Fate/chaos chronicle   作:あんのうん

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11、二日目──1

「私がその気になった瞬間に、君の首は胴体と永遠の別れを告げなくてはならないのは分かっているかな、レディ?」

 

「随分と陳腐な脅迫ですわね、ミスター?お里が知れてしまいますわよ?」

 

居間にて両者一歩も譲らずに舌戦で火花を散らし合う様は、これも一つの戦争であると言わんばかりの覇気に満ちていた。満ちてはいたが、互いに血の気が多すぎる──士郎は思わず呆れてしまった。

 

遠坂凛と言う少女について、彼女を知る余人に聞けばこう返って来るだろう。曰く、『高嶺の花』『容姿端麗』『文武両道』──簡潔に言えば、非の打ち所の無い絵に描いた様な完璧な優等生であると言う評価である。そして友人である生徒会長とは違い、彼女との接点がそう無かった士郎自身も大体はそのような印象を持っていたものだった。

 

これが士郎と何故か懇意にしている弓道部の女部長や、陸上部の自称黒豹なる愉快を通り越して稀に不愉快極まりなくなる女ランナー辺りからになると別の感想が伺えるが、それはまた少数の意見であった。多数の人間にとって不都合な真相は、いつの世も大多数の願望と言う名の意思に封殺されるものであり、当たり前の如く士郎がそれを知る由もない。よって、彼の知る遠坂凛とは一体何だったのか、と士郎が目の前の惨状をどこか遠い眼で眺めていたのも栓無き事であろう。

 

「えーと、二人とも……ちょっと落ち着かない──」

 

「衛宮君、少し待ってなさい。彼とはここで少し話し合う必要があるわ」

 

「マスター、少し待っていてくれ。この淑女に慎ましやかという言葉を教えておかないとね」

 

「……ええと、ごめんなさい?」

 

割って入ったは良いが、事態の収拾を付けるどころか何故か謝る羽目になる士郎である。物怖じしない──と士郎には見えたパックなる妖精は何があったかがたぶると震えたままで、最後の事態を収束させられそうな希望は我関せずと黒い塊と化して寝たままである。既に匙を投げかけている士郎である。

 

「冗談は兎も角、初めまして──暗殺者(アサシン)のサーヴァント」

 

「そうだな、マスターが怯えている。初めまして──あの巨剣からして……差し詰めセイバーのマスター、かな?」

 

「想像は自由よ、お互いにね」

 

「全くだ」

 

気付けば互いの間のやり取りは表面上平静に戻っている事に、遅ればせながら士郎は気付いた。平静と言うにはまた違う──表情こそ動いているが互いの間には感情の動きが何も無い。この状態を平静とは言い難いだろう。

 

「さて、社交辞令で時間を無駄にする事も無いわ。単刀直入に行きましょう──衛宮君」

 

「な、なんだ?」

 

「貴方が一度限りなく死に近づいたのは事実、その一因が私達である事もまた、事実」

 

詰まり貴方に対して私は借りがある、凛は敢えて士郎にそう告げた。士郎の命を助けた事は大きな貸しではある、しかしそれも士郎が巻き込まれた結果である。逆にこれは巻き込まれた方の自己責任を問う事で分けに持ち込む事も十分可能であった。

 

少なくとも彼女の知る衛宮士郎と言う少年は、彼女が何も言わなければそれで分けにする処か恩にすら来てくれるであろう。だからこそ、この方便は敢えて使わなかった。彼女の自尊心が使わせなかったのである。それに何をどう言おうと、これら全ては今から本題に入る為の手妻の一つであるのだ。

 

「そんな事は無いだろ、遠坂がいてもいなくても俺はきっと巻き込まれてた」

 

「向こうがそう思うならそれでいいじゃないか、マスター?まあ、彼女の話を聞いて見ようじゃないか」

 

士郎を柔らかく制しながら、白いサーヴァントは凛にそれとなく目線を向けた。続きを促しているのだろう。随分とやりやすくお膳立てしてくれるわね、と凛は感じた。ついでに言えば少々露骨でもある──士郎は気付いてはいない様子だが。

 

「衛宮君、貴方は思惑はどうあれサーヴァント召喚を行い成功してしまった。剰え、既に敵性サーヴァントとの戦闘も行い、撃退している。である以上は、望む望まずに関わらず巻き込まれる事は確定事項よ」

 

「あれは正当防衛だろ!?」

 

「それが通じる相手であるならば、端から貴方は襲われていないと思うけど?」

 

