今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

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瓦礫の王

 飛空船を揺らし、降り立ったのは屍肉の悪鬼。手に持つ大槌すらも肉片と骨で出来たそれは、おおよそこの世のものとは思えなかった。

 

「アンデッド……!」

 

「……どうかしら、その辺のアンデッドとは規格が違うみたいだけど」

 

 小刀を抜き放つフーロンの呟きに、アブグルントが返す。ただのアンデッドと言うには、その力の強大さも、放たれる怨嗟の念もまるで比べ物にならない。放つ気配だけならば、あのディアスにすら引けは取らないだろう。

 瓦礫の王が一歩前に出る。甲板の木板がまるで悲鳴のような軋みを上げる。大槌を振り上げ、此方を睥睨する。それは、まるで獲物を品定めするかのような緩慢さであった。

 

「シィッ!」

 

 周囲を威圧する瓦礫の王に、瞬時に肉薄したのはキュウビであった。常のどこか気怠そうな雰囲気は鳴りを潜め、凍てついたような殺意を乗せて瓦礫の王へとその爪を振るう。

 

「ガ……!?」

 

 目にも止まらぬ速さで振るわれた爪に、瓦礫の王の肉が裂け、腐汁が甲板に飛び散る。一歩後ずさる瓦礫の王、その姿から目を離さずに、キュウビが叫んだ。

 

「何をモタモタしておる! 此奴はここで殺さねば、帝国諸共滅びるぞ!」

 

 そして、キュウビは更に瓦礫の王の懐へと踏み込む。既に彼女の尾は九本。それは妖狐として、彼女が全力を出している事を意味している。面倒くさがりで全力を出す事すら稀な彼女が、なりふり構わず目の前の異形を打倒せんと大妖怪の力を振るっているのだ。

 

「ゴアァァァ!!」

 

 そんなキュウビに対し、瓦礫の王は徐に左手を振り上げる。そして、荒れ狂う怒りと共にキュウビを殴り付けた。

 

「カハッ……!?」

 

 その巨体に相応しい怪力によって振るわれた腕は、全力を出したキュウビを容易く殴り飛ばす。

 まるで鞠のように飛ばされたキュウビは甲板の上を転がり、船体に強く身体を打ち付ける。口の端から血を流し、彼女の意識は闇に落ちる。

 

「キュウビ!? 今助けに……うわっ!」

 

 カゴメが助け起こそうと走り出すも、飛空船が激しく揺れ、甲板の上に転倒する。傾く船体に、周囲の者達も何かに掴まらなければ体勢を維持出来ない。

 

「じ、重量オーバーです! このままだと飛空船が墜落しますっ!」

 

 切羽詰まったダグマールの言葉。それを聞き、白の皇帝と褪せ人が瓦礫の王へと肉薄する。

 

「叩き落とすぞ」

 

「了解した」

 

 白の皇帝が神器を振るい、斬撃を放つ。褪せ人もまた、雷の槍を瓦礫の王へと投げ放った。

 だが、瓦礫の王が怯むことはない。大槌で甲板を削りながら、皇帝に向けて突進する。

 

「——退け!」

 

 皇帝と褪せ人を押し退けて前に出たのはアルコゥ。瓦礫の王へと駆け、甲板を蹴り跳躍すると、その姿を白竜へと変える。そして、その巨体の質量を瓦礫の王へと衝突させた。

 

「……!!」

 

「何……!?」

 

 その見た目相応の重量と勢いに任せた突進。しかし、瓦礫の王はそれを正面から受け止める。僅かに押されながらも、アルコゥの巨体を両の手でしっかりと掴んでいた。

 

「グオォォ……!」

 

 瓦礫の王がアルコゥの背に左手を回すと、その背に広がる翼、その付け根を掴む。それに気付いたアルコゥが身を捩るも、最早遅い。ギチギチと、アルコゥの翼から嫌な音を立てる。

 

