「桜の花が咲き始め────」
北海道に住んでいた頃、入学式とこの時候の挨拶には齟齬があるように感じていた。北海道の四月は他県と違い桜にお出迎えされない。しかし今日の入学式では新たな一歩を踏み出す後輩たちの門出をお祝いしているかのように咲き乱れていた。
「...はい」
「いや、はいって言われてもな...。ていうかなにこれ?」
「この時期に呼ばれたってことは薄々勘づいてるんじゃないの?そこまで鈍感とは思わなかったペコ」
「あんまり考えたくはないけど俺が入学式の挨拶やるのか?それは会長の仕事だろ。そもそも俺は一から文章なんて考えたくもないし縁がない」
「特例ペコ。中身、ほら」
俺の目の前に差し出された白い封筒の中からはそれはそれはびっしりと文字で埋め尽くされた紙が姿を現した。
「...これ兎田が書いたのか?にしてもすごい達筆」
「いいや、ぺこーらが原案を考えてそれを書道の先生が清書してくれたペコ」
「なるほど。ってなるほどじゃない!俺はやらないぞ」
「...」
腕を組んで貧乏ゆすりをしている兎田は今にも舌打ちをしそうな顔をしている。責任から逃げるな!と一喝してやりたいところだが結局俺がやる羽目になりそうだからここは一役買ってやった。幸い自分で文章を考える手間もない上に書かれている文をそのまま読むだけだ。国語の音読となんら変わりはない、と壇上に立つまでは思っていた。
「(いや緊張しすぎて手の震えが止まらん!!!」)
なぜあんなにも見栄を張っていたのだろう。昨日までの異性は何とやら、今はライオンを前に怯えるチワワのように小さくなっているような気がした。
「風真先輩お疲れ様です」
舞台裏に戻ると鷹嶺が安心したかのような顔でこちらへとやってきた
「心配しましたよ、階段登る時から先輩緊張してるの見え見えで」
「そ、そんなに表に出てた?いや〜今更隠せないから言うけどめっちゃ緊張してたわ」
「もうロボットみたいに動きがカチコチで...ふふ」
「おいバカ今笑ったらやべーから我慢してくれ」
鷹嶺の口を手で塞ぐことでその場を凌ぐことができた。俺の中の鷹嶺はできる後輩という位置づけだったがあと一歩間違えれば生意気な後輩にグレードダウンするところだった。
その後の入学式は兎田が締め、三年生になってから初の生徒会としての仕事が終わった。いつもはクラスのみんなと一緒に体育館の腋の方で新入生を眺めていたが今日は壇上から初々しい少年少女を一望していた。少し優越感がありながらもやっぱり緊張はしていたわけで。そんな入学式だった。
「そういえば今年の新入生って何人くらいなんだ?」
「400人くらいですかね。私たちの学年が350人くらいだから結構増えてますね」
「400人って...。もう気持ち悪いくらい人がいるやんそんな人気なのかこの学校」
「あんたはあんまりわからないのかもしれないけどこの学校の人気はうなぎ登りに高くなってるペコ。正直ぺこーらも原因はわかってないペコだけど、いくつか運動部がいい成績収めてたり比較的新しい学校だから惹かれるものがあるんじゃない?」
「学業面でもそんなに低くはありませんしね。上の下、くらいの位置づけなんですかね。一応進学校ですし」
「文武両道って怖いな...。ところで兎田、会長としての初の仕事はどうだった?」
「どうだったって言われても...。まあ普通だったペコ、あんたはすっごい緊張してたみたいだけど」
ファッファッファ!とお決まりの笑い声が生徒会室に響く。ハイハイそうですよ緊張しました、何か悪いですか
「いや...なんも言い返せないわ。あんなに大勢の親とか生徒に見つめられるの慣れてないから大目に見てくれ」
「風真先輩大舞台に強そうですけどね。特にバスケとかやってたら色んな人に見られるんじゃないですか?」
