今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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通天教主

「……この絵図を描いたのはぬしか、太公望」

 

 広間の中心、戦場の轟きがどこからか聞こえる中で通天教主が口を開く。

 

「その通りです。貴方の蛮行、つまらない野望に終止符を打ちにきました」

 

 そんな通天教主に対し、太公望は言葉を返す。

 

「随分な大言を吐きおる。手勢ひとりで、私に勝てると思うておるのか」

 

 そんな太公望の挑発に、しかし通天教主は嘲りをもって返す。

 今、彼女が連れてきているのは褪せ人ただ一人。邪仙の総大将を舐めたものだと、そう言っていた。

 だが、そんな嘲笑にも太公望は動じない。

 

「いいえ、一人ではありませんよ」

 

 不意に、通天教主は背後より降り立つ二つの気配を感じた。

 清らかな気、一人は白い霊獣に跨り三尖両刃刀を持った仙女。もう一人は燃え盛るような赤い槍を持った道士、身に纏う赤い長布は、彼女の仙人たる象徴であった。

 そんな二人を、通天教主は何者か知っている。

 

「清源妙道真君、紅輪の道士ナタク……なるほどのう」

 

「説得には骨が折れましたけどね」

 

 彼女達をこうして戦場に連れ出すのには随分苦労したと太公望は笑う。

 二人とも神仙郷において、元始天尊に次ぐ実力者。仙人達によって通天教主を相手取り、十天君を討った後続達を加え、共に討つ。それが太公望の描いた策である。

 

「愚かな野心の火に焼かれ堕ちた者よ、覚悟はよいですね?」

 

「愚か、愚かだと? 笑わせる、私からすれば愚かなのはぬしらの方よ」

 

 清源妙道真君の言葉に、通天教主はくつくつと笑う。

 

「野心こそが己を強くする。欲望こそが、人をより高みへと導くのだ」

 

 通天教主は神仙郷の在り方を否定する。内に閉じ籠り、己だけで完結しようとする者が至れるところなどたかが知れている。

 他者を蹴落としてでも手に入れたい、誰かを陥れてでも成し遂げたい、それこそが高みへと押し上げる原動力だと通天教主は謳う。

 

「平和など堕落への道よ。争いなければ人は腐り、競わなければ怠惰な獣へとなり果てる。東の国への遠征は、争いの火種にちょうど良かっただけの事」

 

「手段と目的が逆転してるね……ここまで堕ちるか、通天教主」

 

 ナタクが通天教主の語る思想に苦い顔を浮かべる。同じ仙人として、唾棄すべき考えであった。

 もはやこの男には何を言っても止まらないだろう。目の前の邪仙は、争いを己を高める為の道具としか考えていない。

 決定的であった。太公望は覚悟を決め、通天教主へと言葉を投げる。

 

「もう、言葉で止めることは出来ませんね……堕ちた仙人よ、ここで引導を渡してあげます」

 

「出来るか、ぬしらに」

 

 通天教主の周りの空間が歪む。歪みはやがて人の形を成し、通天教主の周りに浮かび上がる。

 現れたのは、見知った者達。

 

「十天君……!」

 

「いかにも」

 

 現れたのは十人の邪仙。

 未だ別の所で戦っているはずの皇天君、狛天君はおろか褪せ人が殺した筈の尊天君、そして十天君から抜けた筈の金光聖菩まで揃い踏みである。

 それらは能面の如き無表情。此方を黙して見つめる姿に生気はなく、どこか人形を思わせる。

 

「万仙陣……使い手の望む最強の兵を創り出す、通天教主の宝貝です」

 

「偽物か」

 

「はい、本人達程の力は無いでしょうが、それでも侮れるものではありません」

 

 清源妙道真君が険しい顔を浮かべる。

 今ここにいるのは十天君を相手に遅れを取るような者達ではない。しかし、それでも数の差は如何ともしがたいものがあった。

 

 邪仙郷、その頂点に立つ十傑。その中心に立つのは堕ちたる神仙。

 

「──愚かな賊徒共よ、十天君の織り成す『十絶陣』を前に己の浅慮を悔いながら死ぬがよい」

 

 ──通天教主

 野心の火に焼かれた超越者。その双眸が褪せ人達へと向けられた。

 

 

 

 

 

 

 戦場は混沌を極めていた。

『昂水陣』により降り注ぐ雨が、『棺氷陣』によって氷の矢と化し、褪せ人達に降り注ぐ。

 

