今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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力こそ王の故

「えげつないのう……これもうわらわ達が出向く必要ないのではないか?」

 

 遠く見える雷と炎に、キュウビは呟く。

 ダグマールの言うところである『衝撃と畏怖』作戦であるが、先行した褪せ人とアルコゥは見事にその役割は全うしたようだった。

 圧倒的有利な状況、士気も最高潮であった獣人とオーク達は、突如現れた名も知らぬ竜騎兵一人に慄いている。

 

「……というか、獣人とオーク? 話に聞いてた冥界軍の構成と違わないかい?」

 

 ふと、遠目に見える軍勢を見てタラニアが疑問を口にする。

 アンデッドと冥界の兵士を中心に構成された軍勢が事前に聞いていた冥界軍の構成である。掲げる旗印こそ冥界軍のものではあるが、疑問を持つのは無理もなかった。

 

「ふむ、恐らくは叛乱を唆され、冥界軍に与したのだろうね。過去、帝国は度重なる侵攻でオークや獣人達から領地を奪っているから」

 

「今の白の皇帝はその辺りをどうにかしようと動いてましたが、貴族達からの猛反発に遅々として進んでいなかったのが現状ですね」

 

 メフィストとダグマールが口々に言う。白の帝国は長い歴史の中、数多くの侵略を繰り返してきた。飢えた自国の民の為、魔王ガリウスに対抗するべく人類を一つにする為、或いは帝国の覇道そのものの為……時代によって理由は様々であるが、それで多大な恨みを買っていたのは事実。冥界軍は、それを利用したのだろう。

 

「……ん? 現皇帝は獣人やオーク達と融和しようとしてたんですよね? ここで殺すのは不味いのでは……」

 

 フーロンがふと疑問を口にする。ここで獣人とオーク達を討つのは、白の帝国の事情に詳しくない彼女から見てもあまり良い状況にならないのは明白だったからだ。

 

「でも、叛乱を起こしたのは彼らで、私達は火の粉を振り払うだけよ? 慈悲をかけてあげる理由なんてないと思うけれど」

 

 しかし、そんなフーロンの言葉に、アブグルントはにべも無かった。仕掛けてきたのは向こうで、今もこうして帝国へ侵攻しようとしている。情けをかけたところで、彼らは再度こちらへ攻め入ってくるだけだろう。ならば、いっそここで芽を摘み切ってしまう方が良い。

 アブグルントは薄い笑みを浮かべる。

 

「待っていれば手に入ったかも知れないのに、滑稽ね」

 

「相変わらず性格が悪いね君は……」

 

 メフィストが呆れたようにアブグルントを見る。それとなく獣人とオークを殲滅する方向に持っていっているのは、それを成すのが褪せ人だからだろう。

 仕掛けたのは向こうで、命令されただけの彼が責められる謂れは何一つありはしない。だが、それでもあの男は馬鹿正直に背負うのだろう。アブグルントにとってみれば、その結果があの男にどう響くのかを見たいのだ。

 メフィストは溜息をつくと再び口を開く。

 

「止めるにせよ、そうでないにせよ、私達も向かうとしようか」

 

「何? 正直帰って寝たいのだが……」

 

「駄目ですよ! まだ何にも頑張ってないんですから! ほら、早く早く!!」

 

「のわっ!? 急に出てくるでない! 何で東の国より生き生きとしてるのだこのぬりかべは……」

 

 背後で騒ぐ妖怪達、前方で響く爆発音を聴きながら、メフィストは厄介なメンバーを押し付けられたものだと苦笑いを浮かべるも、その足は止めない。爆炎の中心へと、彼女達もまた歩き出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 燃え盛る草木の中、立ちはだかるのは名も知らぬ竜騎兵。無言で放たれる殺意に、獣人とオーク達の高まっていた熱気が冷えていくのを感じる。

 地上に降り立ち、未だ動きを見せないそれを前にして、オークロードはリンクスへと口を開く。

 

「あの竜騎兵、知っているか?」

 

「知らないわ。そもそも、帝国は騎竜自体が普及していないはず……」

 

 オークロードの問いに、リンクスは首を振る。

 帝国では竜騎兵は普及していない。ましてや、帝国外であってもこれ程に巨大な竜を駆る戦士など聞いた事が無かった。

 リンクスの顔が険しく歪む。

 

