今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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あまり話題に上ることは無いのですが、死の騎士の長柄斧が一番のお気に入りだったりします。


血の指

――行ったか。

 

背後で、広場から遠ざかる足音を聞きながら、褪せ人は前方の男を観察する。

先程からのやり取りを見守るばかりで、目の前の男は攻撃する素振りを見せない。あくまで一対一でのやり取りに拘る手合いのようだった。侵入者の時点で道義も何もありはしないが、今回ばかりは助かった。主義も思想もばらばらな彼らはただ己の信条のみに従い、闘争を行う。恐らくはこの相手も、血の君主の思惑を超えて狂奔し続けているのだろう。

男の装備は見たところ軽装である。風貌から魔術師を連想させるが、見た目が何の判断材料にもならないことを経験上分かっていた。

次いで、相手の得物を見る。左右長さの違う剣。その意匠には見覚えがあった。満月の女王、その妹、双月の騎士が握っていたはずの物。

本来、無二の武器であるはずのそれを握っていることについて、褪せ人は何も思わない。彼ら他世界からの侵入者に、こちらの常識は通用しないと知っているが故に。

彼らを相手にする際は、あらゆる可能性を考慮しなければならない。伝説の武器も、術も、たとえそれがどれほど貴重で偉大なものであっても、彼らに使わせればただ戦うための道具になり下がる。

結局の所、一度ぶつかってみなければ相手の持ち得る手札を知りようがないのだ。そして、それは相手も同じこと。

 

褪せ人が大盾を構える。相手もこちらが漸く戦う意思を見せたことで、双剣を構えた。

一瞬の静寂。最初に動いたのは男の方だった。

先程の優雅さなどまるで感じさせない獣のような速さで接近し、双剣を振るう。それぞれの刀身にたぎる炎と輝石の魔力が宿る。男が、大盾を構え、その攻撃を受ける褪せ人に対して、知ったことかとばかりに猛烈な連撃を加えていく。

盾越しにも関わらず、剣に宿る炎は褪せ人の皮膚を焼き、輝石の魔力がその身を蝕む。連撃の切れ目を狙い、褪せ人が黒鉄の大槌によるカウンターを放つが、男はバックステップにより、容易く躱した。先ほどまで男のいた場所を虚しく黄金の光がなぞる。

距離の開いた一瞬。男の手には双剣は無く、杖が握られていた。輝石の魔力が槍の形を成し、2発3発と次々に褪せ人へと飛来する。その魔法の威力は絶大。受けるわけにはいかなかった。飛来するそれらを、ローリングにより躱し、返す刀で雷の槍を投擲する。男は呪文の詠唱を中断すると、間一髪でそれを回避した。僅かにかすめた雷撃が、男の身体を焦がす。

再び睨み合いが始まる。

状況としては五分。しかし、遠距離の戦いを魔術師相手に続けるわけにはいかなかった。祈祷は幅広く状況に対応できるが、こと遠距離攻撃に関しては、威力もその手段の幅広さも魔術は他の追随を許さない。双剣の素早い動きも厄介ではあるが、近接であればこちらの方が使える手段は多かった。

 

――接近戦に持ち込む必要がある。

 

そう考えた褪せ人が祈祷を発動させる。

祈りの所作とともに紋章が浮かび、次の瞬間、褪せ人を中心に黄金の光が放たれる。その光は再度集束すると、無数の黄金の礫となり、目の前の男へと殺到した。その礫を、男は次々と回避していく。だが、それで良い。その祈祷の目的は動きの制限。既に褪せ人は次の行動を起こしていた。手に握るのは長柄の斧。くすんだ黄金のそれは、古竜信仰の雷を宿す。

褪せ人が斧を構え、その姿勢を低く落とす。そして、次の瞬間、褪せ人の身体は雷へと変じた。

空気を裂くような音とともに、雷撃となり高速で突進する。祈祷への対応に意識を割かれた相手の目の前まで接近し、高く飛び上がって斧を振りかぶる。

雷が落ちたような轟音が辺りに響く。その一撃は確実に男の肩を斬り裂き、その霊体の身体を焼いた。

男が再び距離を取り、しかし僅かにふらついた。そこを褪せ人が追撃しようとして、果たしてそれは叶わなかった。男の苦し紛れの一撃が、褪せ人の脇腹を捉え、傷つけていた。輝石の魔力が傷口から、その身を侵す。

結果は相打ち、されどダメージは相手の方が上。霊体の身体を明滅させながら、それでも相手は笑っていた。これこそを求めていたのだとばかりに。

 

男の身体が、空中を舞うように回転しながら浮いていく。その周りを輝石の魔力が追従し、まるで星のように宙を舞った。青い光が、夜空を彩るその様は、見る者にとって幻想的とすら言えるだろう。しかし、そこからもたらされる魔術は脅威。構えとともに、二つの月が形成される。

