ヤマト夫妻がメンデルでとても頑張った結果 作:スカウトマニア
コズミック・イラと呼ばれる時代。
自然のままに生まれたナチュラルと遺伝子調整を施されて生まれてくるコーディネイターとの人種間対立が深まり、地球圏を戦火が覆う争いの時代だった。
そんな中、地球に本土を置くオーブと呼ばれる国家の持つスペースコロニー・ヘリオポリスでは、オーブ国民にとっては遠い出来事だった筈の戦いが勃発していた。
コーディネイターの国家プラントとその軍隊ザフトに対し、ナチュラルは大西洋連邦、東アジア共和国、ユーラシア連邦の三大国家を中核とする地球連合を結成し、大戦争を行っている。
ヘリオポリスではオーブのさる重要人物が秘密裏に大西洋連邦と結託し、ザフトの開発した新時代の機動兵器モビルスーツ=MSの研究開発を行っていた。
ザフトはこれを察知し、地球連合のMSの破壊ないしは奪取を目論み、ヘリオポリスを戦火で燃やしたのである。
アスラン・ザラもザフトのクルーゼ隊の一員として、ヘリオポリスに侵入し、住人達にも秘密裏に建設されていた工場で地球連合のMSイージスの奪取に成功していた。
コロニー内部の工場で幼年学校時代の親友との思いもかけない再会こそあったが、アスランは任務を忘れはしなかった。
心は動揺していたがアスランは奪ったばかりのイージスを動かし、ヘリオポリス内部の破壊された街並みを進ませる。
奪ったばかりのイージスはまだOSも未調整で、本格的な戦闘に投入するには問題が多い。
一刻も早く母艦ヴェサリウスへと戻るのが先決だ。そう考えるアスランはモニターの隅に映し出されたある婦人の姿に気付き、無意識に息を止めた。
戦火に煽られて不安の色に顔を染めた婦人は、ちょうどアスランの母親世代になるだろう。緩やかなウェーブの懸かった髪が爆風に煽られ、今にもその体が吹き飛ばされてしまいそうだ。
それが見知らぬ誰かであってもアスランは憐憫を覚え、それでも任務を優先して無視しただろう。しかし、その婦人は違った。月面都市の幼年学校時代、多忙な両親に代わって面倒を見てくれていた母親代わりの女性、カリダ・ヤマトだったからだ。
他国の民間人を軍務中に救出するなど、後でどれほどの問題となるのか。アスランはそれが分からない人間ではなかったが、カリダを見捨てる選択肢は彼にとってあり得なかった。
アスランは焦りながらも慎重にイージスを操作して、カリダの目の前で膝を突かせてコックピットハッチを開放する。
カリダからすれば自分達のコロニーを破壊したザフトのMSに見えただろう。はっきりと怯えの色を見せるカリダに向けて、アスランはハッチから身を乗り出して爆音の中でも聞こえるように大声を出した。
「カリダさん、早くこっちに! 俺です、アスラン・ザラです。昔、月でお世話になった」
「アスラン君? アナタが、どうしてそんなものに……」
カリダ夫妻とその息子でアスランの親友キラ・ヤマトがオーブの国民だったのは知っている。ヘリオポリスを襲撃すると決まった時、アスランの脳裏にヤマト親子の姿が思い浮かんだのは事実だ。
それでもまさかヘリオポリスには居ないだろう、居てくれるなと祈りながら作戦に従事し、その結果がこの様だ。キラと一緒に住んでいたのか、様子を見に地球のオーブ本土から来たのかは知らないが、カリダを戦火に巻き込んだ事実は覆らない。
最後に見た時よりも成長したアスランが軍人となり、得体のしれないMSに乗っている姿に戸惑うカリダをなんとかイージスのコックピットに乗せ、せめてもの安全の為にヘルメットを被らせて、アスランはなんとかヘリオポリスを後にした。
実の母と同様に慕い、世話になってきた女性との思わぬ再会にアスランの心は新たな動揺に襲われていた。シートの後ろにある隙間に身を寄せるカリダの匂いに、不意に胸が高鳴るくらいには。