「こんな戦士を、何も知らない帝国がたまたま抱えてたとは思えない……」

 

 冥界を通じ、直接帝国領内へと侵攻を開始したのだ。事前に此方の動きを察知出来たとは思えない。故に、この侵攻はある程度予見されていたのだと考えるのが自然だった。あれは、帝国がカウンターとして用意した切り札の一つ。

 リンクスが王笏を構え、竜騎兵を睨みつける。

 

「いずれにせよ、目の前のあれを退けなければ私達の誇りは取り戻せない」

 

 撤退しろと騒ぐ野生の本能をリンクスは理性で縛り付ける。

 撤退したところで、民達は納得しない。ここで撤退すれば、より盤石な帝国を相手に戦わなければならず、そうなればいよいよ彼女達の勝利は怪しくなる。

 勝ち取るのであれば、この機を逃す訳にはいかない。

 

「魔導部隊散開! 前衛は竜騎兵の足止めを!」

 

「ウオオオオ! 獣人に負けるな! オークの力を見せつけてやれ!!」

 

 オークロードとリンクスの言葉に、兵達が突撃する。そんな彼らを、鎧の騎士は一切の揺らぎなくただ見下ろすと、徐に両腕を上げた。両手を赤い炎で包み込む様は、何らかの術の前兆。燃え盛る雲が、夜の闇を薄く照らす。

 

「術に備えて! 何か来る!」

 

 リンクスの警告の直後、周囲に火の雨が降り注いだ。炎の礫は、無作為に降り注ぎ、オークと獣人達を燃やす。

 

「見かけ倒しだ! この程度の炎……くそッ!」

 

 威力はそれ程でもない。だが、決して無視出来るものでもない。特に獣人は、火の雨を前にして大きく足を鈍らせた。

 

「おのれ……弓兵構え! 射てぇ!!」

 

 ケンタウロス達が弓を構える。火の雨の範囲外から、雨の如く矢が放たれる。白竜は、それをつまらなそうに見遣りながら、ゆっくりと大翼を広げた。

 

「児戯だな」

 

 大翼が羽ばたき、巻き起こされた突風が矢の雨を散らす。そればかりか、果敢に攻め入っていた歩兵すらその暴風を前にして、攻めあぐねていた。

 ただ羽ばたき一つ、それだけで戦士達を突き放す様は、圧倒的な力の差を感じさせる。

 

「この程度の風!」

 

「ウオオオオ!!」

 

 だが、彼らとて生半可な覚悟で挑んでは来ていない。巻き起こる風の中、白竜の足元に辿り着く者達も居る。

 牛の獣人とオークの戦士が、悠然と構える白竜の前脚目掛け、渾身の一撃を叩き付けんと武器を振り上げる。だが、それすらも白竜にとっては取るに足らない。

 

「気骨はある。だが!」

 

 前脚を持ち上げ、無造作に薙ぎ払う。堅牢極まる白い竜鱗と質量は、ただ振るわれるだけで十分な破壊力を持つ。その巨体からは想像も出来ない速度で振るわれたそれは、オークと獣人をまとめて捉えた。

 

「ガァッ!」

 

「グォッ!」

 

 獣人とオークが吹き飛ばされる。身を起こそうと立ち上がるオーク達の視界に迫るのは、鎧の騎士が振り下ろす巨大な斧の一撃。

 

「グアァァァ!!」

 

 大地が隆起する程に強烈な叩き付け。その衝撃波に獣人とオークは高く打ち上げられる。竜に跨りながら、ただ腕力のみでそれを成す騎士に対する戦慄と、無惨に叩き付けられた戦士の姿にリンクスは顔を歪める。

 だが、彼らの勇気を決して無駄にはしない。リンクスが魔法陣を展開する。それを合図に、彼女の配下である魔導部隊もまた、同様に魔法陣を展開した。

 

「これで……吹き飛びなさい!」

 

 散開した爪牙の魔導部隊とリンクスによる同時発動。四方から放たれた魔法は白竜へと迫ると、そのまま爆発を引き起こした。竜をも覆い隠す炎の柱。その破壊力は、獣人の王としての力に相応しいもの。

 

「やった……!」

 

 夜の空、爆発の炎が煌々と照らす。魔法による連携攻撃は、彼女の得意とする戦術である。手応えは間違いなくあった。

 徐々に炎が晴れていく。その姿を確認するまでは、決して油断は出来なかった。だが、そこに本来あるはずの竜の巨体の姿はない。

 