 

――そして、月が大地へと落とされた。

 

落とされた月は地面へと接触すると、まるで波紋のごとく広場の石畳を走る。瓦礫がその魔力に触れ、上方へ跳ね上げられ、その魔力によって砕け散った。

褪せ人はその波紋を鎧を来ているとは思えない軽快さで跳躍し、躱す。そして再び、もう一つの月が落とされた。再度生じる波紋をまたも跳躍によって躱す――そこまでが相手の思う壺であった。

着地のタイミングを見計らい、男が降下する。魔力の籠められた杖が、地面へと突き立てられた。完璧なタイミングで三度目の波紋が生じる。

それは、今度こそ褪せ人を飲み込み、上方へと打ち上げた。天高く打ち上げられた褪せ人の身体を膨大な魔力が駆け巡り、その臓腑を侵し尽くす。

 

「――ッ!」

 

跳ね上げられた身体が地面へと叩きつけられた。想像を絶する痛みが褪せ人へ危険信号を訴える。しかし、それらを無視して立ち上がる。この状態で、動きを止めることこそが最も危険だと、痛みのノイズが響く中、褪せ人の理性が訴えかけた。そして、相手を再び視界に捉えようとして――褪せ人の腹部に、剣が突き立てられた。

突き刺さった剣が、褪せ人の身体を焼いていく。男は勝利を確信し、その笑みを深めると、これから死にゆく褪せ人の絶望に染まる表情を伺い――その笑みを凍らせた。

褪せ人は突き刺さった剣をそのままに斧を振りかぶる。そして、そのまま男の脳天へと叩きつけた。

霊体の、しかし確かな手ごたえを前に褪せ人はその手を緩めない。崩れ落ち、地面に伏した男に二度三度と長柄斧を叩きつける。石畳が砕け、地響きが鳴り響く。その度に、男の身体は痙攣したように跳ね上がった。

そして、幾度かの追撃の後、遂にその霊体は形を留めることがかなわず、まるで最初からそこに居なかったかのようにこの世界から消えていった。

後に残ったのは、己の血に塗れ、その身を焼かれ、魔力に蝕まれた褪せ人ただ一人。凄惨な結末に終わったこの勝利を称える者はこの場に存在しなかった。

 

褪せ人が懐から祝福瓶を取り出し、その中身を呷る。祝福が身体を巡り、その傷を僅かに癒した。その事に、僅かに眉をしかめる。明らかに効果が薄まっていた。長い間、祝福を訪れていないせいだろうか。先の戦闘で回復の祈祷を使う余裕もしばらくは無い。狭間の地でもないここで、祝福など望むべくもないだろう。その事に不便さを感じながら、褪せ人がタリスマンを取り出す。黄金樹から、恵みの雫を賜る様子が彫られたそれは、ごく僅かにその身を癒す効果があった。あまりに微量すぎて、ついぞ使うことは無いと思っていたのだが。

それを握りしめ、近くの壁にもたれ掛かる。この世界で、あれらと出会うことになるとは思ってもみなかった。久方ぶりの強敵、負った傷は甚大であった。死にはしないだろうが、体を休める必要がある。

ゆっくりと壁を背にして座り込む。流れる血が、不快であった。

 

「おい!褪せ人、大丈夫か!」

 

不意に、呼びかけられ、意識を向ける。王子が、慌てたようにこちらへ走り寄る姿が見えた。

このお人好しは、逃げろと言ったのに聞かず、己の戦いを見ていたらしい。

 

「問題ない。かすり傷だ」

「絶対嘘だろ。問題しかないように見えるぞ」

 

心配そうにこちらを見遣りながら王子が言う。だが、この傷で死ぬことは無いし、少し休めば治る。かすり傷といって大差はないだろう。そして、この男が居るのなら丁度良い。眠りにつく前に言うべきことがあった。

再び何かを言おうとする王子を遮り、口を開く。

 

「王子――勝者の責務を果たせ。お前は確かにその手で、故郷を取り戻したのだ。勝ちの名乗りを上げろ。民達に勝利を示してやれ」

 

我ながら、慣れぬ助言をしたものだと自嘲する。だが、この男が英雄の道を歩むのなら、それは必要な儀式であった。

 

「私は少し、休む」

「あっ、おい!クソッ…神官を呼べ!今すぐ!」

 

王子が騒ぐのをよそに、今度こそ目を閉じる。しばらくの後、王都中から勝利の雄叫びが響き渡った。王子が、勝利を喧伝したのだろう。その声を聴きながら、静かに褪せ人はその意識を落としていった。

 

 

 

 

 




次話エピローグの後、王都奪還編完結です。長かった…。
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