今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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登場キャラが……登場キャラが多い……!


腐肉の太陽

「東部港町にアンデッド出現! 警備部隊より応援要請!」

 

「騎兵隊を向かわせろ。メーアを隊長として部隊を再編成させる」

 

「て、帝都南西部の山岳地帯にて突然猛毒の雨が発生!」

 

「配置していた守備兵を撤退させろ。近隣の住民への避難誘導も忘れるな」

 

 帝国作戦司令室。矢継ぎ早に入ってくる報告にレオナが指示を出す。忙しなく手を動かすレオナに、王子は口を開く。

 

「手は必要か?」

 

「いや、まだ大丈夫だ。王国には別のところで活躍してもらう。……すまないな、足を運んでもらったというのに」

 

「気にするな、こうして帝国軍師様の働きを眺めてるのも、まぁ悪くはない」

 

「貴様というやつは……」

 

 王子の軽口にレオナは僅かに表情を緩める。王国の援軍が到着した事で、浮いた戦力をこうして不測の事態に回せているのだ。王国軍の実力はよく知っている。貴重な戦力を単なるアンデッド退治に回すつもりは無かった。

 

「それにしても、暗いな……」

 

「……そうだな」

 

 王子の言葉に、レオナは窓を見遣る。既に朝だと言うのに、外はまるで夜のように暗い。

 その原因は太陽を覆い隠すように浮かぶ奇妙な肉の塊。あれが、今各所で起きているアンデッド大量発生の原因なのだろう。冒涜的なそれを見上げていると、再び司令室の扉が開かれる。

 

「レオナ、戻ったよ」

 

「ご苦労、予想以上に上手くやってくれたようだな」

 

「まぁ、私達は何もしていないがね」

 

 入ってきたのはメフィスト達であった。レオナの労いに、肩を竦めながら席に座る。

 メフィストに視線を向けられ、その意図を察した褪せ人が口を開く。

 

「ハイドースと遭遇した」

 

「何? 交戦したのか?」

 

「いや、逃げられた」

 

 レオナの問いに、褪せ人が答える。

 亜神ハイドースは腐肉の太陽を召喚すると、足止めのアンデッドを放って撤退した。あくまで、狙いは褪せ人ではなく白の帝国だという事だろう。

 そして、ハイドースが言い放った言葉について、褪せ人は口にする。

 

「……ハイドースは『復讐を始める』と言っていた」

 

「復讐だと……?」

 

 レオナが褪せ人の言葉に考え込む。

 復讐。獣人とオーク達にとって、白の帝国が憎き仇であるという事は分かる。レオナとしては色々と反論したいところではあるが、それでも彼らの土地を奪ったという事実は変わらない。

 だが、ハイドースについては分からない。帝国の歴史から考えても、冥界の亜神に対して何かを起こしたという事はない。或いは、知らず何かの逆鱗に触れたとでも言うのだろうか。

 

「——ハイドースの復讐。その刃が向かう先は私でしょう」

 

 考え込むレオナのもとに声が響く。顔を上げれば、作戦司令室の前に居たのは白の帝国における主神、アダマス。その傍には白の皇帝も立っていた。

 

「アダマス様、陛下!?」

 

「今し方戻った。女神アダマスからここに連れて行けと言われたのでな」

 

 思わぬ登場に思わず背筋を伸ばすレオナに、皇帝はそう言うとアダマスを椅子に座らせ、自身は壁に背を預けるようにもたれ掛かる。

 褪せ人はアダマスに視線を向ける。

 

「復讐とは何のことだ」

 

「……かつて、私は冥界の神であったハイドースと、その妻であるペルセフォネの掲げる理想を否定し、争いました」

 

 それは、かつてハイドースが亜神ではなく真なる神の一柱であった時代。ヘカティエも、ヘリューズすら知らない神の時代の話であった。

 

「争いの果て、私はハイドースの肉体を砕き、その魂すらも消滅させようとしたのです」

 

「それは……」

 

 レオナが言葉に詰まる。

 王国の助力もあって救い出された女神アダマス。肉体こそ取り戻せしたものの、その力は大半が失われていた。帝国の政治に何も言う事はなく、ただ穏やかに見守るのみ。そんなアダマスが魂までも砕かねばならないと、それ程に相容れない何かが、ハイドースにはあったのだ。

