ユグドラシルを彼方に見据え、急造した拠点にて王子とレオナ、そして褪せ人が集う。
「今回の目的はユグドラシルへの接近。及び核の破壊だ」
ディアボロスに乗り込む褪せ人に向けてレオナが改めて作戦を説明する。拠点内では帝国の兵士達が慌ただしく戦闘の準備を始めていた。
「お前達はユグドラシルの攻撃を掻い潜りながら接近。可能ならば核を探して貰うが、主目的はユグドラシルの注意を引き付ける事だ」
今回の作戦における褪せ人の役割は陽動。
ディアボロスの機動力を駆使して接近し、ユグドラシルが無視出来ない脅威として存在感を示し続ける。ある意味で最も危険な役回りである。
「そして、いざという時の為にアタシが居る訳ですね!」
褪せ人の膝の上で元気よくそう口を開いたのはカゴメであった。本来一人乗りのディアボロスに、半ば強引に同乗するつもりらしい。
「二人乗りは想定されていないが」
「頑張ればいける! そういうものですっ!!」
ディアボロスより遠回しに降りろと言われるが、頑として譲るつもりのないカゴメ。ディアボロスの機能である搭乗者の身体能力によるブーストは当然彼女は適応外である。故に、何の理由もなくついてくるのであれば降ろすところではあるが、そこは彼女なりの考えがあった。
褪せ人が静かに溜息をつく。
「……まぁいいだろう」
結局、てこでも動かない彼女を受け入れるしかなかった。一応、この局面で何の意味もなくこのような真似をする事はないだろうという程度には信用している。
話がまとまったのを確認し、今度は王子が口を開く。
「お前達がユグドラシルを引き付けている間にグリフォンライダー、ペガサスライダーを主とした航空戦力がユグドラシルに取り付く。彼女達が安全に接近出来るかは、先行するお前達にかかっている」
「了解した」
核があるのか、あったとして一つだけなのか。それは何処なのか。一切が不明である。これはアナベラの仮定に基づいた作戦であり、その確証はない。故に、人海戦術で探さざるを得なかった。
そして、その作戦を安全に遂行出来るかどうかが、褪せ人達にかかっている。
作戦の説明を続けていく中で、偵察兵の女が此方に近付いてくる。
「——報告します。ユグドラシルが動きました。森の外へ出るつもりの模様です」
偵察兵がレオナへと告げる。ついにユグドラシルが動き出したのだ。
報告に頷いたレオナが褪せ人達に視線を向ける。その視線を受け、褪せ人はディアボロスのハッチを閉じる。
そして、ゆっくりと浮き上がるディアボロスを見送ると、レオナが声を張り上げる。
「——これより邪竜樹ユグドラシルの討伐作戦を開始する! 総員配置に付け!」
レオナの号令に兵士達が弾かれたように配置につく中、褪せ人を乗せたディアボロスは、遥か先に見えるユグドラシルへ向けて飛び立っていった。
邪竜樹ユグドラシルを彼方に見据え、ディアボロスが空を駆ける。動き出したユグドラシルは森の外に向けて歩みを進め始めていた。
一歩、また一歩と歩を進める度に大地が揺れ、木々は薙ぎ倒され、地響きが聞こえてくる。ただ歩くだけでも、その巨体は一つの災害と化していた。
「見てくださいあれ!」
カゴメが眼下に広がる景色を指差す。指し示した先では、無数の魔物達が蠢き、ユグドラシルと共に進軍を開始していた。
「どうしますか!?」
「捨て置け。私達の目的はユグドラシルだ」
あれらに対処するのは褪せ人達の役目ではない。魔物が出てくるのは想定の範囲内であった。今頃、アトナテスやソラスといった英傑を筆頭に地上部隊が迎撃の準備を整えているだろう。
「ユグドラシル接敵まで30秒」
ディアボロスが告げる。ユグドラシルの巨体は、すぐそばまで近付いていた。
猛スピードで接近する漆黒の巨人に、しかしユグドラシルは反応する様子はない。
文字通りに眼中に無いのだ。ユグドラシルにしてみれば、ディアボロスなど小鳥ほどの大きさでしかない。脅威を見出す程のものを感じてすらいない。
「——だったら振り向かせてあげましょう!」
「メインシステム、戦闘モード起動」
褪せ人がディアボロスへと意識を沈める。自身の感覚とリンクさせたディアボロスは、今や褪せ人の意思一つで自由に動かす事が可能となる。
右手を持ち上げ、赤熱した砲を構える。
「——ターゲット確認、排除開始」
