今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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チェインソン男の季節ですね。


再会の求道者

 褪せ人が娘々仮面と名乗る娘に、自身がここに転移されてきた経緯を語る。

 とはいえ、天界の出来事など話せるわけもなく、その多くが伏せるしかなかった。突然現れた男が神々との争いがどうなどと言ったところで信じられるものではないだろう。

 黙って褪せ人の話を聞いていた娘々仮面がわずかに考え込む。

 

「ふむ……嘘は言ってなさそうじゃ。随分と災難だったの」

 

 どことなく年寄りじみた口調で話す娘は、この突拍子のない話を信じるらしい。

 

「まぁ、そなたがここに転移してくる有様を見ておったからの」

 

 道場で稽古中、突然生じた転移の魔方陣に、娘々仮面は狼狽える事はなかった。気配を隠して観察し、不逞の輩であれば放り出せばよい、そう考えたのである。

 彼女が最初に語ったように、この道場には稽古場以上の価値はない。故に、わざわざ此処を訪れる者は、彼女の噂を聞きつけた弟子志願者や、或いは腕試しの輩程度である。俗世から距離を置いて久しい彼女には少し煩わしいものであった。

 つい最近、厄介な輩に絡まれたのもあり、仮面で正体を隠し、ただ魔方陣の様子を窺う。

 そして出てきたのは鎧の大男。怪しいことこの上なかったが、奇妙なことに目的を持ってここを訪れたようには見えない。

 

「随分混乱してるように見えたのでな。それならばと出てきたというわけじゃ」

 

 そんな娘々仮面の説明に、褪せ人はこの娘もまた、随分なお人好しだと思った。この道場から出ていこうとしているのを黙ってみていれば良いものをわざわざ引き止めたのだ。

 褪せ人にしてみれば幸運な話だ。最初に出会う相手が此方を襲ってこないばかりか、話の通じる人物である。見るからに手練れではあるが、無駄に警戒してこの機会を逃すつもりはなかった。

 

「……ここはどこだ」

 

「ここは娘々道場。華の国の秘境に隠されし、知るものぞ知る修行の場よ」

 

 場所を尋ねてみれば、どうやらここは王国より遠く離れた華の国だという。それも秘境ときた。

 もしここに、華の国の武人が居れば胸を高鳴らせただろう。娘々道場は、武人たちにとって伝説の修行場、武の聖地と呼ばれる所以があった。

 しかし、褪せ人にとってはどうでもいいことである。彼は武人ではなく、道を究めんとする求道者でもない。ただ目的のために剣を振るうだけの傭兵に過ぎない。

 

「王国に戻らなければならない」

 

「ほう?」

 

 故に褪せ人がとる行動はただ一つ。王国へと戻ることだった。

 亜神ディアスという脅威が明らかになり、神の楔を手に入れた今、目下の目的は世界樹の魔物化を食い止めることだ。

 

 彼らがどこへ飛ばされたのかは分からないが、もし無事に戻っているのならば世界樹を救うべく準備を進めているはず。

 

「道を教えてもらいたい」

 

「ふむ……そうしたいところじゃが、この地は華の国でも特に険しい山々の奥地。何も知らぬ者が下山しようにも遭難するのがオチじゃろうて」

 

 娘々仮面からの警告に褪せ人が考え込む。それは褪せ人が下山を考え直す理由にはなりはしない。しかし、ある程度の覚悟はしておいた方が良いかもしれない。

 毒の沼か、或いは溶岩。修行の場ということを考慮すれば走る戦車や振り子刃くらいはあるかもしれない。

 

「流石にそんなもんありはしないが……これまた変なやつが来たのう……」

 

 修行の場は処刑場ではない。娘々仮面は奇妙な生き物を見るような目を向けた。一気に目の前の娘からの評価が『変なの』に変わりつつあることに気づかず、褪せ人は下山に向けた支度をするべく道場から立ち去ろうとする。

 褪せ人の決意が固いと見た娘々仮面は、その背へと言葉を投げた。

 

「ふむ……ならば、わらわが案内してやろう」

 

