願いの物語シリーズ【千歳加奈子】   作:とーふ@毎日なんか書いてる

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第10話『お父さん。お母さん。ありがとうございました。私はこれから晄弘くんと生きてゆきます』

まるで夢を見ている様だった。

 

晄弘くんと恋人同士になって、それを朝陽さんに報告して、まるで自分の事の様に喜んだ朝陽さんと抱き合って、泣いて。

 

幸せ過ぎて、毎朝夢じゃないかと確認してしまう様な日々だった。

 

でも、だからだろうか。

 

「光佑! しっかりしろ! 光佑!!」

 

「タンカ!! 急げ!!」

 

これはもしかして何かの罰なのだろうか。

 

私は、幸せを願ってはいけなかったのだろうか。

 

「光佑さんはもう目覚めない可能性があります」

 

「なんとかならないんですか。先生」

 

「今の医学では……奇跡が起きる事を祈るしか」

 

私が分不相応に幸せを願ったから、だからなの?

 

なら要らない。全部。全部返します。

 

私は地獄に落ちても良い。これまでの全部が夢でもいい。

 

光佑くんに縋りついて泣く陽菜ちゃんや綾ちゃん。

 

必死に涙を堪えている朝陽さんや幸太郎さん。

 

違う。私が望んだものは、願ったものは、こんな物じゃない。

 

お願いです。神様。

 

私から全部取り上げて、光佑くんに渡すだけで良いの。

 

それだけで、きっと全部元通りになる。

 

私なんかのせいで、私の汚い望みで歪んだこの世界を正すだけで、それだけ良い。

 

だから、お願い。早くして。

 

あぁ、そっか。

 

神様はきっと人の命が奪えないんだ。

 

だったら、私が、自分で……。

 

「何やってんだ!! 加奈子!!」

 

「晄弘くん……?」

 

頬が痛い。

 

手に持っていた筈の、カッターは床に落ちていて、私の手は震えて赤くなっていた。

 

そして目の前では晄弘くんが怒っている。

 

その向こうでは同室の茜ちゃんが青い顔をしていた。

 

「あぁ、ごめん。ここじゃ汚れちゃうよね」

 

私は床に転がっているカッターを拾って、お風呂場へ行こうとした。

 

あそこなら、すぐ洗い流せるし、ちょうどいい。

 

そう思っていたんだけど、晄弘くんに肩を掴まれていて動く事が出来なかった。

 

「加奈子。何があった」

 

「何もないよ」

 

「何も無くて、こんな事する訳ないだろ!」

 

「こんなこと?」

 

「お前、自分で自分の手首を切ろうとしたんだぞ!?」

 

「だって、神様に返さないといけないんだよ」

 

「なに、言って?」

 

「私は幸せになっちゃいけなかったのに。そのせいで、光佑くんが、起きないのに、私のせいで!」

 

「お前のせいな訳あるか! 光佑の事故は誰のせいでもない。事故だったんだ!!」

 

「でも!」

 

「加奈子!!」

 

晄弘くんの大きな声に私は体を振るわせた。

 

聞いたこともないような声だ。怒っている所なんて初めて見たかもしれない。

 

「今は眠ってるけどな! 光佑はすぐに目を覚ます!! その時に、お前が居なかったら悲しむだろうが! なんでそんな事も分からない!!」

 

「私なんか要らなかったんだよ。あの人たちに、混ざっちゃいけなかったんだ! このままじゃ光佑くんは目覚めない。ずっと、ずっと眠ったままなんだよ!」

 

「光佑が、妹のお前が悲しんでるのに起きない訳あるか!!!」

 

「……っ!」

 

「アイツはな! いつだって妹の為に、家族の為にって無茶をやってきたんだ! 病室でチビどもが泣いてて、ここでお前が泣いてて、それを放っておく様な奴じゃないんだよ!!」

 

「なんで、知って」

 

「光佑から聞いた。アイツ、俺が加奈子と付き合うって言ったら、こっそり教えてくれたんだ。可愛い妹を泣かせたら、俺は許さないからなって言ってさ。今ここで加奈子が泣いてるのはお前のせいだって言うのにな!!」

 

「っ」

 

「なぁ。加奈子。ここに光佑は居ない。でも、俺なら、そばに居る。お前が嫌がっても、俺はお前の傍にいる。どんな時でも、だ。だから、居なくならないでくれ。自分で自分を憎まないでくれ。加奈子」

 

怒りながら、泣いている晄弘くんを見て、私は曇っていた世界に光が差すのを感じて、泣いた。

 

晄弘くんに縋りついて、不安を吐き出して、ずっと抱えていた想いを吐き出して。

 

そんな私を晄弘くんはずっと抱きしめていてくれていた。

 

それがただ嬉しくて、でもやっぱり悲しかった。

 

でも、私と同じくらい晄弘くんも悩んでいて、苦しんでいて、私たちはそんな気持ちを伝え合って、ようやく立ち上がる事が出来たのだった。

 

そしてそれからすぐに、光佑くんは目を覚まして、私たちは、彼と面会し、新しい悲しみとぶつかる事になる。

 