放たれるのは極大の火砲。出し惜しみなどするつもりはない。砲身が焦げ付かんばかりに連射する。
狙いを定める必要もない。何せ相手は眼前を覆い尽くさんばかりの巨体である。
放たれた弾丸がユグドラシルに着弾。樹木で出来た身体を燃やし、飛び散った木片が火の粉となって落ちていく。
「効いてますかね!?」
「いや……」
カゴメの期待を込めた言葉を、褪せ人は否定する。
ダメージが無いわけではないだろう。しかし、あまりにもサイズが違い過ぎた。ユグドラシルにしてみれば、蚊に刺されたようなものだろう。
「だが、目的は果たした」
しかし、ダメージは微々たるものだが、無いわけではない。ユグドラシルはここにきて漸く周囲を飛び回る外敵を認識した。
「ここからが本番ですね!」
ユグドラシルが咆哮する。大気を揺らし、地が震えるようなその咆哮は、明確に褪せ人達を敵視したもの。
突き刺すような敵意を前に、ディアボロスは再び砲を構える。
「——我らと踊ってもらうぞ、ユグドラシル」
言葉と共に引き金を引く。放たれる火砲、開戦の号砲に、ユグドラシルはその巨大な腕を振るう事で応える。
それは言ってしまえば鬱陶しい害虫を払うような仕草。だが、それはただ単純に、重く、大きい。
「……!」
薙ぎ払いの一撃をディアボロスはブーストにより急上昇する事で回避する。
足元を通り過ぎる致死の一撃を横目に、ディアボロスは急加速。よりユグドラシルへと接近していく。
「魔物が出てきますよ!」
ユグドラシルの体内から大量の魔物が飛来する。ガーゴイル、グリフォンを筆頭とした飛行型の魔物が、ユグドラシルへと害をなす者に迫る。
「どうしますか!?」
「このまま突っ込む」
カゴメの問いに褪せ人は答える。今更魔物の大群程度で狼狽える事などありはしない。
加速をそのままに大群との距離を縮めるディアボロス達の背後で信号弾が上がる。帝国の飛空船。その支援砲撃の合図である。
「支援砲撃が来るぞ」
後方の飛空船からの一斉砲撃。重い爆音が空に響き、雨の如き砲弾が魔物達へと殺到する。
大群を成し、最早一つの塊と化していた魔物達に逃げ場所などありはしない。着弾し、爆発。爆風が周囲を巻き込み、次々と魔物を墜としていく。
混乱し、散り散りになる魔物達の間を突っ切るようにしてディアボロスは駆け抜けていく。砲弾の雨を、カゴメの生成した壁を即席の盾代わりに切り抜け、その視線をユグドラシルへ向ける。
ユグドラシルが再び腕を振るう。その狙いは真っ直ぐにディアボロスへと向けられていた。
「飛行部隊到着まで約30秒」
「あれやりますよ! あれ!」
「……やるのか」
カゴメの言う『あれ』にディアボロスの無機質な声に若干感情が漏れた。これからやろうとする事はどこまでもイレギュラーであるからだ。
ディアボロスが盾代わりの壁を装備した腕を掲げる。カゴメの分身がその上に乗ると、その壁の上にさらに壁を生成する。
「まだまだ載せますよ! それっ!」
次々と壁を生成、重ね合わせたそれは最早壁というよりは一本の柱である。
ひたすらに硬く、重い、ただそれだけの柱。
腕にかかる超重量に、コックピット内に警報が鳴り響く。
「不明なユニットが接続されました。直ちに使用を停止——」
「——頑張ればいけるっ! そういうものですっ!!」
システムの警告をカゴメが根性論で黙らせる。妖怪に理屈など存在しない。その理不尽さが伝わったのか、システムがそれ以上何かを言う事はなかった。
「いきますよー!!」
超重量の質量の塊を片手に、ディアボロスはブースターを全力で稼働。迫る巨腕に正面から肉薄する。
そして、巨腕に向けて、柱を振りかぶった。
「——砕け散れ」
質量と質量のぶつかり合い。轟音が空の上で鳴り響いた。ディアボロスの装着していた壁の塊は砕け散り、ユグドラシルの腕もまたダメージと共に弾き飛ばされた。
大きく体勢を崩す事となったユグドラシルから、驚愕が伝わってくる。
「飛行部隊到着! これよりユグドラシルに突撃を開始します!」
クゥイル率いる世界樹のグリフォンライダー部隊とエスタ率いるペガサスライダー部隊を中心とした飛行部隊がここに来て到着。体勢を崩したユグドラシルへと次々と取り付いていく。
「よくやってくれた! 俺達は核を探す! それまでもう少し持ち堪えてくれ!」