「……良いのか」

 

「放っておくわけにもいかんじゃろー」

 

 娘々仮面の申し出はありがたかったが、彼女にそこまでする義理などありはしないはずだ。俗世を離れ、山奥の秘境で修行をつけるような娘が、何故会ったばかりの男にそこまで親身になるというのか。

 

「気にせんでよい。わらわにとっても、良いきっかけだったというだけのことじゃ」

 

 褪せ人の疑問に、娘々仮面もまた思惑があるのだとカラカラと笑う。それから支度をしてくるとだけ告げて道場の奥へと向かってしまった。

 

「……」

 

 手持無沙汰になった褪せ人が改めて道場を見遣る。数え切れない程の踏み跡と、拳打の凹み。相当の歴史を感じさせた。

 そんな道場で一人修行するあの娘は、果たして何者なのか。

 

 奇妙な仮面を被っている事については気にしない。似たようなのは過去に狭間の地で見た事があるからだ。あれに比べれば、胡散臭さなどまるで感じない。

 仮に誰と比べているのかを娘々仮面が知ったならば、抗議が飛んできたかも知らないが、褪せ人がそれを表に出すことはなかった。

 

「待たせたの。では早速、行くとしようか」

 

 待たせたというほどの時間を置くことなく娘々仮面は戻ってくる。手に持つのは巾着袋のみ。険しいと言っていた割には随分と身軽な装備に、しかし彼女は気負うことなく道場の外へと歩き出した。

 

 そんな娘々仮面の後を褪せ人が追う。

 仮面の娘と鎧の大男。奇妙な二人の道中が始まった。

 

 

 

 

 

 娘々仮面の言うように、山中は道などまるで整備されておらず、ひたすらに獣道を行くこととなった。

 しかし、娘々仮面の想定よりははるかに順調だ。

 

「何とも、頼もしい馬じゃのう」

 

 娘々仮面が褪せ人の背にしがみつき、感心したような声を上げる。二人を乗せてもトレントの駆ける速さが衰えることはない。道なき道を、竹林を物ともせずひたすらに疾駆する。

 トレントにとって、この程度の獣道は何の障害にもなりはしない。毒の沼だろうが溶岩だろうが、この相棒は幾度となく越えてきたのだ。

 

「だからそんなものないんじゃが……」

 

 このまま進めばそうかからずに麓の人里にまでたどり着く。華の国まで飛ばされたと聞いたときはどうなるかと思ったが、今回は幸運に恵まれたらしい。

 だが、得てして物事は順調にはいかないものである。

 

「……ッ! いかん、上じゃ!」

 

 何かに気づいた娘々仮面の警告に、褪せ人がすぐさま手綱を握る。その意図を察したトレントが迷いなく大地を蹴り、跳んだ。

 先程まで褪せ人達のいた大地に、光弾が降り注ぎ大地が爆ぜる。

 

「——見つけたぞ、武王」

 

 上空を見上げれば、黄金の錫杖を手に此方を見下ろす邪仙の姿。その姿は、褪せ人にも見覚えがあった。

 

 金光聖菩。かつて華の国で褪せ人と戦った邪仙にして苛烈な求道者である。厄介な輩が現れたと娘々仮面が褪せ人の背中越しでぼやく。

 

「随分と手間をかけさせるものだ。こそこそ逃げ回りおって、もう逃さんぞ武王よ」

 

 獰猛な笑みを浮かべ、ゆっくりと此方に降りてくる金光聖菩に、娘々仮面はどこかとぼけた調子で言葉を投げる。

 

「人違いではないか? ここにおるのは娘々仮面。武王など知らんのだが」

 

「おどけるのも大概にせよ。その練り上げられた気、ふざけた面を被れば隠し通せるとでも思っておるのか」

 

 あくまで惚けようとする娘々仮面に、僅かに苛立ちながら金光聖菩が返す。なおも言い募ろうとする娘々仮面に、聞く耳持たぬとばかりに金光聖菩の周囲で気が練られているのを感じた。

 

