今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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邪仙郷の罠

 山を越え、霧を抜け、戦士達は邪仙郷へと進む。

 その行軍は静かなものであった。霊獣が先導し、その背に座す軍師の目は、既にその先にある戦場を見据えていた。

 道中は険しいものであったが、順調といって良かった。もとより邪仙郷は俗界より離れた地。およそ常人には辿り着くことの困難な秘境である。

 それでも、太公望の選りすぐった戦士たちには大きな問題とはならなかった。

 

 問題はただ一つ──この道中で一切の妨害を受けなかったこと。

 

「うーん、どう思う? ぼーちゃんの策が上手く嵌ったのかしら?」

 

「……ぼーちゃんはおやめください。現状ではまだ何とも言えませんね。罠の可能性もあると見たほうが良いかと」

 

 竜吉公主の問いに太公望が答える。

 守りが手薄になっている状況を突いたのが功を成したとも、或いは既に動きを察知されているとも言える。こうも順調だとかえって疑心暗鬼になるのも無理からぬことであった。

 罠の可能性も考慮して、一行は行軍を続ける。

 

「ん-、このまま黙っててもあれなんでちょっとお話しません? 私としては褪せ人殿の武勇伝とか聞きたいなーって。昨晩は聞きそびれましたし」

 

 重い沈黙に耐えかねた戦士の一人、フーイェンが不意にそう口を開いた。

 警戒は必要だが、さりとて士気が必要以上に下がるのは頂けない。実際、順調なのは悪いことではないのだ。彼女の提案はどこか沈んだ戦士達には願ってもないことだった。

 

「……そう大して話すようなことはない」

 

「またまたー、強きをぶっ殺し、弱きを助けまくり! そんな王国で王子様や他の英傑達と並んで最強と呼び称される人が何もないわけないですよねー」

 

 武勇伝などと語るものなどない。そんな褪せ人に対してなおもフーイェンは食い下がる。

 周りもそれを止めない辺り、興味は相応にあるらしかった。

 それも当然である。千年前から活躍する英傑達や、英雄王の子孫である王子はその知名度や立場から相応の噂や武勇伝などは広く口に登っている。

 しかし、今ここに居る褪せ人についてはそのとにかく謎が多い。

 

 かつて王国の王都陥落より頭角を現し、見る間にその強さで王国の信頼を勝ち取った流れの傭兵。

 見境なく依頼をこなし、あの白の帝国からも一目置かれているという。

 その強さは比類なく、悪魔を殺し、嘘か本当か魔神すら下したとされる。しかし、実際の戦い方はと聞かれれば術師とも剣士とも、或いは格闘家であるとどれも怪しいものばかり。

 ついにはかの魔王を滅ぼした者達の筆頭として語られ、しばらくは噂を聞くことはなかったが、今こうして再び姿を現した。

 

「そんな時の人がこうして目の前に居るんですから、聞かないわけにもいかないですって!」

 

「……」

 

 改めて、こうして他者から語られる己の姿というのはどうにも慣れないものである。

 かつて己の居た地では、こうして誰かに名を知られるなどということがなかった。そもそもまともな人が居なかったのだから無理もない話ではあるが。

 

 このまましつこく質問責めされるのも堪らない。語るほどのものではないが、人助けくらいであればしたことはある。

 しばし考え、褪せ人はかつて己のした人助けについて語ることにした。

 

「……かつて」

 

「ほうほう!」

 

「……尻が地面に埋まって動けなくなった壺人を助けたことがある」

 

「……???」

 

 その話を聞いていた全員が首を傾げていた。先導した太公望も、霊獣の上で難しい顔をしている。

 褪せ人は話の選択を間違えたのを悟る。思えば、この世界に壺人は居ないのであった。となればうまく伝わらないのも仕方ない。

 

「そこじゃないです! いや、そこもなんですけどそうじゃなくて! もうちょっとこう……ドラマというか、盛り上がりみたいなのが……!」

 

「それ以上の事はない」

 

 実際にはその壺人とは紆余曲折の末に殺し合うことになるのだが、それを今言う必要がないという程度には褪せ人も空気を読むことができた。

 