「派手にやるなぁ! 千年ぶりの活躍の僕より目立つなんて妬いちゃうぞー?」
王子とラーワルが通りすがり様に声を掛けてくる。ここまでで、作戦の半分は終わったと言って良いだろう。だが、ここからが正念場であった。
ゆっくりと、身を起こし始めたユグドラシル。害虫と思っていた相手に尻餅をつかされた事に怒っているのか、その敵意は先程より膨れ上がっていた。
ユグドラシルの猛攻をディアボロスが躱していく。その全てがまともに受ければ致命は避けられない。帝国の支援砲撃とカゴメの壁も余す事なく利用してユグドラシルに対処していく。
どれほどそうしていたか。突如として、ユグドラシルが動きを止める。そして、ディアボロスから視線を外して自身の身体へと視線を向けた。
「核を発見! 現在王子、ラーワルを筆頭に破壊を試みています!」
クゥイルがディアボロスに向けて叫ぶ。ユグドラシルが動きを止めたのはそれが原因だった。核の破壊に気付かれ、身に迫る命の危機に、ディアボロスから標的を変えたのだ。
「止めるぞ」
「無論だ」
ディアボロスが火砲を連射する。連続して着弾、爆発する火砲は、しかしユグドラシルの注意を引くにはまるで足りなかった。身体を掻きむしるようにして腕を動かすユグドラシルに、王子達は接近もままならない。
「もう一つの方を使う」
褪せ人の言葉に、ディアボロスはブースターで再上昇。ユグドラシルの頭上に向けてもう一方の、砲身が蒼く輝く砲を構える。
「エネルギータービン解放、出力80%」
狙いはユグドラシルの右目。生半可な一撃では通用しない。もう一度、あの巨体を行動不能に陥らせる必要がある。
「照準補正良し……90……95……」
残存するエネルギーのほぼ全てをこの一撃に込める。砲身に集中した魔力は最早暴走寸前。それを限界まで抑えつける。過剰な出力の負荷にディアボロスがダメージを負いながらも、ユグドラシルを睨み付ける。
「——外しはしない」
爆発しそうなエネルギーの塊をユグドラシルに向けて、引き金を引いた。
放たれた魔力は流星となって真っ直ぐにユグドラシルへと駆け抜け、その右目を貫いた。巻き起こる爆発が大気を揺らす。
意識外からの強烈な一撃にユグドラシルは大きく仰け反った。爆発に焼かれたユグドラシルの顔面は右目を中心に大きく削り取られたように崩壊している。
「エネルギー切れだ」
「問題ない。よくやった」
「頑張りましたね! 二人ともっ!」
やるべき事は終えた。後は結果を待つのみ。
目の前で無視出来ないダメージを負ったユグドラシルが再生を試みている。だが、それで良い。その長大な隙は、彼らが核を壊すのに十分な時間であるからだ。
そして、そう間を置くことなくその時は訪れた。
「か、核の破壊を確認! やりました! 世界樹の災厄を本当に……!」
ゆっくりと降下していくディアボロスの中で、喜びの声を聞く。見れば、核を破壊されたユグドラシルが少しずつその身体を崩壊させていた。
褪せ人が背もたれに深くもたれ掛かる。思った以上の疲労感である。機動兵器に乗って操縦するという慣れない行動は思った以上に体力を擦り減らしていたらしい。
「あれ見てください! 何かが空に向かって伸びてますよ!」
カゴメが指し示す先を見る。
崩れ去っていくユグドラシルから、天へと向かって光の橋が伸びていた。
「ビフロスト……」
ラタトスクから聞いた事があった。かつて創造神が世界樹に託した天界へ——オリュンポスへと至る橋。それがビフロストであった。
この先にディアスが待ち受けるのだろう。未だ終わらぬ戦いの予感に、褪せ人は僅かに目を細めるのであった。
——魔界
褪せ人達がユグドラシルとの戦いに赴く中、ここもまた大きな戦いの渦中にあった。
「アスバール。また天使の軍勢がやって来たぞ」
アスバールの執務室に入ってくるなりそう報告したのはラピス。報告を受け、アスバールは眉根を寄せる。そして、ラピスに向けて口を開いた。
「……分かりました。兵達に出撃を伝達してください。アブグルント、将として指揮をお願い出来ますか?」
「ええ、構わないわよ」
指示を与えられたアブグルントが槍を片手に執務室を出ていく。何を考えているか分からない彼女だが、基本的には理性的なのが救いであった。