「コイツ……!」

 

 引き千切るつもりか。逃れようにも、強烈な力で抱えられたアルコゥが逃げ出す事は叶わない。背から伝わる激痛を堪え、アルコゥは瓦礫の王へと口を開く。強烈な熱量と共にアルコゥの口腔に火が灯り、竜の息吹が吐き出される。

 

「ゴアァァァ!?」

 

「ぐっ……!」

 

 己の鱗が焼けることも構わずに超至近距離から放たれたドラゴンブレスに、流石の瓦礫の王も大きく怯む。掴んでいた翼を放し、堪らずアルコゥを殴りつけた。

 苦し紛れの殴打すら、アルコゥの鱗を砕くのに十分だった。吹き飛び、距離を離したアルコゥ。白竜から竜人の姿に戻ると、瓦礫の王を睨みながら翼に手を添える。千切れてはいない。それでも血は流れ、ジクジクと痛む片翼は思うように動かせない。

 だが、隙は作った。アルコゥが吠える。

 

「叩き落とせ!」

 

 炎上する瓦礫の王へと、褪せ人が肉薄する。握るのは巨岩の大槌。只人が巨人を砕くべく作られたそれが、腐肉の巨人へと振るわれる。

 

「……!」

 

 深く踏み込み、回転薙ぎ。体重と膂力を乗せた一撃が瓦礫の王の胴を強打する。ただでさえ不安定な飛空船、踏ん張りが効かず、ブレスにより体勢を崩していた瓦礫の王が更に押しこめられ、遂には甲板の縁にまで迫る。

 

「オォォ……!」

 

 だが、後一歩のところで踏み止まる。再び前進しようと前を向いた瓦礫の王。しかしその眼前には、暗黒の星雲が広がっていた。

 

「——爆ぜろ、星雲」

 

 タラニアがアステールの薄羽を振るう。星の魔力に呼応して、暗黒の星雲は次々と爆ぜる。魔力の爆風が後一歩踏みとどまっていた瓦礫の王を押しやってみせた。その先に足場などありはしない。

 

「ガァァァァ!!」

 

 怨嗟の籠った咆哮と共に地に落ちる瓦礫の王。落ちながらも飛空船を睨み、その怨嗟が尽きることはない。

 凄まじい速度で落下しながら、瓦礫の王は左手を掲げる。赤い輝きを放つ手に、引き寄せられた腐肉が集まっていく。肉団子のように固められたその腐敗の塊を、瓦礫の王は飛空船に向けて投げ放った。

 腐敗の球は飛空船の船底に直撃。辺りに腐汁と肉片を飛び散らせながら大きく爆ぜる。

 突然の衝撃に船体が大きく揺れる。慌てたように船室を飛び出したダグマールが叫ぶ。

 

「せ、船底破損! これ以上は保ちません! 緊急着陸を試みます!」

 

 ダグマールの悲鳴にも似た報告が響く。

 その直後、白の皇帝が声を張り上げた。

 

「全員衝撃に備えろ!」

 

 皇帝の声に、それぞれが船体にしがみつく中、黒煙を引いた飛空船は、ゆっくりと高度を失いながら、空を落ちていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛空船が轟音を立てて地を削る。木々を薙ぎ倒し、船体を激しく岩に擦り付けながら滑っていく。まるで悲鳴のように軋みを上げ、やがて飛空船はゆっくりと停止した。

 

「ぐっ……無事か」

 

 白の皇帝が僅かにふらつきながら立ち上がる。他の乗員達も、漸く収まった揺れに安堵の息を吐き周囲を確認する。

 

「癒術士数名が負傷しましたが、いずれも軽傷です。人員に欠けはありません」

 

「……奇跡的だな」

 

 ダグマールの報告に、白の皇帝が呟く。あの高さから落ちて、軽傷で済んだのは間違いなく奇跡であった。ダグマールの土壇場での操縦が上手く嵌まったのも大きい。

 

