今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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神の救済

 赤く染まった大地、新たに集った英雄達を前にして、しかし安寧者が止まる事はない。もとより、彼女達に恐れも躊躇も許されてはいないのだ。ただこの世界を安寧する為に、この身体は捧げられたのだから。

 喉を裂くような叫びと共に、安寧者達が走り出す。黄金の武器をそれぞれに携え、死も痛みも恐れぬ不死身の死兵と化す。

 

 だが、英雄達も負けてはいない。悍ましき戦乙女の叫びを掻き消すように、鬨の声がこだまする。

 

「カゴメさん! お願いします!」

 

「はい! 頑張りますよー!」

 

 イリスの合図に、カゴメが分身を横並びに、白亜の壁を生成する。ぬりかべ妖怪の頂点。畏れを欲しいままにする彼女と王国の誇る聖女の結界が合わされば、それは難攻不落の城壁と化す。

 

「ガアアァァ!!」

 

 安寧者達は止まらない。白亜の壁に阻まれ、尚も乱暴に武器を振るい、拳を叩き付ける。たとえ拳が砕けようとも、彼女達には関係ない。

 

「興味深いわね。一体何が彼女達をそこまでさせるのかしら?」

 

「……言ってる場合じゃないと思いますけど」

 

 白亜の壁の上、暴れ狂う安寧者達を見下ろすアブグルントとフーロン。

 安寧者達の一人が、彼女達に気付くと、驚異的な脚力をもって跳躍する。ただ一度の跳躍は、容易く白亜の壁を跳び越える。

 

「彼を追い詰めてくれたのは感謝してるけど、流石にしつこ過ぎるわ」

 

 奇怪な声を上げながら迫る安寧者に、アブグルントは槍を振るう。空中で回避する事もできず、躊躇いなく振るわれた槍が安寧者の喉元を斬り裂いた。

 

「しつこいってところだけは同意しますけど、ねっ!」

 

 それでも尚、武器を振るおうとした安寧者に、フーロンが小刀を振るう。

 二人の攻撃を受け、安寧者は空中でもがきながら、再び壁の下へと沈んでいった。

 

 王国の増援によって、安寧者達との戦力差は覆され、瞬く間に天秤が傾いていく。

 引き付け、迎え討ち、再び突撃する安寧者を討ち倒す。だが——

 

「安寧者達が、増えている……?」

 

 迎撃を続ける中、タラニアが気付く。

 安寧者の数は7人だったはず。だが、こうして戦いを続ける中で、明らかにその数は増えていた。

 血の海から、新たな安寧者が這い出て来る。血を滴らせ、狂気じみた叫び声を上げながら、同じように此方へと走り出す。

 当然、今までいた安寧者達も殺したそばから立ち上がる。その数は優に20を超えていた。

 イリスが思わず口を押さえる。

 

「これ、もしかして皆犠牲者……」

 

「そりゃこんな神様が7人ぽっちで満足するわけねぇよな! クソッ!」

 

 アキレアが毒づきながら槍を振るう。血に塗れ、異形の姿となろうとも、かつての面影が見え隠れする。半神故に、分かるのだ。彼女達は、きっとこの神に無垢なる祈りを捧げた哀れな子羊なのだと。

 

「せめて、この哀れな子らを救いましょう。このような行い、決して許されるものではありません」

 

 ヘリューズが魔法を放ちながら、異形の神に怒りを向ける。今、ヘリューズは彼女達から死の匂いを感じ取る事はない。これ程に血臭で満たしていながら、死の匂いは一切していないのだ。

 それも当然だ。彼女達は最早、死を許されていないのだから。無垢なる祈りに、異形の神は力を与えた。悪意なく、救いを齎すために、地獄の責苦を彼女達に強いたのだ。

 

「私達に出来るのは、ここで外なる神の意思を断つ事だけです」

 

「それが言えるって事は、あんたには終わりが見えてるんだな!?」

 

 ヘリューズに迫る安寧者の槍をアキレアが盾で受け止め、返す刀で安寧者を斬り裂く。

 

「……少しずつですが、彼女達の死を遠ざける意思が薄まっていくのを感じます」

 

「上等だ! いい加減このふざけた神様から解放してやらねぇとなッ!!」

 