「びっくりするくらい自分の話するの下手くそですねぇ!?」

 

 フーイェンが思わず叫ぶ。

 何となく、この男が謎に包まれている理由が分かるというものだった。この言葉足らずと呼ぶのすら憚られる有様では、もっと腰を落ち着けた場所でないと話を引き出すのも難しいだろう。

 

 思っていたものとは違うが、緊張が緩んだのもまた事実。

 先程よりは和やかな空気の中、再び行軍が続く。

 

「──あそこが邪仙郷です」

 

 しばらくの行軍の末、太公望は己の視線の先を指し示す。

 そここそがこの戦いの目的地、邪仙郷であった。

 

 紫霧が漂う。

 その場所は神仙郷とどこか似ているが、決定的に異なっていた。

 清らかな空気に満ちた神仙郷とは違い、そこは邪気に侵され、異臭と死の静寂に包まれていた。

 蓮池に浮かぶ花々は黒ずみ、石畳の隙間からは禍々しい瘴気が漏れ出している。

 中央に鎮座する円陣は、天を映す鏡のごとく不気味な紫光を放ち、周囲の空気を焼くように歪めていた。

 ──ここが、神仙郷を堕とし、邪仙たちが巣食う最奥の地。

 人の足が踏み入ることなど想定されぬ、穢れた聖域であった。

 

「いかにもって感じですね……」

 

「私達悪い奴ですよーってここまで主張できる場所中々ありませんねー」

 

 邪仙郷の有り様に、戦士たちがそう評す。同じ仙人でも住む場所はこれほどに変わるのかと、そう思わざるを得なかった。

 

「だが、肝心の邪仙共がおらぬようだが……」

 

「……」

 

 邪仙郷を前に発したロウユの言葉に、太公望は険しい表情を浮かべる。

 いくら東の国に遠征に出ているとはいえ、敵の本拠地が空などとはあり得ない。ここは邪仙達の拠点であると同時に、龍脈に満ちた、彼らにとって力を蓄える聖地そのもの。当然、通天教主がここを離れるなどあり得ない。

 それでも目の前の邪仙郷に気配がないというのであれば──これが罠であることは明らかであった。

 

「──あらぁん。まさか本当に乗り込んでくるなんて、淵天君の言った通りねぇん♪」

 

 場違いな程に甘ったるい、どこか無理をしたような調子はずれの声が響く。

 その声を知る幾人かの戦士が弾かれたように声のほうへと振り返る。

 

「このオカマ声……皇天君!」

 

「ウフフッ! 随分と錚々たる顔ぶれじゃな~い? そんなにアチキ達に会いたかったのかしら」

 

 羽衣を身にまとい、宙を舞うようにして現れたのは中性的な外見の邪仙、皇天君。

 十天君の中でも指折りの実力者である彼は太公望の連れてきた戦士達を見渡すと、笑みを浮かべる。

 

「でも残念、あなた達は罠に嵌ったのよぉん」

 

 皇天君が手を振り上げると、邪仙郷に潜んでいた者達が姿を現す。

 キョンシー、妖虎、あるいは黄巾力士と呼ばれる傀儡まで、果たしてどのように隠れていたのか、褪せ人達を逃さぬように包囲を広げる。その中には、他の十天君の姿も見られた。

 周囲の様子に、太公望が口を開く。

 

「……囲まれましたか」

 

「ウフフッ! 太公望ちゃんにしては迂闊だったわねぇ。のこのこと敵の陣地に上がり込むなんて、少し功を焦ったんじゃないかしら?」

 

 皇天君の嘲りに太公望が震える。

 その様に皇天君が勝ち誇った笑みを浮かべる。しかし、すぐさま不愉快とばかりに眉を顰めた。

 目の前の仙人が震えているのが、嵌められた屈辱でも、死を前にした怯えでもないと悟ったからである。

 

「……何がおかしいのかしら」

 

 ──彼女は、笑っている。

 

「いえ、いえ……失礼しました。ですが……そうですね、私は今安心しているのです」

 

「安心……ですって?」

 

