今ひとたび、英雄たらんことを   作:blue man

13 / 138
バルバストラフを盛るのはフロムの強い老人達に引っ張られてる気がしますね


暗黒騎士

王国の外れ。かつては美しい湖が広がっていたであろうその場所は、魔物が現れたその日から、かつての様相を失いまともな生を拒絶する毒の沼と化していた。王国から魔物の危機が去ってからもそれは変わらない。

度々、神官たちが浄化すべく訪れているが、元の姿を取り戻すのは遥か未来の事になるだろうと思われた。

そんな毒の沼地を、只人はそこにいるだけで毒の瘴気に蝕まれ、立つことすらままならないであろうそこを、イリス達神官の立会いの下、褪せ人達は訪れていた。

褪せ人が毒の沼、その畔に近寄ると、それは現れた。ズルズルとその粘液の身体を引きずるようにして不定形な、半透明のそれが現れる。緑や青、赤などと不必要なまでに色とりどりの姿をしたそれは、俗にスライムと言われる魔物であった。今回、訪れた目的である。ここが毒の沼地と化してからこうしてスライムが湧いてくるようになり、浄化の妨げとなる。故に、こうして定期的に討伐隊が組まれているのであった。

褪せ人がスライムを視界に捉え、祈祷を発動する。スライムは、その見た目に違わずどこまでも鈍重であった。褪せ人の手に火の玉が形を成す。それは、溜めと共にその大きさを増し、やがて巨大な火球となって放たれる。一体のスライムに着弾すると、爆発を起こし、周囲のスライムを諸共に消し飛ばした。これで、褪せ人が担当していた区域の掃討はほぼ完了したと言っていいだろう。足の鈍いスライムに、ただ火球を撃つだけの仕事。些か引き受けたのを後悔していた。

 

「これで、この辺りは全部でしょうか。お疲れ様ですっ!」

 

そう言って、イリスが褪せ人に浄化の奇跡を放つ。数が多かったため、それなりに時間がかかってしまった。イリスもまた、長時間に渡って奇跡を発動させていたはずだが、まだ余裕そうだ。やはり回復に特化すれば、この程度は造作もないのだろう。改めて、彼女の才能を密かに評価する。

 

「そちらも終わったようじゃの。やれやれ、王子も人使いが荒いのう」

 

そう言って、バルバストラフがこちらに歩み寄ってくる。隣に並ぶ魔女は確か、デスピアといったか。強力な氷の魔術の使い手だったと褪せ人は記憶している。

デスピアは、僅かに緊張した面持ちで、しかし確かな熱を以て褪せ人に問いかける。

 

「貴方が、あのスクロールの持ち主よね。もしかして、他にも持っているのかしら?もし、持っているのなら――」

 

しかし、言い終わる前にバルバストラフより、鋭い声が届く。

 

「――デスピア殿」

「…そうだったわね。ごめんなさい。今のは忘れて頂戴」

 

そして、デスピアはすぐに立ち去ってしまった。どういう意味かと、褪せ人はバルバストラフに視線で問いかける。バルバストラフは顎髭を撫でながら、口を開いた。

 

「ふぉっふぉっふぉ。すまんのう。デスピア殿も、異界の魔術についていたく興味を抱いての。お主を見て居ても立っても居られなかったんじゃろう」

 

そう言いながら、バルバストラフがスクロールを懐より取り出す。それはかつて、狭間の地にあった魔術学院。そこで学ぶごく初歩的な魔術について記されたもの。一月ほど前にバルバストラフに彼の地の魔術について尋ねられた際に、もはや自分にとって無用の長物と化したそれを貸し与えていたのだった。

 

「実際、儂等にとっても実に有意義な時間じゃった。星の果てに見出したそれらは、恐らくこの世界では至ることのできない発想のものじゃったよ」

 

たった一か月で、言語も異なるスクロールを読み解き、その魔術について理解したというのか。

 

「儂と、サイラス。そしてデスピア殿。仮にも王国で智慧のある三人が集まったのじゃ、これで読み解けねば賢者の名折れというものよ。それに、学院のスクロールということで随分と親切に書かれておったしのう」

 

そう言って笑うバルバストラフに褪せ人は底知れなさを感じる。かつて、数多の戦場でその名を轟かせた賢者。その一端を垣間見た気がした。

 

「じゃが、それ故に見えるものもある。輝石の魔術。星を目指したその先にあるのは、狂気と破滅。儂の直感がそう感じたのじゃ。まだまだその一端に触れただけじゃが、あながち間違いということもあるまい」

 

真剣な面持ちでそう語る賢者の言葉は、何処までも正鵠を射ていた。彼の地で、その源流に触れた者達。流れる星のその先を見たものは例外なく狂い、壊れていった。

 

