今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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開戦

 白の帝国、帝都。

 この世界で最も力有る国の首都だけあり、多くの物と人が行き交っていた。

 久方ぶりに訪れた褪せ人も、以前にも増して人々が増えているように感じる。

 

「実際、人は増えていますよ。魔王ガリウスが討たれて、魔物も減ったおかげで流通は盛んですから」

 

 褪せ人にそう言いながら帝都を先導するのは、以前成り行きで行動を共にした事のある白き竜人、ラウラであった。

 少し振り向いて褪せ人に微笑みかけると、再び褪せ人に向けて話し出す。

 

「工業区はあちらですので、武器を見るならそちらに……あ! 蟹がお好きだと聞いてますが魚介の美味しい店が丁度あちらに——」

 

 あくまで表面上は落ち着いた様子で案内を続ける彼女だが、白き竜人である事を示す尾は落ち着きなく揺れている。

 褪せ人がぼんやりと揺れる尾を見つめながら歩いていると、それに気付いたのか恥ずかしそうに視線を逸らす。

 

「す、すみません……久々にお会いできたものですから」

 

 そう言っているそばから動き出す尾を押さえながら、ラウラが歩き出す。敬虔なアダマス教徒であり、『聖女』とも名高い彼女は帝都でも人気だ。そんな彼女のらしからぬ振る舞いは、少なからず帝国民の注目を集めていた。

 微笑ましく見る者も居れば、嫉妬混じりに褪せ人を睨む者も少なくない。

 遠巻きに視線を集めながら、褪せ人は然程気にする事なくラウラと共に歩いていた。

 

「えっと……帝国に来られた理由は聞いては駄目なんですよね?」

 

「……話せる事はない」

 

 おずおずと訊ねてきたラウラに対して、褪せ人は端的に答える。彼女は、褪せ人達が帝国に来た理由を知らされてはいない。偶々、褪せ人が帝国に来ている事を聞きつけ、急遽案内を買って出ただけである。

 

「そうですか……。でも、何かあったら言って下さいね? 貴方は私の恩人なのですから、報いる用意は常に出来てます!」

 

 拳を握り、やる気を示すラウラに褪せ人が頷く。

 実際、そう遠くない内に帝国から仕事が与えられるだろう。少なくとも表向きは平和を維持し続けていた帝国が戦場になるのは、彼女にとって酷な話だろうが。

 

 その後は彼女の勧める料理店で食事を楽しみ、仮住まいとしている宿へ向かうべく、ラウラと別れるのであった。

 

 

 

 

 

 

「おかえりー、何かあったかい?」

 

 宿に戻ると、エントランスのソファでくつろいでいたタラニアに声を掛けられる。ジュースを片手にリラックスした様子の彼女は、この宿をそれなりに満喫しているらしい。

 

「何も」

 

「だろうね」

 

 受付に預けていた鍵を受け取りながら褪せ人が答えるとタラニアが肩をすくめた。

 

 褪せ人達が帝国に来て数週間経った。冥界軍は、大きな動きを見せていない。いつ来るかも分からない相手に備え、さりとて情報漏洩の観点からあまり大きく動く事の出来ない現状、端的に言えば、暇を持て余していた。

 

「帝国の諜報部からも異常は無いみたい」

 

 褪せ人とタラニアのもとに、アブグルントがひらひらと紙切れを摘みながらやってくる。帝国からの定期報告だ。変わり映えのしない文字が並ぶそれを、アブグルントは手元で燃やす。

 

「私としては、貴方がつまらなさそうに出歩くのを見るのは楽しくはあるけれど」

 

 意地の悪い笑みを浮かべたアブグルントに褪せ人が溜息を吐く。カゴメやフーロンの特訓とやらに付き合い、フーロンやアブグルントとの買い物に付き合い、運悪く皇帝の飼い犬であるキンドライヒに見つかり散歩に付き合わされた。実際、余程つまらない顔をしていたのだろう。

 動かぬ状況に僅かに不満を抱きながら、褪せ人はふと風変わりな曲刀を弄ぶタラニアに視線を向ける。

 