凛の言葉に顔を顰めながらも、士郎はその言葉に渋々納得した。話し合いをしようにも、少なくともあの寡黙な黒いサーヴァントに対してその手の会話が通用するとは思えないし、実際通用しなかった。最後に唐突に人格が変わったかのように多弁に豹変したが、士郎の結論は変わらない。寧ろ、意思疎通の点では、此方の方がより困難なようにも思える──まるで狂人の様な男であった。

 

「それとも、サーヴァントを放棄して聖杯戦争を降りると言うのであればまた話は変わるけれど?」

 

「出来る……のか?」

 

「ええ、やり方自体は簡単よ。此処で貴方が降りても、恐らくは参加者の誰からも文句は言わないでしょうしね。私だって出来る事なら知り合いの死体は見たくないわ」

 

そう提案した凛ではあるが、士郎がその方法を了承するとは到底思っていなかった。だからこそ、後腐れ無く済む様に誘導暗示をかけようとしたのだが、敢え無く失敗してしまった。であるならば、衛宮士郎がこの戦争を無事にやり過ごす為には、彼が戦争に参加し、尚且つ敵を打倒する他は無い。回避など存在しない──それは厳然たる現実であった。だからこそ、凛は士郎にその方法を提示する。

 

「貴方の手にある刻印──令呪を使って、そのサーヴァントを自害させなさい。そしてそのまま教会に駆け込めば、綺礼は──監督役は戦争の敗者として彼に持ちうる権限を最大限に使用して貴方を保護するわ」

 

「ちょ……っと、待て。真逆それが方法だっていうのか?!」

 

「ええ、貴方が戦いを回避出来る唯一の方法よ。令呪とサーヴァントこそが聖杯戦争の参加権、裏を返せばそれを喪わない限りは敗者と認められはしないわ」

 

「……」

 

「直ぐには決められない事位は分かっているわ、でも選択の時間はそうは無い──少し、貴方のサーヴァントと話し合って見ることね」

 

そう言って凛は席を立った。それを感じたかガッツが薄らと目を開き、また閉じ直した。特に気にする事も無く襖を開き、閉じた。賽は投げた、投げられたと表現するのが本来の諺であろうが受け身の表現で使用するのは何と無く違う気がしたのだ。飽くまで賽を振ったのは彼女、その賽を彼女に投げられたのは衛宮士郎である。振られた目がどうなるのかは、彼女にもまだ分からない。当て所無く廊下を歩む足取りは乱れる事は無い、士郎がどちらを選ぶにしろ彼女の行動には変わりは無いのだから。

 

「アイツ、どうするんだろうね」

 

「さあ、ね。結局は彼が決める事よ」

 

二階の和室に腰を落ち着ける事にした凛の肩に座るパックがふと呟いた言葉に、凛は冷徹に返答をした。実質そうとしか言い様が無いのだが、パックには不評だったらしい。顔を見ずとも、頬を膨らませている様子が手に取るように判る。

 

「文字通り命を懸ける事が最低限の心構えの戦いに、他人がその行動を決める事は出来ないわよ」

 

「シロウを最初っから不戦敗させようとしたのにそんな事言うのか、リンは?」

 

「戦うか戦わざるか──衛宮君からしてみれば理不尽な選択肢を突き付ける前に、知らなくとも生きていける事を知る前に終わらせてあげようって思ったのよ。まあ、邪魔されたけど」

 

そして、彼が死ねば悲しむ存在がいる。脳裏を過ぎるのは暗い色の長い髪をした少女。思えば凛の記憶では暗い顔をしている印象が多かったその少女は、あの少年の側にいる間だけは様子が違ったように思う。あの娘がどんな表情を見せているのかは知らないが、それを壊すのは偲びない──それもまた偽らざる遠坂凛の本音だった。

 

「ふーん……それだけ?何にしても、リンは変なとこで優しいんだよな」

 

「な、何よ突然?」

 

「べっつにー?」

 

「……仲が良い様で、何よりだ」

 

ニヤニヤし出したパック握り潰さんとばかりに拳に力を込めた辺りで、呼びに来た白いサーヴァントに曰く何とも言い難い顔をされ、凛が羞恥で赤くなる顔を全精神力で抑え付けるのに苦労したのはまた別の話である。

 

「こちらの腹は、決まった」

 

居間に移動して開口一番に白いサーヴァントはそう言い放って、口を閉じた。その後を次ぐ様に士郎が静かに口を開いた。

 

「俺が参加してもしなくても、この戦いは進むんだろ?」

 

「──ええ、そうよ」

 