「ええ、貴方達が逃げずにいてくれたことに安心しました」

 

 太公望が花が咲くような笑みで言い放つ。そのあまりに場違いなそれに、皇天君はこめかみを引くつかせる。

 

 今回の戦い、太公望視点で最も避けたかったのは此方の戦力に恐れを成してなりふり構わず逃げられることであった。

 そうなったならば、邪仙達との戦いは長引き、犠牲になる者達の数は途方もないことになっただろうことは想像に難くない。

 故に、悟られるわけにはいかなかったのだ。

 

「私の策はただ一つ──」

 

 太公望の言葉に背後に控えたロウユと褪せ人が構える。ただそれだけで、周りの雑兵達が気圧され、後退る。

 明らかに突出した強者。それが誰なのかを認識し、皇天君が目を見開く。

 

「──見破られようとも貴方達をぶん殴れる戦力を用意することですよ。迂闊でしたね。少々功を焦ったのでは?」

 

「太公望ゥ……!!」

 

 今にも歯が砕けんばかりの皇天君の形相に、ロウユは内心で上手く煽ったものだと感心する。

 煽り、神経を逆撫でして無意識に退路を断たせる。邪仙の頂点に君臨する十天君相手には効果てきめんであった。

 

「この状況でそこまで大言を吐いてみせたのは褒めてあげるわぁん! でも……!」

 

 皇天君の言葉と共に周囲が動き出す。妖虎、キョンシー、黄巾力士がその包囲を狭めていく。

 

「勝つのはアチキ達よぉ! 精々貴方達の死体はキョンシーとして有効に使ってあげる!」

 

 邪仙の手勢が雪崩れ込む。たちまちに狭まる包囲網に、しかし褪せ人達は狼狽えることはない。

 

「想定の内です。──皆さん、後は手筈通りに」

 

「良いね、準備運動にはもってこいだ」

 

 太公望の言葉に、ジンレイは目前に迫る軍勢を前にして口角を上げる。

 罠の可能性は考慮済。その上で相手は此方の想定を超えることはなかった。狙うはここには居ない敵の首魁、通天教主ただ一人。

 

「……」

 

 戦士たちが迎撃の姿勢に移る中、褪せ人が一振りの直剣を取り出した。墓標を模した刀身、くすんだ黄金は黄金律の象徴である。

 それを掲げ、秘められた戦技を発動させた。

 

 それは剣に込められた祈り。さる神人が正しく死ねなかった己の兄への手向けの祈りである。

 

 ──兄様、兄様、正しく死んでくださいな。

 

 黄金の光が放たれる。死を歪められた者達を、あるべき理へと正す力。それが周囲に広がると、褪せ人だけでなく周囲の戦士達にも力を与える。

 この戦技は、どこまでも個人主義な褪せ人には数少ない、周囲にも影響を与えるものである。効果時間は限られるが、その効果は不死者に対して絶大である。

 

「せぇいっ!」

 

 先陣を駆けたのはフーイェン。手に持つ薙刀を振るい、キョンシーを迎え撃つ。ただの一薙ぎ、それだけでまとめてキョンシー達を両断し、行動不能にする。

 先駆けの武侠に相応しい活躍に、しかし驚いたのは当のフーイェン自身であった。

 

「うぉっ、何ですかこれ!? 豆腐!?」

 

 あまりにも手応えがない。彼女自身、キョンシーとの戦いの経験は十天君達を通して少なくないほどに相手をしている。決して遅れを取るような相手ではないが、相手は不死者。そのしぶとさはよく理解しているつもりだった。

 ちょっとした肉体の欠損程度なら自己修復で立ち上がるキョンシー達がただの一薙ぎで崩れ落ちる。まさかこの局面で出来損ないを寄越したわけではないだろう。となれば、考えられるのは褪せ人の放った光である。

 フーイェンの向ける視線に、褪せ人は端的に口を開く。

 

「効果があるのは不死者共だけだ」

 

「十分ですよ、十分!」

 

 華の国を荒らし尽くしてかき集めたキョンシー達はしぶというえに数が多い。それをここまで容易く撃破できるのであれば上等と言う他なかった。

 

