今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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喋らない同士の戦いって凄く大変


安寧の遺志

 魔界深層、魔王城近郊。

 魔王ガリウスの死によって主を失った魔王城はアスバール達の手によって深層の奥深くに封印されていた。

 そんな魔王城へ向けて、褪せ人達は進軍を続ける。

 

「もう回復してるのではないのですか? いつまで彼にくっついてるんです?」

 

「念の為よ。これから大事な戦いなのだから万全を期すのは当然よね?」

 

 アスバールの問いに、アブグルントが褪せ人に抱えられたまま答える。童女の姿で相変わらずの薄い笑みを貼り付けたその表情には僅かな優越を滲ませていた。

 そんなアブグルントの言葉に、アスバールが小さく呟く。

 

「……確か、確か城館の宝物庫に小さくなれる魔道具が転がっていたはず」

 

「疲れてるんだよ、アスバール様……」

 

 悔しげに呟かれた言葉にタラニアが呆れた様子で返す。戦を前に、仮眠を取らせたつもりだったがまだ疲れているようだ。長く戦い続きで思考が妙な方向に行っていた。

 ブツブツと呟くアスバールから視線を外し、タラニアはアブグルントを見遣る。

 

「一応確認だけど、大丈夫なんだよね?」

 

「いざという時はちゃんと戻るから安心していいわよ」

 

 タラニアの問いに、アブグルントが答える。

 当然のように付いてきたのはありがたいが、それでも想定される相手が相手である。本調子ではない怪我人を庇っての戦いは避けたかった。

 

「既にハルモニア、ドロテア率いる魔界の連合軍と天界軍が睨み合いの状況です。私達の役割は迂回して魔王城へと直接乗り込み、ディアスが儀式を始める前に再封印を試みる事です」

 

「時間を稼いで、王国軍との合流を図るのだな」

 

 金光聖菩の言葉に、アスバールが頷く。

 陽動役のハルモニア達にもその旨は伝えられている。ここで援軍を待たずに正面衝突すれば被害が甚大になるのは目に見えていた。

 

「此方は兵士の戦後も考えなくてはならないのに、向こうは使い捨ての駒だものね」

 

 アブグルントが口を開く。使い捨ての天使達との戦いで、魔界の民達がこれ以上疲弊するのは割に合わないのだ。

 

「だからこその、私達だろう」

 

「……少数精鋭での一点突破。これが私達にとっての最善になります」

 

 褪せ人の言葉に、アスバールが頷く。

 ディアスの用兵はお世辞にも褒められたものではない。恐らく、此方を舐めているか、或いは興味がないのだろう。ただ単純に、物量に物を言わせば押し流される。その程度にしか考えていない。

 その圧倒的な規模に比して将らしき者は少なく、故に大雑把な指示しか出せない。付け入る隙があるとすれば、そこであった。

 

「ふふ、楽しくなりそうだ」

 

 金光聖菩がここから先の戦いに思いを馳せ、笑みを浮かべる。魔界に乗り込んだのは正解だった。外なる神、さらに天空の亜神とまで戦う機会を得られるとは。

 くつくつと笑う金光聖菩から視線を外し、アスバールは一行を見渡す。

 

「安寧者達の事もあります。急ぎましょう」

 

 アスバールの言葉に一行は頷くと、彼方に見える魔王城へ向けて進むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 魔王城外縁、かつての戦場の跡が残るそこを、褪せ人達が進む。

 魔王城周辺の見取り図からあらかじめ守備が少ないであろうルートを選んだだけあり、僅かな哨兵が居るばかり。その程度の相手は、今ここにいる者達の敵ではなかった。

 イリスが周囲を注意深く見回しながら口を開く。

 

「順調……ですね」

 

「ええ、ですが気を抜いてはいけません。儀式を始めるのならば、間違いなくここからが——」

 

「——その通りだ。全く、面倒をかけさせてくれる」

 

 アスバールの言葉を遮るようにして、何者かの声が響き渡る。

 警戒する一行を前に、天界兵を引き連れて現れたのは覆面とローブで全身を覆い隠した魔導士。

 

「ガード……元魔王親衛隊筆頭が、今やディアスの小間使いかい?」

 