「それは使えそうか」

 

「これかい? 何とかってところかな」

 

 そう言って掲げたそれは、七色に光る不可思議な曲刀であった。かつて、狭間の地にて暗黒の落とし子と呼ばれた異形の骸から作られた、薄羽の剣である。

 

 帝国にタラニアが同行するにあたり、褪せ人は彼女から一つの相談を受けた。ディアスに目の前で褪せ人を殺され、何も出来ずに地を這いずった。今のまま、単純に特訓量を増やしたところで前には進めない。己に出来る限界を悟った彼女は、褪せ人に力を求めた。

 

 その言葉を受け、褪せ人は一計を案じた。それが、この『アステールの薄羽』である。

 

「凄いねこれ。軽いし、丈夫だし、何より僕のスタイルに合っている」

 

 タラニアの言葉に褪せ人が頷く。そう思ったからこそ、貸し与えたのだ。

 褪せ人と違い、素早い身のこなしと中距離からの魔法剣を得意とする彼女に対し、アステールの薄羽は非常に噛み合っていた。

 彼女の普段使いの剣とも形状が似ている事も理由の一つだ。得物が似ていれば、その分慣れも早いだろう。

 

「後は見た目だけがね……」

 

 そう言ってタラニアが曲剣を眺める。

 刃は良い。向こう側が透けて見える程に薄く、虹色に輝くそれは武器として非常に美しい。振るった際に、青い魔力が宙をなぞる様も悪くない。

 問題は持ち手である。

 

「何で毛が生えてるのさ」

 

 アステールというのがどういう生き物なのかを彼女は知らないが、まるでそのまま千切った羽を武器にしたようなデザインには物申したいところだった。特に持ち手に生える毛。これに気付くと途端にげんなりする。

 

「いい加減に慣れろ」

 

 褪せ人に呆れたように言われる。

 タラニアも、既に繰り返した問答故にそれ以上は何も言わなかった。

 

「——こんなところに集まっていたのか」

 

 再び、褪せ人達へと声が掛かる。アルコゥだ。彼女もまた、褪せ人と共に帝国へと渡った一人である。

 

「何かあったの?」

 

「召集だ、今し方使いが来た」

 

 アブグルントの問いに、アルコゥが手に持った手紙を掲げる。帝国の封蝋が為されたそれには、夕刻に帝国城内へ来るようにと書かれてあった。

 

「漸く、仕事の時間だな」

 

「そうらしい」

 

 褪せ人はその手紙を懐に仕舞うと、帝国城へと向かうべく宿を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝国城に近付くに連れ、兵士達が慌ただしく行き交うのが目立ってくる。夜闇の中、荷馬車を走らせる帝国兵達を、つまらなさげに帝国司令室から見下ろす者が居た。

 

「ふわあ……こんな夜中に呼び出しおって。つまらん話ならわらわは帰るからな」

 

 欠伸をしながら、不満を隠そうともしないのは帝国に所属する大妖怪、キュウビ。

 

「外部から敵襲があったと聞いてはいますが……」

 

 そう言って窓の外を見遣るのは帝国参謀本部直轄の主任技師であるダグマール。彼女もまた突然召集された者の一人であるが、何が起こっているのかは聞かされていない。道中で声を掛けた帝国兵も詳しくは分かっていないようであった。

 

「ふむ……どうやら相当に厄介ごとのようだ」

 

 椅子に座り、優雅に笑みを浮かべる帝国魔神団長、メフィストの言葉に、ダグマールは視線を向け、問い掛ける。

 

「何かご存知なのですか?」

 

「いやなに、私も直接聞かされた訳ではないが、ここのところの帝国の動きを見れば察するものがある」

 

 その智謀を買われて帝国に所属する魔神であるメフィストは、おおよそ呼び出された理由については察していた。このところの皇帝やレオナの多忙、突然王国から此方にやってきた褪せ人達。考える材料は十分であった。

 

「——集まっているようだな」

 

 作戦司令室の扉が開かれる。中に入ってきたのは、実質的に白の帝国の軍を一手に率いている稀代の軍師、レオナ。そしてその背後から褪せ人達も追随する。

 

