今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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ハルモニア(アイギス)とハルモニア(ナイトレイン)で被ったのでこの小説では基本的に安寧者とだけ記述します。


それぞれの思惑

 立ち上がった安寧者を褪せ人は油断なく見据える。不意の一撃をまともに受けながら、安寧者の立ち姿に揺らぎはない。

 褪せ人が兜の奥の目を細める。単に打たれ強いのか、大槌の聖性との相性が悪いのか。いずれにせよ、判断するには材料が足りていない。

 

「あれが安寧者……」

 

 剣を構えたタラニアが息を呑む。あれが亜神の警戒する外なる侵略者の一人。白き鎧と羽衣は、ともすれば天の御使とも見紛う美しさ。しかし、その足元に広がる血の海が、決して彼女達がそのような穏やかな者ではない事を言葉なく示す。

 

 静かに威圧するその姿は、決して侮れるものではない。だが——

 

「——狂い火の王に比べれば!」

 

 タラニアが地を蹴り、安寧者へと肉薄する。先の天使達を蹂躙する様を見れば、その強さは確かなもの。だが、それは過去に相対した狂い火の王とは比べるべくもない。

 

「ランページソードッ!!」

 

 魔法剣による神速の斬撃。雷の魔力で編まれたそれが、安寧者へと迫る。

 

「……」

 

 飛来する雷の斬撃、安寧者は槍を縦に構える事で受け止めてみせた。雷撃が槍を伝い、安寧者の握る手を焼くが、堪えた様子はない。安寧者はタラニアへと視線を向けると、槍を地面に突き立てた。

 タラニアの足元が、白く輝きを放つ。

 

「ハッ!」

 

 咄嗟にタラニアは横に飛ぶ事でその光から逃れる。一瞬の後、先程までタラニアが立っていた地面から無数の槍が突き立った。何らかの術。判断が遅れれば、今頃串刺しにされていただろう。

 その事に肝を冷やしながらタラニアが顔を上げれば——目の前で槍を振りかぶる安寧者の姿。

 

「なっ!?」

 

 先程の距離からほんの一瞬目を離した隙に、ここまで距離を詰められている事にタラニアは瞠目する。

 容赦なく振り下ろされた槍の一撃を、タラニアは辛うじて魔法剣で受け止めた。甲高い金属音と共に、火花が飛び散る。

 

「ぐっ……!」

 

 タラニアの顔が歪む。長身痩躯の見た目に反して、安寧者の一撃は重い。思わずその場に膝を突き、何とか鍔迫り合いの状況を作る。

 

「ふふふ、そろそろ此方の相手もしてもらおうか」

 

 安寧者へ向けて金光聖菩が上空から光弾を放つ。隙だらけの安寧者に対して、高速で殺到するそれらを躱すのは困難。しかし、光弾が衝突する直前に安寧者はその姿を掻き消した。

 金光聖菩の目の前に、槍を突き立てんと引き戻した安寧者の姿が現れる。

 

「短距離転移か!」

 

 そう叫びながら、放たれる槍の連撃を金光聖菩が大きく退がる事で回避する。槍が目の前に迫る中、金光聖菩は再び光弾を放つ。

 連撃の最中に転移は出来ないらしい。放たれた光弾は、今度こそ安寧者へと衝突し、爆ぜた。

 

「さぁ、これで終わりでは無いだろう!?」

 

 金光聖菩は己の分身を創り出すと、再び光弾を放つ。先よりもさらに数を増した光弾の雨。安寧者はそれらを槍で捌きながら、天使達へと号令をかける。

 洗脳されていた天使達が、金光聖菩へ向けて殺到する。

 

「——させませんよ」

 

 だが、そんな天使達が金光聖菩へと届く事はない。

 殺到する天使達に、フーロンの天雷が降り注いだ。天雷に貫かれた天使達は、その身を痙攣させると、力無く地に落ちる。

 

「礼は言わんぞ?」

 

「要りませんよ、別に」

 

 隣に降り立った金光聖菩に目を向けず、安寧者へと短刀を構える。手駒を失い、光弾をまともに受けた安寧者。しかし、動きが鈍った様子はない。

 再びの短距離転移、フーロンの眼前に転移した安寧者。再び槍を振ろうとして、その動きを止める。弾かれたように顔を向けた先には、眼前に迫る巨大な岩。

 

「……!」

 

 放物線を描き落ちる大岩を安寧者がステップで躱す。大岩は安寧者が先程まで居た地面に地響きを立てて落下。咄嗟に大岩の飛んできた方へ視線を向けると、猛然と接近する褪せ人の姿。

