今まで気付いてませんでした…。ご指摘いただきありがとうございます。
「エルデの王に、おなりください。たとえその導きが壊れていても」
思えば、その言葉こそが最初のきっかけだったのだろう。
誰とも知れぬ、己とどういう縁があったのかも分からぬ巫女の遺言。
それが己の目指す指針となり、その後、指巫女となる少女との取引によってそれは己の使命となった。
戦い、傷ついてもそれは揺るがず。
多くの者と出会い、その在り方に触れても王を目指す歩みが止まることはなかった。
求められるがまま戦い、その果てに王となった。
だからこそ、思う事もまたあった。
王としてのあり方。様々な者達が己に王たらんと願い、託していった。
――昏き者達。理不尽にも死に生かされた者達を哀れむ者達が居た。
――呪われし者。己の在り方を呪い世界を呪いで満たさんとした者が居た。
あるいは律に手が届いてしまうからこそ、惑わされ、奪い合い、神たらんとするのだと、その選択肢自体を無くさんと考える者も居た。
それらの願いを、信念を、あるいは呪いを褪せ人は王として選ぶ事が出来た。あるいは、選ばない事も。
そして、一つの律をその手に掲げたのだ。
己の意思で選んだのは、皮肉にも神の意思を否定した理だった。
それが正しかったのかは、きっと答えは出ないだろう。
一体どうして、その是非を問えるというのか。
忌まわしき呪いの治世すら、そう在れと掲げてしまえば、世界はそれこそを正しき理として廻り続けるというのに。
きっと、己はこの答えなき問答をこの身が朽ち果てる時が来るまで繰り返すのだろう。
しかし、それでもこの歩みを止めるわけにはいかなかった。
意識が覚醒し、褪せ人はその目を開いた。
周囲を観察し、己がどこかの部屋の中にいることに気が付いた。またぞろ何処かへ飛ばされたのかと周囲の装飾を検める。どうやら、王国内のどこかではあるようだった。
あの後、自分が思っていた以上に深く眠っていたらしい。王子達によってこの部屋まで運ばれたのだろう。己の無様さに自嘲する。狭間の地であれば殺されていてもおかしくはなかった。
そして、己が鎧を着ていないことに気づいた。傷の治療の為に脱がされたのだろうが、その事に気づいてしまえば落ち着かない。鎧を探しに行かなければと歩を進めようとした。その時だった。
「お目覚めになられましたか」
不意に、声を掛けられる。いつの間にそこに立っていたのだろうか。王都奪還の際に切り結んだ、給仕服を着た銀髪の女が立っていた。
「ご主人様のメイドとして、王国に仕えております、セーラと申します」
深々と頭を下げる。ご主人様、というのは王子の事だろう。セーラが褪せ人へと近づき、コップを差し出す。
「喉がお渇きかと思い、お水をお持ちしました」
確かに先の戦いから今までの間、何も飲んではいなかったか。褪せ人は無言でそれを受け取ると、一息に飲み干した。そして、セーラに対して問いかける。
「どれくらい眠っていた」
「およそ一晩ほどです。イリス様の奇跡による治療があったとはいえ、驚異的な回復力かと」
一晩とは随分と眠っていたようだ。想定以上にダメージが残っていたか。あるいはやはりあのタリスマンは駄目なのだろう。そう思いながら、今一番気がかりなことを尋ねる。
「私の鎧はどこだ」
「あちらにご用意しております」
そう部屋の隅を指し示される。その先を見遣ると、確かに自分の鎧があった。装着しようと近づいて、僅かに目を見開いた。
「少々、汚れておりましたので勝手ながら手入れをさせていただきました」
己の鎧がまるで新品のように輝いていた。流石に傷こそ残っていたが、血は拭き取られ、汚れは完璧に取り払われていた。恐らく、己が拾った時よりも。これを、たった一晩で成したというのか。
王宮の侍女、そのレベルの高さに驚きながら鎧を着る。
――血と汗の臭いがするはずの兜から、僅かに花の香りが漂っていた。
「………」
「お気に召しませんでしたか?」
「…いや、良い。少し…驚いただけだ」
褪せ人はこの世界に来て初めて恐怖した。王に仕える侍女とは、ここまでやらねばならないのかと。気を取り直し、改めて兜を被る。ふと、疑問に思ったことを聞く。
「お前は王子の筆頭侍女だろう。何故、ここにいる」
「先の戦いの、感謝と謝罪をしに参りました」
恐らくはその話題が切り出されるのを待っていたのだろう。セーラが口を開いた。
