Fate/chaos chronicle   作:あんのうん

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3、前夜ー3

「世界を移動って……まるで第二魔法そのものじゃない」

 

「良く分からんが、なんだそりゃ」

 

凛の呆然とした呟きに、まるで興味などない有様で疑問を返すガッツ。まだ救いがあるのは、曲がりなりにも興味など無い為りにだが話を続けようとしている辺りか。あくまで曲がりなりにも、という最低ラインなのは如何ともし難い部分だが。確かに魔術士ではない人間には、自分の驚愕は何とも理解が及ばないモノであるだろうとは理解している。してはいるが、ガッツの姿を見る限り、単に只管興味が一片たりとも存在しないだけだというのは解りきった結論でもあった。さりとて、そう納得してしまうのは、凛としても魔術師としても何か負けたような気がする。これも一つの矜恃、負けられない戦いがそこにある。

 

「━━世界を渡るっていうのは、魔法の域なの。重要なのは、魔術じゃなくて魔法。人が未だ到達できぬ、五つの極致の一つね」

 

「そいつはまた随分と大層な話だな」

 

全く関心が無さそうな素振りでガッツは呟いた。事実何一つ関心が無いのだろう。己の職分に関わる内容以外は興味を示さず、只結果の理解だけで留める。盲目の猪のような猪突猛進のような無鉄砲さ、先を敢えて見ない徹底した現実主義と言い換えても良いのだろうか。そんな印象を凛は感じ取った。遥か彼方の目的の為に目先しか見ないと言う、どこか何かを掛け違えたようなチグハグさも感じ取れた気がした。そんな役体も無い思考を軽く頭を振って追い出す。

 

「そう大した話じゃないわ。たった百余年程度、追い求めてきた程度の話だから」

 

「……夢、か」

 

「改めて口にしようとすれば形容し難いけれどね。妄念と言っても良いかもしれないし」

 

「その割には、囚われてるって訳でもなさそうだな」

 

「そうかしら? ……そうだとすれば、結局夢ってことかもしれないわね」

 

微かに何かの感情が含まれたガッツの声を感じ取り、そこで凛は強引に話を打ち切った。実際の所、第二魔法の成功例などという生きた標本に対する興味は尽きせど湧き上がる。凛自身、彼女の家の来歴である大師父の為した秘蹟を曲がりなりにも成し遂げた存在を、そのままになど出来ない。だが、今はそれを検証する時間も無いのは事実。どんなものにも何だって、優先順位があるのだ。今は聖杯戦争に絞るべきであろう。第二魔法についての情報は魅力的な内容だが、実際他の事を考えながら勝利出来る程簡単な闘争では無い。戦争と言う形容は伊達では無いのだ。

 

何にせよ、異界の英雄と言うことであれば情報に対するアドバンテージは相当のものだろう。それだけでも相当の優位だ。それに、これ以上は互いに踏み入ってはいけない領域に話が差し掛かろうとしていた。凛はガッツに己と似た物を感じ取った事もある。そうであれば、彼が召喚された理由も何となく判る。召喚対象と召喚主、それぞれに似た存在が選ばれると言うのも常識でもある。運命(フェイト)により引かれ合うのだ、両者は。運命論者ではない凛は、そんな戯言など全く信じてはいないが。

 

「それで、貴方達は私に召喚されたサーヴァントでいいのね」

 

大した時間が経った訳ではないが、密度が些か濃過ぎる空間だった。単なる確認を取るだけで、少なくとも一度は死に掛けた。凛の言葉に頷くパックを見ても、未だ人心地が付かない。ガッツに至っては、既に話を聞いているかどうかすら解らない。気付けばまた壁に寄り掛かり、マントに包まって寝始めようとしているのを見る限り、聞いているとは思わない方が良いだろう。最初に感じた殺気が何処かに行ったのか。凛は少し遠い目をして、少しして現実に帰還した。

 

「……で、クラスは? 黒い剣士なんて言うからには、勿論セイバーなのよね?」

 

「んー? 実際その辺どうなんよ、ガッツー」

 

「……ああ、それらしいな」

 

