今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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使命なき者

 

王都ローデイル。

女王マリカが健在だった頃のかつての栄華は既になく、ただその地は焼けた黄金樹と灰都と化した街が広がっていた。

その地の最奥。黄金樹の足元、荒れ果てた玉座にて見下ろす者が居た。

その者の名を知る者はもはや居らず、その肩書きこそがこの狭間の地においてその存在を知らしめていた。

褪せ人、祝福なき者、あるいは――エルデの王と。

 

 

褪せ人は、灰に覆われたもはや何者もいない街並を見下ろしながら思う。

 

 

――果たして、己の成した事が正しかったのかと。

 

求められるままに戦い、その果てにエルデの王となった。

 

王となり、掲げた律は完全律。

 

黄金の律は未だ健在、ただそこにあった神の意思のみが排された。

神の意思無き律はただ黄金の理のみを敷き、この地に住まう者達の意思をもって世界は回るだろう。

もはや、使命を果たした褪せ人の居場所などこの地には無かった。

 

幾度繰り返したかも分からぬ思考に、やはり同じ結論でもって打ち切る。

 

 

「あぁ、わが王よ。どうしてそんな顔をしてるのですか?」

 

 

不意に、玉座の褪せ人に声が掛かる。

褪せ人が視線だけを動かし、その声の主に意識を向けた。

 

「わが王はきっと、オイラには分からないほど難しいことを考えていらっしゃる事と思います。ですが、オイラに力になれる事があれば、何でもおっしゃってください」

 

亜人のボック。

褪せ人に付き従う唯一の臣下であった。

 

「それほど、酷い顔をしていたか」

「あぁ!どうかお気を悪くしないでください!

オイラはただ、わが王のお辛そうな顔を見ていられなくて…」

 

気に障ったと思われたのだろう。ボックが怯えながら、弁明を始める。

 

「良い、気にするな。ただ、考え事をしていただけだ」

 

そう言いながら、玉座に深くもたれかかる。

 

今の自分には使命は無い。

討つべき敵ももはや居なかった。

 

使命の無い褪せ人は、役目を終えてしまった者は何をすれば良い。

玉座が、まるで牢獄のように感じる。

かつてのゴッドフレイもこのような気持ちだったのだろうか。

 

またも思考を沈め、押し黙る褪せ人を見遣り、ボックが声を掛ける。

 

「わが王は、きっとお疲れなのです。どうか、お休みください」

「…そうだな。恐らくは、それが良い。」

 

静かに、眼を閉じる。

思えば、久しく眠っていなかったかも知れない。

 

「えぇ、今しばらく、お眠りください。

わが王の成した事が、間違いだなんて、あるはずがないのですから。

きっと次に目覚める時は、もっと良い時代になっておりますよ」

 

ボックの声に耳を傾けながら、意識を深い闇へと沈める。

果たして今の己に目覚めの必要があるのだろうかと、そんな事を考えた。

 

 

 

 

 

「あぁ、見つけましたよ。異界の英雄よ。

貴方に今一度の、使命の火を灯しましょう。

――どうか、私たちの世界を救ってください。」

 

 

完全に意識が沈む間際、この世界ではないどこかで、そんな声を聞いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イリスにとって、そして王国に住まう者達にとって、その日はいつもと変わらぬ平和な日常

――そうなるはずだった。

 

いつものようにアイギス神殿で祈りを捧げ、そのあとは王都の孤児院で子供達と会い、教えを説く。

そんないつもと変わりない日常で終わるはずだったのだ。

 

「イリスさま、アレ何だろう?」

 

最初に気付いたのは、子供達だった。

イリスが子供達の指差す方向を見る。

王都の上空に、まるで空が裂けたように闇が広がっていた。

嫌な予感がした。

 

「子供達を部屋に戻しましょう」

 

イリスは孤児院の職員の一人に静かに、しかし急ぐようにそう指示する。

街のあちこちで人々の動揺が聞こえてくる。

怪物の口を思わせるその裂け目は、徐々に広がり、青空を侵蝕していく。

 

その闇の奥で、何かが蠢いた気がした。

 

突如、その闇からまるで滴り落ちるように、何かが降下してきた。

イリスには、それが何なのか判別できなかった。

 

それが、魔界の門と呼ばれる物であることを今の彼女は知る由もなかった。

 

街のどよめきが、悲鳴へと変わる。

何か、おぞましい咆哮が街を揺らした。

ここにきて漸く、何か恐ろしい事が起きているのだと、イリスは悟った。

 

「皆さん、こちらへ!」

 

怯える子供たちを連れ、孤児院へ逃げ込む。

子供たちを部屋に隠すと、イリスは礼拝室へ向かった。

街からは、人々の叫び声と、咆哮が聞こえてくる。

窓の外を見ると、火の手が上がっているようだった。

 

子供たちの前では気丈にふるまった彼女だが、イリスもまた限界であった。

なにが起こっているのかもわからない。

彼女もまた、混乱の極致にあった。

 