 上位者の救いとは、必ずしも人の為にはなるわけではない。あまりに一方的で、無慈悲な救済に、漸く終わりが近づいていた。

 アキレアは槍を大地に突き立て、この戦場に己の存在を刻みつけんと雄叫びをあげる。

 

「——俺様はアキレア! 半神アキレア! 俺様の一撃を受ける覚悟のある戦士は、向かってくるがいい!!」

 

 名乗り、駆ける。それは悍ましい怪物ではなく、戦士として認めたアキレアなりの意識の切替であった。

 救いにはならないだろうが、せめて背負ってやろう。半神アキレアという戦士の歴史に、彼女達の戦いを加えよう。それがたとえ、自己満足にしかならない行いであったとしても。

 

 あちらこちらで戦闘が繰り広げられる中、やはりというべきか、王子と褪せ人は、その戦場の中心にあった。

 

「数が多いな……!」

 

 迫り来る安寧者達に、王子がケラウノスの雷撃を放つ。強烈な雷撃は、たとえ痛みも恐れない安寧者であっても動きを止めざるを得ない程のもの。だが、いかんせんその数は王子の処理速度を超えていた。動きを止めた安寧者の背後から、新たな安寧者達が雪崩れ込む。

 

「チッ!」

 

 王子に向かって迫る安寧者達。神器を発動しようとして、突如として放たれた紫色の光が、安寧者を王子から引き離した。

 

「ギィ……!」

 

 光の中心に立つのは褪せ人。握るのは、獅子の鬣をあしらえた、二刀一対の大剣であった。黒鉄の刀身に、重力の魔力を纏わせる。

 

「オオォォォォ……!」

 

 褪せ人が咆哮と共に空を見上げる。両の剣に纏う魔力が拡散し、重力波となって安寧者達を引き寄せる。突然の重力波に、安寧者達は足を取られ、体勢を崩し、隙を晒す。

 引き寄せられた安寧者達の中心で、褪せ人は両手に握った双大剣を地面に叩き付けた。強烈な重力が大地を割り、衝撃波が褪せ人を中心に広がっていく。

 星に挑みし英雄の、その象徴たる戦技である。星砕きの一撃は、安寧者達を飲み込み、吹き飛ばした。

 

「悪い、助かった」

 

「構わん」

 

 背中合わせに、王子と褪せ人が安寧者を睨む。吹き飛ばされた安寧者達が、再び身を起こすのが見えた。終わりない死兵。さしもの英雄達も、疲弊が見え隠れする。どこかの均衡が崩れてしまえば、なし崩し的に戦線が崩壊するだろう。

 

「キャアアアアァァァ!!」

 

 再び安寧者達が耳障りな叫び声を上げたかと思うと、溶けるようにして血の海へと消える。

 再び訪れた静寂。しかし、これが終わりではないのは既に知っていた。

 

「来るか……」

 

 無数の血の柱を上げながら、安寧者が再臨する。幾人もの祈りを紡ぎ、その血肉を力へと変えたそれは、或いは正しく神としての在り方なのかも知れない。

 

「無論、それを認めるつもりはない!」

 

 たとえ神であったとしても、王子がそれを認める事はない。人の世に、そのような神は不要なのだと、そんな意思を込めて安寧者と相対する。

 

 その意思を感じ取ったのか、安寧者は王子の方へ向き直ると、その巨体をくねらせながら、真っ直ぐに突進してきた。

 圧倒的な巨体。受け止めるには、たとえ神器の力をもってしても分が悪いだろう。だが、王子達がその巨体に潰される事はなかった。

 

「——銀なる腕は、再び人類と共に。王子達には手出しさせないわ!」

 

 王子と褪せ人の前に立つのは、銀腕の戦神トラム。その象徴たる銀の腕には、淡く輝く美しい剣が握られていた。

 

「マク・アー・ルーインよ、力を貸して!」

 

 戦神の言葉に、輝ける剣は応える。刻の力を魔力に変え、戦神に苦難を打ち払う力を与える。

 

「ハアアアァァァ!!」

 

 安寧者へ向けて、トラムはマク・アー・ルーインを振り下ろす。光り輝く斬撃が、赤い血の世界を斬り裂いた。鮮烈な光が安寧者を捉え、その巨体へと衝突する。爆発が起き、安寧者の巨体が揺れる。だが、安寧者が動きを止める事はない。