 アダマスの語りに、白の皇帝が口を開く。

 

「だが、ハイドースは生きている」

 

「はい。ハイドースの魂を砕く事には失敗しました。ペルセフォネが、自身の魔力を犠牲に、彼を護ったからです」

 

 結果、ハイドースは亜神に堕ち、しかし生き永らえた。アダマスもまた、長い争いで疲弊し、弱り果てたペルセフォネを封印するのが精々であった。

 

「力を失ったハイドースは理想を果たす事はなく、再び冥界の王として死者の管理を任される事となりました」

 

「それが、復讐か」

 

 ハイドースにとって、真に復讐の相手なのは白の帝国ではなくアダマス。そこに、白の帝国に恨みのある者達を巻き込んで今回の戦争を引き起こした。

 白の帝国がアダマスを救い出したのを知ってから動き出したのであれば、このタイミングなのも辻褄は合う。

 皇帝がレオナへと視線を向ける。

 

「……状況は」

 

「はっ! 腐肉の太陽出現と同時に各所にアンデッドが異常発生、一部地域では腐汁が雨の如く降り注ぎ、腐敗が広がっています」

 

 レオナの説明に、皇帝が考え込む。

 アンデッドも、腐敗の雨も厄介な事この上ない。今はまだ対処出来ているが、あの腐肉の太陽がある限りは終わらないのだろう。このまま被害が拡大し、農業地帯に被害が及ぶと目も当てられない。敵は、本当に白の帝国を潰すつもりなのだろう。

 皇帝がレオナへと向き直る。

 

「飛空船は出せるか?」

 

「はっ、現在一隻待機しておりますが……一体何をされるおつもりで……」

 

「決まっている」

 

 戸惑いながら疑問を口にするレオナ。皇帝は一度窓の外に浮かぶ腐肉の太陽に目を向け、そして再び視線を戻すとレオナに向かって端的に答えた。

 

「——腐肉の太陽を破壊する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白の帝国の飛空船。腐肉の太陽へと向かって突き進むその船の甲板に、褪せ人は居た。

 目的はただ一つ、腐肉の太陽の破壊。

 

「あの肉塊の下には、どれくらいで着く」

 

「順当に行けば、20分くらいだってダグマールが言ってたよ」

 

 褪せ人の疑問に、タラニアが答える。その答えを聞いて、再び空を睨んだ。

 近付くにつれ、腐肉の太陽が大きくなる。壊すにしても、生半可な火力では焼石に水だろう。

 

「大きい……ですね……」

 

 そう言って、褪せ人の側に立ったのはヘリューズ。王国の援軍と共に褪せ人と合流したのだが、その表情は芳しくない。何かに耐えるように歯を食いしばっては、ふらついて褪せ人にもたれ掛かる。

 

「えへぇ……役得ですね?」

 

 ヘリューズが倒れ込んだのを誤魔化すように軽口を言うも、やはり顔色は悪い。その姿に、褪せ人は口を開く。

 

「無理についてくる必要は無かったはずだ」

 

「私も……ハイドース様と直接話さなければいけませんから。それに、あんなものを壊すのですから、私の力はあった方が良いでしょう?」

 

 そう言って微笑むヘリューズだが、このままではその力も十全に使えるのかも怪しかった。恐らくは、彼女の権能である死の匂いが濃過ぎて、それに耐えているのだろう。元々、争いの多い白の帝国との相性が悪いというのも理由の一つか。

 

「ちゃんと出番の時はお役に立ちますから……お構いなく……」

 

「……まだ時間はある。しばらく部屋で休ませておけ」

 

 見え透いた痩せ我慢を見かねた皇帝にそう言われ、褪せ人に支えられながら飛空船の客室へと向かう。そんな時だった。

 

「——前方に飛空船を発見! あの紋章……ベラート伯爵領のものです!」

 

