Fate/chaos chronicle   作:あんのうん

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5、初日━2

「結局、オレだけ連れてくのって……正直何の役にも立たないぜ?」

 

「解ってるわよ……」

 

いや、ここは我がエルフ示現流の出番か否か!などと木の枝にイガグリが付いたモノ、としか形容できぬ謎の物体を構えて妄言を吐いているパックの姿はどう見ても戦力になるように見えず、凛は思わず天を仰ぎたくなった。未だサーヴァントの数が揃わない故の準備期間とは言え、開幕前の不文律などを守る程行儀の良いマスターばかりとは思えない。いや寧ろ、確りと開幕前の戦闘行為の隠蔽策を練って必殺を期して行動を起こす位のことはするだろう。主義に合わない為に取らなかったが、仮に凛ならばそうする。目の前に聳える、神の家とは名ばかりの威圧的な建物の前で溜息をもう一度。門の横には教会にはありがちな木の大きめな表札に、建物名が刻まれている。冬木教会、其処にはそう刻まれている。

 

「でもさー、なんで教会なんかに用事があるんだ?基本的に迫害とかしかしないと思うんだけど、魔術師なんて存在」

 

「そうね、間違ってはいないわ。唯一神を信仰してそれに拠らない奇跡を異端とする教会と、私達魔術師は言わば不倶戴天。倶に天を戴かない処か、連中からしてみれば肉片の一欠片すら消滅しなきゃ気が済まない位ね」

 

「どこもやっぱり、似たようなもんなんだなあ……」

 

凛の言葉に、何を思い出したのか遠い目をするパック。尋ねようとしたが、止めた。彼等の来た世界と時代は恐らく、此方の世界で言う中世暗黒期と言えるだろう。凛とて学校では優等生で通る才女である、ガッツの鎧の形状やあの巨大な鉄塊剣で多少の察しは付く。場所によっては皮革を使用し重要な部分は金属を使用した、機動性と耐久力を高いレベルで実現しているあの金属鎧の構造は中世期であればこそだろう。それ以前では金属の精錬技術の問題があるし、それ以降では銃器の発達による極端化が進む。重装では戦車、軽装であれば歩兵である。技術の発達で近年は双方を実現した防具もあるらしいが、その辺りは凛の知識外である。剣にしても、あの手の大剣は馬上で勢いを利用して振り抜くモノと聞いた事がある。あれを己の膂力でのみ振り抜くであろうガッツが、凛には仮にも同じ生物カテゴリーにいるとは思えない。

 

ともあれそう言った理由から彼等のいた時代背景を予想したのだが、当たっていれば今の比ではない宗教弾圧振りであろう。今でこそ教会━━聖堂教会も外面は大人しくなった。かつては歴史に見る通りの凄惨な弾圧で屍山血河を、それこそ中世期を最盛期として築いてきたのだ。まあ、今は代わりに内部で更に先鋭化しているのだが。

 

「教会に行くのは、監督役がいるからよ。この戦争の、ね」

 

「はて?しょーじき、戦争に監督役がいる理由が良く分からないんだけど」

 

「聖杯から情報もらってるでしょう?」

 

「何だろう……なんか凄い曖昧としてるんだよね。自動車とか見ても驚かない自信はあるんだけど、肝心の戦争の部分が良く分からないって言うか?」

 

「……どう言う事、かしら。聖杯から情報が取捨選択された結果にしては、おかしいわね?まあ、今は取り敢えず置いておくわ。監督役の事だったわね」

 

感じた疑問は脳内で要検討の棚に入れ、凛はパックに彼女の世界の基本的な情勢について解説し始める。魔術は秘匿されて然るべき、これは魔術師であれば常識以前の話でもある。魔術は神秘が高ければ高い程その価値を真価を跳ね上げる為、魔術師を総括する魔術協会はその使用規制を徹底してきた。魔術師に広く浸透している研究と研鑽こそが第一義であると言う印象も、協会の拡めてきたプロパガンダが大きな役割を果たしている事は否めない事実であった。其処には魔術の劣化を防ぐと言う魔術師としての尊厳に多分に影響する大前提が歴然として存在する為、誰もが疑問に思わない事でもある。更にそれとは別に、もう一つ重大な理由がある。

 

「それが、教会との関係よ。教会は私達を常に異端と見なしている、何時だって私達を捻り殺したいと手薬煉引いて待ち構えてるわ。やらないのは、他に優先して討伐する存在がいるからだけの事よ」

 

「うえ、俺達のトコの宗教も大概だけどこっちも酷いねー……」

 

「どこの世界だって、人間が考えることって変わらないって証左よね。嫌な話、だけど」

 