礼拝室に入り、目を閉じ、祈りを捧げる。

 

「ああ、アイギス様。どうか子供たちをお助けください。

我らを、お救いください」

 

もはや彼女には、祈ることしかできなかった。

 

不意に、彼女は閉じた目を開く。

そして、驚愕とともに目を見開いた。

礼拝室の奥、女神アイギスを模した像の足元で、もたれかかるようにして倒れている者がいた。

 

あまりの事に悲鳴を上げそうになる。

しかし、かろうじてこみ上げるそれを押し殺すことに成功した。

 

イリスはそれに近寄り、恐る恐るその姿を観察する。

 

一体、いつからそこにいたのだろうか。

それは、恐らくは騎士のようだった。

 

金属の鎧を身にまとい、しかし、王国の衛兵が身に着けるものとはまるで異なった意匠。

イリスはその鎧の意匠にまるで見覚えがなかった。

 

その騎士は、まるで最初からそこにあったかのように動かない。

まるで死体のようだった。

 

一体この方は誰なのでしょう?どうやって、いつの間に中へ?他国の方なのでしょうか?

 

イリスの胸中にいくつもの疑問が積み重なる。

そもそも生きているのだろうか。

 

イリスが騎士に声を掛けようと動いた直後、その背後で勢いよく扉が破られる。

 

その侵入者は、人ではなかった。

 

その体は毒々しい紫色で、見上げるほどの巨躯。

右手には棍棒、左手には血にまみれた人が握られていた。

かつて、オーガと呼ばれた魔物が再び人の前に姿を現したのだ。

 

「ま、魔物…!?

どうして、そんな…!?」

 

思わず声が漏れる。

魔物など、今の今までお伽噺の中の存在だった。

それも当然だった。

この地においてその存在は、かつて英雄王と女神アイギスによって魔王とともに魔界へと封じられているはずなのだから。

 

その怪物が今、目の前にいる。

 

新たな獲物を見つけたオーガの目が喜悦に歪む。

 

無残な人形と化した犠牲者をまるでゴミのように放り投げた。

礼拝室の壁にぶつかった肉塊は、神聖な場を血で汚した。

 

その様を愉悦に満ちた目で笑いながら、オーガは新しい玩具を手に入れんとゆっくりと近づいてきた。

 

「こ、来ないで!」

 

イリスが悲痛な叫びとともに、奇跡を発動させる。

聖なる結界が展開され、オーガの接近を阻む。

それは本来、平和な世において使う必要のなかった奇跡、そのはずであった。

突如目の前に現れた結界に、オーガの顔が怒りに歪む。

 

咆哮が礼拝室を震わせた。

 

オーガが棍棒を振り上げ、結界に向かって振り下ろす。

衝撃音が、礼拝室に響く。

 

2度、3度と振るわれるそれは、次第に結界に亀裂を入れ始める。

 

イリスは恐怖に震えながら、アイギスに祈った。

 

結界が壊されるのは、もはや時間の問題であった。

 

 

 

 

その時、背後でぎしり、と金属音が響いた。

 

オーガが、棍棒を振るう手を止める。

その視線はイリスの背後に注がれていた。

イリスもまた、振り返る。

 

先ほどまで死んだように動かなかった騎士が、その巨躯を包む鎧を軋ませ、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。

圧倒的な存在感が部屋中に満ちていく。

 

立ち上がった騎士の姿は、まるで城砦を思わせた。

鋼鉄を張り合わせて作られた鎧が全身を覆い、黒いマントを纏う姿は見るものに圧迫感を感じさせる。

 

 

立ち上がった男が、ゆっくりと周囲を見回す。

その所作は、ただただ状況を観察する以上のものではなく、どこまでも無機質であった。

 

静寂の中、男が身じろぎをする音だけが聞こえる。

 

やがて、観察するように動く視線が、イリスとオーガを捉えた。

 

一瞬の静寂。

 

その視線を受け、オーガが吠える。

 

もはや限界であった結界を砕き、イリスに目もくれず、鎧の騎士へと突進する。

 

獣じみた声を上げ、棍棒を振り回しながら迫るその姿はまるで恐怖に駆り立てられているかのようだった。

 

「逃げてください!」

 

イリスが叫ぶ。

しかし、騎士はこちらを見遣るだけで動きを見せない。

 

オーガの棍棒が、無防備な騎士の頭部めがけて振り下ろされる。

 

イリスは思わず目を閉じた。

起こりうる惨劇に、直視する勇気が持てなかったのだ。

 

オーガの口元が残忍に浮かぶ。

しかし、その笑みはすぐさま凍りついた。

その目に映るのは、潰れた哀れな騎士の姿ではなかった。

 

いつの間に握られていたのだろう。

巨大な盾が、オーガの棍棒を受け止めていた。

 