「皆さん、聞きましたね! キョンシーの集中しているあそこから突破します!」

 

 太公望の指示に、全員が駆け出す。

 包囲網の一角を、獣が腹を食い破るように突き進む。統率も陣形も不要、望むのは乱戦である。

 

「くっ、させないわぁ! 昂水陣!」

 

 慌てるようにして皇天君が自身の宝貝を行使する。戦場に降り注ぐ雨。

 皇天君の行使する『昂水陣』は戦場に雨を降らせ、自身の力へと変えるもの。

 

「これでまとめて──」

 

「──そうはいかんのぉ」

 

 キョンシー諸共に薙ぎ払う──そのつもりで術を行使しようとした皇天君へと気功の波動が迫る。

 

「ッ!?」

 

 寸前で気づき、辛うじて回避に成功する。当たっていれば十天君である己ですらただでは済まないそれを行使したのは一人の武人。

 

「武王……!」

 

「さて、今まで見て見ぬ振りをし続けた罪滅ぼしをせねばな」

 

 ロウユが構えると、気が爆ぜた。華の国最強の武人、その全力の闘気である。

 

「——覚悟せよ」

 

 燃え盛るような気迫を前に皇天君は僅かに怯み、しかし壮絶な笑みを浮かべた。

 

「上等ォ……!!」

 

 武人と邪仙、両者の距離が縮まる。

 大地が唸り、互いの気がぶつかり合う。雨水が爆ぜ、周囲に撒き散らされながら、それぞれの戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 邪仙郷の石畳が血で濡れ、雨に流されていく。そこかしこから怒号が響き、剣戟の音が聞こえてくる。

 瞬く間に混沌とし始めた戦場の只中を、褪せ人と太公望達は駆けてゆく。

 

「この先です! とてつもない邪気、通天教主のものでしょう!」

 

 霊獣に跨る太公望を先導に、褪せ人がトレントと共についてゆく。

 狙うは未だ姿を見せない通天教主。逃げたわけではない。太公望が邪仙郷に足を踏み入れてからずっと感じていた。途方もない邪気、それが邪仙郷の奥から放たれていることを。

 

 当然、奥へと向かう褪せ人達への妨害は生半可なものではない。

 道を塞ぐようにして、黄巾力士が立ちはだかる。

 

「アースエレメンタル!」

 

 行く手を阻む黄巾力士を前に土霊使い──大地のエレメンタラーであるシャオメイが土霊を召喚する。彼女の声に応え姿を現したのは、巨大な岩の塊。

 彼女たちエレメンタラーは対応した属性の精霊を使役し、戦う術師である。その中でも土の属性を操るシャオメイは、敵の軍勢を堰き止めるのに長けていた。

 黄巾力士達を、アースエレメンタルが押し返す。

 

「ここは私が! 太公望先生たちは先へ!」

 

 その言葉に太公望は頷くと、先へと急ぐ。龍脈の中心、そこに通天教主が居る。

 トレントを再び駆けさせる。迫りくる雑兵達を飛び越え、押し退け、ただ前へと疾駆する。

 

「──ヌハハハハ! ここは通さんぞ、貴様ら!」

 

 そんなトレント達の道を阻むようにして巨大な炎が巻き起こった。それを見て、褪せ人達はその足を止める。

 雨をものともしない業火の内から現れたのは、燃え盛るような赤い髪と髭の大男。

 十天君の一人、炎を自在に操る『烈焔陣』の使い手。

 

「狛天君……!」

 

「ヌハハハハ! いかにも、ワシこそが十天君が一人、狛天君である!」

 

 豪快に笑い、宙から此方を見下ろす狛天君に太公望が険しい顔を浮かべる。

 

「この必死な防衛……通天教主はこの先で間違いないようですね」

 

「フン、それが分かったところで関係なかろう。貴様らがここを越えることなど出来んのだからなァ!」

 

 狛天君と共にキョンシー達もまた、褪せ人達を囲うようにして現れる。

 どうあってもここから先は通さない。そんな意思が現れていた。

 