「実のところ…。私は操られていた際も、その意識は残されていました。それがあの邪悪なリッチの、趣向だったのでしょう」
もはや知る由もないが、あの不死者の王は英雄王に、ひいては王国に深い憎悪を抱いているようだった。それを考えれば、あの悪辣さも憎悪の表れなのだろう。
「ご主人様の苦渋の声を聴き、味方であるはずの者に斧槍を振るう。それに抗うことすら出来ない私は、この手を王国の民の血で染めるくらいなら――いっそ殺してほしいとすら、願っていました」
守るはずのその斧槍で、他ならぬ守るべきものを傷つける。それに抗うことすら出来ないというのは、屈辱的で、耐え難いものであった。それこそ、死を願うほどには。しかし、そうはならなかった。
「褪せ人様のおかげで、こうして私はこの手を王国の民の血に染めることなく、ご主人様に再びお仕えできております。本当に、ありがとうございました」
そう言って、セーラは深々と頭を下げる。
「礼なら、他ならぬ王子に言うことだ。あれに頼まれなければ、私はきっと、お前たちを殺していただろう」
「それでも、その頼みを受け、実行に移すことができるのはやはり褪せ人様だけでしょう。であればやはり、私は感謝を告げるべきだと、そう思うのです。きっと、ミレイユ様も同じ気持ちかと」
以前にも、このようなやり取りをした記憶があった。王国の者達は、どうにも頑固な者達が多い。そう思った。
「…まぁ、良い。話は終わりか?」
「はい。…それと、ご主人様から褪せ人様には可能な限り便宜を図るように仰せつかっております。私は褪せ人様がお目覚めになられたことを報告に向かいますが、何かご入用の際は遠慮なく近くのメイドにお申し付けください」
そう言うとセーラはもう一度頭を下げ、部屋から出ていった。
セーラが出ていき、部屋に静寂が訪れた。褪せ人は、今後の己について考える。王都奪還という一つの目的を終えた今、成すべきことは何なのか。
――この世界を救ってほしいのです。
女神の言葉を思い起こす。世界を救う、というのは単に王国を救うだけに終わらないだろう。ならば、やはり元凶を潰す必要があった。
レアンから聞いた伝承と女神の啓示。その中から判断するなら恐らくは――
「魔王、か…」
封印されていたはずの魔王。それがどこかで、目覚めつつあるのだろう。恐らくは、女神が己に求めたのは魔王を滅ぼすこと。大方そんなところだろう。
いずれにせよ情報が足りない。魔王の居場所も、そもそも目覚めているのかも分からない。その辺りの情報を集める必要があった。
そんな風に思考を沈めていると、不意に部屋の扉が開かれる。
部屋に入ってきたのは、桃色の髪をした少女――イリスだった。
「あっ、褪せ人様!目を覚ましたんで――どうして鎧を着てるんですか!?」
どこか沈んだような表情で部屋に入ってきたイリスはこちらを見つけるなり、心底嬉しそうな笑みを浮かべる。そして、こちらに駆け寄ろうとして、その笑みが驚愕に変わった。忙しい娘だ。褪せ人はそう思った。
「これが無いと落ち着かん」
「で、でもっあんなに酷い怪我だったんですよ…?それを…」
負傷の内容を思い出しているのだろう。目尻に涙を溜めながら訴えかける。
「もう治っている」
「ぜ、絶対嘘です!鎧を脱いで安静にしてください!」
そう言って、褪せ人の周囲を跳ね回るイリスを適当にあしらっていると、再び誰かが部屋に入ってきた。
「褪せ人、セーラからお前が目覚めたと聞いて――うおっ、何でお前部屋の中で完全装備なんだ」
「王子からも言ってください!この人おかしいです!」
部屋に入ってくるなり驚く王子。その手には酒瓶が握られていた。
「怪我人とお酒飲むつもりだったんですか!?」
「い、いや…これは違うんだイリス。ちょっと、そう、傷口に消毒を…」
王子にイリスの矛先が向く。しどろもどろに言い訳をする王子を見遣り、ひとまずは王子に押し付けることにした。しばらくすれば、落ち着くだろう。
「褪せ人君!君の素顔が見れると聞いて僕が来た――どうして鎧を着てるんだい?」
「流石は褪せ人殿!その常在戦場の精神、見習いたいものですなぁ!」
褪せ人はいよいよ天を仰いだ。己を怪我人と慮るなら、一人静かにしてほしかった。
しばらく混沌としたやり取りが続いた後、ようやく落ち着いたところで王子が口を開いた。