「……!?」

 

 リンクスが狼狽する。竜はなく、そこに居たのは二人の人影。爆炎を背に、鎧の騎士と黒衣の竜人が現れる。その身には傷一つとしてありはしない。

 必殺の一撃を一蹴され、愕然とするリンクスを他所に、竜人は口を開く。

 

「悪くない一撃だった。だが、やはり我らに届かせるには、少しばかり力が足りんな」

 

「……何者なの、貴方達」

 

 リンクスは震えそうになる声を何とか抑え付け、呻くように問うた。

 倒せたとは思ってはいなかった。だが、それでもここまで隔絶した差があるとも考えてはいなかった。

 

「我が名はアルコゥ——真なる竜にして原初の竜人が一人である」

 

 爆炎の残滓が消える。まるで凍りついたように周囲が動けない中、朗々と竜人は名乗りを上げる。

 

「……」

 

「おい、お前も名乗れ。戦の作法であろう」

 

「……褪せ人」

 

 呆れを隠さないアルコゥに、褪せ人もまた漸く口を開く。その名を聞いて、リンクスは目を見開いた。

 彼女とて、無知ではない。いずれも、時代は違えどその名を轟かせる英雄の名だ。信じたくはなかったが、それが騙りではない事は今身をもって分からされていた。

 

 帝国を前に、立ちはだかるのは理不尽なまでの暴力。生半可な覚悟と力で挑めば、容易くその身を砕かれるのは必定。

 

「でも、退けない。ここで退けば、無冠のチャンピオンと同じ……」

 

 無冠のチャンピオン。彼女が憧れた獣人の英雄。されど、彼は人間に敗北し、獣人の誇りを捨てて人間と手を取り合う事を選んだ。——それだけは、決して認められない。

 覚悟を決め、リンクスは顔を上げる。

 

「——私達は、飼い猫じゃない!!」

 

「よくぞ吠えた。来るがいい、望む栄光は死線の先で掴み取れ」

 

 アルコゥが大斧を構え、それに呼応するように褪せ人も構える。リンクスもまた、兵に指示を出そうとする。しかし、いの一番に飛び出したのはオークロード。

 ウォークライと共に特大剣をアルコゥに向けて振り下ろす。

 

「いと強き者よ! いと高き竜よ! 我らと死合ってもらう!!」

 

「良いだろう。我はいかなる挑戦も受ける者。己が全てを賭して我が心の臓に届かせてみせよ」

 

 最強のオークの一撃を、顔色一つ変える事なく受け止めながら、アルコゥが口を開く。それが再びの開戦の合図であった。決死の覚悟で駆ける兵士を見遣り、褪せ人もまた、リンクスへと向き直る。

 苛烈な竜人の圧とは違う。ただただ無機質な殺意がリンクスを貫く。

 

「……!」

 

 視線を向けられただけで漏れそうになる悲鳴を堪え、王笏を構える。どれ程強くとも、ただの人間。竜を相手にするよりは遥かにマシなはず。だというのにこの言い知れぬ圧は何だというのか。

 

「グ、グオオォォォ!!」

 

「ッ!? 止まりなさい! 待って!」

 

 リンクスの静止を無視して突進するように駆けるのは熊の獣人。

 その獣人がリンクスの指示なく駆けたのは勇猛だからではない。その目に浮かぶのは恐怖。ただの人間に、恐怖した本能が彼を恐慌に陥らせたのだ。

 

「グルルァァァ!!」

 

 熊の獣人が褪せ人に斧を振り下ろす。恐怖していようが、その力の一撃は強烈の一言。しかし、褪せ人はそれを冷たく見遣ると、斧を低く構えて迎え撃つ。

 

「……」

 

 振り下ろされた斧に対し、大斧を振り上げる。互いの得物がぶつかり合い——拮抗すらする事なく獣人の斧が砕かれる。

 弾かれたように大きく体勢を崩す獣人に対し、褪せ人の斧の勢いは衰えていない。そのまま大斧は獣人の胴を強かに打ち上げると、その巨体を吹き飛ばした。

 

「ガアァッ!?」

 

 痙攣し、立ち上がる事のできない獣人から褪せ人は再びリンクスを見る。体格で勝る獣人すら軽くあしらった褪せ人に慄く獣人達を横目に、大斧を構え、猛然と駆ける。

 