「火尖槍! はぁッ!」

 

 凍てつく氷矢を、ナタクが自身の宝貝である火尖槍を振るい、その熱量をもって蒸発させる。

 しかし、そんなナタクに対し迫るのは巨大な二体の傀儡。

『地烈陣』、『紅刺陣』と称されたそれもまた、十天君の振るう宝貝である。

 

 二体の傀儡から放たれる大槌と燃え盛る大剣の一撃。受ければナタクとてただでは済まないだろう。

 

「……!」

 

 そんな一撃を、ナタクを庇うようにして前に出た褪せ人が大盾で受け止める。

 強烈な破砕音。業炎の刃が褪せ人の肌を焼く。

 

「助かったよ! そらっ!」

 

 再び振るわれるナタクの火尖槍。燃え盛る槍を回転させ、気を練り混ぜることで焔玉を作り出すと、それを目の前の傀儡へと放つ。

 

 直後、爆発。巨体を誇る傀儡が吹き飛ばされ、その体勢を崩す。その内の一体、業炎の刃を持つ傀儡へと褪せ人は素早く肉薄する。握るのは黒鉄の大槌。此方を認識し、しかし動くことの出来ない相手の無防備な胴へと叩きつける。

 物理的な破壊と聖性の爆発。その両方を併せ持った一撃は幻影の十天君、その宝貝に確かなダメージを与えるに至った。崩れ落ちる『紅刺陣』、しかし十天君の猛攻はこれでは終わらない。

 

 紅蓮の竜巻が褪せ人達に迫る。狛天君による『烈焔陣』、そして東天君の『風吼陣』による合わせ技。土埃を巻き上げ、石畳すら抉り、焼き尽くす灼熱の風である。

 

「哮天犬!」

 

 燃え盛る竜巻を前に立つは清源妙道真君。自身の駆る霊獣の名を呼ぶと、そのまま前へと駆けていく。

 振るうは三尖両刃刀。ひとたび振るえば、風を巻き起こし三つの竜巻を作り出す。それらは炎の竜巻へと向かっていき、衝突。相反する風をぶつけられ、竜巻は勢いを鈍らせ、そのままゆっくりと消滅していく。

 

「やるではないか。だが、我が十絶陣はこんなものではないぞ」

 

 通天教主の言葉通り、次の一手が放たれる。

 空を飛び交うは金光聖菩とその分身達。

 

「これは……!」

 

 太公望が声を上げる間に、無数の光弾の雨が降り注ぐ。かつて相対した金光聖菩本人に比べればその威力は劣るものの、脅威であることには変わりない。

 降り注ぐそれらを受け止めるのは太公望と清源妙道真君。張られた結界に光弾が衝突し爆ぜていく。

 

「ある程度の攻撃は受け持ちましょう! ですが……!」

 

 長くは保たない。

 後に続く言葉を察し、褪せ人が状況を打開すべく祈祷の詠唱を開始する。

 

「そうはさせん」

 

 だが、それすらも通天教主は読み切ってみせる。褪せ人へと走る金色の一閃。目にも止まらぬ速さで褪せ人の体を掠めたのは雷の一撃。

 

「……!?」

 

 全身を走る不意の雷撃に、褪せ人は思わず祈祷を中断させる。雷撃の主は既に、褪せ人の手の届かないところまで移動していた。

 

「電絶陣……迅天君か!」

 

 ナタクがその雷撃の主の名を呼ぶ。迅天君、雷を操り、十天君最速を自称する仙人である。

 

 迅天君の幻が姿勢を低くし、大地を蹴る。そして、一瞬にして褪せ人へと距離を詰めると、雷を纏った拳で襲いかかる。

 

「……!」

 

 二度目の雷撃。それを受けながらもすぐさま反撃を加えようとして、再び距離を取られる。此方の間合いに付き合うつもりがないというのは明らかであった。

 面倒な相手、しかし他の十天君を相手取りながら放置するには危険であった。

 

 釘付けにされた褪せ人に対し、迅天君が再び急接近する。金光聖菩の放つ気弾の雨の中、真っ直ぐに褪せ人へと駆けると、再び拳を構えて突進する。

 

「——っと、流石にそれは通さないよ!」

 

 しかし、そんな高速の一撃を横合いから阻む者がいた。

 青龍刀が振るわれ、褪せ人に放たれる筈だった拳の一撃が受け止められる。

 弾ける雷光と衝突音。突然の乱入に、迅天君は大きく後ろに飛び退いた。

 