 槍を構え、待ち構える安寧者を視界に収めながら褪せ人は聖印を握る手を地面に突き立てる。そして、思い切り振り抜く動作と共に祈祷が発動させた。顕現するのは獣の爪。大地を引き裂く衝撃波が安寧者を打ち上げた。

 

「やった……!」

 

 フーロンが声を上げる。打ち上げられた安寧者は抵抗なく地面に激突。純粋な物理攻撃の祈祷をまともに受けた安寧者は、そのまま動かなくなった。

 

「倒したのかな……?」

 

 タラニアと金光聖菩が倒れ伏した安寧者を見下ろす。絶命している。傍目から見ても、それは見て取れた。

 

「存外につまらんな、こんなものか」

 

 金光聖菩が鼻を鳴らす。間違いなく強敵ではあった。だが、拍子抜けだったのもまた事実。この程度ならば、通天教主の方が遥かに強かったと言わざるを得なかった。

 安寧者の一人を打ち倒し、タラニアは洗脳されていた天使達に目を向ける。フーロンの天雷に貫かれてはいるが、まだ息はあるだろう。

 

「取り敢えず、洗脳された天使を治療してあげようか。本来は敵だけど、ここで見捨てるのは寝覚めが——」

 

「——まだです!!」

 

 タラニアの言葉を遮るように、天使が声を上げる。彼女達の怯えた目は、未だ安寧者の骸へと向けられていた。

 そんな天使達の反応を、タラニアが訝しむ。

 

「どういう意味だい?」

 

「これで倒れるようなら、とっくに私達でも倒しています。これが……これが真に恐ろしいのは——」

 

 ただ強いだけならば、天使達の物量をもって圧倒出来る。いくら相手が洗脳し、同士討ちを狙おうとも、もとより使い捨ての駒なのが天使達。損害など度外視すれば戦乙女など敵ではない。

 

 ——天上から、安寧者へと光が降り注ぐ。

 

「ッ!?」

 

 タラニア達が思わず飛び退き、武器を構える。何が起きているのか分からない。降り注ぐ光を、ただ見る事しか出来なかった。

 どこか神聖さすら感じさせる光の下、倒れ伏した安寧者がゆっくりと立ち上がる。

 

「そんな、確かに死んで……!?」

 

 フーロンが狼狽する。褪せ人の一撃により、間違いなく安寧者は死んでいた。それは疑いようもない。だが、それまでの傷などまるで無かったかの如く癒され、立ち上がる。

 何事もなく静かに槍を構える安寧者に、褪せ人が呟く。

 

「不死か」

 

「わ、分かりません……あれは、何度倒しても立ち上がってきて……!」

 

 そこまで言うと天使は己の身体を抱きしめ震え出す。主を塗り替え、訪れる筈の死すら書き換える。アンデッドならば、浄化すれば良い。だが、この世界とは異なる理をもって安寧者はそれを成す。

 天上の光は、まるで神が齎した奇跡の如き振る舞い。だが、他ならぬ神の使いである天使達には分かってしまう。それは、より冒涜的なものからの祝福である。

 何もかもが理解の外にある。だからこそ、天使は恐怖した。

 再起した安寧者を前に、褪せ人は武器を構え直す。

 

「……やる事は変わらん」

 

 不死を前に、褪せ人の姿は揺るがない。死なない相手は経験があった。何らかの仕掛けがあるのか、単純に殺す回数が足りていないのか。

 褪せ人の経験則は、後者であると訴えていた。

 

「ふふふ……そうだな、それでこそだ。死なぬなら、死ぬまで殺すまでのこと」

 

 褪せ人の答えが好みだったのだろう。笑みを深めた金光聖菩が錫杖を構える。何より、態々魔界まで来たというのにこの程度で終わってはつまらない。

 

 立ち上がった安寧者の姿が変わっていた。白かった羽衣は薄紅色に輝き、大きく横にたなびいている。立ち昇る聖性がより輝きを増し、先程よりさらに強烈な圧を放つ。

 ここからが本番だと、そう言わんばかりに此方を見下ろす安寧者。

 しかし、戦いが再び起きる事は無かった。何かを見つけたように、安寧者が別の方向へと顔を向ける。

 

「……?」

 

 安寧者の突然の不自然な行動に訝しむ一行。ほんの僅かな硬直の後、安寧者が光に包まれると、その姿を完全に消した。

 しばらく警戒するも、完全に気配が消えた事が分かると褪せ人達は武器を下ろす。

 

「消えた……?」

 

「何かを見つけたように見えましたが……」

 