 タラニアはその姿に記憶があった。世界樹にて、異界召喚士と共に現れ、英傑アトナテスを精神支配し差し向けた謎めいた存在。

 

「魔王城の封印は解かれた。お前達に、この城を再封印させるわけにはいかない」

 

 向けられた敵意に動じる事もなくガードが腕を振り上げる。その合図を受け、天界兵達は褪せ人一行を囲むようにして広がっていく。

 じりじりと包囲を狭めていく天界兵を前に、一行が武器を構える。

 しかし、そんな中でアスバールはガードに向けてふと疑問を投げ掛けた。

 

「『ディアスの儀式を阻止させない』ではなく、『魔王城の再封印はさせない』ですか……」

 

 その言葉に、ガードはほんの僅かに動揺を示した。しかし、それをすぐに消し去ると、アスバールへと視線を向ける。

 

「……何が言いたい?」

 

 訝しむようなガードの声。しかし、アスバールは不敵な笑みを浮かべてガードを見つめた。

 

「いえ、貴方にとってはディアスの儀式よりもこの場所が封印される方が都合が悪い……そう言っているように聞こえたので」

 

「ふん、同じ事だろう。つまらない時間稼ぎはやめろ」

 

 まるで確信を得たかのようなアスバールを、ガードは嘲笑と共に一蹴しようとする。

 

「そうでしょうか? わざわざこんな外れに貴方自身が出向いたのは使える兵が限られているからではありませんか?」

 

 アスバールの見立てでは、ガード自身はともかく、周囲を包囲する天界兵の数は此方を相手にするのであればいささか少ない。それは恐らく、ガード自身も理解しているだろう。

 此方の動きを察したのであれば、ディアスに報告し、兵を借り受ければ良い。それをしなかったのは、ディアスに情報を与えたくなかったのではないか。

 

「これは推測ですが……私達を見つけたのは偶然。貴方はディアスや私達が知らない何かを探して、こんな魔王城の外れに居た……というのはどうでしょう?」

 

 アスバールの推測に、ガードは殊更に笑い声を上げてみせた

 

「くくく……魔界総帥は妄言が得意と見える」

 

 その嘲笑も仕方ない。ただ状況証拠だけ、どこまでも彼女の妄想でしかないからだ。たとえそれが事実であったとしても、それを裏付ける証拠などありはしない。故に、ガードはこうして余裕を崩さずにいられる。

 

「まぁ、外れていても構わないのですがね」

 

 だが、それはアスバールにとってもどうでも良い事であった。アスバールは浮かべていた得意げな笑みを消すと、再びガードに向けて冷たい視線を向ける。それは、最早演技をする必要もない事を示していた。

 

「謀を巡らせる事は出来ても、腹芸は私の方が上手いみたいですね」

 

「何を——」

 

 アスバールに言われ、ガードは言葉を返そうとして、その動きを硬直させる。

 

 ——あの男はどこへ行った? 

 

 アスバールの後ろに控えていたはずの異界の戦士の姿がない。あの男はアスバールと並んで最も警戒しなければいけない存在。物音を立てれば間違いなく気付くはず。

 周囲の兵士達も気付いていない。ならば、一体何処へ——

 

「——ッ!?」

 

 不意に首筋に迫る冷たい殺意に、ガードは弾かれたように振り向いた。

 ガードが視界に捉えたのは、長大な剣を振りかぶる褪せ人の姿。音もなく、気配も感じさせる事なく自身の背後に立つそれに、ガードは初めて恐怖を抱いた。

 螺旋を描き、絡み合う二本の刃が特徴的な異形の剣に、黒い炎が纏わりつく。ガードは悟る。あれはまともに受けてはならないものだと。

 その直感は正しい。それは神狩りの黒炎、封印された運命の死、その残滓であるが故に。

 

「ぐっ……おおおおお!!」

 

 一切の慈悲なく振り下ろされた特大剣の一撃を、ガードは咄嗟に防壁の魔法陣を展開して受け止める。

 その一撃は重く、万全のガードであっても漸く受け止め切れるかといったもの。それを不意打ちで放たれたのだ。

 覆面の下、ガードの顔が苦痛で歪む。だが、それだけでは終わらない。

 

「何だ、これは!?」

 