アスランにとってカリダは初恋の女性であった。
図らずもオーブ国民を拉致して母艦に帰投する、という奇想天外な真似をしでかしたアスランであったが、同時にクルーゼ隊は想定外の事態に陥っていた。
アスラン以外にも地球連合のMS──通称“G”を奪取に行った同僚達イザーク・ジュール、ディアッカ・エルスマン、ニコル・アマルフィが思わぬ抵抗に遭い、Gの奪取に失敗。
アスラン達の先輩で“黄昏の魔弾”の二つ名で知られるエース、ミゲル・アイマンも乗機のジンを失い、撤退してきたのである。
Gの奪取に成功したのはアスランのイージスのみ。作戦に投入したジンを複数失い、ジンよりも更に貴重な隊員も複数名が失われることとなった。
ザフトでも屈指の練度で知られるクルーゼ隊始まって以来の失態に、騒がしくなっているヴェサリウスへと帰投し、艦内に戻ったアスランへと同僚達から向けられる視線は冷ややかなものだった。
彼一人がGの奪取に成功したことへの賞賛はあれども、どうして中立を謳う裏で地球連合の、野蛮で下等なナチュラルと手を組んでいたオーブの国民を連れてきたのだと、疑惑と困惑と不信などなど、マイナスの感情の方がはるかに大きい。
アスランもそれを当たり前だと黙って受け止めている。他の誰かが同じ真似をしたら、自分だって正気を疑うだろう。ただ、それよりも居た堪れない様子で自分についてくるカリダの方が心配だった。
キラもそうだが、この女性だって戦場にはとうてい似つかわしくない。
カリダ夫妻はどちらもナチュラルだが、子供であるキラをコーディネイターとして生んでいるし、コーディネイターの両親から生まれた第二世代コーディネイターのアスランをとても可愛がってくれた。
あるいはヴェサリウスに連れてきたのは失敗だったかもしれないが、あのまま放置していたらこの優しい女性が炎に飲まれて死んでいたかもしれない。その可能性を思えば、アスランは同胞からのどんなに冷たい視線にも耐えられる。
「カリダさん、これから俺達の部隊の隊長にカリダさんのことをお話します。全て俺の一存でした事ですから、決して悪いようにはならないようにします。その、本当にすみません」
お互いに混乱していたからヘリオポリスを出てからここまで、ろくな会話をしていない。格納庫に併設されているガンルームの前で、アスランはヘリオポリスを襲い、この女性を巻き込んでおいて今更なんだ、と自分を罵倒しながら謝罪の言葉を口にした。
カリダとて聖人君子ではない。いきなり戦火に見舞われて思わぬところがないわけではないが、今のアスランの姿があの幼かった頃と重なって、責める言葉を口にできなかった。
「そうよね、戦争をしているのだもの。オーブがいくら中立だと言っても、こう言う事もあると、頭では理解していたつもりだったけれど、本当には理解していなかった……」
「すみません。カリダさんはなにも悪くはないのに。……それじゃあ、クルーゼ隊長、アスラン・ザラ出頭いたしました」
ガンルームにはアスラン達に先んじてMSシグーで出撃し、G護衛の任に就いていた地球連合と戦っていたラウ・ル・クルーゼが待っていた。
彼もまた戦闘を切り上げて母艦ヴェサリウスへと帰投し、アスランのやらかしの報告を受けて、ガンルームに留まっていたのである。
室内に階級の無いザフトで指揮官・隊長格を示す白い軍服に身を包み、目元を医療用のマスクとは信じがたい奇天烈なデザインの仮面で覆ったクルーゼがアスランとカリダを迎え入れ、すぐにカリダが驚きで嫋やかな体を強張らせる。
「ラウ? あなた、ラウでしょう? いきなりいなくなったと思ったら、貴方がどうしてザフトに? アスラン君だけじゃなく、貴方まで!? 私もハルマもキラも、皆、貴方のことを心配しているのよ」
まさかカリダが自分達の隊長とも知己だったとは、それも口ぶりからして相当に親しい間柄とは夢にも思っていなかったアスランは、これまで以上の驚愕を顔に貼りつけてカリダとクルーゼの間で視線を往復させる。