「それはそれ、これはこれだよ。バスケしてる時はもう一心不乱だけどさ、今日はめっちゃ静かだったじゃん。だから余計緊張しちゃって」
「まあこれからいっぱいそういうことさせるから覚悟しとくペコ」
「いやマジ勘弁してください」
いざ自分でやるってなると今まで毛嫌いしていた生徒会もバカにはできなくなった。生徒会と言えば在校生からヘイトを集めるような存在、そう思っていたがこのプレッシャーがかかる仕事をこなしていることを知ったら軽視することなんてできなかった。
「じゃあ今日は解散ペコ、お疲れ様」
兎田の鶴の一声で俺は生徒会室を後にした。まだ慣れない自分の教室に立ち寄ってみるとクラスメイトは誰も残っていなかった。下校の時間はとっくの前にすぎていたのだから当然のことだった。
「まあそりゃいないわな」
外を眺めるとユニフォームの中にところどころ混じっているジャージの生徒、季節が移り変わるたびに嗅いできた癖になるワックスの匂い、黒板に書かれた担任のメッセージ。新学期を感じさせるには十分だった。
「今日誰にも会ってないな」
投稿してからずっと生徒会室にいた。だから柊にも委員長にも古海にもその他クラスメイトにも会っていない。新学期早々疎外感を味わった。あの頃をつい思い出してしまいそうだった。
「帰ろ!今の俺には友達おるし」
前とは違うのだ。自虐的な俺は北海道に置いてきたんだ。サッカー部と野球部が声出して張り合っているのを背に教室を後にした。
「え、紫咲?」
「ようやくきた!」
「ようやく来たっていうか帰る約束なんてしてないだろ」
「してないよ?だから今約束しに来た。一緒に帰ろうよ」
「よく待ってたな。もし生徒会が長引いてもっと遅くなってたらどうしてたんだよ」
「...それは」
わざとらしく目を逸らす紫咲、きっとそろそろ帰るつもりだったに違いない。たまたまそのタイミングで俺が来たのだろう
「俺そんなに緊張してたように見える?」
「もちろん、こっちから見てもわかるくらいには」
「まじか〜結構隠せてると思ってたんだけどな」
「そんなわけないでしょ!」
やかましいくらいゲラゲラ笑う紫咲。きっと同棲だったら脳天にチョップしている。案の定ロボットみたいな動きになっていることも言われたし挙句の果てには目がずっとキョロキョロしていたことまでもバレてしまっていた。
「シオン的に遥はそんなタイプじゃないと思ってたけどな〜」
「鷹嶺にもそんなこと言われたな〜。俺だって普通に緊張するし」
「..」
「おいなんで黙ってるんだよ...っておいなんでコンビニに一直線なんだよ」
無言の圧に耐えきれず俺はコンビニにある中で1番高いアイスを奢らされた。悔しかったから俺も同じやつを買ってやった。甘いはずなのに少しだけしょっぱいような気がした。
「遥はさ、将来何になりたいの?」
「そんなこと言われてもな。考えたこともないし、そういう紫咲はどうなんだ?聞いてきたってことは決まってるんだろ?」
「まさか〜シオンはなんにも決まってないですよーだ」
「聞いた俺が馬鹿だったな。ていうかいきなりどうしたんだよ」
「もうシオンたちも三年生じゃん、そう遠くはない話でしょ」
「まあ言われてみればそうだな」
将来像に関しては小学生以来触れてこなかったため再考する必要があった。消防士になりたいと小さい頃は言っていたような気がするが今ではそんな熱は冷め大人への設計図は白紙に戻っていた。
「まあぼちぼち考えるよ、ぼちぼち」
高校卒業まで残り1年、実感は無いが大人への階段はそろそろ終わりを迎えそうだ
サブキャラの話を番外編に載せるのはありか
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あり
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なくてもいい