今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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戦闘続きなのはちょっと反省
今回は多分あっさりめ…?


神に挑む者達

 盾と鎌と杖。

 それはかつての天空の神、ディアスの力の象徴であった。だが、その力は創造神によって剥奪され、それぞれ三柱の女神に分たれた。

 今から遥か昔のことである。亜神達であっても、三つの神器を取り戻したディアスの力がどれ程なのか、全くの未知。

 誰もが警戒し動けぬ中、悠然とディアスだけが神器を握る。

 

「見せてやろう。これこそが、お前達の愛した三女神の力である」

 

 ディアスが握ったのは鎌。集まった英雄達を睥睨し、ゆっくりと振りかぶる。

 

「——来れ、我が権能。万物を断つ裁定の鎌よ」

 

 ——アダマスの神鎌

 

 ディアスが虚空を鎌で薙ぐ。空間に、一筋の亀裂が生じた。

 

「ッ!? 避けてください!」

 

 アスバールの言葉と共に、全員が亀裂から逃れるように跳ぶ。

 アダマスの鎌によって削り取られた空間を補うようにして大気が収縮し、直後、爆発が引き起こされる。

 神殿全体を揺らす程の破壊の波。ディアスから目を離さないまま、トラムが叫んだ。

 

「あの鎌は受けてはなりません! 女神アダマスの神器と同じ、万物を断つ権能を有しています!」

 

 脅威なのは爆発ではない。今、ディアスが行った爆発は単なる余興。真に恐ろしいのは、アダマスの鎌そのものである。防御など意味はない。受ければたちまちに身を引き裂かれるだろう。

 

「ほう、今の一撃を避けるか。何人かはこれで間引くつもりだったが」

 

 直前の警告があったとはいえ、大したものだとディアスは笑う。実際、全員が無傷で避けられたのは幸運が味方したに過ぎない。ただでさえ此方は安寧者たちとの戦いで消耗しているのだ。これ以上、ディアスに好き勝手動かれるわけにはいかない。

 

「あまり侮らないで貰おうか!」

 

 余裕を崩さないディアスを前に、神剣を手にしたアルヴァが躍りかかる。英傑の剣閃、並の戦士では視認すら出来ない一撃。それを鎌の柄で何なく受け止めてみせたディアスに対し、アルヴァは鍔迫り合いのまま睨みつける。

 

「亜神ディアス、僕が誰だか覚えているか!?」

 

「何……?」

 

 アルヴァに問われ、ディアスは一瞬眉を寄せる。そして、得心がいったとばかりに口を開いた。

 

「さて、誰だったか……ああ! 貴様はあの鍛治神の連れか! 無様に散った、あの愚か者の!」

 

「き、さ、まああぁぁぁ!!」

 

 わざとらしい挑発の言葉に、アルヴァが激昂する。距離を取り、神剣を構えながら、背後に無数の武具を召喚する。

 それら全てが彼女の親友、鍛冶神によって鍛えられた英雄の武具である。

 

「これは仇討ちだ! 鍛治神の造った万の武具をもって、貴様を殺す!!」

 

 斧を、槍を、槌を、背後にありとあらゆる武器を携えながら、アルヴァが再び距離を詰める。

 英傑の鮮烈な殺意と憎悪を一身に受けながら、しかしディアスの目はどこまでも冷めたものであった。

 

「——来れ、我が権能。何者にも砕かれぬ絶対の盾よ」

 

 鎌が消え、姿を現すのは神の盾。アルヴァの渾身の一撃を、その盾は一切揺らぐ事なく受け止めてみせる。鏡の如く磨かれたその盾の表面に、一切の傷は付いていない。

 あらゆる武器を振るい、アルヴァが曲芸じみた連撃を放つも、その全てが輝く盾の前に防がれる。

 攻撃を捌きながら、ディアスは口を開く。

 

「お前の持つ万の武具こそがあの鍛治神の愚かさの証明だ。過ぎた武器を人に与え、無益に争いを生み出した」

 

「違う! 彼女はそんな事——ガッ!?」

 