「まぁ、褪せ人が言うことを聞くとは思えないし、何より本人が大丈夫と言ってるんだ。一流の戦士が、己の身体の状態を把握していないなんてことないだろう?」
そう言ってこちらを見遣る王子に頷きを返した。実際、傷はほぼ完治しているのだ。戦闘になっても何ら支障は無い。
「むぅ…」
イリスはそれを受け、不満そうに呻く。王子から奪い取った酒瓶を抱きかかえ、頬を膨らませるその姿は中々に滑稽なものであったが、誰もそれは言わなかった。
「さて、俺が褪せ人に会いに来たのは単に見舞いだけというわけではなくてな。今後の話をしに来たわけだ」
そういって、王子は表情を引き締める。相応に大事な話、ということだろう。
「皆のおかげで、こうして王都を奪還することが出来た。王都の復興にも、すぐに取り掛かるつもりだ」
王都の奪還に成功したものの、いまだ被害は甚大。王都の復興に遺体の埋葬、被害者たちの救済などやることは山ほどあるに違いなかった。
「俺達はここで立ち止まるわけにはいかない。魔物の脅威は、この国だけに降りかかっているわけではないからだ」
既に多くの国が、王国同様に魔物の群勢に襲われていると報告が上がっている。中には既に滅ぼされている国すらあるようだった。
「俺は、人々を救うつもりだ。それは王国の民達だけではない。今、魔物の脅威に晒されている他国に関しても、救うために戦うつもりだ」
それは英雄としての道。長く、険しい道のりになることは想像に難くなかった。しかし、この男とその仲間ならば、成していくのだろう。褪せ人は決意の表情を浮かべる王子に、なんとなくそんな確信を持った。そして、王子は褪せ人へと向き直る。僅かに躊躇った後に、口を開いた。
「褪せ人、俺と共に王国で戦ってほしい」
その言葉と共に、部屋の者達の視線は褪せ人へと集中する。
不安、期待、様々な感情の籠ったそれを受け、褪せ人の中で既に決まっていた答えを伝える。
「私は、どこかの国に所属するつもりは無い。私は私のやり方で使命を果たす」
「そう、か…。参ったな、断られるとは思わなかった。結構自信あったんだけどな…」
そう言って、王子は目に見えて落ち込んでいるようだった。よほど自信があったらしい。周囲の者も、沈んだ様子であった。肩を落とす王子に、褪せ人は再び口を開く。
「…だが、今のところ行く宛も無い。しばらくは王国に滞在し、情報を集めるつもりだ。傭兵という扱いなら、今しばらく付き合ってやる」
「本当か!?」
その言葉に王子が顔を上げ嬉しそうに声を上げた
「よし!そうと決まればまずは食事だな!セーラとミレイユも呼んで来よう!」
「王国のご飯は美味しいと傭兵仲間から聞いてるよ。楽しみだなぁ」
「なるほど、であれば儂も秘蔵の酒を用意せねばなりませんかのう!」
「お酒は駄目ですー!」
再び沸き立つ面々に、僅かに辟易しながら、しかし偶には悪くない。褪せ人はそう思うのだった。
「愚かな妹。それほどまでに不浄な人間を守ってどうしようというのです」
王国から遠く離れたどこか。その天上から、玉座に座して見下ろす者が居た。
その者の瞳には、王国に巣食う魔を討ち、その勝利に喜ぶ王国の人々の姿が映っていた。それを、侮蔑の籠った目で見遣り切って捨てる。
「力を失ってまで救おうとした人間たちを、その目の前で縊り殺してやれば妹達はどのような顔をしてくれるのでしょうか」
その未来を、惨めな妹達の姿を想像して女神は酷薄な笑みを浮かべる。
そして、玉座の足元、そこでただ跪く者達へと目を向けた。
それは、人間のようで、しかし決定的に異なっていた。白い翼を生やし、頭上には光輪が輝いている。それは見る者に神聖さを感じさせるだろう。
地上にいる人々は、その姿を見てこう呼ぶ――天使、と。
天使たちの、その整った顔は皆一様に能面のような無表情を浮かべていた。個人の意思などなく、これから下される神の命のみを待つ。
「さぁ、天使達よ。愚かで不浄なる人類に鉄槌を下すのです。そして思い知らせなさい。この世界に人の意思など不要――神の意思のみが世界を回すのだと」
「はい――ケラウノス様」
――戦いは未だ終わらず。試練は災禍となって人々に降りかかる。
これにて、王都奪還編は終了です。
ここからは自由度が跳ね上がるので色んなキャラ出していきたいですね。
流石に全てのイベントを拾うのは無理なので、美味しいところつまみながら魔王討伐までを目標に書いていきたいです。