「ほう、そなたらはいつぞやの……うげっ!?」

 

 褪せ人の姿に見覚えのあったキュウビは興味深く一行を眺め、褪せ人のそばに居る白い少女の姿に目を剥いた。

 

「何故そなたがここに居る!?」

 

「……ん? あ! 同郷発見!」

 

 思わず声を上げてしまったキュウビに、カゴメが気付くと駆け寄っていく。

 

「妖狐ですね! 何故こんなところに?」

 

「ええい近寄るでない! ぬりかべの皮を被った頑張り妖怪め!」

 

 親しげに話し掛けるカゴメに対し、キュウビは自慢の尾を逆立たせる。

 ぬりかべカゴメ。東の国の大妖怪、あの冬将軍ですら出会ったならば逃げろと警告する程に人にも妖怪にも恐れられる妖怪である。

 

「よりにもよって何故此奴が東の国から出てきておる!? 国際問題であろう!」

 

 その強さ故に帝国で怠惰の極みを許されているキュウビにとって、カゴメは致命的に相性が悪い存在である。

 普段から大妖怪の威厳と面子を重んじるキュウビの様子に目を丸くするダグマール達を他所に、レオナが口を開く。

 

「静かにしろ。これより、任務の説明を始める」

 

 レオナの言葉に、騒いでいた者達が目を向ける。カゴメが尚も口を開こうとするも、アルコゥに口を塞がれ、抱えられていた。

 窓の外で、警鐘が鳴り始める。レオナは地図を広げた。

 

「数刻前、帝都周辺に突如として正体不明の軍勢が確認された」

 

 レオナの言葉に、事情を知らぬダグマールとキュウビが眉を顰める。突如として現れた軍勢、察するに周辺国のものではない。帝都に接近を許した以上、レオナの言葉通り突然現れたのだろう。尋常な相手ではないはずだ。

 

「彼らは冥界軍を名乗り、進軍を開始。防衛線を構築すべく部隊の編成を急いでいるが……恐らく間に合わないだろう」

 

「夜襲、それも不意打ちとは作法がなっていないね」

 

 レオナの説明に、メフィストが肩を竦める。宣戦布告から即開戦とは蛮族のやり方だ。人間同士の戦争の方が余程理知的だと皮肉げに笑う。

 無論、事前にこれを知っていたレオナ達はこの日の為に出来る事はやってきた。不意打ちなのは事実だが、それでも容易く帝都にまで突破を許すような事はない。だが、それでも十全とは決して言えないのが現状である。

 

「召集された理由は分かりました。して、私達はどのように?」

 

「冥界軍は、帝都を包囲するように軍を展開している。お前達にはその一角を崩してもらう」

 

 レオナが地図を広げ、帝都から離れた一角をなぞる。

 

「現状、最も防衛の薄いここにお前達を向かわせる。時間稼ぎが主目的な為、無理はしなくても良いが……無理のない範囲で暴れてもらう」

 

 不意を打ったつもりの相手の目論見を崩す。圧倒的な火力を誇るキュウビ、ダグマールを呼び付けたのはそれが目的だった。派手に暴れ、注意を逸らせるのであれば時間稼ぎにもなる。

 

「成程、圧倒的な火力で相手の士気を折る……! 『衝撃と畏怖作戦』という事ですね!」

 

「まぁ……作戦名はこの際どうでもいいが、そういう事だ」

 

 作戦を聞き、やる気に満ち溢れたダグマールにレオナが胡乱な返事を返すと、改めて表情を引き締め、褪せ人達を見た。

 

「非常事態故、キュウビ、ダグマールと褪せ人達はメフィストの部隊に組み込ませてもらう。漸く取り戻せた平和を乱す不逞の輩に、お前達の力を見せてやれ」

 

 レオナの言葉に、空気が変わる。静寂の中、褪せ人は兜を深く被り直した。

 帝都に、戦を知らせる鐘が鳴る。仮初の平和は、遂に破られたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝都郊外、山間部。