「いい加減、私との勝負を受けてもらうぞ。人の身で、華の国の武術界の頂点に立った者よ。もはや並の相手ではこの疼きは収まらぬ。お前さえも糧にして、私は——」

 

 そこまで言って、金光聖菩の視線が娘々仮面から外れる。武王という極上の強者にばかり意識を割いて、有象無象と思っていたそれに漸く気が付いたのだ。

 それが誰なのかを理解し一瞬目を見開いた後、やがて彼女は哄笑を上げた。

 

「——アッハハハハハ! なんという幸運か! 武王ばかりか、会いたかった男までこんなところに居るとは!」

 

 一体何故こんなところに、それも武王を連れてどこへ行こうというのか。色々と疑問に思うところはあれど、そんなものは些末なことだった。

 先程までの苛立ちなど露と消えていた。もはや武王すらも意識の外。代わりに感じるのは、どろりとした熱。

 言いようのない圧が、金光聖菩から感じられる。

 

「あぁ……あの時お前に敗北してから、毎晩お前のことばかり考えていた」

 

 褪せ人に熱の籠った視線を向けながら、金光聖菩は己の胸の中心、そこにつけられた傷を撫でる。

 疼く傷を白魚のような指で撫で、うっとりとした表情を浮かべるその様は、見る者にゾッとするほどの妖艶さと、言いようのない恐ろしさを感じさせるもの。

 

「お前のせいだ。お前のせいで、私は並の強者では満足できなくなってしまった。私を傷物にしておきながらこうして長い間待たせるとは……悪い男だよ、お前は」

 

「……火遊びも程々にするのじゃよー」

 

 よくわからない内に蚊帳の外に置かれた娘々仮面が茶々を入れる。事情は知らないが、面倒な女を引っ掛けたということだけは分かった。

 褪せ人にしてみれば、勝手に襲ってきて勝手に執着されているのだから迷惑極まりない。その理不尽さは、どこかの褪せ人喰いを思い出させた。

 

「あぁ、もう待ちきれぬ。お前の為に磨き上げたこの仙術。受け止めてもらうぞ!!」

 

 問答無用とばかりにそう宣言すると金光聖菩の姿がぶれ、その身体が分かたれる。

 己の能力を高める分身を作り出す宝貝『金光陣』こそが彼女の力であった。

 

「戦闘は避けられなさそうじゃの……」

 

 戦いを避ける余地がないことを悟り、娘々仮面は静かに拳を構える。褪せ人もまた武器を抜いた。空気が張り詰め、沈黙が刃を研ぐ。

 飢えた求道者との戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

「──ハハハハハ! これだ! これが欲しかった!」

 

 哄笑と共に金光聖菩が光弾を放つ。分身たちもまた、それに追従するようにして光弾を放った。

 雨の如く降り注ぐそれらを、一方は見事なまでの体裁きで躱して見せ、もう一方は容易く受け止めてみせる。

 

 娘々仮面の放つ気功の弾が分身を薙ぎ払い、褪せ人の放つ祈祷が金光聖菩へと迫る。

 この攻防、追い詰められているのは金光聖菩の方だった。

 久しく味わっていなかった強者の熱に、邪仙は獰猛な笑みを浮かべる。

 

「あぁ……この高揚感、久しく感じていなかった! 最高だ……これで私は、また己の限界を超えられる!」

 

 その言葉に偽りはなかった。金光聖菩の纏う気が一段と膨れ上がる。強者二人との死闘は、間違いなく彼女を強くしていた。

 

「これもまた天稟の才か……厄介だのう!」

 

 戦いの中でなおも成長する。類まれな彼女の才は、相手にとってみれば厄介極まるものだった。

 しかし、そう言いながらも、娘々仮面は金光陣によって増え続ける分身を気弾の雨の中躱し、減らし続ける。その身には一切の傷はない。それは、彼女が武の高みに居るという、何よりの証明であった。

 

 対して、褪せ人もまた尋常の者ではない。光弾を的確に防ぎ、前進する。その身体に防ぎきれなかった光弾が当たり、爆ぜる。しかし、それは褪せ人を揺るがすにはまるで足りていない。