 

「くっ……!」

 

 トラムが歯を食いしばる。マク・アー・ルーインの一撃に、安寧者はその巨体一つで拮抗している。少しでも気を抜けば、後ろの王子達諸共に轢き潰されるだろう。トラムは安寧者達を押し返すべく、持てる魔力全てを銀腕に込める。

 

「——まさか、ディアスとの戦いを前にしてこの剣を抜く事になるとはね」

 

 このままでは押し負ける。トラムがそう思った時、その横を駆け抜け、新たな影が前に出た。金色の髪を短く切り揃えた麗人。金色の剣を片手に握る彼女はトラムのよく知る、頼れる仲間の姿であった。

 

「これを初見で抜くのは初めてだよ——ゲイ・クリード!」

 

 名を呼ばれ、金色の剣が光を放つ。鍛治の神より授かりし万の武具。だが、彼女が本気で戦う時、抜き放つのはいつだってこれだった。

 

 マク・アー・ルーインとゲイ・クリード。二つの神剣の一撃に、安寧者は吹き飛び、その突進はあらぬ方向へと逸らされた。

 遠く過ぎ去る安寧者を見ながら、トラムはゲイ・クリードの持ち主へと向き直る。

 

「来てくれたのね、アルヴァ!」

 

「最初からそのつもりだったよ。まったく、貴方がマク・アー・ルーインを受け取るなり直ぐに走っていくもんだから……」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 頬を染めるトラムを他所に、アルヴァと呼ばれた女が王子と褪せ人へと向き直る。

 

「初めまして、僕の名はアルヴァ。色々と自己紹介といきたいところだけど——」

 

 アルヴァは言葉を切り、王子達から視線を外す。地鳴りと共に、安寧者が再び此方へと向き直るのが見えた。

 

「——そんな場合でもないね」

 

 血の海を駆け回る安寧者に、アルヴァがそう溢す。

 

「とはいえ、ゲイ・クリードとマク・アー・ルーインの一撃で逸らすのが精一杯だった。どうしたものかな」

 

「……考えがある」

 

 悩むアルヴァ達に、褪せ人が口を開いた。暴れ狂う安寧者。一見して手の出しようのない相手に対し、思い出すのは金光聖菩が攻撃を加えた時のこと。

 無数の光弾をものともしない安寧者が、へばりつく肉腫を剥がされた時に、明確に悶えていた。

 

「つまり……動き回る安寧者から、あの肉腫を破壊しなければならないって事か」

 

「乗るか」

 

 確証がある訳ではない。ただ一度だけ起きた偶然に、命を賭ける覚悟はあるか。そんな問いに、王子は不敵に笑ってみせる。

 

「お前の言う事だ、俺は乗るさ」

 

 王子はそう言うと、付近の仲間達に聞こえるように叫ぶ。

 

「聞こえるか! 遠距離攻撃手段を持つ者はあの肉腫を破壊しろ! 恐らく、あれが弱点だ!」

 

 王子の叫びに、英雄達が動き出す。魔術が、仙術が、或いは斬撃が、安寧者に向かって放たれる。それらは安寧者にへばりつく肉腫を壊し、剥がしていく。

 

 結果として、褪せ人の観察眼は正しかった。無垢な血肉を力へ変えた安寧者は、そのままそれらを剥がされ、力を失っていく。悶え、のたうち、しかしそれでも終われない。安寧の祈りは未だ果たされていない。

 安寧者が、再び天へと祈りを捧げ、赤い蕾が花開く。

 

「また……!?」

 

 イリスが悲鳴を上げる。あの花が開いた時、ここにいる者達は血の呪いをその身に受けるだろう。あの褪せ人ですら瀕死になったのだ。果たして、再び咲いた時、どれだけの者が生きているのか。

 

「手を抜く訳にはいきません! 全霊の攻撃を!」

 

 アスバールがそう叫びながら、自身もタクトを振るい、魔力の雨を安寧者へと放つ。

 

「マク・アー・ルーイン、もう一度力を!」

 

「出し惜しみは出来ないか! ゲイ・クリード!」

 

 トラムとアルヴァが、再び己の剣に力を注ぎ、攻撃を放つ。

 

「ケラウノスの神器よ!」

 