懐かしさと困惑に彩られるカリダに向けて、クルーゼはこれまでアスランが一度も耳にした事がないくらいに優しい声で答えた。
母を慕う子供のように、姉を慕う弟のように
「お久しぶりです、カリダさん。あの時は突然、貴方達の前から姿を消したことを今更ですがお詫びします。しかし、アスランから報告があった時はまさかと思いましたが、私はとてつもなく恩知らずな真似をしてしまったようだ」
そして久方ぶりに初恋の女性を前にした男のように、クルーゼはかつてない後悔と罪悪感と共にカリダと向き合った。
*
ヘリオポリスを襲撃し、思わぬ反撃にあってほとんど任務が失敗したも同然のクルーゼ隊に対し、襲撃を受けた側はというと、アクシデントによってGに乗り込んだオーブの民間人達を頼みに、新造戦艦アークエンジェルに集っていた。
襲撃を生き残った大西洋連邦の士官であるマリュー・ラミアスやナタル・バジルール、護衛部隊の生き残りムウ・ラ・フラガを中心としてヘリオポリスからの脱出を目指していた。
そのアークエンジェルの中にはっきりと目立つ異物があった。ヘリオポリスの工業カレッジの学生である民間人の学生達だ。
その中には工場で偶然にもアスランと再会し、Gの一機、ストライクに乗り込んでミゲルのジンを撃退したキラ・ヤマトの姿もある。
機体を動かすOSが完成しておらず、ナチュラルには操縦できないストライクを動かしたことで、コーディネイターだと指摘されたキラは他国の民間人が軍事機密に触れたこと以上に、アークエンジェルクルーから胡乱な視線を向けられていた。
だがキラにとってはそれどころではなかった。これからの方針に向けてマリューらが話し合う傍ら、キラは自分と同じようにGに乗り込んで奪取を阻止した兄弟たちと輪になって話し合っている。
「アスランが? そうか、あいつはプラントに戻ったから……」
そう口にしたのはイザークを格闘戦の末に撃退し、デュエルに乗り込んだシュラ・ヤマト。
「皮肉なものだな。月のコペルニクスで別れて、次に会うのがこんな状況だったとは」
暗にアスランがヘリオポリスの惨状を引き起こした事実に、表情を暗くしているのはディアッカと渡り合い、バスターに乗ったオルフェ・ヤマト。
「彼はまた戦場に出てくるかしら? あちらの戦力がどれほどか分からないけれど」
現実的な問題を交えつつ、アスランとの戦場の再開を憂いているのはニコルと交戦し、ブリッツに先に乗り込んだイングリット・ヤマト。
この三人以外にもダニエル、リュー、グリフィン、リデラードが居て、キラを含めて八人兄妹となる。全員がコーディネイターであり、未完成のOSをその場で戦闘可能なレベルに仕上げて、ヘリオポリスに侵入したジンをことごとく撃墜している。
「アスランがまさかザフトに入っているなんて。地球連合と戦争になっていたから、どうしているかって心配しては居たけど。それに母さんとも連絡が取れないし、シェルターに避難できているかな?」
オルフェもシュラもイングリットも、この場に居ないダニエル達もアスランとは幼い時間を共有した友人だったのだ。
その彼が軍人となってヘリオポリスを襲った事実には少なからず衝撃を受けていたが、それ以上にオーブ本土から様子を見に訪れていた愛する母と連絡が取れない事態が、彼ら兄弟の心を暗くしていた。
キラ達全員がコーディネイターとも異なる特別な出自と能力の主であっても、まさか母カリダと遭遇したアスランが助ける為とはいえイージスに乗せて、ヴェサリウスに帰投していたなど、神ならぬ彼らに分かるわけもない。
ましてやアスランの上司が、かつてヤマト家で数年間を過ごし、兄と慕ったラウ・ル・クルーゼであるなどと、夢にも思わなかっただろう。
といった具合でした。