や真弘、祐一だったならすぐさま容赦ない突っ込みが降り注がれただろう。だがその三人はこちら側にいて、同じように唖然とした顔で慎司を見つめている。
みんな一様に戸惑っているのだ。なんでもこなせる優等生タイプの慎司が、こんなにわかりやすく大きな間違いを犯したという事実に。
普段冷静なはずの卓までもが、引きつったような笑顔で手をこまねいている。
(どうしよう、早く教えてあげないとなんだけど……)
このままではいけないことを誰もが分かっている。しかし、一体誰が、この間違いを指摘できるのだろう。
「慎司」
いた。ただ一人表向きは表情の変わってない――つまりずっと無表情のままだった祐一が、未だ間違いに気づいていない慎司に、いたってシンプルに事実を伝えた。
「七夕に使うのは笹で、それは竹だ」
――数十分後。
「……慎司くーん」
珠紀がこわごわと、部屋の隅に蹲る慎司に声をかける。丸めた背中は分かりやすく落ち込んでいて、珠紀は言葉を慎重に選び出す。
「そんなに気にしなくて大丈夫だよ、すぐに代わりは用意できると思うし。
……ほら、私もちゃんと説明しなかったしさ」
返事はない。これは重傷だと拓磨が横で溜息をついた。外には立派な『竹』が置かれたままだし、みんな手持無沙汰そうにしている。卓は業者に連絡して、笹を手配している真っ最中だ。
「真面目すぎんだよ慎司は。もっと先輩を見習えって。ほら、あのふてぶてしさ、見てると腹立つの通り越して、いっそ清々しくなってくるだろ?」
「だぁれがふてぶてしいんだよ拓磨!」
「い、いや、別に真弘先輩とは言ってないっすけど!」
本人に聞かれて誤魔化している拓磨のわきでは、祐一が柱に背中を預けて眠っているし、おーちゃんは出来上がった七夕飾りで遊んでいる。なんというか、なかなかに混沌としている。
困り切った珠紀は我関せずだった遼に視線を向けた。
「……遼、どうしよう」
「俺に振るのか?」
「だって……」
珠紀が困り果てているのを見て、遼は面倒くさそうに立ち上がった。
「おい犬戒、いい加減いじけるのをやめたらどうだ」
「……」
慎司に反応がないのを見てとるや、遼は何の警告も出さずにいきなり慎司の首根っこを引っ掴んで持ち上げた。
「うわあっ!?」
上に持ち上げられてはさすがに無反応ではいられず、慎司は悲鳴を上げる。遼はそれには構わずに慎司を引っ張り、強制的にテーブルの前に座らせた。
「これでいいだろ?」
「強引すぎ! 慎司君ビックリしてるじゃない」
「無視したこいつが悪い」
そうだ、遼はこんな人だった。頼る相手を間違えたとは思うけれど、多少強引にしないと、慎司はずっと片隅で膝を抱えていたかもしれない。
「まあ、あんましょげんなよ。俺だって昔間違えたし、大したことじゃねえって!」
慎司の背中を叩きながら真弘。真弘が自分の間違いを自ら公言するのは珍しかったが、それだけ慎司が落ち込んでいたからだろう。……いや、もしかしたら慎司が勘違いした原因に、思い当たりがあるのかもしれない。
「……真弘と同じだと言われては、慎司が気の毒じゃないか」
うたた寝していたはずの祐一の声が聞こえた。真弘はすかさず噛みついたが、祐一は柳のようにその言葉を受け流す。というよりも、いつの間に起きていたのだろうか。
「みんなも言ったが、あまり気に病む必要はない。大蛇さんならすぐに新しいものを手配できるだろうし、俺たちも怒ってはいない」
穏やかな声に慎司も少し落ち着いたのだろう、俯きながらも口を開いた。
「すみません……僕ちゃんと調べてなくて。それなのに一人で頑張ろうなんて勝手なことをして、迷惑をかけて」
申し訳なさそうに頭を下げる慎司。
「いいっていいって。それに駄目ってわけじゃねえと思うぜ? 竹に飾ったってご利益は変わんねえだろうしよ」
「ああいうのは気分だからな。誰が困るわけでもないし、俺たちも迷惑はしてないぞ」
こういうときの真弘と拓磨は寛容だ。慎司の表情が明るくなってきたので珠紀はほっとした。
せっかく慎司との会話から始まった七夕なのに、その慎司が落ち込んでいたら意味がない。みんなでにぎやかに、笑顔で楽しまないと。
「それに、今年失敗した分来年は完璧だろ。なあ慎司」
「来年……」
真弘の言葉に慎司は少し嬉しそうに頬を緩めた。
「はい、来年こそは」
ふすまが開き、電話を終えた卓が顔を覗かせた。
「お待たせしました」
「どうでした?」
珠紀が尋ねると、卓はにっこり微笑む。
「すぐにここまで運んでくださるそうです」
手配は無事済んだらしい。真弘が慎司に向かってノリよく手を出し、二人がハイタッチする。それを見て混ざりたくなった珠紀が両手をあげると、二人は手を合わせてくれた。
「よく発注できましたね。七夕当日なのに」
感心しきりに拓磨。他の村と離れた奥村なので、当日に手に入れようとしたら、この村の中で調達しなければならない。こんなに早く調達できるなんて、さすが卓というべきだろうか。
「庭園業者の知り合いに電話をかけたら、ちょうど今日は仕事がなかったようで。話が早くすんで助かりました」
『ささ、くるの?』
なにも知らずに遊んでいたおーちゃんが珠紀の裾を引く。
「うん、もうすぐ来るよ」
「ごめんね、僕が間違えたから待たせて」
『うん?』
「もー慎司君」
「すみません」
すっかり調子を取り戻したようで、慎司は少し面白そうに笑った。