愛されてた人
「シオン!」
その刹那私はアスファルトの上で横になっていた。傘も私から見えるところからは遠く離れてしまったようで、段々と強まる雨足に晒される。一体何事だ、なんて考えなくてもわかる光景が目の前に広がっていた。
「...............」
人間って本当に驚いた時、声が出なくなるんだなと初めて感じた。目の前で1番会いたかった人が血にまみれて道路の端で横たわってる。奥には前の方がぺしゃんこになった車が壁にめり込んでいた。冷静になれる気分では到底なかった。だけど自分でもおかしくなるくらい、事態は逼迫しているのに妙に落ちついていた。
「...110番?119番?どっちなんだろ」
落ち着いてるはずだ。落ち着いてるはずなのに。雨が私を濡らすようにまた別の雨が私の頬を伝った。悲しみに打ちひしがれる暇なんてないのに目の前は常にぼやけていた。周りの人の助けもあり無事に救急車を呼び、彼、遥は運ばれて行った。
遥は知っての通り妹のいろはちゃんと2人で暮らしている。つまり親元を離れて自分たちの力で生計を立てている。この生死を彷徨ってもおかしくない状況に親は駆けつけたくても駆けつけられないもどかしい状況だ。私が取るべき決断は救ってくれた命を遥におすそ分けしてあげること。
どこの病院に行ったなんてわからない。だから市にある病院をひたすら走って回った。私は体力なんてないから何回も立ち止まっては少し走るを繰り返した。辛かった。雨の中足元をすくわれそうになった時もあった。でも私よりも辛い人が今病院できっと頑張ってるから。
4件目に差し掛かったところでようやく遥の居場所が特定出来た。私はすでに服はびしょびしょ、目の辺りもきっと腫れ上がっていて醜い姿をしているに違いない。遥は今集中治療室に運ばれているらしい。それがわかった時には看護師さんに場所なんて聞かずに一目散にそこへ向かった。
「...遥」
ようやく見つけた集中治療室の前のベンチでただひたすら無事を祈ることしかできなかった。あの時もし雨が降っていなかったら。あの時もしあの車が横断歩道に気づいていたら。あの時もし私がイヤホンなんてしていなかったら。
あの時もし喧嘩なんてしてなかったら。
自責の念に駆られていた。それを考えたくなくて他の要因に全ての責任を外的要因に押し付けてやりたかった。でも事故の加害者であることには代わりなんてないのに。
「...一命は取り留めました。外傷こそ擦り傷や打撲、腕の骨折と言ったところですが」
「...」
「頭に大きな衝撃が加わっていたみたいで。意識が戻るのに時間がかかりそうです」
「...時間がかかるって!いつくらいまで!」
「答えかねます。風真さんの意志や容態次第だと思います」
医者はこういう時無愛想だなと思う。もう少しこっちに寄り添ってくれてもいいんじゃないか。でも変な希望を抱かせたり現実を見せてくれるような言葉を言ってくれた方が苦しまなくて済むんじゃないのか。あくまでもそうやって冷静さを保っているだけかはたまたもうこんな現場何回もくぐり抜けてきたからなのか。
「...遥」
病室は個室だった。親族の人はまだ見えてない。そりゃそうだ、だって彼の両親は北海道にいて、いろはちゃんは兄の変わり果てた姿なんて知らずに部活に勤しんでる最中だ。今このことを知っているのは私だけだ。
雨に濡れた衣服が乾き始めたころにいろはちゃんが病室までやってきた。
「お兄ちゃん!!!...お兄...ちゃん」
「...いろはちゃん、遥は」
そんな声届いてないんだろうな。説明しようとした瞬間いろはちゃんは声をあげて泣いた。号哭に近かった。そんないろはちゃんを私は見守ることしかできなかった。床に跪き兄と同じ目線に立ち、握ってる手は兄を想う強さの分力が込められていることがわかった。
「...シオン先輩お兄ちゃんは、なにがあったんですか」
一頻り泣いたあといろはちゃんは目に涙を溜めながら聞いてきた。私は洗いざらいことの発端を話した。
「...つまりお兄ちゃんは...シオン先輩を庇ったから...」
「...そうだよ、ごめん。ごめんね」
「...お兄ちゃんはシオン先輩が無事でよかった、と思ってると思います。だってお兄ちゃん、人のためになることをするの...大好きだから。...お節介焼きなんです、かざまが宿題とかで困ってる時とか...暇してる時だって、いつもお兄ちゃんはかざまと一緒にいてくれました。だから...」