「よ、酔った……おえっ」

 

「……もう二度と飛空船には乗りません」

 

 這いつくばるタラニアとどこか遠い目をしたフーロン。褪せ人もまた立ち上がると、ゆっくりと周囲を見渡す。どうやら、帝都から外れた森の中らしい。状況を確認しようと一歩踏み出して、褪せ人は立ち止まる。

 

 ——森に、咆哮が轟いた。

 

 この世全てを呪うようなそれに、フーロン達はすぐさま身構える。

 

「ッ! これって……」

 

「……探す手間が省けた」

 

 褪せ人が森の一角を睨む。暗く澱んだ気配が近付いてくる。腐臭を撒き散らし、木々は腐り果て、踏み締める大地に腐肉を溢す。己の領地だと主張するように腐敗を広げ、征服する。

 瓦礫の王。遥か上空から落ちて尚、その怨嗟は止まる事を知らない。

 

 飛空船を前に、瓦礫の王が徐に左手を上げる。赤い、血のような光と共に、腐肉が瓦礫の王へと集まっていく。

 

「距離を置け! 何かするつもりだ!」

 

 アルコゥの声に、瓦礫の王から距離を取る。腐肉は尚も集まり、球体は際限なく膨れ上がる。そして、腐肉の玉が弾けた。大地が捲れる程の大爆発。轟音な鳴り響き、地面が揺れる。

 

「ぐっ!?」

 

「きゃあっ!」

 

 爆発の余波が周囲の者達を吹き飛ばす中、夥しい肉片が飛び散り、腐敗の雨が降り注ぐ。

 

「癒術士部隊は結界を張りなさい! この瘴気……まともに吸えば病になります!」

 

 帝国の治癒士長であるアウローラの言葉に癒術士達が結界を張る。それでも尚、降り続ける腐敗の雨により、腐敗の蓄積は防ぎ切れない。

 腐敗の雨は大地に広がり、生きとし生けるものを侵し尽くす。地面に落ちた腐肉が蠢き、水音を立てながら形を成していく。

 

「……ここからが本番ということか」

 

 白の皇帝が神器を構える。無数の亡者が立ち上がる中、腐った大地を踏み締める瓦礫の王の姿があった。

 

「ゴアァァァァ!!」

 

 地を揺るがすような咆哮。大槌を引き摺りながら白の皇帝へと迫る。神器によって牽制に振るわれる斬撃など、瓦礫の王は意にも介していない。亡者を蹴散らし再び血肉に変えながら、ただ力任せに振るわれる大槌が白の皇帝へと迫る。

 

「チッ……!」

 

 皇帝が後ろに下がる。しかし大槌の連撃は止まらない。追い縋るように迫り、乱暴極まる連撃が放たれる。

 

「面倒な……」

 

 地を砕き、肉を飛び散らせ、瓦礫の王は憎悪を叩き付ける。飛空船を傾ける程の巨体が、疲れも恐れも知らずただ迫る。受ければただでは済まない。そんな一撃から皇帝は逃れ続ける。

 

「陛下から……離れなさい!!」

 

 執拗に皇帝を狙う瓦礫の王に、ダグマールの駆る機竜のブレスが放たれる。強烈なまでの光と共に、瓦礫の王の巨体が爆ぜた。

 

「これで……!?」

 

 そこまで言いかけ、ダグマールは瞠目する。帝国の誇る最大火力。対軍すらも想定された一撃を受けて、瓦礫の王は僅かに身体を退け反らせただけだった。焼け焦げた骨と、抉れたような胴を見れば、ダメージを受けていない訳では無いのだろう。ただただどうしようもなく、瓦礫の王が強靭なのだ。

 瓦礫の王の殺意を向ける相手が変わる。燃え滾る怒りすら感じる視線が、鋼の機竜へと注がれる。

 

「……!」

 