左眼をどうでも良さげに半眼にして、ガッツは面倒臭げに同意した。態度は兎も角、クラスは予定していた通りにセイバーだったらしい。珍事続きの召喚だったが、最低限の目標だけは達したようだ。そこは素直に安堵する部分だろう。さて、ここで浮上した問題が一つ。黒い剣士などと言う名前を持つ割に、剣の類を持っていないように見受けられる事だ。真逆、先程の首元に突きつけた短刀がそれなどとは言わないだろう。シルエットが基本的にマントに隠れているため良く解らないが、少なくとも腰に佩いているようにも見えない。

 

「それに、いい加減にまともに立ち上がったらどうかしら」

 

「ああ、俺もそう思っていた処だ」

 

背面を取られたりと、碌に立ち姿を見ていない凛の皮肉混じりの言い掛かりである。それを理解しているのか、ガッツの返答には微かに笑いの響きが混じっていた。ガチャリと金属の擦れ合う重々しい独特の響きと共に、ゆっくりと立ち上がるガッツ。その立ち上がった姿に改めて凛は圧倒された。

 

大きい━━第一印象を一言で言えばそれに尽きる。目の前に聳え立つ壁の様な重厚感のある身長は、目算で190以上はあろうか。その長身に見合う広い肩幅は、そこに立つだけで威圧を無秩序に撒き散らしている。人混みにあってもその姿を見失う事はないだろう。何しろ、一般的な人間とは根本から何かが違いすぎる。人混みに混ざってみれば、恐らくガッツを中心にした半径数メートルに人間の姿が消える。

 

立ち上がった事でちらほらと見える様になったその体躯は、マントの上からも感じ取れた以上に鍛え上げられているのがわかった。その肉体の密度は、元々ガッツが持つ威圧を更に増幅している。左眼のみの隻眼は炯炯と光り、何者でも屈し得ない鋼以上の硬い意思の強さを示している。そこで何か、違和感を感じた。何というか、重心が何処か奇妙である。凛は其れなりに本格的に中国武術を納めている。中国武術に限らず、東洋系の武術は重心移動こそが基本にして真髄。余りにおかしな重心は、服の上からでも把握出来る。左に若干だけど傾いている━━そして腕に眼をやって気付く。

 

「貴方……それもしかして、義手なの?」

 

ガッツの左腕は肘下から全てが無骨な鉄で覆われていた。いや、その鉄自体が彼の左腕であったと言っても過言ではない。肘下から全てが義手の剣士など、前代未聞だろう。そんな実質上片腕で剣を操る事が可能なのだろうか。更に異様なのは、その左手からあの召喚触媒の鉄板と同様の神秘を感じる事だろう。

 

「……ああ、ちょいと喰われてな」

 

「え、それって大丈夫なの?」

 

「剣を振る程度なら大した問題は無い。コイツはコイツで、意外と重宝してる」

 

幾ら最強のクラスと名高いセイバーとは言え、隻眼は兎も角隻腕は戦士としては致命傷であろう。彼女の漠然とした問いかけに、ガッツは軽く笑って答える。はて、義手を重宝するとはどういうことだろうか、と凛は刹那考える。確かにあれだけの重量の鉄塊であるならば、殴るなり何らかの方法はあるのだろうと察する。大体にして相手は聖杯の選んだ歴戦の英雄である、闘争の素人の拙い戦力分析では測れない何かがあるのだろう。

 

「それで、貴方セイバー……剣の英霊なのよね? 剣はどこにあるの?」

 

当たり前と言えば当たり前な凛の言葉に、ガッツは何とも言えぬ珍妙な顔をした。まるで気付いていないのかと言わんばかりの表情でもある。隣のパックも似たような表情をしている。こちらはよりギャグに近い表情であるが。

 

「なら、見ろ。こいつが、俺の剣だ」

 

ガッツが、己の背中に手を廻したその手に視線を這わせて漸く気付く。彼の背後に棒状の何かが突き出ている事を。まるで剣の柄でも突き出しているかの様なそれを、ガッツが掴んだ瞬間。

 

風切り音━━形容しがたい音が聞こえて、それはその姿を現した。

 

「これって……剣、なの?」

 

それは剣というには余りにも大き過ぎた。

大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把過ぎた。

それはまさに鉄塊だった━━。

 