 ディアスの言葉に尚も言い募ろうとしたアルヴァだが、アルヴァの攻撃を受け止めた盾が輝くと、衝撃波を放ちアルヴァを吹き飛ばした。

 それをつまらなさそうに見遣るディアス。だが、すぐさま視線を移した。視線を移した先に居たのは、漆黒の槍に紅い魔力を纏わせた褪せ人の姿。

 

「ほう、キメリエスの槍か。面白い」

 

 突進する褪せ人の思惑を理解し、ディアスは盾を構えて応じる。何者も砕かれぬ絶対の盾と、あらゆるものを貫く絶対の槍。

 褪せ人の渾身の突きがディアスに向けて放たれる。それは吸い込まれるようにして盾とぶつかり合い——いとも容易く受け止められる。

 

「……!」

 

「自明よな。真なる神の盾と、ただ権能を授かっただけの英雄。矛盾にすらなりはしない」

 

 盾によって阻まれ、尚も盾を掻い潜って突きを放とうとする褪せ人を盾の衝撃波で吹き飛ばす。

 体勢を立て直し、再び武器を構える褪せ人に、ディアスは口を開く。

 

「お前はもう少し合理で物を考えられる男だと思っていたが……実に惜しいな」

 

 大義の前の犠牲、それを選択出来るのがこの男だと、そう思っていたが。

 そんなディアスの言葉に、褪せ人は口を開く。

 

「……諦める事を合理とは言わない」

 

 怨嗟を背負うにはまだ早い。諦観と共に切り捨てるには、この世界はまだ終わりに満ちてはいないのだ。

 ディアスはそんな褪せ人の言葉を聞きながら、鎌を構える。

 

「ならば異界の英雄よ、今ここで散るがいい」

 

「——やらせはしない!」

 

 ディアスの身体を王子の神器による雷撃が貫いた。神の雷撃をその身に受け、しかし、ディアスは僅かに眉を顰めたのみ。

 

「……安い挑発だ。だが、良いだろう」

 

 効かぬと分かっていて尚ケラウノスの神器を使ったのは、ひとえに己の注意を引くためだろう。それを理解し、その上でディアスは挑発を受ける事にした。

 王子の方へと振り向くと、再び神器をその手に握る。

 

「——来たれ、我が真なる雷霆よ」

 

 盾が消え、ディアスの周囲に現れたのは王子の持つケラウノスの神器と同じもの。より力強く、周囲を威圧するように雷光を走らせる姿に、王子が息を呑む。

 一目見て、その力の差は明らかであった。

 

「我が雷霆の簒奪者よ。見るがいい、これこそが真なる神の雷である」

 

 ディアスの握る手に、目も眩むばかりの光が集まる。空間が歪み、連鎖的に爆ぜる。

 

「何て魔力量……!」

 

 神として、想像を絶するディアスの力に、戦神であるトラムすら圧倒される。ただ魔力を収束しているだけで、周囲の者達は近付く事すらままならない。

 絶死の一撃が放たれようとしているのに、ただ見ている事しか出来ないのだ。

 

「残念だ。お前達ならば或いは、余の隣で同じ景色を見るに値したというのに」

 

 ディアスの言葉に嘘はない。心の底から惜しみながらも、しかし手を緩めることもなかった。亜神すら消し去る一撃を、ただの人間一人に向ける。それもまた、神たるディアスの、最大限の敬意であった。

 

「……ッ! 王子、逃げて!」

 

 トラムが駆け出す。近付く度に、皮膚が雷の魔力に焼かれるも、構う事なく王子の下へと向かう。

 何を差し置いてでも、王子だけは生かさなければならない。彼に救われた恩義と、世界を救うという使命感の両方が、トラムを突き動かす。

 だが、遅い。まるで泥濘に足を取られたかのように、身体は思うようには動かない。

 亜神ディアスの強烈な魔力と、安寧者達との度重なる戦いに、既にトラム達の身体は限界を迎えていた。

 

「さらばだ、王子」

 

「王子ぃぃぃ!!」

 

 トラムが手を伸ばすも、届きはしない。目の前で大切な人が殺されるのを何も出来ずに見る事しか出来ない。

 