 彼方に帝都を見据え、夜闇に火を灯すのは冥界軍。月夜と松明に照らされながら、兵士達は一人の少女の言葉を待っていた。

 少女の名はリンクス。かつて白の帝国によって侵略を受け、服属する事となった獣人達の長である。

 

「——聞け、百獣の民達よ! 遂に我らが父祖の地を取り戻す時が来た!」

 

 その少女の力強い声に、狼の獣人が雄叫びを上げ、牛の獣人がその巨大な足で大地を踏み鳴らす。

 彼らは冥界軍に与し、先祖の土地を取り返さんとする獣人の部隊であった。

 

「今こそ立ち上がれ戦士達よ! 勇気と誇りをもって、我らが故郷を取り戻すのだ!!」

 

「うおおおお! リンクス! 我らが獣人の長よ!!」

 

 リンクスの檄に、獣人達の士気は最高潮に達する。今まで白の帝国に溜まっていた怨みが、ついに爆発したのだ。

 今にも走り出さんとする獣人の兵達にリンクスは笑みを浮かべる。

 

「見事な檄だ。獣人でない我らも、血が熱くなるというもの」

 

「貴方は……」

 

 リンクスに声を掛けたのは、冥界軍として共に沓を並べるオーク達の王であった。彼らもまた、かつて帝国に敗北し、故郷を追われる事となった者達。

 オークロードがリンクスに笑い掛ける。

 

「この戦、負ける訳にはいかぬな。我ら父祖の故郷の為にも、こうして団結の機会をくれたハイドース様の宿願の為にも」

 

「そうね……」

 

 オークロードの言葉に、リンクスも微笑む。こうして、戦いの場を与えてくれたハイドースには感謝している。だが、果たして彼の宿願は叶えて良いものだろうか。

 理知的で慈悲深い死者の王。だが、その皮一枚下に、何か悍ましいものが蠢いている気さえリンクスはした。

 

「どうかされたか?」

 

「……いえ、ごめんなさい。何でもないわ」

 

 訝しげなオークロードの声にリンクスがかぶりを振る。仮にも冥界軍の盟主を疑うような真似は良くなかった。考えるべきは、己を信じてついてきてくれている獣人達。

 

「——リンクス様! ご報告したい事が……!」

 

 そんなリンクスとオークロードのもとに、一人の獣人が慌てたように駆けつける。周辺の確認にあたらせていた斥候部隊の一人だ。

 

「何があったの?」

 

「はっ、それが……帝都方面から何かが此方に向かって来ている模様!」

 

「分かったわ。各部族長に伝えて、敵襲の可能性があるわ」

 

 斥候が弾かれたように駆け出すのを見ながら、リンクスは近くの獣人から王笏を受け取り、護衛を連れて外に出る。

 

「……どう思う?」

 

「帝国が軍を編成したにしては早過ぎる。考えられるとすれば……寡兵か」

 

「時間稼ぎのつもり? 舐められたものね」

 

 オークロードと話しながら、リンクスは帝都の方へ目を向ける。暗い闇の中だが、獅子の獣人たるリンクスであればこの程度の闇は十分に見通せる。

 

 月明かりが照らす中、夜の空に浮かぶのは巨大な白い翼。全身を白い鱗で覆い、真っ直ぐに此方を睨むのは竜であった。未だ遠目に見えるそれは、しかし凄まじい速度で此方に向かっている。

 

「ドラゴン……!?」

 

「クッハハハ! 帝国め、あんなものを隠していたか!」

 

 リンクスが驚く横で、オークロードが笑い声を上げる。そして、リンクスはすぐさま踵を返し、己の配下達に向けて叫んだ。

 

「魔導部隊と弓兵を前に! あの竜を撃ち落とす!」

 

「おい! こっちも魔導師を出せ! 初戦から竜狩りとは景気がいい!」

 

 オークと獣人の遠距離部隊が前に出る。先程まで小さく見えていた竜は、すぐそばまで迫っていた。

 

「——撃て!!」

 