最初、その全長を見てすらそれが何なのか見当がつかなかった。それほどまでにその物体は異質な存在だったのだ。凛の、そしてガッツの身長すら超えるであろう巨大な刀背と、彼女の頭よりも広い剣幅を持つ━━そう、まさに鉄塊としか呼称しように無い武器だった。放出されるのは噎せ返る程の濃密な神性と呪い、先程の義手が普通の鉄に思える次元の濃さ。一体何を切り捨ててきたのか、致死と言うにも程がある怨念をも纏う大剣に畏れすら覚える。

 

「ああ、剣だ」

 

「振り回せるの?」

 

「ああ、良く振り回してた」

 

「なんていうか……規格外ね」

 

「そりゃどうも」

 

気負いの無い言葉と同時に、剣はまた風切り音と共にガッツの背中に収納される。巨大過ぎる事も然る事ながら、余りの神気の所為か天然の認識阻害が掛かっていたらしい。

 

改めて認識してみると理解出来るが、大剣は余りの濃さに呪いの次元にすらなりそうな神秘を纏い、純粋な致死の怨嗟をも纏わせている。並みの人間では抜いた瞬間に神気の内圧差で吹き飛ぶか、怨嗟に誘われて自ら首を飛ばすだろう。一つ理解したのは、あれこそが宝具なのだろう。その英霊を英霊たらしめる伝説の武具である。そして、理屈抜きで理解した。彼は、下手な英霊など及びも付かぬ地獄の空気と親しむ剣士だ。神気と呪いを飲み下し殺意を吐き出す、最強を体現する存在だと。

 

「ガッツって言ったわね。貴方、この戦争を勝ち抜く自信は?」

 

「剣で斬れるなら、負けはしないだろうよ」

 

世間話をしている程度の自然な返答に、凛の口元には無意識に笑みが刻まれていた。これこそが当たりだ、掛け値無しの最強で立ち塞がる何もかもを粉砕する存在だ。

 

「では問うわ━━汝、我が剣となりや?」

 

「そう言った堅苦しいのは苦手だ。だが……選択肢も無いんだろう?」

 

「いいじゃんか、聖杯とか言うのを使えば帰れそうだしー。それまでは世話になっちゃおうぜー」

 

それに昔は傭兵だったんだろ━━パックの言葉はそれ以上続かなかった。ガッツは何もしていない。ただ一睨み、それだけで騒がしさが魂の底まで染み込んでいると言われる妖精が一言も話さなくなった。凛はパックの行動でガッツとの暗黙の了解を得た、それはガッツの過去を不用意に詮索しない事である。気絶しそうな殺気を浴びて学習した割には実りが少ないと思われるかもしれないが、これがあるかないかで、首と胴が離れる可能性が劇的に下がるのであれば安い買い物だろう。令呪はサーヴァントに対して万能に近い。だが、令呪を起動させる術師は万能では無いのだ。そしてガッツの剣風であれば、令呪を起動させる余裕も与えずに命を絶つ事が出来る。後は、気軽に相棒の地雷を踏み抜く妖精さえ気を付ければ何とかなるだろう。しかしパックの言葉を信じれば嘗ては傭兵だったのだろうが、その過去を思い出す事すらしたくない程の拒絶はなんであろうか。少しだけ気になったが、その興味は抑え込んだ。好奇心は、九つの命を持つ猫すら殺し切るのだから。何にせよ、話は進めないとならぬ。凛は平静を何とか装い、口を開いた。

 

「互いの利益は一致するわね。ギブアンドテイクよ、貴方達は私を勝利させる。私は聖杯によって貴方達を帰還させる。これで、いいのかしら?」

 

「……呼び出された挙句、帰ることが報酬ってのも得は無いが━━まあ、いい」

 

向こうでまだやる事がある、そう呟いたガッツの顔は見えなかったが、声色からして見えなくて正解だったのだろうと凛は理解した。殺気が飽和した声色にも、これから慣れないといけない事実は、常人よりも強靭な精神を持つ凛ですら意欲を減衰させるがやり遂げて見せる。そう決意して、凛は再び口を開いた。

 

「私は、凛。冬木の地のセカンドオーナで遠坂家の当主、遠坂凛よ」

 

「凛、か。俺達を戻すまで、精々死なないでくれよ?」

 

「そっちこそ、結果出してよ?」

 

「違いない」

 

予想され得る聖杯戦争の契約とは程遠いが、これで凛は参加資格を得た。此処からが、日常と非日常の薄氷を歩みながら殺し合う聖杯戦争の本当の始まりであった。

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