 王子がケラウノスの神器を解放。安寧者の肉腫に向けて、無数の雷撃を落とす。

 

「……!」

 

 褪せ人はそんな彼らの攻撃を見据えながら、一振りの大弓を取り出した。これもまた、獅子の鬣があしらわれた黒鉄の大弓である。

 おおよそ人が握る事を考えられていないその大弓に、褪せ人は矢をつがえる。

 否、正確には矢ではない。それは槍であった。重力の魔力を帯びた槍を、巨大な矢に見立ててつがえ、引き絞る。そして、それを安寧者の頭上目掛けて放った。

 放たれた槍は上空で弾け、無数の重力の矢へと変じる。驟雨の如く安寧者へと降り注ぐ槍の雨が、その身体を次々と貫いた。

 

 英雄達の渾身の一撃。それらは果たして祈りを捧げる安寧者へとついに届いた。

 

「……!?」

 

 赤い蕾が血となって弾け、霧散する。安寧者は悶え苦しみ、その場で大きくのたうち回ると、堪らず血の雨の中へと逃げ込んだ。

 再び現れる安寧者達。その光景に、フーロンが思わず叫んだ。

 

「嘘でしょ……!? もういい加減に——」

 

「——いや、もう終わりだ」

 

 アキレアがフーロンを遮ると、静かに槍を降ろす。

 立ち上がった安寧者達は、しかし先程のように此方へ駆けることはない。身体を少しずつ崩しながら、霧のように霧散していく。

 

「どうか、この子らに安寧を。死が、少しでもあの子らの救いとなりますように」

 

 ヘリューズの祈りが届いたかは分からない。だが、膝をつき、倒れ伏す直前に見えた安寧者達の表情は、それまでの狂気のそれとは裏腹に、驚く程に穏やかなものであった。

 

 赤い空が、少しずつ魔界の色を取り戻していく。

 

「今度こそ、終わったのですね……」

 

 そう言って、思わず座り込みそうになったイリスを、褪せ人が支える。この長期戦において、絶えず味方の治療に奔走した彼女の負担は想像に絶する。良く保たせたものだと褪せ人をして賞賛に値するものであった。

 だが、これで終わりではない。

 

「……安寧者は倒しましたが、本来の目的は果たせていません」

 

「亜神ディアス、ですね」

 

 アスバールの言葉に、フーロンが返す。想像を絶する外なる神との戦い。しかし、これはまだ前座でしかない。

 アスバールは、静かに目を閉じるアキレアへと視線を向けた。

 

「貴方は……」

 

「今回は共闘したが、俺はディアスの賛同者なんでね。悪いが、次に会う時は敵同士だ」

 

 そう言って、ひらひらと手を振りながらアキレアは歩き去る。半神アキレア。戦乱の時代、あらゆる戦場の幕引きを担った最強の武人の一人。その名前は、アスバールでさえも良く知るものであった。

 だからこそ思う。亜神ディアスの望む平穏の世界。アスバールにはそれがアキレアの真に望む世界だとは思えなかった。

 

「——行けよ、魔王城でディアスが待ってる」

 

 アスバールの内心などアキレアは知る由もない。最後にそう言うと、アキレアはその場から消えてしまった。

 一行の視線が、王子へと向けられる。王子は頷くと、静かに口を開いた。

 

「——行こう、魔王城へ」

 

 待ち受ける神の下へ、一行は再び足を進めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——そうか、やはり来るのだな、お前達は」

 

 魔王城、玉座の間。亜神ディアスはただ一人で待ち受けていた。供もなく、ただ静かに玉座に座す神の姿に、相対する者達が知らず身体を強張らせる。

 

「認めよう。お前達は、余が全力をもって相対せねばならない敵であると」

 

「……亜神ディアス、お前の計画を止めに来た」

 

 一人、玉座に座して笑うディアスに、王子は告げる。その身体は血に塗れ、酷く汚れていた。先の戦いで疲弊し、万全でもないのだろう。だが、それでも目の光だけは衰えていない。

 

「くく、良い目をしている。以前にあった時は、つまらない塵芥だと思っていたが……」

 