 褪せ人の前に降り立ったのは、ジンレイ。

 十天君を討ち、押し寄せる雑兵達を退け、こうして褪せ人達の前までたどり着いたのであった。

 

「ふぅ、ちょっと遅かったかな?」

 

「いいえ、良いタイミングです」

 

 迅天君から視線を外さず、油断なく構えるジンレイに、太公望が返す。

 手筈通りだ。彼女達が個々の十天君に負けることなどありはしない。時間は間違いなく此方に味方している。

 

「あっ、ここに来たのは私だけじゃないから」

 

 ジンレイがそう言った直後、褪せ人達を薄い水のヴェールが覆う。

 攻撃ではない。褪せ人達はその水のヴェールによって戦いの傷を癒していく。

 

「はぁ……はぁ……。ちょっとジンレイ、おいていかないでよ!」

 

 息を切らしながら走ってきたのは水操の仙女、竜吉公主。

 自身の宝貝である霧露乾坤網を駆使して味方を癒すと同時に水の防壁で覆う。

 恨めし気に睨む竜吉公主に、ジンレイは悪びれず口を開く。

 

「いやぁ申し訳ない。仙人ともあろうお方がついてこれないとは思わず……」

 

「私は頭脳労働担当なの! そこのバチバチの武闘派達と一緒にしないで!」

 

 竜吉公主の参戦により、支援と回復も盤石となる。数の差は、着実に埋まりつつあった。

 

 ジンレイが迅天君を釘付けにしている間に、褪せ人が祈祷を発動させる。妨げる者は、最早いない。

 己の姿を竜となし、放つは炎の息吹。リムグレイブの湖の主、飛竜アギールの竜炎である。

 狙うは金光聖菩の分身達、そしてその向こうにいる通天教主。

 

「むぅ……!?」

 

 竜へと変じた褪せ人に通天教主は目を見開き、しかしその場から動くことはない。金光聖菩達を自身の前へと集め、己の身を守る盾とする。

 だが、竜の息吹とはその程度で押し留められる炎ではない。赤き炎は金光聖菩達を呑み込むと、そのまま通天教主にまで襲い掛かる。

 

「やった!」

 

「いいえ、まだです……!」

 

 その光景を見て歓喜の声を上げる竜吉公主に対し、太公望は依然険しい顔を緩めない。通天教主、邪仙郷の頂点がこの程度で終わるはずもない。

 太公望のそんな読みは、果たして当たっていた。

 

「……なるほど、俗界の者共も中々楽しませてくれる」

 

 竜炎が晴れた先、赤熱した石畳の上に立つのは通天教主。その身体には一切の傷を負ってはいない。

 

「嘘、効いてない……!?」

 

「四宝剣、だね」

 

 ナタクが竜炎を防いだ通天教主を睨む。

 通天教主を守るようにして浮かぶ四本の宝剣。あれもまた、『万仙陣』と同様に通天教主の誇る宝貝の一つ。

 

「気を付けてください、四宝剣は全てを貫く天雷を操りし宝貝。生半可な防御は無意味でしょう。そして──」

 

 通天教主が浮かび上がる。四宝剣が回転し、自身の使い手を守るようにして球状の防壁を張り巡らせる。

 

「──あの防壁、恐らくは他の宝貝と組み合わせています。並大抵の攻撃では傷一つつけることはかなわないでしょう」

 

『四宝剣』、その攻撃性能も目を見張ることながら、それ以上に脅威なのは他の宝貝と組み合わせることで展開される防壁。常時展開し続けるそれは連撃によるダメージの蓄積など期待できない。

 

「渾身の一撃を。あの通天教主に刃を届かせるのであればそれしかありません」

 

「こっちの防御は意味ないのに向こうはガチガチに固めてるわけだ。ずるいねぇ」

 

 太公望の言葉に、ジンレイが思わず愚痴をこぼす。

 十天君達の猛攻を躱し、四宝剣の飛び交う通天教主の懐へ潜り込み、そして防壁を貫く一撃を叩きこむ。ジンレイをして無茶だと、そう言う他なかった。

 

「さて、此方も漸く準備が整った」

 

 それまで此方を眺めるだけであった通天教主が動き出す。悍ましいまでの邪気を辺りに撒き散らし、雷が辺りに降り注ぐ。

 