「故に、儂等はこれ以上この魔術について深く探究することを諦めた。しかし、智慧とは魔物じゃ。儂ら魔法使いには特にの。その深淵に触れられる機会が目の前にあるという魅力は抗い難い。儂もデスピア殿を責められんよ。儂がもう少し若ければ、お主を殺してでもその智慧を手に入れようとしたかもしれんしのう」

 

ふぉっふぉっふぉ。そう笑う賢者は常と変わりはない。しかし、隣でそんな話を聞かされているイリスは青い顔して褪せ人とバルバストラフを交互に見遣っていた。

 

「あ、あの!こんな所でする話でもないと思いますっ!なので今日はこのくらいで…」

「おお、すまんのう。イリス殿に迷惑じゃったわい。そろそろ引き上げるとするかの」

 

そう言って、毒沼を一行は後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

その後、褪せ人は王国へ戻るバルバストラフ達に断りを入れ、別行動をとっていた。特定の目的があったわけでは無い。唯、王国の地理の把握と、己の中の情報の整理をしたかっただけだった。トレントの背に乗り、山道を駆ける。

王都奪還から時は経ち、ある程度王国の復興に目途が立った王国軍は、各地へと遠征。魔物に支配された地域や、それに付随するトラブルを解決しているようだった。

褪せ人は王国軍に属さぬ故に、その全てに参加していたわけでは無い。褪せ人は褪せ人で、己の足を使い情報を集めていた。しかし、聞こえるのは魔物の被害に関する話や取るに足らない噂話がほとんど。魔王の情報など影も形も無かった。故に褪せ人は王国を離れ、他国で情報を収集することも視野に入れていた。

褪せ人がトレントの速度をゆっくりと緩め、崖の淵で立ち止まる。そこから王国の地を見下ろしながら考える。

 

――候補は、華の国か東の国、あるいは白の帝国か。

 

様々な情報を吟味した上で上げられた候補。その中で、東の国は個人で向かうには難しいだろう。褪せ人はそう考えた。船がなければたどり着けず、魔物が蔓延る現状では民間の船など望むべくもない。向かうとしたら王国の力を頼る必要があった。

最も望ましいのは白の帝国。かの国は、女神アイギスの妹、女神アダマスを主神として崇める大国であり、魔物の襲撃を跳ねのけた数少ない国の一つであった。近頃はその勢いを増し、周囲の国々を併吞しながらその勢力を拡大させ続けている。恐らく今最も情報が集まる可能性のある場所であると、褪せ人は見ていた。王国とは地続き、なれば問題は無かった。

そこまで思考し、方針を固める。長旅になるだろう。準備をする必要があった。

 

 

 

 

「ほう、女神に縋る惰弱な者ばかりと思っていたが。中々どうして、居るものではないか、強者が」

 

背後から声がする。振り向けば、黒い鎧の騎士がこちらを見遣り、立っていた。

 

「何者だ」

「名は既に失した。我は唯、暗黒騎士と、そう呼ばれている」

 

そう言い放つと、暗黒騎士は剣を構える。褪せ人を前に、その闘志を漲らせる。

 

「強者よ、手合わせ願おうか」

 

褪せ人は大盾と大槌を静かに構え、応戦の意を示す。

一瞬の静寂の後、暗黒騎士が褪せ人へと踏み込んだ。一息に接近すると、大上段に構えた大剣を振り下ろす。防御などまるで考慮に入れていないそれは、必殺の構え。

 

大盾と大剣が凄まじい衝撃音を立てて激突する。僅かに痺れる腕を無視して、カウンターを放つ。打撃と黄金の光を受け、しかし暗黒騎士は狼狽える隙を見せなかった。重装故の強靭さが備わっている。

 

「我の一撃を受け止め、あまつさえ反撃して見せるか!」

 

どこか喜色の帯びた声と共に、大剣を横薙ぎに振るう。それをバックステップで下がることで回避する。その後、幾度かの打ち合いの末、互いに距離を取った。

褪せ人が静かに相手を分析する。相手はその膂力を前面に押し出したパワーファイター。防御を捨て、重装故の強靭さを以て強引に己のペースに持ち込んでくる。厄介ではある。しかし、わざわざそれに付き合ってやる必要もない。

聖印を握り、祈祷を発動する。褪せ人の手に火球が生じ、それを投げつける。

 

「術師だと!?ヌゥッ!」

 

暗黒騎士がそれを正面から受けた。炎が弾け、その鎧を焦がす。

 

「ぬるいわっ!その程度で――」

 

――無論、その程度では終わらせない。

褪せ人は火球の爆発後に接近、暗黒騎士の頭上へと飛び上がる。手に握るは劫罰の大剣。それを暗黒騎士の兜、そのスリットに差し込むようにして突き入れる。黄金の逆棘が開かれ、内側からその身を傷つける。必殺の一撃。そのはずだった。

 

「ぬおおおぉぉぉ!」

 