 再び左手が掲げられる。赤い輝きと共に腐肉が引き寄せられ腐敗の玉を作り出す。屍肉から蘇った亡者達も例外ではない。瓦礫の王の手によって、再び肉塊と化し、腐敗の玉に取り込まれていく。

 ダグマールに向けて腐敗の玉が投げられる。巨大な質量の塊が、押し潰さんと鋼の機竜へと迫る。

 

「くっ……!」

 

 迫る腐敗の玉に、ダグマールが再びブレスを放つ。チャージが不十分なそれは腐敗玉を僅かに削り、しかし砕くまでには至らない。

 

「シ、シールド展開……キャアァァァ!」

 

 爆ぜる腐肉の玉。辺りに肉片を撒き散らし、大地ごとめくりあげる。腐肉に混じり、金属の破片が飛び散った。

 

「ダグマール!?」

 

「な、何とか耐えましたが……」

 

 タラニアの声に、ダグマールが応じる。辛うじて機竜に守られたダグマール。しかし、機竜は半壊し、まともに動きそうにはない。自己修復にも、時間がかかる。

 されど、瓦礫の王の標的は依然としてダグマール。大槌を構え、猛然と迫る。

 

「——次は我らの相手をしてもらおうか」

 

 そんな瓦礫の王の前に、アルコゥと褪せ人が立ちはだかる。それぞれ大斧と巨人砕きを構え、脇目も振らずに突進する巨体へと飛び掛かる。

 

「砕けろ……!」

 

 渾身の一撃が瓦礫の王へと叩き付けられる。真なる竜人と異界の英雄の一撃を同時に受け、瓦礫の王が大きく怯む。

 すかさずフーロンとタラニア、そしてアブグルントが追撃を放つ。三人から放たれる雷撃の雨。腐肉を焦がし、瓦礫の王から煙が上がる。

 

「……!」

 

 褪せ人の手に火が灯る。火の巨人の力、燃え盛る火球を動きの止まった瓦礫の王へと投げつけた。爆ぜる火球、肉が飛び散り、その巨体を炎が包む。

 

「嘘……これでもまだダメなの!?」

 

 炎が消え、瓦礫の王が一歩踏み出す。身体は傷だらけ、とめどなく血肉を溢し、腐臭と焦げた臭いを放ちながら、それでも尚瓦礫の王は立つ。

 眼窩に一層怨嗟を滾らせながら、瓦礫の王は再び咆哮を上げた。

 

 瓦礫の王の猛攻が始まる。叩き付け、薙ぎ払い、腐敗の玉が爆ぜる。腐敗の雨が少しずつその身を侵し、亡者達が足を引く。しかし、真に恐ろしいのはその圧倒的なタフネスと膂力。

 

「此奴……どんどん強くなっておる……!」

 

 絶死の一撃を躱し、キュウビの顔が歪む。明らかに威力が上がっている。キュウビを吹き飛ばした拳の一撃など、もう一度受ければ最早形も残りはしないだろう。

 原因は無尽蔵に這い出てくる亡者達だ。彼らは数こそ多いものの、それ自体は脅威になり得ない。緩慢な動作で歩き、瓦礫の王の暴虐に巻き込まれるのが関の山だ。だが、そこにこそ問題がある。

 足元に転がる亡者の肉片。それらは瓦礫の王に取り込まれ、怨嗟を燃やす薪となる。

 

「腐敗を広げ、亡者を生み出し、己の糧とする……笑わせる、とんだ自作自演だ」

 

 皇帝が皮肉げに笑う。怨嗟は尽きぬとばかりに力を増し続ける瓦礫の王。対して此方は腐敗の雨で体力を削られるばかり。今、こうしている間にも癒術士の一人が咳き込み、血を吐いて倒れる。ジリ貧も良いところだ。彼女達が倒れれば、腐敗は強まり、前線で戦う自分達も限界を迎えるだろう。

 