 帝国兵の一人が叫ぶ。前方、夜のように暗い闇の中で、黄金に輝く飛空船が見えた。

 ベラート伯爵。褪せ人の記憶が正しければ、以前白の皇帝を相手にクーデターを企てた男だ。このタイミングで現れたという事は、そういう事だろう。

 

「フーロン」

 

「分かりました。ヘリューズ様、此方に」

 

 ヘリューズをフーロンに預け、甲板へと戻る。白の皇帝が神器を引き抜き、餓狼のように鋭い目を飛空船へと向ける。

 松明に照らされ、光を反射する黄金にアブグルントが目を細める。

 

「凄い趣味ね」

 

「成金趣味ここに極まれりって感じだ」

 

 アブグルントの呟きにタラニアが呆れたように返す。ここまで自己顕示欲が凄まじい飛空船は初めてだった。

 そんな飛空船の甲板から、此方を見下ろすようにベラートが現れる。ニタニタと、此方を嘲る様を隠そうともしない。

 

「まさか白の皇帝本人がのこのこ現れるとは! 帝国軍も余程余裕がないと見受けられる!」

 

「ベラート、冥界の王に魂を売り渡したか」

 

 此方を見下ろし、優越感を隠そうともしない男を、白の皇帝が静かに見上げる。そんな皇帝の言葉を、ベラートは鼻で笑う。

 

「愚か! 私の魂はとうの昔に白の王国のもの! お前のような傭兵崩れには分からぬだろうがな!」

 

「だとすれば、失望したな。あんなものを浮かべて喜ぶ輩に、正義などあるものか」

 

 太陽を奪い、大地を腐らせ、死を満たす。そんな邪悪を許容した時点で、白の王国の栄光など語ったところで薄っぺらい事この上ない。

 白の皇帝の言葉に、ベラートは顔を歪める。

 

「……理想と誇りを取り戻す為に、多少の犠牲が出るのは致し方ない。だからこそ! その犠牲を少しでも減らす為に勝たねばならぬのだ! 今、ここで!!」

 

 ベラートがそう叫ぶと同時に、飛空船から飛び出したのは帝国の兵士達。だが、彼らもまたベラートの理想に酔い、帝国に刃を向ける事を良しとした裏切り者。されど、その士気は高い。

 

「帝国はお前達のものではない! 我ら白の王国貴族こそが正統な後継者である!」

 

「うおおおぉぉ!!」

 

「厄介な事をしてくれる……」

 

 雄叫びと共に迫る兵士に、白の皇帝が神器を構える。ベラート伯爵。腹黒く、容易く味方を見捨てる外道だが、何故だか付き従う者達は多い。それだけ白の王国に夢を見ている者も多いのだろうが、やはりあの男の能力は侮れる者ではない。

 

「……」

 

 相変わらず口だけは達者だと褪せ人は内心で思う。

 とはいえ、あんな男でもカリスマだけは確からしい。兵士達が、戦場の熱気に当てられて興奮状態に陥っているのが分かる。

 褪せ人は甲板に大弓を突き立てると、槍の如き大矢を引き絞る。

 

「直接伯爵を狙うつもりか!」

 

 兵士の一人が褪せ人に気付くと、剣を抜いて躍り掛かる。しかし、そんな兵士の前に、タラニアが軽やかな跳躍と共に立ち塞がる。

 

「そう簡単には通せないね!」

 

 タラニアが白の帝国兵士へと剣を振るう。アステールの薄羽の刀身が青く輝き、タラニアの魔力に呼応して斬撃を放つ。星の魔力を宿したそれは、狼狽える兵士を容易く斬り裂いた。夜の闇を、青い燐光で照らしながらタラニアが兵士達を見る。

 

「さぁ、次は誰が来るんだ?」

 

 魔法剣士を相手に、迂闊に近づけない兵士達。じりじりと囲い、距離を詰めようとするが、キュウビや白の皇帝達によってそれもあっさりと刈り取られる。

 タラニア達の援護を受けながら、十分に引き絞った大弓の狙いを定める。そして、未だ気持ち良さげに檄を飛ばすベラートへ向けて大矢を放った。

 空気を裂き、バリスタの如く放たれた矢は寸分違わずベラートへと迫る。

 

「——相変わらず、教育のなっていない狂犬ですな」

 