 だが——

 

「な……にぃ!?」

 

 ——その雷霆が、王子に放たれる事はなかった。

 

 ディアスの背に、黒き刃が突き立てられる。

 不意に背に走る痛みに、ディアスは己に刃を届かせた者へと振り返る。

 ディアスが見たのは、全身を魔力の雷に焼かれながら、それでもなお剣を振るう褪せ人の姿。

 

「……!」

 

 褪せ人は突き立てた黒き剣の、その残滓を解放する。無数の刃の斬撃が、ディアスを切り刻む。

 

「ぬ……ぐぅぅ!?」

 

 この距離ではアイギスの盾は展開出来ない。運命の死を直接その身に受け、さしものディアスも苦痛に歪む。

 

「まだ……!」

 

 怯んだその隙に、褪せ人は更なる追撃を加えようと大剣を振り上げる。しかし、次に褪せ人が見たのは光り輝く手を褪せ人に向けたディアスの姿だった。

 

「——想像以上だ、英雄」

 

 王子に向けられる筈だった雷霆。それが褪せ人へと放たれる。褪せ人は悟る。判断を誤ったのだ。今の状態で、その一撃は到底避けられるものではない。

 勝利を確信したディアスが、褪せ人へ口を開く。

 

「眠れ、貴様の名は余が次の世界に語り継ごう」

 

 神すらも消し飛ばす雷撃が放たれた。神殿を覆う光に、褪せ人はなす術もなく飲み込まれる。

 

「褪せ人おおぉぉ!!」

 

 王子が咄嗟に手を伸ばすも、最早間に合うことはない。強烈な光が神殿を覆い尽くし、その余波が神殿を破壊する。崩れなかったのは、ある意味で奇跡だったと言えよう。それ程の威力であった。

 

 光が収まり、静寂が支配する。誰もが真っ先に褪せ人の姿を探した。砕け、真っ黒に焼け焦げた石畳。女神の像が、ひび割れ無残な姿を晒している。その真下に、褪せ人は居た。

 

「褪せ人……!?」

 

 王子が呼び掛けようとして、言葉を詰まらせる。そこにあったのは上半身を吹き飛ばされ、黒く焼け焦げた下半身のみであった。

 

「まさか、あの魔力の嵐の中で、ただの人間が余に刃を届かせるとは……」

 

 未だ立ったままの骸の前で、ディアスが呟く。

 ディアスの声には、これ以上ない驚きと敬意があった。亜神すらも圧倒され、ただ見ていることしか出来なかったというのに、この男は己に近付いたばかりか、傷を負わせたのだ。

 ディアスが褪せ人に刻まれた傷を見下ろす。運命の死、たとえそれが残滓であったとしても、決して侮れるものではない。現に、ディアスの身体は未だその呪いを思わせる力がじくじくと蝕んでいるのだから。

 

「な……褪せ……人……?」

 

 王子の目の前で、焼けた下半身が崩れ落ちる。炭化し、それでも辛うじて残った鎧と剣の破片が、疑いようもなく褪せ人のものだと理解させる。

 

「嘘……」

 

 フーロンが膝をつく。焦点の合わない瞳が、目の前のそれを直視する事を許さなかった。彼が死ぬなどと、今の今まで想像していなかった。

 

「私は……何も出来なかった……」

 

 心のどこかで甘えていた。彼ならば大丈夫だと。目の前に居ながら、何も出来ずただ見る事しか出来なかったという事実に、彼女の心が音を立てて崩れ落ちる。

 

「か、回復……回復しないと……」

 

 よろよろと、イリスは己が限界を迎えているのにも関わらず褪せ人だったものへと這い寄る。目の前に未だディアスが居るというのに、まるで目に入っていない。

 震える手で杖を握り、崩れた肉へと癒しの奇跡を放つ。光が降り注ぎ、されど何の変化もありはしない。

 

「ご、ごめんなさい……足りないですよね? もう少し待っててください……すぐに……癒しますから……」

 

 弱々しい光が再び炭化した肉に降り注ぐ。無論、それが何の意味もない事は誰の目にも明らかだ。それが分かっていないのは、受け入れられていないのは彼女一人。

 