 イリスが呟く。あの一連の行動は何か、ここよりも優先すべきものを見つけたように感じたのだ。

 予想だにしなかった戦いの終わりに、一行の緊張が漸く緩む。

 

「あんなのが七人居るのか……」

 

「心が躍るではないか、そうだろう?」

 

「いやぁ、僕はそういうのは良いかな……」

 

 同意を求める金光聖菩の言葉を、やんわりとタラニアが否定する。正義の味方としてカッコよく決めるのは好きだが、その辺りの価値観は傭兵として割とシビアなのがタラニアであった。

 

「何故私達を助けたのですか」

 

 イリスが治療を施す中、天使が疑問を口にする。天使は、彼らにとって敵である事は間違いなかった。その気であれば、安寧者が自分達を殺し尽くした後に出てきても問題はなかったはずなのだ。

 そんな天使達の疑問に、褪せ人は言葉少なに返す。

 

「成り行きだ」

 

「成り行き……ですか」

 

 何故と問われれば、成り行きという他ない。このような経験は数え切れない程にあった。成り行きで助けた者に、結局不意を打たれて殺されかけた事もある。

 そんな褪せ人の答えに納得のいかない表情の天使だったが、やがて口を開いた。

 

「……次に会った時、私達は神の名の下に貴方達を浄化するでしょう」

 

「……」

 

 そんな天使達の言葉に、褪せ人は何も言わなかった。

 未だ傷が癒え切らぬ中、天使達はよろよろと飛び去っていく。一度態勢を立て直すのだろう。次に会えば敵同士、だが、それで良かった。戦場など、所詮そんなものである。刃を向けられれば、褪せ人は躊躇いなく殺すだろう。

 

「行くぞ」

 

 飛び去る天使達から背を向け、褪せ人は再び東に向かって歩き始める。その後は特に襲撃される事もなく、森を抜けるのにそれ程時間は掛からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 森を抜け、しばらく東に向かえばヤハールの言うように古い砦の拠点へと辿り着く。最初こそ警備のデーモンに警戒されるも、タラニアの説明もありすぐに中に通された。余程過酷な戦場が続いているのだろう。疲弊したダークエルフやデーモン、怪我をしたオーク達の間を抜けていく。

 

「……まさか、こんなに早く来てくれるとは思いませんでした」

 

 机の上に地図を広げ、何やら考え事をしていたアスバールが顔を上げる。隠し切れない疲労が、その表情に滲み出ていた。

 

「今は私達四人だけです。王国はもう少し時間がかかるかと……」

 

「それでも、心強い味方が来てくれたのには間違いありません。ヤハールは、ちゃんと役目を果たしてくれたのですね」

 

 イリスの言葉に、アスバールが心なしか安心したように息を吐く。己の従者を一人向かわせた事がずっと気がかりだったのだろう。

 そんなアスバールに、褪せ人が問い掛ける。

 

「状況は」

 

「少し……いえ、かなり苦しい状況です。安寧者たちが戦場をかき乱す中、ディアスの手勢が魔王城の封印を解き始めています。ロタンに封印を強化するよう各地を回らせていますが……」

 

「手が足りていない」

 

「はい、残念ながら……」

 

 魔王城の封印を解こうとする天界の軍勢との戦い、魔王城の封印の強化。それだけでも手一杯の中、現れる安寧者たち。状況は苦しいと言わざるを得なかった。

 

「他の者達は」

 

「ハルモニアとエスネアはロタンに同行しています。ラピスが将として私の護衛を、ダークエルフとオーク達は各地で天使達の進軍に対処しています」

 

 まさに魔界の戦力を総動員した総力戦である。救いなのは、ディアスが用兵に力を入れていない事だろう。この大攻勢を魔王城の封印を解く為の目眩しとしてしか考えていない。もし、ディアスが本気で魔界を獲るつもりなら、今よりも状況は逼迫していたに違いない。

 

「正直に言うと、時間はそれ程残されていません。封印は着実に破壊されており、魔王城周辺は既に天使の軍勢が展開されています。私達は、魔王城を正面突破してディアスのもとへ向かわなければならないでしょう」

 

 今はまだ、ロタンの時間稼ぎのおかげで何とか保ってはいる。だが、それも時間の問題であった。

 

「安寧者と天使達を倒し、その上で亜神と戦う……ふふ、悪くないな」

 

 金光聖菩が笑みを深める。言葉にしてみれば、それがどれだけ厳しいのかよく分かる。だが、それしか方法がないのが現状でもあった。

 