 閃光の嵐の中、祈祷を発動し、金光聖菩を追い詰めていく。

 

 祈祷によって降り注ぐ雷撃を、金光聖菩は必死に躱す。その最中も、彼女の目は褪せ人を捉えて離さない。

 

「ハハハハハ! 待っていろ、必ずお前を私のものにしてみせる!」

 

 これほどの戦い、果たして次があるかどうか。金光聖菩が戦いの中で成長してなお、目の前の二人は彼女より高みに立っていた。

 

 一方は武の頂点。求道者たちが目指す最強の称号を掲げる者。

 一方は英雄。数多の苦難を乗り越え、それでもなお止まることのない冷徹な戦闘者。

 

 仮にどちらか一人を相手取ったところで苦戦もやむなし。そんな戦いの均衡は当然の如く傾いていった。

 分身は少しずつ数を減らし、増やすのが追いつかない。躱せていた祈祷の数々が、少しずつ金光聖菩を掠めていく。肌を焼き、彼女の輝かしい服を切り裂いていく。最早、時間の問題であった。

 

「はぁ……ハハハハハ! ぐぅっ!」

 

 ついにその時は訪れた。褪せ人の放つ雷撃を受け、金光聖菩は力尽きる。

 よろよろと頼りなく地面に降り立つと、そのまま膝をつく。輝かしい衣装も血と泥で見る影もなく、息は荒い。

 

 そんな金光聖菩へと、褪せ人はゆっくりと近づいていく。剣を手にしたその姿に揺らぎはない。止まる理由などありはしなかった。だが、そんな褪せ人に娘々仮面が待ったをかける。

 

「まぁ待て、何も殺すことはなかろう。こやつは邪仙郷を抜け、今や傍迷惑なだけの邪仙よ。無暗に人を襲わんと約束すれば、それで手打ちということにしたいのじゃが?」

 

 半ば通り魔的とはいえ、この二人を相手に正面から挑んできたのだ。娘々仮面としてはここで殺すのは仮に邪仙と言えども寝覚めが悪かった。

 

 娘々仮面の言葉に褪せ人は一瞬思考を巡らせて、やがて剣を収める。武芸者の考えはあまり理解できないが、殺すなというのであれば、それに従うまでだった。

 

「ふふふ……磨き上げた術も通じず、こうして情けまでかけられるとは……」

 

「まぁ、相手が悪かったのう。もう無闇矢鱈と人を襲うような真似はするでないぞー」

 

 それだけ言うと、娘々仮面は再び歩き始めた。金光聖菩、彼女は強さというものに真摯だ。敗北した以上、此方の言う事は守るだろう。そんな信頼が娘々仮面にはあった。

 

「ふふ、こんな戦いをしては並の強者など襲う気にもならぬ。さて、どうしたものか」

 

 倒れ伏し、すっかり疲弊した頭を回しながら金光聖菩は考える。今までのように武芸者を襲う気にもならない。さりとて己を高めるのをあきらめるつもりもない。

 

「王国、か……。ふふふ、悪くない選択肢かも知れんな?」

 

 王国に上がり込むのは面白いかもしれない。強者は多く、何よりあの男もいる。十天君のこともあり、群れるのは少々辟易としていたが。

 

「……それに、手に入れるのをあきらめたつもりもない」

 

 力で勝てずとも、やりようはいくらでもある。これでも多くの男をその足元に跪かせてきたのだ。手練手管は心得ている。

 

「あぁ楽しみだな……お前が私の下で鳴くのが目に浮かぶようだ」

 

 武で敵わぬならば、色を使うまで。この身は邪仙。欲しいものを手に入れるのに手段を選ぶつもりはない。

 未だ立ち上がれぬまま、瞳だけを爛々と輝かせ、金光聖菩は捕食者の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

「これも必要なくなってしまったのう」

 

 再びトレントに乗って山を駆ける中、娘々仮面は特に惜しむことなくあっさりと仮面を外してしまった。

 