「褪せ人……嘘ですよね? まだ頑張れますよね!?」

 

 カゴメが駆け寄ると、その下半身に触れ、揺れ動かす。最早灰と化したそれは、少女に触れられただけで簡単に崩れて落ちる。

 彼女の目に怯えの色が混ざった。

 

「あ……集めないと! 集めて、それで……頑張って……?」

 

 カゴメが虚ろな言葉を呟きながら、小さな手のひらで灰をかき集める。自分自身でも、何がしたいのかは分かっていない。だが、彼女の手は忙しなく動き、止まらなかった。

 そんなカゴメ達を、アブグルントは感情の読めない表情でただ眺める。

 

「お前えぇぇぇぇ!!」

 

 叫び、ディアスに向かって全力で駆けるのはタラニアだった。強引に自身の身の内の魔力を絞り出し、身体の中の何かが焼き切れそうになるのを感じながら、それ以上の怒りでディアスへと迫る。

 

「許さない! お前だけは、絶対に!!」

 

 常のタラニアを知るならば、決して想像出来ない程に怨嗟に塗れたその声と共に、雷の刃が放たれる。

 皮肉にも、それはタラニアが生きてきた中で最大の一撃だった。だが、ディアスはそれを見ることもなく手で払うようにして受け止める。

 

「クソ……何で……」

 

 怨嗟と怒りで動けたのはそこまでだった。アイギス神殿の石畳で倒れ伏し、タラニアは涙を流す。

 その光景を、ディアスはつまらなさそうに眺めた。

 

「見えるか、王子。ただ一人、英雄を失っただけで惑い、嘆き、怒りに己を見失う。人とは、お前達のように強くはなれないのだ」

 

「殺したお前が言う事ではない……!」

 

 王子はディアスに向け、アイギスの神器を構える。王子もまた、涙を流しながらも、しかし彼女達のように正気は失っていない。

 

「やはり、抗うか」

 

「アイツが繋いだ命だ。お前は必ず止めてみせる」

 

 謝罪も弔いも、全てが終わった後だ。ここで勝たなければ、褪せ人に顔向けなど出来はしない。

 その姿は、褪せ人という英雄を失った絶望から、幾人かの仲間を奮い立たせた。

 ヘリューズ、アスバールもまた、涙を流しながらも、ディアスを睨みつける。

 

「亜神ディアス……貴方だけは必ず殺します」

 

「出来るのか、お前達に」

 

 満身創痍の王子達に、傷こそ負ったものの、未だ力の底を見せていないディアス。状況は絶望的。だが、それでも諦める訳にはいかない。

 アスバールは覚悟を決める。ここで王子まで死なれては、いよいよ人類に未来はない。差し違えてでも、ディアスは殺し、王子は生き残らせる。

 悲壮な決意をするアスバールに、ヘリューズもまた、杖を握りしめた。

 

「さぁ、英雄譚に幕を引こう」

 

 ディアスが再び光を集める。絶望の淵から仲間達に再び光を宿らせた王子に敬意を称し、今度こそ殺し切って見せると。

 

 だが、そんなディアスを強烈な違和感が襲った。決して無視できないそれに、ディアスは思わず手を止める。

 

「何だ……この感覚は……」

 

 世の理が捻じ曲げられたような、神であるディアスだからこそ感じられた感覚。

 目の前に王子達が居るにも関わらず、ディアスは振り向かざるを得なかった。

 

 ——天上の光が、崩れ落ちた灰の山へと降り注ぐ。

 

「まさか……これは……!?」

 

 瞠目するディアスの前で、光は世界を書き換える。灰は光へと変わり、朧げな輪郭を編み上げる。

 

「一体、何が……?」

 

 動揺するディアスを前に、しかし王子達も目の前の光景を見守る他なかった。光に編み上げられた朧げな輪郭は、徐々にはっきりと形を成していく。

 その光には見覚えがあった。死闘を繰り広げた、あの悍ましき神、安寧者たちのそれだ。

 

「奪い取ったのか……! 人の身で、外なる神の恩寵を……!」

 

