難しいですね…
王都奪還から幾許かの時が経った。
王都奪還の報は、世界を駆け巡り、今なお魔物の脅威に晒されている者達への希望となった。故郷を滅ぼされ、居場所を追われた者達にとって目指すべき拠り所となり、我こそは英雄たらんとする者達もまた、王国を目指した。王国は、瞬く間にこの混迷の時代における希望の旗印となりつつあった。
王都の街道、かつての賑わいをにわかに取り戻しつつあるそこをタラニアは歩いていた。今日は傭兵の仕事もなく、イリスが度々訪れている孤児院にて、子供達と戦隊ごっこに興じたその帰りであった。
その帰り道を、タラニアは進む。
王都の街並みには魔物の爪痕が残っており、今なお復興が進められている。しかし、それでも民の顔が明るいのは、王子達のおかげなのだろう。
「――かくして亡国の王子は、邪悪なる不死の王を滅ぼし、この国を人々の手に取り戻したのであります!」
不意に、そんな声が聞こえた。タラニアがそちらへ意識を向けると、語り部が大衆に向け、王国の者達の武勇伝を語っているのが見えた。
最近、王都ではこうした語り部による王国軍の武勇伝を耳にすることが多くなった。大衆向けに脚色の加えられたそれは、娯楽として人気を博しているようだ。
麗しき魔戦団長イングリッド、オーガを両断すだの、美しき天馬騎士団長エスタ、竜を墜とすだのとやたらとその美貌が強調されているのはやはりうら若き戦乙女であるからなのだろう。本人達が聞けば身悶えしそうな内容であった。
そんな武勇伝に、僅かに足を止めたタラニアだったが、すぐに再び歩き出した。今日は下町の大衆食堂に行くと決めていた。最近、新しい看板娘が入ったとかで客が増え、混雑するようになったのだ。なるべく早く向かいたかった。そして、歩みを進めていたその時。
「――墓地よりいでしはおぞましき屍の竜!それに対峙するは雷光の戦士!」
――これ、僕の事じゃないか?
そういう事なら話は変わってくる。タラニアは踵を返し、人混みに紛れて語り部の武勇伝を聞き入った。
「――屍の竜の爪牙を、戦士は雷光となりて身をかわし、懐に潜るとその剣を以て両断せしめたのです!」
なるほど、細部は異なるがそれは仕方ない。素早い身のこなしでドラゴンゾンビを翻弄したのは事実であるし、雷光となりて、という語りも悪くない。
――この語りが終わったら、最高にカッコいい名乗りとともに登場してやろう。きっと盛り上がるぞ!
そんな密かな企みをよそに語り部が武勇伝を締めくくる。
「――数多の武器と雷の奇跡を用いて魔物を討ち滅ぼすその者の名は誰も知らず。されど、盟友たる王子はその鎧の男をこう呼ぶのです。――褪せ人、と」
「はぁ!?」
大衆がその語りに拍手喝采を送る中、ただ一人タラニアだけが驚愕に言葉を失っていた。
何故そこで、褪せ人が出てくるのか。彼はあそこで雷の奇跡なんて使っていないではないか。彼が墓地でやったことといえば炎をバックに黄金と白銀の剣を構え、光の斬撃にてドラゴンゾンビを一刀のもと切り捨てただけだ。カッコいいとは思う。
だが、雷光の名を取られるのは納得がいかない。ちょっと雷の槍を使い、王子曰く、身体を雷に変じて高速移動できるだけではないか。
そこまで考えて、気づく。
――もしかして褪せ人君は雷光たる僕より雷光してるのか…?