 カゴメが致命的な一撃を防ぐも、彼女の分身もすっかり数を減らしている。本体である彼女自身も、あまり余裕は残っていない。

 

「このままでは全滅か……どうする?」

 

 皇帝が褪せ人へと目配せする。じわじわと追い詰められているこの状況で、この男だけは変わりない。

 皇帝の問いに、褪せ人が瓦礫の王を睨んだまま口を開く。

 

「今は耐えろ」

 

 短くそう返し、褪せ人が瓦礫の王へと肉薄する。その背を見ながら、白の皇帝もまた神器を構え、駆ける。あの男は耐えろと言った。つまり、何の考えもなくただ攻めている訳ではないということ。

 

「やるしかないか……!」

 

 今はただ、あの男を信じる他ない。白の皇帝もまた、己の身を顧みず死地へと踏み出していく。

 

 どれ程そうしていたか、一瞬たりとも気を抜けない状況、永遠にも思われたその攻防の果てにその時は来た。

 

 ——戦場に雨が降り注ぐ。

 

「これは……」

 

 白の皇帝が顔を上げる。

 腐敗の雨ではない。透き通った、何の変哲もないただの雨。それが少しずつ勢いを強め、腐敗の雨を押し流す。

 

「——何とか、間に合ったようですね」

 

 戦場に、新たな声が響き渡る。嵐の如き雨の中、天から見下ろしていたのは嵐雨の亜神。

 

「アスバール様!」

 

「遅くなってしまい申し訳ありません」

 

 四対の翼を広げ、雨の空を泳ぐように飛びながらタクトを振るう。魔力の雨が、亡者達を薙ぎ払う。

 

「あれか、お前が待っていたのは」

 

「如何にも」

 

 皇帝の言葉に、褪せ人が答える。本人が直接来るとは思っていなかったが、褪せ人が待っていたのは、亜神アスバールだったのは間違いない。

 

「彼からお願い事をされましたからね。腐敗の雨を、私の力でどうにか出来ないかと」

 

 腐肉の太陽が出現した時、各所に降る腐敗の雨について、褪せ人はアスバールに相談していたのだ。即ち、彼女の権能で腐敗を洗い流す事は出来ないかと。

 褪せ人は知っていた、腐敗とは即ち淀みであると。目の前の悪鬼が垂れ流すそれは、朱き腐敗とは違うものの、その性質は極めて近い。故に、流さねばならない。流水とは、腐敗に抗う最も容易で強力な対抗策である。

 

「帝国全土、その全てに雨を降らせました。目の前の悪鬼の齎す腐敗は、最早意味を為しません」

 

「全土だと……?」

 

「はい。おかげで時間がかかりましたが」

 

 何てことないように言ってのけるアスバールだが、帝国の国土の広さを考えれば、それがどれ程に凄まじい事か。故に、流石のアスバールもそれを為すのに供物を要求した。

 即ちデート一回。実に話の分かる神であった。

 

「……」

 

 瓦礫の王が空を見上げる。荒々しかった動きを止め、ただただ雨音だけが響き渡る。足元の腐敗は流され、匂い立つような腐臭も薄まっていく。

 瓦礫の王がアスバールへと視線を向ける。その目には、これまで以上の殺意と憎悪が込められていた。

 

「どうやら、余程『雨』が嫌いらしいな」

 

 咆哮と共に瓦礫の王が突進する。豪雨の中、ぬかるんだ大地を踏み締める。

 狙いはアスバール。雨の亜神に明確な怨嗟を込めて、腐肉の王は大槌を振るう。

 

「やらせませんよ!」

 

 だが、そこにカゴメの壁が立ち塞がる。瓦礫の王が大槌を叩き付けるも、壁が壊れる事はない。

 

「ぐっ……まだまだ! 特訓の成果を見せる時です!」

 

 強烈な一撃だが、それでも耐えられない程ではない。雨によって腐敗が流され、瓦礫の王が弱体化しているのもあるが、それ以上にカゴメが強くなっているのだ。

 