「...」
「...お兄ちゃんは...、きっとごめんねって言われるよりも...ありがとうって言われる方が...嬉しいんじゃないかなって」
「...いろはちゃん」
「かざまの時もそうだったでござるから、シオン先輩も同じですよ...」
「...いろはちゃん、ごめんね。...泣いてもいい?」
「...はい」
「...っありがとう...ありがとう...遥ぁ...」
緊張の糸が解けた瞬間私の涙腺は崩壊し今まで取り繕っていた冷静さを失い、赤ん坊のように泣きじゃくった。こんな姿見られたらきっとからかわれる、なんてことはどうだって良かった。そんなの抜きに今はその大きな救ってくれた手のひらで私の頭を撫でて欲しかった。
「シオン、今日も病院に行くの?」
「もちろん、今日もちゃんと行くよ」
「シオン様、くれぐれも無理はしないでくださいね」
「わかってるわかってる。シオンが好きでやってるの!」
「最初はあんなに嘆いてたのによく戻ってこれたね」
「...今でも後悔してるのには変わりないよ。でもずっと引きずるのも違うから、そんなことしたら遥がきっと怒っちゃう」
「...今日こそは起きるといいね、シオンちゃん」
「...そうだね。もし起きたら嬉しい」
「今度スバルたちも行くからな!絶対に無理すんなよ!」
「はいはい、ありがとう」
遥が轢かれたあの日以降、私は毎日のように暇な時は見舞いに行った。今日は5日目、遥の声を聞けなくなってから5日目。未だに目を開く気配はなかったがそんなことは気にせずに今日も行く。責任を少しは感じてはいる、でも私はただもらった時間を遥の傍にいて、遥を見守る時間にあてたかった。学校から30分近くかかってしまうがどうでもよかった。
私はみんなの助けもあり、なんとか立ち直ることができたと思う。心の傷になって残ってはいるがいつまでもくよくよしてたらきっと叱られちゃうから。
「遥!おはよう、今日の調子は?」
もちろん返答なんてありはしない。私の発した声は部屋中に木霊する。今日も寝たきり、昨日と姿勢はまるで変わっていない。巻かれた包帯から痛々しい傷が想像できるし機械と体を繋いでいるチューブがそれを象徴していた。
来てまず私がすることは花瓶の水を入れ替えること。質素な部屋はなんか味気なくて。彩りがあれば起きたとき遥もきっと明るい気持ちになれるかなって思って持ってきた。花瓶には私が買ってきたシオン、自分の名前の花を買うなんて少々痛いと思ってしまうが、遥には私のこと忘れないでほしいから。
それが終わったらお見舞いが終了する時間まで彼のそばに来客用のイスを置き、僥倖を頼むようにただひたすら彼を見つめる。遥の瞳が開く瞬間を見逃したくなくて、一時も目線をずらす時はなかったと思う。
「紫咲さん今日も来てくれたのね」
「あ、こんにちは」
不意に後ろのドアが開き来客が来たと思ったらそこには遥のお母さんがいた。今はこっちの家に住んでいるみたいで遥の様子を忙しくなく見にきているようだ。
「あんまり無理しなくてもいいのよ」
「いいんです、シオンが好きでやってることなので」
「ふふっ。遥も紫咲さんみたいな可愛い子に見守ってもらえたらきっと嬉しいと思うわ」
「なっ!じょ、冗談はやめてくださいよ...」
いつもならそうでしょ?とかわかってる〜と言いたいところだったが遥のお母さんということで緊張してしまいいつものテンションでいることは難しかった。こんなこと言われたのは初めてだったため狼狽したせいもあった。
「...言おうか迷ってたんだけど実はね、紫咲さんの話は遥から何回も聞いていたわ」
「...そうなんですか?」
「ええ、冗談なんかじゃないわ。みんなで遊びに行った時のこともそりゃあ嬉しそうに私やお父さんに話してきて。親としてこんなに嬉しいことはないわ」
「そうなんですね、遥は学校じゃそういう人じゃないので」
「あらそうなの?もっと素直になればいいのにね〜」
「でも、そういうところが遥のいいところだと思ってます」
「あらあら〜」
遥のお母さんと世間話をしてる時間は私にとって心の支えになっていた。拠り所をなくした私の止まり木になっていた。
「遥はね、昔はもっとやんちゃだったの」
「そうなんですか?」