 瞠目するディアスの前で、それがゆっくりと立ち上がる。何事もなかったかのように、一切の揺らぎない立ち姿は、疑う余地もない。

 

「久しいな……この感覚」

 

 褪せ人が己の手を見遣る。この世界での初めての死。祝福なきこの身では最早次はないと思っていたが。

 漠然と、己の宿した力を悟る。己が折れぬ限り、己の意志が潰えぬ限り、この身に死ぬ事は許されはしない。望むところであった。この世界では、死ねない理由が増え過ぎていた。

 

「褪せ人……なのか?」

 

 震えた声で問い掛ける王子に、褪せ人が視線を向ける。見れば、周囲の者達も同様に、信じられないものを見たとばかりに目を見開いていた。

 

「まだやる事がある。死ぬわけにはいかん」

 

「わ、分かってたなら最初からそう言えよ! クソッ、本気で泣きそうになってたのに……!」

 

 常の如くそう口にする褪せ人に、強引に腕で顔を拭いながら、王子が叫ぶ。

 生きてて良かったと、どうするんだこの空気という感情は両立するのだ。

 

「え……?」

 

「は……?」

 

 先程まで絶望に染まっていた彼女達が呆けている。目の前にまだディアスは居るというのにだ。

 多分、いや間違いなくあの男はこの後苦労するだろう。場合によっては、背中を刺されてもう一度死ぬかも知れない。

 

「……想像を超えてくれると思ったが、これ程とはな」

 

 ディアスが口を開く。人の身で、神に打ち勝つばかりかその恩寵すら自分のものにするとは。ディアスをして、こればかりは驚嘆する他なかった。

 

「——これもまた人の可能性ですよ、ディアス」

 

 再び希望の火が灯ったアイギス神殿に、新たな声が響く。その声にディアスは聞き覚えがあった。

 

「漸く答えを出したか、イルドナよ」

 

「はい、貴方と袂を分つ決意が出来ました」

 

 ディアスの問いに答えたのはイルドナ。王子の隣に立つと、ディアスへと剣を突きつける。

 

「散々に優柔不断な私でしたが……これよりは人の味方として隣に立つ事を誓います」

 

 ラーワルとアルタを通して、イルドナは今の人類を見た。昔と変わらない、懸命で、運命に抗い戦い続ける人の姿を。

 その宣言に、ディアスは怒りを示す事なく、静かに受け入れた。何となく分かってはいたのだ。この男は結局、その選択をするのだろうと。

 

「神を殺し、その力すら奪うのも人であれば、亜神すら惚れ込ませ、共に立つ仲間とするのもまた人か……」

 

 どちらも人の可能性。ならば、世界の変革はその答えを見てからでも遅くはないかも知れない。

 

「余は人の滅びをもって世界の滅びを防ぐ者。その使命は依然変わらぬ」

 

 己の中で得も言われぬ感覚が生まれているのを自覚しながら、ディアスは王子と褪せ人を見据え、口を開く。

 

「だが、人という不確定な存在を、お前達が導き続けると証明するのであれば、余は己の答えが間違いであると認めよう」

 

 今はまだ、滅ぼすには惜しい。これこそが、創造神が愛した人の可能性だというのであれば、それを見届けなければならない。

 今ここで決着を急げば、己は永遠に人に対しての答えが得られないだろう。

 

「——オリュンポスで待つ。貴様らの答えを余に認めさせてみるがいい」

 

 そう言い残すと、ディアスは姿を消した。万全の王子達と、相応しい場での決戦を望んだのだ。

 

「……ぐっ」

 

 不意に重圧から解放され、王子は膝をつく。限界を超えていた身体の、辛うじて保たせていた糸が切れたのだ。

 慌ててトラムが王子へと駆け寄る。

 

「王子!?」

 

「大丈夫……だ。それよりも、他の……皆を……」

 

 その言葉を最後に、目を閉じた王子に慌てるトラム。アルヴァがそっと王子の様子を見て口を開く。

 

「魔力切れだ。度重なる戦いで、人間の限界なんてとっくに超えてたんだろう。大したものだよ」

 