「準備が整い次第、魔王城へ出発します。本来は、王国の援軍を待つのが理想だったのですが、それもままなりません」

 

 魔界の戦力をぶつけた上での少数精鋭による正面突破。相手の目的が魔王城にある以上、そこを迅速に阻止さえすれば、最も損耗が少ない。アスバールはそう考えたのであった。

 

「恐らく、安寧者たちも現れるでしょう。貴方達には、最も辛い役割を押し付ける事になると思いますが……」

 

「無論、それでいい」

 

 そう言って褪せ人を見るアスバールに、頷きをもって了承する。最初からそのつもりだった。あの外なる侵略者は、己が相手しなければならない。

 

「ところで……アブグルントは?」

 

 おおよその方針が固まったところでフーロンが問う。アブグルントが居ないのだ。褪せ人が来たというのに、あの悪魔がこの場に顔を出さない事に違和感があった。アスバールの口から彼女の名前も出てこない。

 そんなフーロンの問いに、アスバールが顔を伏せた。

 

「彼女は……少し前の戦いで安寧者の攻撃を受けてしまい……」

 

「そんな……!」

 

「別室に居ます……会われますか?」

 

 アスバールに言われ、褪せ人は別室へと向かう。石造りの廊下を歩く中、背後のタラニア達は重苦しい沈黙に包まれる。

 アブグルントに限ってそのような事はないと、心のどこかで思ってしまっていた。戦場とはそういうもの。分かっていても、近しいものがそうなってしまうのはどうしても辛いものがある。

 誰も言葉を発しない中、木製の扉へ辿り着くと、ゆっくりと開かれる。

 

「あら……来てくれたのね」

 

 扉を開いた褪せ人達が目にしたのは、変わり果てた彼女——童女のように縮んだアブグルントの姿であった。

 

「……ん?」

 

 フーロンが思わず首を傾げる。アブグルントに会いに来たのではなかったか、目の前に居るよく似た童女は一体何者か。

 

「変な事を言うのね。私がアブグルントよ」

 

「……妹さん?」

 

「いいえ? 本人よ」

 

 自分こそがアブグルント本人である。そう言われ、ますます混乱する。安寧者の攻撃を受け、瀕死の重傷を負ったのではなかったのか。

 

「事実よ。私は瀕死の重傷を負って、生死の狭間を彷徨った」

 

「それが、一体どういう……」

 

「私達デーモンの肉体は所詮、魔力によって構成された仮初の器。肉体を縮める事で再構成、代謝を抑えて魔力の回復を図っているの」

 

 いわば省エネモード。魔力の消耗を抑え、回復に力を注ぐ。その為の姿がこれである。

 アブグルントの説明にフーロン達は大きく溜息をついて肩を落とした。そんなフーロン達の様子に、アブグルントが小首を傾げる。

 

「どうかしたのかしら?」

 

「いえ、まぁ……無事で良かったですよ。本当に」

 

 無事だったのは心の底から良かったと思ってはいる。重傷なのも間違いないだろう。それはそれとして、目の前の光景には力が抜けてしまったのも事実であった。

 アブグルントは褪せ人へと視線を移すと、慣れ親しんだ薄い笑みと共に問い掛ける。

 

「これから作戦会議?」

 

「そうだ」

 

「私も行くわ」

 

 そう言うと、アブグルントは褪せ人の前で両手を広げる。意図が読めず、訝しげに見つめる褪せ人に、いつもの薄い笑みを浮かべたアブグルントが口を開く。

 

「こう見えて本当に弱ってるのよ。抱っこしてくださる?」

 

「……」

 

 褪せ人が無言でアブグルントを小脇に抱える。明らかに女に対する扱いではないが、アブグルントは嬉しそうに揺られるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ——魔界深層

 数多の戦場が繰り広げられる中、人知れず動く者達が居た。

 

「ガード様、ここの魔王城の封印の破壊に成功しました」

 

「ご苦労、では次に行くとしよう」

 

 天使の報告に、ガードが頷く。

 魔王ガリウス亡き今、かつての魔王親衛隊にして側近であった彼は今、亜神ディアスの配下として魔王城の封印の破壊に赴いていた。

 

「竜姫も面倒な事をする。封印の継続で時間稼ぎなどと」

 

 思い浮かべるのは魔界総帥の従者、原初の竜姫。彼女が各地の封印を補強して回っているのが余計な時間を掛ける事となっていた。今、この魔界で時間を掛けるということは、安寧者たちの遭遇のリスクがそれだけ高まるということである。

 魔界の住民達と同様に、天界の軍勢も安寧者たちに悩まされていた。

 