「好き勝手やった仕返しだ」

 

「翼の報い、受けてもらうぞ」

 

 キュウビが爪で薙ぎ、アルコゥがブレスを放つ。強烈な一撃を立て続けに受け、ただでさえ蓄積していたダメージに、瓦礫の王が膝をつく。

 

「これで終わりだ」

 

 白の皇帝が神器を解放する。膝をつく瓦礫の王の心臓に、光り輝く大剣を突き立てる。苦悶の声を上げる瓦礫の王から、大剣を引き抜くと同時にその胴を蹴り飛ばす。

 

「嵐の加護を、我が英雄に授けましょう」

 

 褪せ人の放つ嵐の祈祷を、アスバールの加護が強化する。放つは神獣の怒れる竜巻。大地を巻き上げ、流れる水をも飲み込むそれが瓦礫の王を巻き込んだ。

 

「ゴアァァァ……!! ガッ……グゥ……」

 

 数多の英雄と亜神達の猛攻を受け、遂に瓦礫の王の肉体が崩れ落ちる。腐肉が溢れ、骨が砕け、最早立ち上がる事すらままならない。それでもなお、瓦礫の王は降り続ける雨を憎悪と共に睨み付け、やがて動かなくなった。

 

「終わった……?」

 

 フーロンが呟くと、思わずその場にへなへなと膝を突いた。他の者達も、安堵の息を吐く。異様なまでのタフネスを持つ相手に、此方は一撃でも受ければ致命傷なのだ。神経をすり減らしていたのは言うまでもない。

 

「お風呂入りたいわね……」

 

「酷い臭いだし髪もベトベトだし最悪の敵だよ……」

 

 アブグルントの呟きにタラニアも同意する。腐った汁を頭から被ったのだ。半ば嗅覚が麻痺しているが、恐らくとても形容し難い臭いだろう。帰ったら真っ先に帝国の大浴場を貸し切りにしてもらおう。それくらいのことは許されるだろうと内心で思う。

 

「とはいえ、飛空船も壊れてしまいましたから此処から徒歩で……!?」

 

 アスバールがそう言って視線を動かし、目を見開いた。先程まで倒れ伏していた瓦礫の王が、身を起こしていた。

 亜神アスバールへ向け、大槌を振りかぶる。そして、瓦礫の王は渾身の力を込めてそれを投げ放った。

 

「そんな……まだ動けるなんて!!」

 

 大質量の大槌が油断しきっていたアスバールへと迫る。褪せ人がそれに気付くも、最早間に合わない。アスバールが慌てて防壁を展開するも、焼石に水だろう。

 

「くっ……!」

 

 そんなアスバールの前に、白の皇帝が神器を構えて割って入る。光を放つ神器と、瓦礫の王の肉と骨で出来た大槌が衝突する。

 

「ぐっ……ぬぅ……っ!!」

 

「皇帝!?」

 

 神器で受け止めてなお、大槌の勢いは衰えない。まるで、瓦礫の王の執念が乗り移ったかのようなそれが、神器を構えた皇帝を少しずつ押し込んでいく。

 

「この程度の悪足掻き如き、跳ね除けてみせろ! アダマスの神器、その真価を——ッ!」

 

 皇帝が叫ぶ。その叫びに呼応するように、アダマスの神器が光り輝き、そして——

 

「陛下……!」

 

 ダグマールが思わず口を覆う。

 大槌が足元に転がると同時に、白の皇帝が崩れ落ちる。その手には、折れたアダマスの神器があった。

 

 それを見届けた瓦礫の王は、今度こそ倒れ伏す。肉は腐り落ち、ただ水に溶けていく。

 

 雨の音が地面を叩く中、静かに夜が明けようとしていた。




第二形態は一旦お預け
初代皇帝のフラグの為に皇帝には吹っ飛んで貰いました。
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