問いたださねばならない。足早に褪せ人の所へ向かう。語り部によってもう一人、可燐な雷光の魔剣士の活躍が語られるが、もはや彼女の耳には入らなかった。
王都を抜け、すぐ近くの森へと向かう。
この時間、褪せ人が王都近くの森で武器の手入れや狩りなどをしているのは知っていた。そして、篝火の前に座っている褪せ人を視界に捉える。
「褪せ人君!今回ばかりは君に――何をやってるんだい?」
一言文句を言おうとして、その光景に思わず戸惑ってしまった。
褪せ人が鍋に水を入れて、何かを茹でているようだった。
タラニアの声を聞き、褪せ人は振り向くと、いつものように簡潔に答えた。
「海老だ」
「えび」
海老を茹でているということだろうか。目の前の男がそんな事をしているのがどうにも意外だった。
「何の用だ」
海老から目を離さず、褪せ人が問いかける。出鼻をくじかれ、いくらか冷静になったタラニアはもはや言い出せない状況だった。そもそも褪せ人は何も悪くはない。
どう誤魔化したものかと考えていると、その華奢な体が空腹を主張するように鳴る。
「………」
そういえば元々食堂に行くつもりだったな、と思い至る。とはいえ今から行ったところで最近繁盛しているあの店で食事ができるかは怪しかった。僅かに気恥ずかしさから頬を紅潮させるタラニアを見て、口を開く。
「座れ」
「…良いのかい?」
促され、鍋を挟んで対面に腰かけた。無言で褪せ人が皿に海老をよそうと、タラニアに手渡す。水でゆでて、塩をまぶしただけのシンプルなもの。それをタラニアは口へと運ぶ。
「…塩辛いね」
「…」
食えないわけではないが、その海老は塩辛かった。
その言葉を聞き、褪せ人もまた、兜を脱ぐと、海老を食べ始める。確かに塩辛い。やはりあの男のようにはいかないものだ。そう褪せ人は思った。
「…どうした?」
「いや、意外とあっさり脱ぐんだな、と思って。褪せ人君の顔を見るのは、初めてだったから」
「その必要が今まで無かっただけだ」
褪せ人にそう言われるまで、自分がまじまじとその顔を見つめていたことに気づき、気恥ずかしさを覚える。
「別に無理に食べる必要はないぞ」
「いやいや!別に不味いわけでは無いし、せっかく貰ったんだ。ありがたく頂戴するよ」
そう言って、再び海老を口へ運ぶ。確かに塩辛いし、あまりに寂しい食事ではあったが、褪せ人と食べる食事はそう悪くない。そう思うタラニアだった。
「ったく、見ちゃいられねぇなぁ、英雄さんよぉ」
翌日、再び茹で海老に挑戦していた褪せ人へと声がかかる。何者かと意識を向ければ、そこに半裸の大男が立っていた。
頭に獣のような生き物の頭蓋骨を被った髭面の男は、狭間の地であれば至ってスタンダードな住人ではあるが、この王国においては間違いなく浮いた格好だろう。
「何者だ」
「山賊頭のモーティマ様よ。まぁ、今は王子の野郎と手を組んで山賊業は休業中だがな。おらっその鍋と海老をよこしやがれ」
ずかずかと歩み寄り、その山賊は褪せ人から鍋をひったくる。そして、鍋を火にかけ、調理を始めた。
――確かに先日、王子が山賊を捕らえたとか言っていたか。
殺しはしていないらしいからと、王国の為に手を組んだと聞いたときは随分と甘い処置だと思ったものだが。
「言っておくが、俺ぁあの野郎に負けたわけじゃねぇぞ。あんなもんはノーカウントだ!ノーカウント!」
そう言いながら、鍋を火から上げ、塩を振り込む。
「王子がお前の事をよく話すもんだから、どんな野郎か見に来てやったら、これだ。見ちゃいられねぇ。良いか、こういうシンプルなもんは塩加減が命なんだ。分かったか?」
おらよ。そう言って皿に盛りつけた海老が手渡される。
口に運び、咀嚼する。程よい塩加減と、丁度良い硬さの海老の身の食感が口の中に広がる。
「…悪くはない」
「へっ!こういう時は素直に美味いって言うもんだろ。素直じゃねぇな」
そう言いながらも、いくらか上機嫌そうにモーティマが笑う。
「お前、いつもこんなもん食ってんのか?昨日は?」
「海老だ」