 刀身を覆った黒炎は魔法陣へと燃え移り、やがてそれはガード自身へと燃え広がる。

 一度受け止められたからと言って手を止める褪せ人ではない。神狩りの剣を二度三度と振り下ろす。そこに一切の容赦はない。言葉一つ発する事なく行われるそれは、ただただ純粋に殺意に満ちていた。

 重い一撃を繰り返し叩きつけられるガードに逃れる術はない。天界兵達も、撒き散らされる黒炎を前に迂闊に近付くことが出来ない有様であった。

 

「今日は一段と素敵ね」

 

「……君が素敵っていう時は大体皆にとって怖い時だね」

 

 アブグルントの呑気な言葉に、タラニアが呆れたような目を向ける。

 実際、殺すと決めた相手に対してひたすらに無言になるのはいつもの事だが、今回は輪をかけて容赦がない。

 恐らく、安寧者の存在が理由だろう。褪せ人も、安寧者も、理由は分からないが明確に互いを敵視していたようにタラニアは感じていた。

 討つべき敵を前にして、余計な前座は不要だと、褪せ人は言葉なくそう言っていた。

 

「くっ、これ以上好きにさせるものか!!」

 

 褪せ人が振るう特大剣を渾身の魔力を魔法陣に込めて弾き飛ばす。その衝撃波は褪せ人を吹き飛ばし、その距離を大きく空ける。

 

「はぁ……はぁ……クソッ! よくも……!」

 

 ガードの身に纏う外套が黒煙によって焼け落ちる。ガードの姿が歪み、徐々に形を変えていく。

 

「幻影ですか、貴方は一体……」

 

「ッ!? まだここで姿を晒す訳には……!」

 

 崩れ落ちる覆面を片手で覆い隠しながら、もう片方の手で次元の扉を開く。

 隠し切れない焦燥を露わに、ガードであったものは憎々しげに褪せ人を睨みつける。

 

「やはり、侮れるものではないか……だけど、だからこそ!!」

 

 次元の扉に奥へ消えながらガードが叫ぶ。覆い隠した指の隙間から赤と金の瞳を覗かせながら。

 

「せいぜい殺しあうといい! もし、お前達が生き残るというのであれば……!」

 

 最後まで言葉が紡がれる事はなく、次元の扉が閉じられる。残された天界兵が、剣を引き抜き、褪せ人達へと迫り来る。

 小刀を抜きながら、フーロンが肩を竦める。

 

「捨て台詞吐くだけ吐いて居なくなりましたね」

 

「ふん、前座に用はない。それより——」

 

 錫杖を握り、気を練り上げながら、金光聖菩は険しい目で前を見据える。

 

「——本命が来たぞ」

 

 ——天界兵の頭上に、桜色の光が降り注ぐ。

 

 異変に気付き、兵士達は天を見上げ、その正体を探るも、最早全てが遅い。

 光が爆ぜる。桜色の光は天界兵達を飲み込み、その肉体を消し飛ばす。

 

 現れたのは、七人の戦乙女。

 

「安寧者……!」

 

「それも七人揃い踏みとはね……」

 

 全員に緊張が走る。神出鬼没の裁定者。可能性としては、ハルモニア達陽動側に来る可能性の方が高いと踏んでいた。だが、褪せ人の存在故か、或いは魔王城がそうさせたのか、安寧者達が現れたのは此方だった。

 

「想定された中で最悪の展開です」

 

 アスバールが険しい表情を浮かべる。ディアスの儀式を阻止するという目的の中で、最も最悪の想定が安寧者の乱入である。せめて、ディアスとの戦いで乱入してくれれば良かったのだが、こうなると本来の目的を果たすのは限りなく絶望的だった。

 

「だが、想定外ではない」

 

 褪せ人が神狩りの剣を持たないもう片方の手に新たな剣を握る。それは、黒い岩を切り出したような歪な特大剣。これもまた、尋常なものではない。それぞれの特大剣はいずれもかつて運命の死を宿したもの。知る者が見れば、今の褪せ人がどれ程に本気なのか伺えただろう。

 

「……皆さん、手筈通りに動いてください。イリスさんは絶対に褪せ人の側を離れないように」

 

「は、はい!」

 

 アスバールの言葉に、イリスが答える。短距離転移で癒し手である彼女が狙われればなす術はない。

 