しかし、相手はいまだ健在。雄叫びと共に身体を揺すり、褪せ人を振り払う。飛び退いて距離を置くと、相手の状態を観察する。

ダメージが無いわけではない。逆棘の聖性は相手を焼き、内側から鎧を貫いた。しかし、その穴からは本来見られるはずの肉体は無く。空虚な闇を覗かせていた。

 

「リビングアーマー…」

「そうとも。我は力を求め、人の身を捨てた。我が望むは唯、戦いのみ」

 

僅かにふらつき、しかしその闘志に陰りは無い。暗黒騎士は再び剣を構える。

 

「王子との決戦まで使うつもりは無かったが…。致し方あるまい」

 

暗黒騎士の身体から、黒い力が立ち上る。可視化されたそれは、周囲の景色を塗りつぶし暗黒に染め上げる。褪せ人が油断なく相手を観察している、その時、褪せ人は既に己が術中に嵌っていることを悟った。

全身の力が抜ける。気を抜くと立ち上がるのすら億劫になるほどの脱力感がその身を襲う。握る武器も、その重量がまるで倍したようにすら感じた。

 

「我が暗黒の波動は貴様からその力を奪い去る!その重装では歩くことすらできまい!」

 

そう言いながら、暗黒騎士もまた、苦しい立場を強いられていた。この力は強力であるが故に相応のリスクも伴う。肉体への負担が凄まじいのだ。来る王子との決戦まで温存すべきそれを切ってしまったことに内心で苦々しい思いが渦巻いていた。

 

――相手はもはや動けはしない。一刀のもと、短期で決着をつける。

 

そう判断し、剣を持つと、強者への敬意とともに歩みを進めようとする。だが、目の前の光景がそれを許さなかった。

 

「馬鹿な…なぜ、まだ動けるというのだ…」

 

褪せ人が、歩を進める。その足取りは重く、常の戦闘中の機敏さに陰りが見える。だが、それでも確かな意思を以て前進し続けていた。

ゆっくりと歩を進めながら褪せ人は一振りの大槌を構える。先の攻防で使用した黒鉄のそれではない。黄金の大槌。人の身で扱うにはあまりに巨大なそれを、暗黒の波動の中構える。

 

――足りないというのか、これでもなお

 

人の身で、これほどの力が得られるのか。ならば、守りたかったものを守れず、その為に魔に堕ちた己は一体何だというのか。

暗黒騎士の内心をよそに褪せ人がその力を開放する。大槌が回転し、黄金の光が収束する。

もはや、暗黒騎士はそれに抵抗する気すら起こらなかった。何故、人の身でこれほどの差があるのか、もっと早くに知っていれば己は――

 

「――何やってんだよ!団長!」

 

暗黒騎士が何者かに突き飛ばされる。先ほど立っていた場所に黄金の波動が迸った。凄まじい衝撃音と共に大地が抉れ、土埃が舞い上がる。

 

――外したか。

 

新たな乱入者の登場に褪せ人が警戒を強める。暗黒騎士と同じ、黒い鎧を纏った赤い髪の女が暗黒騎士のそばにかばうように立っていた。

 

「エルヴァ…何をしに来た」

「何しに来たじゃないよ!王子と決着をつけるんだろう!?こんなのに喧嘩売って、勝手に心折れてんじゃないよ!あんたの忠義はどこへ行ったんだ!」

 

そうだった。己にはまだ、仕えるべき主君が居る。己を団長と仰ぐ、部下たちが居る。なにより、決着を着けるべき相手が居た。果てるのは、ここではない。

 

「…無様を晒した。すまない」

「全くだね。ここは逃げるよ。本当、えらいのに手を出したね。あんたが歯が立たないんじゃ、アタシたちが逆立ちしたって勝てやしない」

 

――逃げられると、思っているのか

踵を返す暗黒騎士達を褪せ人はおめおめと逃がすつもりなどなかった。大槌を構え、追撃の用意を始める。

 

「――団長を守れ!何としても俺達で足止めするんだ!」

 

その声と共にリビングアーマーの一団が現れる。暗黒騎士達と褪せ人の間に割り込むと、決死の覚悟で立ちはだかる。

 

「お前達…」

「団長、お逃げください。貴方が果てるのは、ここではない。決着を、つけてください。俺達はここで良い…!我らは闘争を求め、魔に堕ちたのです。ならば最後の相手は、この男こそが相応しい!」

 

そう言うと、リビングアーマーは突撃を始める。次々と迫るそれらを、大槌で叩き潰し、祈祷で以てその空虚な鎧に宿る魂を傷つける。

 

「逃げるよ」

「ぐぅっ、すまない」

 

褪せ人がリビングアーマーを処理しきる頃には、既に彼らの姿は無く、唯、物言わぬ鎧が転がるばかりであった。

 

――王子と決着を着ける。そう言っていたか。

 

ならば、報告の必要があるだろう。褪せ人は王子へ報告をすべく、王都へと駆けていくのであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。