でも、もう私たちは一人じゃないから、一緒にあるから。

 

私も晄弘くんも繋いだ手の温かさで、どこへでも、どんな場所へでも向かう事が出来る。

 

強くは無いけれど、私たちは戦う勇気を二人で手に入れたから。

 

 

 

そして、それから時間は流れて。

 

いつかの日。大池に晄弘くんが飛び込んだ日の様な、光佑くんが私を家に連れて行ってくれた日の様な。

 

朝陽さんや幸太郎さんが家族になってくれた日の様な、陽菜ちゃんと綾ちゃんがお姉ちゃんと呼んでくれた日の様な。

 

晴れ渡る青空の日に、私はまた新しい世界へと旅立つための儀式をしていた。

 

「あー。どうも。いい天気ですね。なんか、その、いい天気です」

 

少し気恥ずかしそうにマイクを手に話をする晄弘くんを横から見ながら、会場の人たちと同じ様に私もクスリと笑う。

 

一番奥にある親族の席では晄弘くんのお義父様が大笑いしていて、お義母様は頭を抱えていた。

 

「一応話す事全部決めてたんですけど、忘れちゃったんで、ごめんなさい」

 

「いや、朝はポケットに入れたんですけど。今は無いんですよ。不思議ですね。いや困った」

 

「でもまぁ、こんな所も自分らしいという事で、このまま話します」

 

「ここに居る人は皆さん俺の事をよくご存じだと思うので、正直に話します」

 

「まず俺がここに立っているのは加奈子と親友である光佑のお陰です」

 

「謙遜でも何でもなく、真実そうだと確信しております」

 

「俺の人生にはいくつも困難がありました。そんな時、何度も俺を励まし、歩むべき道を照らしてくれたのは加奈子でした」

 

「まさに光の様な人です。加奈子が居なければ俺は困難に打ちのめされ、立ち上がる事は出来なかったでしょう」

 

「なので、加奈子の大切な家族にまずはお礼を言おうと思います」

 

「今日まで加奈子の支えになってくれてありがとうございました。ここからは俺が引き継ぎますので、安心してください」

 

「特に加奈子が好きすぎる妹は毎晩の様に電話を掛けてこないでください。いい加減姉離れする様に」

 

「同じく、その妹と共に電話を掛けてくる兄も同様に妹離れする様に」

 

「あー。ただ、控え目な妹に関しては、もっとウチに遊びに来る様に。加奈子も喜びます。ただ、一緒に居る騒がしいのは自重する様に。よろしくお願いします」

 

「そんな所ですかね」

 

「あぁ。そうだ。いい機会なので、両親にも感謝を伝えておこうと思います」

 

「大野晄弘はお陰様で本日も元気に育っております。どうもありがとうございました」

 

「っと、後、そうですね。本日わざわざ来てくれたチームメイトの人もありがとうございました。後、昔のチームメイトの人も。ありがとうございました。後は、監督とかその他もろもろ、ありがとうございました」

 

晄弘くんは最終的に何だか適当になった挨拶を終えて、頭を下げた。

 

一応申し訳程度の様な拍手が聞こえる。

 

しかし、それ以上に多くの笑い声やしっかりしろーという声に晄弘くんは頬をかきながら笑うのだった。

 

そしてそんな晄弘くんの挨拶に返す様にお義父様がマイクを受け取って話し始めた。

 

『あー。ご紹介にあずかりました大野晄弘の父です』

 

『私も話す事はあまり得意ではないので、拙い部分はご容赦ください』

 

『まずは晄弘。加奈子さん。ご結婚おめでとうございます』

 

『正直な所を言いますと、晄弘が加奈子さんの様な可愛らしい方を連れてくるとは想定外でありました』

 

『最悪、晄弘はボールかバットと結婚するものかと考えていた所もあります。よき友ですからね』

 

『そう。皆さんもご存じの通り、晄弘は昔から人と話すのが苦手で、立花くんや加奈子さんが居なければ友人も、話す人も出来ず、一人で生きていたかもしれません』

 

『しかしこうして、成長し、多くの方に見守られ、今日という日を迎えられたのは、晄弘自身も言っていました通り、お二人のお陰という所が大きいのでしょう』

 

『その感謝を忘れず、晄弘自身も加奈子さんに、そして二人を見守ってくれる多くの人の事を忘れず精進して下さい』

 

『これからは加奈子さんと手を取り合い、過ごしてください』

 

『そしてたまには実家に加奈子さんと一緒に戻る様に。父からの業務連絡でした』

 

お義父様の返答が終わり、会場は笑いと拍手に包まれる。

 

そして、式が進行し、いよいよ私にマイクが回ってきた。

 

挨拶はずっと、考えてきた。

 

何度も書き直して、ようやく納得の出来る文章が出来た。

 

でも、緊張する。

 

「大池だ。加奈子」

 

横から、小さな声と共に頷き励ましてくれる晄弘くんに感謝しながら私はマイクに向かって話し始めた。

 

用意してきた手紙を広げて、ゆっくりと上から読んでゆく。

 