「──覚悟せよ、ここからが本番だ」

 

 邪仙郷が脈動する。ここより先、戦いはより苛烈さを増すのだとその場にいる全員が悟った。

 

 

 

 

 

 

 それをトレントに跨り躱しながら、褪せ人は通天教主へと接近を試みる。足元めがけて雷が降り注ぐも、トレントを操り、的確に躱していく。

 しかし、そう易々と事は運ばない。褪せ人を遮るようにして砂の防壁が立ちはだかる。

 

「……!」

 

 それを成すは尊天君。かつて褪せ人が殺した十天君の一人、通天教主の生み出した幻影である。

 砂の防壁を前に、褪せ人は逡巡し、しかしすぐさま突撃を選んだ。

 

 握るのは漆黒の槍、キメリエスの戦槍。

 トレントを疾駆させながら、褪せ人がその魔力を解き放つ。漆黒の槍に、紅い魔力が迸り、魔神の権能、絶対破壊の魔力をその穂先に宿す。

 全身を砂の嵐が襲い、褪せ人を傷つけるも、損傷自体は軽微である。その理由は、今なお十天君を抑え続けている仙人達にあった。

 

「……くっ、構いません! そのまま突撃を!」

 

 僅かに顔を歪める清源妙道真君。褪せ人や戦士達の傷の一部を彼女達仙人が術によって肩代わりしていた。修行を積んだ仙人達の、不死ともいえる生命力。それが褪せ人の強引な突破を可能とする。

 

 砂の防壁を破壊し、そのまま尊天君の胴を貫く。そして槍を振るい、尊天君を投げ捨てる。まごうことなき強行突破、十天君一人にいちいち時間をかけてなど居られなかった。

 

「ほう、やるではないか賊徒め」

 

 感心したような通天教主の声。その声音は砂の防壁を容易く貫いた槍を見てもなお余裕があった。

 褪せ人が狙いを定め、トレントを操る。真っ直ぐに通天教主へと槍を構え、突撃する。

 

「──だが、少しばかり遅かったな」

 

 通天教主の周りの空間が歪む。それは、『万仙陣』によって十天君を生み出した時と同様の光景。歪みが形を成し、新たな人型を産み落とす。

 

 新たに生み出されたのは──二人の通天教主。

 

「万仙陣は最強の兵を生み出す宝貝。つまりは……私こそが最強よ」

 

「はぁ!? ずっる!! ずるじゃん!」

 

 背後でその光景を目撃したジンレイが思わず声を上げる。

 当然四宝剣も、防壁も健在。三人の通天教主が駆ける褪せ人を迎え撃つ。

 

「うわっ、これじゃ十二宝剣だ」

 

「言っている場合ですか! 褪せ人様、一度退いてください!」

 

 太公望の指示に、褪せ人は手綱を握り、身を翻す。だが、何もかもが遅い。

 

「これでお前達の希望が一つ潰える」

 

 四宝剣より天雷が放たれる。三人の通天教主から放たれるそれは、トレントに跨る褪せ人には回避は困難であった。

 巻き込まないようトレントから飛び降りると、襲い掛かる雷撃に褪せ人は備える。

 

「──ふふ、どうやら間に合ったらしい」

 

 しかし、褪せ人を雷撃が貫くことはなかった。突如横合いから現れた何者かに抱えられ、褪せ人は宙に浮いている。

 通天教主から離れ、ゆっくりと地面に降ろされた褪せ人はその何者かへと振り向いた。

 

「お前は……」

 

「ふふふ、会いたかったぞ、褪せ人よ」

 

 そこに居たのは、蠱惑的な笑みを浮かべた金光聖菩の姿。

 通天教主の生み出した偽物ではない。まごうことなき本物であった。

 

「どういうつもりだ」

 

「あぁ、そんな目で見るな……昂ってしまうではないか。だが、今回相手にしに来たのはお前ではない」

 

 そう言うと、金光聖菩は褪せ人から視線を外し、通天教主へと目を向ける。

 

「十天君を抜けた貴様が、今更何をしにきた」

 

「ふふふ、邪仙郷で祭りがあると聞いてな……」

 

 金光聖菩が笑みを浮かべながら、分身を生み出していく。それらが錫杖を向ける先は、かつての主である通天教主。

 

「──私も混ぜてもらおうか」

 

「狂犬め……手ずから首を跳ねてくれるわ」

 