 桜色の羽衣を纏った安寧者と、それに付き従う6人の安寧者。悠然と歩みを進めるそれが、遂に動き出す。

 安寧者の筆頭が片手を振り上げる。その号令と共に、安寧者達が一斉に飛び去った。

 

「来ます!」

 

 全員が弾かれたように走る。縦横無尽に飛び回る安寧者は、自らの武器を構え、それぞれに突進を開始する。

 

「……!」

 

 高速で向かってくる安寧者を、褪せ人がステップで躱す。先程まで褪せ人の居た場所の大地が裂け、一瞬遅れて爆ぜた。そして、息をつかせぬまま次の安寧者が迫る。

 

「仕方あるまい」

 

「えっ、きゃあ!?」

 

 狙われているのが自身であると悟った褪せ人がイリスを抱えると、乱暴に投げ飛ばす。投げ飛ばされたイリスはフーロンに受け止められると、意図を察したフーロンによって抱えられ、そのまま褪せ人から距離を取った。

 

 次々と迫る安寧者達を褪せ人が躱していく。直線上に突進するそれは、避ける事自体は難しくない。だが、筆頭の指示によって死角を狙ってくるそれは、気を抜けば間違いなく褪せ人を砕くだろう。

 

 やがて、筆頭の周囲に安寧者が集結する。槍を掲げ、天に祈りを捧げるそれを見て、褪せ人は二つの特大剣を地面に突き立てた。

 

 祈りによって降り注ぐのは、巨大な槍の雨。それらは大地に突き立つと、強烈な爆発を繰り返し、褪せ人を飲み込んだ。

 

「褪せ人様!!」

 

 遠く離れた場所でイリスが叫ぶ。おおよそ、まともな人間が受けて無事な一撃ではなかった。祈りの雨は、見る者に死を予感させるに相応しいものであった。

 

 爆発が晴れ、褪せ人は突き立てた特大剣を再び担ぎ直す。辛うじて凌ぎ切ったが、決して無事ではない。鎧はあちこちが傷付き、爆炎は褪せ人の肉を焼いた。防ぎ切れなかった槍の破片によって、肩口は僅かに肉が抉れている。

 それら損傷を確認し、褪せ人は軽微であると結論を下す。戦いに影響が出る程のものではない。

 

 褪せ人の視界の中、安寧者が動き出す。それぞれの武器を構え、短距離転移を繰り返して褪せ人へと接近する。

 

「これ以上好きにはさせませんよ!」

 

 褪せ人へと殺到する七体に向け、アスバールがタクトを振るう。練り上げられた魔力は雨となり、安寧者へと降り注ぐ。

 爆ぜる雨に、安寧者たちは防ぎ、或いは回避を試みる。一塊にまとまっていた安寧者達が散り散りになったのを見て、アスバールが叫ぶ。

 

「これ以上相手に連携させるのは危険です! 各個撃破を!」

 

 アスバールの指示を受け、それぞれが安寧者へと散開する。褪せ人もまた、筆頭の安寧者へと武器を構えると、疾走する。

 振るうのは特大剣二刀。目の前で構えを取る安寧者に対し跳躍すると、渾身の一撃を叩き付ける。

 

「……!」

 

 安寧者が己の武器を構え、受け止める。やはり筆頭格だけあり、その力は先に戦った時よりも遥かに強靭らしい。しかし、褪せ人もさる者。叩き付けた大剣を徐々に押し込めていく。

 鍔迫り合いの様相。だが状況は圧倒的に褪せ人が有利だった。それぞれの刀身から、死の残滓と黒炎が漏れ出し、安寧者へとまとわりつく。

 

「……!?」

 

 その身を蝕む死を感じ、褪せ人の剣の異常性を察したのだろう。安寧者の姿が消え、鍔迫り合いは解かれる。

 短距離転移によって距離を取った安寧者。瞳の見えないその相貌から、紛れもない敵意が叩き付けられる。

 

 再び両者の距離が近付く。槌の一撃を受け止め、切り返しに特大剣を振るう。一対一の戦いでは、褪せ人に一日の長があった。

 

「……!」

 

 安寧者が構えを取る。黄金の武具に、桜色の光が満ちる。安寧者の反撃の気配に、褪せ人は特大剣を構える。

 安寧者は一足飛びに跳躍。褪せ人に向け、自身の握る槌を叩き付ける。

 