「無関係の人も、死ぬかもしれないんだよな」

 

「それは分からないわ。でも、無いとは言い切れない」

 

「なら、俺は──」

 

──この戦いに参加して、お前達を止める。

 

衛宮士郎は、そう言い切った。

 

「聖杯なんてモノがあるから、そんな事をする。なら、無くなればいい。俺がそいつを壊してやる」

 

「……本気で、言っているのかしら?」

 

「ああ、本気だ」

 

迷いの無い真っ直ぐ過ぎる視線に圧力染みた物を感じて、思わず凛は視線を逸らしたくなった。彼女は衛宮士郎を、凡人だと思っていた。だが、この視線を受けてその印象に若干の変更を入れざるを得ない、そう感じた。こうまでも透徹な視線を受けた記憶はそうそう無かった様に思う。そして皆無、と言えない己に多少の疑問を感じた──私は一体何処でそんな経験をしたのだろうか?

 

「さて、此方の回答は決まったが……それを踏まえた上で、そちらは我々の貸しに対して何を以て返してくれると?」

 

「──衛宮君の聖杯戦争の参加手続きを、責任を持って代行させていただくわ。」

 

再び士郎に代わり交渉を始めたサーヴァントを、凛は覚めた眼で眺めた。これから先の話はただの出来レースである、衛宮士郎から参加の意思を受けた以上、この場は彼以外の全てが望むレールに乗せる為の只の詐術。実に魔術師らしいやり口じゃ無いか、凛の内心の思考は微かな口元の緩みに表された──それは、実に冷たい微笑だった。この展開は白いサーヴァントにしても渡りに船であった筈だ。何を望んで召喚に応えたのか、それを知るのは当人以外には無い。しかし、応えた以上は目的が有る。士郎が参加前から聖杯戦争を降りるとなれば、白のサーヴァントは何をも成せぬまま再び英霊の座に戻るだけ。向こうとしても本意であろう筈がない。だから、凛の話に乗ってきたのだ。サーヴァントのクラスとしてはほぼ暗殺者(アサシン)で確定だろう。そして頭も切れるとなればクラスの特徴である神出鬼没な動きを活用した搦手を取ってくる事は間違いが無い。凛としては聖杯そのものには大した興味が無い以上、戦争の勝者となるならば破壊しようとも構わないとも内心考えてはいる。だが、聖杯と言う強大な魔術器がこの地に存在するからこその己の他に対する重要性も、また理解している。魔術師となろうと派閥や政治から逃れられないのは、最早人間の性であるかもしれない。

 

「では、ここは素直に言葉に甘えても良いかと思うが……どうかなマスター?」

 

「そう、だな。遠坂には迷惑を掛けるけど……」

 

「なあに、向こうが持っている借りを返してもらうだけさ。そう下手に出る事も無いだろう」

 

「引っかかる言い方だけど、まあ間違ってはいないわ。取り敢えず、彼のクラスはアサシンなのよね?」

 

「隠すほどでもない、その通り私は暗殺者。闇夜に紛れて命を狩る存在だよ」

 

当の本人から答えが出た事に少し凛は鼻白んだ。アサシン程、有る意味正体を隠したいサーヴァントもいないと思うのだが。何しろアサシンのサーヴァントは歴代全てが──。

 

「──ハサン・ザッバーハ、真名まで簡単に知られて良いのかしら?私には得しか無いけれど」

 

「さあて、世話になる手土産とでも思って欲しい物だね」

 

互いに瞬間、目を細めたのを互いに見逃す事は無かった。それは両者ともに、互いの胸中を探り合う視線であった。視線の交差は一瞬、胸中を読み取れぬと言う事だけを読み取れた凛は、アサシンと言うクラスに付いて詳細を脳内に呼び出していた。

 

アサシンと言うクラスは色々と特殊なクラスで有る。クラスを知られる事は、それがそのまま真名を知られる事に繋がると言う稀有なクラスである。歴代のアサシンのサーヴァントは全て同じ名前を持つ存在で構成されていた。それは暗殺者を体現する名であり、一つの名を共有する匿名の複数の暗殺者の真名である。アサシンとは元々集団の名前であった、と古来の文献にはある。子供を攫い、快楽と薬物で調教し、精強無比の顔の無い暗殺者を生み出して行く。多くが名を持たぬその中でも、最強とされる存在にだけ与えられる名がある。

 

その名を、ハサン・ザッバーハ。

 

死の運び手と言う意を持つ、最強とされる暗殺者の総称であった。

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