 だが、その大矢は他ならぬベラートによって弾かれた。いつの間に身に纏っていたのか、彼の身体は黄金の鎧によって守られている。目が痛い程に輝いたそれは、褪せ人の矢を弾いてなお傷一つついてはいない。

 その事に満足げな笑みを浮かべ、ベラートは腰を僅かに落とすと、そのまま跳躍してみせた。

 

「ふふふ……とうっ!」

 

 おおよそその見た目からは想像もつかない跳躍力で此方の甲板へと飛び移るベラート。

 片膝を立てて着地すると、煌びやかな鎧を見せつけるように両手を広げて立ち上がる。

 

「さぁ、とくと見よ! これこそが私の新たなる力、パーフェクトベラートだッ!!」

 

「……」

 

「……ふっ、下賤の身にはこの鎧の素晴らしさが分からぬと見える」

 

 無言で武器を構える褪せ人に、ベラートは僅かに残念そうな顔を浮かべ、しかしすぐに笑みを浮かべる。

 この黄金の鎧は、とあるデーモンにベラートが大金を注ぎ込み、あらゆる技術を結集して造らせた最高傑作。相手があの傭兵だろうと白の皇帝だろうと、最早恐るるに足りない。

 悠々と、己という存在を誇示するように歩くベラート。タラニアが両手の剣を構える。

 

「褪せ人くん、アホみたいな格好だけど……強いよあれ」

 

「問題ない」

 

 警戒するタラニアの言葉に、褪せ人は視線をベラートに向けたまま答える。相手を見た目で判断するつもりはない。大矢を弾いた時点で、油断などとうに消えている。

 

「よろしい、白の皇帝の前にお前からこのパーフェクトベラートの餌食にしてくれるッ!!」

 

 そう言うと、ベラートは両手を広げてその場を回転し始める。徐々に速度を上げ、風を巻き起こす。

 

「見るがいい! このパワー! このスピード! 止められるものならば止めてみるがいい!!」

 

 文字通りに、黄金の竜巻と化したベラートは褪せ人に向かって突進。ふざけた攻撃だが、確かに、まともに当たれば無事では済まないだろう。

 

「……」

 

 褪せ人は迫り来る竜巻に対して姿勢を低く構える。両手に握るのは、くすんだ黄金の双斧であった。自らの身を雷に変え、ベラートに向かって突進。そして、褪せ人もまた双斧と共に回転した。雷を纏い、大気を斬り裂きながら迫るそれは、奇しくもベラートと同じ黄金の竜巻と呼べるだろう。

 

「何ぃ!? このパーフェクトベラートと回転対決を挑むと!?」

 

 あくまで正面から挑むということに驚くも、しかしベラートは止まらない。竜巻同士がぶつかり合い、鎧と双斧が火花を散らす。一瞬の拮抗、しかし結末はすぐに訪れた。

 

「ば、馬鹿なぁっ!?」

 

 ベラートが叫びと共に吹き飛ばされる。宙を舞い、甲板の上に叩きつけられる。

 回転対決に打ち勝った褪せ人は、双斧を両手にベラートを見遣る。ベラートは後ずさりながら怯えた目を褪せ人に向けた。

 

「き、貴様、本当に人間か!? このパーフェクトベラートが押し負けるなど……」

 

「……」

 

 褪せ人は無言でベラートの下へと向かう。ふざけた相手だが、厄介なのも確かだった。褪せ人が低く構える。その動作にベラートはびくりと肩を跳ねさせると、上擦った声で叫ぶ。

 

「ひぃっ! パ、パーフェクトベラート撤退モードぉ!」

 

 その叫びに反応し、黄金の鎧は一人でに立ち上がると、無理矢理に跳躍。そして、ベラートは黄金戦艦のもとへと逃げ帰る。

 

「化け物め……! まぁいい! ならばこの黄金戦艦が相手を……!?」

 

 そう言って再び見下ろした先で見たのは、巨大な壺を持ち上げ此方を見据える褪せ人の姿。

 

「な、何だ……!? その壺で一体何をするつもりだ!?」

 