 あの時は異界の英雄にばかり目を向けていた。この世界から外れた、創造神の庇護を受けない人類に。

 だが、居るではないか。創造神の被造物にも、こうして抗おうとする輝ける意思を持つ者が。だからこそ、この世を任せるわけにはいかない。

 

「人類よ、これは最後の警告である。諦め、世界の命運を余に預けよ。お前達の望む形とは違えど、この世界を滅びから救う事を約束しよう」

 

 敵と認めたからこそ、ディアスは言葉を尽くす事を厭わない。傲慢なれど、その言葉はどこまでも真摯であった。

 故に、王子も理解する。この神は、本気で世界を救おうとしている。愚かで弱い人類から世界を取り上げ、神の名の下に世界を維持するつもりなのだろう。そこに、下卑た欲はありはしない。だが、それでも認める訳にはいかなかった。

 

「——誰かに委ねた世界など、人からすれば、滅びと何ら変わりはしない」

 

 幼子のように手を引かれ、何も知らず、ただ定められた道を進む。それは、人の生きる世界ではない。足掻き、望み、手を伸ばし、そうやって誰かと共に歩むからこそ、人は前に進めるのだ。

 王子の言葉に同意するように、褪せ人もまた、神狩りの剣を突きつける。以前の勧誘、その返答の意思も込められていた。この男もまた、神の意思を否定し、縋ることを良しとしなかったが故に。

 

 分かりきっていた問答。それでもディアスが問うたのは、彼なりの敬意の表れであった。

 

「あくまで人の可能性を信じるか……何とも純粋で——愚かな願いだ」

 

 ディアスの言葉と共に、玉座の間が魔法陣に包まれる。部屋の全てを覆い尽くすその術式に、逃れる術はありなどしない。

 

「その純粋な願いは、いつだってお前達自身を殺してきた。どれ程に尊く誇り高い志も、いつしか淀み、腐っていく」

 

「転移魔法陣!? 皆さん、どこかへ飛ばされます! 衝撃に備えて——」

 

 玉座の間が、光に包まれる。身体が宙に浮き、まるで重力を失くしたかのような浮遊感に包まれる。

 

「——人では、世界を変えられぬのだ」

 

 光が収まり、身体が重力を取り戻す。褪せ人達が目にしたのは、石造の建物の中であった。

 

「いったぁ……ここは……?」

 

 タラニアが尻を撫でながら周囲を見渡す。どこか見覚えのある景色だ。どうやら、魔界ではなく、物質界である事は確からしい。

 

「もしかして……アイギス神殿でしょうか?」

 

 イリスが気付く。彼女にとっては、慣れ親しんだ場所だ。人々が祈りを捧げ、女神アイギスを奉る神殿。褪せ人と王子が、初めて出会った場所でもある。

 

「——これは罰である。我が力を奪いし三女神と、道を過ち続ける人類への」

 

 その声に、全員が弾かれたようにアイギス神殿の中心を見た。女神アイギスを象った像。礼拝堂の中心、そこにディアスは居た。

 姿は先程までとは変わらない。だが、神殿を満たす圧力は桁違いであった。

 

 ディアスの手に、虚空より何かが舞い降りる。

 鎌と、盾と、杖。そのいずれもが、一目見て尋常なものではないと分かるもの。

 アスバールが目を見開く。それが何なのか、知らぬ者はいない。この世界における真なる神。その三柱の象徴なのだから。

 

「まさか、貴方の行った儀式とは……!」

 

「三女神により奪われし力。それを取り戻す為のものである」

 

 ディアスが宙に浮かぶ杖を握る。ただでさえ強烈だった圧力が、一層強まったのを感じた。

 押し潰されそうな魔力を放ちながら、ディアスは誰にともなく呟く。

 

「久しいな、この魔力。長らく翼を捥がれたようであった」

 

 ディアスが目を細める。亜神に堕とされて随分と長い時が経った。神の楔こそ作れはしないが、力だけならばかつての如く振るうことが出来る。

 創造神により分たれた力が、三女神の残滓と、魔王城の魔力によって取り戻されたのだ。

 

「——さぁ、英雄達よ。お前達の過ちを証明してみせよう。お前達の愛する女神アイギスの前で、その骸を晒すがいい」

 

 ディアスの宣言に、神殿が魔力で満たされる。真なる力を取り戻したディアスを前に、褪せ人は静かに武器を構えるのであった。

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