更に凛は話を続ける。何かしらの異端の業を使って起こり得た事件は、教会による攻撃理由に十分過ぎる程該当する。それは無論、魔術を使用した事件であれば事の本人を如何なる理由があろうとこの世から抹消する、と言う事でもある。これらの出来事を発端とした流血の争いは、ひっそりとしかし確実に世界の裏で連綿と続いてきた。そうして何時しか協会と教会に暗黙の了解が生まれる。協会は非合法の魔術実験の禁止と、実行者及び協会登録外の魔術師の安否に関して一切の保証をせず、教会側の要請があれば審議の上で情報提供を拒まない事。教会は、協会所属且つ協会規定に則った行動を行う魔術師に対する攻撃を行わず、双方に理のある儀式が行われる場合には儀式が円滑に進む様、儀式の監督役を派遣して儀式の履行に務めると言う物である。

 

「つまり、この戦争は教会側にとっては理由の二つ目に当たるわけよ」

 

「ふーん、よくわからなかったけど取り敢えずわかったよ」

 

「……あのね、正直は稀に不幸な軋轢を生むのよ?」

 

「ゴメンなさい、分かったから掴まないで握らないで中身が!?」

 

「……神の庭で、随分と騒がしい事だ。何用かな、凛よ」

 

世間を知らない哀れな妖精に、体罰と言う名の教育を施していた凛の背に掛けられた声に、二人は揃って口を閉じた。余人が聞けば静謐さをも秘めた深きから響くが如き重々しい声は、神の庭で騒ぐ愚者共を窘める。だが余人ならぬ遠坂凛にとってこの声は、不快さを内に飽和させた深淵から覗く怪物が如き、聞き慣れた声である。

 

「この時期に来るんだから、要件なんて一つしか無いわ。召喚したわよ、綺礼」

 

「ふむ。立話する内容でもあるまい、中で聞こうか」

 

冬木教会の主、聖杯戦争監督役、そして凛の兄弟子でもある男、言峰綺礼が其処にいた。ガッツに匹敵する長身をカソックで固め、胸元に虚しく揺れるのはロザリオ。無作法に伸びた襟足が長めの艶の無い黒髪は、あまりに簡素な格好と極まってある種の清潔さをも感じる。凛と、エーテル化して消えている筈のパックを一瞥した綺礼は踵を返して両開きの扉を潜って行く。

 

「なんだ、アイツ……まるで何も無いみたいだ」

 

怖い、とポツリと呟いたパックはそれきり再び黙った。何かしらを感じ取ったのだろうか、と凛は推測する。何をと言われなくとも凛がいつも何処か感じていた違和感である、説明されずとも分かる。凛がいつも感じている、あの男の中身が伽藍洞である様な錯覚だろう。エーテル化により不可視になったパックに合図を出し、綺礼の後ろに付いて行く。背後で閉まった扉が、やけに大きな音を立てて閉まった様に思えたのは緊張からだろう、きっと。

 

「さて、凛。詳しく聞かせてもらおうか」

 

「詳しくも何も、サーヴァントの召喚には成功したわ。それに令呪もある。参加認定に不備は無い筈よ?」

 

「流石は我が師父の子、と言った所か。お前は確かに優秀な魔術師なのだろうな。召喚したクラスは?」

 

「無論、セイバーよ」

 

「剣の英霊か、確かにお前の性根らしい英霊だな」

 

「貶してるつもり?」

 

「真逆、褒めているつもりだが?」

 

「貶された方がマシだったわ、寒気がしてきた」

 

案内されたのは告解室。その狭い暗がりの中で、凛と綺礼は静かに話し合っていた。相も変わらず皮肉や暗喩のセンスだけは随一ね、凛は内心でそう呟いた。告解室は神父に、神に、己の罪を告解し、曝け出す場である。そこで語られた内容は、神と代理として耳を傾けた神父のみぞ知る。それはまさに監督役に戦争参加と言う業を告げる今の自分の姿であろう。その性質から、古来から秘密の会話と言う物は教会圏に限らず大抵は告解室で行われる物なのだ。それは一つの様式ですらある。

 

「それで、参加は認めるのかしら?」

 

「凛よ。私は師父よりお前を頼む、と

託された。そのお前がこうして師父の敗れし戦争に参加するのは━━最早因果であろう。であるならば」

 

私は、それを受け入れなければならぬ。その言葉を発した瞬間に、凛には綺礼の顔から何かが抜け落ちた様に見えた。少しの間影となって見えなかった綺礼の顔は、その間に凛の知らぬ顔の男となっていた。其処にはもう、後見人として遠坂凛の世話をした兄弟子は存在しなかった。其処に居るのは、言峰綺礼と言う名の聖杯戦争監督役。彼女の記憶にあり、また同一人物であるが、彼女の記憶には無い男であった。その見知らぬ男が、虚の洞の様な口を開いて問い掛けた。それは、正しく覗きこんだ深淵の底からの問い掛けであった。

 

「汝、遠坂凛。如何なる理由で聖杯を欲さんとす」

 

凛の根源を晒す問い掛けであった、更には数少ない父親の記憶に残る傷口を曝け出す問い掛けでもあった。だが、その手には乗らない。目の前の男が遠坂凛の知らない言峰綺礼であるが、その本質だけは変わり様が無い事を彼女は確信している。だから、こう答えた。

 

「別にいらないわ、私の力量さえ判ればね。それに」

 

━━わざわざアンタを悦ばせる様な事を言う訳ないでしょう?