「……ッ!? 前衛は全力で足止めしなさい! 魔導部隊、詠唱準備!」

 

 これまで受け身だった褪せ人がここにきて攻めの姿勢を見せた。リンクスは獣人達へと指示を下す。ここまでの戦いで、まともにやって勝てる相手ではない事は理解した。それでも時間を稼ぎ、活路を見出すべくリンクスも駆ける。

 

「ウオオォォ! 我らが王に近寄らせるな!!」

 

「力が強かろうとただの人間だ! この爪で引き裂いてくれる!!」

 

 ワーウルフを始めとした、獣人達が褪せ人へと迫る。その機動力を活かし、四方を囲うと、自慢の牙で引き裂かんと地を駆ける。

 褪せ人は道を遮られた事を悟ると、駆ける足を止め、大斧を徐に振り上げた。斧を握り締めた腕に力が籠り、ミシミシと軋んだ音を立てる。尋常な膂力ではない。ただでさえ大きかった存在感が、さらに膨れ上がるのを獣人達は感じた。

 明らかな溜めの動作。されど、殺到する獣人達は退かない。否、退く事ができない。

 十分に力の籠った大斧を、褪せ人は大地へと突き立てた。並外れた膂力と、大斧の大質量は大地を割り、まるで地震が起きたかの如く地上を揺らす。

 

「なっ!?」

 

 獣人達が瞠目する。ただ大斧を大地に叩きつけただけ。だが、目の前で起きているのは想像を遥かに超える。放たれた衝撃波は、そのまま獣人達を飲み込んだ。

 そして、それは一度だけに終わらない。再び叩き付けられる大斧。二度、三度と繰り返される衝撃波は、褪せ人を中心に広がっていく。

 

「ば、化け物め!?」

 

「これが人の力だと……じゃあ俺達は何だ!?」

 

 吹き飛び、砕かれ、叩き伏せられる。猛然と攻めた獣人の戦士達は、まるで小石のように吹き飛ばされる。

 圧倒的な破壊の嵐の後に残るのは、地に伏せた獣人達と、その中心に立つ騎士の姿。

 

「くっ……! ケンタウロスは射撃と撹乱に徹しなさい! 残った前衛は——!?」

 

 目の前の光景に狼狽しながらも、懸命に指揮を取るリンクスだったが、それは遮られる。

 リンクスが視界に捉えたのは、角の生えた馬を駆り、此方へ向かってくる褪せ人の姿。手には先程の大斧は無く、不可思議な文字の刻まれた槍が握られている。

 此方を見据え、槍を上方に構えるとそのまま投げ付ける。強靭な膂力で投げられたそれは、空気を切り裂きながら、矢の如く真っ直ぐにリンクスへと迫った。

 

「このッ!」

 

 しかし、そこは彼女も獣人の王。直線上に飛来する槍を、いとも容易く跳躍して躱す。先程まで彼女の居たところに槍が突き刺さり、大地を抉った。

 その威力にリンクスは内心で肝を冷やす。受ければただでは済まない。戦慄と共に再び褪せ人へと目を向けたリンクス。そこには、再び槍を構える褪せ人の姿。

 

「何故……!?」

 

 投げた筈の槍が再び手元に戻っている。リンクスが思考するより先に再び放たれる槍。リンクスが躱せば、間髪入れずに再度槍が迫る。避け続けるが、少しずつ精度の上がっていく槍の投擲に、リンクスは焦燥を覚える。

 ケンタウロスの矢が、魔導部隊の魔法が褪せ人を襲うも、馬に騎乗した褪せ人は宙を跳ねるようにして跳び、駆けては躱していく。押し留めようとする戦士達も、まるで見えない壁に押されているかのように馬に触れる事さえ叶わない。

 何より恐ろしいのは、それだけ動いていながら、ただ真っ直ぐに、殺すべき相手から視線を外していない事だった。

 

「何なのよ……何で貴方みたいなのがこんなところに……!」

 

 リンクスが呻く。迫り来る死の恐怖が、彼女の王としてのメッキを少しずつ剥がしていく。

 民の安寧、獣人の誇り、無冠のチャンピオンへの失望。それら全てが彼女の小さな身体にのしかかっていた。

 

「無冠のチャンピオンとは違う! 私は……最後まで獣人の誇りを……!」

 

