怪獣8号短編 作:TuT
雨が上がったばかりの朝、隊舎の窓から差し込む光はまだ鈍く、地面に残った水たまりが空を映していた。
その朝、第3部隊の作戦室には奇妙な空気が漂っていた。
「……保科さんって、本当に異動してくるんだよな?」
「マジかよ。なんでまた今さら」
「でも腕は確かだって噂だぞ。近接戦のスペシャリストだってさ」
ざわつく若手隊員たちの背後で、一人の女性が静かにカップに口をつけていた。
鈴原ユーリ。
第3部隊に入って7年目。亜白ミナ隊長の同期であり、現在は小隊長として数十人を率いている実力者だ。
かつては副隊長の座にもいたが、現在はその役職を退き、小隊の前線指揮を担っている。
彼女は噂話に加わることなく、ただ黙ってコーヒーを啜っていた。
そうして時間が過ぎ、定例会議の時刻が来た。
静まり返った作戦室に、いつも通りの静かな足音が響く。亜白ミナが現れた。その横には、見慣れぬ男が一人。
「――紹介するわ。今日から第3部隊に異動となった保科宗四郎。これからよろしく」
その名を聞いた瞬間、隊内に小さなどよめきが走った。
保科宗四郎。
近接戦闘のスペシャリストとして、他部隊でも名を馳せていた実力者。異動してくるには、あまりにも規格外だ。
保科はいつもの柔らかな笑みを浮かべながら、軽く頭を下げる。
「ほんま、おおきに。今日からお世話になります」
その関西弁混じりの挨拶に、場の空気が微かに和らいだ。
会議が終わり、隊員たちが退室していく中、ユーリはその場に残った。
「保科さん……だったかな。初めまして」
「ああ、あんたが鈴原小隊長。……いや、“お姉さん”って呼ばれとるって聞いとるけど?」
保科の冗談に、ユーリはふわりと微笑んだ。
「まあ、そう呼ぶ子もいるけど……小隊長としては敬語、忘れないでね」
「そらもちろん。でも、あんたの背中追って頑張らなきゃな」
最初の会話は、ぎこちなくも、妙な居心地の良さがあった。
それから数ヶ月。
保科はその実力と指揮能力で急速に成長していった。特に剣技の練度は凄まじく、亜白隊長の信頼を得て、副隊長に昇格した。
この昇格は、第3部隊内部でも大きな転機となった。
かつて副隊長を務めていたユーリの立場が、相対的に変化したのだ。
その日の夜、隊舎の屋上でスキンヘッドの大男、海老名小隊長が煙草を吹かしていた。
「……副隊長か、あいつが」
その声に応じるように、ユーリが隣に立った。
「うん、驚いた? でも納得できるよ。あの人、強くなった」
海老名は深く煙を吐いた。
「いや、そうだな。剣の冴えも指揮も、もう俺たちが口出せる領域じゃねえ……でもな、あんたの背中を見て育った隊員も多い。副隊長の座、譲るの、悔しくなかったか?」
「悔しくなかったって言えば嘘になるかな。でも……それより嬉しかったよ。ちゃんと力を認められた仲間がいるって、やっぱり誇らしいじゃん」
そう言って笑うユーリの横顔に、海老名は言葉を詰まらせた。
翌日の作戦中、敵勢力の突破により西ラインが崩壊寸前となる。指揮を執っていた保科は即座に対応。
その最中――
「保科さん、道を開けるつもりで前に出過ぎだよ」
背後から援護射撃を放ちながら、ユーリが並ぶ。
「小隊長……俺が前に出なあかん思て」
「違うでしょ。あなたが出るなら、私たちも出るの。一緒に切り開くんだよ」
敵の包囲を打ち崩しながら、ユーリの言葉は淡々としていた。
「背負いすぎなくていい。あなたは副隊長、でも私たちは同じ戦場に立ってる仲間なんだから」
保科は頷いた。
「了解、小隊長。……背中、預けます」
「任せて」
2人の息の合った連携が戦況を好転させ、封鎖線は維持された。
その日から、保科とユーリの関係は対等な信頼で結ばれた。
ひとつの役職を手放しても、彼女の価値は変わらない。
ユーリは、小隊長として、そして“お姉さん”として──変わらず、仲間を守り続けていた。