 

そう言って薄く微笑む凛の顔は、それこそ魔女と言ってもおかしくは無かっただろう。人間性の違いなど百も承知であったが、同じ遠坂の一門である以上は何処か似る物があるのだろうと他人を納得させる表情だった。深淵からの魔人と赤い魔女の対峙にも見えるこの構図は、かなりの修羅場にも一般的エルフ以上に慣れている筈のパックの心胆を寒からしめたのだから相当な光景だったに違いない。

 

「宜しい、遠坂凛━━君を聖杯戦争の参加者と認めよう。存分に他の参加者を踏み躙り、蹂躙し、喰らい尽くし、飲み干すが良い」

 

「遠坂はそんな下品な真似はしないわ、知っているでしょう?常に、優雅たれ。これこそが遠坂よ、喩えそれが御父様の足を掬ったかもしれないとしてもね」

 

「よくよく面白さが失せる発言ではあるが……いつまでそれを保てるのか興味もある、頑張ってくれたまえ。もし令呪とサーヴァントを失い、戦争参加資格を失った場合は規定により教会が保護しよう。命を失う前に辿り着く事だ」

 

「肝に命じておくわ。で、これで全て揃ったの?」

 

「いや、まだだ。後一騎足りていない。それが召喚され次第、聖杯戦争は開始される」

 

聖杯戦争は七騎のサーヴァントが召喚されなくては始まらない。形式では無く、これは純粋にシステム上の問題である。七騎のサーヴァントと七人のマスターを必要とする儀式大魔術が聖杯戦争、揃わずしては聖杯には誰も至れない。

 

「もうすぐ、ね」

 

「ああ、用意は怠らぬ事だ。自らを助ける者を、主は助ける」

 

「あら、まるで真っ当な神父みたいなこと言うじゃない」

 

「何を言う。私は誰よりも神を信じ、誰よりも敬虔な信徒であると自負している」

 

直向きと言っても良い眼差しで語る綺礼に、狂信的な何かを見た気がした凛は頭を振って脳内を切り替える。少なくともどれだけ人間として終わっていても目の前の男は監督役である、参加者ではない以上敵では無いのだ━━例え、過去に何があったとしても。

 

「じゃあ、報告も終わったし帰るわ。結果を楽しみにしてるといいわ」

 

「ああ、願わくば次に会う時にはまともなサーヴァントを見たい物だな」

 

「……肝に、命じておくわ」

 

踵を返した凛の背中に、綺礼の声が突き刺さる。先程と同じ返事を返した凛だが、内実はとても同じとは言えなかった。内心の動揺を全く見せない足取りで教会を出ていった凛は、教会が見えなくなった辺りでぼそりと呟いた。

 

「何故、パックが本命のサーヴァントじゃないとわかったのかしら」

 

「うわあ、息が詰まった……へ、どう言う事?」

 

「簡単な話よ。サーヴァントは基本一人に一騎、確かに貴方は綺礼の言うまともなサーヴァントには見えない。でも、だからと言って他にサーヴァントがいるなんて発想には用意に結びつく筈が無い。まるで……」

 

「まるで?」

 

「……いえ、流石に考え過ぎね。少し物資を買ってから戻りましょう、戦争開始までもうカウントダウンが始まるわ」

 

思い付いた言葉を飲み込んで、足取りを早める。教会で全く口を開かなかったパックが、此処ぞとばかりに騒ぎ出すが歯牙にもかけずに歩いていく。それを追うパックの非難と疑問の声を聞きながら、凛は脳裏を掠めた考えをもう一度検討して辞めた。馬鹿げてる、まるで複数のサーヴァントを召喚したことがある様な素振りに見える、なんて。可能性をもう一度試算するが、あり得ないと言う結論に再度達した。

 

可能であるかどうかを抜きにして、という前置きが必要になるが、条件としてそれを行うにはまず聖杯のシステムのかなり根本の部分を改竄し、更に改善する必要性がある。そして更には、その余剰サーヴァントを生存させる為の魔力を聖杯から供給しなくてならない事になる。幾ら聖杯とは言え、そこまでの余力は無いだろう。この推論に関しては、当て推量であるとは言え、ある程度の根拠は持っている。そんな余力があるならば、わざわざこのような回りくどい方法を使って聖杯を起動させる筈も無いと言う身も蓋もない結論だが、ある種の真理は突いている自信もまたあった。そしてそれはそのまま、不可能と言う結論に帰結するより他は無い。そうしてこの思考は、帰宅する頃には脳内から消え失せていたのであった。

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