 先程一方的に追い詰められた相手が、理解の及ばない行動に出ている。悪い夢を見ているようだった。

 狼狽えるベラートを他所に、褪せ人は黄金戦艦目掛けて大壺を投げる。

 大壺の中にはありったけの赤肉キノコと、黒火蝶を混ぜてある。いずれもこの世界では入手の途絶えた貴重品。

 

 神の楔と、この世界で鍛え上げられた褪せ人の膂力で投げられた大壺は、ベラートの黄金戦艦の船体に衝突。もとよりひび割れていた大壺は、その衝撃によって砕けると、凄まじい爆発を引き起こした。

 

「なぁ……!? わ、私が大金を注ぎ込んだ黄金戦艦が……!?」

 

 強烈な揺れにバランスを崩しながら、ベラートが叫ぶ。

 慌てふためく黄金戦艦に対して、褪せ人は再び大壺を取り出す。

 

「待て、さっきからそれを何処から取り出している?」

 

「気にするな」

 

 白の皇帝の疑問に、にべもなくそう返す。何処からも何も、そういうものだから仕方ない。褪せ人が再び大壺を投げる。今度はよりシンプルだ。大壺の中に、ありったけの丸岩を詰め込んだ、ただ重く、ただ硬いだけのもの。それ故に、褪せ人の膂力で投げられればひとたまりもない。

 放たれた大岩石壺は、爆発によってひしゃげた船体に衝突し、巨大な穴を開けてみせた。

 

「せ、船体破損! このままでは墜落します!!」

 

「お、おのれ……! だ、脱出だ! 脱出せよ!!」

 

 煙を上げ、傾いていく黄金戦艦を前に、ベラートがそう告げると兵士達が慌ただしく動き始める。

 褪せ人が大赤雷壺を取り出したところで、皇帝はそれとなく褪せ人を止めた。

 

「くぅぅぅ! お、覚えておけ、白の皇帝め!!」

 

「……俺なのか」

 

 ベラートの捨て台詞に、皇帝の眉が僅かに動く。さしもの皇帝も、少しばかり思うところがあったらしい。

 落下傘で落ちていくベラート達を見下ろし、邪魔者が去った事を確認する。

 

「何だったんだろうね」

 

「……まぁ、良い。先を急ぐぞ」

 

 思わぬ妨害を受けたが、幸いにして被害はない。甲板の上に取り残されたベラート派の兵士達を縛り上げながら、飛空船は腐肉の太陽へと接近するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベラート達の妨害から、それほど間を置く事なく。飛空船は腐肉の太陽へと辿り着く。

 接近し、改めてその巨大さを認識すると共に、不快極まる腐臭が鼻を突いた。

 

「癒術士を連れてきて正解であったな。この距離では、並の人間は腐肉の毒でやられてたであろう」

 

 キュウビが不快げに扇子で口元を隠す。近付き、その脈動を前にすれば分かる。これはただの肉塊ではない。取り込まれた屍肉が口々に呪詛を吐き、この世全てを呪う様は、この世のものとは思えない。放たれる毒素は、容易く身体を蝕むだろう。

 冥界の女神が調子を崩したのも無理はない。妖怪であっても、満ち満ちた怨嗟の塊に怖気が走った。

 

「嫌な感じですね」

 

「全くよな。これ程のものは、東の国で大昔に見て以来よ」

 

 珍しく神妙な面持ちのカゴメに、キュウビが口を開く。

 大昔、東の国で長く続いた戦乱の果て、その怨嗟が鬼と化けた事があった。人も妖怪も、等しく焼き尽くしたその鬼は、一人の忍びによって討たれたのだ。

 かつて、ただの妖狐であったキュウビが見たその怨嗟の鬼と、目の前のそれは姿こそ違えどその在り方は似通っていた。だからこそ、キュウビは思う。

 

「果たして、これを壊すのは正しいのかの……」

 

「何言ってるんですか! これを壊さないと朝日が拝めませんし、皆苦しいままですよ!」

 

「そう……だな。壊さねば、結局は国が滅ぶのか」

 

 カゴメの言葉は尤もであった。いずれにせよ、これは壊さなければならない。これを放置する事は、ハイドースやベラート達の思う壺だろう。

 