「ちっ……!」

 

 受けるには危険。褪せ人は瞬時にそう判断すると、ローリングを駆使して距離を取る。槌が地面に叩き付けられ、込められた光が爆ぜる。そしてすぐさま振り上げると、再び褪せ人に向けて叩き付ける。

 二度三度と爆ぜるそれを、褪せ人が距離を取って躱していく。その痩躯に反して、一撃が重い。地面を容易く抉る一撃は、まともに受ければただでは済まないだろう。

 安寧者が殊更に大きく武器を振り上げると、叩き付ける。光が柱のように立ち昇ると、広範囲を爆発で抉り取る。

 

「……!」

 

 光が収まった後、深々と大地に突き立った槌を見て、褪せ人が肉薄する。握る黒き剣に死を纏わせ、隙だらけの胴に運命の死を与えんと剣を構える。

 

 だが、それが安寧者の狙いだったのだろう。突き立った槌に、再び桜色の光が灯る。そして、迫る褪せ人に合わせるようにして渾身の力で槌を引き抜いた。

 地面を抉りながら、再び爆ぜる光。武器を構えた褪せ人に、防ぐ手立てはありはしない。

 

「ガッ……!?」

 

 光をまともに受け、吹き飛ばされる褪せ人。致命的な隙を晒したそれを、安寧者は見逃しはしない。

 ふわりと、まるで重力を感じさせない様子で飛び上がる安寧者。優美ささえ感じさせるそれは、相対する者にとっては死の凶兆である。

 振り上げた黄金の槌。それを褪せ人へと叩き付ける。しかし、それは褪せ人を守るようにして張られた光の壁に遮られる。

 

「この人をこれ以上やらせはしません……!」

 

 杖を握り、イリスが安寧者へと相対する。聖女の結界が褪せ人を守り、その傷を癒していく。

 安寧者が動きを止める。しかし、すぐさま槌を振り上げると、再び光の壁に叩き付けた。強固な聖女の壁だが、決して無敵ではない。幾度も叩き付けられたそれは、徐々に罅が入り、破片が光となって消えていく。

 

「くぅ……!」

 

 イリスの顔が苦痛で歪む。尋常な威力ではない。それでも耐え続けているのはひとえにイリスの力が優れているからであった。

 

「もう、良い」

 

「褪せ人様!」

 

 立ち上がった褪せ人がイリスへと告げる。鎧はひしゃげているが、身体は癒され、回復している。容赦なく振るわれる一撃を前に、安寧者へと視線を外さずに褪せ人は再び告げる。

 

「結界を解け」

 

「は、はい!」

 

 褪せ人の言葉に、イリスが結界を解く。

 振り下ろされる安寧者の槌は、遮られるものを失くし、褪せ人へと迫る。褪せ人は迫る一撃を避ける事なく、冷静に見据える。

 無抵抗に一撃を受けようとしている褪せ人に、イリスが叫ぶ。

 

「褪せ——」

 

 だが、その一撃が褪せ人へと叩き付けられる事はない。褪せ人の左手に握られているのは特大剣ではなかった。握られるのは——小さな円形の金属盾。おおよそ安寧者の一撃を受け止めるには心許ないそれは、しかし褪せ人にとってこれ以上ない最適解。

 迫る槌の一撃、それに合わせるようにして左手を振るう。正面から受け止めるのではなく、逸らす。相手の力を受け流し、その体勢を崩す。

 

「……!?」

 

 槌を弾かれ、安寧者の体勢が大きく崩れる。すかさず褪せ人は隙だらけの安寧者の懐に潜り込むと、その腹部に向けて黒き剣を突き立てた。

 

「ヒュッ……」

 

 安寧者の口から空気が抜けるようなか細い声が漏れる。握り締めていた槌を取り落とす。安寧者の口から吐き出される血を浴びながら、褪せ人は一層深く安寧者へと剣を突き入れる。そして、運命の死、その残滓を解放した。

 

 不死の戦乙女が褪せ人にもたれ掛かるように崩れ落ちる。褪せ人が黒き剣を引き抜くと、支えを失った安寧者は倒れ、そのまま動かなくなった。

 