ラピスもまた、執務室を後にする。恐らくは、退屈凌ぎに出撃するつもりだろう。
「ふぅ……」
アスバールが疲れた目を労るように眉間を揉みほぐす。ここ数日、ずっとこの繰り返しである。隠し切れない疲労を露わにしたアスバールに対し、その従者であるロタンが心配そうに口を開く。
「お嬢、少し休まれては?」
「そういう訳には行きません。魔界の民達がこうしてディアス率いる天使達と戦っているのです。後方に居る私が休む訳にはいきません」
「はぁ……」
ロタンが溜息を吐く。ディアスが突如として魔界に天使の軍勢を送り込んでから一週間。アスバールはまともな睡眠を取っていない。
亜神である彼女ならばまだ問題ないのだろう。だが、それでも限界はある。精神体であるデーモン達と違って、彼女はあくまで肉体に縛られているのだから。
「指導者ならご自身の身体を労るのも——」
「——お嬢、居る!?」
諫言を重ねようとしたロタンを遮るようにして乱暴に扉が開かれる。入ってきたのは、アスバールのもう一人の従者、ヤハールであった。
従者に相応しくない行動にロタンが眉を顰める。
「ヤハール、せめてノックくらい——」
「——それどころじゃないわ! また『奴ら』が出たのよ!」
『奴ら』。その言葉に執務室の空気が変わる。天使の襲撃以上に、その言葉は彼女達にとって頭を悩ませているものであったからだ。
「……私達も出ます。ロタン、準備を」
「かしこまりました」
アスバールの言葉に、ロタンもそれ以上は何も言わない。『奴ら』に関しては、アスバールは魔界の管理者という以上に、一柱の神として、不倶戴天の敵であると認識しているからだ。
重々しい空気の中、アスバール達は戦場へと赴くのであった。
戦場の光景は凄惨という他なかった。天使も悪魔も、その悉くが地に伏せ、血に塗れている。赤く染まった大地は、戦場で争う以上必然のものであるはずだが、そうではない。
この光景を成したのは争い合った天使でも悪魔でもないからだ。
アスバールが周囲を注意深く見渡し、アブグルントを見つけると駆け寄る。彼女もまた、血に塗れ、険しい顔を浮かべていた。
「アブグルント、状況は」
「見ての通りよ。まったく、彼も居ないのに面倒なのに目をつけられたわね」
アスバールにそう答えながら、アブグルントは油断なく前を見つめる。
その視線の先、今なおこの凄惨な光景を作り出し続けている者達が悠然と姿を現した。
現れたのは——7人の戦乙女。
白に統一された衣を纏い、黄金に輝く武具を握り締める。顔の上半分を覆うようにして、白い蕾が頭部に咲いていた。
その姿はさながら天の御使い。だが、亜神であるアスバールには分かっていた。その美しい姿は全くの虚飾。身の内に隠された悍ましき本性は、決してこの世界において許容されるべきものではないと。
戦乙女が武器を振るう。その矛先に天使も悪魔も区別はない。槍で突き、斧槍で斬り裂き、槌で叩き潰す。それはまるで、争う者は全て悪なのだと裁きを下す裁定者のようであった。
「喧嘩両成敗とでも言いたいのかしら……気に入らないわね!」
ヤハールが戦乙女を睨み付ける。天使と悪魔が争う戦場に、あれは現れる。そうして、その全てを殺し尽くしては次の戦場へと消えていくのだ。
あれには、互いの争う理由など関係はないのだろう。ただ争う者達が居なければ平和は訪れる。そんな破綻した思想が見え隠れしていた。
やがて、戦乙女達がアスバール達へと視線を向ける。返り血一つついていない美しい肢体に、べっとりと血がこびりついた金の武器が酷く不釣り合いであった。
「ヤハール……王国に応援要請を。格好つけて出て行きましたが、これ以上は我々の手に余ります」
「……分かったわ! 必ず戻るから、誰一人死ぬんじゃないわよ!」
一瞬、この場で力になれない事に葛藤したヤハールだが、すぐに踵を返して空を飛んだ。自分一人の力などたかが知れている。あれらを相手にするのであれば、助力を乞う方が余程優先される事であった。
戦乙女達が歩みを進める。その姿はどこまでも厳かで、神聖さすら感じさせる。
彼女達の中にあるのはただ一つ、ただそれだけに武器を振るう。
——安寧を
天使と悪魔、そして新たなる脅威。三つ巴の戦争が始まろうとしていた。
これ書いてる時に救いの旗手が来てびっくりしました。
うお……きも……。