「用意は出来ているか」

 

 皇帝の言葉に、その場に居た者達が返事を返す。それを聞き、皇帝は腐肉の太陽に向けて神器を振りかぶる。

 

「アダマスの神器よ……!」

 

 皇帝の言葉に神器は応え、その刀身は光に満ちる。王子と違い、未だ不完全にしか使いこなせていない白の皇帝だが、それでも圧倒的な力が込められる。

 

「ハァッ!!」

 

 振るわれた神器から光の斬撃が放たれる。それは、腐肉の太陽の肉を抉ると、その身の内で光の爆発を引き起こす。

 砕け散る肉片が甲板を汚す。腐臭と毒素が強まるのを感じながら、しかし手は休めない。

 

「私達も行きますよ! ——スーパーノヴァ、発射!!」

 

 皇帝の斬撃に続くように、ダグマールもまた、帝国の技術の粋を尽くした機竜の一撃を放つ。以前褪せ人に見せられた竜の息吹より着想を得た圧倒的な火力。それを腐肉の太陽に向けて放つ。

 

「私も、負けてはいられませんね……!」

 

 ボロボロと崩れていく肉塊を前に、ヘリューズが杖を振るう。亜神としての埒外の魔力。不調であろうとも、その威力には翳りはない。褪せ人もまた、祈祷を発動し、腐肉を削る。

 

 ありとあらゆる攻撃が腐肉の太陽に降り注ぎ、されど抗う事なく焼き尽くされる。肉は焦げ、骨は砕け、されど怨嗟は止むことを知らない。

 

「流石にこんなに大きいと大変ね」

 

 アブグルントが槍から魔術を放ちながら呟く。ただ攻撃を当てるだけ。されどその大きさが問題だった。しかし、それでも着実に肉塊は削れている。手を止めるという選択肢はない。

 

「……!」

 

 褪せ人がその身を竜王の似姿へと変える。放つのは滅びゆく断末魔。放たれる熱線が肉を焼き溶かし、薙ぎ払い、切り刻む。

 ボロボロと肉塊は崩れ、血肉がこぼれ落ちる。怨嗟の声が激しさを増すのは、痛み故か、それとも。

 

 度重なる攻撃の果て、永遠に続くのではないかと思われたそれは遂に変化が訪れる。しかし、それは飛空船に乗る者達にとって、望んだものではない。

 

「何でしょう……様子がおかしい……?」

 

 フーロンが空を見上げて呟く。そこには、戸惑いが多分に含まれていた。

 腐肉がまるで心臓の如く脈動し、呪詛を吐く声は最早意味を成さない絶叫へと変わっていた。内側の肉が肥大し、それに耐えきれないとばかりに破裂を繰り返す。崩壊の兆し。だが、それが意味するのは終わりではない。

 

 ——これ程腐肉の太陽を削ったというのに、未だ夜は明けていない。

 

 ずるり、と肉塊の内から何かがこぼれ落ちる。それは飛空船を大きく揺らしながら、甲板の上に落下した。あまりの重量に、船体が傾き、軋みを上げる。

 怨嗟の声が止む。痛い程の静けさが周囲を包み込む中、それがゆっくりと身を起こす。

 血肉に塗れ、腐臭を撒き散らし、瞳なき眼窩は怨嗟の炎に燃えている。王が外套を纏うように、骨と屍肉がその身を包む。醜悪で、恐怖すべき異形。

 

「……成程、これが本命というわけか」

 

 白の皇帝が呟く。およそ知性など感じられない悍ましき魔物。だが、ただの魔物と片付けるにはあまりにも強大すぎた。それは、明らかにこの世の理から外れているが故に。

 

 瓦礫の王が皇帝へと視線を向ける。それは、皇帝の言葉の意味を理解したからではない。ただ、目の前の生命に対し、異常なまでの殺意と敵意を向けるのみ。

 

 瓦礫の王が咆哮する。大気を揺らし、怨嗟と腐臭を撒き散らす。

 

 夜明けは来ない。ただ屍肉の山だけが、英雄達に死を与えんと大槌を振り上げた。




カゴメが人気闘兵頑張ってますよ……。
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