「そう、私たち家族の中では1番って言っていいくらい。でも中学3年生の最後の方だったかしら。私たちにクラスメイトからいじめられるって言ってきて...。正直困ったわ。だってそれまでは順風満帆でいつも笑顔だった遥の顔に生気がなくなっていったんだから」
「そうだったんですか。いじめられていた話は遥から聞いたことあったんですけど...。じゃあ高校入学前はもっと明るかったってことですか?」
「そうね、遥はもっと感情表現が豊かだったわ」
だからバスケットをしている時はあんなに笑顔で、普段では考えられないような獰猛さを見せていたんだなと合点がいった。
「...それで私は時々考えるの。いっそのこと血の繋がった家族って言ってしまえば良かったんじゃないかって。それだったら遥も辛い思いをしないで済んだのかもしれないって」
遥は家族と血の繋がってないことを棚に上げたせいで過去のクラスメートからウザがられいじめられた。子どもというのは時に残酷だ。今まで仲良くしていても旬が過ぎれば一瞬にして裏切るほどの冷酷さを持ち合わせているから。
「私は...遥と会えて良かったです。こんなこと言うのはあれかもしれません。ですけどもしそれがなかったら遥と会えてませんから...。言わないでくださいね!遥に。調子乗っちゃうので」
「ふふ、わかったわ。遥に言ってあげたかったわ。紫咲さんは遥に会えてよか」
「わー!わー!」
起きてもいいじゃん。わかりやすいくらいうるさくしているのに、なんで眠ってるのさ。ねえ起きてよ、ありがとうって言わせてよ。お願いだから
。
それから月日は流れるように過ぎていった。その間に遥はたくさんの人と出会っていた。柊君、委員長、古海の仲良しメンバー。バスケットボール部の人たちも。しらけんの人達はいっぱいお菓子やフルーツを持ってきて、生徒会のときの先輩やフブキちゃんも帰りを待っていた。私が1番意外だなと思ったのはぺこちゃんの言葉だった。
「...待ってるペコだから。あんたが会長やらないで誰が会長やるペコ。ぺこーらがあんたを支えるんだから、早くしてくれペコ...」
普段はツンケンしているペコちゃんからは考えられない言葉だった。ある程度人との距離をとるペコちゃんでさえ遥のことを一目置いていることがわかって、私が想像しているよりも遥はみんなから愛されていた。
「...メリークリスマス、遥」
クリスマスの日も病院に変わらずに行った。もうすでに学校は冬休みに入っていたためできる限り早く病院に駆けつけた。寝ている良い子にはプレゼントを渡さなければいけない気がしてしっかりラッピングされたプレゼントを用意していた。こういう時なにを買えばいいかわからなくて、悩んだ末に腕時計を買った。なんか腕時計をつけて様になっている遥を想像するとなんか笑えてきて勢いで買ってしまった。喜んでくれたらいいな。すでに20日が経過しようとしていた。
いろはちゃんと一緒に病室にいるある日のことだった。
「もうすぐ年越しですねシオン先輩」
「だね〜、今年の1年もあっという間。制服着てるってことは今日は部活だったの?」
「そうでござるよ!今日で今年最後の稽古で、いや〜張り切っちゃったでござるよ」
「いろはちゃんらしい」
「それにしてももうすぐござるも2年生か〜」
「2年生はまじであっという間!覚悟しといた方がいいよ」
「可愛い後輩もできるでござるからね〜。楽しみでござる!」
「...んぅ」
「「え?」」
私たちの会話に第三者の声が聞こえてきた。声の主は私たちがずっと待っていたあの人。みんなから帰りを待たれている愛されてる人。
「勉強!!」
「え?」
「ああ、いろは...ってなんだその制服?俺の行きたい高校の...った、なんで俺ギプスしてんの?右手動かないんだけど。それにどこだここ、俺は勉強してたはずじゃ...」
遥は
「それと...誰?」
私のことを忘れていた
気づいたら20000UAを突破していました!ありがとうございます(т-т)ご感想など書いてくれたら励みになります
サブキャラの話を番外編に載せるのはありか
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あり
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なくてもいい