「——ガード様」

 

 次なる封印の場所に向かうべく、次元の門を開こうとしていたガードに、配下の天使が現れる。

 

「魔王城周辺に、安寧者たちが集結しております」

 

「……何だと?」

 

 上げられた報告は、ガードにとっても不可解なものであった。あらゆる戦場に現れては自分達以外を鏖殺する戦乙女。その行動の先に目的は無く、ただ戦場を失くす事こそが彼女達の行動原理であったはず。

 それが、魔王城の封印が解けつつある今、明確な意思をもって魔王城へと集まっているというのだ。

 

「何故だ。魔王城の封印が解けるのは奴等にとって都合が悪いのか……?」

 

 ガードは思考する。混沌振り撒く侵略者が、初めてその思惑を垣間見せた。

 亜神ディアスの行う儀式があれらにとって都合が悪いのか。そう考えるが、それは違うだろうと己の思考を否定する。

 外なる侵略者である彼女達は、ディアスが何を行うつもりなのか知る由もない。未だ儀式の準備すら執り行われていない以上、儀式の阻止であれらが動くのは無理筋である。

 

「ならば……魔王城そのものか?」

 

 魔王城。あれは魔王ガリウスと神の楔によって生み出された魔王の力そのものである。その多大なる魔力こそが、ディアスが儀式に求める条件であり、こうして魔界に天使達を送り込む最大の理由である。

 ならば、安寧者は魔力が目的なのかと考えれば、それもまた否だろう。ガード達もまた、安寧者の襲撃を受けている。戦いを通して、この世界の異端である戦乙女達が、その力の根源に魔力を必要としていないのは確認済である。そもそも、魔力が目的ならば戦場で暴れ回るよりも封印の破壊を優先すれば良い。此方を攻撃する理由など無いはずだ。

 

「儀式の阻止も、魔王城の魔力も目的ではない……」

 

 無論、安寧者という存在がまるで理解の外にあるが故に、その二つの可能性を捨てるべきではない。だが、それでもガードは安寧者の目的がそこにないのだと半ば確信していた。

 

 ならば、今の魔王城には何が遺されているのか。

 魔王ガリウスは、他ならぬ英雄達によって魔王城でその魂を砕かれた。千年戦争にて、数多の屍を築き上げ、その魂を喰らい尽くした神は己の居城で死を迎えたのだ。千年間の因縁、その全てを断ち切って英雄譚は一つの完成に至った。その事に、誰も疑問を挟む余地は無いだろう。

 

 だが、一つの疑問が残る。果たして英雄達の活躍は、千年戦争におけるありとあらゆる無念を完全に浄化するに至ったのだろうか? 

 答えは否だ。魔王ガリウスは堕ちたとはいえ真なる神の一柱。神とは、必ずしも善き信仰のみを向けられるものに非ず。

 悔恨、恐怖、絶望、怒り。ガリウスという破滅の象徴に向けられた感情は、千年間の戦いで決して絶える事は無かった。魔界、物質界、或いは天界に生きる者達ですら、例外ではない。

 今更魔王が死んだだけで、清算出来るものでは無いのだ。晴らせなかった怨嗟の残滓は、今も潰えず、染み出し、淀みを作り続ける。魔王城は、そんな戦いの絶望の残滓が降り積もる、塵芥場であった。

 

「行き場を失くした怨嗟は積もり、淀み、一塊に混ざり合う……」

 

「ガード様……?」

 

 配下の天使が訝しむ声に、ガードは自身が長い思考に沈んでいた事に気が付いた。

 

「少し、思考が逸れたな。いずれにせよ、やる事は変わらない」

 

 ガードは気を取り直すと次元の門を開く。内心で自省する。我ながら少し、思考が飛躍し過ぎていた。安寧者が魔王城の封印の先を目的にしていようとも関係はない。いずれにせよあれらは世界の敵であり、戦いは避けられないのだから。

 

「仮に、私の考えが正しいのならば——それはそれで都合が良い」

 

 恐らくディアスは気が付いていないだろう。あの亜神はあらゆるものを塵芥であると断ずるが、積もりに積もったそれらは、決して無視できるものでは無いのだから。

 

 ガードが次元の門を潜る。己の思惑を胸に秘め、封印の破壊を目指すのであった。

 

 かくしてそれぞれの思惑は魔王城で交差する。天使も、悪魔も、神でさえも、その先に待ち受けるのが何であるかなど、誰にも分からぬままに。




何か色々書きましたが、魔王城(つくもがみ)に怒られるなこれ…。
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