 大斧一つで獣人達を圧倒し、悠然と構える褪せ人の姿を見た時、彼女は思わず王者を幻視した。

 力こそ王の故。その堂々たる王者の姿は、幼い頃、彼女が憧れたチャンピオンそのものであった。

 

「何で……わ、私だって、王様に……誇り高き戦士に……!」

 

 全ては故郷の為、誇り高き獣人の為。それら全ては、敵として立ちはだかる王の姿に打ち砕かれる。

 暗い絶望の影が足元に纏わりつく。必死に避けていた槍が、身体を掠める。己の配下達が、口々に逃げろと叫んでいるが、彼女の耳には届かない。目の前の鎧の騎士の向ける殺意が、お前は王たるに相応しくないと、そう言っているようだった。

 

「私では、なれないの……? 戦士に、皆の、ヒーローに……」

 

 そして、ついに褪せ人の槍がリンクスを捉える。最早、彼女に避ける事など出来はしない。帝国に反旗を翻し、何も成せずに終わる。無様だった。

 

「私も、貴方達みたいに——」

 

 渾身の槍が、リンクスの心臓を穿たんと迫り——しかし、彼女の身体に届く直前に弾かれる。

 

「——良くぞ、持ち堪えた」

 

 褪せ人が手元に戻った流紋の槍を仕舞うと、大盾と大槌へと持ち替えトレントから降りる。あれ程騒がしかった戦場に、静寂が舞い降りた。

 いつの間にそこに居たのか、まるで気付く事が出来なかった。夜の闇故、という訳ではないだろう。闇で掻き消すには、その男の存在感は強過ぎた。

 金で縁取った黒い鎧を身に纏い、二又の槍を片手に持った偉丈夫。闇のように静かで理知的な所作に底知れぬ威圧感を感じさせる。

 褪せ人は悟る。この男こそが、ヘカティエの言う冥界の王。死者の世界の管理者にして古き神の一人。

 

「——亜神ハイドース」

 

「如何にも、まさかこのような場で会おうとはな、異界の英雄よ」

 

 ハイドースは褪せ人から視線を外し、リンクスへと視線を向ける。先程まで取り乱していた彼女だが、ハイドースの登場に、僅かに平静を取り戻したようだった。それでも、その瞳は揺らぎ、呼吸は荒い。戦いを続けられる状況ではなかった。

 

「申し訳ありません……初陣でこのような無様を……」

 

「よい。よくぞこの男を相手に戦ってくれた。今は休め。我らは、同じ目的の為に集った同志なのだから」

 

 そう言って、ハイドースはリンクスを下がらせる。周囲を見れば、オーク達も撤退を始めていた。アルコゥが険しい目で睨むも、追い打ちをかける様子はない。

 ハイドースの背後、獣人の配下に抱えられるリンクスに一瞬だけ目をやる。逃してしまったが、今はそんな事はどうでも良かった。亜神ハイドースに対して武器を構える。

 そんな褪せ人に対して、ハイドースはただ目を細めるのみ。

 

「見事な戦士よ。その比類なき力、ただ雇われとして使われるだけに収まるとは」

 

「興味がない」

 

 褪せ人がハイドースの言葉に返す。

 地位も栄光も、興味はない。ただ戦場にて、己の武器を振るう相手が居れば良い。

 

「……やはり、お前も人か。誇りと使命、愛と愚行でその命を燃やし尽くす」

 

 ハイドースが褪せ人の姿を眩しいものを見るかのように笑みを浮かべる。

 神と比べ、刹那に等しき短き生。まるで火花の如く燃やし尽くす様は、どこまでも儚く、美しい。

 

「——故にこそ、哀れだ」

 

 ハイドースの言葉を引き金に、それは姿を現した。

 響くような呻きと共に、大地が揺れ、木々が騒めく。夜が明け、白みがかった空を再び闇が覆う。

 

 褪せ人が空を見上げる。

 それは、腐肉の太陽だった。無数の骸が積み重なり、腐汁を滴らせた球形。それは骸の口を借り、この世全てに呪詛を吐きながら陽の光を覆い隠す。

 

「——復讐を始めよう」

 

 ——明けない夜が、帝国全土を覆い尽くした。




襲撃イベント『瓦礫の王』

多分本作のリンクスはエスネアと仲良くなれる。
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