「戦闘は避けられそうにありませんね。なるべく消耗は避けたかったのですが……」

 

 通天教主を前に、余計な戦闘は避けておきたい。そう考えていたが、上手くはいかないらしい。

 覚悟を決め、此方を見遣る太公望に頷き、褪せ人が武器を抜く。

 

「──いや、ここは余に任せてもらおうか」

 

 狛天君を前に戦いを始めようとしていた褪せ人達の背に、何者かの声がかかった。

 振り向いた太公望は、それが誰なのかを理解して大きく目を見開く。

 そこにいたのは太公望の集めた戦士ではない。しかしある意味で、華の国で最も知られる者の姿であった。

 

「貴方は──!」

 

「──何も言うな。今の余は、一介の武人に過ぎん」

 

 何かを言おうとした太公望を押しとどめると、女は薙刀を構える。

 その構えだけで覇気が迸り、目の前の狛天君が思わず怯む。

 

「──今は、ただ華の国の為に戦わせて欲しい」

 

 太公望はそんな女に口を開こうとして、しかしそれ以上何も言わなかった。

 

「……行きましょう。彼女なら狛天君を相手に後れは取りません」

 

 太公望の言葉に褪せ人は武器を収めると再びトレントに跨り、駆けさせる。狛天君は横を走り去る太公望達を妨げる事はなかった。その視線は、新たに現れた女へと注がれている。

 

「ヌハハハハ! 今更貴様が現れるとはなァ! 探す手間が省けたというものよ!」

 

「今更……そうだな、今更よな」

 

 女は狛天君の嘲りを否定することなく自嘲する。そして、狛天君から視線を外し、邪仙に付き従うように立つキョンシー達を見遣る。札を貼られ、無表情の動く死体。その素材となったのは言うまでもなく、華の国の無辜の民達であった。

 

「すまんなぁ」

 

 安らかな眠りすら冒涜された彼らに、謝罪する。その表情は仮面を被ったかのような無表情。

 

「見ているか、これが余達の選択の結果だ」

 

 その言葉は狛天君に向けたものではない。女の言葉は虚空に向かって消えていく。微かに、空気が揺らいだような気がした。

 

「……分かっている。余はただ罪滅ぼしの為だけにここに来たわけではない」

 

「何をブツブツと言っている?」

 

 一人、声なき言葉に応じる女に狛天君が訝しむ。やがて、再び女は狛天君へと視線を戻した。

 

「気にするな、これから贄となるお前には関係のないことよ」

 

 狛天君に対し、そう言うと女は静かに構えを取った。狛天君もまた、それに応じる。

 遠雷のように戦場の叫びが響く中、ここもまた静かに戦いの熱を帯びていく。

 

「──その命、大華の未来の礎となれ」

 

「──ほざけ! 臆病者めがァ!」

 

 燃え盛る炎の中を女が駆けていく。無数の戦場が邪仙郷を満たす中、ここにまた一つ新たな戦場が生まれ落ちたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 狛天君を乱入した女に任せた褪せ人達は邪仙郷の中心、最も気の満ちた広場へと近づいていく。

 ここにきて、妨害の手は鳴りを潜めた。恐らくは、華の国の戦士達が上手く足止めしているのだろう。

 

 トレントを駆けさせながら、褪せ人は遠目に見える広場を睨む。そこに、何者かが立っていた。

 近づくにつれ、紫霧の中でその姿が鮮明になる。

 

 老爺であった。豪奢な道袍に身を包み、冠巾を被ったその姿は一目でそれが位の高い仙人であると分かるもの。しかし、老爺自身の放つ禍々しいまでの気が、本来仙人に備わる清廉さを全く感じさせない。

 

 褪せ人は悟る。あれこそが敵の首魁、華の国を乱し、混沌を齎した元凶であると。

 

「通天教主……!」

 

 太公望の言葉に、老爺──通天教主は静かに目を開けた。

 その瞳には、仙人にあるまじき下卑た野望の炎が渦巻いていた。




誅子と聞忠はアイギスにしては珍しいノリなので丁寧に書きたい…けどテンポとの兼ね合いが悩ましい。
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