「良いのか」

 

「まぁ、つける理由もなくなったのでな」

 

 正直なことを言えば、ノリで仮面を被ったはいいものの外すタイミングを見失っていたというのが本音である。目の前の男は、武王という称号に何の興味も示さない。

 

「改めて名乗ろう、娘々仮面改めロウユである」

 

 娘々仮面──ロウユはそう改めて名乗りを上げた。華の国武術界における最強の称号、『武王』を冠された武人。先ほどの戦いを見ればそれが嘘ではない事は一目瞭然だが、その若さでそれほどの領域に立っているというのは褪せ人をして驚くべきことだった。

 

「カカカ、生憎と見た目通りの歳ではない。こう見えて立派な老人よ」

 

 しかし、そんな褪せ人の評をロウユは笑い飛ばす。彼女は修行の果て、換骨奪胎を経て返老還童に至り、肉体を全盛期に固定することに成功した数少ない一人である。

 最早神仙の領域にまで達した彼女の発言に、しかし褪せ人の驚きは少なかった。

 

「……もう少し驚いてくれると思ったのだがな?」

 

「私も見た目通りの年齢とは言い難い」

 

 褪せ人もまた、この世界の生まれでないが故にこの世界の一般的な寿命では推し量ることはできない。

 実際に何歳かは褪せ人自身分かっていないが、それでも随分と長い間戦い続けたのは確かだった。

 

「ほう、まさか仲間がいたとは」

 

「修行の成果というわけではないが」

 

「カカカ、まぁ良いではないか」

 

 そんな雑談を交えながら、二人は山を下っていく。

 

「ふむ、思わぬ邪魔が入った故、ここらで野営にせぬか?」

 

 まだ日は落ち切ってはいないが、不意にロウユがそう提案した。

 順調とはいえ、人里まではまだ遠い。付近に水場もあるとのことなので、彼女の提案に乗ることにした。

 

 篝火を焚き、トレントにロアの実を手ずから与える。

 この地に来て、ロアの実をすっかり拾えなくなってしまった。霊馬故に飢えとは縁がないとはいえ、好物が食べられなくなるのはトレントも辛いだろう。何か、この世界でこの相棒がお気に召すものが見つかればよいのだが。

 

 そんなことを考えながら、褪せ人は立ち上がると竹林の奥へと歩いていく。

 ロウユから聞いていた水場に、水を汲むためである。

 

 そう歩くことなく水場には辿り着いた。

 水を汲もうとして、先客が居ることに気づく。

 

 風変わりな釣り人であった。長い白髪をたなびかせた女が、角の生えた羊とも馬ともとれる奇妙な獣を背もたれに呑気に魚釣りに興じている。その先に針はない。あれでは魚など釣れようはずもないが、この世界には奇人はあふれている。そんなこともあるだろう。

 

「ふわぁ~あ」

 

 気だるげにあくびをする彼女。随分退屈そうだが、釣れないのだからそれも当然か。

 褪せ人はすぐに彼女から視線を切り、水を汲むとそのままロウユの元へと戻るべく立ち上がる。

 

「えっ」

 

 すると、背後から素っ頓狂な声が聞こえる。

 視線を向ければ、少し慌てたような釣り人の姿。

 

「あっいえ、すみません。まさかそのまま無視されると思わなくて……。ほら、ここは聞きませんか? 『釣れますか?』とか……」

 

 まさか声を掛けられるのを待っていたのだろうか。随分と迂遠なやり方である。話しかけてほしければ道のど真ん中で叫び声の一つでも上げればよいだろうに。

 

「変人ではありませんか! あっいえ、待ってください話を聞いてください!」

 

 そのままロウユの下へ戻ろうとする褪せ人を必死に釣り人が引き止める。

 

「貴方たちに頼み事があってきたのです! どうか、お力をお貸しいただけませんでしょうか!?」

 

 そこまで言われ、漸く褪せ人が振り向いた。

 最初からこうしておけば良かったと、白髪の女は疲れたように笑うのであった。

 

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