オーガの顔が怒りに染まる。

再度振り上げた棍棒が大盾を打ち据える。

凄まじい打撃音が部屋中に響き渡る。

 

そして次の瞬間、騎士が動いた。

 

大槌が、まるで大地を裂くかのように礼拝室の床を削りながら振り上げられる。

そして、機械的な正確さでオーガを打ち据えた。

オーガの巨体が、その衝撃で浮かび上がる。

そして、大槌の軌跡をなぞるようにして黄金の光が噴出した。

黄金の輝きはオーガの体を捉え、その肉体を焦がしていく。

 

苦痛の呻き声を上げ、オーガが地面に崩れ落ちた。

 

再び、静寂が礼拝室を支配した。

 

騎士が、オーガが動かないことを確認すると、イリスに向き直った。

 

その視線を受け、イリスは思わず肩を震わせる。

感謝の言葉を紡ごうとするも、恐怖で声が思うように出なかった。

 

騎士が悠然とこちらに近づいてくる。

 

そして、ゆっくりと口を開いた。

 

「此処は、何処だ」

 

その声は低く、長い年月を経たかのようにしわがれていた。

 

思いがけないその質問に、イリスは戸惑いを覚えながら、答える。

 

「ここは…王都にある孤児院です。アイギス様に祈りを捧げていると、貴方がいて、それから…」

「王都…それは、ローデイルの事を言っているのか?」

「ロー…デイル、ですか…?

申し訳ありません、そのような街は私は存じ上げなくて…」

 

イリスの混乱は深まるばかりであった。

周辺諸国の町すべてを把握しているわけではないが、少なくとも彼女の知識の中に、そのような名前は記憶になかった。

ましてや、王都となるとなおさらだった。

 

「狭間の地ではないのか…」

 

騎士は独り言のように呟くと、深い思考に沈んだ。

イリスには聞き覚えのないその単語に、さらなる疑問が生まれる。

ここがどこかも分からず、聞いたこともない土地の名前を挙げる騎士。

一体どうして、王国の王都、それも孤児院で倒れていたのか。

 

「まぁ、良い」

 

騎士の中で何かが整理されたのか、再びイリスに向き直る。

 

「ここは、あの異形どもに襲われている。そうだな?」

 

騎士の確認に、はじかれた様に答える。

 

「は、はい!突然、空に闇が広がり、そこから魔物が…」

 

イリスが言い終わる前に、騎士は礼拝室の外へと歩み始めた。

 

「お、お待ちください!」

 

慌てて、イリスは騎士を呼び止める。

騎士はその言葉に足を止め、こちらに視線を向ける。

その無言の視線に、イリスの身体が硬直するのを感じた。

 

「この街は先も言った通り魔物に襲われているのです!

どうか、私たちを助けてはいただけませんか…?」

 

イリスが騎士に対してそう訴える。

 

自分のことはどうでも良かった。

しかし、子供たちを見捨てることだけは絶対にできなかった。

騎士が去ってしまえば、再び魔物が現れた時に、対抗できる力などありはしない。

彼女にここで退くという選択肢はなかった。

 

「王都を抜けた先に、アイギス神殿があります」

 

イリスは必死に騎士を引き留める言葉を探す。

 

「今ここでお支払いできるものはありませんが、神殿まで行けば報酬をご用意できるはずです。

今この孤児院には子供たちが大勢いるのです。

どうか、どうかお願いいたします!」

 

深々と頭を下げ、懇願する。

自分に支払えるものは、何でも支払う覚悟であった。

 

騎士はその懇願にしばし沈黙し、やがて重い口を開いた。

 

「いいだろう。どのみち、行くあてなどありはしない。案内しろ」

 

そう言って、騎士はイリスへと王都の出口に案内するよう促した。

 

「あ、ありがとうございます!すぐに、皆さんをお連れしますね!」

 

そういって、礼拝室を後にしようとして、足を止める。

そういえば、互いの自己紹介すらまだであったことに今更ながら気づく。

 

「あ!申し訳ありません。私の名はイリスと申します。

その、騎士様はなんとお呼びすれば…?」

 

イリスがそう尋ねると、騎士は少し考え込む様子を見せた。

ここにきて、騎士が初めて僅かな困惑を見せた。

何か、まずいことを聞いただろうか?

そんな思いが胸中で渦巻く。

 

「褪せ人」

「へ…?」

「褪せ人で良い。大体は、そう呼ばれている」

 

その簡潔な言葉と、名前というにはあまりにも異質なその響きに、思わず聞き返してしまった。

何故、名前を聞いたのに分からないことが増えるのだろう。

イリスはそんなことを考えながら、今度こそ礼拝室を後にした。

 

 

 

 

「今更、私に一体何をさせたいというのだ」

 

礼拝室に、そんな声が響いた。

 




なんでもホイホイ引き受けちゃう褪せ人さんは最後に完全律エンド選んだものの
ちょっと思ってたのと違うかも…ってなってます
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