 分身達が通天教主の一人へ向けて光弾を放つ。それらは防壁に阻まれ通天教主へは届かないが、煩わしいとばかりに四宝剣を振るうと、分身達へと向かっていった。その光景を傍らで見遣り、金光聖菩は褪せ人へと向き直ると耳打ちする。

 

「よく聞け、あやつの宝貝は強力だが、相応に代償がある。如何に邪仙の頂点と言えども体力の限界があるのだ」

 

 それは助言であった。通天教主の持つ強力な宝貝、それらを同時に行使し続けるのは並大抵のことではなく、湯水のごとく生命力を消費し続けているという。それこそ不死と言っていいほどの仙人の生命力が、底をつきかねないほどに。

 

「一見して余裕を見せているが、その内心では焦っておる。いずれ痺れを切らして此方をまとめて刈り取ろうとするだろう──そこが狙い目だ」

 

 そこまで言い終えると、金光聖菩が宙へと浮かび上がる。

 

「一人受け持とう。信じるかどうかはお前次第だ」

 

 最後にそう言い残すと、金光聖菩は分身達のもとへと飛び去って行った。その眼にこれから起きる死闘への歓喜を隠すことなく、自ら死闘の中へと身を投じていく。

 

「味方……ってことで良いのよね?」

 

「今のところはそうらしい」

 

 状況を飲み込めていない竜吉公主の戸惑いに、褪せ人が端的に返す。

 金光聖菩の真意は読めないが、それは今考えることではない。少なくとも、現状は味方であると考えるほかなかった。

 

「十天君はジンレイと仙人達が、通天教主の一人は金光聖菩が、後は通天教主二人ですね……」

 

「ならば、わらわ達でもう一人を受け持とう」

 

 状況を整理する太公望に、背後から声がかかる。

 

「ロウユ様!」

 

「カカカ、わらわだけではないぞ──そうだろう、武人殿?」

 

 新たに戦場に駆け付けたロウユが、背後へと呼びかける。

 家屋の陰から現れたのは、先程狛天君を相手取った武人の女だった。半ば無理やりロウユに連れてこられた彼女は、今なお死闘を繰り広げる仙人達と武人達を憂いを帯びた目で見遣る。

 

「余は……」

 

「わらわはそなたの事など知らぬ。今は一人でも多くの戦力が必要なのでな、休ませるつもりはないぞ」

 

 何か言いたげであった女を遮るように、ロウユは口を開く。彼女の事情など知ったことではない。どのような事情があるにせよ、今はそんなことは言っていられないのだ。

 一見突き放したようなその言葉は、女にとって何よりの救いであった。

 

「感謝する、武王殿……」

 

「感謝なぞいらん、手を動かせ。今はただ、そなたの想いを刃に乗せよ」

 

 笑みを浮かべたロウユは通天教主へ向かって駆けていく。その背を追って、武人の女も真っ直ぐに駆け出して行った。

 そんな彼女達を見遣り、太公望は口を開く。

 

「これで条件は整いました。後は……」

 

「私がやろう」

 

 残る通天教主に、褪せ人が駆けていく。邪魔な障害はこれで排除された。これで漸く、一騎討ちの場が整う。

 

「おのれ……次から次へと……!」

 

 乱入に次ぐ乱入。ここにきて通天教主の表情に苛立ちが浮かび上がる。

 戦力は分断され、個別撃破の構え。そうなれば、根本的には術師である通天教主の攻撃は褪せ人達にとって大きく脅威は下がる。

 

「俗界の塵どもが……高みへと至る邪魔をするでないわ!!」

 

 褪せ人へ向けて天雷を放つも、躱される。一直線の単調な雷撃など、避けるのは容易い。

 分身を生み出す力は間違いなく脅威であるが、それを引きはがされた今、通天教主へと近づくのは難しくはない。

 

 苛烈さを増す雷撃の嵐。しかし、それすらも褪せ人は躱し、前へ進む。地を這う雷撃も、降り注ぐ雷も、全て見知ったもの。ならば、どうして当たるものか。

 

「おのれ……まだ終われぬ! まだ足りぬのだ、力が! 争いが!」

 

 焦りが頂点に達した通天教主が叫ぶ。この身は未だ高みに至らず。野心の火が潰えぬ限り、己にはまだ至れる境地がある。

 

 ここで終わるわけにはいかない。

 通天教主が分身を掻き消す。自身の分け与えた力を全て己の身の内へと戻していく。

 