 リンクスの号令に、魔術と弓が一斉に放たれる。無数の矢と迫る炎弾を前にして、しかし竜はその速度を緩める事は無かった。

 

「……!」

 

 竜の巨体を、突如として球形の防壁が覆い隠す。矢と炎弾は防壁によって容易く弾かれ、力無く地面に落ちていった。

 

「な……!?」

 

 リンクスが瞠目する。鱗にすら届かなかった。月光の下、白い影が膨れ上がる。言いようのない圧が、より相手を大きく見せていた。

 厄介な相手が現れたとリンクスは王笏を握る。未だ悠然と空を飛ぶ竜を睨みつけ、そしてその竜の背に何者かが跨っているのが見えた。

 

「誰かが乗っている……?」

 

 鎧の騎士であった。重厚な鎧を身に纏い、青い宝剣を片手に持った巨躯の騎士。それが徐にリンクスへと視線を向けた瞬間、彼女の全身に怖気が走った。

 

「防御壁展開! 急いで!」

 

 反射的にそう配下に指示を出すと、彼女自身も防御壁を展開する。野生の勘頼りの行動だったが、それが結果功を成した。

 防御壁に、雷の槍が突き刺さる。空気を裂くような音と共に着弾したそれは、ただの一撃で防御壁に亀裂を走らせた。

 

「くぅぅ……!」

 

 リンクスが呻く。咄嗟の展開とはいえ、ただの一撃でこれ程の損傷を受けるとは。そんな一撃を放った鎧の男の手には、既に新たな雷の槍が握られている。

 

「オーク達よ! 魔法を放て! 獣人達を守るのだ!」

 

 オークロードの号令でオーク達が魔法を放つ。無数の雷撃が鎧の男に迫るも、男は動じる事なく青い宝剣を振るう。再び展開される球形の防壁。それらは容易くオーク達の魔法を受け止めてみせた。そして、再び雷の槍が放たれる。

 

「あまり私達を舐めるな!!」

 

 リンクスが吠える。同じ攻撃で易々と突破出来るほど、この防壁は甘くはない。強化、修復された防壁は雷の槍を確かに受け止めてみせた。だが、その程度では終わらない。

 白き竜の口が開かれる。口腔に炎を燻らせたそれは、竜の息吹の前兆。

 

「……ッ!? 皆、逃げ——」

 

 放たれる竜の息吹。雷の槍を受け止めた防壁は僅かに抵抗するも、砕かれる。

 大地を燃やし、熱風が走る。圧倒的な破壊は、獣人はおろかオーク達ですら狼狽える程のもの。

 

「ぐっ……皆、無事!?」

 

 リンクスが叫ぶ。煙の中、咳き込む獣人達の声に肩を撫で下ろす。そして、周囲の状況を確認しようとして——それを見た。

 

 月明かりの中、白い鱗が光を反射し輝いている。深い知性を伺わせる瞳が、此方を見下ろしていた。彼女はこれまでに『竜』と呼ばれる者を幾度も見てきた。だが、これは違う。ワイバーンでも、知性なきドラゴンでもない。明確に次元の違う竜を今、目の前にしていた。

 

 ——ならば、それに跨るあの男は何だというのか。

 

 傷一つない美しい竜に跨るのは、無数の戦傷が刻まれた鎧の騎士。雷を操り、防壁で守りを固める姿は一見して魔導師を思わせるが、リンクスの勘が違うと囁いていた。

 兜の奥、深い闇の向こうにあるはずの瞳はリンクスですら見通せない。同じ人であるのに、此方の方が余程恐ろしかった。

 

「何なのよ、貴方達は……!」

 

 恐れを隠すように睨みつけ、王笏を向けるリンクスに男は答えない。

 男の手には先程握られていた宝剣はなく、代わりに黄金の大斧が握られている。一目見て尋常な力の者が持てる物ではないそれには、皮肉にも獅子の姿が刻まれていた。

 

 圧倒的優位で始まった冥界軍の進撃。その一角で、理不尽なまでの暴力が撒き散らされようとしていた。

 

 




冥界軍ナイトレイン
一日目夜に無名の王襲撃
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