「…その前は」
「海老だ」
「海老ばっかじゃねぇか!どんだけ好きなんだよ!」
カニだって食べる。
そう反論しようとしたが、モーティマが勢いよく立ち上がる。
「しょうがねぇな。俺が美味い料理ってやつを教えてやる!ついて来やがれ!」
半ば強引な形でモーティマに連れ出される。王都の街道を半裸の大男と全身鎧の大男が練り歩く。人々がその異様な迫力に道を開ける中、二人は堂々と歩みを進める。
やがて、目的の場所についたのだろう。下町にある小さな食堂のようであった。
モーティマは慣れたように中に入っていき、褪せ人もそれについていく。
「いらっしゃい。味はそこそこ。安くて早い。大衆食堂マグリカへようこそ」
「いらっしゃいませぇ~!」
そんな声が聞こえてくる。食事時にはまだ早いが、それでもそれなりの人が利用しているようだった。
「って、モーティマさんじゃん。今日は早いね。何かあったの?」
空いているテーブルに座ると、厨房から、快活に笑いながら少女が出てきた。どうやらモーティマはここの常連らしい。親し気に話しかける少女にモーティマが応える。
「おうよ。ちょっとこいつに料理の何たるかってのを教えてやってくれ」
「何それ。あっでもそこの鎧のお兄さんは知ってるよー。語り部が…なんだったかな。雷鳴のなんたらっていう褪せ人さんでしょ?初めましてー」
そう言うとこちらに笑いかけてくる。
「全然知らねぇじゃねぇか」
「そんなことないよー。だって、この人がいなかったらお母さんのお店燃やされちゃってたかもしれないし。こうして、お店続けられてるのは間違いなくこの人や王子く――じゃなくて王子様達のおかげだって」
「おーい。料理まだかーい?」
「っとと!こうしちゃいられない。まぁ、英雄様が食べるにはちょっと物足りないだろうけどさ、ゆっくりしてってよ。ジュノンちゃーん、後おねがーい!」
そう言ってマグリカは厨房へ戻っていった。
そこに入れ替わるようにして別の少女がテーブルにやってくる。
「はぁーい。ご注文はお決まりですかぁ~?」
猫撫で声で注文を聞く少女。それにモーティマが注文をしていく。
注文を受けた少女がこちらにウィンクすると、厨房へ注文票を持っていった。
褪せ人は何となくその少女を目で追いかける。どうにも、違和感があった。
周囲のテーブルの男たちもまた、その少女を視線で追いかけている。褪せ人のそれとは理由が異なるようだが。どうやら、この娘目当てで来ている者達のようだった。
それにしても、ただの看板娘にしては随分と重心にブレが無いように感じる。どさくさに紛れて少女に触ろうとした男の腕をやんわりと躱しながら次々と料理を運んでいく。隠密の類だろうか、機敏に動いているのにも関わらず足音も小さい。なお、不埒なその男は後程常連客にボコボコにされる運命にあった。
その少女――ジュノンと呼ばれていた看板娘の動きを目で追っていると、目が合った。ジュノンは僅かにその目を細めると、料理を持ってこちらにやってくる。
「ご注文の料理でぇす。…それと、お兄さん。ちょ~っと視線が、いやらしいですよ?」
周囲のテーブルから殺気が集中する。うまく躱されてしまった。とはいえ、不躾に見ていたのもまた、事実だった。この食堂で誰が働いていても己には何の関係もない。そう思い直し、目の前の料理を見る。
野菜炒め、キノコのスープ、そして焼き魚が並べられる。
「おら、食ってみろ!二度とゆでエビだけの生活に戻れなくなるぞ」
言われ、野菜炒めを口に運ぶ。おおよそ狭間の地で経験したことのない味が口に広がり、今までのごちそうという概念が、破壊されていく。
「どうだ?」
「悪くは――いや、美味いな」
「それで良い。ったく、世話の焼ける野郎だぜ」
そう言って、モーティマは褪せ人の背中を叩きながら笑った。
それから、度々モーティマが褪せ人を無理やり連れだしては食事を共にする姿が見られるようになったという。
マグリカちゃんはこの世界線ではお店は焼かれませんでした。
王子も喜ぶことでしょう。