「私は通天教主、邪仙の頂点に立つ者である! 我が野望の火は決して潰えぬ!」

 

 今までと比べようのない程の気が邪仙郷へと満ちていく。大気がうねり、大地が揺れる。

 通天教主が見据えるのは霊馬を駆る戦士。漆黒の槍を構え、猛然と駆けるそれは、永遠を生きる邪仙の死神であった。

 

「四宝剣よ! その天雷で全てを焼き尽くせぇ!」

 

 不死の仙人、その命を刈り取らんとする死神を葬り去るべく通天教主が気を高める。全身全霊、己の気のほぼ全てを注ぎ込んだ一撃は褪せ人を文字通り塵へと変えるだろう。

 その全てを褪せ人へと放とうと四宝剣を振るおうとして──しかし天雷が放たれることはなかった。

 

「何……!?」

 

 通天教主が四宝剣を見遣る。

 十分に気の溜まったその宝剣は、虚空より伸びた鞭によって絡めとられ、狙いが定まらぬまま震えている。

 姿なき影、それが四宝剣を抑え込んでいた。

 

「──それ以上は見過ごせませんね。そんなものを放たれては私の愛した花が巻き込まれるではありませんか」

 

 驚愕に目を見開いた通天教主に、姿なき影が声を掛ける。

 

「貴様……!?」

 

 それが誰なのかを理解して、通天教主は怒りに顔を歪めた。その様に愉快とばかりに影は口の端を歪め、口を開く。

 

「十天君の仙力は有効に使わせていただきます。貴方は──ここで何も成せずに朽ちていってください」

 

「おのれ……おのれぇぇぇぇ!!」

 

 叫ぶ通天教主。しかし最早何もかもが遅い。死神が、目の前に迫っていた。

 通天教主の防壁を紅の魔力を纏った槍が貫く。あらゆる防御を貫く絶対の槍は防壁を貫くだけでは止まらず、通天教主の胸へと突き刺さる。

 

「が……!?」

 

 漆黒の槍が鮮血で赤く染まる。魔神の槍は仙人の身の内、心臓すらも貫いてみせた。だが、それでもなお光を失わぬ目で通天教主は自身に突き刺さる槍を掴み、血を吐きながらも叫んでみせる。

 

「まだ……だ! まだ終われぬ!」

 

 老体とは思えぬほどの力で槍が押し戻される。引き抜いたそばから血が石畳へと零れ落ちるが、それでも構わないとばかりに通天教主は止まらない。

 足掻き、もがく。醜いと言われようとも、高みに至る己に高潔さなど不要。そんなものは外道に堕ちた時に既に捨て去っていた。

 

「いや、もう終わりだ」

 

 だが、そんな通天教主の足掻きは無為に終わる。

 褪せ人の槍を持たぬ左手、聖印を握るその掌に炎が生まれる。

 赤黒い、のたうつ蛇の如きそれは、邪なる蛇の炎。忌み嫌われし侵略の火である。

 

 掌でうねるそれを、褪せ人が握りつぶす。潰された炎はより一層激しさを増し、大きく膨れ上がると、巨大な火球へとその形を成した。

 赤黒い火球、それを通天教主へと押し当てる。一瞬、火球が収縮し、その後大きく爆発を成した。

 褪せ人諸共に、のたうつ炎が通天教主の身を焼いていく。

 

「ああああああああ! 終われぬ! まだ戦える! 私はまだ……!!」

 

 野望の火を、邪な蛇の炎が飲み込んでいく。

 通天教主は最後までのたうち、火に抗おうとしたが、やがてその身を全て炎に包まれ、朽ちていった。

 

 焼け焦げた石畳の後に残されたのは、一本の青い宝剣。

 砕け散ったそれらの中で、唯一無事だった一本を褪せ人はゆっくりと引き抜くと、懐にしまう。

 

「終わったのですね……」

 

 歩み寄る太公望に、褪せ人は首肯する。

 

 遠くで、勝鬨の声が上がるのが聞こえる。通天教主の死に、残された兵たちも撤退したのだろう。

 邪仙郷を覆っていた紫霧が晴れ、日の光が降り注ぐ。

 華の国を混沌の渦に巻き込んだ邪仙の頂点。その野心の火が潰えた瞬間であった。




通天教主、原作では王子にボコられて逃げ帰った後7年くらい喋ってないのでいまいちキャラが分からないんですよね(言い訳)
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