 魔界への援軍からそのまま安寧者との戦いで最前線へ、加えて亜神ディアスとも正面から戦ったのだ。英傑と言えども、同じ事が出来る者などそうは居ない。

 

「まぁ、大したものと言うのであれば、あちらも大概だけれど」

 

 そう言って、アルヴァの視線を向けた先では泣きじゃくるイリスに抱きつかれ、周囲の者達からも口々に詰め寄られ、珍しく戸惑いを見せている褪せ人の姿があった。

 

「良かった……! もう会えないかと……何も言えてないのに……うぅ!」

 

「凄い……! 人間って頑張れば生き返れるんだ!! これからもずっとずっと一緒に頑張りましょうね!!」

 

「何だこれは……」

 

 周りの者達を邪険にする事もできず、周囲の生温かい視線に晒されながら、褪せ人はただ困惑する。

 

「本当に大丈夫なのかい? 僕が見た限り、君はディアスの雷で……」

 

「問題ない」

 

 タラニアにそう答えながら、泣き疲れ、気を失ったように眠るイリスを静かに抱える。実際、身体には何の副作用もありはしない。それどころか、安寧者との戦いで受けた傷すらも癒えている有様であった。

 

 漸く落ち着きを見せた周囲を見て、それとなくその場を後にしようと褪せ人が神殿に向き直ったところ。背中に軽い衝撃が走る。アブグルントであった。

 

「……お前も何かあるのか」

 

「当たり前よね?」

 

 いつもの薄い笑みに、どこかぎこちなさを感じさせながら、褪せ人の背にしなだれかかる。

 

「人間にここまで弄ばれたのは初めてなの。どうしてくれようかしら」

 

「何が言いたい」

 

「さぁ? 私もよく分かってないわ」

 

 要領を得ない会話。彼女自身、整理が追いついていない。果たして、この男が死んだと思った時、自分は何を思ったのか。

 

「ちゃんと責任取ってね? 悪魔を弄ぶなんて古今東西碌な結末にはならないんだから」

 

「……善処しよう」

 

「重いわよ、この契約は」

 

 そう言うと、背中からアブグルントが離れたのを感じる。

 この世界に来た時を思えば、死ねない理由は増えていくばかりだ。だが、それも悪くはないと思いながら、褪せ人は再び神殿に向かって歩き始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔界深層、魔王城の地下深く。

 誰からも忘れ去られた闇の中で、堰き止められていた淀みが垂れ流される。それは、千年間溜まり続けた怨嗟であった。腐臭を漂わせたそれは、やがて形を成し、意思を宿す。

 無数の骸を身に纏い、腐肉を蠢かせながら二本の足でそれは立つ。

 おおよそ生命ならざる妄執の塊。それが望むのはただ一つ。

 

 壊す、壊す、壊す、壊す……

 

 神を、人を、世界を。入り混じった寄せ集めの怨嗟はこの世全てに呪詛を吐く。何が憎いか、誰を恨んでいるのかなど最早分かりもしない。されど、この肉の塊に宿る衝動だけははっきりとしていた。

 

「——ああ、哀れなりし瓦礫の王よ。それ程までに世界が憎いか」

 

 不意に、闇の中に声が響いた。

 瓦礫の王、そう呼ばれた腐肉の悪鬼は声の主へと振り返る。そこに居たのは、この世界における、冥界の王。

 

「哀れな子よ……お前こそが、この世界が間違っているという証明である」

 

 命ある限り、怨嗟は生まれ、悲しみは絶えぬ。生まれなければ、苦しむ事などありはしない。

 この瓦礫の王こそが、創造神の生み出した命ある世界の、歪みの象徴である。

 

 冥界の王が手を差し伸べる。

 

「お前の渇きを癒そう。我が戦列に加わり、命ある者に救いの死を与えよう」

 

 ——共に、この世全てへの復讐を果たさん。

 

 誰も知らぬ闇の中、命なき屍肉の王と、冥界の王が手を取り合った瞬間であった。




『世界を安寧する力』
効果:肝心な時に蘇生してくれない。

本作では心が折れない限り何度でも蘇生してくれます。やったね。
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