「みなさま、本日はご多用のところ、私たちの結婚式へご列席いただきましてありがとうございます」

 

「この場をお借りして、私の愛する家族へ、感謝の手紙を読ませていただくことをお許しください」

 

「私が、小学校三年生の時、行き場を失っていた所を救ってくれたのは、兄である光佑くんでした」

 

「明らかに様子がおかしい私にも、詳しい事情は聞かず、ただ友達の家で遊ぶだけだと笑ってくれました。その言葉に当時の私がどれほど救われたか。それを言葉にして伝える事は大変困難で、申し訳ございません。ありふれた言葉でしか感謝を伝えられない私をお許しください。光佑お兄ちゃん。ありがとうございます」

 

「そしてそれから立花家へお邪魔した私は、生まれて初めて人の温かさを知りました」

 

「触れ合った指先から伝わる温かさを知りました」

 

「言葉が、人を傷つける物だけではなく、慈しむ想いを伝える事も出来ると知りました」

 

「立花家で過ごした日々は私に大きな安らぎと人を愛する気持ちを与えてくれました」

 

「それから、多くの過ちと後悔と、困難を乗り越えて、私は家族の絆という物を知りました。兄の様に優しき人。大切な妹。血のつながりなど無くても、私を愛してくれる人たち」

 

「皆さんとの日々は、私の人生に大きな光をもたらしてくれました」

 

「そして!」

 

「忘れもしません。立花家へお邪魔して三年目の八月十一日」

 

「私は元の両親と決別し、幸太郎さん、朝陽さんの正式な娘となりました」

 

「突然私の様な者が増え、負担も大きくなったというのに、笑いながら娘が増えて嬉しいと言ってくれた幸太郎さんと朝陽さんの優しさを、私は決して忘れる事は無いでしょう」

 

「お二人の姿は私にとって理想の夫婦そのものでした」

 

「二人から頂いた、一瞬一瞬が、頂いた言葉が、想いが、全て私にとって宝物です」

 

「どんな綺麗な宝石よりも、輝いた、何物にも代えがたいものです」

 

「っ、そしてっ! この場を借りて、私はずっと、ずっと……言いたかった、伝えたかった想いを伝えさせてください」

 

「お父さん! ……っ、お母さん! 私をお父さんとお母さんの娘にしてくれて、ありがとうございます」

 

「お父さんとお母さんの娘になれた日から私の人生は始まったんだと思います」

 

「お父さん。お母さん。ありがとうございました。私はこれから晄弘くんと生きてゆきます」

 

「愛する家族に貰った多くの幸せと一緒に」

 

「長くなりましたが、お付き合いありがとうございました」

 

私は深く深く頭を下げて、席についた。

 

既に涙は溢れそうだが、それを必死に堪える。

 

だって、ようやくお父さんとお母さんって呼べたんだから。

 

喜ぶ日だ。笑う日なんだ。

 

だから笑わないと。

 

でも、そんな私の決心も、お母さんがマイクに語り始めた言葉で崩れてしまう事になる。

 

『加奈子さん。素敵なお手紙ありがとうございます』

 

『そして、会場の皆様。お忙しい中、加奈子さんと晄弘さんの為にお集まりいただき、ありがとうございます』

 

『立花家を代表しまして、私からお話させていただきます』

 

『光佑君たちも話したい事は色々とあるでしょうが、あまり長くなると困ってしまいますからね』

 

『コホン。まず加奈子さん、晄弘さん。本日はご結婚おめでとうございます』

 

『気が付けば時間は風の様に過ぎて、あんなに小さかった加奈子さんが、この様な立派な姿になって、とても嬉しく思います』

 

『加奈子さん。晄弘さん』

 

『家族とは木の様な物だと私は考えております』

 

『最初はまだ細い苗木ですが、時間を積み重ね、想いを注ぐ事でその木は大樹となります』

 

『どんな嵐にも負けず、光に向かって大きく背を伸ばす、大樹に』

 

『互いを尊重し、慈しみ、支え、語り合い、共に手を取り合いながら日々を歩んでください』

 

『加奈子さん。貴女と過ごした日々は私たちの木を、どんな困難にも負けない大きな大樹にしてくれました』

 

『そして、本当に大切な物を加奈子さんはもうご存じだと思います』

 

『それを胸に』

 

『私が加奈子さんとの日々で感じた様に』

 

『愛おしい日々を晄弘さんと歩んでください』

 

『長くなりましたが、加奈子さん。晄弘さん。本日はまことにご結婚おめでとうございます』

 

『どうか幸せになって下さい』

 

『こんな不出来な私を母と呼んでくれたこと』

 

『宝物のような毎日を、いつまでも色あせない思い出をありがとうございます』

 

『貴女のお母さんになれて、これ以上の喜びはありません』

 

『本当に、ありがとうございました』

 

あぁ。

 

あぁ……。

 

私はもう涙で前を見る事も出来ず、ただ子供の様に泣いていた。

 

こんなハズじゃなかったのに。

 

笑って、楽しい結婚式にするハズだったのに。

 

でも、ただ、それが、そんな世界が。

 

私は幸せだった。

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