「やったんでしょうか……?」

 

「どうだろうな」

 

 少なくとも、倒れ伏した安寧者は動く様子は無い。褪せ人は次の相手を見据える。視界の中で、アスバール達が安寧者達を相手に渡り合っている姿が見えた。

 

「次へ行く」

 

「はい……!」

 

 イリスを伴い、他の者達への救援に向かう。数を減らした安寧者と一行の天秤は少しずつ傾いていった。

 一人、また一人と安寧者が倒れていく。運命の死の影響か、或いはそれ以外の理由か。安寧者達が動き出す事はない。

 

「何とか……なったみたいですね」

 

 アスバールが額の汗を拭いながら呟く。魔界を混乱の渦に叩き込んだ安寧者。その力はどこまでも恐ろしいものであったが、漸くここに討ち倒す事が出来た。

 

「彼女達は……一体何だったんだろうね」

 

 安寧者の亡骸を見下ろし、タラニアが呟く。終ぞ、彼女達の目的が分かる事は無かった。彼女達は、或いは本当に争いを無くそうとしていたのだろうか。

 

「さぁ? いずれにせよ、もう分かる事はないわ」

 

 アブグルントが冷たくそう言い放つ。どのような目的であれ、少なくともこの世界の者達にとって良い結果になる事は無かっただろう。

 

「予想以上に消耗しましたが、本番はこれからです」

 

「回復が必要な方は遠慮なく言ってくださいね」

 

 アスバール達が魔王城を見据える。ここからディアスの下まで急がなければならない。

 僅かに痛む身体を押して、褪せ人達は魔王城へと一歩踏み出し——

 

「——あぁ」

 

 ——背後から聞こえる呻き声にその足を止めた。

 

 振り向いた先、視界に映ったのはよろよろと身を起こす安寧者の姿。

 

「何だと……? 此奴ら、まだ動くと……」

 

 ここに来て金光聖菩が狼狽した様子を見せる。あれらは確かに死んでいた。褪せ人の推測通り、殺し切った筈だった。

 

 起き上がった安寧者の姿は決して無傷ではない。剣によって斬られ、魔術によって焼かれ、その姿は美しい天使の姿から大きくかけ離れている。それは、それ程までに破壊しなければ安寧者達を殺し切る事が出来なかったという証左であり、だからこそ褪せ人達が殺し切ったのだと確信を持つ者だった。

 折れた脚で無理矢理に立ち上がり、斬られた腹から血と中身を溢しながら安寧者が立ち上がる。

 

「……ッ!」

 

 その姿はイリスやフーロンにとって痛々しく、目を背けたくなる光景だった。

 褪せ人がゆっくりと起き上がった安寧者へと近付く。いずれにせよ、死にかけているのは間違いない。剣を持ち、今度こそ確実な終わりを与える為に剣を構える。

 

「あ……あぁ……」

 

 口から血を溢しながら、安寧者は苦悶の声を上げる。頭を抱え、身を捩る。それは、まるで身の内の何かを抑え込もうと必死に抵抗しているようだった。

 

「何……一体何が……」

 

 フーロンが口を押さえながら思わず後ずさる。明らかに常軌を逸している。何か良くない事が起きている。安寧者が、何か悍ましいものへと変わろうとしている。

 

「褪せ人! 今すぐ彼女を殺してください!」

 

 アスバールが叫ぶ。一刻の猶予もない。あれを放置する事は出来ない。なりふり構わず、一切の装飾もないその言葉に、褪せ人は剣を手に一足飛びに苦しむ安寧者へと肉薄する。

 

 ——だが、その全てが最早遅かった。

 

「あぁ……アアアァァ!!」

 

 安寧者の頭が、何かが飛び出すようにして割れる。美しい蕾の花の奥から、まるで蜜の如く鮮血が噴き出る。その鮮血を浴びながら、褪せ人は安寧者を見た。

 砕け散った額、本来ある筈の脳漿も脳もない伽藍堂の頭蓋の底、ただ血に塗れた種子だけが心臓のように脈打っていた。

 

 ——安寧の遺志、未だ潰えず。

 




本来はリーダーの移り変わりとか復活とか書きたかったんですけど、ただでさえ戦闘が長いので泣く泣くカット
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